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01/31/2008

体力と気力と家庭の献立

1月30日(水)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

朝から「ちりとてちん」100話。
本日は、「死んだらええのに」の名セリフで有名な(?)朝ドラ史上最強のツンデレ萌えキャラがフル全開。15分間、日本全国の邪な女性視聴者が喜びに身悶えする声が聞こえた(幻聴)。ホンマ朝からええもん拝ませてもらいましたわ(やっぱオマエもか)。毎回、この「ああ、ベタやのにやっぱりやられた」感がたまりませんなあ。ネットの四草ファンサイトもアチコチえらい大騒ぎ。みなさん熱うございますな。うひゃひゃひゃひゃ(小草若調)

さて、ようやく風邪も落ち着いてきて、体調もかなり戻ってきたのだが、夕食はまだやや手抜き。このところの献立を見たら、カレーとか、鍋とか、わかりやすい料理ばっかり。中学生の息子の作る料理よりも手抜きである。料理を作る気力がないと、私の場合、魚料理を作る回数が顕著に減る。とくに青魚。サバとか、イワシとか。うちは、切り身で売ってる魚はほとんど買わないのだが(その方が高いし、たいていマズイから)、ちょいちょいと魚をさばくことくらい、さほど手間のかかるわけでもないのに、体調が悪いとこれが面倒になる。そのために献立が片寄ってくるから、自分でもよくわかる。

冷凍食品なんかでもいくらでも暮らせることはわかっているのだが、自分で作った方がやっぱりうまいと思う。しかし、ちょっと気力がないと調理をする気もないのだなあ。

ただ、家族に美味しいものを食わせたいという、それだけなんだけどね。冷凍食品って、なんかファミレスで食ってるような気になるしなあ。いや、もちろんファミレスという場所が嫌いなわけじゃないんだけど、たまに原稿を書いたりしに行くし。でも、ま、料理には最初から期待はしてないもんなあ。十数年前とは言え、ファミレスで働いていたこともあるので、だいたい調理法も予想がつくしな。もちろんファーストフードも食べるけど、でも、牛丼屋とかって、私の場合、どこが好きかというと、もぐもぐ真剣な顔して食ってる男性を見るのが楽しみで行くという……できれば工場の制服とか来てる男性ならなお良し。私は、嬉しそうに食う男性を見るのが好きなのである。

うちの夫は美術教師なのだが、本人に言わせるとこれは「肉体労働者」なのだそうで、一日中、イスに座らず、ずっと立ち歩くから、夜、帰宅すると必ず腹ベコである。だもんで、夕食は必ずモリモリ食う。ダンサーもやっているので、毎日三食をきっちり食べて、朝はかっきり7時に起きる。規則正しい生活のも仕事のうちなんである。

だもんで、料理の手を抜くとすぐにバレるのだが、今は私の体調が悪いのを知っているので何も言わない。しかし、一人黙って、さっと「水菜」を洗って調理して食べていた。帰宅が遅く、一人だけ後から夕食を食べていたのだが、たぶん野菜が足りないと思ったのだろう。体調管理に細かく気を使うタイプなので、栄養バランスも気にするタチなのだ。しかし、料理の手抜きをすると、気がつかないうちに野菜が少なくなる。実は、この水菜、無農薬栽培なので、少し虫がついている。だから、調理がついおっくうだったのである。こうした、ほんの少しの手間が体調が悪いといちいち面倒なのである。

兼業主婦で子持ちの友人も、「うちなんか、忙しい日が続くと、毎日、ほとんど生協の冷凍食品だけで暮らしてるわよお」と笑っていたが、その気持ちはよくわかる。野菜をちゃんと洗うのもおっくう、魚をさばくのもおっくうという気分では、いくら「家族のために栄養バランスのいい、美味しいものを作ってあげたい」と思っていても、無理。先週みたいに体力がないと「とりあえず適当に作れる」もので精一杯である。

ただし、いくら手抜きをしても、ちゃんと料理をするのと、なぜかそれほど調理時間が変わらない。ちょっと不思議。夕食の調理時間ってのは、たいてい20分くらいなのだが、日頃は、メニュー3品とか、ちゃんと頭の中で複合作業を組立ててから調理するのだが、体調があまりよくないと、カレーとか、丼とか、1品料理が増える。つまり同じ時間でも、やる気がある時の方が素早く手際よく、何品か作れるのである。

だいたい魚を三枚におろすのだって、手際よくやれば、ほんの数分で済むことなのだ。体力とか、時間がないからではなく、どっちかというと気力の問題なんだよな。

考えてみたら、どんな仕事でも似たようなもんで、やる気がある時は仕事が楽しく、それぞれの作業にも色々工夫するから作業効率も上がって、いい仕事が大量にできる。やる気のない時は同じことをやってもダラダラしてるから、時間をかけてもあんまりイイものができなかったりするのだ。

やっぱ、やる気が大事ということかあ。しかし、気力は、やっぱ、体力だよねえ。早く体調を戻さないとな。しかし、体調が悪いと、むしろ身体の方は、魚料理とか酢の物とか野菜料理とか、そういうのを欲しているみたいなのにそれを料理する気力がなくて、冷凍食品を使ったわかりやすい料理や鍋やらコテコテの肉料理とかばっかりになる。

しかし、私自身はかえって体重が増えたりして、体調もよくないし、ますます困っているのだが(たぶんすでにそういう年齢になっている夫もあまり嬉しくはない)、子供たちはむしろそういうメニューが続くのを喜んでいたりするのである。

ちなみに、息子なんかは、ぜーんぶチンして詰め込むだけの、まるでプラモデルみたいな冷凍食品だらけの弁当の方がなんだかよほど「弁当」らしくて好きなんだそうだ。
「だって、友達の弁当もみんなそんなんやで」
と言うのである。

