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09/30/2007

文章教室も小説講座も、今年度の修了式

9月29日(土)
昼から小説講座の事務所。
午後、文章教室、講義と修了式。夕方は、小説講座、こちらも講義と修了式。

ライティング講座は、修了課題の作品指導。
講師は、青心社の社長で、編集者の青木治道先生。プロの立場から、生徒作品にコメントをいただく。

プロの編集の目はけっこう厳しいのだが、そこはかなり手加減はしてもらっているので、ご安心を。「ライティング講座」の生徒さんは、ほとんど初心者である。だから、生まれて初めて書いた小説が多いのである。作品指導のついでに、商業出版の話なども。エンターテインメント系と純文学系のネタの違い、文体の違いなどの話が興味深い。

青心社からは、今年、小説講座の生徒さんの作品を出版していただいた。ミステリのハードカバーだが、幸い、たいへん評判がよいようで、著者には他の複数の出版社から注文もきているらしい。作家というのは、デビューがゴールではなくて、デビューしてからが勝負である。デビュー後に注文をこなして、次々と作品が発表できるかどうかが大事なのだ。この人の場合、もともと実力も高いので、心配はしてなかったが、青心社が「ミステリ」を出すというのはめずらしく、多少、余計な心配もしていたので、本当によかった。いや、ほんと。デビューは大事だ。商業出版の世界で、作家としてやっていくには、デビュー後に続けて出版社から注文があることが必要なので、「とにかくデビューさえできればいい」というわけではないのである。

他の生徒さんもデビューをあせる気持ちはわかるが、ちゃんと実力をつけよう。実力さえあれば、出版業界は決して見逃したりしない。逆に、まだ実力がないのにへたにデビューしてしまったら、あとが大変かもしんないんだぞ。「いや、もう充分な実力はあるよ」と言われているレベルの生徒さんは(とくに専攻科!)、すみやかにデビューしてもらいたいんだけどね。

講義後、「修了証」の授与をして、そのあと講師の先生を囲んで、カンタンにお祝いのお茶会(と言っても、いつものファミレスのドリンクバーだが)。「ライティング講座」は、半年間のカリキュラムなので、かなり短いから修了率は高い。といっても、全員は無理で、このクラスは8割くらいの修了率かな。修了した人の中には、小説講座に進学する人もいる。文章教室から進学すると学費割引があるからだが、例年、だいたい3割くらいが「小説講座」に編入する。今年は、人数が少ないので、編入生はせいぜい3〜4人かな。

夕方からは、天満橋に移動して「小説講座」、こちらも講義のあと、修了式あり。ただし、こちらは来週(10/6)にも、補講がある。あと1回残っているので、「卒業」というムードはないんだけどね。今日は、作品数が多く、専攻科との合同授業なので、いつもよりも生徒さんが多い。在籍数よりもかなり小さな教室をとっているうえに、文章教室からの見学が4人もいたので、めずらしく満席である。

講師はベテランの堀先生。本日は、ショートショートか短編ばかりだが、作品数はけっこう多い。それなのに、一つ一つ丁寧にコメントをつけていただく。ホラーっぽい作品やサスペンスっぽいもの、ギャグ風味など、これだけバラバラな傾向がある作品をサクサク解説してもらえるのは、堀先生ならでは。それぞれの作品のアイデアをプロ作家の代表的な先行作などをあげながら、論理的にかつわかりやすく解説していく。堀先生自身は、いわゆるハードSFしか書かないタイプの作家さんなのだが、作品指導はどんな傾向の作品でも見事に解説される。ホントにあざやか。もともと読書傾向がすごく広くて、膨大な知識量があるからできることなのだろうけど。それに何より「愛」がある作品指導。これは素敵。

講義後、ある作品を書いた生徒さんに、堀先生からご自身の「新刊」が贈呈された。先日、発売されたばっかりの『遺跡の声』(創元SF文庫)。もらったのは、十編ほどの作品のうち、ちょっと変わった作風が印象的だったという10期の女性。まだ2〜3作しか書いてないという初心者だが、いつも作風がなかなかユニーク。もっとも本人はあまり自覚はないようだが。

うちの生徒さんたちは、会社員や主婦など社会人ばかりで、忙しい土曜の夜、1年間、講義に通うのはかなり大変である。土曜出勤や出張などもあるみたいで、一年間、皆勤で出席できる人は、毎年そうそういない。まして、かなり遠方から(東京、名古屋、岡山……)通っている人もいるので、なんとか修了式まで通ってくるのはけっこう大変なのである。

だから、とにかくも、修了おめでとう!
(と言っても、どのみち来週もう一回、補講があるのでピンとしないが)

講義後、いつものように飲み会へ。今年の10期生は、飲み会に残る人はほとんどいないのだが、修了式だということで、めずらしく5人参加。別テープルに座っていた専攻科は、もしかして10期生に遠慮したのか、いつもの半分もいないくらいだったが、来月に行く「合宿」の話など。10期生は、同期の交流が少ないので、独自の「卒業合宿」の計画はないらしいので、
「よかったら、専攻科の2グループの合宿、どっちかに参加させてもらえば?」
と言ってみる。作品が煮詰まった時の相談やら、小説コンテストの情報など、仲間との交流もけっこう役にたつことがある。今年めざしている賞に、別の人が昨年、二次まで残ったとか。ミステリ仲間とか、ファンタジー仲間とか、ラノベとか、それなりに近い志望ジャンルの人もいるので、本の貸し借りもいいし、せっかく小説講座に通ってるんで、お互いにいい交流をすればいいのである。作品だって、時々、相談したりしたら、スランプ突破になったり、一人よがりになるのが避けられることもあるみたいだし。

10期の卒業生から、1年間の御礼にと「高級ドレッシング詰め合わせセット」をもらう。いただきものはとても嬉しいが、私が本当に一番うれしいのは、生徒さんのデビュー作を献本してもらうことです。10期の卒業生も、卒業してからがスタート。デビュー作も、ぜひそのうち、ね。

09/29/2007

小説コンテストの季節

9月28日(金)
朝から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。講師と打合せ。

小説講座の生徒募集期間中なのだが、本日も、入学願書は少なめ。今年は、どうも少人数かなあ。生徒さんには人数が少ない方がいいかもしれないけど。講師との話もしやすいし。ただ、講座としては、採算ラインというのがあるしなあ。利益を追求しない団体ではあるのだが、赤字経営はできんので、それなりには集まってもらわんとなあ。まあ、なぜか小説講座は毎年、締切すぎてから、バタバタ、十数人も入学してくるんだけども。

さて、うちの事務所が主催している小説コンテスト「大阪ショートショート大賞」は、9月末締切。そろそろ応募作も集まって来ている。そちらは、スタッフに受付業務をまかせているので、私は、他所の某コンテストの下読み。小学生の部は、ほほえましく読むのも楽しい。一般の部は……。正直、かなり読むのがツライのもある。私はどんなむちゃくちゃな作品でも、きちんと最後まで読む主義だが、つらいものはツライ……。もうちょっと意味がわかるといいのだが。

09/28/2007

長編小説を書くには時間がかかる

9月27日(木)
朝から小説講座の事務所。午後から外出。

専攻科の生徒さんからメールあり。

「このところ続けてイベントに参加したりして、作家さんとの交流が続いて、嬉しい反面、まだ自分が作家にならなきゃいけない時期なのにと思うと、少々、疲れました。自分を取り戻すために、しばらくお休みします……」
とのこと。
「疲れた」といいつつ、あれこれ、嬉しそうな文面から見て、本当にこの数週間、立て続けに「楽しかった」らしい。まあ、どうやら秋からの専攻科には残るみたいだし、ということは、「また長編執筆のための潜伏時期が来た」らしい。思わず微笑む。まだデビュー前だが、すでに編集者に見てもらったりしているレベルの生徒さんなので、自分の執筆スタイルを維持したいのだろう。たいへんいいことである。いや、皆さん、油断せぬように。

うちの小説講座には、毎週、いろんなプロ作家さんが来る。講義後も飲みに行ったりすることも多い。生徒さんたちは、プロの作家さんたちと話ができるので、すごく嬉しい。でも、それはただの飲み会というわけでもない。ただ飲むだけなら、別に作家さんとじゃなくても、どこでもできるし。

いつかプロになるつもりの生徒さんなら、ただのファンとしてではなくて、作家さんたちを「そのうち同業者」、「先輩作家」、あるいは「いつかは乗り越えなくちゃいけない相手(ライバル)」と見ている。

ところで、長編というのは、どうやっても「執筆時間」がかなりかかる。もちろん書くのがすごく早い人もいるけど、生徒さんたちは、せいぜい時速2〜5枚程度(たぶん)、それも連日平均して書ける人は少ない。もちろん長い作品だと書いているうちに「加速」がかかるので、後半とか、早く書ける時には数十枚もということもあるけど、そんなに毎日たくさん書ける人は少ない。だもんで、毎日コツコツ書く。プロならともかく、生徒さんの場合、ひどく早く書くタイプ人の作品って、たいていただ「荒っぽいだけ」だったりするから、やっぱり多少はコツコツがいいみたいである。

長編は、たぶん長距離マラソンに似ている。まずは、飽きずに最後まで書くのが大事。それなりにいい作品を書くためには色んな資料を用意したりしたりもするし、執筆に集中しないといけないし。そうなると、家族サービスがおろそかになったり、あんまり遊び歩いたりもできない。かなりストイックだが、たとえ家族に文句をいわれても(もちろん家族の協力があればいいわけだけど)、とにかく書く時間を作ることができないと書けない。

ちゃんと作品に集中することができる環境を作るのも、それはそれで「仕事のうち」なので、とくに長編を書こうという人は、なんとかして「書く時間を作る」という技術も磨いておこうね。

で、それがなかなか無理な人は、とりあえず短編とか。

09/27/2007

小説講座も、小説コンテストも受付中

9月26日(水)
朝から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

あいかわらずの地味な事務作業。小説コンテストに関するもの、秋からの講座の入学に関するものなど、電話数件あり。

小説コンテストについては、半数くらいは、応募要領に関するものだが、あとの半数は、なぜか賞金に関するもの。その半分くらいは、なぜか自分が応募すれば絶対に受賞するに決まっているかのような質問が多い。中には「なんなら応募してやってもいいのだが」とだけいうような人もいる。そんなこといちいち言わなくても、別に誰でも応募してくれていいのだが、何かそれだけを言っておきたいような意図があるのだろうか。うちのコンテストは、賞金は5万円なのだが、原稿用紙5枚以内なので、公募としては手軽なものなのである。

なんだかちょっと面白い。しかし、もちろんせっかく応募いただくわけなので、それはそれで全部たいへん有り難いのだが。けど、なんというか、公募マニアって、けっこういるんだなあ、と思う。
いや、みなさん、ぜひがんばってほしいものである。

09/26/2007

作家の目、読者の目

9月25日(火)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

あいかわらずの事務作業。丁稚どんは、先週の講義の欠席者への資料発送、小説コンテストの応募作の受付など。うちは9月末が決算なので「年度末」なのだが、入学希望者への資料発送など、細かい日常業務に追われて、決算事務などはまだやるヒマなし。

週末の小説講座に、見学申込が数名あり。10月からの入学希望者なのだが、今は作品指導の講義なので、前もって印刷物を送付しておかねばならない。生徒作品でショートショート&短編ばかりなのだが、けっこう本数がある。作品指導だと、事前に読んでないと講師が何を言っているかわからなくなるので、かるく目を通しておく必要があるのだが、これを読むのはちょっと面倒かもしれない。ま、長編よりはいいかな。

生徒作品というのは、かなり読みにくいものだが、一般見学の人がどれほどちゃんと読んでくるのか、よくわからない。小説講座に入学希望の人だから、作家志望の人が多いので、見学にくる中には
「みんなヘタですね。この学校って、このレベルの生徒さんしかいないんですか?」
みたいな人もいる。しかし、こういっちゃなんだが、プロになれるほどの高いレベルの人なら、そもそも入学してこないと思うぞ。だから、生徒作品が面白くて素晴らしいものばかりである……わけは絶対にない。てか、ヘタな人が書いてるうちにうまくなるから、小説講座ってもんがあるんじゃないのかあ。

