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06/30/2007

ケータイ小説に挑戦する人がいるかな

6月29日(金)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

お手伝いスタッフの人に、10期の作品印刷をしてもらう。今年は、修了課題の提出率が少なめなのだが、生徒数が少なめでやや活気に欠けるので、7月から、かなりの講義が専攻科との合同講義にする予定である。だから、印刷部数はかなり多くなってしまう。

例の「ケータイ小説」の作家依頼の話。
その会社の人が説明のためにわざわざ教室まで来てくれるらしい。どうせなら出席者数が多い日がいいと言われたのだが、6〜7月はそれほど出席率はよくない。専攻科は、修了間際の9月になると、けっこう出席率がいいんだけどね。結局、7月7日の講義終了後に担当の方から、簡単な説明をしてもらうことに。ケータイ小説は、小説とはかなり形式が違うけど、字数も少ないし、読んでくれる層も違うから、ちょっと面白いかも。ギャラも入るしね。

ただ、今の時期、専攻科の作品締切の直前だから、どれくらいの生徒さんが興味をもつかはわかんないけどなあ。

06/29/2007

家族そろって、夕食を食べられない日もある

6月28日(木)
終日、外出。小説講座の事務所には入れず。

夜、帰宅が遅くなりそうだったので、朝、子供たちに夕食を用意して冷蔵庫に置いておく。今日は、夫の帰りも遅いのである。

すぐ近くに私の実家があるので、頼めばそっちで食べされてもらうこともできるのだが、うちの両親は、
「たとえ帰りが遅くても、なるべく親の手料理を食べさせるべき」
という信念の持ち主なので、食べさせてもらうとしても、あまり頼めない。月にせいぜい2度が限度である。

うちの父親は、
「なるべく揃って食事をする。それが家族」
というのを信条としていて(たぶん)、それも外食ではダメらしく、
「人間関係も、愛情も、毎日の積み重ね。人間は、口だけでなくて行動が大事」
という人である。
「手作り料理」も、たまにとかじゃなくて、とにかく毎日続けるのが大事なのである。

だがあいにく、うちの母はさほど料理が好きじゃない人らしく、しょちゅう買ってきたコロッケとか並べていた。世知内海の島育ちの母にとって、子供の頃の「ごちそう」はコロッケだったらしい。山村育ちの父にとって、コロッケは所詮「イモ」なので、ごちそうではないらしい。山奥で育った父の「ごちそう」は、断然、海産物である。新鮮な魚、貝など。むろん残念ながら、母にとっては、魚なんて「ごちそう」でもなんでもないようだが。

まあ、父は、自分でも魚料理とか、旬の「タケノコの木の芽あえ」とか作るし、どちらかというと無口な人なので、さほどブツブツ言わないのだが、あまり料理に手を抜いて、孫たちにヘタなものを食べさせているのがわかったら、なにかしら文句を言われるのはわかっている。もしも私が「嫁」なら孫の食事までは口は出さないだろうが、実の娘には言いたいことを言うのである。

「家族そろって、あったかい食事をするのが一番大事。それより大事なことが世の中にあるわけがない」
いや、ま、ごもっとも。

でも夫婦そろって働いていると、なかなかそうはいかないのが現実で。

06/28/2007

また麦茶の夏がやってきた

6月27日(水)
午後から小説講座の事務所。

すっかり夏である。麦茶の季節である。3人の子供がいる我が家では、すでに毎日、2.5リットルのヤカンで麦茶を3回も作っている。まだ真夏じゃないのに。真夏になると5回は沸かさないと。いや、ホントちゃんと冷ますヒマもなく、ガブガブ飲むもんなあ。

ある友達(働く主婦)は、
「麦茶なんて、沸かすのが面倒だし、たいていお茶は冷えたペットボトル入りを買うわ」
というのだが、うちなんか、もしペットボトルで、一日2.5リットルを5本飲むとなると千数百円くらいかかる計算だしなあ。実は、うちの5人家族の朝夕の食事&弁当3人前(双子の娘は、昼食は学校給食だから)は、「一日の予算1500円」なんである。お茶だけで千円したら、何食ったらええんじゃい。いや、いくらなんでも市販のペットボトルなんか無理。

聞けば、彼女の家は、一人息子だけだそうで、それも「別に体育会系ってわけでもないし」というわけで、みんなあまりお茶を飲まないんだそうだ。ペットボトルも1本、2日はかけて飲むとか。うちなんか、朝、みんながグラスに一杯ずつ、さらに子供たちに持たせる水筒に3人分のお茶を入れただけで、まず3〜4リットルはなくなるけどなあ。

(注:O157事件以来、大阪市の小中学校では「水筒持参」が原則。だから寝る前に沸かしたお茶を冷やしておいて、朝、持たせるのである)

ああ、今年も毎日、麦茶をせっせと作らないといけないのかあ。今年も暑苦しい夏になりそうだなあ。ああ、早く夏休みが終わらないかしら(まだ始まってないけど)

いや、ホント、夏休みは「恐怖」である

06/27/2007

小説講座の講師は、プロ作家ばかりなので

6月26日(火)
午後から小説講座の事務所。コツコツ事務作業。

お手伝いスタッフの丁稚どんは、ネット検索などを使って、コツコツ「講師の著書一覧」の整理をしてもらう。

うちの小説講座は、毎週、週がわりでプロ作家が順番に来る形式なので、講師数がかなり多い。そこで、せっかくの機会なので、小説講座の入学者には、できるだけ講師の著書を読んでもらいたいと思っている。なので、こうして代表作やら新刊を調べて一覧にしているのだけど、なにせ講師の数が多いので、一覧表を整理するのにけっこう時間がかかる。

まあ、毎年、講師の先生たちが新作を出しているのは有り難いことなんだけど、エンターテインメントノベル講座の講師だけで十数人。エンターテインメント系の商業出版は、絶版も多い。たとえ絶版でも、古本屋で探し出しても、図書館で借りてでも絶対読む価値あり! ……というものも多いので、ちょっとくやしいのだけど、小説講座の生徒さんたちには、なるべく手に入りやすいものをまず勧めることにしているので、代表作とか新刊を優先して選別して掲載してもらうことに。なにせ全部は無理。うちの講師の著書を、全部掲載することにしたら、えらいことになる。だいたい眉村先生だけで百冊越えるしな。

しかし、うちの講師以外の本も、今はふと気がつくと絶版になっていることが多い。エンターテインメント系の商業出版というのは、新刊も次々と出ては消費されていくもんなんだなあ。生鮮食品並み。

ただ、これだけ毎日、書店に本が並ぶんだったら、そりゃ、出版部数も辛くなるだろうし、競争も厳しくなるかと(とりあえずデビューはしやすそうだけども)

ま、流行作家の宿命とは言え、つくづく厳しい世界なのよね。
だからやっぱ、そこで生き残っている講師の先生たちはスゴイ。けど、それがわかっててプロをめざす生徒さんたちもエライ。(それは宿命? 運命? それとも?)

