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02/28/2009

書き慣れてない人の小説は、長くなることの方が多い

2月27日(金)
午後から小説講座の事務所。

あいかわらずコツコツ事務作業。
やらなきゃいけないことが山ほど。仕事たまりまくっているでござるよ。

ところで、うちの小説講座の生徒さんは、たいてい作家志望である。志望ということは、当然ながら、つまりまだプロではなくて全員シロウトなのである。それは私も一応わかっているつもりなのだが、なんだかんだで十数年も講座を担当してきて、わかっているつもりでいても、つい忘れていることがあったりする。

さて先日、12期生の前期課題で気がついたこと。

「原稿用紙15枚以内」とわかっていても、生徒さんはしばしば枚数オーバーをする。いや、つい長くなったりして、その枚数を守って書けないという意味ではなく(そういう人もいるが)、人によっては、実は「原稿用紙15枚」という意味が、ちゃんとわかってなかったりするのである。すでにジョーシキのようになっているので、私自身もそれに慣れてしまっているので、そこんところはつい忘れる。

「原稿用紙15枚以内」と言われれば、フツーは、「400字詰め原稿用紙」の「15枚以内」である。いや、この「フツーならそうだろう」というのは、いわゆる出版業界とか、作家の世界でのフツーであって、たしかに世間の常識かどうかはよくわからない。しかし、世間でも原稿用紙といえば、20×20の400字詰めがもっとも多く使われており、うちの子どもたちが小学校で書かされる作文も「400字詰め」である。

もっともシナリオだと、一昔前までは、いわゆるペラ(200字詰めの原稿用紙)ってのもあったけど、今はこれもほとんど使われてないみたいだし。

そりゃ、もちろん、今では多くのプロ作家さんもパソコンで執筆しているので、原稿といっても、実際にはデータ入稿なのだが、それでもやっぱり、
「今度の新作は、どれくらいの長さなんですか?」
と聞かれて、
「だいたい20万字くらいですよ」
という人はあまりいないはずである(たぶん)。だいたいは400字詰め原稿用紙での換算枚数で言うことが多い。

ところが、生徒さんの場合は、そういうことをしばしば「忘れる」のである。たぶん頭では「わかっているつもり」なのだろうが、実際に書くのはパソコンだったりするので、制限枚数が「400字詰め原稿用紙での換算枚数」だということを、どうやら、つい「けろっと忘れる」らしいのである。

そんなわけで、今回の前期課題で一番おどろいたことは、今年はなぜか枚数オーバーの人の中に、ぜんぜん気がつかず、30枚くらいの作品を書いて提出した人が2人もいたことであった(今年の提出数は20本だから、1割だな)。それで2人ともいったん修正をお願いしたのだが、ちゃんと話が通じなかったせいか、一人は大急ぎで修正してくれたのだが、もう一人の生徒さんは、どうも自分の枚数に気がつかなかったらしい。出力形式だけは変えてくれたのだが、枚数は変わらなかった。その時点ですでに締切も過ぎていたので、そのまま受付して、それを作品集に印刷してしまったのだが、これって、たぶん他の生徒さんも不思議に思っているに違いない。でも、今から書き直せと言われても困るだろうし。

しかし、何が不思議かというと、たまたま換算枚数を忘れていたとして、「原稿用紙15枚以内」がたまたま20枚近くになるということはあるかもしれないが、それがあったとしても、さすがに「30枚を越える」というのは、ちょっと難しいのではないかということなのである。

原稿を扱う仕事をしていると、「15枚以内」と聞いた時点で、まず最初に「なるほど15枚だな」と思ってしまう。だから、書いてみたらたまたま長くなってしまってということはあるかもしれないが、それでもそうそう長くなることはそれほど多くない。まあ、それでも18枚とか20枚くらいまでくらいなら、たまたま長くなるってのはわかるが、30枚を越えていくとなると、これはさすがに「ぜんぜん気がつかない」というのはちょっとありえない。

まあ、プロだと、なんだかんだで、ほぼ毎日書いているようなもんだから、いくらなんでも何枚くらい書いたかくらいは執筆時間とか感覚でなんとなくわかるだろうし。そりゃ250枚くらい書いて、よく見たら280枚くらいだった、ということはあるかもしれないが、250枚を書いたつもりだったが、数えてみたらその倍の500枚もあった……なんてのはさすがにほとんどないはずである。少なくともかなり長くなったという自覚くらいはあるだろうと思う。

15枚が30枚というのは、やっぱり倍、だからなあ。

ところが、生徒さんの場合、これくらいは「ちょっと忘れてた」りするのである。
「そんなことホントに忘れたのか? わざと制限枚数を忘れてたフリをしているのではないのか?」
と思うかもしれないが、これがけっこうホントに気がつかなかったりするのである。いや、ホント。

そもそも書き慣れていないのだから、自分が書いた作品の枚数なんてのも、実感としては全然わからないのである。
いや、もちろん私も、どうせ本人にまったく悪気はないことはわかっているので、べつに怒ってるわけじゃないのよ。ただ、生徒さんというか、シロウトの書く作品ってのは、つまり、まあ、そういうものだということである。

こういうふうに、
「15枚のつもりが、本人も気がつかず、30枚以上書いてしまう」
というのは、初心者ならではのミスであるし、毎年、まれにいるので、(今年は2名いたので、ちょっとびっくりしたけど)ある意味、わかりやすいのだけど。

でも、これって、たぶパソコンで書くせいでもある、と思う。さすがに手書きだと、枚数を間違いようはないからなあ。

そもそもシロウトの書く文章は、やたら長くなることが多い。もちろん「長い作品がなかなか書けない」という悩みもなくはないだろうが、むしろ書き慣れてない人の小説は、無意味に長くなることの方が多いのである。

どうも、パソコンで書かれた文章は、どうしても長くなる。パソコンで書くと、まるでメールやブログの文章のように、だらだらとなりがちである。しかし、だらだら長く書く方が書き手は楽である。

読みやすい文章というのは、それなりに整理されていて、きれいに調理され、読んでいてわかりやすい。読む人がすっとラクに読めるものほど、それを書くのはけっこう大変である。

つまり他人に読んでもらうためには、読ませる工夫が必要だということ。ましてプロ作家として、小説作品を商品としてわざわざお金を出して買ってもらうには、メールやブログの文章では困るわけで、なんというか、とりあえず面白い話をすればいいのだが、つまり、とにかく何かしらの「芸」を見せないといけないわけで。

つまり、メールやブログの文章のように、だらだら書く文章というのは、居酒屋の会話や井戸端会議での話のようなものだ。仲間内で聞くのは面白くていいが(それって無料だし)、わざわざお金を払ってまで、そんな自分とは直接関係のない他人のつまらない話を誰も聞きたくはないものだから。

しかし、生徒さんって、わかっているようでわからないなあ。私も、ホントまだまだだな。

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