だもんで、
「まあ、うまい人もいますが、正直、かなりヘタな人もいますよ」
としか言いようがないのだが、しかし、そういう本人がどんな作品を書くのかしらないのである。たまに見学しに来ても、けっこう態度のでかい人もいる(作家志望だから、それくらいのプライドの高さはあった方がいいかもしれないけど)

しかし、講師の作品指導を聞いても、ピンと来るものが何もないらしいから、そういう人は、別に入学しても本人の身にもならないだろうし、入学されても、こちらも指導しようがないから、さっさと帰ってもらう方がいいだろう。

ところで、生徒作品は、たしかにあまりウマくはない。さすがに何を書いているかわからないほどヒドいものはないけど、プロの作品みたいに、さっと読めるほど読みやすくはない。文章表現上の技術的な問題もあるし、はたして書かれているものが面白いかどうかという内容の問題もあるし、見せ方とか、書かれ方の順番の問題とか、いろいろな点で未熟なところもあるので、どうしても読みにくいものである。

しかし、この作品がヘタだ、とか、どうもつまらない……というのはわかっても、どう直せば、そこそこ面白くなるか、というのは、かなり熟練した書き手だとか(つまりプロ作家とか)、あるいはかなり人を指導するのに慣れている人とか(編集者だとか)、そういう人しかうまく説明ができない。思いつかない。反対にそういう人は、生徒作品を見たら、すぐに思いつくし、それも、
「たぶん私が作者ならこうするだろうが、こういうやり方もあって、コレコレこういう方法もある」
と、いくつか複数のやり方を思いつくようだ。複数の方法を思いつく、というのは、たぶんプロの作家さんというのは書きながら、「いくつか思いついた中でいろいろな可能性を吟味して、その中で一番ふさわしい方法を選ぶ」というやり方をとっているのだろうと推測されるからで、反対に「初心者」の生徒さんほど、自分の書いた作品について、唯一のストーリーしかないと思い込む傾向がある。これは、おそらくストーリー展開の技術がないというよりは(まあ、それもあるだろうけど)、単純に
「自分の書きたいものを優先して、人に読ませるという気があまりない(まだ意識されてない)」
だけで、これは何度か講師に指摘されれば、すぐ直ってくる。「意識」するだけで、すぐ変わるみたいである。

つまりファッションでいえば、
「自分の着たい服を着ているだけで、まだ人に『どう見られたいか』というところまで意識がないので、むろんコーディネートがあっているかとか、見た人にどう見えるかまでの気配りがされてない」
という状態なのが、人前に出る機会が増えると、周囲からも指摘もされるし、それなりに自分でもそれなりに身なりに気を使うようになるから、オシャレとはいえなくても、誰でもそこそこにはなる。

たぶん、「つまらない作品」を見て、ただ「なんだつまらないな」と思っているだけの人って、まだまだ「お客さま」の視点で、作り手側の視点ではないのだろう。けど、そんな視点をもつのが「幸せ」なのかどうかはわからない。

作り手側の視点をもってしまうと、面白い傑作を見れば、「どうしてこんな作品が作れるのか」と嫉妬に苦しみ、つまらない作品を読んでも「自分の作品のことを思うと、つい身につまされる」……らしい。

ってことは、
「自分の書く小説は、絶対にすごくいい作品なのに、なぜ公募に落ち続けるのか全くわからない」
なんて、ずっと思い込めてる人の方が幸せかもしれない。そのまま死ぬまで信じられたら、その方が本人は幸せかも。

小説講座に入学した人は、すでに「不幸」な道を歩み始めているので、そういう意味ではもう手遅れである。

09/25/2007

あきらめの悪い作家志望たち

9月24日(月)祝日
小説講座の事務所は、日曜、祝日お休みです。

昼から外出。『モディリアーニと妻ジャンヌの物語展』(大丸ミュージアム梅田)など。

一昨日の講義で、数人の生徒さんから、この秋からの「小説専攻科」の募集要項について、
「まだできてないのですか?」
と、何度も聞かれた。今週末には配らないとなあ。

『エンターテインメントノベル講座』は、一般からの生徒募集をするコースで、誰でも入れるのだが、「専攻科」は、原則的に「卒業生対象のプロ養成コース」なので、内部募集だけである(一般からも直接「専攻科」に入学できなくはないのだが、講師推薦がつかないと入れないので、基本的には難しい。卒業生なら選考はなしで入れる)。だもんで、ついつい募集要項の配布が遅れる。ごめんごめん。

ちなみに、専攻科の学費は、赤字覚悟の安値である。さらに、毎年ギリギリまで下げている。さらに何年か継続すれば、毎年、下がるので、人によっては、年2〜3万くらいである。講義は、今年は25回くらい、「エンターテインメントノベル講座」の見学も無制限だから、なんなら30回以上の講義を受けられるので、自分で言うのは何だけど、かなり「お得」である。「プロ作家デビューコース」のAクラスなら、作品指導もかなり受けられる。枚数、本数ともに無制限である。何度、作品指導を受けても、追加料金も全くないから、書いたら書いただけ、ある意味では「得」なのである。

もともと卒業生へのアフターサービスとしてやっているようなものだから、赤字でもいいと考えているし、そういうコースなのよね(もちろん講師の協力なくては、続けられない。感謝感謝)

小説講座「エンターテインメントノベル講座」は、週1回、1年間のコース。毎年、卒業生のうち、2割から4割くらいが、専攻科に進学する。もちろん1年間だけ講座に通って、さっと小説が書けるようになればいいのだが、これがけっこう難しい。1年というのは、あっという間である。実際、たいていの人は、短編ぐらいならなんとか書ける……ようにはなるのだが、プロ作家デビューをしようと思えば、やはり長編が書けなければならないわけで、ある程度のレベル以上の長編が書けるようになって、本気でプロデビューしようとなると、どうしても数年がかりである。うちの生徒さんたちは、ほとんど会社員やら主婦やら学生やら、かなり忙しい人ばかりなので、1年というのは、本当にアッという間なのである。

おかげさまで今年は、何人かデビューを果たしたし、専攻科も無事、「卒業」した生徒さんが数名。
専攻科は、何年でも継続受講できるのだが(継続すれば年々割引になる)、「プロデビュー」した人は、めでたく「ご卒業」である。専攻科には「修了証」はないが、「デビュー作」が卒業証書である。もちろん残念ながらデビューをせずに、いつの間にか、来なくなるフェードアウト組もいるけどね。

もちろん「専攻科」を辞めてから、デビューする人もいるのかもしれない。むしろできればそうであってほしい、と思うんだけど、小説業界もけっこうせまいし(おそらく世間で考えられているよりもせまいだろう)、うちの講座は、現役作家の講師が20人くらいいるから、もしもデビューしていたら、そのうち少しぐらいウワサが入ってくるだろうから、そういうウワサがないところを見ると、やっぱりバリバリ活躍しているような人は残念ながらほとんどいないのだろう。

だから、やっぱり専攻科には、「卒業」して欲しい。しかも、今の専攻科は、かなり多くの生徒さんがプロデビューもたぶん「射程圏内」らしいのである(複数の現役プロ作家がそういうのだから、たぶん間違いないと思う)

しかし、充分に「射程圏内」でも、あきらめちゃう人はけっこういる。もちろんプロ作家になることが、必ずしも幸せとは限らないから、私が個人的にどうのこうのは言えない。だって、「飽きてしまった」と言われれば、もう仕方ないしなあ。

プロ作家になるのに、必ずしもあんまり才能はいらないんじゃないかと思う。超一流の作家になる、ってのはまた特別かもしれないけど、「とにかくデビューだけ」というのなら、正直、よほど間違った道を歩いたりしなければ、たぶんちゃんとした努力だけでも、なんとかなるのかもしれない。もしかしたら、プロ作家さんたちには失礼な考え方になるのかもしれないけども。

しかし、どうやら「あきらめが悪い」という『才能』は必要みたいである。もちろん「テクニック」やら「戦略」なんてのも必要なのかもしれないけど、まずは「あきらめの悪さ」である。プロ作家になれるかなれないかってのは、そこなんじゃないかなあ。

そのために、私ができることは、何とか「専攻科」の運営を続けていくだけである。
なにせ作品は、本人が書くしかないからね。

09/24/2007

小説とは関係のない休日(終日、自宅)

9月23日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

天気がいいので、子供たちは父親に連れられて、またもや南港に魚釣り。海釣りはなるべくやらない主義(やたら日焼けするからである)の私は、家に残り、終日自宅であれこれ書類の山と格闘する。あと思うところあって(昨日、芦辺先生と話をしてて思い出した)、『シェエラザード』(浅田次郎著)を読みかえしたり、DVDも見たり。

09/23/2007

創作活動を支えてくれる良き伴侶

9月22日(土)
昼から「ライティング講座」、夕方から「エンターテインメントノベル講座」

今日の文章教室「ライティング講座」の講師は、芦辺拓先生。夕方からの小説講座も芦辺先生である。東京在住の先生だが、隔月に「名探偵ナンコ」の公演にあわせて大阪に寄られるので、わざわざ日を選んで調整したのだが、どうも明日東京での用事ができて、このためだけになってしまったらしい。うちの講師料は相当に安く、東京からの交通費なんか、とても払えないから、これだと赤字になってしまう(まして新幹線はグリーン車じゃないと、とかいう人である)

「ああ、年に1〜2度のことなのだから、いいよ。ボクならかまわないよ」
と言われたのだが、いくらなんでも、こっちはやはり気にするのである。そこで、折しもライティング講座の22日の講師スケジュールがあわなくなっていたので、これ幸いとダブル講義をお願いしたのである。ダブルは面倒だろうが、それぞれの講師料をあわせれば、新幹線代くらいはなんとか格好はつくかも。ま、これでも宿泊費を考えたら赤字だが、この先生の場合、幸いまだ、こちらにもご自宅があるのである。

さて、新婚ほやほやの芦辺先生。
「莫大な遺産を相続し、東京郊外に住居をかまえ、美人ピアニストの妻と出版社のパーティに出席したりして、華麗な東京ライフを満喫しているミステリ作家」
というと、それこそまるで「2時間サスペンス」のようなんだけど、結婚して雰囲気がかなり変わったことは確か。とりあえず、性格がやさしくなった……と皆には言われているらしい。ちなみに、長く独身だった芦辺先生が結婚されたことはどうやら業界ではかなり話題になり、披露宴で同席した編集者の人たちも、
「この話題だけで、しばらく酒が飲める」
と言ってたくらいの一大ニュースであったそうな。

私が驚いたのは、家事などほとんどされなかったあの先生が、すっかりマメにやっているそうで、ちょっと手伝うだけどころか、主夫顔負けというか、家をあけることが多いピアニストの奥様の代わりに、むしろ留守を守っていることが多いそう。聞けば、先生が家をあけて奥様だけが残っているのも、実は、今日が結婚後はじめてだとか。これにはびっくり。すばらしい激変ぶり。十歳も若い奥様を迎えられたので、気も若返ったのかな。もともと見かけよりは(失礼)ずいぶんと優しいところがかなりあったのだけども、しかし、こうも変わるとは。ああ、人間って面白いよな。

「ライティング講座」は今日も出席者がやや少なかったが、体験談や質疑応答なども含めて、2時間ほどあれこれ話をもらう。講義後も、近くのファミレスに生徒さんたちと残って、1時間ほどあれこれ雑談。夕方からは、タクシーで先生と一緒に天満橋へと移動。

小説講座は、作品指導。本日の3作品は、どれも専攻科の生徒作品。講義前に、
「今日の3作品は、ほんと、指導が難しいね」
と苦笑されたのだが、たしかにどれもかなりうまい作品。いわく「プロの作品として商業誌に載っていても不思議じゃないレベルだが、さりとて新人賞がとれるかというとそれにはちょっと」というレベルである。このような作品はどの先生に指導を頼んでも、わりと同じようなことを言われる。作品自体はよくできているゆえにけっこう指導が難しいのである。

もちろん細かいミスを言い出したらあるにはあるのだが、もともとうちの講師の先生たちは、細かい部分というのはあまり言わない。指導時間が限られているからというのもあるけど、エンターテインメント系のプロ作家というのは、文章も大事だけど、どうやらストーリーをかなり重視する傾向はある。

