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04/30/2007

小説とは関係なくもない休日(小説講座の合宿、篠山めぐり)

4月29日(日)
本日は、生徒さんたちの合宿に同行中。

コテージでの朝、6時半。さわやかな笑顔で、まず某さんが起きてくる。夜おそく、というか、ほとんど明け方近くまで一緒に話をしてたのに、一番最初に起きてくるとは。さすがである。このメンツでは年齢的には一番上のはずだが、やはり一番若いらしい。サングラスをかけて早朝の散歩におでかけ。どうやら朝食までに一人で軽く裏山に登るつもりらしい。元気だなあ。中年太りとも全く縁のなさそうな細身のシルエットが、早朝の美しい緑の中にすうと消えていく。後姿を見送りながら、やはり彼には、何か高貴な不老不死の血が流れているんだろうなと思う。

私だけが別に寝ていたのだけど、ドアからのぞいてみたら、あとの若い男性3人はすっかり熟睡。若いと言っても、みな30過ぎでは、寝顔とか隠し撮りしても別に面白くも何ともないしなあ。一人で退屈なので、とりあえず、持参したコーヒーを入れて飲む。昨夜のグラスなどを片づけてから、7時頃にコテージを出て、ぶらぶらと隣のコテージへ。寝るのが早いこっちの連中は、ほとんど起きていた。またコーヒーをもらってもう一杯。少し話をして、8時からの朝食のため、15分前に戻り、3人を起こしてからレストランへ。ほんの少しだけ遅れて、某さんが戻ってくる。やっぱり裏山の山頂まで往復したらしい。標高300メートルあまり。やはりタダの人間ではない。

朝食後、清算を済ませ、7期の連中と一緒に「記念撮影」をする。それから別れて、5人で車に乗り「柏原」駅へ。柏原の観光スポットを制覇するため、まだ見てなかった「織田家廟所」を探す。この柏原は、織田2万石の陣屋町。

一人が駅で別れたので、残りの4人で「篠山」へ。篠山城などは「JR篠山口」の駅からかなり離れているのだが、車なら柏原からもすぐ。実は、私は、去年の合宿の帰りにもここに寄りたかったのだが、誘っても誰も興味を示してくれなかったし、駅からバスというのが一人では面倒であきらめてしまっていたのだ。今年リベンジである。わずか半年後、男つき車つきで行けるとは、なるほどやはり人生長生きはするものだ。

とは言うものの、私もそれほど下調べをしてきてない。で、まずは郷土史について予習ということで「青山歴史村」へ。ここで「4館共通券」(大人600円)というのがあるのを知り、さっそく購入。青山歴史村は、篠山藩主青山家の別邸。藩の資料などが保存されているのだが、私はその中の「鼠草紙」の絵巻物というのがかなり気に入る。これは、120歳の鼠が17歳の美しい人間の娘を嫁にもらうが、鼠だとバレて嫁に逃げられ、泣く泣く出家して、なぜか猫の坊さんと意気投合したりして高野山に行くという、何だかおかしな話。室町時代に作られた絵巻らしいが、なかなか美しい色彩で、ネズミ(家来たちもみんなネズミなのである)の表情がとてもユーモラス。つぶらな黒い瞳が超キュート。可愛すぎ。某さんが「鼠草紙」のパンフレット購入。くわしい知りたい人は彼に。

そのあと「篠山城大書院」へ。平成12年に復元されたそうだが、ロケでしっかり使えそうな立派な上段の間もあり。シアター室では、CGを使った「篠山城物語」も。昼食は、豆腐なんとか定食など。天気もいいせいか、観光客も多くてお店はどこもいっぱい。それにしても篠山って、けっこうな観光都市だったのね。大阪からは電車で1時間半という微妙な位置なので、今まで一度も来たことなかったけど。

「篠山市立歴史美術館」は、昭和56年まで使われていた「篠山地方裁判所」の建物を利用した美術館で、木造建築の裁判所としては現存する日本最古の建築なのだとか。クラシックな旧法廷も残されており、板ばりの床がなんとも言えず。家庭環境からして「裁判所」には詳しいはずの某クンがこれを見て何か言うかしらと待ってたら「段差」の違いを指摘。展示物では「東海道中山道甲州街道図屏風」などが興味深し。

「篠山市立武家屋敷 安間家史料館」は、天保年間に建てられた徒士住宅。篠山藩主の家臣で、禄高は「高12石3人扶持」だそう。こういう藩主の家臣の「普通の屋敷」というのをちゃんと見ておくと、たしかに時代物の小説を書く時に何かと役立ちそうな気はする。このあたりは、この他にもいくつかの武家屋敷が残っており、国の重要伝統的建築物群保存地区だそうな。東側には「瓦町妻入商家群」というのもあるらしいが、そっちは寄らず。そっちは非公開が多いみたいだし。

そんなわけで、あちこち篠山めぐりをして、すっかり一日を過ごす。車で「新三田」駅に送ってもらい、JRで大阪へ。電車の窓から、なぜかずっと話題だった「武田尾」を見たりしながら、大阪方面で解散。某さんはここからまた新幹線である。

私は、京橋で書店に寄ったりして、7時頃に帰宅。さすがに眠いので、8時過ぎには就寝。

04/29/2007

文章教室は美人講師、夕方から小説講座の合宿

4月28日(土)
朝から外出。昼から文章教室「第3期ライティング講座」の講義。

本日の講師は、なかなかの美人講師である。講座担当のOさんが「セクシー」とも呼んでいる川上先生は、ベテランのライターさん。おもにインタビュー取材の方法を説明し、教室内にて二人一組で取材実習。生徒さんは、かなり熱心に実習に取り組んでいる様子で、教室内の熱気がすごい。このクラス、今年はめずらしく男性の生徒さんが多いから、一体どんなクラスになるかと心配だったのだけど、やる気のある生徒さんが多いみたいだし、どうやらいいクラスになりそうな感じ。

3時半に講義が終わり、4時半頃まで生徒さんたちと立ち話。Oさんに指摘されて、あわてて「海老江」駅までダッシュ。4時48分発の電車に乗り、尼崎で福知山線の快速に乗り換え。専攻科の生徒さんたちの合宿に行くのである。電車が北に向かって走っていくに従って、夕暮れが近づいてきた。季節柄、ゴールデンウィーク前の田んぼにはどこも水が入り、どれも鏡のようにオレンジに光っている。

反対からの電車が5分ほど遅れたようで、一つ前の駅で時間待ち(単線なのである)。「柏原」には18時52分くらいに着く。駅には、生徒さんが車で迎えに来てくれていた。今回は、9期卒業生のコテージと7期卒のコテージと二つに分かれているのだけど、私は空いている9期のコテージに。こっちは私を入れて5人。私以外は男性ばかり。みんな小説の実力もある連中で、とくにそのうち二人は、今年、専攻科の一年目にして、早くも提出枚数ベスト3入り。すでに今年中か来年あたりのデビューも不可能ではない勢い。残りの二人も、もう少し量を書けば確実に伸びるタイプであまり心配なし。こんなオトコマエ4人組。おかげさまで、すっかり逆ハーレム状態である。

見ると隣のコテージでは、にぎやかにバーベキューの真っ最中。7期卒のメンバーたちが楽しそうに盛り上がっていた。こっちは、バーベキューはせずにレストランから出前のオードブルだけ。でも、これがそれなりにけっこうちゃんとした料理だったし、他の人たちも色々持参してくれて、話をしながらビールを飲むには充分。

いつも教室にハーブティなどを持って来てくれる生徒さんが、ペットボトルでおいしいお茶を持参。手作りベーコンをくるんだ卵焼きも。このベーコンも自分で作ったらしい。なかなか美味。しかし、いつもながら器用な男性である。他の生徒さんたちにも「レストランかバーでもしてみたらいいのに」と言われていた。私ならこんな料理上手な男性は、理想のダンナ様なんだがな(せめて10歳若ければ)

他にもなかなか贅沢なチーズ(名前は忘れたけど、めちゃおいしかった。ワインかすのブドウの皮がついてた)とか、おいしいパンとか。

うちの生徒さんは、年齢も職業もいろいろ。大学では「第2外国語」を教えているというハンサムな某さん。おしゃれで知的で優しそうなので、専攻科の女性たちの中ではどうやら一番人気らしい。穏やかで紳士的な雰囲気だからだろうけど、たしかに実年齢よりも15歳くらい若く見えるし、大学生の息子がいるようには全く見えず。もしかして高貴な不老不死の血が少しくらい混じっているのではないかしら。

しかし今回、個人的には、某くんの方がよほどユニークなプロフィールであることが判明して驚愕。妙に博識だったりして、なにかと頭のいい男だなと思ってはいたのだが、この彼が某音大で音楽理論を学んだ秀才だったとはぜんぜん知らなかった。ま、私、小説講座の生徒さんのプライベートは、日頃、みんな知らなかったりするのだけども。

まあ、知らないけど、てっきり大学もどっかの理系かと思ってたのだが。でも、そうか。なるほど、それで、ある作家の先生がピアニストと結婚したという話をしてたら、
「でもボクなら、絶対ピアニストとだけは結婚したくないですよ。ピアニストの奥さんなんて、演奏旅行でしょっちゅういないし、家事はしないし、金はかかるし、都合よく使われるだけでいいこと全然ありませんからね。だからボクはピアニストの女性とだけは、いくら頼まれても絶対に結婚したくないんですよ」
などと突然、主張しだしたので、ちょっと驚いたことがあったのだが、あれって、なるほどそういうことだったのね。
あの時、私は「ピアニストの美女にせっかくプロポーズされているのに、きっぱりと無情に断っている姿」をふと想像して、後でおかしくなって一人で笑っていたのだが(悪趣味ですね)、そういうことなら、もしかしてまさか案外……。

そういう過去(?)があるくせに、彼はなぜか親戚中、みんな法律関係者なのだそうだ。よく聞けば、かなりめずらしいプロフィール、そんな人間がまさか本当に実在するとは。知らなかったが、それって、まるでマンガや小説にでてくる「名探偵」みたいである。今まで気づかなかったけど、彼って、どこかの新本格とかに登場してそうな「キャラ」だったのだなあ。

でも、これなら、いつ隣のコテージで『殺人事件』が起きても安心だわね。ついでに、日頃はプロのライターとしてバリバリ活躍してる生徒さんには「ワトソン役の視点人物」をお願いすることにすればいいし。元新聞記者だし、バイク乗りなので、犯人探しの情報収集にもかなり役に立つはず。

『殺人事件』と言えば、昨年、7期の生徒さんたちの合宿で、「もしこのコテージで殺人事件が起きたなら、誰それが犯人役で、第一の犠牲者は誰で、二番目が誰で……」とすでにしっかり計画済み(?)だから、いつでも名探偵の活躍ができるんだけどなあ。

しかし、なんだな。私って、小説講座の合宿では酔っ払ってるから、誰も書かないようなくだらない話ばっかり思いつくのね。

そんなこんなで、ライトノベルとか、トランスジェンダーとか、デリダとか(なんて知的な集団なのでせう)いろんな話をして、4時過ぎまで。

隣のコテージでは、今年はウルサイのがいなくて(それは私だ)、やはり12時過ぎにみんな寝たそうな。

04/28/2007

大事に保存しておりました

4月27日(金)
昼から小説講座の事務所。

雑用あれこれ。
実は、うちの小説講座では、これまで提出されていた生徒作品のほとんどを整理して、ロッカーにしっかり保管していたのだが、あまりに多くなったので、昨年度分の提出分をのぞいて、すっかり廃棄することにした。まあ、古い作品だから、卒業した生徒さんもさすがに今さら見たくもないだろうし。これまでの数年分だから、かなり大量である。見ると、さすがに1期生のはないが、2期生の作品があったりするので、我ながら驚く。講義録はそのまま古いのも残すべきだろうけど、生徒作品は今度からマメに整理しよう。最近は、年に百本以上の提出作品があるので、いくら縮小コピーでもかなりの量がすぐたまるのだ。というわけで、昨年度分まですっかりさっぱり廃棄。

