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10/31/2007

小説専攻科の「特A班」を選抜

10月30日(火)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

久しぶりに、ややのんびりムードの事務所。入学式を欠席した専攻科の生徒さんに、資料等を発送。

お手伝いスタッフの丁稚どんも、かなり久しぶりの作品印刷。ほぼ2ヶ月ぶりかな。作業後、紅茶を入れて、菓子でのんびりティータイムをとったりして、先週に比べると優雅な事務作業。

と言っても、作品印刷は、いきなり400枚を越える長編。丁稚どんのマジシャンのような印刷スピードで、山積みの印刷物を作る。ちなみに長編の場合、作品指導のために印刷するだけで、実は、1万五千円から2万近く費用がかかる。他の小説教室では、たぶんこんな恐ろしい枚数の作品は、作品指導を受付けてなかったり、印刷費を別途もらったりしているらしいのだが、うちは追加徴収をしていない。ちなみに学費も年に数万円しか徴収してないから、ズバリこんな長編ばっかり提出されたら、普通だったら運営できないはずなのだが、幸いというより、残念ながら、長編をバンバン提出するような人はそれほど多くいない。専攻科でもあまり作品を提出しない人もいるので、遠慮なく提出されていいことになってるんだよね。どうぞ遠慮なく。

さて、11月、12月の専攻科の講義は、スケジュールの都合で、専攻科は2クラスとも合同である。というわけで、みんな、いきなり長編を読まなくてはいけないのだけど、ま、がんばってね。

専攻科には2クラスあり、Aクラスの長編は5月が最終締切だし、Bクラスでは枚数制限があって、長編が提出できないことになっている。で、翌年度に持ち越した長編がいきなり3本も提出されているわけなのだ。専攻科では、隔月(奇数月)第2火曜日が作品締切なので、今年の第1回目の作品締切は、まだ先(11月13日)なんだけどね。

プロ作家養成コースであるAクラス(通称:星組)なんだけど、今年、人数がかなり増えている。Bクラスはかなり減ったけど。どっちみち、実際の講義は合同でやることが多いのだが、場合によっては、2つに分ける必要性がでてきそうなのだが、Aクラスが多すぎる。で、とりあえずAクラス内にさらに「特別選抜チーム」を作ることにする。

で、何を基準に「選抜チーム」を分けるか考えた末、作品のジャンル、レベルなどでは判断しにくいので、単純に昨年度の提出作品の総枚数で分けることにした。これだと選抜チームには、昨年度のAクラスしか入れないのだが(Bクラスだと、提出枚数に上限があるので)、単に「枚数」だけで分けるわけだから、わかりやすいシンプルな選抜基準である。

もちろん講座の締切日に間に合わず、一般の小説コンテストに直接応募している人もかなり多いので、実質的な執筆枚数とは言えないんだけど、プロ作家としてデビューするには、どのみち年500〜600枚くらいは書かないとダメだろうし、とりあえず300枚以上提出した人だけに限ることに。となると、それほど多くないけど。

ちなみに、昨年度の専攻科で、もっとも提出枚数が多かった人は、長編2作と中編1作を提出した「ミステリ」志望の女性で、合計970枚。その次が830枚の「児童小説」の男性。二人とも、長編提出の際に、事務局から「書き直し」をお願いしたこともあるので、修正もかなりしているはずだから、実際の執筆はもっと多いはずだけど。

昨年度、専攻科に提出された作品総数は、長編〜短編あわせて約80本。10期生の作品を合わせると百本以上。書いた人もご苦労さまだけど、指導された講師の先生たちに感謝感謝。

ところで、作品指導を受けたあとは、生徒さんたちは作品を修正することが多い。ま、短編とかの場合、
「うーん、このネタで今さら面白いものを書くのはちょっと難しいし、まあ、無理に書き直さなくても、また別のアイデアで新しいのを書いた方がいいかもしれないね」
と言われたような作品は書き直さないかもしれないが、
「この作品、アイデアはかなりいいから、一度、書き直してみたら?」
と言われたりすると、ふつうは書き直す。

しかし、修正ってのは、けっこう時間がかかるものなので、ヘタをするともうひとつ新しく別の作品を書いた方がよほど早いということがある。それでも、やはり書き直しという作業は大事。

小説というのは、量を書けば誰でもたいていうまくなるものなんだけど(ある程度までは、執筆量に比例して上達する)、まれにめちゃくちゃ量を書いても、全然うまくならないどころか、時にはどんどんヘタになったように見える人がいる。こういう人は、書きっぱなしのことが多いのではないかしら、と思う。文章そのものは書き慣れるに従って、それなりにこなれてくるのだが、なんというか、文章が「あらっぽく」なり、構成が「ゆるく」なったりするのよね。

小説コンテストの下読みをしたりすると、毎年同じ人が応募してくるのに気づくことがあるのだが、こういう人の中には、年々、作品がつまらなくなっていく人がけっこういる。何年か前には、予選を通過していたのに、徐々に予選さえも通過しにくくなるとか。

最初のうちは、これってアイデアがたまたまいいとか悪いとか、作品ごとにバラつきがあるだけなのかと思っていたのだが、最近、私は、これって、どうもそれだけではないらしいと考えている。こういうと何だかアレなんだけど、どうも間違った方向にどんどん行っちゃってるみたいなんで(いや、小説に間違った方向も何もないとは思うのだけど、もしもプロ作家志望なら、どっちかというと、やっぱ、そっちには行かない方がいいよ、みたいな感じっつーか)、なーんか、そんな感じがする。

小説講座の生徒さんを見る限り、書けば書くほど上達するのがふつうだから、こういう人がいるのはちょっと不思議だったのだが、よく考えたら、一般の小説コンテストに応募してくる人は、必ずしも誰かの指導を受けたりしているわけでもないし、どんどん書くだけで「見直し」もせずに、ただ、次々と新しい作品を書くだけなんじゃないかなと思う。いや、わかんないけど。

小説って、たぶん自分が書きたいからただ書いたというだけではなくて、きっと誰かに読んでもらいたいから書くんだろうと思う。だとすれば、やっぱり、もっと伝わるように、とか、わかりやすく、とか、面白くとか、そういうことを考えて書く。プロなら、まして読者に売れないと困るから、余計にそこはよーく考える。「よーく考える」ってのは、あらっぽい、とか、ゆるい、というのと別方向だもんなあ。

小説講座の生徒さんでも、作品を書き直したりしない人も確かにいる。やっぱ、たしかに書き直すという作業は面倒くさいんだけど、でも、ちゃんと納得いくまで書き直してみることも重要だよん。

さて、いろいろ考えた末、昨年に佳作を受賞したAさん、さらに昨年度のAクラスで提出枚数が300枚以上の人などをあわせて、特別選抜「特A」チーム9名を選出。この9名はこの1年以内にプロデビューをしてもらうことにして(とりあえずそう決めて)、重点的にビシビシ講師指導をしてもらうことにする。幸いにして、選ばれなかった人も、今年はバリバリがんばってくだされ。

そういえば、丁稚どんの話では、十年前の1期生の卒業生グループは今でも仲がよくて、時々集まって、「ショートショート」を見せ合ったりして、ずっと書き続けている人も多いらしい。今の専攻科は、どうしてもプロ作家志望の人が優先になってしまうので、長編優先になってしまうことが多い。で、ショートショートを書くのは、1年目の本科の人に限られてしまう。しかし、こうしたプロ作家志望でなくて、趣味として、短編やショートショート作品を書き続けている人をとくに軽視しているつもりはない。そういう人たちには自分のペースで書き続けて欲しいし、小説を書く人が全員プロ作家志望でなくてもいいと思うから。ま、専攻科ってのは、これはこれで別だしな。

やっぱ、小説を書くのって楽しいしね。プロ作家志望じゃなきゃダメ、というわけじゃないのよ。ただ、もしプロ作家志望なんだったら、何とかデビューしてもらいたいというだけ。

10/30/2007

行く人もいて、来る人もいる小説専攻科

10月29日(月)
朝から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

銀行入金など、雑用いろいろ。
実は、今年、新しく入学した11期生の生徒数は、これまでで一番少ない。過去最低である。この調子だと、来年の生徒募集ができるかどうか、というくらいの少人数。

ところが、専攻科の生徒数は、過去最高。専攻科は、継続受講が可能なので、もともと人数が増える傾向にあるのだが、今年は辞める人が多かったので、私の予想では2割くらい減るかと思っていたのだが、10期から進学した人が案外多かったのと、だいぶ前に卒業して、数年ぶりに専攻科に復活する人がいたりして、結局、昨年よりも少し増加という結果になった。つまり、なんだかんだで十人以上は入れ替わっているわけだけど。もっとも専攻科は在籍だけしていて、実際には、ほとんど来ない人もいるので、どれくらい作品提出があるかわからないけど。

ところで、継続受講ができる専攻科でも、さすがに5年以上継続する人は少ない。3年以内であきらめてしまう人が多い。5年続ける人は、もちろん1割以下である。ところで、一般にプロ作家になるには、累積3000〜5000枚程度の経験が必要と言われているそうだから、そうなると年600枚を書いたとして、それでちょうど5年がかりというわけだ。もちろん小説講座を辞めても、一人でコツコツ書いているのかもしれないし、そうあってくれればいいなとは思うのだけど、正直、そういうウワサはあまり聞かない。

だいたい専攻科の受講料は、継続受講するとかなりの安値なので、ちょっとでも書き続けるつもりがあるなら、在籍を続ける人が多いのである。そうじゃない場合は、「卒業」(プロデビュー)か、あるいは「フェードアウト」かどっちかみたいである。まあ、専攻科の生徒さんでも全員がプロ志望とは必ずしも限らないのだが。

ただ、もうちょっと続ければ何とかなりそうな(デビューできそうな)人が、なぜだか簡単に(そうでもないのかもしれないけど)軽くあきらめてしまえるというのが、ちょっと悲しかったり。そういや、あれほど熱心に書いていた某くんも、どうやら今はすっかり書いてはいないみたいである。もちろん、そういう人って、
「いや、ちゃんと書いてはいるんですよ」
とは言うのだが、「短編」を3年がかりでずっと書いてたりするみたいだし。

ま、プロ志望かどうかは、本人の人生観にもよるし、どのみち仕方ないのだけどね。

どうも生徒さんというのは、自分がどれくらい上達したかというのは、なぜか本人にはわからないようだ。それで、どうしてもあせったりするんだろうなあ。

それにどうも、自分の「長所」というのも、本人はあまりわからないものらしい。それがわからないから、上達した気がしないのかもしれない。いや、もちろん「短所」は直した方がいいと思うが、短所は直すのに相当なエネルギーがいる。どっちかというと、長所を伸ばす方が手っとり早いし、ずっと簡単である。長所が目立つようになると、なぜか短所も自然に目立たなくなったり、長所に変わったりするしね。

堀先生などは、生徒さんの長所を見つけるのがとても上手なのだけど、そう考えてみれば、案外、他人に指摘されなければ、自分の「魅力」に自分では気がつかないものなのかもしれない。でも、どんな人も、たいてい何か魅力的なものを持っているんだけどね。

プロ作家になるかどうかは別にして、せっかく小説講座にいるのだから、せめて自分が書く作品の魅力に自分自身で気がついてもらえればいいのだけどなあ。

さて、このところ朝もめちゃくちゃ忙しくて、昼の弁当も、ずっと中2の息子の分しか作ってなかったのだが、久しぶりに夫の弁当づくりを復活。

10/29/2007

小説とは関係のない休日(そろそろ鍋の季節)

10月28日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

昨日、入学式を済ませたので、久しぶりにちょっとのんびりと過ごす。午前中は、たまった家事をかたづける。午後から読書。夫と子供たちは『ロートレック展』へ出かけたりしたので、一人でゆっくりした休日を過ごす。

夜は、寄せ鍋。そろそろ鍋の季節である。

10/28/2007

小説講座の入学式&受賞式

10月27日(土)
朝から小説講座の事務所。夕方から、入学式&受賞式。

本日は、入学式および受賞式。
「第11期エンタ−テインメントノベル講座」の入学式と同時開催で、「第9回大阪ショートショート大賞」の受賞式。

今年は、「大賞」は該当作なし。入選一作と佳作一作。

そのうち、入選作の人は関東在住なので、受賞式には欠席。でも、佳作受賞者は京都在住だったので、受賞式に出席される。なかなかハンサムな人で、研究者らしい。(堀先生のサイトの日記を参照)