うちの講師の先生たちは、それぞれ作品指導のやり方もかなり違っているのだけど、もともと芦辺先生は毎回あまりはっきりとは言わないタイプである。「お笑い」をたとえに、それなりに顔の売れた芸人だと、舞台に立つだけで、客席にすぐ受ける態勢ができるが、新人だと客も慣れてない。そこをどう突破するかを考えるのが大事、という話をされる。

「それにしても、このレベルになってからが大変」という話をされているのを聞きながら、まあ、なるほど確かに文章力も構成力もそれなりにあるのだけど、「オリジナリティ」という意味ではそこは弱いかもなあ、と思ったり。私自身、これらの生徒作品はすべて目を通しているのだが、これぞこの人の個性というのが、たしかにまだよくわからない。微妙である。そういや、うまい生徒作品に限って、どこか自分を隠して書いているような気がするかも。他にはない「個性」って、やっぱり難しいよなあ。

飲み会で、ミステリ志望者たちに取り囲まれる先生。またまた創作ノートを見せてもらったり、新作のアイデアを話したりして、かなり遅くまでワイワイ話をする。新婚生活には慣れたけど、まだ執筆のペースがつかめなくてね、と、やはりお幸せそうな先生。しかし、家庭と仕事との両立っていう悩みって、それってもう専業作家というよりはどっちかというと兼業主婦の悩みかもよ(笑)

新婚ほやほやの先生に、結婚15年の私。大阪のオバチャンらしく、
「新婚ラブラブのうちに夫婦のいい思い出をいっぱい作った方がいいですよー。女って、いつまでも新婚の頃のこと、しっかり覚えてますからね」
とおせっかいなアドバイス。
「でも、いいですよね、新婚。そういや、先々週、ちょっと夫とけんかして、しばらく口をきかずにいようと思って、2週間ほど話をしなかったんですが、それでも何も不自由なく生活できて、ふと考えたらいつもの日常と変わらなかったんですよね」
と言ったら、
「あら、うちなんか3ヶ月、夫と話なんかしなくて生活できるわよ」
という結婚十数年(たぶん)の生徒さん。ま、十数年たった夫婦って、そんなもんだよね〜。

ま、奥様も口では「作家のマネジャーみたいな役はしない」と言ってても、編集者との打ち合わせに同席したり、パーティに同行したりしているらしいので、そうでもないみたいである。日本じゃ仕事で夫婦同席する習慣はほとんどないので、やる気がなければ行かないものだし。しかし、ほんと作家さんの奥様って、どうもけっこう内助の功というか、賢夫人というのか、しっかり支えてくれる人が多いみたいだなあ。うちの講師の先生たちも(会ったことがないので聞くのは噂だけだが)、やはりかなり素晴らしい奥様みたいである。作家さんは、やっぱり自宅で仕事することが多い。安心してバリバリ仕事ができる環境というのは、やはり配偶者の影響が強いんだろうなあ。なぜか作家の奥様に、料理上手な人が多いというのも、なんとなくわかるような気も。ずっと家にいたら、食事も気晴らしとか楽しみのうちだったりするかもしれないし。

作家志望の独身諸君(むろん男女とも)も、ぜひ創作活動を支えてくれる良き伴侶を(笑)

09/22/2007

プロ作家志望なら、公募先は選んだ方がいい

9月21日(金)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

事務所には時々、妙な電話がかかってくることがある。そろそろ小説コンテストの締切があるから、たまにその問い合わせとかあるのだが、中にはかなり横柄な態度の人もいる。特待生制度があるのだが、当然のように、自分が賞をとるに決まっているような言い方をして、
「でも、小説講座って、どうせたいした講師もいないんでしょう」
みたいな言い方をする人とか。でも、オマエ何サマ!?……と怒ってはいけない。もちろんこういう人は自分の名前とか名乗ったりしないし、どうせちゃんとした作品を送ってこない。ただの困ったちゃんである。でも、どうやら「公募マニア」の中には、かなり変わった人が確実にいるようだ。受付された作品を読む前から、見ただけで「ああ、これは……」というのもけっこうあるしなあ。

こういう賞金にしか関心のないアマチュアの「公募マニア」よりも、読者をちゃんと喜ばせることに誇りを持っている「商業作家」の方が、よっぽど「志」があるよな気がするのは何故。「いやしい」というのは違うけど、なんか違うよね。今日も、電話がかかってきて、いきなり「ちゃんと作品を選んでるですか」と微妙な物言い、賞金の支払い時期とか、根掘り葉掘り、聞いて来る人あり。うちの小説講座の生徒さんでも、とくに初心者には、
「とりあえず、手頃な小さい公募とか見つけて、応募してみたら?」
とすすめることもあるんだけど、やっぱ、こういう電話を受け取るたびに、あんまり公募もあちこち長くやるもんじゃないかもなと思う。とくにプロ志望だったら、地方公共団体が主催するような小さなコンテストに入賞したりしても、それはあんまり意味がなかったりする。いや、そういう賞が悪いというわけではなくて、ちゃんとした賞でもプロ作家という意味では、ほとんどキャリアにはならないだけなのだが。

やっぱ、うちの生徒さんたちは、出版社がやるような、新人賞に挑戦するべきだな。

ちなみに、公募マニアと言えば、ネットなんかで、たまに検索して、たまたま迷い込んでしまうことがあるが、小さなコンテストで入賞経験があるからと言って、ほとんどプロ作家気分な人のサイトとか見ると、ちょっと微妙な気分になることがある。まあ、迷いこんでもしげしげと読むことはほとんどないのだけど。どうも「公募マニア」というのと、本気のプロ作家志望というのはどこか違うような気がするな。だって、プロ作家志望なら、まともに出版デビューをねらうだろうし、それなりに公募先は選ぶだろうしなあ。

早めに仕事を終えて、電車に乗り、「繁昌亭」に行く。どうも連日、立見が出る盛況ぶりらしいから、当日券はなさそうだが、講師や生徒関係のイベントは、もし空席があるようなら入り、満席ならば遠慮する、ってのが私の基本的なルール。前売チケットはあまり買わないので、基本的には当日券である。なるべく前売券を買わないというのは、「大阪シナリオ学校」の事務局にいた頃に身についた習慣だが、はたして本日の当日券は早めに売り切れ。先生たちのトークを見れなくてちょっと残念だが、「満員御礼」で何よりである。商店街を南にぶらぶら歩いて、あちこち寄り道して帰る。

09/21/2007

作家志望の生徒作品

9月20日(木)
朝から小説講座の事務所、昼まで事務作業。

ここ数年、小説講座の運営のほかに、専門学校でも非常勤講師をやらせてもらっている。生徒さんの作品をみせてもらうというのは、なかなか勉強になる作業でもある。勉強……っていっても、私自身が実作をやるわけでもないから、「なるほどこういうものなのか」と考えたりするだけなのだが。

小説講座の教室へ行くと、講師はたいていプロ作家、生徒さんたちも小説を書きたくて入学した人ばかりなので、ふと考えてみたら、毎週、教室内にいる人間で小説を書かないのは私一人だけである(よく考えたら、異常な空間)。しかし、世間一般で考えたら、小説を書きたいという人間はそれなりにいても、実際に書くような人間はそれほど数多くはいない。ほとんどのヒトは、小説など書かずに人生を終える。

小説講座の運営などやっていると、毎年のように新しい生徒さんに会う。中には、
「こんな仕事をしていると、小説を書いてみたいと思ったりしないんですか?」
と聞いてくる生徒さんもいる。正直なところ、あいにく私自身は小説を書きたいと思ったことはほとんどない。教室内で、生徒さんと遊びでショートショートを書いたりはするけど、もし私が小説が書きたかったら、手間がかかる小説講座の運営などやってないだろう。さっさと家に帰って、自分の作品を書くだろうから。

こういうのは体質なんだろうけど、私自身は小説を読むのは好きだが、自分で書きたいとは思わない。たぶんノンフィクション体質なのだろうと思う。それでも生徒作品を読むのは好きだ。へたならへたなりに、うまいならそれにこしたことはなく、面白ければなお嬉しい。

自分自身が小説を書かない、実作をやらない、という立場だから、別段、読んでどうのこうのというのはない。うちの小説講座にはプロ作家の講師が二十人近くいるのだから、私が作品指導などしなくていいのである。文章教室では、私が文章を見ることもあるけど、それでもなるべく細かいアラ探しはしない。本当は、細かい部分を言ってあげれば、それなりにすぐに直るので、一時的には急速にうまくなるのだけど、これはあんまりよくない。数ヶ月かかるかもしれないが、それなりに自分自身で気がつくようにしてあげて、じっと待つ方がいいのである。

文章教室でもそうなんだけど、細かく注意すると、短期間でそれなりの文章はすぐ書けるようになる。でも、プロ志望じゃない人の場合はそれでもいいけど、プロ志望だとこれは必ずしもいいとは限らない。あまりいちいち注意すると、真面目な人ほどなぜか勝負をおそれるのか、面白い発想よりも無難にまとめやすいネタを選ぶようになる。こういうのは、シロウトとしてはうまいが、プロとしてはあまりよくない。ライターや新聞記者志望ならいいけど、とくに小説の場合は「うまければいい」という問題でもないようである。多少、時間がかかっても、個性を伸ばさなくては仕方ない。なので、なるべく生徒作品には「いいところ」をみつけてやろうと心がけて読む。

やっぱり、エンターテインメント系の商業小説をめざすなら、細かい文章のアラを探すより、どうすれば面白くなるかを考えた方がいい。商品になって読者が買うのは、文章ではなくて、感動だったりするのだからな。しかし、そんな「感動」や「面白さ」や「わくわくどきどき」なんかにも色んなものがあるわけで、だからこそ、
「そうそう。そう言えば人間って、こんなふうに思ってしまうものなんだよなあ」
なんて、人生について考えたりもするのである。だから「うまく伝える技術」も大事だが、気持ちを「共振」させることも大事なのだろう。泣いたり、怒ったり、笑ったり。ひどい時には、遠い星の彼方で宇宙船ごと爆破されたり、ピストルで撃たれたり、恋人にふられたり、ドラゴンに追いかけられたり。ああ、忙しい。だから、小説書きというのは、やはり「しんどい仕事」なのだろう。(皆ようそんなもんなりたいと思ったりするな)

自分自身は「実作」というものをしないので、おかげさまで、いつもすっきり自由の身である。これほど身軽な立場もないので、どこまで言っても「一読者」。でも、生徒さんたちのためにも一番いい読者でいようと思ったりする。ほめるとこは褒めるし、たまに文句も言うかもしんないけど。

とにかく作品はいくらでも読むから、みんながんばって書いてね。そして、プロデビューできる人はすみやかにデビューするように。

09/20/2007

近所づきあいも大切に

9月19日(水)
朝から外出。午後から小説講座の事務所。

私がいるフロアには、数十団体の事務所がある。大阪NPOプラザには、いろんな団体が入居しているのだが、みんなボランティア団体かそれに近い団体である。だったら、みんな心優しい人ばかりがいる……のかと思うかもしれないが、やっぱり、そこは人間である。どんなところにも、感じのいい雰囲気の人と、あまり感じのよくない人がいる。うちだって、他の団体にどう思われているか知らない。「エンターテインメント文化」だの「地域文化の普及」みたいな活動内容は、どう見ても、お気楽そうに見えるらしい。いや、どう考えてもお気楽なのは確かである。

よく顔を合わす近くの団体さんたちにはお菓子などを配ったりして、けっこう楽しく仲よくやっているので、ほとんど毎日楽しくやっている職場なのだが、さすがに何団体もいるので、全く挨拶もしないような、つきあいのない団体もある。まあ、福祉だの何だのという他の団体に較べて、うちの場合、活動内容がどう見ても、せっぱつまってなさそうなので、それは事実だろうから仕方ない。

でもさ。人はパンのみに生きるにあらず。いや、信仰は関係ないけど。

中には、自分たちはいつも騒がしいのに、うちが生徒さんと話をしていると「うるさい」と注意してくる団体もある。今日も長時間、打合せスペースを占拠し、結局、5時近くまで使っていた。結局、うちは使えず。やれやれ。

