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02/28/2009

書き慣れてない人の小説は、長くなることの方が多い

2月27日(金)
午後から小説講座の事務所。

あいかわらずコツコツ事務作業。
やらなきゃいけないことが山ほど。仕事たまりまくっているでござるよ。

ところで、うちの小説講座の生徒さんは、たいてい作家志望である。志望ということは、当然ながら、つまりまだプロではなくて全員シロウトなのである。それは私も一応わかっているつもりなのだが、なんだかんだで十数年も講座を担当してきて、わかっているつもりでいても、つい忘れていることがあったりする。

さて先日、12期生の前期課題で気がついたこと。

「原稿用紙15枚以内」とわかっていても、生徒さんはしばしば枚数オーバーをする。いや、つい長くなったりして、その枚数を守って書けないという意味ではなく(そういう人もいるが)、人によっては、実は「原稿用紙15枚」という意味が、ちゃんとわかってなかったりするのである。すでにジョーシキのようになっているので、私自身もそれに慣れてしまっているので、そこんところはつい忘れる。

「原稿用紙15枚以内」と言われれば、フツーは、「400字詰め原稿用紙」の「15枚以内」である。いや、この「フツーならそうだろう」というのは、いわゆる出版業界とか、作家の世界でのフツーであって、たしかに世間の常識かどうかはよくわからない。しかし、世間でも原稿用紙といえば、20×20の400字詰めがもっとも多く使われており、うちの子どもたちが小学校で書かされる作文も「400字詰め」である。

もっともシナリオだと、一昔前までは、いわゆるペラ(200字詰めの原稿用紙)ってのもあったけど、今はこれもほとんど使われてないみたいだし。

そりゃ、もちろん、今では多くのプロ作家さんもパソコンで執筆しているので、原稿といっても、実際にはデータ入稿なのだが、それでもやっぱり、
「今度の新作は、どれくらいの長さなんですか?」
と聞かれて、
「だいたい20万字くらいですよ」
という人はあまりいないはずである(たぶん)。だいたいは400字詰め原稿用紙での換算枚数で言うことが多い。

ところが、生徒さんの場合は、そういうことをしばしば「忘れる」のである。たぶん頭では「わかっているつもり」なのだろうが、実際に書くのはパソコンだったりするので、制限枚数が「400字詰め原稿用紙での換算枚数」だということを、どうやら、つい「けろっと忘れる」らしいのである。

そんなわけで、今回の前期課題で一番おどろいたことは、今年はなぜか枚数オーバーの人の中に、ぜんぜん気がつかず、30枚くらいの作品を書いて提出した人が2人もいたことであった(今年の提出数は20本だから、1割だな)。それで2人ともいったん修正をお願いしたのだが、ちゃんと話が通じなかったせいか、一人は大急ぎで修正してくれたのだが、もう一人の生徒さんは、どうも自分の枚数に気がつかなかったらしい。出力形式だけは変えてくれたのだが、枚数は変わらなかった。その時点ですでに締切も過ぎていたので、そのまま受付して、それを作品集に印刷してしまったのだが、これって、たぶん他の生徒さんも不思議に思っているに違いない。でも、今から書き直せと言われても困るだろうし。

しかし、何が不思議かというと、たまたま換算枚数を忘れていたとして、「原稿用紙15枚以内」がたまたま20枚近くになるということはあるかもしれないが、それがあったとしても、さすがに「30枚を越える」というのは、ちょっと難しいのではないかということなのである。

原稿を扱う仕事をしていると、「15枚以内」と聞いた時点で、まず最初に「なるほど15枚だな」と思ってしまう。だから、書いてみたらたまたま長くなってしまってということはあるかもしれないが、それでもそうそう長くなることはそれほど多くない。まあ、それでも18枚とか20枚くらいまでくらいなら、たまたま長くなるってのはわかるが、30枚を越えていくとなると、これはさすがに「ぜんぜん気がつかない」というのはちょっとありえない。