うちの入学式は、毎年、受賞式と合同開催。まあ、「式」と言っても、こじんまりとした感じで、いつもの講義みたいなアットホームな雰囲気なんだけど。

うちの小説講座は小さな学校なので、とくに「校長」もいないし、入学式といっても華やかなものは何もないのだが、この十年ほどの間、毎年、堀先生がお話をしてくれるのが「受賞式&入学式」の恒例行事。専攻科では、何年か継続して受講している生徒さんなどもいて、こういう人は毎年入学式を受けているので、べつに欠席してもいいのだが(実際、半数以上は欠席するんだけど)、ちゃんと出席してる人もけっこういる。堀先生が優しい笑顔で励ましてくれるので、また一年間がんばろうという気になるらしい。実は堀先生、今日は別のイベントがあったらしいのだけど、入学式のためにわざわざ抜け出して来てくれたそう。

これから1年間、皆さんがんばりましょう。

さて、小説講座は、年1回、秋開講しか生徒募集がない。だから、毎年この時期がやたら忙しいのだけど、入学式を済ませば、私もようやくホッと一段落。

入学式を終えて、生徒の皆さんと飲んでから帰宅。

10/27/2007

第9回ショートショート大賞の結果通知

10月26日(金)
朝から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

事務作業いろいろ。明日の入学式に配付予定の「第9回大阪ショートショート大賞」の受賞作品集の印刷。賞状の作成、落選通知の準備など。

5時過ぎにメール便の引き取りが来てしまう。「落選通知」は、今日、発送予定だったのだが、メール便は6時までは受付けてくれるので、ちょっとのんびりしていたのである。ところが、この大阪NPOプラザは5時までの職場も多いので、それにあわせて「御用聞き」に来られたのだった。「今日はもうこっちの方面が終わりですので、今日、出されるならここで待ってます」と言われ、スタッフとあわてて発送ラベルを貼る。結局、メール便の担当者2人まで、シール貼りなどを手伝ってもらって、4人がかりで一気に百数十通を発送。

今年の応募作は、190編。昨年の230編よりは少ないけど、落選通知の発送も一苦労。

ちなみに、今年も大賞受賞作なし。正直、今年はあまり全体のレベルは高くなくて、予選通過作を選ぶのにも苦労したとかしないとかという話だけど、なかなか面白い作品もあり。

賞金が高くない小さな賞だけど、「大阪ショートショート大賞」も、おかげさまで今年で9年目。早いもんである。

10/26/2007

小説講座の事務所は、今週末、入学式です

10月25日(木)
朝から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

週末の入学式まで、あれこれ気が抜けない。それまでは油断禁物。ちょっと残業。
入学式後はちょっと手があくけど、11月1日〜5日に福島に行く予定があるんで、そのためのホテルと交通チケットの予約もしておく。

10/25/2007

あいかわらずの事務作業、参観日

10月24日(水)
朝から小説講座の事務所。昼から外出。夕方からまた事務作業。

この忙しいのに、小学校の参観日。小4の双子の娘たちのため、昼頃、仕事場を抜け出して小学校へ。10分ほど遅れたけど、なんとか参観に間に合う。「通門証」を忘れて、笑ってごまかす(校門のところで、防犯委員の方がチェックしているのである)。

姉のクラスは、理科の実験。妹のクラスは、国語の授業。今年は、隣同士の教室になっていて、移動がラク。助かる。しかも、たまたまうまい具合に、それぞれの教室の間くらいの廊下に立っていると、どっちの席にも目がやれるのであった。ラッキー。これまで参観と言えば、あっちの教室、こっちの教室と走り回っていたので、移動せずに授業を見えるのは嬉しい。

夕方、また事務所にもどって、夜まで残業。

10/24/2007

入学式をひかえて、事務作業てんこもり

10月23日(火)
午後から小説講座の事務所。

週末の入学式をひかえて、事務作業てんこもり。丁稚どんと一緒にせっせと事務作業。「大阪ショートショート大賞」の落選通知のラベル打ち出し、入選作の作品集のためのテキスト入力など。

家でも持ち帰り作業。あれこれ仕事がたまってます。

10/23/2007

家事は、日々の積み重ね

10月22日(月)
朝から小説講座の事務所。

とーっても忙しいので、もちろん出勤。あれこれ雑用。
電話での問い合わせも数件。ま、あいかわらず入学希望というよりは、創作相談みたいな話が多いけど。

仕事が忙しいので、今日も、中2の長男に何度か夕食を作ってもらう。本日のメニューは、野菜炒め。中華鍋で、じゃっじゃっと炒めるのが好きらしい。

ところで、女性の中には、夫や息子に料理をしてもらうのがあまり好きじゃない人がけっこういるらしいが、私自身はあまり気にしたことがない。キッチンは聖域だとは思わないし、夫も料理は上手だしなあ。もともと実家の父もよく料理をした人だったので、違和感を感じなかった。

でも、私自身が家にいる時は、たいてい私が料理をする。つまり、夫が料理をするのは、私が家にいない時だけ。だから、私が「夫の手料理」を食べる機会は、滅多にない。年にせいぜい数回、たぶん2〜3ヶ月に一回あるかないかである。子供たちは、毎週土曜日は私が不在なので、「父親の手料理」を食べているので慣れているんだが。

実は、これでも夫に家事をしてもらうのはちょっと抵抗があるのである。私も仕事は持っているけど、それでも夫にはなるべく家事負担をあまりかけたくないという思いはあって、それはたぶん世間の奥様連中と変わらない。そりゃあ、男女同権とは思うけど、現実的には、専業主婦の内助の功に支えられている夫も多い中で、いくら家事や育児を負担するからと言って、男性が職場で残業を断るってのは非常に難しいのも、これまた現実。女性だって、家事や育児を言い訳にしにくいものだが、男性に較べたらまだしも世間は同情的である。

それよりも、うちの夫はダンスや美術をやっているので、自分の時間がいくらあっても足りない。小説を書く場合もそうだろうけど、創作活動というのは、やっぱ、時間がかかるのである。結局のところ、気力と集中力、それにどれだけ時間をかけられるかどうかがかなり大事になる。

ま、どっちみち、平日は朝7時過ぎから夜8時過ぎまで家にいない彼が「家事をする」といっても、土日だけなんだけどね。

だから本当は、夫には家事の心配なんぞしないで、自分の創作活動に専念してもらった方がよほど私も気がラクである。舞踏家とか、美術作家というのは、内助の功で支えている奥様も多いし。もともとある才能をつぶしたと言われるのも何だし。

それに実際、うちの家計を支えているのも夫(なにせ私の収入は不安定)。でもって、収入と家事負担は、あわせて夫婦同権、ってのがうちの主義なんで、おもに夫の収入で家計負担をしている限り、家事負担は妻中心が当然、というわけなのである。

そう思ってはいるけど、やっぱ、仕事をやりながら3人の子育ては、手伝ってもらうこともしばしば。で、最近ようやく息子が中学生になり、育児負担から解放されただけではなく、むしろ戦力化したのでとっても嬉しいのである。

しかし、これはこれで、今度は息子の才能をつぶした……と将来、言われるのかもなあ。料理なんかしてたら、勉強時間とかなくなるもんなあ。でも、どうせ彼はただ家でゴロゴロしてるだけだし、部活もしてないし、今のところけっこう面白がって料理を作っているみたいなので、ま、いいよな。それに、最近、手際がよくなって、20〜30分でしっかりした夕食メニューを作るようになったんで、そんなに時間的な負担はないみたいだし。

それにしても家事は、毎日毎日の繰り返し。生活している限り、ずっとやらないといけないのだけど、でも子育てってのは、そのうち終わるもんなんだよな。

10/22/2007

小説とは関係のない休日(文系に隕石?)

10月21日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

堀先生の新刊『遺跡の声』を読んで以来、すっかりSFモードになった私。脳の一部が数万光年の彼方に行きっぱなし。日頃は、仕事以外、子供のお弁当作りだとか、懇談会だとかで頭一杯だけど、もともとSF世代だから、きっかけがあればいつでもワープします。せっかくなんで、そのまま宇宙の余韻に浸り、宇宙関係の本を読んだり。一部で話題の『隕石コレクター』なども読了。けっこう面白い。

そういや、数年前、大阪シナリオ学校で「脚本コース」の事務アシスタントをしていたNくんは、京都の某国立大学の現役学生。中高校、浪人時代と受験勉強一色で、友達と遊んだ記憶もほとんどないという。理学部で鉱物を専攻していたのだが、別に鉱物に関心があるわけでも、理系に進みたいわけでもなく、たまたま受験勉強をしていて、たまたま理系の方が自分の偏差値が高かったのと、たまたまその大学ではそこが他の専攻よりも偏差値が低かっただけだそうで、
「別にやりたくて入学したわけではなく、たまたまいい学校を目指していたら、そうなった」
のだとか。入学してみると、周囲に「鉱物オタク」がいたりして、けっこうマジに学ぶつもりだったのを知ってむしろ驚いたのだそうだ。大学院への進学率も高いが、彼は進学にももちろん興味がなく、地方の上級公務員をめざしていたから、卒業研究も
「できるだけ論文の数が少ないような、簡単な卒業研究をやらせてください」
と担当の先生にお願いしたらしい。

「じゃあ、これでも調べてみたら? これなら先行研究の数も少ないから、論文の数は少ないし」
ともらったのが「隕石」
で、日本ではかなりめずらしい機器を使って、隕石の研究を卒論にしたそうな。
「でも、こんなもの、自分にはちっとも面白くもないんですよ。ホント、考えてみれば、文系に進めばよかったんですけどね」
と言っていた。たしかに自分の興味のある、やりたいものをやるのが一番幸せだし、その方が才能を発揮できるもんだよねえ。
しかし、これはいわゆる豚に真珠じゃなくて、文系に隕石。あるいは「鉄チャン」にシャネル、とも言う(言わない)

でも、隕石って、なんか聞いただけで、どこかわくわくするよね。あ、これって、やっぱ、SF者ってことかな。

10/21/2007

小説講座の講義は、本日お休みです

10月20日(土)
小説講座の講義は、本日、お休みです。

来週27日(土)の入学式を控えて、今週の講義はなし。
のんびりした土曜は、私にとってはかなりめずらしい。年に数回あるかないかの貴重な土曜日。わーい(笑)

午前中、専門学校で非常勤講師のお仕事。午後から、近大コミュニティカレッジの小森先生の連続講座を受講しにいく。つまり本日は、昼まで「先生」、昼から「生徒」。

でも、講義には20分ほど遅れて、あわてて駅から走る。遅刻したら教室の中が真っ暗。ちょうど某ビデオを上映中。これは、すでに見たことがあるモノ。ホッと一息つく。

「<セカイ系>とミステリ」という、どう考えてもオタク話に流れそうなテーマなんだけど、そこで論理学的な展開をするってのが小森先生らしい。この講座は、以前から専攻科の生徒さんが2名、受講していて、
「話はおもしろいんですけど、ちょっと難しすぎるんですよー」
と言っていたので、どんな話をしてるんかなーと思っていたけど、たしかに「エンターテインメント小説」の話というよりは、論理学というか、哲学というか、そういう内容みたい。ミステリ作家である小森先生だが、評論家でもあり、翻訳者でもあり、たしか学歴は東京大学大学院博士課程修了……しかも哲学科。

しかし、こうして聞いてみると、確かにちょっとよくわからんかも。私は前期の講義も出てなかったし、後期も9月まで仕事があったので、ほとんど参加できなかったため、余計よくわからない。ただし、生徒さんたちは、真面目だし、素直で熱心に話を聞くタイプ。伝導率もいいので、、ブレーカーが落ちたのかもしれないが、私にはぶっとぶブレーカーがないタイプ。負荷が高いとショートします。いや、ブレーカーが落ちる以前にわからんもんはわからんのだけど。そもそも「確定記述」の「確定」って何なん、とか。最初のところで。

しかし、いきなり質問して話の腰を折るのもどうかと思ったが、どうも他の人もあんまりわかってないらしかったので、やっぱ質問してもいいのかも。

でも、講義内容はかなり面白い。話を聞きながら、自分でも色々思いついたり。<セカイ系>ミステリのパターンと<新本格>の非現実的な設定とはどう違うのか、とか。

あとは、ミステリの犯人当てで、全員が犯行不可能な場合に「誰か一人が実は可能だった!」というパターンに較べて、全員が可能で、「でも実はこの人が犯人だった」というパターンは論理学的に見るとどう違うのか、とか。本格ミステリって、全員が犯行可能な場合、より不可能な方法か、やっぱ、美しくハマる方法が真相だよねーっていうのがある(?)んけど、あれで納得できちゃうのは、あれって、お約束なんかな、とか。 