ただ、どういうわけか、うちに注意してくるような団体さんはなぜか数ヶ月後にいなくなってしまうことが多い。さすがにこのオフィスに3年近くいるので、どうやらNPOというのは、さまざまな運営上の問題を抱えているところが多いらしいということはよく知っている。人材不足に資金難、方針の違い。ボランティアゆえに経済的に苦しく、それぞれの理想が違ってきたりして、離れていく人もいる。どの団体も必ずしも運営がうまくいっているわけではないようで、長く続いている団体であっても、よく見れば、人が辞めたりしていて、中身の入れ替わりも激しい。

そんなわけで、何らかの要因でイライラしている人には、うちの話し声とか電話の声がノンキな内容に聞こえて、とくにカンにさわるらしい。まあ、いくら冷たい目で見られても、確かにうちの作品って、ファンタジーとかミステリとか、「ばかばかしい」話ばっかりだもんなあ。
もちろん素敵な人も多いオフィスなので、私はこの環境をかなり気にいっているんだけどね。

共同オフィスというのは、「ご近所づきあい」という感じなので、顔を合わせればおしゃべりするし、転居していった団体があれば、「あそこの団体さん、いつの間にか出て行ったみたいですよね」と話をする程度である。それにくらべて、会社員というのは、そりが合わない上司ともやっていかねばならないので、その方がよほど大変だろうなあ、と想像したりする。おかげで、私は仕事ではほとんどストレスがたまらない。

ま、近所づきあいもホドホドに。

09/19/2007

歯をぬき、小説講座の事務作業

9月18日(火)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

午前中、歯医者で抜歯したので、半日ふらふら。親知らずなので、もう抜歯するしかないのはわかっていたし、ずっと虫歯になっていたいので、抜けばすっきりはするのだが(どうせ上の歯もないし)、やっぱ痛いものは痛いのだった。丁稚どんと一緒に、欠席者発送など。

本日、到着分の入学願書は1通。例年、秋の生徒募集は、年1回しか募集がない小説講座「エンターテインメントノベル講座」の方が多くて、文章教室「ライティング講座」の願書は少ないのだが、今年は早くも2通目。7人以下は不開講なので、まだ少ないのだが、うちの生徒募集は、なぜか毎年、締切をすぎてから過半数が入学するというくらいの遅さで、どうせ締切ぎりぎりまで人数が読めないので、締切2週間前でもこんなもんなのである。

どうも小説講座に入学する人というのは、すごく悩むものらしくて、
「もう何年も前から、ずっと入学しようかどうかと迷ってました」
という人がけっこういるのである。なんでずっと迷ってたか知らないけど(はたしてちゃんと通えるかどうかとか、学費がもったいないんじゃないか、とか色々あるんでしょう)、入学したらしたで、「こんなことならもっと早く入学しといたらよかった」とか(小説家志望って、あれこれ悩み多いよな……)

たしかに忙しい社会人が毎週通うのはそれなりに大変である。それでも入学する人というのは、やっぱりそこそこの決心で入学して来たわけで、だから、それなりに熱心な生徒さんが多いのだな。

そろそろ卒業、みんなそれなりにがんばって1年。

09/18/2007

小説とは関係のない休日(終日パソコン)

9月17日(月)
小説講座の事務所は、日曜、祝日、お休みです。

昨日、終日外出したので(国立国際美術館の『ロシア皇帝の至宝展』とか。お姫様ファンタジーを書きたいような人は見ておいたらいいかも。ホンモノのお宝いっぱい、玉座とかあったよん)、本日は自宅にて終日パソコン。家族は、南港へ魚釣りでおでかけ。

09/17/2007

作家志望の初心者にありがち

9月16日(日)
小説講座の事務所は、日曜、祝日、お休みです。

昨日、入学希望の方が3名、講義の見学に来ていたのだが、そのうち一人は何度か電話で相談をされていた人で、
「絶対、プロ作家になりたいので、小説講座には入学しようかどうしようか迷っている」
という人。うちは非営利団体というものあるし、もともと私自身があんまり「営業熱心」な方ではないので、ついつい
「別に小説講座に無理に入学しなくても、プロにはなれるでしょうし、1年間通うのが無理なら、他にも通信とか、学校はいくらでもあるので……」
と言ってしまう方なのだが、迷うくらいなら見学に来てみてから考えてみればいい、と一応、教室に誘ってみたのである。

わざわざ自分の作品を持参して持ってきてもらったので、せっかくだから授業中にチラチラと目を通してみる。なるほど文章的には問題はないのだが、いわゆる「ライトノベル志望」の初心者の人にとてもよくあるタイプの作品である。つまり、そう、そういう作品。

生徒作品を読むことが多い私にはわりと見慣れた作品。こういうのは小説講座に入学してすぐに持って来てもらったような作品、つまり入学以前に書いたような作品だとけっこう多い。聞けば、すでに長編を何本も書いているらしい。この調子ですでに何本も書いているのか。たしかに文章自体は書き慣れている感じがするんだが、うぬぬ。

でも、いきなり作品の話をするのは何なので、
「どうですか? さっきの講義はわかりましたか?」
と、話しかけたら(視点の話とか、初心者にはちょっと理解が難しいような話も一部出たので)、
「それよりも、ボクの作品、どうでしたか?」
と聞かれる。

しかし、どうやら入学希望者というわけでもないみたいだし、生徒さんならともかく、一般の人に正直に言うのもなんだしなあ。生徒さんなら、あとの面倒をみてあげられるから、ちゃんとした意見を言えるのだが、一般の人ってのは、その場かぎりだからなあ。まあ、どっちにしても、誰か信頼できる人に一度作品みてもらった方がいいんとちゃうかなあ。

てか、やっぱり、プロ作家志望なんだったら、小説講座に入学しなくてもいいから、市販の「小説の書き方」みたいな本を、せめて2〜3冊は読んだ方がいいと思うがなあ。

ちなみに、ライトノベル志望の人だけとは限らないけど、ライトノベル志望に多いパターン……なのは、小説というよりは、シナリオの手前みたいな作品、つまりアニメのあらすじとか、マンガ原作みたいなタイプの作品である。まあ、ライトノベルはマンガみたいな小説だったりするから、マンガみたいなストーリー、マンガみたいなキャラクターっていうのもアリなのだが、やっぱり小説は小説なので、絵がない。ある程度、最低限の文章力とか、いわゆる描写力はいるのだが、初心者でありがちなのが「あらすじ文体」という感じ。

ついでに言うと、こういうのは、それぞれのエピソードもバラバラに並んでいるような感じで、ちょっと読んだだけでは、話の筋そのものがよくわからない。ストーリーというのは、単なるエピソ−ドの羅列ではなく、それなりの流れをもつはずなのだが(実験小説とか、前衛とか、ややこしいのは別として)、たぶん本人は「起承転結」というものの意味をとりちがえている。

もひとつ言えば、たいていある設定(登場人物に特殊能力とか)があるのだが、そういう設定のわりにはそれにあった行動をしない。途中で作者が自分でつくった設定を忘れていたりするようだ。たいてい視点もブレている……というより、たぶん「視点の統一」とかいうことなんか一度も気にしたことがないか、知っててまったく無視しているかのどっちかである。

まあ、特殊能力キャラも、その能力も扱い慣れてないとかして、書くのがけっこう難しいようだ。(タイムトラベルとか、予知能力とか、透視能力などは要注意。このあたりの能力は矛盾した行動が多かったりする。できればそういう特殊能力は、なるべくなら限定した使用条件を付加しておいた方がいいかも)。

もちろん楽しければいいので、読者に「あれれ、変なの」っと気づかれなければどうでもいいんだけど。

しかし、そんなこんなの作家志望初心者さんたちも、入学して一年もたてば、ほぼ全員なぜかそれなりに小説のカタチになっていくものだから、ほんのちょっとしたコツ、みたいなものなんでしょうなあ。

09/16/2007

小説講座もいよいよ残りわずか

9月15日(土)
午後から小説講座の事務所。「第3期ライティング講座」、夕方からは「小説専攻科&10期」

ライティング講座は、発想練習をかねた教室実習(読解力アップ&帰納法的)、そろそろ参加者が少ないので、一つ一つの作品について細かく検討しやすい。もしかすると、文章力アップのコツは、人づきあいにちょっと似てるのかもしれない。細かい気づかい、丁寧な言葉づかい、暖かい愛情、そして、ほどほどの距離を保つことなどなど……そういうのがコツ、なのかもね。

夕方からは、専攻科&10期の合同講義。なぜかなんとなく妙な予感があったのだけど、田中哲弥先生が電車の遅れで、なかなか教室に来なくて、ハラハラしつつロビーをうろうろ。20分ほど遅れて授業開始。

作品は4編。田中先生には、いつも2〜3編しか頼まないので、4編はちょっと多い。一応、どれもユーモア的な作品(または「笑い」をねらった作品)なのだが、「お笑い系」は一見カンタンそうで、実はかなり難しい。小説を書かれたことがある人ならわかるだろうけど、それなりに文章テクニックがいるのよね。テンポというか、リズムというか。ムダなく構成されないといけないしなあ。

田中先生は、
「こういう考え方も一つあるということで、ボクの言う意見が絶対的なもんじゃありませんからね」
と、いつもかなり遠慮がちなのだが、文章の書き方とか、「笑い」に関する説明とか、わかりやすいので生徒さんにはたいへん好評。今回もわざわざ「田中先生にぜひ指導してもらいたい!」という生徒さんが2名いたし、飲み会でも
「今度は、私が『笑い』に挑戦して、田中先生にみてもらいたい!」
との声を10期生の某さんからも聞いた。はい。ええ、もう、しっかり聞きましたとも。

清潔感があって優しい感じの田中先生は、女性の生徒さんたちに人気あり(そういや、うちの講師はイイ男ぞろいとは言え、独身の先生は少ないのだなあ)。飲み会では、うちのクラスのきれいどころ(たぶん)がばっちり周囲に座っている。11時半頃まで、あいかわらずアニメとか映画とか、あれこれワイワイ話をして、深夜に帰宅。

09/15/2007

書くから書きたくなるのかも

9月14日(金)
朝から外出、午後から小説講座の事務所。

料理は、私のほとんど唯一の「趣味」みたいなもので、子供たちが小さい頃はスピード料理ばかりだったが、最近はけっこう時間をかけて作る。どんなに忙しいときでも、朝食と夕食はなるべく、ゆっくりと食べたい。とは言っても、3人の子持ちでは、朝食をゆっくり食べるのは至難の業。夜は、一汁三菜が基本だが、朝は難しい。それでも「トーストとコーヒーだけ」というのは避けたいので、たとえパン食でもサラダと卵料理くらいはつけるのである。どうせ息子の弁当も作るので、一緒に朝食の用意もする。忙しい時は別だけど。

今日の朝食は、サラダとスクランブルエッグ。サラダは、キャベツを切って、軽くレンジをかけてしんなりさせてから、きゅうりとニンジンの細切りを加えて、ドレッシングであえたものとトマト。卵は、牛乳を加えてと塩こしょうで、シンプルな味つけ。カンタンなメニューなので、調理時間も5分とかからない。大きめの皿に入れて、テーブルの真ん中に置いておく。家族の分を用意してもどうせ全員が食べるわけじゃない。とくに夫はあまり食べない。彼はトーストとコーヒーがあればいいのである。典型的な日本の朝の風景なのかもしれないが、父親とは新聞を読みながら朝食を食べるものらしい。新聞から目を離すことなく朝食を済ませるから、サラダがあっても目に入らないのかもしれない。子供たちも、寝坊した時はあまり食欲がないらしく、食べなかったりする。「そんなもの食べる時間があったら、5分でも寝ていたい」
朝の5分がそんな貴重なら、寝る前に調節したらいいんだけども。ま、気持ちはわかるけど。

「お布団」って、一度入ると「ああ、こんな気持ちいいものはない。いつまでもこうしていたい」なんて思うくせに、寝る前ってなぜかちょっとでも早く寝るってのがなんだかもったいない気がするのよね。

「朝からよくそんなに食べられるな」
と言われるのだけど、私は、もともとヒドイ低血圧だから、別に食欲があるわけではないのである。ところが、食べているうちに食欲が出てくるのである。ま、最初のうちはあんまりうまくない。