まあ、プロだと、なんだかんだで、ほぼ毎日書いているようなもんだから、いくらなんでも何枚くらい書いたかくらいは執筆時間とか感覚でなんとなくわかるだろうし。そりゃ250枚くらい書いて、よく見たら280枚くらいだった、ということはあるかもしれないが、250枚を書いたつもりだったが、数えてみたらその倍の500枚もあった……なんてのはさすがにほとんどないはずである。少なくともかなり長くなったという自覚くらいはあるだろうと思う。

15枚が30枚というのは、やっぱり倍、だからなあ。

ところが、生徒さんの場合、これくらいは「ちょっと忘れてた」りするのである。
「そんなことホントに忘れたのか? わざと制限枚数を忘れてたフリをしているのではないのか?」
と思うかもしれないが、これがけっこうホントに気がつかなかったりするのである。いや、ホント。

そもそも書き慣れていないのだから、自分が書いた作品の枚数なんてのも、実感としては全然わからないのである。
いや、もちろん私も、どうせ本人にまったく悪気はないことはわかっているので、べつに怒ってるわけじゃないのよ。ただ、生徒さんというか、シロウトの書く作品ってのは、つまり、まあ、そういうものだということである。

こういうふうに、
「15枚のつもりが、本人も気がつかず、30枚以上書いてしまう」
というのは、初心者ならではのミスであるし、毎年、まれにいるので、(今年は2名いたので、ちょっとびっくりしたけど)ある意味、わかりやすいのだけど。

でも、これって、たぶパソコンで書くせいでもある、と思う。さすがに手書きだと、枚数を間違いようはないからなあ。

そもそもシロウトの書く文章は、やたら長くなることが多い。もちろん「長い作品がなかなか書けない」という悩みもなくはないだろうが、むしろ書き慣れてない人の小説は、無意味に長くなることの方が多いのである。

どうも、パソコンで書かれた文章は、どうしても長くなる。パソコンで書くと、まるでメールやブログの文章のように、だらだらとなりがちである。しかし、だらだら長く書く方が書き手は楽である。

読みやすい文章というのは、それなりに整理されていて、きれいに調理され、読んでいてわかりやすい。読む人がすっとラクに読めるものほど、それを書くのはけっこう大変である。

つまり他人に読んでもらうためには、読ませる工夫が必要だということ。ましてプロ作家として、小説作品を商品としてわざわざお金を出して買ってもらうには、メールやブログの文章では困るわけで、なんというか、とりあえず面白い話をすればいいのだが、つまり、とにかく何かしらの「芸」を見せないといけないわけで。

つまり、メールやブログの文章のように、だらだら書く文章というのは、居酒屋の会話や井戸端会議での話のようなものだ。仲間内で聞くのは面白くていいが(それって無料だし)、わざわざお金を払ってまで、そんな自分とは直接関係のない他人のつまらない話を誰も聞きたくはないものだから。

しかし、生徒さんって、わかっているようでわからないなあ。私も、ホントまだまだだな。

02/27/2009

小説講座の前期課題は、ちょっと読みにくい

2月26日(木)

12期生の前期課題20編をまとめて再読。3月に講師指導を受ける予定の作品集2冊分。15枚以内の短い作品だが、20編も集まるとけっこうなボリュームになる。これがプロの作品だと、わずか15枚程度の作品くらいはホントにあっという間に読めるものなのだが、あいにくシロウトの作品である。生まれて初めて小説を書いたという人も混じっているので、ただざっと読むだけでもそれなりに大変。読みにくい文章、意味不明な内容などがけっこうあるからだが、つっかえつっかえ、なんとか読む。いや、顔知った生徒作品だし、愛があるから大丈夫。

生徒さんたちが、自分自身の作品の読みやすさをどれくらい自覚しているかどうかは知らないんだけど、他人の作品については何となくわかるはず。

さて、先日の締切時にも一度読んでいるので、すでにこれで二度目なのだが、それでも続けて読むと2時間以上かかった。じっくり読むのはまた来週以降だな。全体的には、なんとなく去年よりはちょっとレベルは低めかもしれないなあ。ま、短い作品なので、たまたま出来が悪い人もいるのだろうけど。

