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12/31/2008

仕事と、本と、子供のある幸せ

12月30日(火)
小説講座の事務所は、1月8日までお休みです。

年賀状とか、大掃除とか、ありふれた年末。
午前中は、仕事部屋でなんだかんだと作業。年賀状を印刷したり。元旦に間に合わないかもしれないけど、とりあえず急いで投函。

例の生徒作品の件で、あれこれ調べもの。すでに図書館が冬期休業中なので、手持ちの資料とネットだけしか使えない。ネットはかなり使えるけど、必ずしも効率がいいとは限らない。でも、これ以上は無理。あとは専門書か専門雑誌を見ないとわからんな。とりあえず何かのヒントくらいにはなるかもしれんので、一応、メールで送っておく。

小説を書く作業では、しばしば、思ってもみないような意外な情報を必要とする。だから一見何の役にもたちそうもない雑学もあれこれたくさん持っていると、少しくらい役に立つかもしれない。ま、これくらいしか私にはできないしね。

ところで、そういう雑学的な知識を仕入れるには、やっぱ、新聞ってのはけっこう有効だ。新聞って、読む人がえらく減っているらしいが、最近、個人的に何度か新聞というものを見直す機会があったので、なんだかんだで、まだまだ有効なメディアかもしれないという気がしてる。

そりゃ、テレビやネットがあるから、新聞なんか要らないという人がけっこういるのは知ってる。けど、やっぱり社会的に重要な事をとりあえず知る機会になるよなあ。ま、そのうち新聞なんか要らなくなるだろうし、すでにとっくの前から読まなくなったという人も周囲にわりといるのだが、私個人では、これだけ忙しいと、短時間で情報がそれなりにまんべんなくチェックできる利点はあるのだった。

むろんそれなりに欠点もあるメディアだと思うけど、ネットはネットでけっこう難しいからなあ。もともと興味のある範囲が広いならいいけど、そうじゃなかったら、結局、自分の関心のあるものしかみなくなるし、限定されてきてたりするし。私自身は、まだ当分のあいだ、新聞というメディアは重要だったりするのかもしれないと思っている。

そもそもこれだけネットが普及していて、タダで読めるメディアもたくさんあるのに、わざわざ金を払ってまで新聞や書籍など、印刷媒体で活字を読む必要なんかあるの、っていうご意見もごもっともだとは思うけど。マンガやドラマやDVDを見てれば小説なんか要らないじゃん、って言う人、そっちの方がすでに多数派だったりする。しかし、私は、なにせ小説講座の運営なんぞをしているので、やっぱり印刷媒体っていう立場なのだ。ま、人それぞれですが。

いや、小説講座でも、「作家になりたいけど、書店で本をほとんど買ったことがない」って人、たまにいるしなあ。ひょっとして作家志望のカラオケ化現象ってヤツね。自分がただ歌いたいだけで、人のは別に聞きたくはないっていう。

さて、今日の昼食は、めずらしく市販の弁当。キッチンの大掃除で、コンロなどが清掃中で使えなかったので。夕食は、昨日、夫が忘年会でもらってきた特上イカ焼きなど。

そういや、今年は、何かと忙しくて、家事がきちんとできんかったなー。いや、家事の手抜きは毎年のことだけど、今年はとくに。せめて料理は外食なんかせず、できるだけ手作りを心がけていたのだが、やっぱ息子に持たせる弁当もけっこう手抜きだったしな。彼の中学校ではたった300円で、ちゃんと栄養を考えてくれてる学割弁当が頼めるのだが、うちの夫は「中学生には、なるべく手作り弁当をもたせよ」という主義なのである。加工食品もなるべく使わない方針なんだけど、今年は忙しすぎて買い物をするヒマもなく、冷凍野菜などもたまに買ったりしたしな。