いや、でも、それもなんだかなあ。

01/30/2008

事務作業は続くよどこまでも

1月29日(火)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

専攻科の作品は、修正待ちが多く、本日の印刷物は少なし。平和な事務作業。
丁稚どんもめずらしく、教室代支払いなど雑用。しかし、どうせ小説講座の事務所などというところは、あらゆる雑用の無限地獄(そこまではないか)である。入学案内、問い合わせ対応、生徒作品や講師本、参考文献を読む……、雑用にどこまでも際限なし。非利益団体なんで最低限の運営が続けられたら、それで別にいいんだけども、手間はかかって、どこまで行っても儲からない仕事。ははは。たくさんのステキな先生、個性的な生徒さんたちと楽しくやってて、何かと面白いから別にいいけどさ(いや、これで、みんながしっかりデビューさえしてくれれば……きっと)

01/29/2008

小説とは関係のない休日(終日パソコン)

1月28日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

めずらしく自宅でお仕事。6時間ほどパソコンの前で過ごす。夕食は、昨日のシチューの残り。野菜が溶けてしまったので、ほんの少しだけカレー粉を加えたら、味が落ち着いて美味しくなった。ふと、「そう言えば、今年の冬は、まだ豚汁を食べてない」ってなことを思い出した。こんだけ寒ければ、さぞかし美味いだろう。今週中にゼッタイ作らなければ。

01/28/2008

小説とは関係のない休日(風邪から復活、相撲と知事選)

1月27日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

先々週からの風邪の大ブームが去って、家庭内には、ようやく平和が訪れようとしているのであった。

たまった「ちりとてちん」のビデオを見たり(私はすっかり四草ファン)。土曜日に直接事務所に提出してくれた専攻科の作品を読んだり。ネットサーフィンして、講師の先生方のサイトをチェックしたり(近藤史恵先生の大藪賞受賞おめでとうございます!生徒の皆さんも拍手!!)
あれやこれや家事など。シチューを煮込んだり、ゆっくりコーヒーをいれたり。

それほど強い関心があるわけではないのだが、めずらしく世間並みに知りたいのが、相撲と選挙の結果(本日は、大阪の知事選)。私も一応、選挙権はあるのであった。

今回、結果は予想通りだが、投票率と票差に関心あり。
相撲は……まあ、これも見た価値はあったかも。

01/27/2008

後からわかることもあり

1月26日(土)
午後から小説講座の事務所。夕方から第11期の講義。

本日の講師は、ミステリ作家の芦辺拓先生。
昨年結婚されて、今はすっかり東京在住の先生だが、隔月で「探偵講談の会」のために大阪に来られるらしいので、本日はそれにあわせて出講スケジュールを調整。ただ、昨日が原稿の締切日で、どうやら徹夜したまま、今日、直接、新幹線で来ることになってしまったようなので、かなりハラハラしていた私。雪の影響で、昨日の新幹線が15分ほど遅れていたせいもあるが、実は、けっこう遅刻魔で、待ち合わせすると遅れてくる確率が高く、講義にも遅れることも何度かあったせいである。

ところが、しっかり10分前には教室へ。驚くべきことではないのだが、ちょっと驚く。5年前の卒業生で、今年からまた専攻科に再入学した生徒さん(以前、芦辺先生のご自宅にも一緒に遊びに行ったことがある)が講義見学に来ていて、思わず彼女の顔を見あわせる。
聞いてみると、今日はどうも奥様と一緒に新幹線に乗られたせいらしい。
「結婚してから、遅刻が『罪悪』だという概念を教えられてしまってね」
と笑う先生。ってか、知らんかったんかい。
作品は、緻密で端正なカッチリした印象のミステリなのだが、ご本人はいたってお茶目である。

しかし、なるほど、結婚されてからはすっかり遅刻がなくなったというウワサは、やはり本当だったのね(笑)

けど、徹夜明けということで、さすがの芦辺先生もいつもと違う雰囲気。のんびりした感じで、『赤い密室』の解説など。数年前までの内容が濃く、切れ味の鋭い、熱気あふれる超スピード早口の印象があるので、
「なんか先生も、すっかり落ち着いちゃったよなあ。けど、言われてみれば、もうそういう年齢でもあるんだしなあ」
などと私は思ったりするのだが、これくらいの方が生徒さんには聞きやすいのかも(笑)

「明け方まで書いていて、そのまま寝ずに来たから、ものすごく眠い、眠い」
などと言いつつも、その後も、けっこう遅くまで飲み会にも参加していただく。あいかわらず親切に生徒さんたちからの質問にも答えつつ、自分の創作メモ等を見せてくれたり。しかし、堀先生と言い、芦辺先生と言い、実際に書いているプロの作家さんたちから、こんだけ具体的な創作法を聞けるのはありがたいことだなあ。あれやこれや、自分たちの創作に生かしてくれればいいけど。

でも、今はわかんなくても、とりあえず聞いておけば、何年かたってから「ああ、あの時、あの先生が言っていたのは、こういう意味だったのか」って、後からわかる、っということもあるしね。いや、きっと本当にわかるってのは、そういうことなんだろうと思うのだけどね。

01/26/2008

東京日帰り

1月25日(金)
東京へ日帰り。

朝5時に家を出て、6時過ぎの新幹線で東京へ。風邪で熱っぽく、ほとんど命がけの旅(?)である。新幹線の中でもあまり眠れず。15時頃の新幹線で帰阪。すぐ寝る。

夜10時頃、目が覚めて、お茶を飲みながら、自分が本当にちゃんと東京へ行って来たのかと首をかしげる。なにせ昨日の夜からずっと熱があったわけなので、もしかすると夢かもしれないと思ったりする。ポケットを見たら、ちゃんと新幹線の発券記録があったので、ようやく安心する。どうやら夢じゃないらしい。何も覚えてないが。行ったのは行ったようだが、ちゃんと用事を済ませたのか自信がない。這ってでも行くことに意義がある……というわけでもないが、今さらどうしようもないしな。まあ、健康第一である。

01/25/2008

風邪でまだ熱あり

1月24日(木)
昼から仕事。

熱も下がらず、風邪はまだ治らないが、そうそう寝てはいられない。よろよろと仕事へ出かける。何とか無事に終えて、フラフラ帰って来て、すぐ寝る。

01/24/2008

風邪で終日、寝る。

1月23日(水)
熱のため、仕事を休んで終日、寝る。だいたい38度ほど。

01/23/2008

またまた風邪でダウン

1月22日(火)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

昨日に続き、小4の次女が風邪。さらに中2の長男も。二人とも発熱あり。まったく同じ症状で風邪らしい。二人とも学校を休む。
私は昼から仕事へ。ところが、私も午後から体調が悪く、のどが痛い。