子供たちの様子を見ても思うが、どうやら食欲というのは食べたら出てくるものなので、食べない人が「欲しくない」ものらしい。たぶん欲しいから食べるのではないのである。つまり食べれば食べたくなるが、食べなければ食べたくないのだ。

しかし、考えてみれば、欲望というものはみなそんなもんである。性欲もしかり、金銭欲もしかり。女性なんかとくに、いつも新しい服が欲しい人というのがいるけど、たぶん「いつも服をよく買う」からまた「欲しくなる」んではないだろうか。カバンも一つ買うと、二つ欲しくなる。

そういや、文章も、書いているうちに書きたいものが見つかる……ものなのかもしれないな。


09/14/2007

子供のお絵描き、小説の描写ということ

9月13日(木)
午前中、小説講座の事務所。午後から外出。

家に帰ると、3人の子供たちがワイワイと「お絵かき」をしていた。「お絵かき遊び」というか、「絵かき競争」である。「TVチャンピオン」形式で、誰かが「お題」を出して、どれが「おもしろい」か、判定をしてもらう。私が帰るまで、夫が審査員役をさせられていたのだが、彼の判定は、子供たちにはあまり評判がよくないようだ。帰宅するなり、「ママ、判定して」と頼まれた。彼は美術教師なのだが、現代美術などが好みである。「色使いにポストモダンな香りがするから、コレがいい」とか言って選出するのだが、言っていることがよくわからないので信頼性がないと思われているらしい。どうやら面倒くさくて、子供らにわかるように説明する気がないらしい。彼は、「絵とはウマイヘタじゃなくて、ただ絵の具で楽しく遊ぶべき」……という主義の人なのである。

さて、中2の息子は、人間を書くのが苦手。男の子は、宇宙人だの、怪獣だの、メカだの、あまり現実的ではないものを描くのは好きだが、リアルな人間を描くのは好きではない子が多いようだ。一方、小4の双子の娘たちは、いつも「おしゃれなお姫様」ばかり描いているものだから、反対に自動車やメカなどを書くのは不得意である。

「うさぎ」のお題は、長女の勝ち。「かえる」は、次女の勝ち。「ジェットコースター」は息子のが面白かった。双子の娘は、真横からのアングルで描かれたものだが、息子のジェットコースターは真上から描いたもの。笑ってる人、叫ぶ人、泣いてる人、必死でつかまっている人、両手をあげて喜んでいる人。人間を描くのが苦手な長男は、どの顔もかるくマルを描いてチョンチョンだけなのだが、それでもなかなか面白い。ヘタな絵だが、それなりにジェットコースターも迫力満点である。なぜか最後尾にアンパンマンがつかまっているのが不思議だが。

そうやって、子供たちが描く絵をみてやりながら、いろいろと考える。「描写」というものは、描きたいものの「特徴」をいかに的確にとらえて、それをコンパクトに抽出し、さらにそれをわかりやすく人に伝わるようにする、というプロセスなんだろうな。で、
「それって、文章も同じなんだろうな」
と考えてしまう。(長年小説講座なんかに関わっているから、これは職業病)

なるほど「描写」というのは、もちろん「観察力」も大事だが、その中でどの特徴をとらえて、それをどう伝えるかの方が大事である。どんなものでも、いろんな描き方ができるのだから、その中で「自分がどういうふうに見えるか」ということがわかってないとそれが描けない。反対に、それさえわかっていれば、絵がそれなりにヘタでも伝わるものはある。他人が見てもわかるように描く、というのは、やはり自分がわかってないと描けないのだなあ。ただとにかく「うさぎ」を描いた絵でも、ただ漠然と描かれたウサギよりも、「モコモコ丸まって、かわいいウサギ」というのがわかる方が見てても楽しい。

絵でも文章でも、写真みたいに見たままを描くわけなじゃない。そのまま描くのではなくて、たぶん「こう見えた」というのを描くわけである。風景を描いたとしても、それはただの「場所」ではなくて、何かの意味がある。いろいろな感情も含んでいる。感情だけではなくて、気温やら、空気やら、雰囲気などを。
「うっそうとした森」は、木や草だけじゃなくて、湿気や暗い影、あるいは不吉な予感、未知のモノを含んでいるかもしれない。あるいは色が見えたりする。

たとえば、「木」は、葉の緑色の感じもするけど、幹の色かもしれない(枯れてる可能性もあるしな)。でも、同じような意味でも、「樹」だとやっぱり「緑色」な感じがする。

うまく描く、というのは、ただ美しいとか、見た目がいいとかじゃなくて、なんかが伝わるってことなんだろう。けど、それにしても、ちょっとした線で描いた絵とか、ほんのちょっとの言葉でも、何かが伝わるってのはやっぱり不思議なことだよなあ。

09/13/2007

虫歯ダイエット

9月12日(水)
朝から小説講座の事務所。少し残業。

あいかわらず事務作業。
歯が痛いので、あまり食欲がない。歯医者の予約は来週なんだが、それまで我慢できるかなあ。今朝、体重計に乗ったら、微妙に体重が減っていた。虫歯ダイエットである。でも、あんまり嬉しくないぞ。

09/12/2007

小説を書こう、お宝を探しに行こう

9月11日(火)
昼から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

今日もまた入学希望者からの問い合わせ、見学希望などへの電話対応。それからせっせと先週の欠席者発送。もちろん丁稚どんにも手伝ってもらう。

先週、1作品だけ配布し忘れたので、今日は小説講座の生徒全員に発送しなくちゃいけない。『ライティング講座』の欠席分もあり、あれこれ六十数通。それ以外にも、入学資料資料請求や講師への発送分などもあって、今日も山積みの発送物(メール便だから、電話したら引き取りに来てくれるからラク)

あいかわらず「ライティング講座」の実習課題を読んだりする。それにしても、初心者の作品は、どこが「うまくない」かを考えるのには絶好の教材だなあ。生徒さんのためというより、こちらにとってもすごく勉強になるから、いい機会である。もちろん今年のライティング講座の生徒さんは、かなり文章力があるので、あまり大きなミスはないのだけど、それでもほんの数文字、ちょっと手直ししただけで、ぐんとわかりやすくなるのよね。

まあ、文章ってのは、書けば書くほどうまくなるもので、とくに初心者のうちは、そこそこ指導を受ければ、ほとんどの人がそれなりには書けるようになる。ま、水泳とか、料理とか、自動車の運転と似てるよね。これまで十年、小説講座の担当をやってきたけど、やっぱ、誰でも練習さえすれば、それなりに書けるようになるものだというのはまず間違いなくホント。

しかも、在籍期間が長い「小説講座」だと、こんなに細かく指導しなくても、自由課題などを書いているうちに、なんとなく勝手にみな文章がうまくなる。とくに作品指導をしなくても、他人とか仲間に読んでもらうのだ、っていう緊張感があるだけで、自然にうまくなるのよね。人前に出る機会が増えた女性が自然にきれいになるのと同じ理屈。他人の目をちょっと意識しただけで、文章も見た目がよくなるってのは不思議だけど。

ただ、文章教室は、わずか半年間だけのカリキュラムなので、自然に書けるようになる、ってのが待てなかったりするんで、あと3回の講義でできるところまでアドバイスしなくちゃ。

しかし、こういう生徒作品を細かくみるたびに、「ああ、プロ作家の書く文章というのは、シロウトが書く文章とはやっぱ違うんだなあ」とつくづく思ってしまう。あれって、さらっと書いているように見えて、やっぱりかなりの注意を払って書いているわけなんだよね(細心というより、砕身の注意だったりして)

でも、個人的には「うまい文章」って、すでに完成しちゃってるから、あんまり勉強にはならないんだよねえ。

私だけかもしれないけど、あんまりウマイ文章って、そこから直接的に勉強することが難しい気がする。もちろん感覚的に「美しいリズム」を体で覚えられるってのはあるだろうけど、最終的には「見惚れる」しかないし。

そりゃ、ちゃんと学んでしっかりマネをしたら、それはそれなりの文章を書けるようになるにはなるんだろうけど、でもそれはそれなり、という感じかなあ。私は、コピーライターだった時、仕事で文体模写みたいなこともやったりしたけど、あれって、パロディとかギャグではできるけど、それはそれだけなんだよねえ。スタイルは真似れるけど、なんつーか、「魂」は無理だから。ファッションと同じで、スタイルだけ真似しても仕方ないのよね。いくらモデルの着ている服がカッコよく見えても、結局は、自分に似合ってるかどうかで。

スタイルだけ真似るってのは、一種の贋作みたいなもんだけど、贋作はやっぱ贋作で、一見それはうまく書けたように見えたりするから、自分自身では嬉しかったりするんだけど、残念ながら時間がたっちゃうと、ヘタなオリジナルよりも色あせて見えちゃったりしてね。

だから、私の場合、ウマイ文章ばかり読むよりは、あまりウマくない文章を読んでみる方が勉強にはなる気はする。
「どう直せば、わかりやすくなるかな」と考えることで、文章の流れとか、リズムとか、構造とかをちゃんと意識することになるから。
で、
「ああ、ここんとこは、こう書けばいいんじゃないかしら」とか
「この部分とこの部分の順番を入れ替えた方がわかりやすいんじゃないかしら」
と考えたりすることで、アレコレ勉強になる気がする。

「人のフリ見て、我がフリ直せ」? 
いや、そういうんじゃなくて、たぶん「意識」するってことかなあ。文章って、いくら何でも無意識で書いてる人なんていないと思うけど、言葉の使い方って、どうしてもクセとか慣習化してるんで、そこは無意識的に使うでしょう。だから、ほんのちょっと違う目で見てみるってのがいいんじゃないかと思うのよね。ちょっと違う目、それはたぶん主観じゃなくて、客観視するってことだから。

つまり、他人の書いた文章を見て、自分ならこう書くんだけどなあ、と、「客観的」に考えてみる。つまり他人の書き方を見て、自分の書き方を意識する。

プロ作家さんなどの講師から作品指導を受けて、そのアドバイスを一番有効に生かせたというのは、その生徒さんがその作品を改稿するだけじゃなくて、次の作品にもそれを生かせたりすることだったりする。いくら他人が作品を直しても、「なるほどその方がいいかもなあ」という実感がわからなきゃ、言われた通りに直すだけ。つまり「その作品だけ」になる。それはそれで効果はあるのだろうけど、実はあまり意味がない。

つまりお宝のありかを教えてもらうのではなく、その探し方を学ぶということ。

ああ、たぶん自分の文体をもつ、というのは、きっと自分なりのそういうルールをもって、他人を説得するってことなんだろうな。

もうすぐコース修了。毎週、いろんな先生からのアドバイスもあり。みんな次の作品を書く時に活かせたらいいんだけどね。


09/11/2007

できれば作家志望者を求む

9月10日(月)
朝から小説講座の事務所。コツコツ事務作業。

あいかわらず入学希望者からの電話対応など。問い合わせ電話に、他の学校をススメたりする。

小説講座といっても他にも色々あるし、やはり見学などをして、自分にあった講座を見つけたらよいと思う。うちは非営利団体だし、別に無理に入学を勧めることはまずない。だいたい自分に合ってない学校に入っても不幸だろうしね。私も向いてないなと思ったら、他校を勧めることもある。うちの小説講座は、「エンターテインメントノベル講座」というくらいだから、正直、純文学志望の人にはあまりオススメできない。なにせ娯楽小説、つまりミステリ、SF、ホラー、ファンタジー、時代小説とか、恋愛、官能、ライトノベルとか、そーゆーのが書きたい人向けである。

また、うちの講座の特徴は、二十人近いプロ作家さんが毎週、順番に講義をするスタイルなので、当然ながら「一人の講師に、しっかり手取り足取り指導してもらいたい」というような、弟子入り的なスタイルを希望する人にも向かない。プロ作家さんは、みんな商業出版の中で自分なりのノウハウを持っているから、講師によって、アレコレ言うことがかなり違う。あっちの作家さんはあーゆースタイル、こっちの作家さんはこーゆー方法でそれぞれ違う作品を書いている。だから、言うことがそれぞれ違うのである。