講義が終わってから、小森先生たちと近くでお茶。東京から受講に来ているという女性、専攻科の二人の生徒さんなどと一緒に2時間ほど、ケーキをつつきながら、あれこれオタクなアニメ話をしまくり。解散してから、私はジュンク堂難波店で本を買い込み、心斎橋までぶらぶら歩いてから、レストランで食事をして帰宅。

本日は、子供たちも祖父母の家にお泊まりなので、年に一度あるかないかの、のんびりした土曜日。実に充実した優雅な一日でした。

10/20/2007

今年の小説専攻科も、ちょっと面白いぞ

10月19日(金)
午後から小説講座の事務所。

入学式を来週に控え、あれこれ事務作業が山盛りてんこもり。金曜スタッフには、今から「ショートショート大賞の受賞作品集」の印刷を頼んでおく。来週の金曜は、もう入学式の前日なので。「ショートショート大賞」は、9月末締切なのに10月末の入学式に合わせて、授賞式をしてしまうので、毎年、ギリギリに印刷である。

「エンターテインメントノベル講座」や「小説専攻科」も、来週、開講。そんなこんなで、開講準備あれこれ。生徒人数に合わせて、教室予約の確認とか(うちの講座は貸し教室を使うので、生徒数にあわせて教室サイズを変える、講師スケジュール計画やら。

専攻科の運営ルールは、毎年少しずつちょっと修正をしているので、その最終検討など。専攻科は、作品指導がメインなのだが、年々、長編も何本も提出されるうえに、全体的に作品のレベルも上がって来て、うれしい悲鳴。おかげで、作品指導のスケジュール管理がけっこう大変である。そんなわけで、スムーズに運営できるよう、さらに実力が向上できるように細かいルールづくり。

今年から「学内コンクール」(短編)を計画しているので、そのシステムも考えておく。今のところ、作品指導を受けた短編の中から、年3回の投票による学内選考によってノミネート作を選び、その5〜10作の作品を修正してもらってから「作品集」にして、再選考する予定。もち、少額ながら賞金も用意。

これまでずっと「大阪ショートショート大賞」という一般公募のコンテストはやっていたのだが、学内コンテストを実施するのは、実はこれがはじめて。

ちなみに「大阪ショートショート大賞」には、応募資格は不問なのだが、「専攻科」の在校生には投稿を「遠慮」してもらっている。正直、応募作のレベルは全体的にそれほど高くはないので、うちの小説講座の専攻科の生徒が何人か応募しちゃうと、最終選考にずらっと残ってしまう可能性があるからだ。そうなると公募のコンテストなのに、うちの生徒ばかりが受賞することになってしまいかねない。で、自主的に専攻科の生徒さんには応募を「遠慮」してもらっているのである。

学内コンテストはもっと早く作ればよかったと思う。今年の入学者は少ないが、専攻科がかなり人数いるので、数だけならたぶん困らないだろう。昨年度の提出作品数も、小説講座全体では、長編、短編あわせて百編以上あるし。(そんだけ学内で作品指導をしたわけなのだ。講師の先生方に感謝!)

学内コンテストの詳細は、入学式に発表予定。とりあえず30〜50枚の短編のみ、1月提出分からの実施予定なので、専攻科の在校生諸君は、ぜひご参加くだされ。

昨年度、専攻科は3人デビューが目標だったのだが、なんだかんだで本が出たのは2名のみ。でも、「プロの作品として、発表されてても不思議じゃない」と言われるような作品も多いし、佳作とか選考に残ったり、「ああ、惜しいっ」という感じの生徒さんも多いし、今年度は、ずばり「5人」はデビューするであろう(予言)

今年の専攻科も、実に、楽しみである。


10/19/2007

専攻科の願書もぼちぼち

10月18日(木)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。入学式の準備など。

昼すぎ、専攻科の生徒さんと「野田阪神」駅前にて待ち合わせ。専攻科の学費支払いのついでに、なぜか昼食をおごってくれるというので、しっかりおごってもらう。年上の男性だし、おごってもらう時は素直に嬉しいので。ま、日頃お世話になってるからと言われても、小説講座でお世話するのは私の仕事なんで、別に気を使わなくていいのに。ちなみに、小説講座の生徒さんたちには、恩がえしなら「プロデビュー」という形でと。いや、新人賞のパーティに呼んでもらうというのもけっこう嬉しいかも。

それよりも、
「新入生は集まってるか? 運営、大丈夫なんか?」
と心配される。うちは、非営利団体だが、団体運営費は講座運営費、つまり学費収入のみである。学費は前金での入金だから、途中で解散するわけにいかないし、無借金経営だから、1年先の経営のメドがなきゃ、そもそも開講もしないのである。今年度はすでに赤字予想だが、昨年度の黒字分でちょうどカバーできる予定なので、予算的には11期の運営には問題はない。まあ、利益はあまりないのだが、どうせスタッフも少ないしね。

ただ、たしかに今年の生徒数が少なかったので、来年度も「エンターテインメントノベル講座」が開講できる保証はないんだけど。
「今年は開講しますが、来年は、開講するかどうかわかりません」
でも、そんなことは、毎年のこと。
うちの講座は、半年とか、せいぜい1年しかないので、1年先までしか予算が立てられない。非営利団体だから、利益追求はしないけど、かといって、赤字では生徒募集もできないので。

11期の新入生は少ないけど、小説専攻科の願書はけっこう多い。専攻科は、事実上、外部募集をしていないから、「エンターテインメントノベル講座」の卒業生のためのクラスである。専攻科は学費が安いし(なにせ人によっては、年間1万数千円。継続すると割引になるので)、印刷費も資料送料(欠席者も多い)もかさむので、運営的には正直、人数が多いとむしろしんどいのだが、これだけ多いと、総額もそこそこにはなるなあ。去年よりだいぶ辞めると聞いていたので、相当に減ると思ってたのだが、意外に10期からの進学割合も高いし。

また、「エンターテインメントノベル講座」もそうだが、専攻科も毎年、進学するかどうか、ぎりぎりまで迷う人もいて、締切を過ぎてからけっこう願書が届く。やっぱ入学式にならないと、人数が確定しないなあ。

専攻科は、「プロ養成コース」「実力養成コース」の2クラス。
しかし、これだと人数的には2クラスではなくて、3クラスに分けた方がいいかもなあ。A、Aダッシュ、B?

10/18/2007

すべての小説コンテストは、ほとんど落選する運命である

10月17日(水)
朝から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

「大阪ショートショート大賞」の落選通知の発送準備。高校野球でも、甲子園に来た高校のうち、優勝校1校を除く、ほぼ全部の学校が負けて帰るわけだが、小説コンテストでも、入選するのはほんの1〜2編。ほとんどが「落選通知」を受け取ることになる。あたりまえと言えば、あたりまえなんだけど。

合格率だけで、難易度が判断できないのは、大学受験でも同じだろうけど、たとえば、これが入社試験だと考えてみる。100人が面接試験を受けて、そのうち80人を採用する会社と、100人受けて、たった1人ぐらいしか採用しない会社とはどう違うか。あなたが採用担当者だとしたら、どういうところを見るんだろうか。100人面接するのは、かなり時間がかかるのである。

100人中80人採用の場合は、たぶん減点法で採点されるから、「とくに悪くなければ合格」なのだが、100人中たった1人だけ採用、なんならいい人間がいないなら、その一人だっていらないという場合だと、やっぱりそこそこではダメなのである。加点法だから、減点がないだけではダメで、他の人と何か違うのが求められる。

「そこそこ出来はいいが、それなりの作品」というのは、小説コンテストでもそれなりに何作はあるのだけど、たった一つだけ選ぶというのは「それなり」ではなくて、「何か」が欲しい。つまり「魅力」というのが。

ところが、どうも文章でも書いてみようという人の中には、真面目な人も多いようで(そういや学校の教員とか)、「うまく書こう」「上手に書こう」ということには関心が高い人も多いみたいなのだが、そういう作品はなんとなく「そこそこまとまっているけど、さほど面白くはない」ってのが多い。まるで面接練習をしまくって、何を聞かれてもキレイに答えるけど、どうにもマニュアル的な答えしか出てこない人のようである。こういう人は、100人中80人採用とか、50人とかなら採用される可能性は高いが、100人中たった一人に選ぶという場合、ライバルが多くて決め手に欠けるだろうし、ちょっと難しいんじゃないかと思う。

「小説コンテスト」では、むちゃくちゃな作品も多いけど、それなりに無難な作品、そこそこうまく書けているがありきたりな作品というのもまた多い。だから、「そこそこ」で、消極的な勝負をしたらたぶんダメなのである。

うちの小説講座にもプロ志望の生徒さんがいっぱいいるんだけど、わざわざコンテストに応募するんなら、やっぱり「そこそこ出来はいい」というんじゃなくて、「とにかく面白い」という作品を書いて欲しいなあ。エンターテインメントノベル講座なんだし、せっかくヒトサマに読んでもらうんだから、やっぱ、それがないとね。

10/17/2007

ハムスターの手術で2万5千円

10月16日(火)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

「大阪ショートショート大賞」の選考も進んで、そろそろ落選通知の発送準備など。大阪シナリオ学校に立ち寄って、ショートシナリオの作品集を一冊もらう。これは、東京で映像関係のプロデュースをやりたいという卒業生に送付予定。

夕方、例の動物病院にハムスターを引き取り。「もう少し入院させたら」と言われるまえに、さっさと「今日引き取りに来ました」と言っておく。手術代と入院費で、結局、2万5千円請求される。請求はいいが、手術跡をよく見るとどうもきれいとは言いがたいのが気になる。明細を見て、せめて調剤費を何週分も一度に請求するのをやめてくれと言ったら、
「これでも手術代など、ほとんどとってないんですよ」
と言われる。ほとんどとってないとは思わないが、ほんなら、これは何? 

犬ならともかくハムスターの手術に何時間もかかるかなあ。こんだけわかりやすい外傷なのに。いや、請求金額はもはやどうでもいいのだが、何より手術のあとがシロウト目にもあきらかにきたないのがツライ。うーむ。これは情けない。まあ、でも、ハムスターは小さいからなあ。請求にはもっと納得できない項目もあったのだが、この先生とそれ以上話をする気になれなくて、正直、一刻も早くこの病院からハムスターを殺される前に家に連れて帰りたいという気が。とりあえずしぶしぶ調剤費を一週間分、千円だけ引いてもらう。ホントにあとで娘が払う予定なので、千円でも大金である。

さらに
「経過を見たいので、また金曜日に連れて来てください」
と言われたが、
「家庭の方針で、自分のペットは医療費も自分のお年玉などで支払う約束なので、もう金銭的に連れて来れないんです。どうしても連れて来ないとダメなんですか?」
と言ったら、
「そりゃ、経過を見たいだけなんで、別にいいんですけどね。でも、カード、使えるんですよ」
とまた言われる。受付でもなぜかやたらとカード支払いを勧める動物病院である。しかし、この先生、たぶん本人にまったく悪気はないらしいのだが、人の話はまったく聞いてないな。だいたい子供にカードがあるわけがないんだけどね。

ちなみに、実際、うちは親戚も少ないので、娘のお年玉も全部ためても、1万数千円くらいしかない。我が家の3人の子供のうち、お年玉も一切使わず、月400円のおこづかいですら、残りをコツコツ貯めるのは双子の妹の方だけで、あとの2人は10ヶ月も前のお年玉なんてとっくに使って全くないのだが、幸いなことにたまたま彼女のペットなのである。

すでに9時過ぎ。あまりにも帰りが遅いので、心配した夫が迎えに来て、スーパーで総菜類を買って帰宅。実は、夫の友人が獣医をやっていて、たまたま鶴見区内に動物病院がある。少し遠いけど、最初からそっちに行けばよかったのにと夫に言われる。さらに落ち込む。外傷だから、緊急での手術は仕方ないとして、一泊でも入院させたことは後悔。夜間宿直がいるわけでもなし、娘自身が看病した方がよほど安心である。

