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07/16/2011

もうすぐ夏休み

2011年07月15日

もう少ししたら夏休みだ。

私が教えている専門学校は、7月13日に休み前の最後の講義をして、14日から夏休み。うちの子供たちの高校や中学も,すでに懇談などで午前中しか授業がないので、もう弁当も作らなくていい。

弁当がなくても、どのみち昼食をつくって置いとかないといけないから、あまり労苦は変わらない気もするだろうけど、家ならオムライス一品でもいいし、弁当作りよりはマシなのよ。ホント毎朝、5人分の弁当をつくるのはやっぱり一仕事。双子の高校卒業まで、あとまだ5年。弁当作りも長い人生。まあ、いつかは終わりが来るのだけどね。

「子育て」っては、たぶん人間が大変できる中では、最もエキサイティングで、神秘的で、レトロで未来的な、何よりも最高に面白い体験なんだろうが、やっぱ、ホントやたら手間はかかるよなあ、手間は。 あまり面倒なんで、独身だったらどうだろうとか,「パラレルワールドの自分」を妄想することもけっこうあるのだが(主婦なら誰でも一度はやってことがあるハズ)、もしそんな私は、一体この時間を何に費やしてたのだろうなあ。仕事や勉学に費やして、もっと成功していただろうか?

時間があったらあったで,そうでもなさそうな気もするけどな。

07/03/2011

詳しいのはいいけど、ややこしくしないで

2011年07月1日

小説講座というよりは,たいていは専門学校で、よく学生たちにお願いしていること。 キャラクターや舞台設定は、どんなに詳しく考えても大丈夫。作中で出てこないところまで、いくらでも考えてもらってもいい。いくらでも「詳しく」考えてもらっていいのだが、ただし、それは「ややこしく」ってのははやめてほしい。 どっちみち、そんなものは読者にはただわかりにくいだけ。「詳しい設定」というのと「ややこしい設定」というのは別である。

詳しいのはいいが、ややこしいのはダメ。

複雑にするなら、それだけの「犠牲」をはらっても面白くなるちゃんとした理由が必要、それがなきゃ、本当は話なんてシンプルな方がいい。

どのみち架空のお話なのだ。だから,どんなに変な世界でも、いくらでも奇抜な設定でもかまわない。ただ、それは「ただ単に複雑にしただけ」ってのは、やめてほしい。 ただやたら複雑だけでは、それで面白くなるわけではない。

しかし、作品を「面白く」しようとして、なぜか「とりあえず複雑にしたら面白くなるだろう」という学生が多いのだった。けど、ただつまらないものをいくらそのまま複雑にしても、それは、むしろただもっと面白くなくなるだけなのである。 いや,むしろ同じくらいなら、シンプルな方がまだましである。だって、その方がまだ読みやすいから。

わかるように書いてくれ。けっこうささやかな望みなのに,これがなかなかわかってもらえない。

とにかく書いてほしい

2011年07月02日

小説講座の生徒さんにいつもお願いしてること。

まずは、とにかく作品を書いてほしい。まず書いたものがなければ、どうにもならないから。

書き始めたら、どんなに「もしかすると,これって,ツマラナイかも」と思っても、とりあえず最後まで書き終えてほしい。ヘタでいいのだ。途中までの作品がいっぱいあるよりはいい。途中でやめたものなどいくらあっても仕方ないから。

で,書きあがった作品は、必ず一度は見かえしてみる。推敲などは、やれば、必ずよくなるものなので。 そして,書いた作品は必ず提出してほしい。せっかく小説講座に所属しているのだから、講師指導もできるだけ受けた方がいいのだ。 そして面倒でも、必ず指導を受けた作品は、修正してみてほしい。一度書いた作品は、とことんちゃんと最後まで面倒をみてほしい。 つまり一度、修正したら、なるべくどこかの公募に投稿する。

つまり,もし作家志望なんだったら、あたりまえなことをやってほしいのだ。努力する前にあきらめないで。作家になれるかなれないか、才能の有無を悩むよりは、どうやったらできるかを考えてほしい。ほんのちょっと,あたりまえのことをやってほしい。ただ,それだけ。

07/01/2011

たぶんアナタの本当に書きたいことは、そんなことではない

2011年06月30日

ある生徒さんが自分の作品のことで悩んでいたので、そもそも書きたいことは何だったのかと聞いたら、
「人は他人から認められることで自尊心が満たされ、大きな喜びを感じる。この喜びを味わうことで人間は成長する」
と言う。

なかなか難しい返答だなあ。一見、とてもきれいなテーマがあるにようにも見えるけど、微妙にひっかかる。 なんというか、どうも、私の聞きたかったことではない。なにせちょっとキレイすぎて、むしろよくわからないのだ。キレイ事すぎるし。 いや,キレイなのはいいとして,うまく言えないが,それはホントにそう思っているものではないのではないのか,っていう感じ。

はたして、これが本当に書きたかったことなのか?

いや実際,ホントのホントのことを言えば,たぶん作者の「本当に書きたかったこと」ってのは、けっこう他人から見ると、ふーん、なんじゃそら、という場合も多いと思うのだ。ただのこだわりとか、けっこう「しょうもないこと」であったりするかもしれない。

本格ミステリとかだったら、そもそもトリックそのものだったりするかもしれないが、意外と、ある変な登場人物のこのセリフとか、ある風景描写のたった一行だけだったりする。

それはもっと変なもの、たとえば、ラストシーンの,なんつーか,その黄色と緑のあいだにある微妙な色だったり。 なんかもやもやした何かとか。

でも,はっきりしなくても、とにかく「そんな気分」というそれでもいい。でも,それが書きたいというのがあるハズなのである。

で。

どうも,そこそこ小説が書ける人に限って,文章を書いているうちに、自分の筆に酔ってしまって、もともと伝えたかったこと、何を感じてほしかったかなんてのを忘れてしまう傾向があるようだ。

そりゃ,もちろん文章だから、書きだす前にただ「もやもや」してるもので、書いているうちに書きたいことが現れてくるというものもたくさんある。そうか、これがオレの書きたかったことなのかと書いているうちにわかってくるものだっていっぱいある。

だけど、それを含めても、何か、どこかに核みたいな、宝物みたいな、小さいかもしれないが、たぶん忘れちゃいけないことがあったはず。もちろん全部最後まで書いてみたら、こんなものいらんかったとか、これじゃなくて、こっちだったということはあるかもしれないが。

とにかく、なんというか、そこそこ書ける人は、「とにかくうまく書こう」「上手に書こう」とするよりは、文章も構成も、何ならそんなものは壊れても、ぼろぼろになってもかまわないから、とにかく「伝えよう」というところに意識を集中した方がいいのではないかと思う。

読者をどのように面白がらせたいのか、それとも驚かせたいのか、泣かせたいのか、笑わせたいのか、どんなふうに切ない気持ちになってほしいのか。

で,あとは、そこにまっすぐ走っていくだけである。 本番で走るときに、走るためのフォームなど気にしな。もし人は早く走りたければ、足下を見ては走れない。たぶん、しっかり前を見て走るはず。

でも,書いてる方が、まず、つんのめっちゃうことも多いのだった。

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