04/27/2007

木曜日は、事務所不在

4月26日(木)
朝から小説講座の事務所。昼から外出。

この春から、専門学校の非常勤講師の仕事が木曜になってしまった。小説講座の事務所に入れなくなったのだけど、この日は他のスタッフの人もいないので、どうしても事務所が留守になってしまう。そんなわけで、たぶんご迷惑おかけします。

04/26/2007

サイバーパンクのある楽しい生活

4月25日(水)
朝から小説講座の事務所。昼から外出。

このあいだの講義のあと、飲み会で10期の生徒さんに
「サイバーパンクって何ですか?」
と聞かれた。私とは年齢的にはそう離れていない生徒さんなので、年代的にはおそらくSFブーム世代なのだが、これまであまりSFには興味がなかったらしい。サイバーパンクという言葉も、どうやら先日の堀晃先生の講義で、はじめて聞いたようだ。

その日は短い作品の指導だったのが、確かにそれらしい作品があったから、指導コメントの途中で聞いたのだろう。講義中、「サイバーパンクって何?」と思ったらしいのだが、あとで質問するのを忘れてたみたいである。

「パンクなら、けっこう詳しいんですけどね」
音楽の? うーん。それとはあんまり関係がないような。

しかし、私もSFをあまり知らない人に「サイバーパンク」をうまく説明できる能力はない。まあ、わかるかどうか知らないけど、今だと「攻殻機動隊」とか「マトリックス」とか、あーゆーやつです、という説明をしてみる。これで伝わった自信はないが、本人が興味を持てば見るだろうし。

うちの小説講座は、プロ作家の先生がたくさんいて、それぞれがかなり幅広いジャンルの小説を書いているし、生徒さんもSF、ミステリ、ホラー、ライトノベル、恋愛、時代小説……と、かなりバラバラである。とくにSF好きじゃなきゃ、たぶんサイバーパンクなんか知らなくても当然である。

ま、「サイバーパンク」なら、たしか早川書房から出ていた『SF入門』(日本SF作家クラブ編)に巽氏の詳しい解説とかあったような気がするがなあ、と思いつつ、しかし、あれもSFにさほど興味のない人が読んでもよくわからんだろうしと思うのであった。

それに考えてみれば、あたりまえなんだけど、サイバーパンクなど知らなくても、日常生活なんかにはまったく支障はないのだった。

小説なんて、つくづく個人的な趣味性の強い嗜好品である。必需品じゃないから、なくても別に死なない。ただ、あれば生活が楽しくなる……かもしれない。いや、まあ、もちろん人によりますが。

サイバーパンクがあったおかげで、私の人生はすばらしい。人生バラ色。あってくれてありがとう。サイバーパンク万歳!
……なんて人がこの世の中に一体どれくらいいるのか、そんなこと、私は知らない。

いや、けっこういるのかもしれないけど。

04/25/2007

小説に必要な、愛と勇気と人間観察

4月24日(火)
朝から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

某生徒さんは、どうやらこれはご本人も自覚しているらしいが、日頃から『ネガティブ発想』のたいへん「上手」な人で、そういう言動を繰り返すことが多い。聞いていると、まるで映画に脇役で出てくるとか、マンガのキャラクターのような言動をすることがある。なぜか本人は気づかないみたいだけど。

日頃、ネガティブ発言を繰り返すようなヤツは、私は心の中で「貧乏神」あるいは「ドーセ星人」と呼んでいて、かなり要注意ではある。だって、こういう人は、いつも否定的なことばかり言うので、ウルトラ怪獣並みに他人の生命エネルギーを吸い取るから。

でも免疫がついて、ある程度、慣れてしまうと、むしろ「観察」することも多い。私自身は面白いこともあるけど。いや、私も根は暗いタイプだと思うけど、こういう『ネガティブ』な発想は、さすがになかなかできないので、興味はあるのである。(いや、なぐさめる必要があればするけども)

ただ、どうも『ネガティブ』な発想は、やはりいきつくところは「生きていても仕方ない」なのである。どっちにころんでも、結局は論理的にはそっちに行くしかないのである。わかるけど、でも結局それだというのなら、なんだかやっぱりつまらない。思うにやっぱ、「生きていても仕方ない」と言うのは違うよなあ。いや、やっぱ。もちろん理屈はどうでもいいのだ、理屈は。人生は理屈じゃないからな。いや、ホント。

でも、「生きているから仕方ない」ってゆうんなら、実感としてはまだわかるんだけどな。

ところで、作家の先生たちは、「あの人たちはどうも『人間観察』が趣味なのでは」と思うくらい、どうも人間を見る目がかなり鋭い。ま、実際に日頃どのように観察しているのか知らないけど、書いた作品を読めば、
「ほほう、なるほど、こういうところにしっかり注目しとったんかい」
みたいな細かいところがけっこう描写してあるものだから、そういうのは、たぶん「見とった」んだろうと思う。実際に見たか、想像の目で見たかは知らんけど、とにかく「見た」ことがあるのだろう。別に、日頃からキョトキョトしているわけではないだろうけど、何かしら思っているはずなのである。好奇心をもって観察してるはずである。

ところが、生徒さんの中には、まれに「他人に対する関心がほとんどない」という人がいる。いや、実際、小説講座の生徒さんのほとんどは、そんなことはないのだけど、たまにはそういう人もいるのである。もしかしたら、それはもともとそうではなくて、何かの拍子にそうなったのかもしれないけど、とにかく他人にはあんまり興味がない。

小説を書きたいなどというようなタイプは、たいていあまり社交的な人ばかりではないので(たぶん人づきあいが得意というのは少数派)、何かの拍子にはそういうことがおきてしまうのかもしれないが、あまり自分自身に閉じこもるタイプだと、結局、作品にそれが出てしまうようである。

つまりどういうことかというと、こういう人が作品を書くと、他人が読んでもよくわからない作品になる。つまり共感性が低い。キツい言葉でいうと「ひとりよがり」になるみたいなのである。

この原因は、もともと他人に対する関心が低いからではないかと思うのである。ネガティブな発想が「得意」な人は、どうも自分以外の人間をあまり信用してないとか、あるいは自分自身も信用してないとか、いろいろ精神的な姿勢にややこしいところがあるらしい。で、それがやっぱり作品に出て来るから、読んでいても、なんだかややこしいし、何が言いたいのかがよくわからない。

小説講座や文章講座の生徒さんの作品では、こういうことが原因だと一番難しい。難しいのだが、こうなると文章の問題とか、小説技法の問題ではなくて、たぶん「人生観」の問題である。しかし、悪いがこればっかりは、私にはどうすることもできない。なにせ私もスピリチュアルアドバイザーなんかではなくて、小説講座のただの事務担当なんだから。

作家志望の生徒さんにとって、多かれ少なかれ、精神的なコントロールというのが難しいのは知っているつもりだし、コレ自体はもう慣れているので別に何ともないし、相談をされてもかまわないわけだが、どうも他人に対する関心がなくなるというのは、一番手が出しようのない問題である。文章だとか、小説技法だったら、いくらでも忠告できるんだろうけども。しかも、こればっかりは本人にも説明が難しいので、そこが困ったところ。

しかし、小説といえども、これは結局コミュニケーションの一形態なので、つまりは他人とつながりたいというところになるわけで、この「他人と理解しあいたい」というのは、「自分を理解してほしい」というのと同時に「他人も理解したい」という欲望がないと無理ではないかという気がする。

結局のところ、他人に関する関心のありようは、「自分も他人も同じ人間だ」という前提があるかないかなのかもしれないけど。そう考えると、一種の「人類愛」なんだろうけど。

とにかく他人を観察して、もしかして自分でもそうなのではないかという、そういうところがないと面白くないかもしれないし。でも、小説を書くのも読むのも、おもしろさは結局はそこからなんではないかと思うけど違うのかな。

小説を書くのは「人間を描くことだ」というのはやたら重苦しい感じがして苦手だし、「まあ、お話がおもろかったらええやん」という方が性にあうのだが、それはそれで、人間が一人も出て来ない小説を書くのはかなり困難のはずだし(いや、不可能じゃないだろうけど、宇宙人だって、擬人化したクジラだって「人間」のはずだから。よっぽど実験的な小説だと別かもしんないけど)、いろいろなキャラクターを書く以上、やっぱりある程度、関心がないと動かせないだろうしなあ。

それにしても、他人に関心があまりないという原因は、ただの自己中心的だからなんだろうか。それとも何かあって、なんだか関心がなくなりかけているだけなんだろうか。

とりあえず、おもろいエンターテインメント小説を書くのには、やっぱ、ちょっぴりでも「愛」というモノが必要らしいのである。

04/24/2007

小説とは関係のない休日(鶴見緑地の思い出)

4月23日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

今日、たまたま「鶴見緑地」のことを調べていて、ふと小さい頃の思い出がよみがえった。

自宅近くにある鶴見緑地は、大阪にある都市公園の中でも大きい方の公園である。1990年の「国際花と緑の博覧会」(花博)の会場跡地で、花博で作られた庭園などもけっこう残されているのだが、もともとは1970年代から都市公園として作られてきたので、その施設とかがかなり入り混じって残っている。私は、大阪市内の中心部で生まれたのだが、小学校入学と同時に鶴見区に引っ越してきたので、花博以前の「鶴見緑地」もよく知っているのである。

もともと鶴見緑地のあるあたりは、淀川と大和川のあいだにはさまれた低湿地なので、たぶん江戸時代から明治にかけても、たぶんどろどろの沼地だったはずである。どうせ、その昔は、一寸法師が「どんぶらこ」とお椀の舟をこいでいたかもしれないような湿地である(一寸法師は、住吉大社で願をかけて生まれて、京にのぼったところを見ると、たぶん南河内の生まれだと思うのだけど)

大和川の付け替えと淀川の改修以降、沼田にはなっていたろうし、このあたりでは明治期からレンコン栽培が盛んになったらしいので、たぶんレンコン畑だったのではないかと思う。

大阪市の資料などによれば、このあたりが都市公園として開発されたのは、1941年からだそうだが、これは「防空緑地」としての計画らしい。で、そのあと、戦後の高度成長で出た市内の廃棄物(ゴミ)で埋めたてられたわけである。市の資料によれば、「蓮が自生するだけの低湿地を利用して、都市公園を計画」したのだそうだが、もともと蓮が自生するような土地柄ではないので、これは戦後ほったらかしになっていたレンコン畑の跡地だろうと思う。とにかくこのあたりは、もともと水はけはかなり悪いのである。それをゴミで埋めて、土をかぶせたのが「鶴見新山」。たしか標高45メートルの人工山だが、大阪市内は低地なので、これでも市内最高峰。

私が最初、鶴見緑地を見たのは、1970年代、ちょうどこの頃である。当時は、有刺鉄線に囲われていて中には入れず、当時はまだ土をかぶせたばかりの廃棄物からガスが出て、コンクリートに囲まれた小屋状の場所に火がついて燃えていたし、荒れっぱなしの空き地は、2メートルほどの「セイタカアワダチソウ」が繁っていた。広大な雑草のジャングルである。一部は,市民向けの「貸し農園」になっていて、父がよく野菜を作っていた。