でも、ま、そういう人たちがいてくれるので、読者も楽しい小説が読めるのよね。がんばってね。

06/26/2007

書けば誰でもうまくなる

6月25日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

終日、コツコツ仕事。

文章教室の生徒さんが先週提出された作品を見てたら、入学して3か月ですでにかなりの上達。小説講座と違って、文章教室は初心者向けのコースなので、作品は短いのだが、そのせいか、目に見えて上達するところがいいのかも。

また、作品は一度書いて、そのままにせず、ちゃんと書き直しをきちんとしておくことも上達の秘訣なのだが、これも今年のクラスは提出率がいい。今年は、昨年のライティング講座よりもさらに教室実習の時間を増やしたおかげで、合評や書き直したりする時間が作れたのが効果があったのかもしれない。まあ、初心者なので、少し書きさえすれば、誰でもある程度は書けるようになるものなので、このレベルになるのはけっこう早いものなのだけど。

ライティング講座は半年のコースなので、そろそろ後半。

06/25/2007

小説とは関係のない休日(いよいよ引越決定)

6月24日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

来月、引っ越しをするのが本決まりになった。うちは、築30ン年の古い木造住宅だが、壁はくずれる、床はあちこち傾く、天井から雨漏りはする、さらに床下にも色々問題が……というわけで、少々の改装では済まない状態になり、これを修繕するにはかなり費用がかかる。で、借家だったので、このまま借地にしてもらって、夫が新しく家を建てることになったのである。あれほど住宅ローンは嫌だと言っていたのに、この数カ月でいきなりの変化。かなり意外な展開。

ま、3人の子供がいるし、アトリエもあるしで、借家を探すとさすがに家賃もかなり高額。ここは借地だから、とりあえず建築費だけである。やっぱ、賢明な判断かも。どのみち近くに住む義母も心配なので、どうせあまり離れたところには引っ越すわけにもいかないわけだし。

しかし、なるほどそれでこの半年、住宅メーカーのカタログやら、セールス電話がじゃんじゃんかかってきたいたのだなあ。妻である私が経緯をあまり知らないのだが、毎週土曜日に打合せをやっていたらしい。私は、土曜は仕事で留守である。結局、大手住宅メーカーではなく、地元の中小工務店に依頼することにしたそうだ。図面を見たら、なんか微妙に変わった家である。

夫は、
「おまえの希望をきいたから、こんなヘンな家になったんじゃないか」
と言う。そう言われれば、たしかに「どんな家がいい?」と聞かれて、ちょうど「あこがれ」(帆船)に乗った直後だったので、
「なんか、吹き抜けとかあって、海賊船みたいに一階からずっとはしごで登れるような家だったらいいな」
と言った覚えがあったけど。いや、確かに私が言ったのだが。

てなわけで、図面では、ホントに玄関を開けるとそこにハシゴがあり、そこからキッチンへ登れる構造になっているのである。いや、ホントにやるとは思わなかったが。いや、いいのかそれで。

本当は、子供たちは、消防署みたいな棒をつけて、「ゴーストバスターズ」みたいにさっと学校へ「出動」したかったらしいのだが、この「棒」は夫が反対したらしい。
「玄関にお客が来た時に、滑り落ちたら危ない」
それ以外にも、なぜか天井に穴が開いていたりして、ちょっとしたカラクリがあったり。まあ、どうせ地元の工務店なのでそれなりに住める家にはするだろうし。私は、どんな家でも住めたらいいけども。

しかし、うちの十数年ぶりの引っ越し。
荷造りを想像しただけで、うんざりする。夫や子供たちは「わーい引っ越しだ〜」とやたら楽しそうで、うらやましい。

実は、うちの家族。私以外はみな、もともと「昨日」と「明日」がなくて、「今日」しかない人種なのである。子供たちもそうだが、うちの夫も過去を思いわずらうこともなく、未来を心配することもない。なにせ昨日のことも、まして去年のこともすっかり忘れるし、将来のことも考えないタイプである。おかげで過去に苦しむこともないが、同時に「思い出」もあまりないらしく、彼は学生時代のことも昨年のこともほとんど覚えてない。将来についても、2ヶ月以上先は「わからん」らしい。だから、彼らの関心があるのはいつも「今」だけ。あとは「すぐ直前の予定」くらいしかわからない。それもせいぜい「来月」ぐらいまでである。

おかげで、彼らはいつも今が楽しくて仕方ないらしいから、まったくうらやましい体質なのだが、これだけキッパリ何も考えない楽天家の夫と子供たちに囲まれていると、余計にそうはいかないのが主婦というものである。

貧乏性? いや、でもどうするの住宅ローン。ああ、引っ越しかあ。

06/24/2007

小説講座は、来月から作品指導です

6月23日(土)
午後から小説講座の事務所。文章教室の講師は、仲久治先生。夕方は、小説講座。講師は、眉村卓先生。

本日の文章教室「ライティング講座」、ちょっとめずらしくシナリオについての講義。講師は、映像ディレクターの仲久治先生。文章教室なので、講師も、ライターや作家、編集者の人が多いので、シナリオというのはちょっとめずらしい内容かもしれない。映像のシナリオは、いわゆる文章とはかなり違うのだけど、たいへんわかりやすい講義で、生徒さんたちも興味津々。このクラスは、好奇心も豊かで、感性が柔軟な人が多く、講師も話しやすいようだ。こういう素直なタイプの人がたくさんいるクラスは、吸収力も違うので、これはいい傾向。

講義後、先生を囲んで、1時間ほどお茶。生徒さんたちもけっこう残って、話をされていた。夕方からは、天満橋に移動して、小説講座の講義。本日の講師は、眉村卓先生。第10期生は、あいかわらず欠席者が多いのだが、専攻科、ライティング講座からの見学者が半数ほど。
終わってからの飲み会も、眉村先生が同席していただいて、小説について色々アドバイス。せっかくの機会なのに参加者が少なかったのが、ちょっと残念。

第10期のクラスは、これでレクチャー講義がほとんど終わって、来月からはいよいよ作品指導。

06/23/2007

あせらず、あきらめず

6月22日(金)
午後から小説講座の事務所。

そろそろ10期の修了課題の作品印刷。お手伝いスタッフの人にかなり余分に印刷してもらう。6月から印刷代が値上げされたのだが、大きな値上げは版代。部数が増えてもさほど費用はあがらない。後半は、合同講義になる公算が強いから、余分に印刷しておくにこしたことはない。今年の第10期の出席率は、めずらしくあまりよくないのだけど。

一方、専攻科のクラスは、卒業生がプロデビューしたり、公募に残る人もちらほら増えてきて、けっこう盛り上がっている。これまでの生徒さんを見れば、とにかく一年がんばって、専攻科に進学した頃には、みんな目に見えてうまくなっていくものなのだが、このたった一年が待ちきれない。小説は自分が書くものがどのレベルか、自分ではあまりわからないらしくて、うまいかへたか、どのくらいうまくなっているのかがわからないものらしい。で、うまくなるのが自分では待ちきれない人がけっこういる。ま、世の中、すぐに結果が問われるスピード時代。仕方ないのかなあ。

しかし、スポーツでも、料理でも、絵画でも、音楽でも、最初からすんなりうまくできるはずがないことくらい、わかりそうなものなのだがなあ。

どうして小説だと最初からうまくできないと、焦ったり、いらだったりするのだろう。やっているうちに、ホントうまくなるものなのだがな。なんか、みんな、さっさとあきらめがよすぎないか、と思うんだけどな。

ま、スポ根も流行らないし、何か夢をかなえようと努力したりするのはもしかしてカッコ悪いのかも。

でも、なんか、もったいない気がするんだが。

06/21/2007

毎日が創作料理

6月21日(木)
午前中、小説講座の事務所。午後から外出。

雑用いろいろ。夜10時頃に帰宅。

家に帰れば、一応、これでも主婦なので、毎日、家事をしなくてはいけない立場(仕事がある土曜日とかは別だけど)。

そりゃあ料理は嫌いじゃないし、楽しみでもあるのだが、毎日毎日、栄養とかカロリーとか、バランスを考えて作ったりするのはやっぱ、面倒なんだよねえ(ちゃんと成分表などをみて献立を考えてたのは、新婚時代だけだから、かなりいいかげんなのだけど、夫が栄養バランスなどにけっこううるさいタイプなので、やっぱり多少は気になる)。

ところで、主婦である友人の家では、ダンナが料理をまったくしないから、作るのがイヤになったら、外食するしかないらしい。うちは家族で外出してやむを得ない時以外は、まずほとんど外食などしない。ってか、できないんだけど。なんでかっつーと、うちの夫は、さほど外食が好きではない。まあ、多くの家庭で外食したがるのは、いつも料理を作ってる主婦の方なんだけどね。
「なんでもいいから、人が作ったものを食べたーい」
なんてね。私だって、三食とも自分で作ったものを食べるわけだし、たまには。