帰宅後、熱が出て、そのまま布団へ直行。

01/22/2008

小説とは関係のない休日(家庭内は風邪にて)

1月21日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

本日は、次女が発熱のため、学校を休む。先週に引き続き、家庭内で風邪ブーム再発。

01/21/2008

小説とは関係のない休日(家庭内は風邪にて封鎖中)

1月20日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

先週の連休に夫が風邪をひき、それが子供たち一人ずつ伝染していく。長女が治ったかと思ったら、今日から次女である。

01/20/2008

そろそろ前期課題の締切日

1月19日(土)
昼から小説講座の事務所。夕方から、小説講座の講義。

夕方から11期の講義。専攻科の講義は、今週もお休み。
本日の講師は、堀晃先生。「SFの書き方」という、いつものタイトルだが、今年はちょっと内容が変わっていた。SFの定義などの話が少なくなって、かなり実作中心のお話。堀先生自身の創作体験を色々聞けたので、生徒さんたちにもかなり好評である。初心者から、ちょっと書き慣れた人でも役に立ちそうな、具体的なアドバイスもいっぱい。

昨年までのSFについての話も勉強になったので、それが聞けないのはちょっと残念だろうけど、堀先生ならではの創作法だから、これこそがやはりSF、なのだった。先生から教室課題あり。次回は、2月26日に予定。

講義後、生徒さんたちと飲み会。
秋に入学したばかりの11期生、今頃の関心事は、前期課題のことなど。締切日は、2月2日。提出本数が多いといいんだけどね。

なんとなく寒気がして、体調が悪い。
風邪が流行っているので、要注意である。

01/19/2008

体調不良により、事務所勤務

1月18日(金)
午後から小説講座の事務所。

早朝から東京へ日帰り出張の予定だったのだが、体調不良により泣く泣く断念。こっちの件は、2月以降に日程変更してもらう。でも、また来週の金曜日には、イヤでも日帰りで東京行きしなくてはいけないのだが。

昼過ぎから事務所。頭痛のため、たいした作業もできず。帰って寝る。

01/18/2008

書きたい小説とウマイけどツマラナイ小説

1月17日(木)
朝から小説講座の事務所。昼から外出。

うちの小説講座は(全員がそうだとは限らないのだけど)、一応「プロ作家養成」ということになっていて、生徒さんは商業出版をめざしている人が多い。

ところで、こうしたエンターテインメント系の作品では「面白い」ってのがかなり大事で、さらにこれから新人デビューをしようという立場から言えば「個性的」であるってのも大事である。

で、生徒さんは「面白く読めて、オリジナリティの高い作品」をめざすわけである。

ほんでもって、小説も「生まれて初めて書いて、それが傑作」という人はほとんどいないので、何作か書けば書くほど上達する。生徒さんたちも、入学して1年目にはかなりヘタでも、何年かするとたいていうまくなるのだが、そうやって2〜3年たって、そこそこ慣れてきた頃になると
「技術的にはよく書けていて、それなりにはうまく書けているけど、それほど面白くない」
という作品を書くようになってしまう人がいる。

ちょっとした、スランプのはじまりである。

個人的な経験から言えば、こういう場合、本人が「何を書いていいのかわからなくなっている」というケースがほとんどで、実際、作品を見ると、
「そりゃ、ネタがよくある話で、キャラも凡庸、ストーリーも起伏が少ないもんなあ」
……っというのが多い。もちろん「それほど悪くはないのだが、めずらしくはない」のである。

「なぜそんなものを今さらアナタがわざわざ書く気になったのか」と思うような、そういう作品を書くようになってしまうかという、個人的にはそっちの方が問題だと思うのだけど。
(どうも気のせいか、真面目で、失敗を怖れるタイプの人に多いような気がする。勝負に出るよりは、そこそこの合格点を出そうというような保守的なムードが作品にあふれてくるから。私自身は、そこに一番の原因があるようだと思うのだが、本当のところはどうかわからない)

生徒さん自身も、
「実は、今、何を書いていいか、わからなくなっているんですよねえ」
などと言う。
何か書きたいことがあったはずだし、もともとこれが面白いから書きたいっていう、それがあったはずだが、どうも迷っているらしいのである。

たいていマジメで、努力家で、それなりに書ける人である。

本当に書きたいことを書かずにいるのは、何か原因があるのかもしれない。なんというか、今の自分の実力では、何とかキレイにまとめることができるのはコレくらいだという……。勝負を避けて、無難に逃げようというような。

だけど、手抜きではなくて、それが精一杯なんだろうけど、でも、「そこそこまとまっているが、ほどほどの作品」というのは、なんというか……それって、なんというか、ただの練習作である。で、いつまでもいつまでも「練習作」を書く人がいるのである。練習作で何が悪いって? うーん。だって、どうせ生徒じゃないか? いや、悪くはないのだけど、ないのだけど、ないけどさ。

まあ、小説講座の生徒さんはシロウトなんだから、練習作でもいいんだけど、専攻科のAクラスで、そういう匂いのする長編作品を書くってのは、うーん、どうなんかなあ。だって、一応、プロ志望なんだよ……ねえ。

どうもいくらシロウトでも、最初から練習作だぜ、仕方ないぜっていうのは、なんというか、違うような気がするんだよねえ。どこが違う? プロの作品と? 何が何でも相手を面白がらせてやろうという気迫?