とくに10月になってからはかなり忙しくて、なにせシュミのお勉強もあるし(私の場合、毎日忙しいって言っても、どうせシュミが半分以上。つまり自業自得)、後期は、月〜金曜は朝7時半すぎには外出、帰宅は、早くて夜7時。専門学校の講義がある月曜と火曜は、夜10時帰宅。毎週土曜も仕事だから、休みは日曜だけ。それもレポートとか、仕事の原稿とか、山のような洗濯とか炊事とか。毎日あわただしく家事をやってるつまり、当然、やっぱり手抜きである。料理だけで、ぎりぎり精一杯だしなあ。なにせ、うちには食い盛りの子供が3人。

母親が忙しいせいか、その分、子供たちはたくましく育ってるみたいだが。

アイロンがけをするヒマもあまりなく、気がつくと、週末ごとに小5の娘たちがアイロンがけする習慣になってしまっている。今ではすっかり上手くなり、もはや母親いらず。トレンディドラマを見ながら、すいすいとアイロンをあやつって、給食ナフキンのシワをのばしてる小5の娘を見て、すごいなあと感心したりする。なるほど母親がルーズだと、娘がしっかりするもんなんだな。でも、微妙に複雑な気分ではあるけどね。

夜、近所のケーキ屋さんで買ったロールケーキを食べ、『アマデウス』のDVDなどをちょっと見る。風呂上がりにパジャマ姿ではしゃいでる子供たち。おしゃべりな双子の娘たちと、すっかり背が高くなった長男の、すうと伸びた腕などを見ながら、ふと、しみじみ思ったりする。

そりゃ、独身や子供のいない夫婦の方が、やりたいだけ仕事ももっとできたりするんだろうし、時間も金も好きなことに使えたりするんだろうが。

でも、たとえどんな金や名声よりも、子供の存在の方がよほど有り難いし、たぶんどんなスゴイ仕事よりも子育ての方がずっと面白い。ホント子供って、こんな面白いもんないよな。3人いれば、3人とも違うし。男の子と女の子ってのもぜんぜん違うし、双子でもそれぞれ違うしなあ。専業主婦ってわけでもないので、子育てをちゃんと満喫しているとは言いがたいかもしれないが、それでもこうして子供がいるってのは面白いと思う。

で、こんな面白い体験ができる生活って、なかなか貴重かもと思うのだった。とりあえずやりたいことやれてると思うし。思えば、子供の頃の夢は、「本が読める生活」だった。本好きな子供だった私は、いっぱい面白い本があれば、それだけで幸せだと思っていたのである。そう、仕事と本と子供のある生活。ふむふむ、なるほど、つまり、こんなもんなんでしょう。

やっぱ、今年もいい一年だった、ということで。
来年も、面白いこといっぱいやって、皆様の役にも立てるようにがんばろっと。

12/30/2008

ありふれた年末の休日の風景

12月29日(月)
小説講座の事務所は、1月8日までお休みです。

朝6時、息子に起こされて、朝食を用意。彼が通っている塾の特別講習、朝7時半集合で10時間ほど集中講義があるらしい。日頃、自宅ではまったく勉強をしてないのだから、いくら塾でまとめてやっても今さら仕方ない気もするけどな。ま、たぶん気持ちの問題なんだろうなあ。

息子が出かけたあと、すぐに家族が起きてくる。昨日、寝たのが2時くらいなんで、眠いんだが、今から寝なおすわけにもいかない。うちの夫は、休日でもどんなに遅くとも8時には起床。平日はかっきり6時40分。休日8時過ぎまで子供たちが寝ていると何度も起こすし、9時過ぎると説教する。遅くても9時がタイムリミット。昨日、遅くまでテレビを見ていた娘たちは9時ギリギリ起床。どうせそろそろ年末。

私の自宅の仕事部屋には、デロンギのオイルヒーターしかないので、目がさめてすぐにスイッチをいれておく。暖まるのにちょっと時間がかかるので。前日からタイマーセットでもいいのだが、何時から作業をするか、朝、決めるしね。午前中、あれこれ仕事。作品を読んだ生徒さんにメールを送ったり。