そりゃ、いつも「おうちのごはんが一番いい」という夫はラクなんだけども。彼は自分でも料理を作るのだが、何でも「うまいうまい」と言って食う。自分で作っても「うまいなあ。オレが作るとやっぱりうまいなあ」で、私が作った料理も何でも「うまいうまい」である。もしかして、評価度がめちゃくちゃ低いだけなのかもしれないけど。そのわりに外食の点数にはカライのだが。「こんなもので、金をとるのか」

とにかく家族のために、毎日、献立を考えるのは面倒である。一応、小学校の給食献立表もチェックしておかないといけないし。昼にカレー、夜にカレー。もしもカレーライスが連続しても、双子の娘たちはさほど怒らないけど、せっかくだから別の日にした方がいいし。また夫の好みに合わせたら、和食中心がいいらしいのだが、子供たちの要望もあるし。ああ、めんどくさい。

そんなわけで、ただ料理を作るだけだとどうしても飽きてしまうので、毎日、「創作料理」を作ることにしている。焼く、煮る、揚げる、すりおろす、などなど。基本の調理方法があったら、あとは組み合わせは無限。私は、なるべく国産、旬の野菜を使うことにしているので、結局、毎日の献立で一番優先されるのは「今日の特売野菜」。だって、旬の野菜はたいてい安いから。栄養価も高いし。

で、たいていの料理は「一期一会」である。だから、うちの家族は、毎日、夕食のテーブルにつくと、まず「これ、何?」ときく。毎日チャレンジャー、いや、サプライズ。ただのいきあたりばったりメニュー、とも言うけど。

そんなわけで、今は夏野菜の新作メニューを考案中。

小説講座は、秋開講です

6月20日(水)
朝から小説講座の事務所。昼から外出。

小説講座の生徒募集は、毎年、年1回、10月だけ。なので、今の時期はまだ生徒募集には早いので、問い合わせなどは少ないのだが、先週からちらほら資料請求あり。本格的な募集は、7月下旬頃からになりそうなのだけど。

昨年、某小説コンテストの下読みをやったのだが、その担当者から連絡あり。今年もやるらしい。また今年も9月は忙しくなりそう。

06/20/2007

この1年、講師の作家さんたちの

6月19日(火)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

作品指導のスケジュールがまだ決まらず、印刷部数も確定しないので、丁稚どんに「講師の著書」のデータ調べをやってもらう。
「エンターテインメントノベル講座」は、プロ作家の講師が週がわりで来るスタイルなのだが、この先生たち、毎月、誰かしら出版される。献本いただくこともあるし、私もなるべく全部買うことにしているのだが、なにせ現役バリバリのプロ作家ばかりだから、新刊もかなり多いのである。もちろん情報はチェックしているのだが、けっこうモレもある。すべての講師だと、けっこうな冊数。

ただ、生徒さんにとっては、入学したら講義を聞くわけだし、どんな作家に会えるのか、せっかくだから、やっぱり読んでおいた方がいいとも思うので、この「講師の著書」の一覧表を作らなくてはいけないのだが、新刊も多いうえに、エンターテインメント系だからか、文庫化やら、品切れやらも多い。1年もたつと、講師の著書の一覧表も古くなってしまう。そんなわけで、丁稚どんに頼んで、ネットなどで現状調査をしてもらう。一年前から更新してないので、かなり多い。けっこう時間がかかりそう。ま、講師がバリバリ新刊出してくれるのは、嬉しいことなんだけど(もちろん卒業生もバリバリ出してくれていいのだよん)

そろそろ今秋の11期生の生徒募集の季節だなあ。

06/19/2007

卒業生のデビュー作続報

6月18日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

午前中、自宅にて仕事。午後から外出。
講師の先生からメール。青心社から出た福田さんのデビュー作は、やはりたいへん評判がいいようだ。いい作品だとは思ってはいたけど、あらためてホッとする。

デビュー作としては、彼女らしいデビュー作になったような気がして、そこが一番うれしいところかも。

06/18/2007

小説とは関係のない休日(文章の不思議)

6月17日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

文章を読んで、いつも不思議に思うこと。
書かれた文字は、ただの文字にすぎないのに、何やら聴こえるような気がしたり、何かが見えるような気がするのはなぜなんだろうな。
たとえば「赤い服を着た人」と「真紅の服を身にまとった女」
もしかしたら一緒なのかもしれないけど、文字で見たらやっぱ、ちょっと違う。ふわっと匂ったり、輝いたり。

文字が並んだだけなのに、ただそこに並んでいるだけに見えないのはなぜなのかなあ。

06/17/2007

文章教室も小説講座も、9月で卒業

6月16日(土)
昼から文章教室「第三期ライティング講座」、夕方から小説講座「エンターテインメントノベル講座」

ライティング講座は、教室実習の日。このクラスは、宿題の提出率もよく、出席率もいい。「エンターテインメントノベル講座」は1年間のコースなので、どうしても途中で挫折してしまう生徒さんもいるが、「ライティング講座」の場合は、半年間のコースなので、6月までのクラスの雰囲気がそのまま継続することが多い。

しかし、毎年、クラスによってだいぶ雰囲気が変わるなあ。とくにこの講座は、定員15名以下という少人数のせいか、毎年、雰囲気がかなり違う。毎年、小説講座は、男女比は半々くらいなのだが、文章教室は、8割くらい女性。だが、このクラスなんか十人も男性である。めずらしい。どうも作家志望が多いようだ。

夕方からは、エンターテインメントノベル講座。10期の講義も、残り数ヶ月。本日は、かんべむさし先生。毎朝、ラジオ大阪で、月〜金、パーソナリティをされているかんべ先生。おかげで私は、毎朝お声を拝聴しているので、久しぶりという気はまったくしないのだが、1年ぶりのご出講である。

講義は、あらかじめ集めた生徒さんからの質問にあわせ、小説創作についてあれこれ色々。個人的なノウハウとして、ご自身の作品で使われたプロット表やアイデアメモなども見せてもらう。また先週発売された福田さんの『ヴィズ・ゼロ』の表紙を見せながら、
「このように立派にデビューした卒業生もいますよ」
と励ましてもらったり。

講義後は、生徒さん数人といつもの中華屋へ。10期生は出席率もあまりよくないけど、飲みに行く人も少ない。在籍数が同じくらいでも、昨年のクラスは飲み会の参加も、卒業旅行の参加人数も多かった気がするけど、年によって雰囲気が違うもんである。課題の提出率も、昨年のクラスだと、前期は100%、後期も8〜9割くらいの提出率だったのだが、今年はかなり少ない。

中には、そろそろ専攻科への進学を気にする人がいて、
「どうしようか考えているんですが」
と言われる。まだ、専攻科の募集は全くしてないし、どういう内容にするか全く決めてもないので、ちょっと気の早い話だが。

ちなみに専攻科は、小説講座の卒業生向けのコースだが、作品指導だけのクラスである。現在、プロ作家養成と実力養成の2クラスがあるが、とりあえず在籍だけしている人もいるし、自分の作品指導日だけ来たり、あるいは作品は書かず講義だけ聞きに来たり、で、けっこう色々な人がいる。ま、学費が安いし、内容的にはいいコースだと思うが、利用したい人が利用すればいいので、進学するしないは自由だし、とくにススメたりもしない。プロ作家になりたいかどうかにもよるし、まあ、「プロになりたいなら進学しろ」とも言わない。だって、進学せずに自宅でコツコツ書く方がいいのなら、そうかもしれないし、プロ志望じゃなくても専攻科でのんびりやるっていう人もいるし。

ただ、うちの講座では、何百枚もあるような長編指導は、専攻科のクラスでしか行っていない。一年目の本科(エンターテインメントノベル講座)では長編指導はやっていないので、もしプロ志望だったりして、長編デビューを狙って作品指導を受けたかったら、専攻科に進学しないと指導は受けられないんだけどね。