とにかく、プロ志望なら「ま、この程度書けてれば、あとは講師にみてもらえれば何とかなるだろう」というのもあまりよくないし、完璧に出来ている必要はないけど、プロとしての自立をめざすなら、自分なりにやれるだけやった、というのは必要だし。
ま、うちの生徒さんは、ちゃーんと、あと一踏ん張りができる人ばかりなのできっと大丈夫だろうと思っているけど。

エンターテインメント系に限って言えば、文章がそれこそめちゃくちゃヘタでも、構成が破綻しても、書きたいことが伝われば、それなりに何とかなるような気がするんだけど。

そういう「クセ」がついてしまうと困るだろうが、まあ、「うまく書く」よりは「面白く書こう」というのがいいみたいだし。

なんかよくわからないけど、勇気を出して、自分の書きたいことを書けばいいんじゃないのかなあ。
「そこそこうまいけど、つまらない」
みたいな作品を読むと、
「もしかして、ホントは何かもっと書きたいことが他にあるんじゃないのかなあ」
と思ってしまう。なぜかわからないけど、何か隠しているような気がするのはなぜなのかな。


01/17/2008

冗長……は難しい

1月16日(水)
朝から小説講座の事務所。昼から外出。

小説講座で、作品指導を何度も聞いていると、講師の先生のコメントには「よく出てくる言葉」というのがいくつかあるのがわかる。まあ、と言っても、特別な言葉はとくにないけど。

んで、その中のひとつに『冗長』という言葉がある。

『冗長』…意味:むだで長いようす。(対)簡潔

小説講座における用法。
たとえば、
「全体的に冗長な作品になってしまっている」
とか
「前半部分の描写が冗長だ」
など。

でも、「冗長な作品」というのは、小説講座の生徒作品ではめずらしくない。とくに初心者は、長編を書くと、かなりの確率で「冗長」である。まあ、まだバランスがわからんのだから、けっこう仕方ないのである。

生徒さんは、プロットをちゃんと立てずに書きはじめることも多いから、ストーリーがフラフラすることが多い。もちろんフラフラしようが、どうやって書こうが、何だろうが、一度書き上げてしまってから、不要なところを削ってもらえればいいのだが、書き手というのは、とくに最初のうちは自分が一度書いた文章は削りたがらないものなので、書いたモノがかなり残るものなんである。意識的に削らないのか、削れないのかはわからない。せっかく書いたから削るのがもったいないだけかもしないし、どこを削っていいかわからんのかもしれない。とにかく、「冗長な作品」というのは珍しくない。

だから、この「冗長な感じ」というのは、書き手が実感しにくいものの一つである。なにせ、本人は「必要だ」と思って書いているのだからねえ。

そりゃあ、小説講座で何ヶ月か在籍して、他の生徒さんの作品の一つも読めば、
「なるほど、書き手が書きたくて書いたから言っても、必ずしも読んでいて面白いとは限らないもんだな」
くらいの体験はしているので、「不必要なシーンは削った方がいい」ということは、書いた本人も理屈はわかっている。

だが、書き手だって、わざと退屈させるつもりはないのである。もちろん悪気もない。悪気はなく、書きたい情熱は熱いのだが、それを読むのは疲れるのである。

実は、そもそも何が必要なシーンなのかが問題なのだが、まあ、とにかく「作品が冗長だ」というのは、書いた本人はよくわかってはいないものなので、講師にコメントされても、あまりピンとこないものらしい。で、「冗長」な作品を書く人は、気づかずにいつも冗長になりがちである。でも、何作か見てもらうようになって、何人か複数の講師に何度か似たような指摘をされてから、さすがに「自分の作品って、やっぱりどこか長いのかな」とか思うようになる。

たぶん今は皆パソコンで書くから、たくさん書いても体力的にはラクなのかもしれない。しかし、いくらデジタル化しても読む作業は変わらないから、冗長ってのはやっぱりある。

もちろん「冗長」ってのは、そう単純な話ではない。同じような展開で、同じように書いてもあっちは「冗長」で、こっちは「面白く読ませる」ということもあったりするし。

ただ、主人公が何のために行動しているのか、また何を目的に長々と会話をしているのかわからないようなシーンとかが延々と書かれていると、読んでいる方は退屈してきてイライラして、
「そんなものはもういいから、ストーリーを読ませろ」
と思ったりする。

ストーリーの展開、話のテンポとか、文章の流れとか、あるいは表現だとか、読者の期待だとか、あれこれあって、それが合わさったうえでの「なんか冗長な感じ……」である。

で、つまり。

何が言いたいかというと、初心者が書いた作品、つまり、とくに初めて長編作品を書いた場合、どうもかなりの確率で「冗長」になりがちらしいんだけども、それはある程度、仕方ないのである。だから、「冗長だ」と言われて、やたらめちゃくちゃ落ち込むこともないと思うし(まあ、うちの講座じゃ、何人もしょっちゅう言われてるんだから、いちいち落ち込んではいないと思うが)、反対に、それをやたら軽視してしまってもいけない。それはそれで、クセになっちゃうみたいだから。

少なくとも、
「よくわからないから、とりあえず書いてしまって、講師にみてもらってから削ろうかな」
などと思っちゃダメである。そこんとこは、自分を甘やかさずに自分でちゃんと厳しく見ようね。

しかし、「冗長」は難しい。でも、何とか工夫してみようという姿勢が大事なのよね。

01/16/2008

読みにくい小説、気になる文章など

1月15日(火)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

丁稚どんと一緒に、あいかわらず地味な事務作業。あとは、作品の下読み。今週は、小説講座の生徒作品じゃないのだが、某所、某コンテストの下読みが。

先週は、専攻科の作品でかなりゲップが出てたんだけど、今回は枚数も本数も少ないので、かなりラク。やっぱ、長編ってのが一番キツイのね。シロウトの長編作品って、やっぱりちゃんと読めってのは、肉体的に苦しいのだよね。そういや、専攻科の生徒さんたちも、毎週、配付される他の人の長編って、絶対きちんとは読んでないはずだと思うんだがどうなんかな。だって、一行一行ちゃんと読んでたら、もっと頭がクラクラするはずだもーん。