こういう講座だから、「先生の言うことを守っていれば、ちゃんとそれなりの作品が書けるようになる」……というよりは、最前線で活躍しているプロの話を聞き較べながら、「自分なりのスタイルを自分自身で模索する」みたいな感じである。
「こうすれば絶対にプロ作家になれる」というのは、実は教えてくれないないわけで、「こういうタイプの人なら、こういうやり方がもしかするとあってるかもしれませんよ」……くらいしか教えてくれないわけなのである。

しかし、どうすればいいか、というのは、コレという正解がないので仕方ない。だいたい何よりも「個性」が大事な「売り物」である商業出版の世界では、絶対的な正解なんてモノ、どのみちどこにもないのである。

もちろん人によって教え方が合うか合わないか、というのはあるかもしれない。だけど、「できればプロ作家になりたい」という人には「手取り足取り」というよりは、むしろこういうやりかたがいいんじゃないかと私は思っているが、やっぱり人によっては不親切だと思うみたいである。真面目な人ほど、「正解がない」というのは居心地が悪いものらしい。

ちなみに、こういうスタイルは、事務担当としては面倒である。講師が一人だけの方がよほど事務はラク。あちこちスケジュールの調整もしなくていいしね。

しかし、非営利団体だからとくに儲ける必要もないわけだから、面倒でも仕方ないと思っている。なんだかんだで、とりあえず十年ほど続けてるわけで、やっぱり今後もこういうスタイルでやっていくだろうし(開講さえできればね)

けど、なにせ「商業出版」をやっているようなプロ作家の講師ばかりである。だから、「ぜったいプロ作家になる!」という決意はないかもしれなくても、せめて「せっかくだから、できればプロになりたい」くらいの気持ちがあって欲しいんだよね。

つまり、
「純文学志望で、好きな作品を好きなように書けたら、とくにうまく書けなくてもいいし、他の人に読んでもらえなくてもいい、もちろん自費出版でもいい」
というようなタイプの人には、やっぱ、あまりオススメできないのは確かなのよね。

09/10/2007

小説とは関係のない休日(小説学校出身の作家)

9月9日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

日曜日は、たいてい朝から自宅の掃除をする。土曜日の講義のあとは、そのまま自宅に荷物を持って帰るわけだが、欠席者がいて配布物などがたくさんあるとけっこうジャマである。

中2の息子が『ライトノベル作家のつくりかた』を手にとって、しげしげと読んでいた。かなり面白いらしい。そういや、ライトノベル何冊か持ってたしなあ(ちなみに昨日、自宅の夕食はやっぱチンジャオロースーだったそうな)

『ライトノベル作家のつくりかた』には、専門学校で小説の書き方を学んでデビューした作家さんの話とかが掲載されていた。専門学校でもいくつかあるし、小説創作を学べる大学もある。関西だと「大阪芸術大学」とか「近畿大学」とか。そういう学校に入らなくても作家になる人はなる、なれない人はならないという考え方もあるけど、今はそういう学校を卒業してプロになっている人もけっこういることは確か。そりゃもちろんみんながプロになるわけではないんだけど。どのみち、どんなにいい学校でも、生徒さんが実際に書かなければ話にならないもんね。まずは作品をちゃんと書いてくるかどうかである。

うちの小説講座は、社会人向けの講座で、週1回、2時間の講義しかない。忙しい社会人ばかりなので、昼間たっぷり時間がある学生とはだいぶ違う。が、どうもウワサに聞くかぎりでは専門学校や大学に較べて、書いてくる割合はけっして低くないみたいである。うちの生徒さんは、家庭も仕事もあって、それでも作家になりたいという人ばかりだから、「ちょっと書いてみようかな」という大学生より、やっぱ、やりたい気持ちが強いのかもしれないなあ。

ま、勉強って、「やらなくちゃいけない」時はおもしろくないけど、やらなくてもいいのにやりたくて仕方ない時には「時間がない」ものなんだよねえ。そんなものかもしれない、人生って。

さて、そろそろ年度末(9月末)。1年間のコースを卒業しても、まだ短編くらいしか書けない人がほとんどだから、書き続ける人はたいてい専攻科に進学することが多いのだが、その専攻科のカリキュラムがまだまったく未決定である。ああ、あれこれ忙しいなあ。

父親につれられて、子供たちは美術館へ。おかげで私は、のんびり自宅で家事と仕事。

09/09/2007

官能小説を書く美女、人情話を書く中年男か、はたまたライトノベル志望か…

9月8日(土)
朝から外出。昼、文章教室(3期ライティング講座)、夕方から小説講座(10期&専攻科)。

ライティング講座もそろそろ修了が近づき、講義も残りわずか。教室実習の日なので、たっぷり3時間かけて実習作品についていろいろ。作品指導というより、「どうなればよくなるか、みんなで考えてみよう」という内容だけど、原稿用紙2枚の作品でも、細かくやれば1時間ずつかかる。それにしても残りあと3回しかない。卒業したら、自分自身で自分の作品をちゃんと見て、自分で推敲できるようにならないとダメだし。結局、実習時間も30分くらい延長する。せめて熱意だけでも。

夕方からは、天満橋へ移動して、小説講座「10期&専攻科」。今週も、入学希望の人が2名ほど見学に来ている。本日の講師は、青心社の社長で編集者の青木先生。講義の前に、今年『ヴィズ・ゼロ』でデビューした卒業生・福田和代さんの話。近日発売予定の『ライトノベル作家のつくりかた』(青心社)を献本していただく。けっこうボリュームのある本で、先週、講師に来ていただいた榊一郎先生をはじめ、五代ゆう先生のインタビューもあり。ライトノベル作家のアンケートがたくさん載っており、とくにライトノベル志望の人は必読。

指導作品は、4編。恋愛(官能?)小説やサスペンスなど、内容はかなりいろいろ。ベッドシーンたっぷりの作品を書いた生徒さんは10期生の女性。ものすごく忙しい仕事の合間にぬって、小説講座に通ってくる細身の美女である。官能小説を書いてくる生徒さんはそれほど多くはないのだが、今までは全員、男性の生徒さんで(いや、BLは別だってば)、女性が書くのはめずらしい。文章力はまだまだみたいだけど、書きたいものをはっきり持っている人は、上達が早いので前途有望である。

講義後、いつものように飲み会に。青木先生を囲んで、出版とか映画とか、官能小説があったせいか、めずらしく色気のある話だの、遅くまでアレコレ話をしていると、美女の隣に座っていた専攻科の生徒さん(ハードボイルドっぽいサスペンスを書く)が、
「いやあ、あの作品を読んで、タダ者ではないなと思ってたんですが、やっぱ、たいした人ですね、コノ人」
と、ケラケラ笑いながら言う。

どうしたのかと聞けば、
「だって、さっきまで、くどいてたんですよ。もうおかしくって」
てっきり美女がくどかれていたのか、と思ったら、どうもそうではなくて、彼女の方がくどいていたらしい。それだけでもちょっと驚きだったのだが、もっと驚いたのがその相手。専攻科の50代後半の男性である。いつも早めに帰宅するので、今日も先に帰宅したのだが、これにはちょっとびっくり。

うちの小説講座は、20代から60代まで色々な年代の人がいるが、やはり50代ってのは少ない。SFファンとかミステリファンとか、いわゆる趣味が近い人が多いので、あまり年齢差は意識しないし、一緒に合宿とか行ったりして、みんな仲よくやっているみたいなので、あまり年齢は意識しないと思うが、やっぱり50代は少数派。この男性も、とても面倒見もいい人なので、若い人とも仲よくやってるのだが、いや、まさか。よりによってあの人?

ああ、そういや、なんか帰りしな、いつもよりソワソワした感じではあったかなあ。

いい人だとは思うが、でも、こういっちゃなんだが、年相応しょっちゅうオヤジギャグも言うし、いかにも「おっさん」的な外見で、それにほら頭の毛も少々アレだし……。
「あらぁ、そこが好みなんですよ」
と、にっこり笑う美女。
「髪の毛がなきゃ誰でもいいというわけではないけど」
「つまり、さだまさしじゃなくて、花村萬月という好みなのよねー」
「そうそう」
そ、そうなのか!?
ああ、たしかにたいした人である。

ただどういうわけか、うちの小説講座は、いろんな生徒さんがいるわりには、全然、色っぽい話がないのである。なぜだか十年間やってて、一度もカップルができたという話も聞かない。実際、30代〜40代の生徒さんは既婚者も多いけど、でもかなり独身者もいるはずなのに、なぜかそういう雰囲気はないのである。毎週飲んでても、色気のある話は滅多に出ないし(なくもないけど、どっちかというとアニメとか映画とかバカ話が多いからなあ)

そんな「浮いた話」がほとんどない小説講座に、もしかしてようやく咲いた恋の花(!?)

でも、そのあと、別の三十前後の男性(ライトノベル志望)にも、
「あら、あなたも、あと十年くらいしたらアタシの好み。前途有望みたい」
と言ったりする美女。

私は思わず、彼の頭を見た。いわれてみれば、微妙に不安……かもしれない……。

「やめてくださいよ。 『作家』として……ならともかく、そんな『前途有望』なんて言われたくないですよ」
ははは。まあ、たしかに。

ちなみに美女は、来年度も専攻科に進学希望だそうである。前途有望。

09/08/2007

毎週土曜日は中華料理で

9月7日(金)
朝から小説講座の事務所。昼、外出。午後から夕方まで、また事務作業。

私は、どんなに疲れていても、忙しくても、朝食、夕食はきちんと食べる主義である。子供たちにも、「たとえ学校に遅刻しても、朝メシはちゃんと食え!」と言ったりする。とはいえ、私自身は仕事柄、昼食は外食することも多いし(ちなみに今日の昼食は大起水産)、もちろん小説講座のある土曜も毎週外食になっている。だが、それでもできるだけ手作りで、できるだけ家族でご飯を食べたいと思っている。家族とは、ひとつ屋根の下に暮らしているだけじゃなくて、どれだけ一緒にメシを食ったか、という関係ではないかと思ったりもする。
(とは言え、忙しい夫が、平日の夕食時に子供たちと食卓を囲めるのはまれだけども)

そう考えてはいるのだが、やはり忙しいと、さすがに毎日、手間ひまかけて料理を作るわけにはいかない。冷凍モノやインスタントなどはぜったい食べたくない、なるべく新鮮な食材を使いたい、が、なにせあらゆるスピード料理の秘技を使っても、毎日毎日、5人家族分のメシを作るのはかなり大変である。毎日、夕食を食べるのは7時から7時半の間だが、たまに遅くなって、8時過ぎになることもある。

そこで最近、頼りにしているのが、中2の息子である。さすがにあまりややこしい料理は作りたがらないのだが、カレーや野菜炒め、みそ汁、サラダくらいなら作る。どうやらたいていのものはレシピさえあれば作れるらしい。彼は中2になってから、部活をやめてしまったので、コレ幸い「あんたは『自宅料理部』だ!」と勝手に任命したので(もちろん部長は私)
「ごめん、今日ちょっと仕事で遅くなりそうだから、適当に晩ご飯つくっといて! 予算は千五百円!」
と電話で頼み込む。今週は多くて、すでに3回目。中学はまだ短縮授業なので、ヒマな時間もあるらしいから、機嫌良く引き受けてくれるのである。彼も、うるさく「勉強しなさい」と言われるより、よほどいいらしい。まあ、どっちみち家で勉強など一度もしたことがない少年なので、その方がいいならそれでいいのである。

ただし、ひとつ困ることがある。彼にメニューを「おまかせ」にすると、「ダイエットの敵」みたいな献立になりがちなのである。そりゃ、中学生の男の子が食べたいメニューって、そういうもんなんだろうけど。でも、けっこうコテコテ系だったりするのである。今日の夕食なんか、チャーシューたっぷりのこってりラーメンだった。

私は、家ではラーメンというものをまずほとんど作らない。だから彼にとっては「ごちそう」なのである。しかし、本人は食べたかったのかもしれないが、私は、夕食がラーメンというのは、なんだかなあ。それなりにうまいけど、やっぱ、夕食ってのは、一汁二菜か、一汁三菜が。
私くらいの歳になると、焼き魚、冷や奴、枝豆、あえもの、みそ汁……なんてのが一番いいのだが、彼とは好みが違う。とにかく、ごはんとおかずがあった方がいいんだけど、と言ってみる。