ちなみに専攻科じゃなくても、「自由提出」で長編を提出することはできるのだが、よほどレベルが高いもの以外は、長編については、講師指導をしないことにしている。とくに入学したての生徒さんの作品は、かなり難しい。正直、入学したばかりの生徒さんの作品は、かなり指導がしにくい。もし指導しようとしても、基礎的なことがわかってないことが多いので、言われても直せないかもしれないし、そもそもわかってもらうのに時間がかかるし。急がばまわれ、ということで、まずはレクチャー講義を受けてもらう方が、結局は本人にもわかりやすいしね。

深夜、自転車で帰宅。最近、出席しなくなった生徒さんたちの顔を思い出したりする。なかなか出席できないみたいだけど、みんなまた来てくれないかなあ。プロ作家になるかどうかは別として、小説って読むのも書くのもこんなに面白いのにね。

06/16/2007

作品指導のスケジュール調整中

6月15日(金)
午後から小説講座の事務所。

10期修了課題の作品指導スケジュールが決まらなくて、とりあえず印刷ができず。うちの講座では、エンターテインメントノベル講座の修了課題や専攻科の作品指導は、提出された作品を見てから、指導してもらう講師を依頼することになっている。講師の先生たちは、みんなプロ作家ばかりなので、シロウトの作品ぐらいなら、さすがにどんな作品でも指導できるものなのだけど、専攻科ぐらいのレベルになると、先生たちにも得意ジャンルがあるので、やっぱりミステリならミステリとか、ある程度、「この作品は、この先生なら、きっといい作品指導をしてもらえるだろう」という判断をして、講師と指導日を調整しなくてはいけない。

ところで、このスケジュール調整だけど、専攻科の作品でも毎回同じようなものなのだけど、やっぱり10期生の方がかなり気を使う。専攻科の生徒さんだと、すでに何度も他の人の作品指導を見ているし、自分自身も何度も指導されているので、それなりに慣れている。講師に対しても、生徒さんがその作家性やら人間性がすでにわかっていることが多い。だから、その分だけ作品指導を受ける側もけっこう冷静だったりする。ところが、これが10期の生徒さんだと、入学してから9ヶ月、レクチャー講義が中心で、作品指導にはあまり慣れてない。だから指導に対して、本人がえらくデリケートだったりするのである。いや、実際、自分の作品指導の翌週からまったく来なくなる人もいないわけではない。

さらに専攻科に進学しない人だと、これがプロ作家に読んでもらう最後の機会になるかもしれないわけで、そういう意味では、けっこう貴重な機会なのである。しかし、専攻科の生徒さんたちなら、すでに経験上、ある程度、予想はついていることなのだが、作品指導は、講師によって、意見が一致するもんではないのである。まあ、その作品のレベルにもよるし、内容にもよるから何とも言えないけど、たぶん講師が変わると、作品指導で言われることも違う。もちろん全く違うというのは考えられないので、何割かは同じようなことを言われると思うけど、プロ作家の先生たちはそれぞれ個性もあるし、だいたい小説なんてのは「正解」のないモノなので、これはそういうものなのである。

そんなわけで、どの作品をどの先生にお願いしたらいいか、というのは、毎年この時期ならではの悩みだったりするのである。いや、どの先生でもあまりアタリハズレというのはないのだが、つまり何というか、素材に合わせた調理方法というか、ま、うまい組み合わせ、という感じを考える。たぶんこの先生だったら、この作品のこういうところを言ってくれるんじゃないか、なんていうシミュニレーションを頭の中でやってみたり。これはこれで気も使うので、けっこう大変。ま、本人希望があれば合わせることが多いのだけど。

ま、とにかくあと数ヶ月。かなり残り少ない講義を楽しく有意義に過ごして欲しいと思っているのである。

06/15/2007

映画もいいけど、小説もね

6月14日(木)
終日、外出。小説講座の事務所には入れず。

ここ数年、小説講座の運営とは別に、専門学校で映画解説のような仕事をしている。この講義、もともと映画ライターの人が忙しくて、一人では年間ずっと担当できないというのが理由だったので、最初は数回だけだったし、気楽に引き受けたのだが、今は1年間の講義である。私自身は、映画解説者でも研究家でもないのだけど、そのために講義準備にはかなり時間をかけている。私が連日かなり忙しい理由の一つは、たぶんこの仕事のせいである。

で、時々、というか、しばしばやるのは、同じ映画を何度も繰り返し見て「分析」をすることである。まあ、教材に使う映画だったら、30回以上は見るし、シナリオを読んだり、タイムコードを書きとめて構成表を作ったり、あとシーンによっては、カットごとにセットや役者、カメラ位置を書いたりと、かなり準備をする。

こうした作業はもともと講義のための準備のはずなのだけど、実際、膨大な時間を費やして調べたりしたことのほとんどは、あまり話できないことが多く、考えてみたら、ほとんどの研究成果は、あまり直接的には「映画解説」の役にはたってない。まあ、実習をする時間が長いので、話をする時間がないせいもあるし、教えているクラスが、マンガのクラスなので、映像制作のクラスではないから、あんまり意味がないのもあるし、調べたことというのがやや「学究的」な興味で、あまり直接的な「実践的」内容ではないというのもあるけど。

だから、数十時間をかけて分析して用意したけど、その資料を使わないということがしばしばある。だって、あまりウケそうじゃないと、配布しても仕方ないから。ま、つまりマーケティング用語でいうところの、シーズとニーズの違いというか(笑)

じゃあ、すべてムダかというと、これはやっぱりムダではないわけで、こういう作業は私自身の役にたつから、これはこれでいいのである。

ところで、映画の分析をしてて、つくづく思うのは、映画そのものをいくら見ても、これだけで小説を書けるようにはならないな、ということである。もしかすると「そんなことあたりまえ」じゃないか、と思われるかもしれないけど、これが案外、カン違いしている人も多いかもしれないからね。

「ホラー映画が好きだから、ホラー小説を書きたい」とか、「恋愛ドラマが好きだから、恋愛小説を書きたい」とか、そういう人、けっこう多いのよ。いや、ホントに。

もちろん「ホラー小説を書きたがる人は、ホラー映画も好きだ」という確率はかなり高い。(注:ホラー映画は嫌いだけど、ホラー小説は好きという人もいるけど)たいていのSF好きは、SF小説も読むし、SF映画も好きだったりする。もちろん映画を見て、イメージとか、アイデアだとか、ストーリーの組み立て方だとかは学べるかもしれない。

しかし、あたりまえと言えば、あたりまえなのだけど、映画をいくら見ても、小説が書けるようにはならないのである。なぜかというと、あたりまえだけど、あれは「映画」だから。

つまり、「音」と「映像」がある。つまり音楽や効果音も、様々な映像(俳優の動きやら表情やら、すべての場面)もある。あらゆる情報が視覚的、聴覚的な刺激としてある。さらに重要なのは、映画というのは「時間」がある。つまりストーリーが始まったら、映画はゼッタイに途中で「止まらない」のである。たとえ見ている人が途中で飽きて眠ってしまったとしても。

小説には、文章しかない。映像はないし、音もない。セリフがあっても、どんな声で、どんな抑揚で話しているかはわからない。「最後まであっという間に読んでしまった」ということはあるだろうけど、映画のタイムコードみたいにページが均等な速さでめくられていくはずはない。ただ、これが欠点というわけではないわけで、それだからこそ小説ならできるということがあるのである。そういうことは、結局、小説を読まないとわからない。つまり、小説を書きたかったら、小説を読んでみようということなのだけど。

映画の分析をするたびに、なるほどこれは映画しかできないことなのだな、とか、これは小説しかできないのだな、とか思ったりする。これって、ちょっと面白い。音楽なら音楽、演劇なら演劇、落語なら落語、マンガならマンガなりの面白さがある。どっちがスゴイということはないわけだ。そりゃ、個人的な好みはあるだろうけど。