このあたりは駅が遠いので、市内中心から8キロしか離れていないのに、バスしかなくて、道路がせまいからいつも渋滞していた。近所は、木造平屋の市営住宅だらけである。

幼い頃、北区の造幣局の近くで育った私から見ると、これはどう見ても「田舎」だったのだが、アスファルトでおおわれた道路では「おままごと」に必要な水たまり(コーヒーショップを開店するのに必要)とか、雑草とか(ご飯をつくるのである)がまったくないので、また田畑の残る鶴見区の風景はけっこう楽しかった。市内だが、まだ風景は昭和30年代のようで、農家も残っていて、子供たちは水路でおたまじゃくしやザリガニをとっていた。トイレはもちろん汲み取り式である。

そんなゴミ山だった鶴見緑地は、なんだか都市公園へと作り替えられ、植えられた木々がようやく成長して、私も大人になった頃、花博の開催地に決まって、あれよあれよという間に「地下鉄」ができ、そっくり作り替えられて、花博が華やかに開催され、開催後は「花博記念公園」として整備されているのである。

そんな紆余曲折の「鶴見緑地」だが、そんなわけで花博以前から残されているところ、花博で作られたところ、花博以降につくられたところ、など色々な場所がある。花博以前からあったものもあちこちにはあるのだが、全体的にはかなり造成され直したので、これを探すのがけっこう微妙。花博の開催当時は、あちこちお気に入りの木がひっこぬかれたりして風景が変わって、正直、かなしい思いもしたのだが、今思えばこれでもけっこう残っている方なのかもしれない。子供の頃から毎日のように遊んだ緑地なので、今でも懐かしいけど。

ちなみに、もしご興味があれば、オススメは「緑地西橋」。もともと花博以前からここに「すずかけ橋」というのがあって、これがこういう名前にかわったのだが、橋の両側にあるアーチ型の橋の部分が、もともと明治4年にドイツから輸入されてかけられた「心斎橋」なのだそうだ。あちこち転用されて、現在はここにある。130年前の心斎橋、現存する日本最古の鉄橋である。

花博が終わって、十数年。「国際庭園」も、今は、いくつかの庭園に作られた建物が少し崩れかけてやや廃墟みたいになっている。けど、これはこれで残って欲しい気がする。廃墟みたいな建物に、あざやかな花々がけっこうキレイ。なにせ広大な面積なので、適度のほったらかしと手入れになるらしいけど、このあたりがなかなか面白い。残された「庭園」が、なんとなく「秘密の花園」っぽくて面白かったり。ほどよいかげんが「ええかげん」な感じで、なんかイイのである。

今では、市内でも人気の住宅地になってしまったけど、時々、なんとなく古い光景を思い出したりするのである。

04/23/2007

小説とは関係のない休日(講演会エディアカラ化石生物群とか)

4月22日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

午前中、あれこれ。午後から、長居公園内にある「自然史博物館」に。
第24回地球科学講演会「最古の動物化石を探して〜エディアカラ化石生物群の謎〜」(京都大学総合博物館 大野照文氏)を聞きに行く。自然史博物館の講堂に、出席者はけっこういっぱい。
講師は、「形状はケンタッキーのおじさんに似ているが血縁関係はない」(本人談)という大野氏が、一般の人向けにわかりやすく2時間ほど。動物の進化について、「寿司ネタ」の写真をつかった楽しい説明もあり。もともとはどうやら小学生向けに用意したものらしいけど、「いつから寿司屋が開店可能か、タイムマシンで調べてみよう」なんてのは見た目にわかりやすく面白い。さすがは専門家。やっぱ、難しいことをわかりやすく説明するのは重要なことなのね。

内容的には一般向けなので、すでに書籍で知っていることも多かったりするのだが、説明が楽しくわかりやすかったし、カラー写真も見れたのでとても楽しかった。個人的には、ロジアの科学アカデミー古生物学研究所がやっているという「白海沿岸の発掘映像」がやたらおもしろかった。命綱ひとつで海に面した断崖絶壁にぶらさがり、大きな岩をハンマーで切り出していく古生物学者さんたち。真夏でもコートを着込んだその姿は、地球の進化、生物の謎を解き明かそうとする偉大な学者。でも、見ようによってはただの物好き。いや、ただの馬鹿。

ま、古生物学とか、地質とか、自然地理とか、こういう分野の学者さんたちは、やたら川で溺れかけたり、海で遭難しかけたり、崖を転落しかけたりという話をみんな持っていたりするみたいだけどなあ。いや、ホント、馬鹿になれるって素敵。

近くでコーヒーを飲んで、ぶらぶらしてから帰宅。

04/22/2007

いい小説仲間、わるい小説仲間

4月21日(土)
朝から外出。昼から「ライティング講座」の授業。夕方から、小説講座「エンターテインメントノベル10期」講師は、青木治道先生(青心社社長で編集者)。専攻科のクラスは、作品指導。講師は、五代ゆう先生。

「第3期ライティング講座」は、第1回授業。初心者向けの講座なので、最初は「原稿用紙の使い方」。といっても、これは皆いくら頭ではわかっているつもりでも、これはやってみたらできない、ということが多い。実際に書いているものをチェックしてみないとわからないものだから、とりあえず30〜40分かけて、作文を書いてもらう。日頃、ワープロを使う人が多くなっているので、原稿用紙に手書きするのは久しぶりという人も多い。まあ、ワープロを使うのもいいけど、たまには手書きもいいもので。漢字をかなり忘れているので、辞書は必須。

ライティング講座は、ゲスト講師が来てレクチャーをする講義日は13:30〜15:30なのだが、教室実習の日は13:30〜16:30。3時間あるので、簡単な講義をはさんで、また作品創作。結局、原稿用紙2枚ほどの作品を2作。はじめての教室実習で、どちらかは提出をしてもらいたかったのだが、担当者のOさんの方針で、どちらも自宅で仕上げてくることに。うーん残念。まだどの人の作品もみてないから、実力のほどがわからない。それに今週は私がわりとヒマだから、どっちか早めに提出してもらえれば、丁寧なチェックができたんだけどね。

私は、専門学校の方でも非常勤講師をしているので、そっちでも毎週レポート提出を義務づけている。百人くらいはいるので、けっこうな量なのよね。いや、もちろん読むのは好きだから、いくらでも読むのは平気なのだけど、点数つけたりチェックするとけっこう時間がかかるのだ。ま、日頃、小説講座の先生たちに、長編の作品指導をお願いしたりしているので、それに較べればずっと軽いもの。これくらいは喜んでやりますが。

夕方は、ベテラン講師の青木先生。うちの小説講座は、二十人近くの講師が順番に来るスタイルだけど、ほとんど全員がプロ作家で、編集者なのは、この青木先生だけ。編集者と作家さん、創作に対する考え方はどっちも似たようなことを言うのだけど、なんというか、ベクトルの向きがちょっと違うような感じ。他の作家さんたちは、自分の体験に基づいた創作ノウハウを言ってくれて、これは市販の小説読本なんかに載ってないような生々しい話だったりして、そこが面白いのだが、青木先生も「編集者ならではの考え方」みたいなところがあるので、そこが興味深いところ。

6月には、青木先生の青心社から、うちの卒業生がミステリを発売予定。そのチラシを見せてもらう。青心社ではめずらしいハードカバーの小説である。

講義後、青木先生といつもの中華屋へ。専攻科のクラスでも五代先生を囲んで、あわせて40人ほど、ひさびさの大人数。

専攻科のクラスでは、28日から一泊、近くのキャンプ場で合宿の予定。といっても、9期卒のメンバー中心と7期卒のメンバー中心のコテージは別らしい。なんだか、おんなじところに同じ日に行くのに、食事とか会計とかまったく別でやるつもりらしいのだ。へー、知らんかった。ふーん。でも、なんか変なの。

専攻科に進学しても、たいてい同期はやたら仲はいい。7期も年齢はバラバラだけど、かなり仲がよい。でも、他の生徒さんに言わせると、7期卒のグループは、どこかいつも自分たちたちで固まっていて話しかけにくいらしいこともあるらしい。そんなこともあるのかなと思ってたが、そういうことなのかな。で、7期中心のコテージは、定員オーバーいっぱいの参加だそう。さすがに仲がいいことである。一方、9期中心のコテージはほとんど参加者がおらず、ガラガラだとか(笑)。聞けば、なるほど5月の作品締切に備えて、家で作品を書くつもりだとかで不参加。ふーん。皆よっぽどすごいの提出するつもりなのね。ホントかな。ま、そのうちわかるけど(笑)

で、今回、私は、9期のコテージに参加することに。7期のグループには、去年まで2回ほど参加させてもらったのだが、バーベキューのあとは皆さっさと寝てしまうし、夜遅くまでしゃべってたのはいつも私ともう一人だけだったりするので、どうかなあと思っていたりしたから、ちょうどいいかも。奴ら、なぜか12時過ぎるとほとんど全員寝るからなあ。今回、一番ウルサイのがいなくて、きっと静かに寝れると思うよん。

一方、9期の参加者は、今のところ、オトコマエの生徒さん2人だけだそうで、なんか「両手に花」らしい。ま、私はバーベキューとかなくて、夜更けまでダラダラしゃべっている方がいいし。いや、ビールは欲しいけど。でも人数が少ないのなら、なんなら次回の提出作品についてのブレーンストーミングでも。オールナイトミーティングでもいいけど(笑) 

日頃、講義のあとにはいつも飲み会とかやるんだけど、なにせ生徒さんの数も多いし、私もそれぞれの人とはあんまりじっくり話す機会がないから、こういう時じゃないとゆっくり話もできないのよね。

ところで、小説講座の生徒さんって、ある仲良しグループができると、作品はなぜか「平均化」する傾向があると言われている。今まであまりうまくなかった人はかなりうまくなるけど、反対にそれなりに書けてた人はあまり書かなくなるのだそうだ。同人誌などでも同じ傾向があると聞くが、ホントのとこはわからない。

実は、シナリオ学校の頃も、「脚本コース」などでも同じような傾向があったりしたので、これを担当者の間では「仲良しサークルの平均化」と呼んでいた。「平均化」というのは、文字通り、作品が似たようなレベルになってしまうということで、なぜか原因はわからないけど、そうなるように見える。もちろん、そう見えるだけかもしれないが。

で、「平均化」だから、これがうまく行く時と、あまりうまく行かない時とがある。つまり、たった一人でも突出して元気なうまいヤツがいると、これが不思議なもので、この一人のエネルギーだけでなぜか全体のレベルがぐぐっと上がったりするのだが、ほとほどにヘタな人、ほどほどにうまい人だけがいる状態だと、下手な人はうまくなるが、なぜかうまい人がなかなか伸びなくなり、平均的に妙に個性がなくなって、全体的にはみな凡庸な作品をぽつりぽつりと出すだけになったりする。なんでか知らんけど。

もしかすると周囲をみて、みんな作品あまり書いてないと安心するのかなあ。あるいは、中に一人ぐらい「どうせがんばったって、プロなんか無理」という呪詛を吐くヤツがいたりするのかもしれないけど。本人には悪気がなくても、一人でも「貧乏神」が混じると、デビューできそうな人もコンテストとかに応募しなくなるのよねえ。

とにかくニンゲンというのは周囲にかなり影響を受ける生き物らしい。だから、なるべくグループでこもらないで、たまにはプロ作家の先生たちの話もいろいろ聞いた方がいいと思うんだけどね。