生徒さんは、まずは最後まで読みたくなるような作品を書くのが難しい。面白いとか面白くないとか、内容がいいとか悪いとか。それよりも何よりも、途中で飽きられずにまず最後まで読んでもらわないといけないのだけど、そこんとこがけっこう難しい。

小説なんてただ書くだけなら簡単で、誰でも書ける。ホント、それを他人におもしろく読ませるのが大変なんだよなあ。

02/26/2009

一緒にいてあげるということ

2月25日(水)
昼から小説講座の事務所。コツコツ事務作業。

ようやく長女のインフルエンザも全快。が、やっと明日から登校できるかと思いきや、なんと2日間の学級閉鎖。十数人休んでいたそうだ。

今のところ双子の次女は、発熱や咳なども全くないのが幸い。夫の方は、今が一番仕事が忙しい時期らしいから、毎日、疲れた疲れたと言って帰ってくる。少し咳はあるのだが熱はなし。むしろ花粉症の方がつらいらしい。中3の長男がまだ受験期間中だから(前期試験は終わったが、これはただの力試しだったので、来月下旬の後期試験が本命)、家族もしっかり用心しないとね。

しかし、つくづく思うのだが、インフルエンザだろうが、受験だろうが、夫の仕事だろうが、結局のところ、私は具体的には何もできないもんである。でも、家族とは、そんなもんだからなあ。つらい時、苦しい時、忙しい時、ただ、おいしい料理を作ってやって、ただ一緒にいて、時には話を聞いてやったり、ボヤくのを慰めてやったり。そういう役割。

仕事やら受験やら闘病やら、直接とくに役に立つわけでもないだろうが、結局、そういう人が側にいてくれるかどうかで、最後ねばれるか、がんばれるかどうかが、かなり違うもんじゃないかなと思ったりする。

そりゃ結局は、誰だって最後は自分のためにやるもん、かもしれないが、それでも、ちょっとは誰かが応援してくれると思うとそこはけっこう違うもんじゃないかと。

ほんでもって、私自身にはさほど能力というものはないのだろうが、こんなふうに誰かを応援してあげたいと思う才能には恵まれているのかもしれない。

小説講座でも、専門学校でも、何かを教えたりすることはできないけど、ただ一緒にいてあげたり、一緒に考えてあげたりするのは好きだ。ただそれだけでも、そういう才能に恵まれてよかったと思ったりする。

02/25/2009

小説講座にはイイオトコがいっぱいいる?

2月24日(火)
ようやく娘の熱も下がったが、あと2日ほど様子を見る。午後から仕事。

どうも、ここ数年、私の周囲にはイイオトコがいっぱいいるような気がする。ただホレっぽい性格なのか、私にそう見ているだけなのかもしれないのだけど。(ちなみに、むろんイイオンナもいるのだけど、そんなもん正直、女の私にはどうでもいい)

でも、それだけとも言えないとも思う。やっぱり小説講座の講師の作家さんたちは、客観的に考えても、たぶんけっこうイイオトコ揃いである。ま、いわゆるイケメンというわけではないのだが、なんつーか、雰囲気? ちょっと不思議な空気感がある人が多い。たぶんそれは作家という個性が醸しだす何かの色気みたいなものだろうと思ったりする。それって、人によっては「ただの変人ってことか!」と思う人もいるかもしれないけどね。

そんでもって、うちの小説講座は社会人向けなので、生徒さんにもけっこう色んな人がいる。

また、ここ数年、私は専門学校でも非常勤講師をやっているのだが、ここにもいろんな人が先生がいて、けっこうホレてしまうようなイイオトコもいる。うーん、こう考えてみると、どうも私は何かに打ち込むタイプというか、仕事がとにかく好きでやってしまうタイプとか、なんかそういう人に惚れっぽいのかも。

ほんでもって、昨年から大学の講義を受けてみたら、これまた先生たちもイイオトコ揃いだしなあ。

ところで、世間では、「仕事ができる男」というと、テキパキして要領もよくて、積極的でトークもうまい……っていうイメージがあるんじゃないかと思うけど、私の場合、そういう「要領がいいタイプ」とか「やたらトークがうまい」ってのは、なんか信用できない気もするし、ちょっと苦手だ。