「ふーん。それじゃ、明日は、チンジャオロースーとか作ろうかなあ」
ああ、中華料理ね。

明日は土曜日だから、私は彼の作った夕食は食べられない。毎週土曜は、小説講座の講義が終わってから飲み会。毎週、中華屋に行ってる私。そういや、私、家ではあまり中華料理を作らないのだった。毎週、外で食ってしまうので、どうしても家で作ろうという気にならないのだ。

しかし、家族に食べさせたいとは思ってたんだけど、やっぱ、私も自分の食べたいものを作ってたんだよね。

09/07/2007

夏の終わりの夏バテ

9月6日(木)
午前中、小説講座の事務所。午後から、外出。

生徒作品を読むのに、集中力が続かない。ちょっと夏バテかも。ようやく暑さもピークを越えた感じではあるけど、今年は夏が長いねえ。9月って、体調をくずしやすいんだよね。みなさまもご注意ください。

09/06/2007

小説講座の事務は、個性的な仕事なのかもしれない

9月5日(水)
朝から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

あいかわらず、コツコツ事務作業。生徒さんの作品チェックとか、メール対応とか。先週から秋の生徒募集がはじまったのだが、まだ資料請求は少ない。今年はだいぶ生徒数が少なそう。専攻科も新規は少ないだろうしな。郵便ポストにも、来てるのは小説コンテストの応募作だけ。こっちは例年通りかな。あとは請求書。9月末が決算なので、そろそろ年度末。

うちは社会人向けの小説講座で、授業も週1回しかない。だけど、雑用はそれなりにある。今は、作品の印刷が一段落したから、ちょっとましだけど。ま、文章教室の生徒作品のチェックも、やりだしたらきりがないしな。小説講座はプロ作家に指導してもらえるので、とくに私がやることはないのだが、どの先生に指導してもらうかは、生徒作品を読んでから決めるから、作品だけは読まないといけないし。

全部、ジャンルで決めれたら一番ラクなのだけど(本格ミステリなら本格ミステリの作家さんに頼むとか。まあ、ミステリくらいはジャンルで決めることが多いが)、生徒作品はそう簡単にいかないところがあるので、結局、読んでみてから依頼する講師を決めている。なぜって、第一に生徒さんの作品は、それほど狙いがはっきりしてないことが多いし(作者自身もわかってないかも)、それに作品指導は、作品というよりは、講師と生徒さんの相性の問題も影響するからである。講師は全員プロ作家だから、もちろんアタリハズレはないんだけど、しいていえば、生徒さんの受け取り側の問題かな。とにかく作品指導は微妙である。専攻科の生徒さんなら作品指導ばっかりやっているので、すぐに指導慣れしてしまうのだが、本科の修了課題はそれなりに微妙だ。生徒さんによっては細かい言い方を気にするタイプもいるし、傷つきやすくて、できるだけホメてもらいたい人とか、反対にキビシク言われたい人とか。同じようなコメントをもらっても、たとえば年下のプロ作家にいわれると微妙に傷ついちゃったりする人もいたりするので。とくに「自分の作品指導日しか来ない」人は、気にしないように見えてもかなり傷つきやすい。他の生徒作品や指導内容を知らないから(あるいは無関心)、自分の作品指導も客観的に考えられないみたい。プロ作家にみてもらうってことは、それだけ緊張しちゃうってことでしょうけど。

ま、うちの小説講座は、講師の先生も十数人いて、それが全員プロで個性的なうえに、生徒さんもかなり個性的なんで、組み合わせはよく吟味するにこしたことはない。とにかくちゃんと私が読んでから、指導講師を選んだ方が講師も安心だろうし……ちなみに、どれくらいうちの生徒さんたちが個性的かというと、これがよほど小説のネタになりそうな話がいっぱいあるのだが、私はなるべく生徒さんのプライベートな話をここでは書かないようにしているので、知りたければ、直接、教室で本人に聞くしかない。うちの生徒さんたちは職業も色々、年齢もバラバラだから、その気になればけっこう面白いネタが聞けるのである。

さて、明日は終日、事務所に入れない予定なので、ちょっと遅くまであれこれ作業。久しぶりに、「GIS総合研究所」の人に会って挨拶する。向かいのブースなので、お互い席にいれば必ず顔をあわせるのだが、そういや最近はあまり会うことが少ない。地図情報の何やらかんやらをやっている団体さんである(実はわかってない私)
「しばらく来てないので、ファックスと郵便物だけ、何か来てないかと見に来たんですけどね」
この団体さんは、席に座っている時が何もないダメな時で、出歩いているときの方が順調な時らしいので、なかなか席に来れないほど忙しいってのはたぶんイイ時なんだろう。

このフロアには20団体くらい入居してるはずなのだが、毎日出勤しているとは限らない。実際、昨日の火曜にフロアにいたのは、ほとんどずっと、私とうちのスタッフの丁稚どんだけ。どうも最近は、月、水、金は、出勤率が高いのだが、火曜、木曜は人が少ないらしい。以前は、開館から閉館まで、ずっと席に誰かいるほどにぎやかな団体もいくつかいたのだが、ここ数ヶ月でかなり入れ替わった。ボランティア団体は、けっこう移り変わりが激しいもののようだ。もちろん代わりに入居される団体もいる。今日も見学者らしい人が来ていた。

あ。今、気がついたのだが、これってけっこう特殊な職場なのかな。すべての人間がオンリーワンだと同じで、どんな職場も個性的だとは思うんだけど。でも、個性的な生徒さんたちの職場の面白い話には負けると思うけどね。

09/05/2007

小説を書くための文章力と想像力

9月4日(火)
朝から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

あいかわらずコツコツ事務作業。ライティング講座の修了課題をざっと読む。初心者コースの作品にしてはそこそこ出来はいい。生まれて初めて書いた小説、という人も多いのだが、それなりにまとまっている。しかし、教室実習でやりがちなミスは、修了課題でもやっぱり同じことをやっちゃうのだな。これって、個人の書きグセのようなものなんかなあ。

提出された作品をみてるだけだとあまりわからんのだけど、教室実習をやってもらうと、その人の弱点みたいなところがかなり明確になることがある。いや、小説なんてのも創作なんだから、得意をちゃんと生かせば、不得意はかすむからさほど気にならないものだろうし、どこに弱点があろうがなかろうが、実はあんまり問題ではないのだが、「なぜだかうまくいかない」と苦労している人になら、この教室実習が原因究明にはちょっと役立つことがある。どのみちどの「短所」もひっくり返したら「長所」、それも個性だったりするわけだが、うまくひっくり返すというか、それなり生かすためにはどうも「自覚」がいるらしい。

それにしても、人物を描く、キャラクターを動かすというのはやっぱ難しいようだ。簡単なシーンを書いてもらうだけでも、ほとんどの人がうまくいかない。なにせ生徒さんはシロウトだから仕方ないが、原稿用紙2枚でも最後までもたない。9割ぐらいの人が無理である。小説ってのは「まるきりウソ」なのだが、これを「文章だけでホンモノらしく見せる」というのはかなり難しいようだ。数行読んだだけで「あれ?」と思う。どうやら文章力のうまいヘタとはまた別の問題ではないかと思う。

生徒作品だと小説の視点がブレるなんてのはめずらしくもなんともないので、そういう文章力とか表現力の問題は気にならないのだが、「そういう人物だとしたら、そういう行動はしないんじゃないか」という気持ち悪さ(?)はかなり気になったりする。もちろん小説講座の作品だと、日頃いちいちそこまで気にしてられないのだが(たぶんホントはもっと気にするべきなのだろうけど)

生徒作品を読んでいると、
「ああ、ここの表現がヘンだ。あ、ここも読んでいてわかりにくい。あ、ここらへんは読んでいてちょっと気持ち悪い」
ということはしばしばある。しばしば、どころか、作品によっては、1行ごとにある。しかし、これは仕方ない。なにせこれらはプロの作品じゃなくて、生徒作品なので。実際、そういうのところがまったくない作品の方が絶対的に少ない(まったくないくらいの人ならとっくにデビューしてるハズだし)

でも、こういう「文法上、あるいは小説の表現上、あまり適切ではない表現」というのは、論理的に説明がつく。で、こういうのは本人もいくらか注意されて、たくさん書いているうちに自分でもチェックできるようになるのだが、
「自分が書いている人物(キャラクター)の心理、行動をちゃんと把握する」
「そのシーンを理解する」(どこに何があるかとか)
というのは、なぜか自分ができていないことに気がつかない人が多いみたいである。これって、「そもそもちゃんと人物(またはイメージ)ができてない」んじゃないかと思うのだが、どうなんかな。これって、文章力とか、表現力とかが不足しているということじゃないんじゃないと思う。もしかして文章力の前に、ちゃんと「考えられてない」ってことじゃないのかな。

しかし、文章力なんかだと本人に自覚があるものらしいのだが、イメージができてない、ってのは本人が気づかないみたいである。(いや、読者にバレなきゃ別にいいけど)。

それにしても、想像力も鍛えるものだと思うのだが、「人物を描く」というのは、やっぱ、観察力というのもいるのかな。

ってことは、観察力なら、「視力」がいるのかな。風景とか、人間の行動とか。あれって、やっぱ、「見える」んじゃなくて、「見る」もんなんだろうしな。ってなると、やっぱ、「もっとよく考えろよ」ということなのだろうけどね。

生徒さん、とくに初心者の人は、頭の中に思いついたストーリーを追うのに忙しく、書くのに精一杯で、時には「読む人」がいることさえ忘れる。もちろん考えてないわけじゃないが、まだ「初心者マーク」なのである。運転慣れしてない人と同じで、走らせるのに精一杯で、まわりの風景を見る余裕なんかない。でも、これは走りながら慣れるしかないから、慣れるまで仕方ないのだけど(だから走るのはやめなくてもいいんだよー)、でも、なるべくちゃんと最低限の前方確認はしよう。だって、あんまりすっとばしてると最後までいけずにコケちゃうかもしんないから(強引に行くのもアリだけど、そこまでのチカラ技ができる人はまずいないしな)

ドライブを楽しむのも大変、助手席もね。

09/04/2007

小説とは関係のある休日出勤(プロ作家になれるかどうか悩む前に)

9月3日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

……と言いつつ、今日も出勤してます(最近なしくずしに公休日じゃなくなりつつあるな)

秋の生徒募集中。ファックスで「エンターテインメントノベル講座」への入学願書が一通届く。秋のコースは、先週、受付け開始したばかりなのだが、これが初めての願書。10年目の11期生、第一号。わーい、おめでとうパチパチ。

電話やメールの問い合わせは、ボツボツ。いつもながら、入学希望者というよりは、なんだか「人生相談か?」みたいな問い合わせも。「私って、作家になれるでしょうか」……って。うーん、正直、知らんよーそれは。

そりゃあ作品を見れれば、そのレベルから判断して、近いうちにデビューできるかもしれないくらいのレベルか、作家になるのにちょっと時間がかかりそう……なレベルか、くらいの判断は私でもなんとなくつきそうだが、まったく知らない人から、そういう電話の問い合わせだけで、判断がつくわけねーぞ。

ま、うちの事務所は、一応、非営利団体なのだし、別に「入学希望」じゃなくても創作相談くらいはいくらでもやるのだが、やっぱ「人生相談」はやれないのだよん。しかし、とりあえず、なれるかなれないか悩む前に一度、作品を書いてみればいいんじゃないかなあ。書くだけなら、ほとんど何もリスクかからんし。別に小説講座に通わなくても、書くだけならいつでも一人でやれまっせ。

でも、小説を書こうというのは、どういう理由であってもイイコトである。「1、ほとんど金がかからない」「2、とりあえず書けば、多少、文章力がつく」「3、書くことで自分の考えとか気持ちの整理ができる」「4、人物を描いたりすることで、他人の考え方などを理解する」「5、空想力、発想力などが鍛えられる」「6、ヒマがつぶれる」……