まあ、動物病院はもともと保険がないので、もっとやりたい放題のところもあるらしいし、それに較べれば手術してもらっただけ、いいのかも。まあ、金銭的な問題よりも、どうにも医療的に問題がありそうなのが不信感のもとなんだけどね。

それでも人間相手のことを思えば、ヘタな動物病院に当たるくらいは、さほど害がない。仕事場である大阪NPOプラザのブースに「医療」などの相談をやっているNPO団体がいて、相談そのものは直接でやるので知らないが、相談の受付は電話で行っているので、家族に死なれた話など、ちらちら聞こえることがある。

医療訴訟など、そりゃ医者も大変なんだろうが、どこまでいっても、やっぱ、患者の方が弱い立場なんだよな。

10/16/2007

小説とは関係のない休日(テレビ番組収録、動物病院)

10月15日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

某テレビ番組のロケ収録。
知り合いの構成作家に頼まれて、またまた出演することに。別にテレビに出たいわけではないし、まして「ただの主婦」としての出演なので、仕事の宣伝ができるわけでもなし。それでも頼まれるとイヤと言えない性格。元生徒さんからの依頼というだけで、反射的に引き受けてしまう私。どうか誰も放映を見ませんように。

なんだかんだで撮影が夕方までかかり、終わったのは5時前。やっとのんびりできると思ったら、またもやトラブル発生。娘が飼っていたハムスターが大けが。動物は好きだが、ハムスターにはさほど思い入れはない。犬、猫ならともかく、ハムスターなんかネズミにしか見えない私。いや、可愛いことは可愛いけど、むしろカメの方が可愛い。

とにかく小動物に高度医療を受けさせる主義はない。
「まあ、ほっといたら直るんちゃう。どうせ寿命もそろそろやし、あかんかったら、そんときやろ」
と言ったのだが、泣きじゃくる娘がどうしてもきかないので、しぶしぶネット検索した動物病院へ。しかし、これがやたらきれいで、「金持ち層相手」っぽい動物病院。なんつーか、病院の雰囲気が成金っぽい。嫌な予感。

私自身は、ネズミに高度医療は必要ないと思っているのに
「これは手術が必要ですね。数日、入院させた方がいいですね」
などと言う医者。
「娘のペットなので、うちの方針なんですが、本人のこづかいで診ないといけないんですよ」
と言ったのだが、
「ハムスターは安いので、お金を出したがらない飼い主がいるんですけど、この子のことを思えば、4〜5日は入院してあげた方がいいと思うんですよね」
と、いかにも誠実そうな話し方をする若い医師。口調は丁寧だが、やたら勧める入院費は一日あたり5千円。
「たしかに夜間はだれもいませんけど、入院させてもらった方が安心ですよ。麻酔もしなくちゃいけないし、手術代もかかるけど、この子のためにはそれが一番」などと言う。

ふーん。そりゃそうだろうけど。しかし、私がハムスターに高度医療を求めないのは、ペットショップでの販売価格が安いからではなくて、寿命の問題からである。ハムスターの平均寿命は2年。タダ同然の捨て猫や犬であっても、犬や猫なら、10年、15年、長生きすれば20年近く生きるからまだ「助かるものなら助けたい」というのはわかるが、なにせ2年は短い。こうした動物を70年、80年という長い寿命をもつ人間と同じように扱うのはどうかと思うだけなんだが。

ちなみに、私は「動物愛護」には賛成だが、まず野生動物と家畜とはまったく分けて考えるべきだと考える主義だし、虐待はどうかと思うが、人間扱いもどうかと思う。だいたいいくら「ペットは家族」と言われても、「ペットは人間じゃないぞ。やっぱ家畜だぞ」と思ってしまう。でも、こんなことを言うと、ペットを「猫かわいがり」してる人からは殺されそうな気もするし、少子高齢化社会ではペットが代替的に子供化するのもやむなしという気もするんだけど。

それにしてもこの医者、なぜ患者の年齢(ハムスターだから月齢)を一度も訪ねないのかな。手術するのに、このハムスターが幼いのか、高齢なのか、気にならないのかな。ハムスターの月齢って、見ればわかるのかなあ。

どうもこの先生、やたらペラペラと話をする態度がまるで何かに似ている。そう言えば、証券マンとか住宅営業マン風。けっこうハンサムだから、なんとなくホスト風でもある。医者だと、インプラントとか美容歯科の歯科医がこういう感じか。ああ、そうか。つまり金持ち層相手の商売だと、みんな、こういう話し方になるってことね。

にしても、やたら手術を急ぎたそうに見えるのは気のせい? 人間相手の医者でも不信感をもってしまうと、途端にあれこれ疑問がわくのだが、動物病院でも一度不信感をもつとダメみたいだなあ。

で、
「この子のおこづかいは月400円で、お年玉も、もう16,000円しか残ってないんです」
と、それとなく言ったのだが、そっちはあきらかに無視された。どうやら、この先生、一見誠実そうだが、動物というよりも、むしろ「金」に対してなのではないかという疑念を持ちはじめる。

ペット病院もいろいろあるんだろうが、どうもこの病院は金持ち相手の商売の匂いがぷんぷん。鶴見区の動物病院は、他にもあるのに、えらいところに来てしまった。たまたま当たった医師が悪いのかもしれんけど、そういや病院名もふざけた名前だし。

よほどこのまま帰ろうかと思ったのだが、赤い目をした娘の顔を見ると、それも言い出せず。もう夕方だし、たしかにかなりの大けがなので、多少のことには目をつぶっても、ここで緊急手術した方がいいに決まっている。結局、手術して、一日入院させてもらうことに。

受付でいくらかかるか、せめて目安を教えてくれと言ったのだが、感じの悪い茶髪の女性に「これからいろいろまた処置もする必要があるから、そんなことわかりませんよ」と冷たく言われる。「やっぱり」と思って、余計に気分が悪くなる。かなりの高額請求を覚悟しなきゃいけないんだろうけど、それよりも「そのまま死亡」という最悪のケースを想像して気が重くなる。

なんだかんだで疲れる一日。

10/15/2007

小説講座の秋合宿(能勢温泉2日目)

10月14日(日)
小説講座の事務局は、日曜、月曜お休みです。
生徒さんたちは、合宿中です。

合宿2日目。夜更けまで、小説談義。
12時頃に寝た人も数人いるけど、何人かは小説のアイデアとか、書き方とかについて、結局、4時半ぐらいまであれこれ話し込む。明け方になって、ようやく解散。女性のロッジに帰って、少しうとうとしてたら、6時頃、ノックの音がする。
「今からちょっと山を歩こうかと思うんだけど、息子さんも一緒に行きたいって言ってたから」
この合宿では最高齢の男性。さっき寝たばかりなのに、もう起きたらしい。でも、私より年上なのだが、息子にまで「30代そこそこにしか見えない」と言われていたくらいの人。つまり実年齢より15歳以上若く見える。しかし、見かけだけではなく、体力的にも一番若いらしい。それにしても息子なんかは11時半に寝たけど、たしか彼は4時にも会話してたはず。なのにニコニコとさわやかな笑顔。

息子と並んで、朝の林の中へ消えていく。やはりあの人、ただの人間ではない。あとで聞くと、声変わりなどもすごく遅かったそうで、どうやら全体的に成長と老化が遅いのではないだろうか。うーむ、やはりもしかして「ポーの一族」? ま、やっぱ、そういう何かやんごとない血が混じっているのだろう。

午前中、用があり、息子の帰りを待たず、私だけ先にキャンプ場を離れる。息子は梅田まで誰かに送ってもらうことに。

夕方、息子に聞いたところによると、あれから、つまり6時から10時半まで、剣尾山にもしっかり登って、十数キロ。「朝飯前にちょっと散策」というよりは、「ほとんど山登り」だったらしい。
「ボクは面白かったけど、けっこうキツいところもあったで。ママ、富山って、そんなに山ばっかりなの?」
え? 
ああ、そういや、富山出身とか言ってたっけ。

でも、やっぱ、人によると思うよ。

10/14/2007

小説講座の秋合宿(能勢温泉1日目)

10月13日(土)
小説講座の事務所は、本日お休みです。

ほとんど毎週、土曜日は小説講座の講義……なのだけど、本日、講義はお休みである。10月27日(土)の入学式まで、つかの間の土曜・休日である。

で、恒例の卒業&修了記念の「小説合宿」。
生徒さんが中心となった自主的な合宿なのだが、近くのキャンプ場に一泊二日。忙しい社会人の生徒さんが多いうちの小説講座では、やはり参加者は多くないのだけど、なんだかんだで今年も実施するらしい。

今年は専攻科の中の9期卒メンバーが中心となって、能勢キャンプ場へ。ロッジの人数にまだ空きがあるというので、急に思いついて、うちの中2の息子を特別参加させてもらう。費用は、割り勘だから、ロッジの定員いっぱいに近い方が他のみんなも安上がりだしね。ライトノベル志望と児童小説志望が多いので、息子に作品を読んでもらって「モニター」役もしてもらおうかな、と思ったのだ。今回の合宿では、各自の作品を持ち寄って、小説議論をするらしいので。また今回はけっこう安上がりのロッジなので、まだトムソーヤにあこがれる息子にはむしろ理想的なのである。

1時過ぎに梅田で集合して、電車を乗り継いでキャンプ場まで。阪急電車の中で、30人くらいの外国人の団体が乗り込んでくる。年齢もバラバラで、旅行客にしてもなんだか妙な団体だなと思っていたら、ベルリンの合唱団だった。なぜわかったかというと、うちの生徒さんの一人が横に座った乗客に話しかけたから。そういやこの人、実は、ドイツ語の先生なのだ。うちの生徒さんって、ほんま、色んな職業の人がいますね。

今回は、とくにバーベキューなどをせずに料理は持ち寄って、ひたすら小説談義をしましょうと言うことで、自宅で手料理を作って来た人が多い。私と息子は、鍋焼きうどんを持参。私は午前中、仕事があって、料理が作れなかったので、これは息子のチョイス。彼はできれば屋外料理がしたかったみたいなのだが、炭などは持参しなかったから仕方ない。しかし、持ち寄り料理もけっこう豪華。いつも講師にバーブティなどをもってくる男性(通称「専攻科の料理人」)は、前回のキャンプでも色んな料理を持って来たのだけど、今回の目玉は、ドドーンと「手作り生ハム」である(作り方を聞いたけど、覚えられなかった……興味ある人は、個人的に本人に聞いてね)。大量の生ハム食い放題。名古屋から参加のハンサムな男性は、カリフラワーのカレー風味など。

隣では、家族連れがバーベキューでワイワイ。屋外の宴会では、季節的には少し肌寒い感じだけど、夏と違って、虫が少ないのがいいかもしれない。近くには「温泉」がある宿泊施設もあって、ゆっくり温泉につかったあとのビールはおいしい。露天風呂がきれいで広く、気持ちがいいのでのんびりした。のんびりしすぎて、「遅すぎる」と息子に怒られたけど。屋外でかなり飲んでから、深夜になって、ロッジに移動。先に寝る人は別のロッジに。そのまま、あれやこれや。

話題の中心は、なぜか小説における視点の問題について。今回驚いたのは、丸2年、小説講座に通っていて、それなりに作品も書いていた某さんが、実は「視点」というものが何か、どうやらあまりはっきりとはわかってなかったということ。別の生徒さんが一行ずつ細かく指摘してやっとわかったのだという。
「えー!? マジで、もしかして『視点』って何か、よくわかってなかったん?」
「そう言われてみればそうかも。だって、こんなに一行ずつ具体的に指摘されたのは初めてやし、この2年教えてもらってへん」
「いや、そんなはずないよ。言ったことはあるよ。そら、マメに注意してるとは言わへんけど。だって、いつも視点の一致とか言われたら、なぜかいっつも嫌がって抵抗するやん自分」
「そんなことないって」
「いや、抵抗してたで」
「そやそや」
「だから、よっぽど視点を統一させるのが嫌なんやろなーっと思ってた」
「そうそう、私も」
「そんなことないって」
「そうかな。だって、教室でも、しょっちゅう先生にも質問しとったやん。『でも、視点を統一させない書き方もあるんとちゃいますか』とか」
「そうそう」
「だからよっぽど視点を統一させるんが嫌なんやろなーって思ってたわ」
「いや、そんなことはない」
「それに視点を統一させない書き方もあるってのは事実やしなあ」
「そうそう」
「だから嫌がってないって」
「いや、それは全員そう思ってないって」