ホント、映画も面白いけど、小説も面白いのよ。

06/14/2007

小説は、人に読んでもらってこそ

6月13日(水)
朝から小説講座の事務所。昼から外出。

小説講座の修了課題をチェックしたり、事務あれこれ。なにせ今年は提出数がかなり少ないから、チェックもラク。ちょっと悲しいが。

ただ、エンターテインメントノベル講座の修了課題のうち、20枚以下の作品については締切が来月。だから残りは、来月に提出予定である。なるべくたくさん提出されると嬉しいんだけどなあ。

ところで、うちの小説講座では、作品提出日は、枚数が長い作品が先に締切になっている。短いものの締切は遅い。枚数が多い作品の方が作品指導のスケジュール調整が大変なので、先に締切になっている。専攻科のAクラス(プロ作家養成コース)などでは、数百枚の長編を作品指導をしてもらったりするのだけど、これも先月には締切って、今年度(10月開講だから、9月末まで)の分は終了。来月の提出日は、100枚以下の作品だけしか提出できない。

で、今回、ちょっと気になるのは、「ぜったいプロ志望!」といっていた生徒さんの作品が提出されなかったということである。たまたま運悪く、個人的な都合で書けなかったようで仕方ないらしいが、それにしてももし本当にプロ志望なのだったら、作品指導は受けた方がいいんだけどね。この生徒さんは、専攻科にも進学しないつもりらしいから、ちょっと残念。

うちの生徒さんは、社会人ばかりだから(大学生も少しいるけど)、みんな忙しい。だから、作品を書き続けるというのは、かなり苦労がいる。もちろん本当に忙しい時は、やっぱり仕方ないのだが、それでも書く人は書くわけで、結局、書かないと仕方ない。

どうも思うに「プロ作家になれるかどうか」というのは、結局、なにはともあれ書けるか書けないか、たぶんそれだけなんじゃないかなあ。生徒さんたちは、わりと自分の才能の有無を気にするのだけど、そんなもん、クソくらえだよねえ。仮に、才能があったとしても「書けない」なら作品が存在しないわけだし、それなら仕方ない。最初は、うまく書けなかった人だって、ずっと書いていれば、やっぱりうまくなるものだ。うちの生徒さんを見る限り、たくさん書いて、たくさん作品指導を受けた人は確実にうまくなるもんな。やっぱ、書いた量に比例すると思うよ。

いつも心配するのは、生徒さんの中にはプロ志望という気持ちが強すぎて、作品が書けなくなる人がいる。とくに入学までにかなり長い間、あれこれ書いて来た人だと、小説講座に入学して、あれこれ話を聞いたり、他の生徒作品を読んだりしているうちに、どうにも自分の書いた作品が駄作に見えてしまい、提出できなくなることがある。こうなると「ちゃんとした作品ができなかったから、提出ができない」と言い出したりするのだが、これはちょっと困る現象なのである。というのは、これをやりだすと、たいてい提出率だけじゃなくて、執筆量も必ず減るのである。いや、本人はたいてい「提出はしてませんけど、ちゃんと書いてますよ」というのだけど、これは実際にはかなり怪しいんじゃないかと思っている。だって、うちは小説講座なので、作品を提出したら、確実にプロ作家が読んでくれるし、公開指導なので、数十人もの生徒さんにも印刷して製本して配布するのである。まあ、素直に考えて、普通、作品を書いてみたら、何とかして人に読んでもらいたいというのが、正直な本音だと思うので。とにかく面白い話と思って書いたわけだし、そりゃ、うまく伝わらなかったりするかもしれないけど、でもやっぱ一応、誰かに読んでもらいたいと思って書くもんじゃないのかな。

まあ、作家志望の人は(見かけはともかく、内心では)それなりにプライドが高いことが多い。まあ、そうでないと書けないかもしれないし、プライドの高いことは大変いい資質だと思うので、それはいいんだけど、目ばっかりが肥えてしまい、自分の腕を蔑むようになると、これは間違いなく書けなくなる。目が肥えること自体もいいことだから、それはそれで、イライラしたり、あせったりせずに冷静に判断しないとね。一足とびにうまく書ける人なんていないと思うし。うちの生徒さんだったら、書いて提出すれば、ちゃんと作品指導を受けられるわけで、先生たちが作品の欠点を指摘してくれるのだ。

「ま、練習すれば、そのうちうまく書けるようになるだろう」
と思っていれば、きっといつかはそれなりに書けるようになると思うのになあ。いや、ホント。

06/13/2007

プロ作家になる人、ならない人

6月12日(火)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

小説講座などの欠席者へ、資料の発送など。第10期エンターテインメントノベル講座は、修了課題をチェック。今年は提出率がかなり悪い。出席率も悪いから、当然といえば当然だけど。去年みたいに8割以上の人が出席して、何人も皆勤賞を出したクラスとは大違いである。昨年は、修了課題の提出率もよかったのに、今年はあまりよくない。原因はわからないが、なぜか隔年おきでこういう現象がおこるようだ。今年は、皆勤賞も1名いるかいないかだしなあ。

3時過ぎより、卒業生が来館。今度、青心社から出版デビューしたのだが、その新刊を二十冊近く献本してくれる。お世話になった講師の皆さんに発送したいというので、こちらから転送をすることにしたのだが(プライバシー保護のため、講師や生徒の住所を直接教えるわけにいかないので)、結局、かなり作業を手伝ってもらったうえに転送費用も支払ってくれたのでラク。ちなみに、プロ作家デビューをした場合は、デビュー作の発行に(初版に限る)うちの事務所からも一応、祝い金が出る。たったの1万円だけだが(むろん印税の方が多いですから、気持ちだけね)

夕方、修了課題にざっと目を通す。提出する人数が少ないせいか、出来自体はそれほど悪くはないのが幸い。でも、やはり昨年に較べると書き慣れた感じの人もあまりいない。修了課題は50枚の短編だが、小説を書くのは、どうしても面倒くさい行為ではあるので、必ずしも全員が完成できるものではない。うちの小説講座は、1年コースなのだが、まるっきり初心者からという人だとなにせ書き慣れる間もなくて、あっという間である。でも、書けば必ずうまくなるし、プロだってなれると思うんだよねえ。なんか、ちょっと書いてみて、すぐにあきらめるなんて、もったいないのになあ。誰だってそんな簡単にできるもんじゃないけど、やればある程度できるようになるんだがなあ。とにかくあきらめないで、しばらくやってみて欲しいんだけどねえ。

06/12/2007

小説とは関係のない休日(育児も大変)

6月11日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

中学生の長男のことで、某相談室へ。もともとどこか変わった子ではあるのだけど、最近さすがに問題行動に分類されるような行為が続いたため、少し悩んだ末に、一応、専門家の意見を聞きに行くことに。子育てもまだまだ大変なのである。まあ、性格というのはここからここまでが異常でここから正常というのは難しい。だが、今回とりあえず行為そのものがあきらかに問題ありなので、ほっとくわけにもいかず。

しかし、もともと幼い頃からちょっとピンボケなタイプの子供なのだが、年齢から考えるとさすがにやはり普通のレベルではないらしい。赤ん坊の頃の話なども色々とする。どうやら障害というにしては軽いらしいので、どうしたものかなあ。専門家でないと判断がつきにくいくらいが、診断がついたところでどうなるものか。そりゃ、こういう大人もいるかもという感じだしなあ。アーティストとか、そういうタイプとか。でも、そんなの夫だけで充分なんだがなあ。ああ、やっぱ、遺伝なんかなあ。

06/11/2007

小説とは関係のない休日(引越準備)

6月10日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

ここ十数年、築30年以上の古い借家に住んでいたのだが、昨年ぐらいから、いよいよ家が崩壊しかけてきていた。壁が崩れ落ちて来て、床には穴があいて、ついに下が見えるようになってしまった。夏は暑いし、冬はすきま風が入る。雨が降れば、天井から雨漏りはするし、これはこれで季節感たっぷりのいい家だったのだが(私はそれなりにけっこう気に入っているのである)いよいよ耐えられなくなった夫が、とうとう来月、引っ越しをすることに決定。でも、考えてみれば、これは大変なイベントなのである。5人家族の荷物はしゃれにならないバカげた量なのであった。少しはかたづけようとするのだが、考えただけで頭が痛くなる。しかも次の家にはすぐには入れないので、しばらく仮住まいもしなくてはいけないらしい。うーん。どうすんだ、この、あの、その荷物。