ま、うちの小説講座は、本科はどうせ1年間で卒業してしまうし、そのあと専攻科に進学したとしても、継続生とあわせて、プロ志望のAクラス、実力養成のBクラスに分けてしまうので、あんまり「仲良しサークル化」はしないみたいで、その点では安心である。だいたいもともと「専攻科」は、プロから作品指導を受けたい生徒さんの便宜を図るという目的もあるけど、もう一つはその目的もある。脚本科や文章講座では、卒業してから同期で仲良しサークルを作ると、なぜかすぐにでもデビューできそうな人がしなくなるというのを何年か見てたから。だから、小説講座をつくってからすぐ、まだ卒業生がほとんどいないうちに急いで専攻科を作ったのだ。だもんで、最初っから学費も安くしたので、今でも専攻科の学費はかなり安い。おかげで、専攻科はいつも赤字覚悟だけど、これでプロが輩出できるなら、広い目で見れば安いものである。

「平均化」を防ぐには、一番いいのは、誰か一人でもさっさとプロになることだろう。でなけりゃ、定期的にプロ作家さんと話をしてみるとか。マズいのは、誰か一人でも「貧乏神」あるいは「ドーセ星人」がいること。そういう人は「どうせ無理」とか、「どうせあの人たち(プロ作家)は、特別だから」などと平気でよく言うので、すぐに見分けがつく。見つけたらすぐに「殺虫剤」。本人に悪気がなくても、これは伝染性があるので要注意。いや、一匹見かけたら、見えないところに数十匹はいると思ってね。

いい仲間なら、お互い成長するから素敵。小説を書くのはけっこう孤独な作業なので、時々、息ぬきができたり、いろんな雑談ができる友人がいた方が絶対いい。一人で書いてると、つい一人よがりになったりするし、たまに作品見てもらったり。でも、けっして悪い仲間にはならぬようにね。

04/21/2007

小説書きの肩こりに「ラジオ体操」

4月20日(金)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

スタッフの人に頼んで、『漫才台本集』を十冊、シナリオ学校の事務所に取りに行ってもらう。合計30冊も買ったことになるから、さすがに余ると思うんだけど。

ところで、小説講座の生徒さんたちの中には、肩こりがひどい人がけっこう多い。なにせ平日はオフィスワークの会社員で、休日は小説作品を書き、趣味と言えば、小説かマンガ、映画というような、こりゃどう考えても「肩こり」にならないとおかしい……ような毎日を過ごしている人が多いのである。講義後の飲み会でも、ひとたび「肩こり」の話題になると、
「私はこれくらいひどい」「いや、私の方がもっと」「いやいや、オレだって」
と肩こり自慢(?)が始まる。どこそこのマッサージがすごくいいとか。

私も「肩こり」はかなりする方だが、夫に言わせると「たぶんただの運動不足」なのだそうで、「首を支える筋肉」が弱っているからなのだそうだ。そうはいってもねえ。あと時々、我慢できないほど痛むことはあるけど、これは気圧配置によるようだし、どうもコイツは十数年前に受けた交通事故の後遺症らしい。いつもの「肩こり」とは少し違うみたいなので。

そんなわけで、「肩こり」がつらくて、手があがらないとか、目もあけられない、とか、起き上がれないほどのつらさはわかるような気がする。わかるけど、やっぱ、私も含めて、みんな、運動不足なことは確かである。マッサージもいいが、ある程度、動かした方がいいのかもしれない。

「でも、スポーツなんかするヒマもないし」
という皆様に朗報。実は、肩こりには、「ラジオ体操」が効くのである。日頃、会社でやってるよ、という人もいるかもしれないが、オフィスではやってない人はぜひお試しください。これは効く。ホント。ラジオ体操、これ考案した人はエラい!

いや、ほんま。私も、実家の父に「ほんなら、ラジオ体操をせえ」と言われて、最初は半信半疑。
「そんなもん高いマッサージに行かんでも、一日何回かラジオ体操しといたらええ」
と言われ、そんなもん効くか、面倒くさいとバカにして何年もやらなかったのだが、この2年ほど、たまに朝起きてやってみると、あら不思議。たったの10分。真剣に体操をやってみるだけで、あれほど頑固だった肩こりがかなり軽くなったのだ。毎日ラジオ体操。放送なら、朝から6時半か8時40分。これは効く。

うちの母も、以前は会社勤めで毎日むりやりやらされていたそうだけど、今は定年したので、10分テープにとって気が向いた時にやってる。うちの父は、70歳をすぎてまだ町工場で働いているのだが、なにせ精密部品なので目も肩もやられる。
(ちなみに極細ステンレスパイプの「スウェージング加工」が特技。サイトはこちら(http://www.moritahari.com/)
でも、まだ元気に働いているのだ。これも「ラジオ体操」のおかげかもよ。

第1体操、第2体操。これを両方やっても、わずか10分かからない。マジメにやってみて。もし久しぶりにちゃんとやって、少し肩が痛むなら、それはきっと運動不足の証し。筋肉がだいぶ弱ってます。でも大丈夫。一ヶ月毎日10分続ければ、びっくりするほど、肩が軽くなります。たったの10分で、肩こりのないバラ色の毎日!何千円もする高いマッサージに何度通うよりも効果絶大。ぜひお試しください。

……なんてことを言って、いつも小説講座の生徒さんにオススメしているのだが、なぜだかいつも「ラジオ体操なんて」とバカにして、ほとんどやる人がいないんだよね。いや、ほんと、効くんだってばー。

04/20/2007

小説を書く時間はムリヤリ作るもの

4月19日(木)
終日、外出。小説講座の事務所には入れず。

うちの小説講座は、毎週土曜日の夜にやっている講座だから、生徒さんは社会人が多いんだよね。学生や主婦、定年組もいるけど、会社員がもっとも多く、年齢も20代後半から50代というあたりが一番多いかな。

こうした年齢は、仕事でも家庭でも重要な役割を果たしている人が多いので、どうしても「時間のやりくり」が問題になる。正直、小説講座の生徒さんを見ていると、少しぐらいの文章力の差なんか、さほど問題ではない気さえする。いや、実際に「差」がつくのは、「どれくらい作品を書く時間があるかどうか」みたいなのだ。

そう考えたら、比較的、時間の自由がきくフリーターとか主婦とか、あるいは失業中の人とかが有利かと思われるかもしれないけど、これは必ずしもそういう結果にならないのが不思議なところ。まあ、うちの講座はフリーターの人は少ないのだけど、たとえば失業中だとか、フリーターだったりすると、それはそれで時間があると思って、かえってあまり書かなくなったり。あせったり、不安になったりして、精神的なコントロールがうまくいかない人もいる。どうやら時間がたっぷりあっても、必ずしも有効に使えなかったりするらしい。

うちの講座は、一応、プロ作家養成というコンセプトなので、生徒さんも「プロ志望」のはずなのだが、実際にはプロ志望と言っても
「ゼッタイなる!」
「なれたらいいな」
「たぶんなれないだろうが、まあ、とりあえず」
みたいな人まで、色々である。ただ、最初っから「プロにはなるつもりはないが、小説は好きなので」という人もいないではないが、やっぱりなりたくない人は少数である。

とは言っても、
「何が何でもゼッタイなりたい」
という人もまた少数派なのだが、そういう人に「どうすればなれるか」と相談を受けると、ちょっと返答に困るというのはある。プロの先生たちに聞いても、たぶん「こうすればゼッタイになれる」という方法が見つからないだろうから。

ただし、反対に
「こうすればゼッタイ小説家になれない」
という方法なら、ちゃんと見つかる。まず一番大切なことは「小説をゼッタイ書かないこと」である。これならゼッタイに間違っても小説家にならずに済む。次に、もし小説を書いてしまっても、なるべくちょっぴりだけにしよう。もしも、間違ってたくさん書いてしまった場合には、できるだけ完結しないようにすることが肝心ですね。ええ、とにかく書かないのが一番確実なのですよ。

しかし、もし本気でプロの小説家になりたいなら、やっぱ、「書くための時間を作るか」というのがかなり大きな課題だと思う。

ところで、これは税理士とか弁護士とか、難関の資格試験などをめざす人に聞いたのだが、勉強をする時間を作るためには、あえて「5つのホウキ(放棄)を持つ」という手があるのだそうだ。
「1 会社のつきあいをホウキ」
「2 友達づきあいをホウキ」
「3 家事をホウキ」
「4 趣味をホウキ」
「5 旅行をホウキ」
……なのだとか。このホウキ、小説を書くのにも使えるかもしれない。もちろんこれを全部する必要はないだろうけど。でも、もしも一本もホウキしてないとしたら……あなたに小説などを書いているヒマはないかもしれない。

とにかくこうして空いた時間を作るというのは、社会人にとって大変なもんなのである。小説家をめざすなら、これらはもちろん全部『創作活動』に使うためである。もちろんこれを全部実行すれば、
「職場では敵が増えて、出世も無理、友達もなくなり、家族には総スカン……」
ということになる恐れはあるのだが。(仮にそうなっても、当局はもちろん一切関知しない)

忙しい会社員の場合、これくらい覚悟しないとなかなか時間なんて作れないものかもしれない。とくに30代、40代というのは、仕事だけでもただでさえ忙しい。マジでこれくらいしないと充分な時間がとれない。これもまた事実。やっぱり「学生時代」とは違うので、社会人でプロをめざすというのは、多少無理をしても時間を作らないといけないのだった。

とは言っても、男性の場合、いくら作家になりたいと思っていても、それはそれで今の職場で「仕事ができないヤツ」と思われるのはイヤなものである。女性の場合だって、独身ならデートにおしゃれなんかも忙しいし、既婚者も家庭がある。子供がいなくても、「家事ができないヤツ」と思われるのはそれほどいい気持ちはしない。難しいもんである。

でも、どう考えても時間的な余裕がないのだったら、やっぱり何かをあきらめざるを得ない。スーパーマンなら別だけど、普通の人間ではあれこれやることは難しい。どんなに暴れても、いや望んでも、結局、どうしたって一日24時間、一年でも365×24時間しかないのである。これは確か。

もちろんこれは無理強いしているつもりではないので念のため。こんな話をすると、「えー、そこまでしなくちゃ、プロになれないんですか?」と聞かれることがあるのだけど、ただ、どうやっても小説コンテストなどは競争相手がいっぱいいて、実はそこまでやっているヤツもかなりいるのだから、それと勝負しなくちゃいけないのが現実なんだよね。
「時間がない」とか、「集中できない」とか、「どうしても気が乗らない」とか。
どんな理由をつけても、読者にもコンテストの審査員にも「知ったこっちゃない」。小説なんて、作品がすべてだもんなあ。

でも、とにかく「どうしてもプロに」というのなら、どうにかして小説を書かなくてはなれないのである。長編など書こうとしたら、とにかく時間がいるのである。まだ売れっ子作家じゃないのだから、作品にはできるだけたっぷり時間をかけないといけないし。まだ書き慣れてないシロウトが、いくらあわてて書きなぐっても、それはたぶんダメだから。

というわけで、やっぱ、「あれもこれも」だとやっぱり時間が作れない。
やっぱ、ホウキでパッパと片づけやすいのは、たぶん5〜1の順、つまり旅行、趣味、家事だろう。やらないわけではないけど、極力減らす。旅行に行きたくなったら、本を読んで「旅行」した気分になる。趣味は時間のかからないものだけにする。家事はあらゆる手段をつかって、なるべくやらない。

長編小説を一冊書くのは、どうしても時間を使う。もし他人を感動させるような作品、プロ作家の選考委員を驚かせるほどの作品を書こうとすれば、書くのに集中するだろうから、だいたい趣味なんかやる気分じゃないはずだけど、これくらいはどうしても仕方ないのである。

何とかして時間を捻出して、書く時間を作る。何がなんでも机の前に座る。もし書けなくても無駄になってもいいから、机の前に座っておく。小説が書けなかったら、日記でもなんでもいいから書く。なんなら市販の小説でも写しておく。

会社勤めを続けながら、まだ売れない小説を書き続けるのは大変だ。でも、なぜだか、うちの小説講座では、比較的時間の余裕のあるはずの大学生の方が退学率は高いのよね。不思議だけど。