息子に頼まれて、まとめて再放送されてる『相棒』を録画。同じく再放送されてるガンダムにはまったく興味がないそうだ。彼はマンガもよく読むし、TVドラマや映画DVDなどもけっこう見るが、アニメにはあまり執着がないみたいなのだった。見るのは、せいぜいドラえもんとおでんくんくらい。

最近、なぜか夫がマンガを買い込んでくる。リビングのDVD棚になぜか「もやしもん」があり、その横に、いつのまにか『聖☆おにいさん』が増えていた。えー、めずらしい。なんで急に流行りモンに興味があるようになったのかなあ。ちょっとしたギャグが欲しくなるほど、仕事に疲れてるとか?

終日、仕事部屋にこもっていたのに、結局、年賀状に手が出せず。

12/29/2008

そろそろ年末、スケジュール帳選びとか

12月28日(日)
小説講座の事務所は、1月8日までお休みです。

昨日は、バタバタと仕事して、双子の娘たちの11歳の誕生日で、プレゼントとか買ったりして、けっこう疲れた。まったく手つかずの年賀状をどうにかせねばならないのだが。

午前中、自宅にて、お持ち帰りのお仕事。生徒作品にも目を通す。
昼からはレポート一本書き上げて、夕方にまた外出。

今頃になって気がついたのだが、近くのショッピングモールにあった文具屋。どうも11月末に閉店してしまったらしい。他では売ってない文具も置いてあったから、けっこう便利だったのに残念だな。そのせいか、モレスキンのメモ帳とかは、横の書店で売るようになったようだ。モレスキンって私も一時は使っていたのだけど、今はアイデアメモなんかもたいてい野帳(おもにコクヨの『SKETCH BOOK』)になってしまってほとんど使っていない。使い分けると便利なんだろうけどね。でも、方眼の野帳は携帯もラクだし、取材とかけっこう使える。なにより絵とか図表が書きやすい。安くて軽くて丈夫だから便利。大きな文具屋にしか売ってないけど、コクヨなら大学の生協で買えばいいし。

今年はまだスケジュール帳を買ってないから、あれこれ書店でもつい見てしまう。実は、どうも1月始まりというのは何かと不便で、来年から全面的に4月開始のスケジュール帳に変えようと思っているのだが、そうなると1〜3月をどうするかが問題。とりあえず、100均で買っておいたんだけどな。

年賀状、カレンダー、スケジュール帳……、今年もそろそろ終わりだなあ。

12/28/2008

作家志望と生徒作品の肌ざわり

12月27日(土)
小説講座の事務所は、1月8日までお休みです。

朝から仕事。当然ながら、やり残した分は自宅へお持ち帰り。さて、ちゃんと年越せるかなあ。どのみち、今年は中3息子が受験生なので、どこかに旅行というわけでもないし、いつもの年よりは時間がありそうだ。家に帰れば、これでも一応、主婦なので、あまり仕事部屋に引きこもるわけにいかない。

自宅に分厚い封筒が届く。専攻科の生徒さんで、ちょっと気になることがあって、わざわざ作品を自宅に送ってもらったのである。急いで封筒をあけて、かるく数枚に目を通して、少し安心する。本人は、この自分の作品を気に入っておらず、実際、公募にも落ちたようでテンションも高くないが、文章そのものは悪くはない。たぶん今、在籍している専攻科の誰よりも上手だろう。しばらく作品を見せなかったので、そっちの方が心配だったので、ホッとした。

うちの小説講座は、入学して、年35回のエンターテインメントノベル講座に在籍したら、一応一年間で卒業ということになり、そのうち、プロ志望で、講師に作品指導をしてもらいたい人だけが、専攻科に進学する。まあ、厳密に言えば、全員がプロ志望というわけでもないかもしれないが、一応、専攻科は「プロ養成」ということになっている。