てなことを、丁稚どんに言ったら、
「いや、私は、他の人の作品を読んでも、いちいち引っかかりませんよ。誤字は気になりますけどね」
と言われた。
「誤字? そりゃ、誤字も気になるかもしれないけど、ほら、そこは直したらいいだけやん。うちの生徒さん、さすがに誤字はそんなに多くないよ」
「私は、誤字以外は、あまりひっかからず読んじゃいますが」
「そう? 私、いちいち気になるけどなあ。ほら、例えば、ここんとこ。この『七月ごろにあった祭り』って、この『七月ごろ』の『ごろ』って何。なんで七月に『ごろ』がつくのかなあ。なんだか変じゃない?」
「いや、とくに変だとは思いませんが」
「なんで、ここに『ごろ』ってつくのかなあ」
「でも、この部分、過去の『回想』なんでしょう。だったら『ごろ』でもいいんと違いますか」
「回想だけど、当時、小学1年やん。だから『7月ごろ』って、微妙にひっかかるけどなあ。7月の終わりごろ、とかやったらわかるけど、7月ごろ、って、どうなんかなあ。やっぱりちょっと変じゃないかな。ほら、学校に行ってる子やったら、夏休みになってるかどうかとか、少なくともそっちの認識とかあるやん。それを7月ごろっていうのは、どういう感覚なんかな」
「ま、考えてみれば、ちょっと変かもしれませんね。今まだ学生で、同じ地域にずっと住んでるんだったら、ふつうお祭りって、毎年同じ時期にするもんですしね。そう言われてみれば、『ごろ』ってのはちょっと変かもしれませんけど、けど、それくらいのこと、イチイチ気になりますか?」
「うん。私、書き出しなら、これくらいでもけっこう気になる」
「やっぱ、プロをめざすには、そこらへんまで、こだわらないとダメなんですかね」
「いや、それは知らんけど。でも、ちょっと気になるやん。ならへん? だって、なんか、ちょっと変な感じするやん」

思うに、この『ごろ』って、本人があまり認識せんと安易に書いてるんと違うんかな。こういう、「ごろ」とか「ぐらい」とか、つい書いちゃうもんやから。新人のライターとかがつい書いたりして、よく叱られるところだったりするしね。ほら、居酒屋とかで言うやん。「とりあえず、ビール2本ぐらい、持って来てね」とか。で、そう言うけど、それは「2本ぐらい」って言っても、どうせお互いジャスト2本だとわかってるわけでさ。ビールに端数があるわけもないもんね。でも、これは話し言葉だし、それはそれでいいわけで。

でも、いくら一人称でも「ボクは、ビールを2本ぐらい注文した」は、かなり変やん。ちょっと変な日本語表現やろ。けど、「ボクは、ビールを2本ぐらい飲んだ」なら別にいいやろ。つまり、そんな感じなんだけどなあ。

書き出し部分やったら、ちょっとした書き方まで、私は気になる。でも、待てよ。あれ、うーん、ひょっとして、みんな、他人の文章って、いちいち気にしてへんもんなんやろか。うちの生徒さんって、どうなんかな。

いや、他の人の生徒作品って、いちいち気になるよね。うまいとも思う作品もあるけど、それでも、けっこう気になるところあるよね。いや、私だって、プロの作品はよほどのことがない限り、こんなことあんまり気にならんのよ。そりゃ、市販の小説でもごくたまにはあるけど、シロウトの作品を読むのに比べたら、ぜんぜん回数が違う。作品によっては、へたすると数百倍は違うぞ。そんなに多くないもん。

あ、もしかして、作品世界になかなか入り込めないってのも、いちいち文章が気になる原因なんかしらん。

01/15/2008

小説とは関係のない休日(思わずバーゲン)

1月14日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜、祝日お休みです。

午前中、自転車で10分ほどの距離にある「ダイアモンドシティリーファ」へ。正式名は「イオンモール鶴見リーファ」だったっけ。
ここは、「個性あふれる160の専門店が、上質で感性あふれるライフスタイルをご提案」だそうで、えらい人出である。バーゲン中である。昼食を食べて、子供たちは先に帰宅。4階の本屋さんで、ゾロリシリーズの原ゆたか先生サイン会を見て(サイン欲しかったけど、子供たちに混じって大人が一人で並ぶのも)、楽器店でピアノの本を買う。うちの子供たちは、とくにピアノを習ってはいないし、教えてもないのだが、たまに本を買っておいておくと、各自、適当に弾いたりする。でも、楽譜はあんまり読めないみたいので、簡単なヤツを買う。

ピアノは夫が買ったものである。最初は双子の娘たちに習わせるつもりかと思ったら、そんなそぶりは全くなくて、どうも自分で弾くためだけが目的らしい。夫は、なんでも独学する人だから、バイオリンも独学で、ピアノももちろん独学。だが、そこそこ弾く。どうも大学生の頃、サティにハマって、練習しだしたらしい。子供たちも、なんとなくちょっとは弾く。楽譜が読めないから、適当である。どうも見ていると、勝手に編曲したりしているようである。ちょっと私が教えてしまうと、その通りにしか弾けないみたいだから、かえって面白くなくなるのである。まあ、演奏家になるならちゃんと習うべきなのだろうけど、まったくそんなつもりはないみたいだし、子供たちの誰もピアノを習いたいとも言わないので、今はほったらかしである。

今、うちでピアノを楽しく弾かないのは、唯一ピアノを習ったことがある私だけである。私はピアノを習ったことがちょっとだけあるのだが、それですっかり嫌いになってしまったのである。ただ、指を動かすのは好きみたいなので、たまにピアノも弾く。けど、とくに音楽好きってわけじゃないから、どうもピアノを弾きたいわけではなかったりする。たぶん、そんなに音楽が好きな方ではないのである。iPodも買ってもらったけど、そんなに毎日聴かないしな。

家にいると、何かとラジオはずっと聴いていることが多いので、流行の歌はいつもほとんど知っている方なのだが、それも最近は子供たちから教えてもらう状態だし。小4の双子の娘たちもラジカセを買ってもらって、勝手にいろんな曲を録音したりしている。ふん、どうせ流行の曲なんて、ヒマをもてあます中学・小学生の方が詳しいものなのよ。

ま、音楽だけじゃなくて、最近は、テレビドラマも、ライトノベルも、中学生の息子にいちいち
「それって、学校で流行ってるの?」
と確認をとらないといられなくなってきてるのも、ちょっとどうかと思うが。

でも、こうしてバーゲンに来るのも久しぶりなほど、毎日、忙しいんだもーん。

01/14/2008

小説とは関係のない休日(のんびり日曜)

1月13日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

風は冷たいけど、午後から自転車で遠出。といっても、大阪府立中央図書館へ借りた本を返しに行くだけである。自宅からは、自転車で25分ほど。府立中央図書館は、東大阪市役所の近く。電車では不便な場所なところなのだが、ぶらぶら自転車で行くにはちょうどいい距離なので、月に1回くらい行く。ただ、自転車なので、天気が悪いと行かない。だから、本を貸し出しすることは滅多にない。せいぜい年末年始だけ。それも2年ぶり。