忙しいはずの社会人なのに「小説講座」に入学してきたような生徒さんたち。みんなそれなりに覚悟してる人しかいないのかもしれないなあ。

04/19/2007

小説講座の事務所のご近所は、ボランティア団体ばかりです

4月18日(水)
朝から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

うちの事務所は、おもに小説講座や文章教室の運営とか、市民向けの無料の創作相談などをやっているわけだけど、今は「大阪NPOプラザ」という施設の1階に入居している。

ところで、ここの入居は単なる賃貸ではなくて、ちゃんとした審査があり、期限つきで毎年更新しなくてはいけない。つまり毎年、継続手続きをせねばならないのだが、この書類がけっこう大変である。まず書類を何枚か書いて継続申請をして、その承認がでてから、また書類を何枚か書かねばならない。今ちょうど年度がわりで、こうした書類を書かねばならないのだが、ちと、面倒である。

しかし、こういう使用申請の書類はまだ簡単な方らしい。こんな施設だから、1階に入居しているのは障害者支援の団体だとか、いろいろなNPO法人が多い(法人格を取得してない団体も多いけど。うちも取得予定はあるのだが今のところあえて取得していない)。こういう団体は、公的な助成金をもらって活動しているところも多いし、その申請書類の山のために一週間くらい走り回っている人もいる。うちは、こうした助成金は一切どこからももらってないので、そういう手間はないのである。

さて、うちがここに入居してもう2年が過ぎ、この4月からも5団体が入居してきたのだが、こうしたボランティア団体は継続していくのはかなり大変らしく、その間に撤退していった団体も多い。何十団体もいるし、中にはほとんど出勤してこない団体もいるから、内情を知っている団体はほとんどないのだけど、どこも運営は大変である。一つの理由は、人手不足。もう一つの理由は資金不足。

といっても、資金がないから、交通費も払えないという団体もあり、それではいくらボランティア精神に支えられていても、さすがに「人手不足」になったりする。まずは、せっかくいい理念があっても、きちんと「運営努力」しなくては続かない、これはこの施設を運営委託されている「大阪ボランティア協会」の方などから学んだことである。ここのスタッフの皆さんは、みな面倒味もよくて、パソコンのシステムだとか、経理の相談などにも応じてくれるので、わりと気軽に相談しやすい。

それにしても、周囲のボランティア団体さんたちを見ていると、たった5万、10万、20万の助成金をもらうために走り回っていたりするので、ホント大変そうである。それに較べたら、まだうちはよほど運営はラク。とりあえずスタッフも基本的に「有償」だし、運営的にも今のところ何とかやっていけるし。ホントどっかの自治体の第三セクターみたいに巨額の税金の無駄使いをするくらいなら、こうした団体をもうちょっと効率的に支援してあげたらどうなんかなと思うけどなあ。

夕方、家に帰ったら、キッチンにまだシナモンの香りがほんのり残っている。昼間、誰もいないので、朝食の匂いがたまに残るのである。というか、テーブルに残った子供たちの食べこぼしの匂いである。今朝は、朝食に夫や子供たちにフレンチトーストを作ったのだが、子供たちはこれにびっくりするほどシナモンシュガーをふりかけるのである。ふりかけすぎて、ぱっと見たら、まるでチョコレートトーストみたいである。私は子供の時、シナモンの香りは「薬」みたいで大嫌いだったのだが、こいつらは平気らしい。

鶴見区の小学校では、ここ2日ほど全校生徒に「花」を配っているそうだ。そこで双子が学校でもらってきた花をテーブルを飾る。玄関にも、もらってきた大量の菜の花を飾っている。今日は雨だけど、家の中ももうすっかり春みたいである。

04/18/2007

関西の出版業界、小説志望と編集者

4月17日(火)
午後から小説講座の事務所。

丁稚どんは、半日、発送作業。小説講座の発送物いろいろ。夕方、「ライティング講座」の担当のOさんが来て、こちらも欠席者への資料発送。「ライティング講座」の講義は、今週末の21日開始。初回は「原稿用紙の書き方」について。うちの小説講座はプロ作家養成なので、どっちかというと中級者以上向けなので、なかなかそこまでできないのだが、初心者向けの文章教室は一から手とり足とり。まずは、作文から。

おくればせながら、例の「自宅受験」の内容をあらためて詳しく聞く。え、それって、1時間じゃなくて、制限時間120分だったの? いや、まあ、今さらどうでもいいけどね。でも、大学の論述テストでも、ま、90分が限界なんだけどなあ。ま、60分くらいならラクすぎて話にならないのかもしれないけど、でも、120分を集中してやったら、普通の人間ならそりゃ確かに半日はクタクタだよね。短い文章を書くのは、それはそれで時間がかかるので、とくに時間制限がなくてもそれくらいはやってしまうもんだが、試験だったら、120分ノンストップで集中しないといけないしねえ。えっ、試験って、それ以外にもあったの? ふーん。そりゃ確かにかなり大変だわ。

やっぱ、「受ける人の手間を考えて、自宅受験にしてます」ってのは違うな。

だいたいその一方で、この時点でまだ給与とか実働時間とか、詳しい労働条件はほとんど言われてないのである。先に面接をしてそれを知ってたら、これってやらんで済んだかも。やっぱ、先にここまでやらせるのってどうなんかなあ。その選考方法ってもう何度もやってるそうだが、考え直した方がいいんじゃないかなあ。どうも何かと妙な編集部だったみたいだな。編集者の募集なら、履歴書と原稿用紙2枚くらい書かせるのは当然だろうけど、それにしても、なんで「自宅受験」なんかなあ。

しかし、知らなかったとは言え、今回、安易に「求人紹介」をしてしまったのは私のミス。いや、つくづく今回はごめんね。今後は、きちんと確かめますので。

それにしても、こういう編集者志望、ライター志望の人たちを考えたら、大阪の未来はかなり暗い。うん。そりゃ、誰でも未来を考えるよなあ。ま、出版産業に限らず、他の分野でも言える話で、東京一極集中の状況下で、これは今や全国どこの地方も同じ。でも、明治政府以降、もともとシステム的に何もかも中央集権的なのだから、これはそうなのである。独立とは言わないまでもよほど分権できない限り、地方がどうにかしたくても構造的になかなか無理だと思うんだけど。いや、政治的なことは知らんけど。どうせ今後も東京一極集中は進むだろうし、なにせ今でさえ日本人の5人に1人(計算によっては4人に1人)は、「東京人」なのだ(正確には、神奈川や埼玉、千葉も含むが、なにせ千葉とか「東京」と言われても平気だしな)

でも、まだテレビ業界はがんばってる方かも。大阪も、さすがにゴールデンタイムは全国ネットの放送がほとんどだけど、昼間の情報番組や深夜のバラエティは、今でもローカル番組がかなり多いしなあ。

それにしても、なんでエンターテインメント系のプロ作家さんは、こんなに関西在住が多いのかなあ。たしかに作家は、宅配完備で、メール入稿もあたりまえになって、地方在住でもデメリットは全然ないそうだし、むしろ今は東京から軽井沢とか沖縄あたりに転居する作家さんも多いくらいなのだそうだけど、人口比で考えたら、やっぱ、めちゃくちゃ多いよなあ。関西って、やっぱ、娯楽小説向きの風土なのかしらん。

04/17/2007

小説とは関係のない休日(作家志望の夫を持ってしまったら)

4月16日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

月曜は、公休日なのだが、このところの忙しさでずっと出勤。本日は久しぶりに出勤せず、マトモな休日である。とは言っても、結局、自宅の仕事部屋で一日中パソコンの前に座っていたのだから、あんまり違いはないけどさ。

でも、片道1時間の通勤時間が節約できるので、一日出勤しない方が仕事はかなりはかどる。キッチンに移動して、牛すじ肉を煮込みながらでもできるのがいい。でも、通勤時間がないと居眠りも読書もできんなあ。

新学期が始まったので、すでに弁当作りも再開。毎朝、5時半起床。久しぶりにきちんとトロトロに煮込こめた牛すじは、弁当用の常備菜にするつもりだったけど、あまりうまそうなので、夕方カレーに入れてすぐ全部食ってしまう。

それにしても、子供たちが大きくなるにつれて、エンゲル係数が高くなる一方。教育費などもかかるので、当然ながら一ヶ月あたりの家計費が。うちの家庭は、もともと家計負担と家事負担が、最初は夫婦半々だったので(それで夫婦のサイフもいまだに別々)、ぴったり夫婦半々だったのは、子供が一人だけの時まで。下に双子が生まれたりして、さらに3年ほど前に夫が常勤になってしまったので、それにつれて家計負担もバランスがとれなくなり、家事負担も半々というよりは、6対4になり、今は、7対3というより、8対2。もちろん家計負担が増えた分を夫が金銭的な負担することになり、その代わりに私の分の家事負担が激増したというわけ。

もちろん赤ん坊だった双子も、いまや勝手に朝起きて、勝手に着替えて、朝食も用意さえしとけば勝手に食べて、勝手にランドセルを担いで学校へ行く。つまり育児負担は激減したから、かなりラクはラク。双子はいっぺんに産まれて、いっぺんにギャーギャー泣いて、いっぺんにミルクを欲しがるから大変だったが、こうやっていっぺんに大きくなるのはラクである。しかし、育児の手間がかからなくなっても、割合が増えたので、あまり時間的にはラクにはなっていない。肉体的にはかなりラクだけど。双子の幼児をだっこしたり、風呂入れなくてすむようになったしな。

そんなわけで、今ではすっかり平日は、ほとんど家事をしなくなった夫。てか、実際、朝の7時から夜遅くまで、平日はほとんど家にいないから、家事などするヒマがないんだが。もちろん男女平等の思想のもと、家事負担も男尊女卑のつもりはないし、子供たちも家事負担。ただ、私も自分の仕事や才能には自信がないわけでも、執着してないわけでもないのだが、やっぱり自分か、夫か、と聞かれたら、ま、たぶん夫優先なのかなあ。自分のやりたいことを犠牲にしているつもりもないが、それよりは夫優先、家族優先(のつもり)
ま、現実的には、家計と家事負担、あわせて半々になればそれでいいかなと(早い話、金さえ出せば、手伝えとは言わん)

さて、うちの夫は、収入的に見ればすっかり「美術の先生」なのだが、本人のアイデンティティとしては、現代美術作家でダンサーで振付家という、よくわからない人である。ま、先生の仕事も、すでに二十年近くやっているわけだからかなりベテランだろうが、しかし、正採用になったのはつい3年ほど前である。それまでいわゆる非常勤みたいな仕事。ま、採用試験だけは十数年ずっと受けていたらしいけど、本人にも本採用になるつもりもほとんどなかったらしい。が、たまたま受かった時には、すでに三児の父という立場。さすがに「仕方ないよなあ。さすがに金はいるもんなあ」と、今は大人しく「熱血教師」をやっている(どうせ美術の先生だから勤まるのだろうが)。しかし、彼の性格は知っているので、実は、妻の立場としては、これがいつまで続くか正直ヒヤヒヤである。まあ、定年まではもつまい。いや、たぶん彼が定年まで定職につく可能性は、万馬券並みの確率(もちろん小さい子供が3人もいるので、せめてあと十年は続けてもらった方がありがたいんだが)。なにせせいぜいこの3年だけである。金銭的な負担感がさほどないのは。非常勤講師というのは、一年契約なので、毎年3月には完全失業。月末にならないと、次の仕事があるかどうかわからないし、収入のめどがまったくたたんかったのだから。