小説講座に在籍している生徒さんに限って言えば、小説というのは、1年、2年とやっていくうちに、かなり確実にうまくなる。そりゃあ、
「小説は、ただ書き方がうまくなればいいというわけでもないでしょう」
という生徒さんもいる。たしかにけっこううまくなったのに、あまり面白くないという作品もある。たしかにそれはあるのだが、それはエンターテインメント系の作品は、キャラクターやらストーリーとかアイデアについつい目がいくからそう思うだけで、実は、文章を磨くのと、たとえば人物を描くってのは、ぜんぜん別のことではなくて、それはそれでしっかりつながっているのである。

ところが、ある程度、書き慣れてくると、どうも「文章表現」を工夫するのに手を抜くようになる。ま、プロ作家なら、ある意味、つねに読者の目にさらされているから、そんなことはないのだろうけど、専攻科の生徒さんでは、たまにいる。最初のうちは、急激にうまくなるから、本人もどんどん作品を書くのだけど、長編がボツボツ書けるようになって、それを公募に送ったりするようになり、そこで何回か落ちたりすると、テンションが落ちて微妙にダレてくる。ダレてくると、文章が荒れることがある。

いや、単純に文章がうまくなっているとか、文章が荒くなっているとか、というよりも、なんというか、そういう感触ではなくて、行間に漂う、何か、体温というか、温度のようなものだ。読者に対して、アキラメのようなものかもしれないが、それが漂う文章は、なんだか冷たい行間になる。いや、私にはそう見えるだけで、実際、本人がどう思っているのかどうかわからない。作品を読んで、私がそう感じるだけである。

たぶん、こういう創作物は、足し算というより、かけ算なのだろう。文章の一行一行は、生き物の薄い皮膜のように、その表面に中にもつものをにじませる。ヒトの皮膚から、赤い血液や体温を感じられる。肌を触り、瞳を直接覗き込むかわりに、とりあえず文章を眺めてみる。

さて、ほんの数枚読んだだけで、ぜんぜん内容はまだわからないのだが、とりあえず、ほっとした。本人の意欲が荒れてなければ、まだまだきっと書けるはずである。

心配症なのかもしれないが、しかし、プロになれる実力がありながら、なにせあきらめてしまう人も世の中にはたくさんいるのである。生徒さんのほとんどは、作家になれなかったのではなく、あきらめるのである。

もちろん、それで、あきらめきれるなら、そして他で幸せを見つけられるのなら、それでもいいのかもしれないが、何にしても好きなことをあきらめきれない人の方が私は好きである。

12/27/2008

生徒作品につきあうのも命がけ

12月26日(金)
朝から外出。昼から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

昨日、事務所のスタッフ3人と忘年会をして、そのあと喫茶店で数時間ほど小説談義など。4人がかりで某スタッフの書いている作品をアレコレ「あーでもない、こーでもない」とブレストみたいなことをやる。23時解散。私らって、やっぱ、よほどの小説好きだったのね。

しかも私らは、昼からもずっと似たようなことをやっていたんで、なんだかんだで、この日だけで9時間ほど、ひとつの作品について頭をひねって、語りあったりしてたのだ。ま、本人がそれだけ自分の作品とつきあう気があるので、やれるんだけど。それでも、最初の20枚くらいしか終わってない気もするが。

私は、日頃、生徒作品に直接何かコメントを言ったりしないようにしているのだけど、(うちの小説講座は、現役で活躍してるプロ作家の先生が十数人も講師にいるわけだし、私自身は、まったく小説を書けないので)、専攻科の提出作品のうち、長編については、講師指導の前に必ず目を通して、一度書き直してもらうこともあるから、まったく意見を言わないということはない。「講師指導の前に、一度書き直してくれ」というのに、何も理由を言わないわけにいかないし。まあ、意見を言ってくれと言われれば、言うことはある。でも、ちゃんと説明するだけの時間がとってもらえる時だけね。