とりあえず、本だけでも……と思ったけど、本棚を見ただけですっかりヤル気ふっとぶ。しかし、あとたった1か月でどうやってかたづけるのだ、誰がかたづけるのだ、いつかたづけるのだ、どうやってかたづけるのだ。そんなこと不可能だよお(逃げ腰)、ぐぐぐ。

06/10/2007

文章教室も小説講座も、素敵な講師がいっぱい

6月9日(土)
午後から文章教室「第三期ライティング講座」、夕方から小説講座「第10期」「専攻科」の講義。

本日のライティング講座、講師は、ライター・放送作家の戸高真弓美先生。笑顔のすてきな、とても感じのいい女性講師。講義では、生徒さんの自己紹介で始まったあと、あれこれ話しかけて、うまく話を聞き出していた。ラジオ局や雑誌でさくさんの人と会うのを仕事とされていただけに、さすがというか、いろんなことを自然に聞き出すインタビューのテクニックはまるでマジックのよう。あまりにスムーズなので、すごく感心してしまう。ついつい見とれている間に1時間。あっという間である。ま、スポーツでも何でも、本当にうまい人というものは、気がつかないくらいにさらっと軽々とやるものだが、そんな感じである。メモの取り方も、カッコいいしなあ。なかなか楽しい講義。生徒さんたちにも好評。色々面白い話もお聞きする。

それにしても、今回、講師を引き受けてもらったのは、Oさんの紹介があったからだが、こうしてOさんが「すごくいい人」と紹介してくれる女性は、毎回素敵なキャリアウーマンで、さっぱりした性格で、カッコよくて。どこか似たところがある気がする。これって、Oさんの好みなのかな?。

さて、講義後、講師や生徒さんたちと一緒に近くのファミレスでお茶。ドリンクバーでのんびり話をしたあと、夕方の講義のために、私は自転車で天満橋へ移動。

夕方からは、エンターテインメントノベル講座。10期クラスの講師は、田中啓文先生。専攻科のクラスは、五代先生の作品指導。さて、10期は、昨年も大好評だった田中先生の講義。今年の講義があまりにも好評だったので、ぜひまた同じ内容の話をまたしてくださいと頼んだので、今年は同じ話のはず。なのに、なぜか「今年ももう一度話を聞きたいっ」という専攻科からの希望が多かった。が、あいにく専攻科は、同時刻に別教室で講義があるので、本日は見学不可。少人数ながら、今年もいい話をしてもらう。ライティングからは、数名見学あり。

専攻科の教室はのぞけなかったので、どんな指導をされたのか聞けなかったのだけど、生徒さんたちの話によると、五代先生はいつものさえた作品指導で本日も鮮やかに生徒作品をさっくり、ばっさり切ってくださった模様。

さて、講義後は、またまた中華屋へ。締切直前(とっくに過ぎた?)の忙しい先生たちだけど、ここでも生徒さんと色々な話をしてくれる。専攻科は大人数。五代先生も同席。田中先生には、生徒数が少ない10期の方のテーブルに座ってもらう。しかし、何かと人気のある田中先生。隣のテーブルでうらやましがっている専攻科の連中は無視。今日は10期の講師なんだもんね。なぜか年々オトコマエ度があがっているというウワサで、そういえばどっちかというと、フェロモン系というか、これって今、流行の海賊系? ま、小説講座の生徒さんたちは、あれでけっこう観察が鋭いからなあ。

夜、店を出てから、生徒さんの一人とコンテストの応募先などについて、しばらく話をする。かなり作品が書けるようになった専攻科の生徒さんにとって、応募先というのは、けっこう重要である。とにかく私は生徒みんなにデビューしてもらいんだけど、やっぱ、受賞とかは、タイミングとか運とかもあるし。ベストなデビューが理想的だけど、さてどうしたらいいのかは私にはわからず。

毎週、素敵な講師や生徒と会いながら、ふと私に何ができるのかとか、考えたりする。

06/09/2007

卒業生の出版デビューと編集者

6月8日(金)
午後から小説講座の事務所。

今週はあれこれ忙しく、今日も伝票整理などで終日すごす。
某出版社の編集者からメールあり。

卒業生の福田さんの新刊について、どこからか出版のウワサを聞いたそうで、それを確かめるメールだった。どうも装丁家が、この編集者の知り合いだったらしい。大阪にいるからピンとこないが、やっぱり出版業界はせまいのかなあ。

ところで、うちの小説講座では、プロ作家志望の人に対しては、
「受賞してデビューをしよう」
となるべく小説コンテストからのデビューを勧める方針なので、専攻科の作品指導の時も
「これはどのコンテストに応募するつもり?」
と聞いたりすることさえある。生徒さんにとっては、どんな形でもいいから、早くデビューをしたいのが本音なのだけど、やっぱり新人賞をとってからデビューする方がいいのである。賞金ももらえるわけだし。

ただ、提出された作品でかなりいいものがあれば、講師の先生などを通じて、出版社の編集者に連絡をとったりすることもある。まあ、必ずしもその時にデビューできるとは限らないのだが、プロの編集者から直接意見を聞くことも大事だし。

しかし、それなりの作品とは言え、まだデビューもしていない生徒作品を読んで、ちゃんと意見を言ってくれて、しかも、数年後もこうして覚えていてくれて、わざわざ連絡をくれる編集者もいるのだ。編集者というのは、けっこうたいした職業なのだなあ。

06/08/2007

小説講座の事務所は、本日も忙しい

6月7日(木)
終日、外出。小説講座の事務所には入れず。

先週からゴタゴタしていた家庭内の事情があり、めまいがするほど、忙しい一日。こっちは最悪の事態はなんとか避けられそうなのだが、しかし、ここ数ヶ月は落ち着きそうもないし。夏までバタバタしそうである。

06/07/2007

ジュンク堂と新刊、古本屋と絶版

6月6日(水)
午前中、小説講座の事務所。午後から外出。

エル大阪で、教室代支払いを済ませてから、ジュンク堂へ。あれやこれやまとめて買ったら2万近くかかる(うちの事務所は、書籍購入費はほとんどないので、全部もちろん私物だぜ)。やむなくカード支払い。書店では限度がなくなるので、現金払いがモットーなのだが、たまにはこういう日もあるのである。まあ、冊数はたったの5冊なのだが(言い訳)

しかし、とにかく買えるというのは幸せである。絶版になったら、欲しくても買えないし(言い訳?)