ちなみに、美術も踊りもジャンルとしてはどっちも「前衛」らしいから、どうも私にはよくわからない。収入面で見ても、現代美術作家とか、前衛ダンスの振付家は、世界的に有名な人でも、どうやらほとんど「食えてない」らしいから、彼がどのレベルなのか、収入とかで判断しようにも微妙。売れてるか売れてないかが判断がつかぬ。いわゆるプロがほとんどいないということは、誰がアマチュアなのかプロかもよくわからない世界。ま、国際的にもそういうものらしいが。

個展などはしばらくしてないが、どうせ作品は、なんだか巨大な板にべちょっと絵の具を塗りたくっただけのよくわからない作品(「ミニマルアート」というらしい)。売れたり売れなかったりだが、それほどは売れない。作品も大きくて、もちろん今でも「柱」みたいな妙な形のものとか、いっぱい家にある。売れない作品は、ジャマで仕方ない。家族が多いのに、がらくたみたいな作品で、どの押し入れもいっぱい。でも、以前、娘たちの桃の節句におひなさまを飾る棚がなくて、彼の作品をつみあげたら具合よかったので使ってたら、ちょうど画廊から電話かかってきて、数十万で売れたのでちょっと驚いたことがある。たまにこういうことがあるので、全部捨てるわけにもいかず(といっても、やっぱジャマなので、かなり捨てた。ベランダにもいっぱいあるので、洗濯物も干しにくい。ジャマ)

でも、「画用紙に砂をひっつけただけの作品」がなぜか売れたり。油絵の具だったらとにかく塗りたくっただけでも
「ようわからんけど、これでもなんか表現なんかなー、きっとこれも何かの作品なんだろうな」
と思うのだが、これはただの砂絵。こんなもの買うやつおらんやろ、と思ってたら世の中は広い。見ず知らずの人がなぜか買ったりするらしいのである。(これは20万で。サンドシリーズというらしいのだが、これはそれなりに売れたらしい)。私なんか、ずっとバカにしてたから、売れるたびに夫に、
「ほらな。価値がわかる人にはわかるんだぜえ」
と自慢されたが、私には今でも全くわからぬ。私ならこんなもの、百円でも買わん。

しかし、とにかく踊りや美術は、やたら制作費がかかるし、そこそこ売れても当然ながら大赤字である。てか、私は結婚して最初の年、美術制作費などで、年間に「百数十万」も赤字だったのを知って、かなり驚いたくらいである。ただでさえ貯金が一銭もないどころか、借金まであるのに。「ゼッタイこいつはバカだ」、そう思いましたね。

ま、どのみちサイフが別々なので、家計の負担分さえ入れてるなら文句は言うつもりはなかったけど。まあ、子供が産まれて、それからはむりやり貯金させるようになったのだけど、今でもダンス公演がこけたら、あっという間に大赤字である。よくてトントン。もちろん日頃の稽古場代なんかは、ノーカウントだぜ。なにせサイフが別なので、実はどれくらい赤字でもあんまりよく知らんのだけど(「客の入り具合」くらいは聞いたりするから、だいたい予想はつく)

そんなわけで、このようなアホな男を配偶者にもつ私としては、それにくらべれば、小説講座の生徒さんなんて、気楽なものだと思うのよね。小説なんか、別に多額の制作費がかかるわけでもなく、稽古場を借りるお金も要らないし、時間的な拘束もほとんどないわけだし。

うちの生徒さんは、社会人の人がかなり多い。数ではたぶん独身の人の方が多いのだろうが、既婚者も多い。時間のやりくりが大変そうである。うちの講師は、専業作家が圧倒的だが、たまにプロ作家でも兼業作家というのがおられる。でも、こういう人は給料プラスアルファー収入だから、これからさずかし奥方様もおそらく協力的であろうと思う(そうでなきゃ、書く時間がとれぬだろう)

でも、まだプロではない生徒さんたちは、ご家族のご理解を得るのもそれなりに大変。ある生徒さんなどは、かなり作品もうまく、講師の先生に「この人、ゼッタイ、プロになれるよ」みたいに言われていたのだが、あいにく子供さんがまだ小さく、子育てに協力せねばならないそうで、子供が寝た隙をみて、奥様の目をぬすみつつ、作品を書かねばならないそうだ。で、長編を書くのに、かれこれ3年くらいかかっている。まあ、まだ在籍中なので、そのうち子育てが落ち着いたら復活するだろうけど。

そりゃあ、奥方様たちにとっては、まだデビューもしてないわけだから、今はただの「趣味」である。金を稼いでないから仕事とは言えない。だから、
「あなた、そんなことしてるヒマがあったら、ちょっとくらい家事でも手伝ってちょうだい」
ってことになるだろうけど、ここで、なんなら私の夫の話を思い出してもらいたい。小説を書くってのは、美術と違って、部屋がほとんど汚れない。油絵なんか、あれは連日やられたら、家中かなり臭いんである。さらに小説ならほとんどリスクもないし、制作費もほとんどかからない。しかも、小説はひょっとしてデビュー、収入も期待できる。さらにヒット作という宝くじ一発大当たりもないではない。年末宝くじよりも可能性は高い(かも)。だから、ダンナ様が作品を書いたりしていても、ちょっとは大目にみてあげて(ちなみに、美術作品は大量複製ができないものなので、もし高額になってもどのみちさほど収入はないのである)

てなわけで、幸いにして、「作家をめざす夫」をもった奥方様に、ぜひお願い申し上げたい。
趣味だと考えても、パチンコ狂いや競馬狂いに較べれば、よほど安い。画家や音楽家、俳優、ダンサー、芸人に較べれば、小説家なんて、ぜんぜんリスクない。だから、時々、ちょっとくらい家庭サービスをしなくても作品くらい書かせてあげてくださいお願いお願い。

ところで、バリバリ働く女性にとって、理想の夫の職業は、「公務員」(残業がないので、家事を手伝ってくれるし、収入も安定している)または「売れない芸術家」(仕事がなくて、ずっと家にいるので、家事をやってくれる)なのだそうだ。つまり、バリバリ仕事をもちたい女性にとって、都合のいい夫は家事をやってくれる男。
てなわけで、つまり夫婦どっちかの犠牲になる必要はないが、家事は誰かがやらねばならないんで、もし彼にさして才能がなかったとしても、その時は「売れない作家」として家事をやってもらって、自分が思う存分バリバリ働けばいいのですよ奥方様。言うまでもなく、これは男女が逆でも同じだけど。
(それ思うと、やっぱ、うちってどうなん)

ちなみに、私が「こういう職業の男性と結婚しなくて良かったなあ」と思う職業の一位は、やっぱ「探検家」である。稼ぐどころか、むしろ金がかかる。家にあまりいないから家事負担はたぶんしない。もしかすると事故って大けが。さらに死ぬかもしれない。最悪である。
ってことで、世の中で一番エライのは、探検家の妻。
でも、やっぱ、愛が勝つんだろうけどね。

ところで、庭の植木、月桂樹やら、オリーブやら、野菜のプランターも、さらに家の中にある大量の観葉植物の鉢も、3つもある熱帯魚の水槽なども、全部、いつもは夫が世話をしている(ハムスターは、子供たちが世話してるのだが)。だから、日曜日のたびに「忙しい忙しい」と言う。今、ちょうど春先なので、またまた野菜の苗を買い込んでいるから、毎週忙しそうである。土曜はダンスの練習に行っているようだが、最近、日曜の朝はまるで庭職人である。忙しい忙しい、ああ大変というけど、どうもあれって家事というより、やっぱ「趣味」なんじゃないかなと思うんだけどなあ。

04/16/2007

小説とは関係のない休日(知らぬ間に国際化)

4月15日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

あれやこれやで忙しい一日。天気がいいので、夫と双子は、弁当を持って近くの緑地へ。庭の木いちごの花も、今年はよく咲く。そんなのどかな春の一日だけど、せっぱつまった私は、花など見る余裕なし。夕方、バタバタと発送物を抱えて郵便局へ。

ところで、以前、長距離フェリーに乗って、松山に行ったことがあったのだが、その時、フェリーの中の注意書きとか、あるいは松山観光港から道後温泉までのシャトルバスの中のアナウンスが、ハングル、中国語、日本語の順で、英語がなかったことに驚いたのだけど、どうやら九州ではそういうものらしい。私はまったく知らなかったのだが、JR九州の特急列車では、車内放送に英語はなくても、必ずハングル、中国語があるものなのだそうだ。今、九州各地の観光地では、国内の観光客が減っているのを大陸系の観光客でカバーしているらしい。そりゃ、九州は、大陸との距離がものすごく近いもんなあ。アジアの景気もいいし。そういや大阪でも、最近あちこちで大陸系の観光客を見かけるしなあ。古代でも、近世でも、九州が国際的なのはあたりまえなんだけど、でも、なんとなく国際化といえば、英語ってイメージがあったんで、ハングル、中国語というのがちょっと意外だっただけ。

04/15/2007

文章教室「ライティング講座」いよいよ開講

4月14日(土)
朝から小説講座の事務所。昼から「ライティング講座」の入学説明会。夕方からは、10期エンターテインメントノベル講座。講師は、堀晃先生。提出作品の指導である。

さて、今日からいよいよ「ライティング講座」開講。正式には、来週から講義開始なんだけど、春の開講は「入学式」というものがない代わりに、入学説明会をやる。「ライティング講座」は、定員15人の小さなクラス。初心者向けのクラスだから、雰囲気は全体的にのんびりした感じ。あまり宣伝もしなかったので、今年は2〜3月に資料請求があまりなくて、かなり少ないかと思っていたのだが、結局、去年と同じ人数。春開講の小クラスは、たとえ4〜5人しかいなくても開講はするのだが、15人定員だから、やっぱり10人前後いた方がやりやすい。

まだ最初なので、もちろん顔と名前が一致せず。全体的には今年はやっぱり男性がかなり多い。めずらしい。年齢もバラバラだ。一体どんなクラスになるんかなあ。今年は、担当のOさんのおかげで、新しい講師も増えるらしい。けっこう楽しみである。

夕方、天満橋に移動して、「エンターテインメントノベル講座」。今日の講師は、ベテランの堀先生。前回、前期指導もお願いして、生徒さんもおなじみなので、すっかりおまかせして、すぐ隣の教室でやっている「大阪シナリオ学校」の入学式のお手伝い。井上先生にもご挨拶。といっても、なぜか受付の席には、役員のHさんが座っている。どうやらタダ働き。手弁当ってヤツですか。受付の前には、大池晶先生。小さな学校なので、こうした講師の先生たちのご協力がないと続かない。みんないい方ばかりである。シナリオ、演芸台本にご興味のある方は、ぜひこちらもよろしく。

しかし、お手伝いといっても、受付以外とくに何かやることがあるわけでもなくて、なんとなく大池先生たちと雑談など。Hさんのお知り合いのピアニストの結婚相手を聞いて、ちょっとぴっくりしたり。なるほどホント世間はせまい。中国への演奏旅行に一緒に行った話などを聞く。高見先生が来て、例の「漫才台本集」の追加分、十冊を持ってきてくれる。これは、あとで教室で小説講座の生徒さんにも買ってもらう。とりあえず堀先生にも一冊贈呈できそう。いや、要らないかもしれないけど。あ、もうあんまり残ってないんで、あと十冊、シナリオ学校の事務所に取りにいかなくちゃね。

後半、教室にもどって、堀先生の講義を聞く。講義後、忙しい堀先生は先に帰宅されてから、いつもの中華屋で飲み会。このクラスは、あまり飲みに参加する人がいないので、いつも4〜5人だけである。専攻科の講義がない日は、とっても静か。ある生徒さんが、作品指導の件であれこれ疑問を覚えたらしいのだが、今日の講義を聞いてない私にはよくわからない。他の生徒さんたちに解説してもらったりして、ようやくなんとなく何を言われたのかので、一応、私なりの説明をしてみる。