私は「いっしょに考えてあげる」ということしかできないと思っているのだが、いっしょに考えるというのは、時間がかかる。そのためには、どんなに忙しくてもできるだけ時間をとって納得できるまでつきあってやろうとも思っている。ただし、本人が望めばだけど。生徒さんでも、自分の作品を読んでほしいという人はけっこういるのだけど、手っ取り早くコメントが欲しいだけで、そんなに真剣につきあうのは面倒という人が多いのだ。そういう手っ取り早く手に入る的確でベストなコメントなんか、私に求めてはいかん。そんなもん出せんよ。

さて、「その作品をどうしたらいいか、ちゃんとひとつひとつ考える」というのは、けっこう時間がかかる。日頃、講師の先生たちがやってくれている講師指導に較べれば、私の場合、それほど深くは読んであげられないのだから、その分、細かくみてあげようと思う。生徒さんの作品の場合、どうも書き方というか、文章表現が気になることが多いから、一行一行チェックするようになる。まだ短編なら、だいたいアイデアひとつ、あとは書き方……という感じで、文章に集中できるからいいのだけど、長編だとやっかいだ。あっというまに数時間はかかる。

ある問題点一ヶ所だけを解決しようをいっしょに頭をひねるだけで、やりだすと、何時間もすぐかかる。どう書けばいいかとか、その作品がもうちょっとよくなるのかとか、結局、一行一行、細かくみなくちゃいけないから、めちゃくちゃ時間がかかる。まあ、私はそれしか手伝えないので、そういうふうに面倒をみなきゃと思っているし、気が済むまでとりあえず使える頭は使って、出せるアイデアは全部出すくらい、考え続けるのは、べつにさほど苦労ではない。いや、どうせ最終的に書くのは、本人だしね。

他人のために頭を使ったりするのは、苦でもなんでもない。実際、較べるのは変だが、自分自身がコピーライターとして広告コピーの一行を考えたりする作業よりはよほどラクである。ああいう文章は、ほんの数文字に、売り上げとか、社運がかかっていたりするからな(まあ、小説の一行一行も重要なんだろうけど、相対的な比率とか責任感の問題っす)

以前は、某ミステリ作家さんが大阪在住だったので、毎週のように呼び出されて何かしら意見を求められていたものだが、ここ数年はそういうことがないわけなので、むしろ日頃、何かトリックになりそうなもんとか、そういう頭を使うこともないから、生徒さんの作品くらい、いくら読まされてもラクなものだったりする。

ところで、生徒さんたちと話していると、こりゃどうもプロ作家さんたちとは決定的に違うな、と思うことがある。それは、自分の作品なのに、ちゃんと考えてないんじゃないかな、と思うことがしばしばあること。

気のせいか、いっしょに話をしていて、あれれ、それほど深く考えて書いているわけではないのかなあ、と思うことがけっこうある。生徒さん自身、とくに長編の場合、本人はちゃんと深く考えたつもりらしいから、本人には言いにくいものなのだが、私にはどうも「考えたこと全部、とりあえず、ただ書いた」みたいな感じがする。

これが、プロ作家だと「あれこれ色々な可能性を考えて、いっぱい考えた中からベストのものだけを選んで、さらに工夫して最小限書いた」という感じがする。

たとえば生徒さんは、自分が書いて気に入ってるところは、いくら全体的に不必要だとわかっても、なんとか捨てないようにする。自分でも「これは要らんかもな」と思っているくらいでも、「まあ、いいやん、せっかく書いたんだから」と思って、なるべくたくさん残そうとする。

「でも、このストーリーの流れから言うと、このシーン、別になくてもいいし、むしろジャマになっているから、ここはカットした方がいいのじゃないかなあ」
と言ってみると、
「でも、なんとか残せませんかね」
と粘られることが多い。その傾向が強い生徒さんだと、結局、ここも残したい、ここも削りたくない、そこは変えたくない、と、めちゃくちゃ言ったりする。そうなると、私も、まあ、どうせ本人の作品なんで、書きたいように書けばいいんだけど、しかし、じゃあ、何で私の意見なんか聞くんかなあ、どうせ自分が買いたいように書きたいつもりなんだったら、最初から相談なんかしなくてもいいのになあ、とか思ってしまうことがある。