大阪府立中央図書館は、中之島図書館にくらべて交通の便が悪いので、私のまわりでは評判がえらく悪いけど、私自身は割と好きな図書館である。全体的にゆったりしてるし、配置が使いやすい。使いやすさに個人差はあるだろうが、屋上庭園がいいかな。市立の中央図書館だとケータイが使えないので、電源を切ってしまうのだけど、府立だと屋上庭園があるので待ち受けにしている。ちょっとしたスペースだが、外の空気をちょっと吸いたい時にも便利である。食堂はアレだけど、昼食は、向かいにある「カルフール」に行けば、広い場所で食べられるしね。

で、図書館の正面にある「カルフール東大阪」に寄る。オリジナル商品の食品をいくつか買い込む。いつも買うオリーブ油は、年末にもらったのがまだあるので買わず。そういや、最近、子供たちがパスタよりも、なぜかうどん好きになってしまったので、あんまり減らないのだな。なぜか子供って、親が滅多に作らない料理を食べたがるもんなあ。おかげで、彼らの「ごちそう」が「インスタントラーメン」になっちゃったが。なにせ年に1〜2回しか食えないから。ははは。食育って、やっぱ、難しいぞ。

01/13/2008

新年はじめての小説講座

1月12日(土)
午後から小説講座の事務所。夕方から、第11期と専攻科の講義。

11期は、教室実習。参加者はやや少なめ。正月明けの第1回目の講義は、例年たいてい少なめだけど。

しかし、自由課題の提出数は例年よりはかなりいいみたい。毎年、「冬休みの宿題」として、3つほど小さな課題を出しているのだが、今年は3つとも提出率はいい。どれも自由課題だから、とくに講師指導はなくて、作品集にして、学内で配付するだけのものなのだが、実は、この自由課題の提出率はかなり重要なのである。自由課題の提出率のいい生徒さんは、たいてい上達するのである。いや、ホント、うそじゃないよん。

「とくに作品指導もしないのにうまくなるのか」と思われるかもしれないが、なぜかそうなのである。嘘だと思ったら、専攻科にいる生徒さんたちに聞いてみてね。その理由は、
「人前に出る機会をもつようになると、女性は、だんだん美しくなる」
なんだよん。

つまり、人目を意識すると、自分自身で外見に気をつけるようになるので、とくにアドバイスをされなくてもかなり違うのである。また、「きれいだね」と他人に言われたりすると、ますますキレイになったりして。

さて、1月の自由課題は、年末年始、冬休みの「宿題」。私は、この提出状態をみて、2月提出の「前期課題」の予測もしたりする。うちの講座では、「前期課題」と「後期課題(修了課題)」というのがあるのだが、前期課題は2月上旬が締切なのである。早いもので、入学してもう数ヶ月。そろそろ前期課題の作品募集の季節である。

ところで、今年は、めずらしく「観察日記」の提出率がいいなあ。「観察日記」は、ここ数年、ずっと提出率が悪かったのだ。ちょっとお遊びのような課題だが、2週間ほど「何か」を観察して感想などを書くというものである。観察対象は何でもかまわなくて、興味をひくモノなら何でもいい。あとは、文章の量をだいたい一定にするのがルール。観察日記と言っても、基本的に作品として他人に読ませるのが目的のモノだから、面白く書ければオーケー。ただし、フィクションではなく、実際に観察するのがポイントである。この課題は、観察力や文章力の訓練になるのである。

今年は、
「自宅近くの交差点」「深夜1時の自分のデスクから見えるCDジャケットの状態」「通勤途中のカーチェイス日記」「朝食観察日記」「弟の観察」「体重観察」「脂肪観察」「通勤途中の電車内の乗客観察」「社員食堂のランチ観察」など。
なかなか傑作ぞろいだった。

小説の描写では、それがちゃんとわかるか、ちゃんと伝わるかどうかということが大事。つまり観察力とそれを伝える文章力が重要。「ちゃんと見て」、それを読み手に「伝わるように書く」っていう、目と腕、っすかね。もちろん他の人が読んで面白く読めそうなネタの見つけ方とか、説得力もいるけど。

専攻科のクラスは、いつもの作品指導。講師は青木先生。作品は4編。

講義後、いつものように飲み会に行く。青木先生を囲んで、ワイワイと賑やかな専攻科。11期のクラスも、いつも飲み会に来る生徒さんはそろそろ顔なじみ。アレコレ話など。仲間との情報交換もかなり貴重ですね。

夜が更けて、専攻科の某さんの作品の話題になる。丁稚どんも参加して、あれこれ激論。なにせ酔っぱらっているから、どれくらい参考になったかわからんけど。でも正直、個人的には、本当はただのツライ話よりは、ミステリっぽいアイデアなども足して、もっと話にハッとするように起伏をつけた方がいいとは思うんだけど、これは本人の資質の問題だろうしなあ。「エンターテインメントっぽく盛り上がらない」とか、いつもけっこう気にするわりに、盛り上がるように斬新なアイデアを加えるとか、個性的な人物を出すいうのは、あまりやりたがらない人なのである。でも、これも個性である。しかし、そこそこ地味なストーリーを面白く読ませるってのは、プロでもしんどいことだしね。

でも私、ときどき思うんだけど、一見もともとちょっと無理っぽいくらいのアイデアの方が面白くなるんじゃないかなあと思ったりするんだよね。つまり、そこをクリアして工夫すれば面白いってことだから。てか、シロウトがちょっと思いついて、軽く書けるようなストーリ−って、やっぱ、客観的に見てたぶんつまらないんじゃないのかしらん。だって、もしそんなに甘く書けるのなら、誰でもプロ作家になれるじゃん。そんなわけないよなあ。

けど、この生徒さんは、講師からしょっちゅう、
「文章力やら構成力については、もう、いつプロになっても不思議じゃない」
と言われてるくらいだから、あとは、たぶんコレっていうネタ、なんだろうけどなあ。