どうもアニメや映画などが好きで、どうしても映像的なイメージ先行で書いてしまうタイプの人の中には、「小説の視点」ってのが「わかったつもりで、わかってない」という人がいるようだ。カメラで「ある人物」を追いかけるみたいに、とにかく主人公の行動を中心に書いていればいいだろうと思ってしまうらしい。アニメみたいな「カメラ」で同一人物を写せば、視点を統一したことになると思っていたらしいのである。わかってたつもりらしいんだけど、アニメや映画における「視点」と「小説の視点」がごっちゃになっていたようだ。なるほど、だから、主人公の顔色とか、主人公が知らないような後ろで起きていることとか、ポンポンと書いていたわけか。

「主人公視点って、カメラで主人公を横から映したみたいなもんじゃないよん。小説の視点ってのは、たぶん横からのアングルはないと思う。カメラを視点人物の目に置いたり、かなり離れた頭の上に置いたりして、距離感は変わるかもしれないけど。だって、自分を真横から見るってのは、ふつう人間の感覚じゃないもん。とりあえず真横から映すだけじゃ、視点を統一したことにはならんよ」

ちなみに「神の視点」というのと、「視点が不統一」というのは厳密に言えば、だいぶ違うような気がする。「神の視点」でも何でも読みにくくなければ別にいいと思う。「神の視点」ならそれで固定されてれば読みやすい。でも、「視点が統一されてなくて、わかりにくい」というのは、たぶんカメラでいうと、つねに回転されるみたいなもので、位置関係がわからなくなるだけである。

映像にも、原則的に180度ラインというのがあって、カメラを移動させても、ふつうは水平角以上は変えないもんである。ABの人物が会話をしていて、Aがむかって右、Bがむかって左に立っていたとしたら、たいていはAのアップ正面から、Bのアップ正面まで、180度の角度は移動しても、反対側にはカメラを移動させない。カメラを反対側に向けないのは、A,Bの位置関係が左右逆になると、観客が混乱しやすく、理解してもらうのにちょっと負担がかかるからである。よほど特別な演出などがない限り、会話している人物がどっちに立っているか、右左を変えない方がわかりやすい。見慣れた漫才コンビも、なぜか立ち位置が反対になっただけで、ものすごく見るのがしんどい。そういうもんなんである。

ちなみに、私は、「小説における視点」というのは、映像で言えば、「主観」(業界用語?)と呼ばれるカットを多用することに近いんじゃないかと思っている。

さて、視点をどうしても統一しろ、とは言わないし、別に視点がしょっちゅうぶれてても、それはそれで「読みやすければ別にいいんじゃない」とは思うので、やっぱり他人がわかりやすく、読みやすいかどうかだけである。でも、あんまりシロウトが「プロでも難しい」と言われるようなもの(神の視点とか)をわざわざやるってのは、どうかと思うけどな。やっぱ、よほどの腕がないと読みにくくって仕方ないもんなあ。

ま、やっぱ、小説って、奥が深いねえ。どっちにしても。
わかってしまえば、どうってことないんだろうけどねえ。


10/13/2007

小説家も放送作家も、卒業生には全面協力

10月12日(金)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

午前中、某番組のディレクターさんと打合せ。
「大阪シナリオ学校」出身の放送作家に何か頼まれたら、ツベコベ言わずに何でも全面的に協力するのが私のモットー。これは、何年間か「演芸台本科」の事務担当をしてたために身についた習性である。そんなわけで、なんだかんだで、これまでラジオ、テレビ出演数回。出たいか出たくないかと言われると、どっちかというと正直あまり出たくはないのだが、かといって、状況的にも、性格的にも断ることもできそうにない。せいぜい開き直って楽しもう。別名「やけくそ」とも言うけど。今回は、まったく小説講座の宣伝になるわけでもないし。

ちなみに、だいたいモノ書き商売をやっている人は、たいていあんまり人前に立ちたがらないもんである。いや、人によるのかな。でもどっちかというと、苦手な人が多いよね。

ああ、うちの夫ならホイホイ喜んで出演するんだろうけどな。

明日は、その「大阪シナリオ学校」の入学式。毎回、お手伝いのために顔を出しているのだが、今回は、専攻科の合宿があって行けない。残念だけど、来週あたり、お祝いの品でも持って行こう。うちの小説講座もそうかもしれないけど、卒業生が大活躍しているのに、なかなか入学者数の増加に結びつかない「大阪シナリオ学校」。昨年なんか、NHK朝ドラが連続で卒業生だし、
(「芋たこなんきん」脚本:長川千佳子さん、「どんど晴れ」脚本:小松江里子さんなど)
さらに城戸賞も、テレビ朝日の新人賞も卒業生。若手漫才作家の登竜門の「NHK台本研究会」も卒業生が独占状態。実際、今、関西のテレビ番組のほとんどに卒業生、と言っても過言ではないほど、卒業生が構成作家になっていて、東京の番組にもかなり卒業生がいる。しかし、こんだけ卒業生が活躍しているのに、それでも、やっぱり入学者数はまだまだ少ない。少人数クラスなのに、なぜかプロデビュー率はけっこう高い気がするけどね。

うちの小説講座も、卒業生にはもちろん全面協力。いや、小さな小説教室なので、ずっと少人数ですが、もちろんこれは少数精鋭ということで(笑)

10/12/2007

小説専攻科の願書締切日

10月11日(木)
朝から小説講座の事務所。午後から外出。

「小説専攻科」の願書締切日。本日の郵送到着分で、専攻科への追加が数件。一方、「第11期エンタ−テインメントノベル講座」の願書は、一通もなし。ふーん。このまま今年の11期は、少人数クラスになりそうな気配。

専攻科は、基本的に「エンターテインメントノベル講座」の卒業生対象のコースだから、みんな、すでに1年以上、講座に通って来た人である。うちの生徒さんは社会人ばかりで(大学生も一応いるけど)、年齢も20代から60代とバラバラ。その中でも、もっとも多いのが20代後半から40代前半である。つまり、社会人としては一番忙しい時期。だから、専攻科の年20数回の講義に通うのも大変な人が多い。

それでも何とか小説を書き続けていってくれるのは、私にとってもすごく嬉しい。着実に上達している人ばかりだし、がんばって欲しい。やっぱ、小説って、書き続けることが一番の上達法なんだしね。

この1年は、ちらほらデビューしたり、賞にひっかかったりして、それなりに成果もあがっているみたいだし、実力的にはすでに充分デビューできるという人もかなりいる。この調子でちゃんと書けば、これからの1年、たぶん数人はデビューできるだろうと思っている。

どんなに忙しい毎日でも、なんとか一日30分か1時間ほどの時間さえ捻出できれば(あるいは土日で数時間ずつでも)、それなりに書き続けることができるわけで、せっかく書き始めたのなら、どうせだから、ぜひプロ作家デビューをしてほしい。もちろん専攻科に進学するかどうかは自分次第だし、進学したとしても作品指導に劇的な効果を期待してもいけないと思うが、少なくとも自分の作品がどのレベルかは多少わかるだろうし、「プロデビューをめざす」のだったら、プロ作家の意見はやっぱり重要だ。

いや、それよりも、お互い励ましあったり、意見を言ってくれたり、アイデアを出したりして、時にはブレストの相手をしてくれたりする仲間がいることは大事だと思う。結局、作品は一人でコツコツ書くものなんだけど、それゆえに孤独な作業だったりする。プロなら編集者などが、チェックしてくれたり、励ましてくれたりするだろうけど、シロウトではそうもいかないしね。仲間と競い合って、ワイワイ楽しみながら書いてるうちに、気がつくと小説が上達してるってのがいいよね。

「作家になるかならないか」というのは、最終的には、あきらめるかあきらめないか、の違いによる。どうも生徒さんというのは、着実に上達してるのに、自分自身ではそれがあまりよくわかんないらしい。で、ようやくしっかり小説が書けるようになっても、なぜか精神的に追いつめられたり。ま、ものすごくヘタなのにうまいと勘違いしてるよりはいいような気もするけど、あきらめて書かなくなってしまったら、それっきりなんである。だいたい、あきらめるのって、あわてなくても、いつでもできるのに。

会社員や主婦の仕事をやりながら、小説って書けるもんだし、ホント続けて欲しいんだよね。コストもかからないし、リスクは少ないし。そりゃ、今は家族の理解もあまりなかったとしても、まだ「趣味」だと思われているから仕方ないと思うよ。でも、プロ作家として小説が売れれば、家計の足しにもなるんで、そうすれば家族のご理解もあるはずだよ。

『夢をあきらめない』って、大人になるとクサイ……のかもしれないけど、少なくとも今の専攻科の作品を見る限り、あきらめなきゃいけない理由があるとは思わない。さっさとあきらめるような、ものわかりのいい大人になんて、別に無理にならんでもええやん。いや、そら、なりたいなら別だけど。でも、夢を語ってもええやん、な。

で、専攻科の願書の束を見ながら、
「うんうん。プロ作家になろうね」
と思うのだった。いや、なれるよきっと。

10/11/2007

小説で、腹一杯

10月10日(水)
朝から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

最近、忙しくて、ゆっくり料理を作るヒマがない。もともと仕事は大好きだから、いくらでも忙しいのはいいんだけど、料理を作るのは趣味だから、ちょっと残念。くやしいので、あちこち作家さんのサイトなどを見て、せめて食べた気になってみる。講師のサイトの中でオススメなのは、堀晃先生と北野勇作先生の日記。お二人とも、奥樣の料理の腕はプロ顔負けだと思う。書かれたメニューを見ただけでも、ものすごく美味しそうなのだ。あとは、柴田よしき先生のサイトの日記もオススメ。ご子息の弁当の写真もあって、うちの息子のお弁当づくりの参考になるし。

私はランチなら、ファミレスでも立ち食いうどんでも牛丼でもコンビニ弁当でも、何でもいいのだが、朝食と夕食だけは毎日家でしっかり手作りのものを食べたいタイプ。いくら料理をするヒマがないと言っても、インスタント食品も持ち帰り総菜も冷凍食材もあまり好きじゃないし。でも、幸いなことに今は、中2の長男が中間テスト中なので、ほとんど毎日、料理を作ってもらえる。本日のメニューは、野菜炒め。もやし、にんじん、ピーマン、ジャガイモの細切りなどの野菜と鶏ミンチと豚肉の細切りが入っている。食感の違う肉が二種類入っているところがどうやらオリジナルらしい。味付けは、にんにく風味の醤油味。え? テスト勉強? 大丈夫。そんなもん、料理を頼まなくてもどうせ彼がするわけない。せっせと包丁を研ぐ息子は、私がいつも荒っぽく包丁を使っていると、ボヤく。包丁にはうるさいのに、ノートやプリントはしょっちゅうなくす。でも、もう勉強しろとは言わん。どうせ言ってもやらんし。代わりに料理の腕を存分に磨いてくれたまえ。その方が私の家事が軽減されるしな。

そんでもって、通勤の車内で『クッキングママシリーズ』(ダイアン・デヴィットソン)を再読。料理で有名な翻訳ミステリー。もちろん掲載されているレシピを見て、食べた気になるというわけ。これで完璧。

10/10/2007

プロ作家の講師の先生たち、著書もいっぱい

10月9日(火)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

あいかわらず、地味な事務作業。小説講座も、あいかわらず資料請求あり。発送作業とか。
資料請求は今頃になってぼちぼち。まあ、今イチ、今年は入学者が少ないんだけどね。生徒数は、なぜか隔年で多かったり少なかったりするんだけど。

それでも去年も締切後にかなり入学してきて、結局、例年並みだったわけだから、今年もまだ受付はしているので、入学式にならないとわからないけどね。ま、でも、これくらいの人数の方が貸し教室も小さい方のタイプが使えるし、たぶんアットホームな感じではあるんだよね。ここ3年ほどずっとそれなりに人数が多かったので、小教室はあまり使ってなかったからなあ。久しぶりだわ。あ、そろそろ教室の予約を確認しておかないと。

『情報紙』の作成もスケジュールからだいぶ遅れているのだけど、バタバタしててまったく手つかず。卒業生の本が出たりすると、関西周辺の図書館や書店にささやかな「情報紙」を送っているのだが、もちろん講師の著書の情報も宣伝をかねてそれなりに掲載させてもらうのだけど、うちの小説講座の講師の先生たちは、二十人近くいるうえに皆さんプロ作家である。おかげですごい冊数。しかも毎月、誰かしらの本が出版されるので、講師の出版情報の把握がけっこう大変である。