(もっとも、生徒さんの場合、何が必要か、不必要かがわかるだけでもたいしたもんで、たいていそれがわからんのが問題だったりするけど)

なんとなく、プロだとさすがにそういうのはまずしないような、気がする。それを書いてしまった時のデメリットとか考えれば、必要のないとわかれば削るだろうな。なんか、こだわるところが違うような気がする。よほどどうしても書きたいという時はあるかもしれないけど、デメリットはシビアに計算するだろうな。少なくとも天秤にはかけるだろうし。

生徒さんは、「ちゃんと読んでもらえるだろうか」とそれなりに不安に思っているのに、なぜか文章そのものには緊張感がない。なんか、ユルユルである。文章だけを眺めてみても、プロの作品は、たぶんそれが商品だからだろうが、洗練されたファッションを着たモデルのようにあまりスキはない。が、生徒作品は、まるで普段着とか、部屋着のジャージみたいだ。ダラダラしてるか、あるいは無駄なものがゴテゴテあって、まるでチグハグだ。

もしかして聞こえれば面白いかもしれないけど、ノイズが多くて、よくわからないラジオみたいにとにかく遠い。

ところで、私は、そういうのはどっちにしても、たぶん作者が想像力の出し惜しみしてるからではないかと思うのだけど、「文章力がいまいち」と言われても、あまり不愉快に思わないらしいのに、想像力が足りないと言われると、たいていの生徒さんはものすごく反発する。

もともと小説を書こうとか、マンガを書きたいというような人間は、自分のことを「夢見がち」つーか、「想像力ゆたかな」人だとは思っている。しかし、それは世間一般のレベルではそうかもしれんけど、小説を書くには、どうもそういう一般レベルの妄想力では、とても足りないような気がしている。ま、ちょっと料理が得意なくらいのレベルの主婦ならいっぱいいるだろうけど、やっぱりプロのコックとは違う、っつーか。うまく説明するのは難しいけど、なんかこだわるベクトルの方向が違う気がするなあ。

で、プロ作家さんたちと話していると、日頃から頭の中で、そういう妄想力を日夜訓練していて、そこが違う気がする。

それにしても、私に自分の作品の意見を求めると、こんなふうに徹底的につきあわないといけないので、そこんところはよくよく覚悟しておくように。しかも私は書き直してもらうことを前提で話をしているのだから、途中で、「やっぱり、もういいです」なんて、言うのは絶対にナシだよん。

私自身は、これもちゃんといつか活字にするつもりだろうから、それなりになるべく真剣になってるつもりだったりするのに、生徒さんって、けっこうすぐに
「もういいです、やっぱ、ちょっと思いついて書いてみただけですから。書き直してもどうせ駄作です」
とか言い出すことが多いんだよね。いや、ほんと。なんか、ちょっと不満。なんで、すぐ自分のを駄作って決めるのかなあ。せっかく書いた作品を読んでもらいたいんじゃないのかあ。

思い込みでいいやん、そこから始まる恋もあるんだし。あきらめずにちょっとだけ粘ろうよ、って。ああ、でも、所詮、他人事だから言えるのかなあ。

12/25/2008

久しぶりのブログ更新

12月25日(木)
ほぼ1か月半ぶりにブログ更新。

昨夜からあれこれパソコンをいじり、データアップ。と言っても、一か月分をまとめてアップする気にもなれないなあ。まあ、どっちみちあんまり読んでる人もいないんで、ま、ぼちぼち気が向いたらやるということで。

しかし、自宅は古いMacを使用しているので、現在のココログは重すぎるのよね。テキスト作成には困らないけど、パワポ作成もそろそろツライので、買い替えないといかんのだが、買いにいくヒマがねー。

早朝から、小5の双子の娘がキャーキャー大騒ぎ。サンタが来たらしい。
「いいよなあ、子供は。おもちゃがもらえて」
とつぶやいたら、中3の息子が
「大人は自分で買えるやろ」
と言う。