むしろ自分のやっている仕事が好きで、それでもっといい仕事がしたくて、時々それで落ち込んだりもするし、要領もそれほどよくなくて、トークもむしろあまりうまくなく、それでも自分が面白いと思っているようなことならワクワクして話せる……みたいな、そういうタイプの男性がイイオトコに見える。外見も、最低限の清潔感さえあれば、むしろそれほどファッションとかこだわりがないような人の方がいいし。

やっぱ、仕事に情熱を持てる、というと、ちょっと違うかなあ。自分のやっていることがただ好きだという……なんつーか、そこんとこ?。

うーん、そうなると、ややオタク体質なオトコってことになりそうだが。ってことは、つまり、私の周囲にはそういう私好みの男性が多いだけってこと?

ま、何はともあれ、とりあえずイイオトコに囲まれて生活できているわけなんで、私が幸せだからそれでいいよな。ただ、ふと、今じゃなくて、もちっと若い自分に(せめて独身の時に)、これくらい恵まれてたらなあ、と思わなくもなかったり。ま、ガキの頃はオトナの男の魅力がわからなかっただけかもしれないけどね。

というわけで。
周りにさっぱりイイオトコがいないというアナタ。私みたいに、よく周囲を見直してみるとか、あるいは、うちの小説講座に入学してみるとか。

もっとも、うちの作家さんたちはほとんど既婚者だし、うちの小説講座では、この十数年なぜかカップルが一度も成立したことないのだが(たぶん皆が小説へ情熱を傾けるあまり、ロマンスへの情熱が誰にもないのでしょう)


02/24/2009

小さな小説講座も、もうすぐ春

2月23日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

うちの小説講座は、非営利目的のほんの小さな事務所なので、運営費もあまりかけられないから、スタッフも週1回だけ働いてもらっている人ばかり。宣伝費もほとんどかけてない。せいぜい手刷りのチラシとネット、あとは口コミで入学する人などが多いかな。

そんな事務所だし、春は小説講座の生徒募集もなく、開講するのも定員15名の文章教室だけだから、春先はわりとのんびりしている(10月が年度替りなので、秋の方が忙しい)

しかし、2月になると資料請求もそれなりにあるので、少しばかり忙しい。少人数でやっているので、印刷したりすると電話も出られなかったりするんで、あとで苦情になったりもするのだけど。

けど、もともと儲からない仕組みになっているから、あんまり不況とか関係ないのだった。


02/23/2009

小説とは関係のない休日(日本各地の「神楽」生映像の鑑賞会ー解説付ー)

2月22日(日)
小説講座の事務所は、日、月曜お休みです。

長女はまだ高熱。インフルエンザB型。高校受験を3日後に控えた中3の長男が、
「受験直前にまさか家族がインフルエンザをもらってくるとはなあ」
と言い、さすがに気になるのか予防のため、家でもずっとマスクをつけている。こういう場合、親の私にしてやれることもほとんどないものじゃがのう。

昼から外出。編集者の原先生と元文章教室の生徒さんたちが、先生秘蔵の「神楽ビデオ」解説つき上映会をするらしいので玉造へ。先生は別冊太陽で『神楽』の本も編集されたりしているのだけど、これは全国各地で撮りためた生映像を個人的に編集されたたもの(もちろん個人的な秘蔵映像)。これを一つずつ解説してくれるという会で、けっこう貴重な会である。

こじんまりとした会だけど、「神楽の里」出身の小説講座の生徒さんなどが参加。故郷の思い出を話してくれたり。終わってから近くの出雲料理のお店へ。おいしいお酒も飲んで、原先生の人柄もあって、たいへん面白い会だった。幹事をやってくれた生徒さんがチラシなど作ってくれたりしていたのだが、参加人数が多くても困るだろうとあまり誘ってなかったのだが、いやホントもっと他の生徒さんにも声をかけてあげればよかったかもなあ。