事務所に戻る時間がなくなったので、早めに自宅に帰る。夕食後、買って来た本を読まずに、図書館で借りて返却期限がせまっている「巡礼の社会学」(前田卓)を先に読む。西国三十三ヶ所、四国八十八ヶ所巡りの調査について書かれた本だが、この本はどうも絶版らしい。古本屋でもあまり見たことはない。たまにアマゾンとかで見かけるけど、けっこうな値段がついているようだ。四国の古本屋なんかだと、けっこう出回っているのかもしれないけど。古本屋をマメにまわる時間がないしなあ。

だから、こうして図書館で借りるしかないのだが、実はこれ、大学時代の恩師の著書。前田先生は、私の卒論指導の担当教授である。

7メートルのハシゴに乗って、お堂に貼られたお札を調べている調査風景の写真を見るたびに、いろいろ先生に言われたことを思い出す。私のいいかげんな卒論もちゃんと指導してくれたし、おもしろい先生だった。しかし、当時はあまりわからなかったことでも、こうして二十年もたってからなぜかふいにわかることがあるのが不思議。たんに私の頭が悪いだけかもしれないが、いや案外、学問なんてそんなもんかもしれないし。

06/06/2007

小説講座、出席率の悪い6月

6月5日(火)
午後から小説講座の事務所。

丁稚どんと一緒に欠席者発送。10期生などの本科の生徒さんは、一度、講義に来なくなるとたいていそのまま来なくなるのだが、専攻科は、すでに自分なりのペースがあって、適当に出席したい日だけ出席するタイプの人が多いのだが、毎年この6月頃は、一番出席率が悪い時期。

うちは、年1回の生徒募集しかなく、10月入学の1年コースだから、9月が卒業である。8月下旬からは出席率はまたよくなったりするのだが、6月くらいが一番休みやすいみたいだなあ。

そろそろ今週末あたり、卒業生の福田和代さんのデビュー作『ヴィズ・ゼロ』が出版されるはずだ。献本くれるらしいけど、書店でも買うつまりなのである。楽しみ楽しみ。

06/05/2007

小説とは関係のない休日(民族学博物館「聖地・巡礼」、ソラード)

6月4日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

午前中、千里の「国立民族学博物館」へ。会館30周年記念特別展「聖地★巡礼」を見に行く。公休日なのだけど、昼から事務所へ行くつもりだったのでかなり早めに行ったのだが、思ったよりも時間がかかる。展示物が多いというよりは、今回はビデオ展示ばかりだから、どうしても時間がかかるのである。聖地サンチャゴ・デ・コンポステラへの巡礼者を扱ったドキュメンタリー映像が中心。あとで、お遍路さんの映像も見る。

結局、かなり疲れたので、昼食を食べてからしばらく休憩。午後から事務所へ行くのをあきらめ、常設展示ものんびり見て、1階で資料を買う。自然文化園へ。自然観察館に寄ってから、ソラード(空中観察路)へ。天気はいいし、なかなかいい気分。人もほとんどいないし、代わりにけっこう野鳥がいる。そのまま自然文化園で、木の観察などをして楽しむ。のんびりブラブラ。

3時頃、モノレールで帰宅するために、駅へ向かう。万博公園駅前の「エキスポランド」は、例の事故後まだ閉園中。看板が立っている。中をのぞくが、作業服を着た人がちらっと見えるほか、誰もいない。観覧車も止まったままである。風神雷神もモノレールからよく見える。モノレールの乗客たちも、思わず窓から見たり、ふと目をそらしたり。なにやらちょっと妙な雰囲気ではある。

06/04/2007

小説とは関係のない休日(府立中央図書館)

6月3日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

朝から外出。午前中、自転車で天満橋へ。早めの昼食後、東へ移動して、東大阪市の大阪府立中央図書館へ。閉館までアレコレ調べものなど。

帰宅が夕方ギリギリになったので、あわてて買い物。休日の夕食くらい時間をかけて作りたいし、毎朝、息子と夫の弁当を作らないといけないので、休日のまとめ買いは重要。

06/03/2007

卒業生の出版デビュー

6月2日(土)
午後から小説講座の事務所。昼「ライティング講座」、夕方から「10期エンターテインメントノベル講座」と「専攻科」

ライティング講座は、教室実習。3時間の授業で、15分ほどの休憩をはさんで40分ほどで作文を3回ほどやる。この時期は、とにかく書くことに慣れるのが大事なので、30〜40分ほどかけて原稿用紙2枚程度を書いてもらう。初心者向きのクラスでは、教室実習で、これくらいの量を何度か練習してもらうことにしている。これもだいたい7〜8回もやれば、慣れてくるのでコツさえつかめば、誰でも30分である程度の作文とか小論文くらいなら書けるようになる。このクラスは、全体的に向上心が強く、上達は早そうなタイプが多い。こういうクラスは、ほっといてもお互いの作品を読んだりするだけで自然にうまくなる。とてもラクである。

とにかく「30分あれば原稿用紙2枚が書ける」という自信がつくとことも、忙しい社会人ではかなり重要である。「書くこと」は、思ったよりも面倒だし、思ったよりもなかなかうまくいかない。うちの生徒さんは社会人ばかりなので、
「時間がありあまっているから文章でも書いてみよう」
というタイプではなく、
「時間がないけど、とにかく文章がうまくなりたい。何とか書いてみたい」
という人が多いから、なおさら「短時間でもあれば、少しは書ける」という自信が大事だったり。いくら講師からいい講義を聞いたとしても、文章というのは、実際に書いてもらわないとどうしようもないので、とにかく書く習慣をつけてもらうのが大事なのよね。

夕方からは、エンターテインメントノベル講座。10期の講師は、ミステリ作家の金井貴一先生。最近は、谷川涼太郎名義の作品が多いので、今年は、生徒さんには谷川先生と紹介。あらかじめ生徒さんから集めた質問をもとに、ご自身の体験談、作品の作り方などを説明してもらう。乱歩賞の最終候補に4度も残った経験をもつ金井先生。残念ながら受賞をせず、会社員を続けながら、「部長刑事」とか「中学生日記」とかシナリオを書かれて、定年後に再び小説家になり、いくつかのペンネームを使い分けながら、作風の違う小説を出版されている。かなりわかりやすい講義で、生徒さんにはたいへん好評。

専攻科は、青心社の社長で編集者の青木先生による作品指導。ちょうど一昨日、届いたばかりという新刊を数冊ほど持参。実はコレ、生徒作品だったのだが、講師である青木先生が気に入って、
「この作品なら、うちで出版する」
となった作品である。卒業生である本人も、本日は講義にやってきて、ピカピカの表紙を受け取っていた(うちの小説講座では、プロデビューした卒業生は講師と同じ扱いになるので、いつでも講義に参加していいんだよん)

ひょんなところからデビュー作となった作品だが、この生徒さんは、もともと長編を何本も書いていたという実力派。今の専攻科は、いつデビューしても不思議ではない状態の生徒さんがけっこういるので、この勢いを借りて、皆、さっさと続けてデビューしようね。

講義後の飲み会でも、専攻科のクラスはかなり盛り上がっていた。10期は来週、そろそろ修了課題の提出締切である。

06/02/2007

かたづけられない性格

6月1日(金)
午後から小説講座の事務所。

うちの小4の娘たちは双子である。しかもどうやら一卵性双生児らしい。だが、性格はだいぶ違うらしい。姉の方は、活発で負けず嫌い。細かいことは苦手で、整理整頓もダメ。学習机の上もいつも散らかっている。

一方、妹の方は、几帳面な性格。慎重派とでも言うのだろうか、あるいは警戒心が強いのか、初めてのことはたいていやりたがらない。あまり食べたことがないような料理が出ると、必ず兄や姉が食べた表情を確認してから、慎重に手を伸ばすというタイプ。整理整頓もきっちりしていて、学習机もいつも片付いている。

こういうタイプなので、朝の用意もきっちりしている。前日にはちゃんと時間割を済ませて、着替えを用意し、朝は言われなくても先に着替えを済ませ、食事をとって、髪の毛をとかしてから母親のところに来て、髪をきちんと結んでもらい(髪型は、うさぎちゃん結び)、とくに親にせかされなくても、7時58分になったらきちんとランドセルを背負い、7時59分に靴を履き、玄関のところの鏡でもう一度身だしなみを確認し、ラジオから聞こえてくる8時の時報とともに家を出るのである。そして、近所に住むおばあちゃんのところに行き、朝の挨拶にしてから、集団登校の待ち合わせ場所へ行く。まことに手のかからない子供である。

ところが、姉の方は、ほとんど同じ時刻に起きるのにもかかわらず、前日に時間割もしてないし、着替えもぐちゃぐちゃなので、朝の準備に手間がかかる。母親にせかされても、パジャマのままグズグズ朝食を食べ、何度言われても平気でダラダラしている。8時10分前くらいになってから、やっと着替えはじめるので、むろん8時の時報がなってもまだ靴下をはいておらず、髪の毛もぐちゃぐちゃで、その頃になってから、待ちきれない妹が
「先に行っとくで」
と出て行くと、ようやく
「えー、待ってえ。あー遅れちゃう〜」
と半泣きになり、あわててバタバタと家を出る。当然ながらすでに5分は過ぎている。