講師の先生から献本いただくこともあるけど、献本は「せっかくの献本は、なるべく有効活用」ということで、なんだかんだでマスコミ関係者に送ってあげたりして、まわしてしまうことが多い。で、たいていの著書は結局、私費で買うことに。私がなるべくサインをいただくようにしているのは、サイン本なら手元に残る確率が高いから(笑)
(それでもテレビ局に何か原作になりそうな本を……とか言われて貸すと、なぜか帰って来ないことも)

しかし、出版不況とか、作家不遇の時代とか言われながらも、なんだかんだで厳しい商業出版の世界で何作も書き続けている先生たちは本当にスゴイ。ま、そうでなければ、生徒さんたちも「プロ作家になりたい」とか思わんだろうし。ただ小説を書きたいだけなら、ネットでも同人誌でも自費出版でもできるんだしね。

10/09/2007

小説専攻科の願書も、まだまだ受付中

10月8日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜、祝日お休みです。

専攻科の願書を見たら、やはり「プロ作家養成コース」のAクラスの方が圧倒的に多い。ま、専攻科の学費はどうせ年に数万円とかなり安いし、継続受講するとAクラスもBクラスもあまり変わらなくなってくるし、プロ志望が多いのだからあたりまえなんだが。

しかし、今年は、11月から開講する「第11期エンターテインメントノベル講座」の入学希望者が今のところかなり少ないみたいなので、これだとかなりの逆転現象である。専攻科は2クラスあるし、継続生が多いから多いのは珍しくはないけど、やっぱ、本コースあってのもんだしなあ。

専攻科みたいに、プロ志望の生徒さんが多いってのは、それはそれで頼もしいし、とても嬉しいのだが、
「とくにプロ志望ではないかもしれないけど、小説を書くのが好きだからやってみたい」
というような人が入学してくれるのも、また別の嬉しさがある。小説を書くのは、何も特別な人だけじゃない。特別な才能が必要なんじゃない、と、私は思っている。もちろんちょっとくらい面倒くさいかもしれないけど、それでも書けば誰でもけっこう書けるようになるものなのだ。

で、小説を好きで、できれば自分でも書いてみたいという人がいっぱいいてくれたら、世の中はもっと楽しくなる。

そんな人がいっぱいいたら、嬉しいのだけどね。

10/08/2007

小説とは関係のない休日(構成作家は太め?)

10月7日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜、お休みです。

夕方、テレビ番組で構成作家をやっている某クンと打ち合わせ。彼は、大阪シナリオ学校の卒業生。関西のテレビ局には、大阪シナリオ学校の卒業生がいっぱい。ってゆうか、大阪制作のほとんどのテレビ番組には、大阪シナリオ学校の「演芸台本科」の卒業生が構成作家やブレーンとして関わっている。大阪のテレビ番組では、とにかく「お笑い」を書けるというのが番組構成をやるうえでもきわめて有利だったりするから、演芸作家=構成作家というケースが多いのだ。

それにしても、びっくり。
だって、久しぶりに会ったら、まるで別人なんだもの。

なにせ、まだ20代後半というのに、まるまるとしたお腹である。わずか5年前まで、ほっそりとした青年だったのに。いや、しかし、わずか数年でこうも変わるとは。

なぜか私の知っている構成作家、演芸作家というのは、けっこう皆ぽっちゃりされているのだ。ほら、吉本新喜劇のあの先生とか、漫才作家のあの先生とか。

忙しい構成作家ってのは、おそろしいストレスがたまるので、何年かやってるとけっこうストレス太りするんだそうだ。小説家も生き残るのは大変なのだが、構成作家だって、忙しいテレビ業界で何年も生き残るのは至難の技。

その点では、彼はきっと優秀なのだ。だって、外見がすっかり立派な構成作家!
でも、ほんと、並大抵のストレスじゃないかも。

10/07/2007

小説講座の楽しい「トキワ荘化計画」

10月6日(土)
朝から小説講座の事務所。夕方から「第10期&小説専攻科」合同講義。

午前中、打合せ一件。小説講座の卒業生。今は東京在住で、小説は書いておらず、映像プロデュース事業(みたいなビジネス?)を立ち上げようとしているらしい。映像コンテンツになりそうな短編を探しているそうだが、アニメか実写か、媒体やら作品の長さなど、まだ細かいことは未定らしいので、
「何かオススメの作品を」
と言われても、ちょっとわからない。

以前いた「大阪シナリオ学校」の脚本コースや演芸台本コースでは、講師の先生たちも、映画監督、テレビディレクター、構成作家、シナリオライター、演芸作家などなど。ほとんどが映像関係者なので、テレビドラマだの、映画だの、バラエティ番組だの、あらゆる企画書がとびかっていたのだが、今の私は、「小説講座」の運営だけに専念しているため、そういう話からすっかり遠ざかってしまっているし。とりあえず、手もとにあった生徒さんの短編作品を数編、手渡してみる。あとで、シナリオ学校に連絡をとって、短いシナリオを数十本選んでもらった方がいいかも。

午後からは、日本橋の近大のコミュニティカレッジへ。小森健太朗先生の連続講座を聴きに行く。今日はゲスト講師で、田中啓文先生。

夕方からは、小説講座。今日は、本年度の最終講義。講師は、おなじみの五代ゆう先生。作品指導も、手慣れたもの。
生徒作品4編は、児童小説っぽいのとか、ライトノベル系とか、傾向はいろいろ。
そのうち2編は、
「この作品は、この長さではなく、300枚くらいの長編にすべき内容」
と言われていた。なぜか「ファンタジー」の場合、こう言われるのはあまりめずらしくない。というか、毎年、何人かは必ずそういう言われる。「ファンタジー」に限らないけど、やっぱりファンタジーが一番多い。とくに初心者だと、そうなる傾向が大。

ファンタジーは、独自の世界設定とかがあって、短編だとかなり書きにくい。それはわかっているけど、長編にすべき内容を50枚とか100枚くらいの作品で書いてしまうというのは、描写などがうまくできないとか、もともと書き慣れてないせいもある。短編ならこんな流れで、長編ならこんな流れという感覚がわからないという問題もあるし。まだプロットというのがあまりわからないので。

だが、講師に「これは長編にすべき内容」と言われ、長く書いたからと言って、それをがはたしていい作品になるかどうかはわからない。「長編ネタ」を短編にしてしまうタイプの人は、うまく流れがわからないことが多いので、長編でももっと盛り上がりにかける作品になってしまいがちだからだ。長編をだらだら書かれると、結局は最後まで誰も読めない。とりあえずこのネタはこのまま置いといて、50〜100枚くらいの短編ネタを探してみるという方がラクかも。

本日で「卒業」という人もけっこういるが、専攻科の申込書もすでに二十通ほど。あいかわらずプロ作家養成コースのAクラスが多い。専攻科の学費は、継続すると安くなるから、たったの一万数千円からという超バカ安。「エンターテインメントノベル講座」の卒業生向けサービス価格なのである。これもぜひプロ作家になって欲しいから、何とか続けてやってきているのだが、今年は本科の生徒数が少ないので、なかなか運営が難しいところ。とりあえずあと1年は何とか運営が続けられることは決まっているのだが、永遠にやるわけにもいかない。いや、ホント私が何とかがんばって持ちこたえているうちに、みんな、早くデビューして欲しいもんである。デビューまであと一息という人が十数人かいるが。いや、ホント運営もけっこう大変なんだからね。

飲み会では、五代先生を囲んでワイワイ。話題はもちろん小説やら映画やら、あるいはアニメやら特撮やら。あるいは、来週予定の合宿の話など。

この中華料理店は、そのうちマンガ家の「トキワ荘」みたいに「売れる前の小説家たちが集った場所」として後世に語り継がれる予定なんだけど、年齢不詳のあの店長もとっくに還暦を過ぎてるんので、がんばって早くデビューしようね。

10/06/2007

文章はうまくなる、小説はおもしろくなる

10月5日(金)
午後から小説講座の事務所。夕方まで、あれこれ事務作業。

先週、預かった専攻科の生徒作品をようやく読む。数百枚、かなり長い作品である。この長編、以前生徒さんたちの合宿に行った時、ずっとワイワイと話をしていたネタである。半年ぶりに完成なのである。酔っぱらいながら一晩中みんなで話をしてたヤツだから、ストーリーとか設定とかはわかっている。ごちゃごちゃとみんなで、
「こんなプロットなんだったら、こんな展開はどう?」
みたいに話をしていたヤツだ。

その時も、やたら面白そうなアイデアと設定だったんで、
「コレ、もしもオマエが作品に書かないんだったら、オレがもらって書くぞー」
とか言われてた、アレである。モノ書き傾向がある者ばっかりが集まった時には、ネタの話をするのもなかなか面白いもんだな。もちろん話があっちこっちにとびまくるけど、各方面からアイデアが出る出る。いわゆるブレーンストーミングというやつである。

小説はいつも一人で書いていせいか、生徒さんの場合、けっこうワンパターンになりがちである。プロ作家の場合、ネタの仕込みに時間をかけていることが多いし、もともとバリエーションもあるけど、生徒さんは煮詰まるのも早いしね。

それにしても、なんつーか、この作品。かなりむちゃくちゃだけど、けっこう面白いなあ。妙な空気感とか、ムードとか、なんか勢いがあるし、まずテンションが高いのがいいなあ。もしかしてコレ、いけるのかも。いや、もちろんかなり書き直しはいると思うが(いや、むしろ相当、書き直した方がいいと思うが)でも直せば、相当にイイ線いくかもよ。もしかして。だって、話を聞いていたプロットより、ものすごくいいもん。ヘタすると(いや、別に「ヘタ」じゃないけどさ)、ほんとかなりイイ線っていうこともあるかも。

考えたら、だいぶうまくなったよね。いや、専攻科の1年目だから、この秋で入学して丸二年になるわけだが、入学してすぐに見せてもらった作品は、こういっちゃなんだけど、ものすごく、アレでナニな、作品だったもんな。いや、今だから言えるけど、かなりアレだったもんなー。それが入学して2年たてば、ちゃんとこれくらいに成長するのだなあ。もともとセンスはよかったが、つくづく、やっぱ、小説って、ちゃんと書けばちゃんとうまくなるのだ。

やっぱ、みんなもちゃんと書いて、いっぱい書いて、せっせと作品指導いっぱい受けよう。専攻科に進学したら、作品を書かないとソンだよー。専攻科は、継続受講者には学費割引をしてるんで、人によっては長編何作書いても、年間学費が2万以下という破格の学費。「エンターテインメントノベル講座」の卒業生向けにこんな赤字覚悟の「出血大サービス」をしてるのは、生徒さんにさっさとデビューしてもらうためなんだからね。しっかりバリバリ書いて、すみやかにデビューしよう。イエー。

いや、もちろんかなりまだ読みにくいし、「おや?」という展開が何カ所もあり、正直、「なんじゃそら」と思うところもあるが、しかし、読みにくかろうがなんだろうが、基本的な話さえ面白いなら、そんなもんはただせっせと直せばいいだけだ。とにかく初稿としては、これはかなり面白い、と思う。むちゃくちゃなところもそれはそれで面白いもんね。

ま、そうなると、やっぱ、問題は、リーダビリティかな。これはやはり何とかした方がいいと思うけど。視点の混乱はともかく、とにかく文章がまだかなり読みにくい。おかげでギャグもアイデアは面白いのに、けっこうすべってるしな。でも、たぶん単純な文章レベルの問題だなこれは。プロットももう少し細かく訂正していけば、だいぶ印象が違うだろうが。とにかくちょいと直せば、かなり見違えるようになる可能性あり。

ま、あとは、本人が「書き直し」をすみやかにやってくれるかどうかってことなんだけどね。小説講座の生徒さんって、案外、作品指導を受けても、講師に「これ、面白いアイデアだから、手直ししたら」と言われても、なぜかなかなか手直しをしたがらないからな(けっこう面倒くさい作業なのである)、とくに文章は、ギャグ考証をやってくれてた仲間にみてもらったらいいかも。文章チェックもやってもらったらいいんじゃないかな。

それにしても、小説って書けばちゃんとうまくなっていくもんなのだなあ。専攻科に進学した人って、ちゃんと成長が目に見えてわかるから面白い。せっかく小説講座に入学しても、なかなか小説を書きつづける人は少ないのだが、こうして書き続けてくれると私も嬉しいわ。せっかくなんで、これでデビューしてもらいたいなあ。