02/22/2009

寒い風もなんのその、小説講座の日々

2月21日(土)
朝から小説講座の事務所。夕方から第12期エンターテインメントノベル講座。

本日の講師は、北野勇作先生。毎年、かなり人気のある講義で、今日は一般見学の方が一人参加していたのだが、その人もかなりよかったみたい。小説講座志望なら秋からの開講しかないので、待ってもらわないといけないのだが、春からの文章教室にもぜひ入学したいとのこと。

専攻科は、教室開放日。グループ活動のみ。どうも3グループが使っていたようだ。あとからいつもの中華屋に男子向けライトノベル志望同盟(正式にはわからないのだが、たぶんそういうグループ)とミステリトリック考証組の一部が来ていた。12期生は、北野先生を囲んでけっこう遅くまでアレコレ。

卒業生の福田和代さんから献本あり。『黒と赤の潮流』(ハヤカワ・ミステリワールド)。12期と専攻科の生徒さんたちにも告知。デビュー3冊目。

02/21/2009

小説もプロも、たぶん好きこそ続けることができる

1月20日(金)
終日、外出。小説講座の事務局には入れず。

午前中、某研究室を訪問、そのあと少しだけ顕微鏡観察。昼から戻って、小学校の参観。終わってから中3の息子の進路懇談。それから事務所へ戻って仕事する予定だったのだが、参観でも顔色が悪かった長女(双子の姉の方)が38.2度の高熱。

小説講座の生徒さんの中には、けっこう不安を抱えている人が多い。うちはほとんど社会人の人ばかりで、みんなけっこう「大人」だし、むしろわかりやすい性格の人はほとんどいないので、一見わかりにくいけど。

しかし、こういう場合、私ができることはほとんどない。できる限り、精神的なフォローはしたいとは思うけど、不安の本質はおそらく個人的なものだから、できることはしれている。せいぜい話を聞いて、こういう例もある、と説明できるところは説明するだけである。

落ち込む人の過半数は、早くデビューしたいという焦りがある人である。もちろんデビューとなると本人の実力と運の兼ね合いがあるので、けっこう難しいこともあるのだが、これには大きく二種類あって、実力そのものがまだまだ足りない人、それと、実力そのものはある程度あって、最終選考など、選考もそこそこ行くのだけど、今一歩という人である。まあ、わかりやすく言えば、実力がまだない人と、実力はあるけど運がないとか、そういう人である。

そりゃ、「実力はあるはずなのに、何度応募してもなぜか一次も通過したことがない」という人も、確率的には絶対ないとは言えないのだろうが、小説コンテストの下読みする人はさすがにそれほどバカばかりではないので、それなりにちゃんといいものが書けているなら、そうそう何度も落ちる方がむしろ難しい。まあ、私が知る限り、どうもたいていの場合、ご本人の「自分の実力」のレベル判断が間違っていることが多い。

「なぜ一度も、一次選考すら通過しないのか、自分ではよくわからない」
という人の作品を見せてもらったことは、たびたびあるのだけど、
「やっぱ落ちるよなあ、これは」
と思ってしまうことの方がほとんどである。

しかし、小説講座に入学してくるような生徒さんは、さすがに勘違いしてるような人は少ないし、それに、もし「自分の実力がさっぱりわからない」とか「自分ではけっこう面白い作品を書いてるつもりなのに、コンテストに応募しても全部一次もひっかからない」という人でも、さすがに入学してはだいたい半年くらいたつと、講義を受けたり、作品指導を受けたりして、自分の実力がどのあたりなのかだけは、なんとなくわかるらしいのである。

この「わかりだしてきた時期」というのが、けっこう難しい。うちの小説講座は、10月か11月の入学だから、だいたい1〜2月くらいがそういう時期である。もちろん入学した当初は、多かれ少なかれ、誰もがプロ作家になりたいと思っているはずだが、どうも自分の実力がまだそれほどでもないらしくて、これから先、かなり努力しないとプロ作家になれそうもないと思うと、ちょっと不安になる。これはならない人の方がめずらしい。ただし、入学までに小説を書いたことがない、まるきりの初心者という人も中にはいて(うちだと3割くらい)こういう人は、もともと自分は書けないと思っているもんだから、そういう悩みはない。むしろ不安になるのは、入学までに長編とか自分ではこれまでにけっこう作品を書いていたという自負のある人のようである。