結論から言えば、この生徒さんは、このクラスでもかなりうまい方の人で、教室でもほめられていたらしいのだが、もっと色々、徹底的にズバズバ言って欲しかったらしいのである。まあ、堀先生は、生徒さんのいいところを見つけて褒めてくれるタイプのやさしい先生である。長所を見つけるのがとてもうまいのだけど、あんまり指導でビシビシ言う方ではない。褒められていたらしいから、他の生徒さんたちから「ぜいたくだ〜ぜいたくだ〜」と言われていたけど、たぶん本人は不安なのだろう。小説講座の生徒さんは、けっこうみんな不安を抱えていて、これがあまり強いとプレッシャーで精神的につぶれてしまうこともある。とくにプロ志望で、必要以上にアセると(いや、あんまりのんびりされても困るんだけどね)なかなか気持ちがもたないから、まあ、適度に焦り、適度にのんびり。目標は高く、足取りは一歩一歩。

ところで、このクラスには、去年「ライティング講座」に入学してから、こっちに進学した人が5人いる。だから、今日の講師指導された作品集の中には、この「ライティング講座」の卒業生の作品があったわけなのだが、ふと、今日は「ライティング講座」が開講したので、昨年書いた彼らの作品のことを思い出した。いやあ、あれを考えると、今は、みんな別人の作品みたいだよねえ。たったの1年でこれだけの違いがあるものなのだなあ。ホントいつのまに、うまくなったのかなあ。

時々思うのだけど、というか、いつもそう思っているのだけど、文章がうまくなっていく生徒さんって、たぶんもともと書けるものなのだろうなあ。たぶんなるようになるのである。植物の種を土に植え、水をやって、太陽の光さえあびれば、とくにそれ以上何もしなくても、それくらいで充分育つ。まあ、そりゃ時々、枝の剪定ぐらいは必要かもしれないけど、基本的には伸びる力は誰にでもあるのだなきっと。

ようするに、とりあえず書き続ければきっとうまくなるし、いい作品もたぶん生まれるものなのだ。たぶんきっとぜったいね。いや、ほんと。信じて、一生懸命、生きることだよね。

04/14/2007

編集長もライターも作家も、言葉足らずにご注意

4月13日(金)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

さて、本日10時、市内にある例の編集部へ。
会議室にて。例の不採用原稿(ついでに原稿料不払い)の件である。

いきなり「もちろん取材料、原稿料は、当然すべてお支払いするつもりです」とのこと。
どうも今回どっかから話があったかして、何かあわてて連絡をとってきた様子だけど、これは本当らしい。
「いや、最初っからもちろんずっとそのつもりでした」
という。ホント? うーん。

私としては、かかった取材費(実費)だけでも払ってもらえれば気が済むわけで、原稿料はかなりあきらめていたからこれは幸いである。しかし、それならそうで、なんでしばらく連絡もくれなかったのかがすごく疑問である。だいたい原稿料の件については、何度もいうけど、私としては別に取材費だけでもよかったくらいなので、すぐに連絡さえもらえればいいわけで。そんなら少しも心配もせずに済んだし、話もこじれずに済んだのだ。で、これは「引っ越しなどで忙しくて、つい連絡しようしようとしてしなかっただけ」なんだとか。私から電話も入れたりしたんだが、それもこれだとホントにまぎれてしまったみたい。ええーっ、ホント? でも、ホントらしい。マジ? でもいくらなんでもルーズすぎないそれって。

ところで一般的に言えば、「不採用の原稿」、その原稿料を支払うかどうかは、いわゆるグレーゾーンである。さすがに取材原稿だと不採用でも、取材の依頼をしたからには「取材実費」ぐらい払うことが多いのだろうけど、原稿料を払ってもらえるかどうかは、正直、微妙である。ケースバイケース。たとえ原稿不採用の理由が全面的に編集部にあっても、結果的には減額されたりすることも多い。もちろんずっと仕事をしているような関係なら、
「今回はゴメンだけど、コレぐらいで泣いてくれるかなあ。で、またその分、次の仕事ってことで」
(代わりに新しい仕事をあげるから、今回は勘弁してね)」
みたいなことが多い。私の場合、そんなのもけっこうあったんだけど。相手が、編集プロダクションなんかだとこういうケースが多いよね。

たとえば企画が変わってしまって、全部使わないが一部を転用して使ったという場合は、アイデア料とか、資料提供料くらいの意味をこめて、半額とか、2割とか、低めに支払われたりすることもあるし。
でも、フリーランスのライターをやっている場合、とりあえずせめてこれくらいもらえればいいとか、その仕事の支払いがなくなっても、次の仕事がもらえるならいいとか。ま、たいていの場合、言われればイヤでも条件をのむしかないけどね。

で、今回の場合、この雑誌の仕事を受けるのは初めて。いろいろあって確かにまったく知らない編集部というわけでもないのだが、仕事としては初めてなのである。しかも、この編集長には、まだ一度ぐらいしか会ってないものだから、実はほとんどあまり知らない相手なのである。あとの原稿のやりとりは全部メールだったしな。

とにかくまず不払いの件については、どうも「そんなつもりは最初からなかった」のだそうで、
「不採用でも原稿料も全額払うつもりだったが、とにかく忙しかったからつい連絡が遅れた」
らしいのである。

どうも言い訳めいているので、実は最初かなり半信半疑だったのだが、話しぶりからして、どうも本当らしい。しかし、正直、ちょっと驚きである。ぶっちゃけ、大阪の出版関係はどこもめちゃくちゃ厳しい。私の場合、不採用ならそれがたとえ編集方針が変わったとかの都合ですら、全額払ってもらった経験はほとんどない。「ゴメン、泣いてくれる?」と言われる方が多いのである。実は、大阪とは限らなくても、とくに「編プロ」とかは下請けとかなので、小さい所が多くて経営が苦しいのがわかっているから、こっちも無理が言えなかたりするのよね。

だから、使わなくても全額払う、というのは、あたりまえとは言え、実は、現実的にはかなり異例である。まあ、内心では「半額」もらえたらラッキーくらいに思ってたし。

ところが、どうもこの編集部、ちょっと感覚が違うらしい。今日、あらためて話してみて、わかったのだが、どうも不採用原稿に支払うのは最初っから何も言わなくても「当然」らしいのである。当然だから、返事もしなかった、と。

ところで、これ以外にも話してみてさらにわかったのだが、なんだかあれこれ認識が違う。で、やっと私は気がついた。

あ、そうか。ここって、ホントに『殿様商売』だったんだ! だから、ホントにこういう仕事のやり方なんだ!

いや、それは聞いてたんだけどね。いや、わかってたつもりだったんだよ。だったんだけどね。でもでも。ああ、そうかそうだったのか。

そうだよなあ。そういや、この雑誌、だいたい妙な長期連載とかあるんだよね。もう十年くらい前からそれなりに読んでいるので、よく知っているのだが、居酒屋体験記みたいなコーナーがあったのだ。それもかなりの長文で。だいたいこの雑誌はこうした連載でもカラー連載されたりするのである。いや、もちろん読み物としては面白いし、私は酒好きなので、今まで別に何とも思わなかったんだが、そういや、ちょっとプロの目で考えてみれば、これってかなり妙なんだよね。だって普通、一般の雑誌ではこんな連載があったとしても、そうそうそんなに長く続かない。読者がそこまでついてこないから。続くとしたら、もっと短い記事だとか、よっぽどタレントか有名人ならいいけど、このプロのライターでなかなかうまい文章を書くが、それでもとくに有名人ではなかったはずである。それがそれほど有名じゃない地元の居酒屋に飲みに行く。それなりに読ませる記事だけど、普通ならそんな長期連載はありえない。

一般の雑誌は売上げを気にするから、読者を意識するし、連載の生き残りはかなり厳しい。だが、この雑誌ではそうなのだ。この雑誌は「採算性はあまり重視していない」のである。

いや、聞いていたけど、でも一応、市販されていて、いわゆるPR紙ではないわけだし。いや、ちょっと待てよ。それなら今まで考えてなかったが、ある意味、値段がついているだけの広報誌なわけか。だって、この雑誌の制作費、たぶんかなりの助成を受けてなかったら続かないはずだし。ってことは、ざっと計算してみたらどうなんかな。もちろんおおざっぱな概算しかできないけど。

ふとそのことに気がついて、目の前の編集長とはまったく別の話をしながら、私は、頭のスミでさっそく計算機を取り出す。だいたい私はフリーライターというよりは、企画込みのライターをやることが多いので、企業や役所の広報PR雑誌を立ち上げたりすることもけっこうやる。企画からやる時は、こういう計算もけっこうよくやるのよね。ま、一種の職業病だわね。

まずは、雑誌の制作費。これは大きく分けたら、原稿料と写真、イラスト、デザイン版下、印刷、製本代等である。まあ、これ以外にもあるけど、だいたいはこれ。ところで、雑誌の原稿料だが、これは雑誌によって決め方が違っていて、ちなみに大きくわけるとたぶん二通りの考え方がある。つまり「ライターのランクや内容によって原稿料が違うパターン」と「ライターが別でも原稿用紙一枚あたりの原稿料は同じ」の二種類。もちろんその組み合わせというのもあるけど、前者は売上げに大きく左右される商業雑誌とか、後者の代表的なのはたぶん新聞社。新聞の原稿は内部の記者が書くことが多いけど、たまに外部の学識経験者とかに原稿依頼をすることがあって、私の知る限り、この金額はなぜか新聞社統一みたいなのである。

で、この雑誌だが、どうも特集とか大部分の原稿作成は編集者が書くらしい。外部の執筆者は署名原稿が中心で、それ以外、ほとんど編集者が書いている可能性が高い。ということは、意外とかなりの分量が内部制作扱いである。それやこれやを考えて、原稿料は「だいたいこれくらい統一金額らしい」だろうと計算して、概算してみる。まあ、外れているかもしれないが、だいたい数字が出るはず。ってことはこれくらいのページ数だから、合計すると一号あたりたぶんコレくらい。つぎにデザイン、イラスト料、これはそれほどめちゃくちゃ凝っているものではないので、1ページあたりコレくらいとして、問題は、印刷費だ。これはかなり計算しにくい。この雑誌、製版と印刷、紙がそこそこいいのである。いくら印刷会社に安くやってもらったとしてもそれなりには高いはずなのだが、実は、こういう役所がらみのケースだと、印刷会社がわざと極端に値引きする可能性もあるのだ(理由は、説明が長くなるのでパス)

で、あとは、編集部のコスト。編集者が数人いるからその賃金と経費。事務所代も、計算としては入れておく。間借りしている形だし、そんなにかからんだろうが。このビルはビジネス街の真ん中できれいに改装してあるのだが、それなりに古いはずだし(私はこの近くの生まれだから、幼稚園の頃からこのビルがあるのを知っている)。まあ、経営的にも家賃支払いそのものに「助成」を受けている可能性もあったりするので、厳密には計算しにくいが、現実価格としては、これくらい。あとはなんやかんやで。

ってことは、なるべく抑えたとしても、アレコレたぶん年間にすると。
たぶん、ン〜億円くらいかな。それくらいはかかってんのだろうな。

ってことは、だよ。もともと発行部数が少ないので、発行数で割ってもまず絶対に元はとれない。さらに実売部数はもっと少ないだろうから、もしコレを実売数で割ったら、一冊あたりどれくらいでペイするのかと言えば……。

そうか。考えてみれば、これって、一冊あたり少なくとも「数千円」はくだらない高価な雑誌なんだよなあ。それでこののんびりした認識というか。いや、ご本人は激務だろうとは思うんだけども。そういう意味じゃなくて。