そうそう。くれる人もいないのだから、自分でパソコン買い換えないとね。

小説講座の事務所も、そろそろ冬休み。

12月24日(水)
午後から小説講座の経営について、運営サポーターや担当者の人と打ち合わせ。

公式には、すでに冬休み休業中なのだが、まだまだ仕事中。山積みの事務作業、今年も持ち帰りになりそうだなあ。欠席者発送とか、急ぎの作業をアレコレ。

12/24/2008

クリスマスパーティ

12月23日(火)
小説講座の事務所は、日、祝、月、木、お休みです。

祝日。朝から、あれこれ走りまわる。午後から双子の娘たちがケーキを作るというので、買い物だけはいっしょにいってやる。ケーキなんてのは、ちゃんとした店で買った方が間違いなくうまいと思うが、娘たちがキャーキャー言いながらクリームを泡立て、フルーツの横にお菓子(アポロチョコ)とか飾ったりした、ぶかっこうな爆笑手作りケーキは買おうと思っても買えない。夕方から、義母の家でクリスマスパーティ。不況なので、家族だんらんが今年のトレンドらしいが、まあ、いつもと同じクリスマス。

12/23/2008

小説講座の生徒作品を読んでみよう

12月22日(月)
あいかわらず、小説講座の生徒作品と格闘中。

生徒作品を読むのはキライではないのだが、さすがに長編は読むのに時間がかかる。ああ、プロの作品だとサクサク読めるのに。
ま、愛がなくては、とても最後まで読めないのが生徒作品。シロウトだから、やっぱり読みにくいのは仕方ないしなあ。

で、毎度ながら、なかなか読めない理由をちょっと再検討。

(1)文章がわかりにくい
……やっぱ、これが、一番多いかもなあ。
(2)くどい
たいした展開もなく、どうでもいいシーンなのにやたら長い。やっぱり飽きる。
(3)場面がよくわからない
余計な描写はいっぱいあるのに、必要な描写が書かれておらず、肝心のことが書いてなかったりするから。
(4)登場人物の行動、考えていることがよくわからない
これもけっこう多い。
(5)ストーリーに興味がもてない
何かひとつくらい「はたしてどうなる」ってのがあればいいんだけど、延々とエピソードがつながってるだけで(どうでもいいように見える)何も関心がもてないってのがけっこうある。

……どれか一つってことはなくて、たいてい複合的なんだけどな。
で、反対に「じゃあ、多少ヘタでも読めるものはどんなものかな」と、考えてみると。

(1)どんなに文章がヘタでも、とりあえず視点だけはぶれてない。
視点さえぶれなければ、けっこう読める。
(2)少なくとも視点人物の行動、考えてることだけはよくわかる。
視点人物だけでもわかってれば、とりあえず場面だけでもわかるから。
(3)ストーリーがシンプルでわかりやすい
なにしろどんな話かよくわからんものが多いので、ベタでもいいから、話がわかる方がいい。
(4)どんな小さなものでもいいから、「はたしてどうなる?」が一応ある
何のために長いエピソードを読まされているのかわからないのが一番つらい。
(5)作者のやりたいことがわかる。
少なくともこれだけはやりたいってのがわかると読みやすい。

しかし、「面白い」ってのはなかなか難しいもんだけど、「とりあえず伝わる」ってのもかなり難しいみたいですね。

12/22/2008

ショートショート大賞の受賞作が日本語教材に

12月21日(日)
小説講座の事務所は、日、月、木曜お休みです。

先日から、うちが主催している『大阪ショートショート大賞』の受賞作品を、「日本語教材」として使いたいという海外からの問い合わせがあった。数年前の受賞作で、本人となかなか連絡がつかなかたりしてバタバタしていたのだが、なんとかメドがついてホッとした。あの受賞作が海外で読まれていると思うと、ちょっと妙な気分。しかし、どんなふうに読まれるのだろう。