つまり何が言いたいかというと、まず小説を書こうというのに何も言い訳は必要ないし、それが趣味だと言っても、とくに恥じることはないのである。小説を書く人はすべてプロをめざさなくてはいけない、ってことはない。まあ、書くからには多くの人に読んでもらいたい、というのが自然だろうから、プロをめざしたくなるのは当然だし、めざしたらダメということは全然ないわけだけど、でもやっぱ、仕事にするか仕事にしないかは、単に「書くのが好き!」ってのとちょっとばかり別次元だしなあ。「歌うのは好きだが、歌手をめざさない」のはアリだろうし、だったらたぶん小説だってアリだろうし。それは。

そりゃ、うちの小説講座は、一応、プロ作家養成というコースだし、実際、うちの生徒さんには「プロになりましょう」とは言うけど、それはそれで別である。だって、小説講座に通うには学費もかかるんだし、それくらいのやる気がある人ばかりだから、これはこれでいいのである(それでも実際にはそれも色々だが。なにせ社会人が多いから、そんなにはデビューするケースは多くない。ヒマだってないから、けっこう時間もかかるし。でも、ボチボチしか書けなくても、けっこう面白い作品を書く人はいっぱいいるし、気長に書いてる人もいるよん)

書いてみてもっと書いてみたかったら、次を書けばいいし、それがイヤならやめればいいし。なかなか書けない、どうしてもうまく書けない、とか悩むのも、それは何か書いた人の話だろうし。もちろん小説講座に入学するかどうか、なんてのも、そのあとで考えればいいわけだし。だいたいなにも小説講座に入らないとプロになれないわけでもないし、もちろん入学すればなれるという保証もないんだしねえ。

ま、何が言いたいかというと、つまり、
「プロになれるかどうか、悩むヒマがあったら、作品を書いてみたらどうか」
ということなのだった。

しかし、みんな、なんでこんなあたりまえみたいなことで悩めるんかなあ。不思議。

09/03/2007

小説とは関係のない休日(ホームセンターで苦悩)

9月2日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

なんだかんだ家事。図書館。あとはホームセンターで2時間あれこれ考え込む。カンタンなことなら私でもできるのだが、家のことだから夫に相談しないとなあ。今のアパートに住むのは数ヶ月なので、我慢するという手もあるけど。

うちの夫は高校の美術教師で、本来の専門は「洋画」らしいのだが、「美術」だけでなく、「工芸」も教えていて、木工も陶芸もやる(今行っているのが総合学科なので、美術系の科目でも色々あるそうで、グラフィックデザインとかCGとかも教えているらしい。最近はどっちかというと、そっちの方が人気があるみたいだが)

だからというわけでもないが、それなりに器用な男なので、家のカンタンな修理なら自分でやるタイプである。以前の家は借家だが、かなり古い家だったので、いくらでも手を入れてもよかった。そこで、壁紙を張りかえたり、床や天井を塗りかえたり、水道の蛇口を変えたり、しっくい壁にしたり、じゃまな壁はぶちぬいたり、やりたい放題であった。

で、今度、新しく建てる家は、ほとんど夫が計画している。私にはピンとこないのだが、トイレの床などはそもそも「ない」らしい。彼は床に「合板」を使うというのが嫌いなのだそうだが、施工先のカタログにいいのがなく、結局、自分で板を貼るつもりなのだそうだ。和室の壁もないらしい。もちろん自分で塗るつもりなのである。どうやら玄関も、庭も、何もないらしい。そこらへんも「戸主施工」なのだそうだ。ハウスメーカーだとそういうわけにはいかんかもしれないが、近所の工務店なので経費カットにもなっていいいのだそうだ。それはいいが、なんつか、ちょっと不安。

かなりせまい家なのだが、先日、工事現場を見たら、すでに骨組みができていた。つくづく妙な家である。間取りが充分にヘンなのに、さらに内装も個性的、となるのかあ。あちこち自分でやるつもりなのだろうが、そうなるとホントいつ完成するかわからないな。彼は、教師の仕事も忙しいうえに、ダンサーやら振付家みたいなこともやっているので、けっこう忙しい。そんなに自由な時間がないハズなのである。

それなのに、
「ああ、骨組みだけ作ってもらえば、ホントは全部自分で作ってみたいんだけどな。時間さえもっとあれば、もっと自分でやるのに」
などという。いーや、ホント、そんなに時間がなくて、本当によかったぞ。

私自身は、家なんか食って寝れればホントどうでもいいというタイプで、むしろ理想の家というのは、宇宙船か帆船の船室みたいな、狭くて合理的なスペースではないかと思っているくらいである。実際、自分自身でさえこだわりのなさにちょっと呆れているほどなのだが、でも、やっぱ、床材の材質にこだわるエネルギーはないぞ。

ところで、考えてみれば私の父親も、こういうタイプの男である。父がそうだったので、私の弟ももちろんこういうタイプである。ただし、弟は電気工作系。そういや、先日、遊びに行った弟のマンションには、妙な装置がいっぱいあったな。さすがに彼も一児の父となったので、そんなにヘンなものはないが、テレビのスピーカーを切り替えられるリモコンとか、手製の防犯ブザーとか(それにしても、もう少し外観にこだわってもいいと思うのだが、いつも百円圴一のプラスチックケースに配線)

娘というのは、つい父親に似たタイプを選ぶ……のかどうかわからないが、この点だけでは、身内に近いものがあるので、あまり文句が言えないのだった。そういや、うちの子供たちもBOSCHの電動工具片手に遊んでるしなあ(確かにIXO2は可愛くておもちゃみたいだが)。ま、これは遺伝というより、環境か。

ま、床板くらいは別にどうでもいい。外壁の色だってどうでもいい。私は、今のアパートのキッチンの使い勝手の方がよほど大事。やっぱ、私の方が現実的。

09/02/2007

めざせライトノベル系商業作家デビュー

9月1日(土)
朝から小説講座の事務所。昼から「ライティング講座」、夜は小説講座「10期&専攻科」合同クラス。

「第3期ライティング講座」は修了課題の締切日。しかし、本日、提出された作品は、6本とかなり少なめ。わざわざ「今日欠席して、自宅で書きます」とメールしてきた生徒さんもいるんだけど、あとの欠席者はどうかなあ。出席者のうち数名も「あとで郵送します」という人。今日は持参して来なかったらしい。さてさて。

「ライティング講座」の修了課題は、エッセイやドキュメンタリーなど、ジャンルを選んで提出するのだが、今年はどうやら全員、小説作品らしい。半年間の短いコースなので、もともとカリキュラム途中で脱落する人は少ないのだが、それでもやっぱり1〜2名くらいは後半には講義に来なくなる。今年は、かなり遠方から通ってきていた生徒さんが夏休み前から来なくなっている。せっかくの機会だから、全員提出できたらいいんだが、やっぱ無理かな。

夕方からは「エンターテインメントノベル講座」。本日の講師は、榊一郎先生。予定していた講師が急に出講できなくなったので、二日前に決まったばかりのピンチヒッター。めちゃくちゃ忙しい人気作家なのに、ちょうど運良くスケジュールをついたようで、本当にラッキーである。探してくれた講師にも大感謝。榊先生は、ライトノベル系、アニメでも有名。生徒さんたちもすごく楽しみ。

急な連絡だったが、出席率はいつもよりはやや多め。榊先生の講義ははじめてだけど、とてもパワフルで切れ味も鋭く、笑いもはさみながらの話はたいへん聞きやすく、生徒さんたちも大喜び。商業出版ならではのキツーイ話もあるけど、やっぱ、最前線でバリバリ活躍されている作家さんの話は面白いのであった。シビアな情報も色々聞くが、どこかしら愛を感じる熱い講義。「やる気が出た。絶対デビューする!」と、うちの生徒さんには大好評。さらに先生は、講義後の飲み会にも遅くまでつきあっていただき、生徒さんからの質問にも丁寧に応えてくれる。もちろん専攻科のライトノベル志望者(とくに今日は「ライトノベル男子チーム」)がはりきって質問攻めにしていた。感謝。

その後、先生が先に帰られたあとも、深夜11時半までなぜかガンダム話などであれこれ盛り上がるライトノベル志望チーム(これでも20代〜40代。これでこの人ら作家デビューしなきゃあまりにただのヲタ集団)

あまりの「濃さ」にたまたま席の中心に座っていた児童小説志望の生徒さんがつい取り残されていた。けど、こんな風景どっかで見たことあるな〜、と思ったり。そう、あれは確かちょうど2年前、山本弘先生と芦辺拓先生の対談の日。飲み会のまったく同じ席で、「山本弘先生&小森健太朗先生&五代ゆう先生」の濃いすぎるトライアングルの中央に座って、「ガンダム話」に取り残されていた芦辺先生とすっかり同じ状況(この先生は別方面で濃く、ガンダムはテリトリー外)。お気の毒に。いや、オタクにもいろいろありまして、別にガンダムも必ずしも必修科目じゃないとは思うけど、まあ、やはり発生率が高いのは無理もないことで。いずれにしてもエンターテインメント系のプロ作家をホンキでめざそうなどという集団には、やっぱ、そういうヤツラが多いのも仕方ないのだということなんで。いや、どうかご了承くださいまし。

深夜帰宅。ケータイ大喜利、ディス妻、見て寝る。今日も、朝6時起きで、夜3時就寝。これって毎週やってるわけだが、やっぱ土曜日って長いなあ。

09/01/2007

夏休み最後の日、やっぱバタバタ

8月31日(金)
朝から外出。午後から小説講座の事務所。

明日の講義は、講師変更。紹介してもらった新しい講師に電話連絡。ピンチヒッターを引き受けてくれた講師がいると休講しなくて済むし、人気作家さんに新しく話が聞けるとなれば、代講でも生徒さんたちは大喜びだろう。担当者としても、とても有り難い。ホントほっとした。

生徒さんたちに講義変更を連絡。メールアドレスがわかっている人はいいのだが、あとは電話。つながらなければ留守電。ちょっと面倒だが、7割ぐらいはメールなので、電話はそれほど多くない。それでも数十人いる生徒さんに連絡するのに、3時間以上かかる。うちの小説講座は、もともと講義変更というのはあまりないし、今回みたいな2日前の講義変更というのは、年に1度あるかないかである。(いや、数年ぶり)

メールアドレスもわからず、ケータイ、自宅とも留守電もなく、どうしても連絡つかないのが1名いる。もしもこれが、「放送作家志望」か「ライター志望」の生徒さんならば、この時点である意味「プロ志望失格」なのだが(放送作家やらライターはいつでも連絡がとれることが仕事で有利だから)、作家志望なので、こーゆーのも珍しくない。ま、明日は臨時休講ではなく、代理講師アリなので、もしも知らずに教室に来たとしても無駄足にはならないから、許してもらえるかな。

あちこち電話などでピンチヒッターの講師名を告げると、
「ラッキー! デビュー作もってるんで、サインもらおうっと」とか
「おおお、それは楽しみ!」という生徒さんも。
とくに専攻科は、大歓迎の人多し。ライトノベル系の作家さんなんで、即座に答えられるのはもちろんライトノベル系の志望者だけだけど。

うちの小説講座は、「エンターテインメントノベル講座」という名称なので、ライトノベル系ばっかりだと思われることもあるのだが、実際には「いわゆるライトノベル系志望」は、そんなには多くない。でも、ライトノベルは、ミステリ、SF、ファンタジー、ホラーといったジャンルとカブってたりするので、そう考えると今は最大派閥なのかもしれない。全体の2割くらいはいるのかも。一応、娯楽小説での商業デビューをめざしてるハズなのだが、みんな方法はかなりバラバラだしな。ちょっと前までミステリが最大派閥で、その前はホラー、SF。最近は、時代小説も多いし、中には「めざしてるのは純文学系」という人もいるみたいだけど。

なんだかんだで結局、終日、電話連絡でつぶれる。

息子も夫も帰宅が遅いらしく、彼らは夕食がいらないので、夕食は、私と双子の娘たちだけ。夏風邪をひいたらしい娘たちにあわせて、うどんをつくってクーラーの下で食べる。冷房も体によくないのだろうが、なにせ大阪の暑さは全国一。食後、デスノートを見ている子供たちの横で、本を読む。夏休み最後の日。今年も、ま、いい夏休みだったということで。

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