それでも妹がやることはやらないと気が済まないらしく、おばあちゃんちにも挨拶に行くらしい。そのまま玄関でずっと待っているおばあちゃん(実家の母)が
「毎朝、どうしてアンタだけ遅れるの? 一緒に来ればいいのに」
と言う。当然である。で、これが毎朝。

一卵性双生児なのに、どうにも不思議である。学習机もまったく同じタイプのものを買って、並べて置いてあるものだから、あまりに対照的な机の上は笑えるほどである。もちろん引き出しの中をのぞいてみれば、もっとよくわかるはずなのだが。それが証拠に、姉の方はいつも「アレがないコレがない」と探し物ばかりしている。そして探し物のたびに、またぐちゃぐちゃにしている。

母親としては、やはり妹みたいな子供の方が手がかからないし、かなりラクである。もちろん「いい子」なのである。私自身、整理整頓が苦手なタイプだから、姉の方が気持ちがわかる気がするのだけど、余計にちょっと情けない。

一方、うちの夫は、きっちりしたタイプで、何もかもきれいに整理整頓する人である。パソコンのデータもきれいに整理されており、定期的にバックアップをとって、チャックを怠らない。たまりがちな書類もきれいにファイルされているし、とにかく机の上がいつもきれいに片付いている。中2になる長男も整理整頓は苦手で、ぐちゃぐちゃなタイプ。夫の言わせれば、3人の子供たちのうち2人が「ぐちゃぐちゃ」になったのは、どうやら私のせいらしい。

しかし、一卵性双生児なのにそれぞれ違う性格だということは、やはりこういうのは遺伝というよりは、後天的な習慣だということなのね。つまり
「持って生まれた性格だから、仕方ないよね〜」
という言い訳がまったくできないのだ。

で、この二人の子供が、父親に
「なんで、玄関に靴下をはきすててあるんだ! ほら、机の下もゴミだらけでぐちゃぐちゃじゃないか! ちゃんと片づけなさい! 何度も言われているのにどうしてできないんだ!」
と怒られているのを聞くたびに(もちろん私は子供に言えるほど片づけられないので、そういうことはなるべくあまり言わないのである)、すごく耳が痛い。ああ、でも母親なのに、これではいけない。そう思って、あわてて片づけたりするのだが、1週間ももたない。

そんなわけで、毎朝、登校していく双子を見送りながら、ため息をつく私なのであった。

06/01/2007

季節はめぐる、小説を書くには時間が必要

5月31日(木)
終日、外出。小説講座の事務所には、入れず。

4月の開講が済むと、今度は、夏と秋の開講準備。毎日、たいしたこともできずにだらだら過ごしている気もするが、何もしなくても知らぬ間に、季節だけはきちんと律儀にめぐるのであった。

例年、秋のコースは、たいてい7月からの生徒募集になるのだが、なるべく6月末からの生徒募集をめざして、コースカリキュラムの調整など。

小説講座「エンターテインメントノベル講座」は、年1回秋の生徒募集しかないので、早くから問い合わせをしてくる人がけっこういる。たしかに教室見学をしようと思えば、そりゃなるべく早いうちに問い合わせしてくれた方がこっちは都合がいいのだけど。
(6月まではレクチャー講義が多いから、ふらっと見学に来てもそれなりに聞けるけど、7〜9月は「作品指導」しかないから、その前に作品集を読んでおく必要があるので。問い合わせをもらってから作品集を送付するので、直前に申し込まれても受付できない)

以前は、春の生徒募集もやったりしたのだが、結局、今は秋の生徒募集だけ。年1回だけなので、タイミングがあわない人もいるらしく、入学生の中には
「数年前から何度も検討し続けて、今年やっと入学」
という人も多い。ま、たまたま見つけて入学、っていう人もいるけど。あんまり広告も広報も熱心にやっていないから、よほど運のいい人である。

あんまり広く宣伝をしていないのは、うちの小説講座は一応「プロ作家養成」というカリキュラムなので、一般の人をそれほどたくさん集めるという講座ではないだろうと思っているから。とくにプロ志望じゃなくて、そういうニーズの人なら大阪には他にも学校がいろいろあるので、それなりのトコへ通うだろうし、数十人、数百人と生徒がいるところもある。経営的には苦しいから、もう少し生徒数が増えたらいいな、とは思うけど、少人数制の講座だから、それもせめてあと3人とか(笑)

さて、うちの講座では、今年こそ「2007年に3人デビュー!」という目標なのだが、それも残り7か月。とりあえず来月6月には卒業生の本が出版されるけど、あと2人が微妙。専攻科には、かなりいい線までいってるという生徒さんはけっこういる。もう、あとは運、というヤツかもしれないが、全体的には今もツイてるという気がするんだけどなー。

いくら出版が決まっても、発行までにはけっこう時間がかかるし。年内デビューをめざすとなると、この2〜3か月が大事かな。あせっても困るけど、のんびり過ぎるのも困るのよねえ。

とは言うものの、小説を書くのはホント時間がかかるものなので、思いついたから一足とびに書けちゃったり……しないのだった。とくに長編というのは、相当な集中力と気力がいるだけじゃなくて、それを書く時間がかなりかかるものなのである。だからこそ、「小説を書いてみたい」という人は多くても、「実際に書く」という人はかなり少ないのだ。

うちの講座も社会人の生徒さんが多いんで、仕事をちゃんとやりながら、家庭もちゃんと大事にしながら、しっかり遊んだりしながら……って言っても、みんな、スーパーマンじゃないからね。家庭も仕事もやりながら気長にボチボチやるか、それとも職場や家庭にはちょっと不義理をするか。まあ、職場の理解なんてのは最初から無理だろうけど、やっぱり家族の理解がないと続かない気がする。既婚者はとくに。正直、プロ志望なんだったら、家族の協力があるかないかはすごく大きい。生徒さんでも1年目はいいが、専攻科に進学して長編なんか書き出したら、途端に時間との戦いになるんだよね。

それにしても、生徒さんをみる限り、やっぱり量を書く人は確実にうまくなる。もちろん短編というよりは、中編とか長編だけど。講師に作品指導を受けながらなので、一応、「書きっぱなし」になる心配はなく、むしろ講師に指導されるたびに落ち込んだりして、筆が止まることさえあるのだが、それでも書き続ければ、たいていぐんぐんうまくなるもんで、これには毎年のように実感する。
「小説も、ある程度の練習量が必要なんだなあ」
それには時間が必要なのよ。どんな大作家さんでも、時間がなければ書けないんだよん。サラサラ書いているように見えるかもしれないけど、みんな苦労してるんだよん。

たまに生徒さんじゃなくて、一般の人の中には「いくら書いてもうまくならない」という人がいるようなのだが、これはたぶん作品をいくら書いても、誰かに読んでもらったり、チェックされずにいるのが原因ではないかと思う。一人でコツコツ書いていて、あちこちに応募しているのは大変すばらしいことなのだが、ずっと一人で書いていると、けっこう煮詰まったり、一人よがりになったりするので。作品は書いたら必ず誰かに(それもちゃんと小説を読める人に)読んでもらった方がいいんだよん。書きっぱなしで、ほったらかしててもあんまりうまくならなかったりするので。

ところで、うちの作品指導を見ていると、「その作品」を書き直すのに有効というのもあるけど、「このアドバイスを次回作を書く時に、ぜひ生かしましょう」という感じがすることが多い。生徒さんは、作品が変わってもなぜか同じミスをする。まあ、注意されてもなかなか直せなかったりするのだけど、それでも何度か言われているうちに徐々に変化していくし、そうした欠点に苦労しているうちに、知らぬ間に長所がぐんぐん伸びていたりする。

やっぱり上達のコツは、
「とにかく何作も書いて、何度も作品指導を受けてみること」
なんだよね。

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