どうも、これまでそれなりに書いていた人は、講師の話を聞いたりすると、どうも自分がやってきたこれまでのやり方ではダメだと否定されているような気がするようである。まあ、うちの場合、講師が何人もいるので、それぞれの話をよく聞けばわかるはずだが、本当は人それぞれやり方は違うので、必ずしも全面否定されているわけではないのである。そもそも小説創作には、そんな絶対的な方法がどこかにあるわけでもないのだから、別にあたりまえだと思うのだが、「これまで自分は一体何をやってきたのか」などと考えだすと、けっこう深刻らしいのである。

毎年、どうもだいたい今頃の時期とか、3月の前期課題の指導が終わる頃くらいがそういう思いをもつ人が多いようだ。でも、それがわかっていても、私ができることはほとんどない。小説講座の担当者がやれることはたかがしれてるし、どんなベテランの編集者でも作家でも実はどうしようもないのである。

ただ、実際のところ、どんなに苦労しても何とか作家になりたい、ぜひそんな作品が書きたい、そんなふうに思えるかどうかは、やっぱり最後は、どうもその人がどれだけ小説というものが好きかどうかにかかっているような気がしている。小説というのがとことん好きじゃなかったら、無理してプロ作家になっても仕方ないと思うしなあ。


02/20/2009

高校受験と小説コンテスト

2月19日(木)
終日、発表会に参加。貝形虫とか有孔虫の話なんかがやっぱり面白い気がする。

中3の息子は、公立の高校受験4日前である。先日の私立受験(すべりどめ)の時は、前日、まるで修学旅行にでも行くみたいにコーフンして、鉛筆なんかわざわざ新しく1ダース買ってきて、まるまる12本を削ったりして(それを全部ペンケースに入れようとしたら入らなくて、ペンペースを整理したら、山ほどわけのわからないものがでてきた。なんかシールとか、練り消しとか、3センチに分厚く折り畳んだ定期テストの答案とか。なぜそのようなものをそこにずっと入れてるのか不明)

まるで「台風前夜のワクワクソワソワ感、どこかうれしいようなコーフンした感じの小学生男子」っという様子なのであった。中3なのだが、やはりまだまだ全く「ただのアホ」である。

「落ちたら嫌やなあヤバイなあどうしようかなあでも今さらそろそろどうにもならへんしなあもしかしたら落ちるかなあ落ちへんよなあ落ちへんとええなあでもけっこういけると思うねんけどなあ勉強けっこうやってんけどなボクやっぱ落ちへんかなヤバイよなあ」
と、このところ毎日のように家の中をウロウロしてるので、
「落ちるか落ちへんか、よりも、とりあえず落ち着けよ」
と、言い聞かす。ちなみに前期試験の模試判定は、もともとC判定。でも前期試験で落ちてもまだ公立後期試験もあるし、なんだかんだですべりどめの私立は合格したから、けっこう気楽なのである。

なんつーか、彼にとっては、どうもスキー旅行とかキャンプとか、そういうようなイベントのようなものなのみたいだなあ。しかし、ある意味、彼の場合、この中3というこの時期に、ちゃんと受験という試練があってよかったなあ。高校受験ってのは、いいタイミングだと思う。そりゃ、小学校とか中学受験とか、もっと小さい頃に受験すれば、親の言うとおりにやるのだろうが、この年齢でしっかり志望校を真剣に考えたり、将来のことを考えたり。まあ、高校受験って、親から子供が独立するためのちょうどいい試練だったりするなあ。ま、彼の場合、物心がつくいい機会だよね。いや、でも物心がつくかどうかはまだわからんけどね。

小説講座の生徒さんはたいてい真面目で、小説コンテストなんかにも「まだまだ応募するほどの実力がない」とかけっこう慎重な人も多い。けど、考えてみたら、小説コンテストとかは、むしろ応募を楽しむくらいの余裕はあってもよさそうだけどね。しかし、受験勉強と比較して考えてみたら、ふと思うのだが、もしかすると実際たいした勉強もせずに応募してる人も多いのかもなあ。まあ、受験生よりは猛勉強っていう感じじゃないだろうけどなあ。