10/05/2007

小説講座に入学するのは、なんか恥ずかしいことらしい

10月4日(木)
朝から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

この秋に開講予定の小説講座だが、まだ資料請求が来る。今日も、メールと電話の問い合わせが数件。締切日は過ぎたのだが、定員には達してないので、引き続きまだ生徒募集中だからいいんだけど、なぜか毎年、10月に入ってから資料請求が増える傾向にあるなあ。入学式は10月27日だし、第1回の講義は11月10日からなので、確かにまだまだ間にあうんだけども。

それにしても、小説講座に入学する人って、なぜかギリギリまで迷っている人がけっこういるものである。
やっぱり社会人向けなので、仕事とか家庭の都合もあるんだろうが。でも、週1回の講義だし、もともと十数人のプロ作家が週替わりで講義をする形式なので(単発講義のセット講座、つまり「読み切り連載方式」)、何度か欠席しても理解できなくなる心配はない。なんなら専攻科に進学すれば、翌年にまた補講も受けられるので、忙しい人でもやる気次第だと思うのだけど。

ただ、それよりも電話相談などで思ってしまうのは、むしろ「小説を書いてみたい」とか「作家をめざしてます」ってのが、ちょっと恥ずかしいのかもしれないな、ということ。

問い合わせでも、「私、ホント、ヘタくそなんですが」とか「初心者なんですが」と、なぜかいっぱい言い訳されることって多い。けど、もともとものすごく小説を書くのがうまいんなら、最初から小説講座なんぞに入学せずにさっさとデビューすればいいだけなので、初心者向け(内容的には一応、プロ作家養成というコンセプトなので、やや中級者向けかもしれないけど)の講座なんだし、そんなことは別にどうでもいいのに、やっぱ、本人はすごく「恥ずかしい」と思うことがあるんだろうな、きっと。

小説を書きたい……というのは、ピアノやゴルフや陶芸みたいな「趣味」とか、あるいは経理とか医療事務とか介護技術みたいな「職業訓練」とか、そういうのとは、なんか違うんだろうな。私自身には、そういう感覚はまったくないので、何が恥ずかしいのかはわからんけど。

たぶん小説って、他人に習わずに一人でコツコツやるもの、というイメージがあるんだろうなあ。うちの小説講座は、「習う」というよりは、いろんなプロ作家の話を聞いて、いろんなやり方をやってみて、とにかく「慣れてみよう」みたいなところがあるから、あんまり手とり足とり教えるわけでもないんだが。てか、手とり足とり、しなくても、それで充分みんな1年もすれば、そこそこ書けるようになるし。

ちなみに、小説というのは、ちょっと書けば、たいていの人はそこそこなら書けるようになる。初心者のうちは、ほとんど書いた量に比例する。なので、シロウトのレベルで、ちょっとくらいヘタとか、ちょっとくらいウマイとかは、課題をちゃんと書いているだけですぐに追いつくので、あんまり問題ではないのである。せいぜい1〜2年くらい、やれば、すぐ追いつくレベルである。その程度なら、まったくの初心者でも1年か2年あれば、まず全員と言っていいほど、なんとか追いつく。もちろんそこそこレベルになるにしても、ちょっとしたコツとかはあるが、それくらい、あんまりたいしたもんではない。

つまり、そこそこ書けるようになる、ってのは、おそらく世間が思っている以上に早いのである。そのうち、小さな小説コンテストくらいなら、ぽつぽつ入選くらいはするようになる。1次選考は通過、とか。そこそこの小さな賞なら獲れるくらいの筆力にはなる。もちろんそれから先、「プロ作家としてデビュー」となると、今は、まず長編作品が書けないと困るわけだし、長編は、またきちんとした構成力などもいるので、そこからまた1〜2年かかることもあるけど(それと、どうもそのレベルになると、その人のもともとの「読書量」とか「読書傾向」がかなり大きく影響するみたいである。書きたい作品のジャンルとかにもよるが)

何にしても、何度か書いてみないとわからないので、まだほとんど作品を書いてない人が「もしかすると私、才能がないかもしれません」とか言っても、そんなもんは誰にもわかんないのである。

まして、一度も会った事もないような人から、いきなり電話で問い合わせされても、そんなもの私も答えようがないので、そういう電話相談はしないようにしようね。困っちゃうから。いや、お気持ちはよーくわかるんだけども。

そういや、ネットとかで、たまたま作家をめざす人のサイトとか見てしまうことがある。私の場合、生徒さんの作品だけでもう充分に手一杯なので、まず作品は見ないけど、ああいう人って、どうも小説講座にいい印象がないらしく、ボロくそ書いていることが多い。あ、もしかして、どっか通ってみて、なんかあったのかもしれない。講師にクソミソに言われてしまったとか。ま、講師との相性はあるんだろうなあ(とりあえずミステリが書きたいのなら、ミステリの先生がやっている教室に通うべきだと思う)、クラスの雰囲気も色々だしなあ。

ところで、入学願書はファックスか郵送で受付けているのだが、どうも願書の「裏面」を送ってきた人がいるようで、一体誰なのかよくわからないのが一通あり。うちの小説講座はあまり広く広告をしておらず、「願書」も直接、メールか電話で「資料請求」をしない限り、ほとんど手に入らないものなので、入金名がわかれば、「資料請求者名簿」と照らし合わせて、たぶん誰かわかると思うのだが。でも、これって誰なんでしょう。

願書を送付いただいた方には、確認書を送付しておりますので、もしも一週間たってもそれがまだ届いてない方は、よろしければぜひ願書を再送付くださいまし。来週までに届いてない人はぜひ。

うちの小説講座は、ほとんど広告を打ってないから、入学者って、たいてい「口コミで知った」とか、「ネットでたまたま検索してたら見つけた」とか。入学するのは、よほど運のいい人だけである。あるいは、よほど縁があった人だけ。(それとも「小説を書いてみたい」なんて、よほど業が深い人だけ?)

どうせ少人数制だし、そもそも非営利団体なので、あまり宣伝にはお金をかけてないからである。小説講座もあんまり生徒数が増えてしまったら、むしろどうしよう……なのである(いや、そんな心配ないと思うが)

ま、今年は、昨年度よりは少ないので、少人数クラスになりそう。

10/04/2007

今年の小説講座は、たぶん少人数

10月5日(金)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

あれこれ事務作業。教室代の支払いや資料請求の発送など。
小説講座の問い合わせは、あいかわらずポツポツあるが、願書は少ない。入学式までは受付期間を伸ばしているのだが、この調子だと、11期生は開講以来もっとも少人数になるかもしれない。

そんな中で、またしても
「来年、入学しようかどうしようか迷ってるのですが」
という相談などあり。毎年、こんな問い合わせがあるが、これって、けっこう困るよなあ。

そんなこと、今、言われてもなあ。今年の生徒数が少ないので、今年の開講は決まっているけど、来年度の生徒募集をやるかどうかは何ともわからんしなあ。

うちの事務所は、非営利団体で、経営的に言えば単年度決算の無借金経営。つまり、年度途中での「倒産」の心配がない代わりに、無理して借金してまで運営しないから、この調子で生徒募集が翌年も不調だったら、開講はせずに、ただ団体を解散するだけである。ま、10年間つづけて開講したからと言って、このままずっとやれるかどうかはわからん。今年度はボチボチやれるけど、来年度はやれない可能性もあるしねえ。

なんだかんだで、今年は専攻科の生徒さんたちもボチボチ成果がでたようで、プロデビューした人もいれば、賞をとったり、最終選考に残ったり。今月は、青心社からもう一人、生徒さんの本(ノベライズだけど)が出版されるみたいで、そういう成績は悪くないのだが、生徒数には結びつかんな。新人賞ぽちぽちじゃあ、あまり話題にもならないか。たぶん「直木賞」でもとらないと無理なんだろうなあ。

先が長いなあ。


小説作品は、ちゃんと人に読んでもらった方がいい

10月3日(水)
朝から小説講座の事務所。夕方から外出。

帰宅途中、本町駅の近くにある出版社「青心社」に立ち寄る。青心社は、うちの小説講座の講師の一人である青木先生が社長をしている出版社。もう何度も訪れているのに、「阿波座」方面から行ったら、またビルの前を通り過ぎてしまった。

社内で、青木先生を待っている間に、『週刊朝日』の「話題の新刊紹介」欄を見せてもらう。卒業生のデビュー作『ヴィズ・ゼロ』(福田和代著)の書評が載っている。出版後、大手出版社から「著者を紹介してほしい」との問い合わせも多いとか。すでに数社から連絡があったそうで、無名の新人のデビュー作としては、かなりイイ線まで行ってるのではないかと、正直、びっくりする。直接的にどの程度、売上げに結びついてくるかどうか不明だが、「他の出版社からも注文が集まる」というのは、作家デビューとしては「好スタート」。もともとの実力もあったと思うけど、いや、正直、思っていたよりもかなりイイ線である。

青心社は、関西の会社としてはめずらしく小説やマンガなどを多数、商業的に出版している実績がある出版社で(自費出版系とか除くと、たぶん唯一?)『アップルシード』とか、SFなどではそれなりに有名な出版社ではあるけど、失礼ながら大手とは言えないだろう。それにミステリ系の小説をハードカバーで出版するのは極めてめずらしい。だから、たぶん社長としても(そりゃもう勝算はあったにしても)、多少は「賭け」の部分があったに違いないのである。で、こういっちゃなんだが、やはりさすがというか。やっぱ、ビンゴ!……なんじゃないかなあ。そうか、やっぱり青木先生って、編集のプロなのだなあ(あたりまえだが)

それにしても、この作品、もともと教室内で講評された「生徒作品」なのである。講師として青木先生が作品指導をされたのだが、「これならもう少し手直しすれば、たぶん出版できるよ」と言われ、それをちゃんと書き直して出版したものなのである。うちの小説講座は、創設してようやく十年目という小さな「小説教室」なので、教室で提出された作品でそのままデビューしたというケースはまだ初めてである。作品指導を受けてから書き直した作品で受賞したという例はあるけど、それはまだ出版されてないので。

それにしても、「ちょっとした手直し」というのが大事ということをつくづく痛感。
「ところどころ話に矛盾があったり、読者が読んでてすっきりしないところがあって、そこは著者は気がつかないけど、そこを直すと直さないとでは、読んだ印象がまるで違う。細かいところを編集が指摘してやるだけで、すっと話が通るようになって、ぐんと面白くなる」

「作家」というのは、とても目立つし、いつも陽のあたる所にいるけど、編集なんて、たぶんものすごく影の存在である。ふつうは「編集」という存在がいることすら、読者である私たちはほとんど気がつかない。でも、「縁の下の力持ち」というか、とくに新人作家にとっては、いい編集と一緒に仕事ができるかどうかで、作品の印象がだいぶ違うものだろうなと思う。小説講座を運営しているとは言え、商業出版の現場のことは、私にはあまりよくわからない。もちろん出版社の宣伝費や広告費、営業体勢の違いもかなり売上げに左右する。「いい作品」であれば、もちろんいいのだけど、それだけでは必ずしも売れない。売り方の問題もある。

でも、それ以上に「作品」というものを理解し、ストーリーのひとつひとつを細かく読んで、何カ所ものアドバイスの助言を言ってくれるというのは、やはりスゴイことである。
「それでも作品を書くのは、作者本人しかいないんだし、これはもともと作品がよかったからね」
と、青木先生はニコニコと笑っているけど(笑うと「少年」みたいな可愛らしい顔なのである)、やっぱり無名の新人をこれだけうまくデビューさせるというのはすごいことである。

読者というのはけっこう微妙なもので、かなりよくできた作品でも、ほんの少し、矛盾したこととか、納得できないようなこととか、ちょっと余計なことが書かれているだけで、なんとなく読むのが嫌になったり、雰囲気が壊れたりする。もちろんこの「ほんの少し」が数カ所しかなければ、全体の印象に吸収されてしまうみたいだけど、それが何度も重なるとやっぱりダメみたいである。新人作家さんは、どうしてもそういう細かいところに気配りするのが難しいから、しっかりした編集者がいるかいないかがかなり大きい。他の作家さんたちに聞いたりしても、やはり編集の役割は重要だそうで、優秀な編集者さんは、時には、作者が気がつかないところまで深く読み込んでいることさえあるらしい。