12/21/2008

2008年最後の小説講座

12月20日(土)
朝から小説講座の事務所。夕方からエンタ12期の講義。

今日は、教室実習。ビデオを使って簡単な演習をする。

教室実習は、ほとんど小説を書いたことがない人向けのものなので、書き慣れた人は必ずしも出席しなくてもいいのだけど、まだ開講したばかりのせいか、12月の年末あわただしい時期のわりには、けっこう出席率がいい。

ここ数年同じ演習だけど、今年も生徒さんごとに色々個性があって、よさそうなものがけっこうあった。個人的には、みかん農園を継ぎたくない大学生が両親のために食品偽装業者と戦う話などが面白そうだった。どうすればちょっとでもよくなるかと工夫するところが大事かな。

終わってから、ワイワイと飲み会。そろそろお互いの名前や作品の傾向もわかって来て、話もはずむようになったのか、かなり遅くまで話し込む。

12/20/2008

講義準備とブレスト

12月19日(金)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

明日の講義の準備をして、それからスタッフの作品をごちゃごちゃとブレストする。某作家さんの「頭はこれ以上しぼれないというところまでしぼれ」という教えに従って、もう使えるだけ使う。

12/19/2008

芋づる式学習法

12月18日(木)
興味というのは、ひょんなことから、芋づる式につながることがある。

先日、たまたま「ドードー」という鳥に興味をもった。調べていくうちに「飛べない鳥の進化」という話を読み、「ネオテニー」という言葉がでてきたので、「そうそう、そう言えば」と、「個体発生と系統発生」(グールド)を本棚からひっぱりだし、ついでに進化発生学なんてゆう本と、シリーズ進化学なんてのを読んだりする。ゲノムとか、発生とか、遺伝学とか、私にはかなり苦手な分野なのだが、頭の中ではドードーが走っているので、なぜかそれなりにちょっとは読めるのであった。不思議。

ちなみに、ドードーってのは、私にとっては『不思議の国のアリス』か『ドリトル先生』だが、うちのガキどもには「ドラえもん」か「ポケモン」である。なるほどね。

12/18/2008

タシットという思考

12月17日(水)

『カイミジンコに聞いたこと』(花井哲郎著)という随筆集がある。古生物学者書いた随筆集だから、小説講座の生徒さんで読んだことがある人はほとんどいないだろうけど、べつに古生物に興味がなくても、たぶん読む価値はきっとある。なにしろ文章が美しい。発想も面白い。通勤電車の何気ない風景を見て、フジツボの幼生が固着する時の分布を連想したりする。簡潔な文体で描かれた「かもめ」の風景は哀しかったり、随筆なのだけど、まるで繊細な掌編のようでもある。

穏やかな文章が上品なので、どんな人物かまったく知らないのだけど、なんだかあの右京さんの老後(もちろん『相棒』のよ!)、のようなちょっと風変わりで優しげな学者さんを連想してしまう。ふと古生物学者は、みな名探偵なのかもしれないと思う。彼らは、小さな断片から真実を見つけようと熟考する。

べレムナイトの化石の幼殻をそっと観察している老学者を想像しながら、この人が好きだという「タシット」tacitという単語を辞書で引いてみる。私のような人間のどこをほじくっても、そんな言葉は出てこないのだけど、先日手に入れたフズリナの薄片をもう一度のぞいてみて、少しでも何か感じられないかと考えてみたりする。

12/17/2008

もうすっかり師走

12月16日(火)
朝から外出。年末で、仕事はせっぱつまりまくりかえし倒し。でも、そろそろピークは過ぎたかな。ふう。

夜、専門学校の講師控え室で、アニメーターの先生と数時間ほど。いろいろ教えてもらって、ものすごく勉強になった。しかし、ふと気がついたら、23時。二人とも6時限が終わったのが20時くらいなので、3時間近くも話してもらっていたことになる。あわてて一緒に地下鉄に乗る。深夜の車内。なんだか、すっかり師走の夜みたいだった。

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