01/12/2008

小説講座の提出作品に修正依頼など

1月11日(金)
朝から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

金曜スタッフの人に、印刷作業をしてもらいながら、あいかわらず専攻科の作品の下読み。
かなり悩んだ末に結局、数編、修正依頼をすることに。作品数が少ないから、確率的には高くなってしまったが、やっぱり仕方ないよね。とくに長編は、印刷費もバカにならない金額だし(印刷して製本するのに2万くらいかかるのだ)、指導してもらう講師にも、他の生徒にもかなりの時間的な負担もかかるんだもの。それなりの出来になってないと何かとムダだもんね。

しかし、修正依頼ってのも、お願いするかしないか、毎回むちゃくちゃ悩むなあ。専攻科でも、提出された作品について、講師指導の前に、事務局から修正依頼を出すのは、プロ養成コースであるAクラスだけである。初心者クラスのBクラスの場合、基本的には修正依頼はしない。ノーチェックというわけではないのだが、提出本数そのものが少ないので、そのまま講師指導をお願いしてしまうことの方が多い。よほど誤字脱字が多いとか、話の流れがわからない、くらいのミスがあれば別だけど。

自分の作品に、どこに個性があって、どこが弱いか、なんて、ちゃんと理解するってのは、おそらくかなり難しいことである。本人にもわからないかもしれないし、実は、私にもわからんのである。でも、全然わからないとそりゃ書き直しもできないわけで、わからんとしても、精一杯、できる限り考えるってのが大事だろうしね。

ま、私が修正依頼をするってのは、
「えー、もうちょっといいのが書けるはずやろ〜」
っていう、それなりの実力があるだろうと思う人だけなので、依頼されるのは多少ご不満でしょうが、がんばって修正してね。

01/11/2008

仕事で読書、小説で休憩……

1月10日(木)
朝から小説講座の事務所。午後から外出。

専攻科の作品をせっせと読む。うちの小説講座は、プロ作家に指導してもらうことになっているのだが、講師の先生が複数いるので、どの講師がいいかは作品によるから、作品にあわせて依頼している。本人希望があれば、そっちに合わせることも多いけど、「講師はおまかせ」という人が多いので、そういう場合は私が読んで決めさせてもらっている。

だから、それを決めるためだけに読んでいるわけなのだが(修正依頼のこともあるけど)、今回、長編が多いので、思ったより時間がかかる。はかどらない。修正版と改訂版ばかりだから、ラクかと思ったが、それは甘かった。やっぱ、甘すぎた。やっぱ、長編だ〜。油断したわ。ま、今回は、専攻科でもかなりうまい人ばっかりだから、それは有り難いけど。

それでも生徒作品は、読んでいるうちに「あれ?」とわからなくなるところがあるし、何かと集中力がいるからけっこう疲れる。長いのは疲れる。短編なら、どんなにうまく書けてなくても、むちゃくちゃでも何とか最後まで読めるんだけど、長編はそこそこうまく書けても、話の内容に魅力がないと根気が続かないしね。とくにたいしたこともおきないようなストーリー展開で、長く書かれるとツライ。「はたしてどうなる?」があんまりないってのはなあ。長いってことは、それだけ面白くしてもらわんと飽きるしなあ。

けど、やっぱ、生徒作品って、なんで一行一行、ちょっとずつ油断しちゃうのかなあ。専攻科の生徒作品は、それなりにうまい人が多いけど、でもなんかどこかゆるい感じがするのだよね。私にはどこにその理由があるかわからない。内容が? 構成が? 文章の書き方が?
たぶん講師なら、プロ作家だからわかるだろうけど。

プロの世界だと、やっぱ一行ごとに、いつ飽きられても不思議じゃないんだろうになあ。雑誌でも、読んでもらうための競争だ。店頭だってそうだろうしな。なにせ読者って、飽きるもんだろうしな。そりゃ小説講座じゃ、ヘタでも読んでくれるんだけど、これが知らない読者だと、最後まで読んでくれないもんなあ。

やっぱ、まだ書くので精一杯なんかなあ。どうしても長編だと、「ちょっと待て、その一行、そのエピソード。それはホントにどうしても必要なシーンなのか」なーんて、時々、思ったり。
ワープロで書くせいか、とにかく長くなりがちな気もするしね。本人はもったいないだろうけど、削った方が面白そうなエピソードも多い。ワープロ社会でも、読む方のスピードは変わんないしなあ。手書き原稿よりは読みやすいのが利点だけどねえ。でも、長くなれば、そんだけ飽きちゃう可能性はあるもんな。普通の読者って、やっぱ、根気なしだよ。一行一行にどこか緊張感がなかったりするのは仕方ないんだが、やっぱ削った方がもっと面白くなることが多い、ということもお忘れなく。とくにシロウトの場合、ほとんどそう。こんだけのストーリーで、こんだけ長く書かれるとやっぱ長いよー。ま、生徒さんって、そこそこうまい人ほど、自分の文章に酔っちゃうもんだからなあ。

そんなこんなで、30分おきに休憩時間をはさまないと読めない。

で、コーヒーを飲みつつ、休み休み読む。休憩しつつ、時には、プロの小説を読んで骨休み。こっちは頭が疲れないし、読む快楽があるしね。いや、気晴らしになるんでね。

けど、やっぱ、こりゃ、活字中毒だわな。

01/10/2008

娘の発熱、「相棒」の再放送

1月9日(水)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

朝、長女が微熱らしく、なんだかんだで学校を休むことに。一昨日からどうも様子がおかしく、昨夜も「怖い怖い」と泣きじゃくるし、精神的なものか、病気なのかがよくわからない。すぐに熱が下がったので、登校拒否かも、とも思うけど。他の家の子供はどうか知らんが、うちの子供たちは、たまになぜか腹痛になったりする。本人も本当に痛いらしいし、実際に熱が出たりするから、けっして仮病ではないのだが、かなり心理的なもんではないかと思う。うちでは長期の休み明けは必ず誰か一人くらい、このような状態になるのだ。ま、インフルエンザではなさそうだが、子供のいろいろストレスとかあるんだろうし、まあ、様子を見るか。