02/19/2009

作家になるのも、続けるのも

2月18日(水)
たまった事務作業を一つずつ片付ける。あんまり進まない。

夕方、東京方面の某ミステリ作家さんより電話。1時間ほどあれこれ話をする。創作中の作品について聞かれたので、一応アドバイスらしきものをしたらなんだか喜ばれた。しかし、いつも思うのだが、ああでもないこうでもない、いや、もっと面白くするにはどうしればいいのか、もっといい方法はないかと、こんなにプロ作家さんが苦しんで頭を使っているのだろうけど、その何分の一かでも、うちの小説講座の生徒さんたちが頭を使ってくれてるのかなあ。なんかシロウトほど、パッと思いついたものをそのまま何の工夫もなく書いてるような気がするんだよなあ。気のせいかなあ。うーん。

夜、小説講座の生徒さんから電話。問い合わせというか、どうも悩み事みたいな感じで、1時間半ほどあれこれ話す。作家デビューは就職活動じゃないから、なったらなったでそれなりに大変で、プロになりさえすれば今よりラクになる、とは限らんと思う。だから、本当になりたい人だけがなった方がいいんじゃないのかなあ。やっぱ、好きじゃないと続かない人は続かないと思うしなあ。

02/18/2009

アップの頻度をあげる……つもりはありますスミマセン

2月17日(火)
波瀾万丈の1月から、怒濤の2月。
ほんのちょっと前に年明けて、ふと気がつくとすでに17日だったりする。

元生徒さんからメールが来て、もうちょっとブログ更新をマメにしてと言う内容。いつ更新するか毎日気になるのだそうだ。いや、そんな気になるほどのものでもなく、ごくごく地味で、ごくごく平凡な小説講座の事務所で、ごくごく平凡に事務をやったり、あれこれやったり、あいかわらずのありふれた日常なんですが、とりあえず申し訳ない。まあ、善処します。

あまりにも多忙だったのだけど、仕事や個人的なお勉強などは、ちょうど今日あたりで、そろそろ一段落なので、これからの更新は多少マシでしょう。といっても、そろそろ長男の高校受験があったりするんで、精神的にはまだまだ一段落でもないんだけどね。

とりあえず、この一年ほど「メールは打てるがブログが見れない」というお粗末なパソコン環境にあるので、なかなかアップが難しいのだ。書くのはいいけど、アップするヒマがね〜。しかし、やっぱりどうでもいい話題なんで、書いてからしばらくして読むと、ほんとアップするほどの話題じゃないんだよなあ。平凡な日々。いや、日記なんて、そんなもんかもしんないけどねえ。

小説講座の担当者の悩み深し日々

2月17日(火)
生徒作品を読んだり、いろいろ考えることがあり、まだ考えがまとまらない。作品だけから判断しなくては行けない部分もあり、他方、うまくいかない理由は、生徒さんたちの性格を知っていると思い当たるフシもないではないので、ちょっとややこしい。本人にどう説明したら一番効果的なのか、それが一番むずかしいよなあ。たとえば、ここがマズイとわかっていても、それを本人にそのまま言えばいいというわけではない。さすがに小説講座の担当も十年やってきて、それだけは痛感しているのであった。

02/17/2009

好奇心と向学心

2月16日(月)
午前中、期末テストを受けにいく。

この半年ほど、月曜や火曜は、午後から専門学校の非常勤として先生の仕事をしつつ、午前中は学生として某大で授業をいくつか受講させてもらっている。勉強といっても、仕事はまったく関係のないジャンルだから、趣味みたいなものである。月曜の午前中は、生物学の講義2コマ。もともと2時間目の授業を受けるだけのつもりだったが、どうせわざわざ大学まで行くのならと、ついでに1コマ目も適当にどこかの教室をのぞいてみたら、なんだかおもしろそうな先生だったので、そのまま受講することにしたのである。内容は、DNA複製とかアクチンとかバクテリアとか。これまでほとんど関心がなかったジャンルだったのだが、マイコプラズマのイラストがついたキャンディをもらったのと、バクテリアとかの豊富なビデオ上映につられたのである。