うちの生徒さんも、賞を獲ったり、最終に残ったりして、編集者に直接作品をみてもらっている人も何人かいるけど、そうでなくても、書いた作品を「ちゃんとわかってくれる誰か」に読んでもらうというのはやっぱり重要なんだろうなと思う。ちゃんと小説を読んで、それなりのアドバイスができるというのは、やはり読書量なども並大抵のものではできないだろうけど、作者だけではわからないところとか、作者が一人よがりになっているところなどをチェックしてもらうことで、どれだけ作品がよくなるかと考えたら、その役割は大きいんだよなあ。

とくに新人作家とか、デビュー前の人は、自分の作品がちゃんとわかっている人は少ないので、できれば編集者とか、作家とか、そういう人に読んでもらうことの意義は大きい。あるいはそういう人が無理なら、読書量がめちゃくちゃ多くて、かつ読書傾向がそれなりに合っていて、なおかつ作品にちゃんとした「愛情」をもってくれる友達がいれば、そういう人に目を通してもらうとか。小説作品はたった一人で書くものだけど、不特定多数の人に読んでもらおうと思ったら、「他人の目」もあった方がいいみたいである。

そう考えたら、生徒さんたちは、よく締切に間に合わないから、と、作品指導を受けずに「コンテスト応募」をして、教室にはなぜか「習作」を提出する人も多いみたいだが、やっぱ、ちょっともったいないかも。せっかく作品指導を受けられる立場なのだから、手直ししてから「コンテスト応募」をしてもいいんじゃないかな。その方が効率がいいような気がするもん。

数時間、あれこれ雑談などして、夜、帰宅。

10/03/2007

作家になるのをあきらめるべきかどうか

10月2日(火)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

小説講座の生徒募集は、まだまだ受付中。「ライティング講座」の受付は打ち切り。願書はボチボチ。ま、昨年よりは少ないみたい。あまり人数が多いのも大変なので、これくらいがいいのかも。しかし、メールでの問い合わせはあるので、あと数名は入学するかもしれない。例年、なぜか小説講座は、過半数が締切後に入学してくるからなあ。

本日は、「大阪ショートショート大賞」の作品締切(9月末日)なので、丁稚どんは、せっせと受付事務。私は、1時から運営サポーターの方と面談。運営相談など。

さて、楽観主義と言われようと、何と言われようと、私は「プロ作家になりたい」と本気で考えている人が「ちゃんと努力すれば、必ずデビューできる」ということをあまり疑っていない。実際、デビューした生徒さんは「努力した人」だし。

もちろん1年で必ずデビューできるかどうか、というのは全く保証できない。むしろ、正直なところ、まったく初心者からだと、たいてい「短編をとにかく何とか書ける」くらいが1年でやっとなので、その「なんとか書ける」から「それなりのレベル」になるまでに2〜3年かかったりするが、それでも、数年間、ある程度の量をちゃんと書き続けて、それなりに作品指導を受けた生徒さんは、ほとんど全員と言っていいほど、「いつデビューできても不思議じゃない」と言われるくらいにはなっているのである。

もちろん、まだデビューできてない人もいるが、いつデビューするにしても、デビュー後に仕事の発注をこなせるだけの実力は必要なわけだから、まずは基礎体力がないと困るわけで、それを思えば、「ちゃんと努力すれば、必ずデビューできる」というのは、経験上、まず間違いないんじゃないかと思う。

というか、だいたいそこまで努力する人の数が圧倒的に少ない。

小説を書くのは、思ったよりも時間がかかるし、一人でコツコツ、地味な作業だったりするので、すぐにあきらめる人がものすごく多いのである。小説講座に入学した人ですら、全員が最後まで通ってくるわけではない。うちは、案外、他の学校に比べて修了率はいい方らしいのだが、それでも例年8割くらいである。つまり、あとの人は「あきらめる」。というよりも、ほとんどやる前に「飽きた」というか。

ついでに言うと、どうも基本的に「エンターテインメント系」の小説の場合、いくら努力しても身につかないような特殊な小説技法というのは、さほどないように思う(あるかもしれないが、それは必要条件ではない)。むしろ間違った取得方法さえ選ばなければ誰でも身につけられるような「技術」の必要性がものすごく高いように思える。いや、それをもし取得できないとしたら、それらを単に「知識」として知らないか、意識してない(無意識でも使いこなせているなら問題はないが)、あるいは知識としてはあるが、まだ「経験」として身についてないだけなような気がする。

もちろん作家として「超一流」になれるかどうか、あるいはヒット作を出せるかどうか、は、また別問題かもしれないが、それにしても純文学系とは違って、「需要と供給」のバランスが違うので(つまり「書き手」に対して、「読み手」が多い」)、デビューしてそれなりに生き残るのには、おそろしく特殊な「才能」ではなく、たゆみなく努力し続けられるかどうか、だけなような気がする。なぜって、エンターテインメント系の作家さんは、クリエイティブ系とは言え、芸術家というよりは(そう見えるところもあるけど)、どうも「エンターテインメント職人」みたいな雰囲気があるから。

しかし、小説講座の生徒さんの中には、どういうわけか、
「やっぱり無理です。私のは才能がないんです。作家さんたちを見てると、やっぱり自分は違うと思ってしまいます。あの人たちは、やっぱり別の人間です」
などという人がいる。いや、必ず年に数人はいる。うちの小説講座は、プロ作家が二十人近くいるわけで、まあ、ほとんどが専業作家なのだが、そういう人を「別の人」扱いである。当然、よく見ればいろんなタイプがいるはずなのだが、まとめていっしょくたに、「別の人間」と来た。

「ほんなら、ありゃ、宇宙人かい」
と思わず、心の中でつぶやく。ま、作家をめざす人が不安になるのはわかるので、あえて言わないが、実は、これ、よくあることなのである。つまり、作家さんたちを見て、「ああ、なりたいけど、なれないだろうな」という不安。しかし、これは反対に、「なれるかなれないか」と言っているつもりのようで、本心では「なりたいかなりたくないか」を言っている場合もある。たいていの場合、なぜか言っている生徒本人は気がつかないのだが、「あんなふうにはなりたくない」という意味で使っているかもしれないのだ。

生徒さんにとっては、「作家」は、ただ「あこがれの夢の職業」だったりするのだが、小説講座に入学して、実際にプロとして仕事をしている人の話を何人も聞いているうちに、なんというか、どうも「違うな」と思う人がいるらしい。こういう言い方はあれだが、どうやら「現実的になってしまう」らしいのである。

たぶん作家なんて、世間から見るほど「華やかな職業」ではない。
一日中、パソコンとか原稿用紙に向かって、一人コツコツ原稿を書くばかりだったりして、作家になりさえすれば誰でもイコール大金持ち、というわけでもない。でも、最初、生徒さんのイメージだと、
「作家になれば、世の中みんなバラ色」
と思っているところがあるので、「なんだ、そうでもないのだな」と気がつくと、途端に「夢」がさめてしまうという人もけっこういるのである。

人によって人生観が違う。
「できれば好きなことを仕事にしたい」と思う人は多いが、それでも「仕事は別に好きなことじゃなくてもいい。好きな事は趣味でいい」という人もいる。

ただ、ひとつ言えることは、少なくとも「作家になりたい」と思って、小説を書くこと自体には、ほとんどリスクがない。そりゃ、いきなり会社を辞めてしまって、作家をめざす……というのでなければ、リスクは少ない。てか、ほとんどリスクはない。うちの講師は、プロの専業作家さんが多いが、たいていの人は、学生なり、会社員をやりながらデビュー作を書き、何作か商業出版ができるようになってから、作家専業になった人が多いので、「いきなり会社を辞めた」という人は少ない。

小説を書くのには、あまりコストがかからないので、そういう意味では「ちょっとくらい書いてみた」という人は世の中にかなり多い。だが、たいてい早めに飽きてしまうし(私見では9割以上)、それはそれでたぶん「好きに書いてみた」だけだから、「どうすれば商業出版することができるか」みたいなことを考えて、書き直したり、工夫してみたりするような人はもっとずっと少ない。多くの人は「自分の書きたいように書く」だけで、それを「他人が読みたいように書く」ということは、なぜかなかなかやりたがらない。そう考えれば、もしあなたがそれができるだけで、たぶん数千分の一の確率。

というわけで、私が「ちゃんと努力すれば、必ずデビューできる」と確信しているのは、たんに確率上(あるいは統計上)の推測に過ぎないわけだが、それでもかなり事実には近いのではないかと思う。どのみち、小説講座に所属していて、プロ作家から作品指導を受けているような状態で、むちゃくちゃな方向に努力することはまずできないわけで、あとはメゲずに作品を書けるかどうか(もちろんある程度の量はいる)だけだろう。

しかし、最終的には、
「そこまでして(といっても、やっぱり「作品を書く」だけなのだが、結局、これが面倒な作業なのである)、プロになりたいか、なりたくないか」
ということなんだろうなあ。でも、「私には才能がない」と思って、「泣く泣くあきらめた」と思う方が本人には気持ちいいのだろう。私には、単に「小説を書くのに飽きた」だけに見えるのだが。

それでも、
「いや、そうじゃない。本当に小説を書くのは好きだし、作家にもなりたい。しかし、残念ながら、自分には才能がない。だから、あきらめたのだ」
と言い張る人はたぶん絶対にいると思うが(もちろん私はそこんとこは別にどっちでもいいのだが)、もしどうしてもそうだと言うのなら、「自分に才能がない」というのを証明してみせてほしい。ちょっとくらいの文章のうまいヘタなんか、ホント、ちょっとした経験とコツだけですぐ変わるしな(「天才」は別だが)

たぶん「才能がない」というのを証明するのは、「才能がある」というのを証明するのと同じくらい難しい。しかし、「作家になりたい」というのが、「魔法使いになってみたい」とか、「人魚になりたい」というくらいに「なれたらいいな、でも、なれるとは思ってない」ならわかる。それにしたって、人間って、「空をとびたい」くらいなら、「努力」すれば、「できてしまう」。それくらいなので、「ホントにやりたい」と思っているなら、たぶんやれると思う。

とにかく、「あきらめる」必要なんかないと思うぞ。たぶん。
いや、「飽きた」というんなら、また別だけどね。

10/02/2007

小説講座は、ひきつづき生徒募集中

10月1日(月)
朝から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

本日、生徒募集の締切日。だが、小説講座の生徒募集は、すでに開講人数に達したものの、まだ定員に達しないため、そのまま継続して募集することに。あれこれ事務作業。夕方から外出して、途中、京橋に立ち寄り、某所の原稿を受け渡し。

10/01/2007

小説とは関係のない休日(運動会は雨、下読み)

9月30日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

朝からすっかり雨。小学校の運動会は、中止である。小4の双子の娘たちは、がっかりしながら、ランドセルを背負って学校へ行く。午前中だけ、授業なのである。昼過ぎには下校し、
「みんなで集まって、公園で傘をさしながら、一緒に弁当、食べよなって約束してん」
と、雨の中、出かけて行った。

夫も、「あーあ、せっかくビデオもカメラもスタンバイしたのになあ」と言いながら、昼から『ロートレック展』に出かけてしまった。中2の息子も遊びに行ってしまい、私だけが自宅に残って、夕方までずっと仕事。某小説コンテスト(うちが主催のものではない)の下読み。

通常、こういうコンテストの下読みは、たいてい「評価」だけなのだが、この下読みは、「落選作」までちゃんと「内容」を書いて、落ちた理由もコメントしてくれ、というもの。これがものすごく苦痛。評価だけならともかく、これがきつい。そんなことをしようと思えば、どんな作品でも最後まできちんと読む必要があるのだが、正直、途中から意味がさっぱりわからないものがけっこうたくさんあるのだ。落選作のうち、いくつかは日本語がむちゃくちゃなので、一度に大量に読むと、クラクラ目眩がする。乱暴に手書きされたような原稿を何枚も読み続けていると(どう考えても、一度でも本人が推敲しているとは思えない)、かなり大変。そのまま十枚目以上、訳のわからない文章を読み続けるとこれはもうキツイなんてもんじゃなく、拷問である。これを数編、1〜2時間もやり続けているうちに吐き気がする。もちろん私だけがやるわけじゃないので、同じ目にあっているだろう他の担当者にも同情する。

評価だけならともかく、落選作の「内容」を読み取って書きだせと言われるのは、これ、ホント、しんどいよ。締切もむちゃくちゃきついし、どんなに頼まれても、この仕事は来年度から絶対に引き受けるまい、と決心する。

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