私が子供の頃は、親が厳しく、どんなに発熱してても学校に行かされたものだが(身体が丈夫ではなかったから、しょっちゅう熱が出てた。でも、38度でも登校である。39度出ないと休ませてもらえない)、今の小学校はそんなことをすると、児童虐待と言われかねない雰囲気があるしな。まあ、いい世の中になったのだろう。昔の子供はよくぶんなぐられてて、男の子なんかよく父親に殴られて、顔を腫らしたりしてたし、先生もよくなぐってたしな。まあ、今はそこまで怒られるような、やんちゃな男の子もまずいないだろうけど。

そんなわけで、新年早々、午前中はお休みして、午後から出勤することに。あいにく仕事をあまり持ち帰ってなかったので、専攻科の長編を一本だけ読む。昨日から食欲のない娘は、何も食べずにぼんやりテレビを見ている。このところ、ABCで午前中、『相棒』の再放送をやっている。今日の『相棒』はサスペンス風で、これもかなりよくできていて面白い。でも、昨日放映したヤツの方がよかったな。

私は、あまりテレビを見る方ではないのだが、小説講座のあとの飲み会で、某ファンタジー作家があまりに熱く語るし(地雷!)、専攻科の生徒さんにも少し『相棒』ファンがいて、あれはぜひ見ておくべし、と強く勧められたので、最近の再放送は、録画してたまに見ている。

「でも、見るんなら、右京さん(水谷豊が演じている刑事)の活躍する回を見てくださいよ。『相棒』は、どっちかというと、薫が活躍する刑事ドラマ風のサスペンスっぽいヤツと、右京さんが活躍する本格風のヤツがあって、やっぱ、雰囲気がかなり違いますからね! サスペンス風もいいですけど、ふつうの刑事ドラマみたいだから、見るんだったら、ぜっえったい、右京さんの活躍する方です! 間違えないように!」
と、かなり念を押されていたので、一応、そこんとこ注意してみるようにしているのだが、なるほど、回によってだいぶ雰囲気が違っているみたいである(まだ、あんまり何本も見てないのだ)

どうも今日のようなサスペンス風だと、探偵役の右京さんはやや出番は少ないようである。でも、昨日のような、ガチガチの本格ミステリ風だと大活躍。

とくに昨日の再放送は、かなりよかった。昨日のは『女王の宮殿』という、ま、再放送なんで、今更なんだけど。

いかにも『相棒』という雰囲気というか、優雅で古き良き時代の本格ミステリ風。昨年末にやった特番とか、今日の放送分などは、現代サスペンス風だから、確かによくできてはいるが、ふつうの刑事ドラマとはあんまり雰囲気が変わらない。「やっぱり右京さん」なんだろうなあ。

昨日のは、かなり驚いたくらいのおしゃれな館ものミステリ(でもって、つい無意識に制作予算を計算してしまうのは、映画監督とかディレクターなどからアレコレ聞いたりしたせい。館モノってうまく作れれば予算があんまり要らなそうだなあ、シナリオ大変だろうけど)

しかし、日本が舞台の刑事ドラマで、こんなクリスティばりの館モノで、平気な顔でしっかりキザなセリフをはきつつ、名探偵をやれるのは、こういうキャラならではなんだろうなあ。いや、ストーリーもテンポがあって、小さなネタも伏線もあったし、ラストシーンを見て、
「ああ、ってことは、あの女主人の最初の登場シーンは、やっぱ『サンセット大通り』だったのかな」
とか。けっこうマニアックな見方もできたりして。そうそう、一緒に探してあげるお孫さんのハムスター(おっと、「親友」ね)の名前がアルジャーノンってのも、ちょっとあれですわね。

話としては、山の中の一斉捜索で置いてきぼりをくらった二人が、急に雨に降られて立ち寄った大きな館のパーティ。そこで出会った謎の女主人に、打算的な大勢の招待客たち。パーティに誘われ、女主人の小さな孫に頼まれて行方不明のペットを探してやるうちに、次々に謎があって、意外な犯罪を発見する……という話。

たった1時間なのに、伏線も多く、次々と展開してあっという間に終わったけど、この雰囲気じゃ、たしかに1時間で終わるのがもったいない感じ。だって、ワインやらキャビアのうんちくが似合う刑事はそうそう他にいない。なにせ日本が舞台なんだしさあ(笑)

でも、やっぱ、古式ゆかしき「名探偵」ならば、何かとキザなウンチクを言ってもらわないとダメなのよね。

おお、やっと、ちょっとは皆さんのハマる理由がわかった気が。いや、再放送なので、ちょっと遅いけど。でも、ビデオ借りてみようかしら(そんなヒマないけど)

01/09/2008

小説講座の事務所の仕事始め、専攻科の作品締切日

1月8日(火)
午後から小説講座の事務所。仕事始め。

今日から仕事始め。そんでもって、専攻科、作品締切日。

「よおーし」と、気合いを入れて出社したら、届いていたのはかなり少なめ。しかも、よく見たら、そのうち2編は、11月提出分の修正済みの原稿。そんでもって、残りのうち3編は、これまでに提出した分の改訂版だしなあ。うーん。改訂版って、講義としては指導が難しいから、正直、あんまり嬉しくはないのよね。

というわけで、今回の新作は5編……。あわせて10編……。
実は、そのうち半分がかなり長い長編だし、総枚数としてはかなり多いんだけど、にしても、Aクラス、Bクラスの合計数としてはえらく少なくない?
さては、また、昨年みたいに、3〜5月に提出作品を集中させる気だな。
あんまり一気に出されると、スケジュール的にまたややこしくなるんだよね。ま、仕方ないけどねえ。

しかし、これで19日の専攻科の休講も確定である。
ま、2月2日に中間締切を設定するつもりなので、提出しそびれた皆さんは、
「ああ、これで次は3月かあ」
などと思わずに、がんばって自宅で作品を書きませう。

しかし、おかげさまで不幸中の幸いというか、修正版と改訂版ばかりで、作品数が少ないので、今回は目を通すのがめちゃくちゃラクだよ〜ん。
ま、たぶん今週中には全部読めちゃうでしょう。ははは。……。

新年、最初の講義は、今週末12日です。

01/01/2008

謹賀新年

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

(1/1〜1/7までの日記は、ネット接続のないパソコンで作成のため、後日まとめてアップします。たぶん)

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