やっぱり、大人になってからの勉強は楽しい(単位も成績も卒業もどうでもいいので、気楽なもんだし)。興味があるのは、たいてい地球学関係なのだけど、生物学のもけっこう面白い。なにせ実に20年ぶりだから、新しく聞く話が多く、何もかもがたいへん面白い(20年もあれば科学は発展する)

で、もともと興味のあった分野の話を聞くのは、とても楽しい。でも、もともと興味がある分野の話を面白く語ってくれるのもいいけど、興味のなかった分野が実はけっこう面白いものだと知ることができるってのもかなり貴重な体験だと思う。とりあえず、私はこれまで、「バクテリアの歩き方」がこんなに面白いものだとは知らなかったので、それがわかっただけでも有り難い経験をさせてもらった。おかげで「もやしもん」を読んでも、また別の面白さがありますぜ。

しかし、卒業単位とかあまり関係のない立場なので、べつに試験を受ける必要もない気もしたのだが、どうも私が試験を受けないと、それはそれでけっこう気にする先生もいるのだった。この大学では数年前から科目履修生としていろいろ受講したのだが、地球学関係ぜひ試験も受けてねと数名の先生に言われていたし、なにせ学部生向けの講義なので、オバサンの学生が混じってるとわりと目立つらしい。

で、それなりに少しは試験勉強もしてみたりする。先生たちはなるべくわかりやすく、面白く語ろうと努力しているので、学生の答案が「あまりにもわかってない状態」だと、ちとショックなのではないかと思ったりするし。

しかし、実のところ、分子生物学とか、細胞骨格とか、なんだか全然よくわからん。生物学科の学生は、基礎実験などもあるのだろうが、私はそれを受けずにいきなり専門科目を受講しているからかな。基礎知識が足りん。

それでも、たまに学生の立場になってみるというのは、色々学ぶことも多いし、とりあえず何かを知るというのはけっこう面白いことなのだった。世の中にはまだまだ知らない楽しいことがいっぱいあるみたいなのだった。

02/16/2009

ハナシをノベルを聞きにいく

2月15日(日)
午前中、神戸の「ちきゅう」見学に行こうかどうしようか、かなり迷ったのだが、どうしてもやらなきゃいけないことがあって、無念の自宅作業。泣きながらガシガシがんばって、昼からは何がなんでも外出。

てことで、午後から、ハナシをノベルを聞きにいく。今回は、山田正紀原作「ガンジマン」と牧野修原作「がしんじょ長屋」、超豪華な新作落語2作。たぶんこのタイトルと原作者名だけで、「おお、なんかすごそうな内容だな」と思う人が多いでしょうが、実際そんな話でしたよん。いや、これでも説明になってないんだけど、今回のはさすがにどうにも説明しようがないしなあ。いや、マジでそういう感じでした。おもしろかったけど、ちょっと不思議な感じがしたのだった。

02/15/2009

バレンタインデーも、なかよく小説講座

2月14日(土)
朝から小説講座の事務所。夕方から12期エンターテインメントノベル講座、9期専攻科。

12期の講師は、瀬川貴一郎先生。「短編のプロット」について、自作をもとにあれこれ詳細に解説していただく。これまで先生は主にミステリを執筆されていたのだけど、最近はシリーズは捕物帳。ペンネームもまだ変わってしまったし。2つのペンネームを使い分けている人はけっこういるけど、現役で3つのペンネームで本を出してる人はちょっとめずらしいんじゃないのかなあ。作風もぜんぜん違うし。

専攻科の講師は、毎度おなじみ青木先生。専攻科では、最近、学内グループ活動を推奨してて(実際、ほぼ必修クラブ化してる)のだが、まだどこにも入ってない人がチラホラ。今のところ、一年限定の活動予定なのだが、仲良く合評をやったり、mixiでやりとりしたり、各班ごとに色々な活動をやっているようだ。残りの人もそろそろどこかに入ってももらえたらいいのだけどな。

バレンタインデーなので、講師や生徒さんたちにチョコを配ったり。

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