民間から見たら、なんという「殿様商売」なんだろう。うう、うらやましい。いや、うらやましい? いや、わたしゃ、ちょっとさすがに怖い。こんなやり方は。いや、根が貧乏人だもんで。あ、やっぱ、せめて、もちょっと販売努力はすべきではないかと思いますよ。

これだけの金額をかけて、行政関係のPR雑誌を作ったとしたら、最近はさすがに「費用対効果」なんぞは行政でもかなりアレコレうるさい。大阪に限って言えば、あくまでも私の個人的な感覚だけど、国、府、市の順でそれはうるさく言われる。市が一番「ゆるゆる」な感じ。ちなみに役人の態度も、国、府、市の順でかなり違っていて、国の役人は業者との癒着などにもかなり気をつかってる感じで、PR雑誌なんかは何年も同じ業者にやらせない(ま、担当者も異動が多いし)

以前、国がらみの役所の仕事で、ある業者に取材に行ったとき、若い担当者たちも同行したのだが、この人たちは出されたお茶まで一切飲まなかった。まるで調査に来た税務署の役人みたいである。清く正しく美しく。まあ、実際のところは知らんけど。でも、気のせいか、市だとそこまでしないような。てか、かなりあからさまにむしろアレとかコレとか。ま、私、あんまり役所関係の仕事はしないけどね。あれこれ面倒だから。で、結論から言えば、こうした公的な助成にはある種の抜け道というのがあるのである。これ以上はブログでは内緒。

ところで、どうやらこの編集長は、いいようにとれば、なぜだかほとんど「初対面」であるはずの外部ライターの私をどういうわけか、ずっと一緒に仕事をしているようなライター、つまりツーカーでわかってくれる馴染みのライターとほとんど同じように考えていたらしいのである。それで「言わなくてもそれくらいわかるだろう的」な対応が積み重なった結果、こうなったらしい。よくわからんけど。

で、取材料も原稿料も最初から払うつもりだった」のにも関わらず、連絡も何もせずにほったらかしていたというわけらしいのである(というか、本人にはほったらかしている自覚はなかったらしいけど)

まずは、それがこの誤解(らしい)というか、今回の不払い事件の根本原因(らしい)。

しかし、何回か仕事をやって慣れた相手なら、相手の指示が何をさしているかすぐわかるのであるが、初対面の仕事相手というのは、よほど注意してコミュニケーションをとっておかないとなかなか仕事がうまくいかない。とくにこんな取材原稿の作成みたいな仕事は、微妙なニュアンスを必要とすることがある。外部のライターというのは、四六時中、編集者と一緒にいるわけでもないので、ま、極端な話、編集者によっては、どういう原稿を書けばいいのか、その意図が何かよくわかんなくて、
「今回の仕事はさあ。パーッとした、ダーッとした感じで、で、ほんわかしたヤツ、やっちゃってくれる?」
みたいな、実によくわからない言葉で指示をとばしてくるヤツラもけっこういるのだが(いや、ホント。ま、言語が貧困なわけではないと思うが)、しかし、これが不思議なもので、同じ人と何度か仕事をしたり、くだらない雑談とかしてる間に、こんなわからない言い方であっても、
「ま、この人がいうパーッとか、ダーッとかっていうのは、たぶんこういう意味なんだろうな」
と、妙にフツーに通じていたりするんである。

ところが、初対面の相手というのは、そういうわけにはいかなくて、なるべく行き違いがないように用心して話をつめておく必要がある。ところが、この人はそれを全部すっとばしていたらしい。

こういう判断をしてしまうのは、たぶん会社で言えば、いつもよっぽど慣れた業者しか使わないタイプのクライアントである。つまりいつも同じ馴染みのライターしかほとんど使わない人しかあり得ない。たぶん編集長としては多少めずらしいと思うし、正直、それがホントなのかちょっと信じられないところもあるのだが、まあ、それが真相らしいのである。

たとえて言えば、いつも行きつけの居酒屋しか使わないオッサンが、お店に入って
「おい、いつもの!」
と言うだけで、細かく注文しなくても、いつも自分の思った通りの品が出てくるのにすっかり慣れていて、初めて行った他の店でも、
「おい、いつもの!」
と注文したのに、どうも思った通りのものがうまく出てこなかったという、まあ、そういう話である。くだらない? いや、実際、仕事上の行き違いというのは、こういうのがけっこう多いんである。

さらに私としては、これはかなり驚いたことなんだけど、ちょっと思い違いがあって、実は、原稿作成の手順の認識がかなりずれていたらしい。というか、私としては、今日これが一番驚きであったんだけどね。

というのは、今回の原稿、そんなこんなで編集長はどうも軽く考えて「適当にやってくれるだろう」と思っていたらしいのだが、一方、私は後から思えば、少々慎重すぎた方法をとろうとしたのだ。どういうことかというと、今回の話を聞いた時、どうもしばらく連載になりそうだ、という話だったので、初回の「形式」をきっちり決めたかったのである。

で、「取材して、どういう内容をとりあげるか、見てくださいね。で、文体もいろいろありますから、あとで2〜3見てくださいね」
と最初に伝えたのであったのである。つまり連載のパターンというのは一度決めてしまうとずっとそのパターンで作らなきゃいけないし、多少面倒なのだが、文体を変えたりして同じ内容を何パターンか書く。でも連載なら、初回に苦労しても最初にパターンをぴっちり決めてしまえば、あとはその通りに書けばいいからラクなのである。

ところが今回の仕事をもらって気がついたのだが、この雑誌。やっぱりかなり妙な雑誌で、一部の知識層と官公庁だけを相手にしているような微妙なところがある。これって雑誌全体のコンセプト自体が実はかなり曖昧気味なせいではないかと思うのだが(たぶん発行目的が「ゆるい」のである)、ぶっちゃけ、こういうとアレなんだけど、なんというか、かなり全体的に「オッサンくさい」のである。それが今回は、女性向けという。 しかも、しかもおまけに「企業タイアップ付き」なのだ。タイアップ付きの記事はクライアントの意向もあるから、普通の原稿よりちょっとややこしい。こう聞けば、やっぱり用心してちょっとくらい手間でも安全な方法をとりたくなる。

そんなわけで、私としては連載初回だし、やや慎重にしたかったので、そう言ったのである。
つまり「取材箇所(これも基本的には「おまかせ」だったのだ)で、どこをまずとりあげるか意見をもらって決め、それから全体の字数バランスとか見ながら、構成を決めて内容を煮詰め、そのあと文体とか全体のトーンを何パターンか変えて書いた物の中から一つを選んでもらって、調整してから文章を整える」
という方法を選んだわけなのだ。面倒だが、連載初回というのはパターンを決めるのに迷いがあるので、その方が早いはずなのだ。だいたい勝手のわからない初対面の相手との仕事だと、結果的にはあとがラクだろうと思ったから。

もちろんこのやり方だと「内容」と「文体」が切り離されてしまうのが困るのだけど、でも、今回みたいに取材ポイントが十数カ所もあって、そのうちどこを中心に書くかまだ決まっておらず、しかも文体や構成が比較的自由で、しかもコンセプトなどがぴっちりと決まらないような場合、さらに企業タイアップつきならクライアントの了承ももらわなければいけないはずで、この方法が編集者にとってはやりやすいはずなのである。

もちろんライターにとっては、これだと何パターンも書き分けないといけないので、やたら手間がかかり面倒なのだが、連載の場合、初回に時間をかけてぴっちり決めてさえおけば、そのあとの原稿はその流れにあわせて書けばいいから、かなりラクなのである。

それを取材日にカメラマンと顔合わせした喫茶店で伝えておいたはずだったのだが、それがどうやら伝わってなかったらしい。そりゃ私も、この人の「ゆでたまご」みたいなおでこに、つい見とれていたけど、それを喫茶店の席でちゃんと言った覚えはかなりはっきりあるのだ。それなのに、どうもこの人は聞き流していたらしい。てか、それはあまり想定してなかったのかもしれないけど。

確かに、同じ取材原稿について、「まずだいたいの内容を決めてから、何パターンか、文体などを変えて書く」というのは、かなり手間な作業なので毎回するものではない。あまりいつもやるやり方じゃないかもしれないが、でも、これはそんなにめずらしい方法でもないはずである(だよね?)。とくに今回は「連載の初回」ということも考えあわせれば、プロのライターならば、これってそれほどめちゃくちゃ突飛な方法ではないはずだと思う(たぶん。え、違う?)

まあ、作家なら全部同じ文体で書くという人もいるだろうし、それでいいんだけど、雑誌などのフリーライターはある程度、文体を書き分けるというのがむしろ普通。てか、多少は臨機応変にあれこれ器用に書けないと、他の雑誌で書く時に困るもん。

ただ、きついスケジュールでこの方法をとると、1日2日でかなりの量を書かねばならないので、ライターの負担はかなりきつい。だから、これは編集者の方からは言い出しにくいし、ま、なんとなくライターの方から「ま、ちょっと今回は、念のため何パターンか書いてみますね」というのがまあ、通例(たぶん)。

(もし編集者がそう思っていそうな場合は、察して私の方から先に言う。編集者が気を使うし)

しかも、取材日にはじめてカメラマンと顔合わせをしたら、編集長はすぐ帰ってしまった。つまりほとんど取材に同行しなかったのである。いきなり初対面のカメラマンと「勝手に取材してね」である。取材した所は、細かいところとか取材の下見までいれると十数カ所。全部は書けないから、そのうち書けるのはせいぜい3カ所くらいである。だが、どの部分を使うかを取材当日に相談できない。

というわけで、連載の初回だと考えた私はかなり慎重で、まず取材でこれはと思ったところ数カ所を下書きで書いたものを作った。これは取材に行くと、私の場合、使わなくてもだいたいメモ代わりに書くもので、今回は8000字くらい。ただ、今回、担当者が同行しなかったので、あとで読めるようにしてあげたので1万字くらいに増えた、あとは一応、どこをポイントにしてもらうか聞くつもりで、取材ポイントがわかるような形でデータを送ったのである。

ところが、これが驚くことなのだけど、この編集長、この最初の原稿を「完成原稿」だと思ったらしいのである。なにせ喫茶店で、私の言葉を聞いてなかったわけだから、今から考えると当然なのかもしれないが、しかし、どう見ても、これはかなり変である。まず一つはめちゃくちゃ分量が長い。注文された原稿の字数は2400字だが、送ったのは1万字近くある。それで、もう一つ送ったが、2400字の分量だと詰め込みすぎになるので、一応、読める形式にはしているのだが、箇条書きみたいなものもの。これは字数見本というかカタログのようなものである。あわせれば、とりあえず取材ポイントくらいは判断がつくので、取材に同行してなかった編集長にもわかりやすいかと思ったのである。

で、そのあとメールで「取材箇所のうち、こことここを中心に書いてもらいます」と指示があったのだ。まあ、最初っからこことここ、せいぜい3カ所くらいかな、とは言われていたし、2カ所は本命だったから、決まらないのはせいぜい一カ所だけだったのだが、じゃあ、だいたいの流れはこれでいいんですね、という感じですぐ原稿納品をしたら、「コレを入れてください、ここが抜けてます」という指示。で、またすぐ書き直して送った。取材箇所とか内容が決まればいよいよである。正直、ライターとしてはここからが楽しいところで、今回、文体はおまかせということなので、もっとしっとり「語り」(一人称)のがいいかなとか、やじきた風の仕上げがいいかなとか考えていたら、それからが連絡がぱったりなくなった。まあ、厳密には完成原稿ではないが、ちゃんと読める形にはしてあるので、最終段階の一歩手前ではある。

だもんで今回、私はボツった理由は、そもそもこの「内容」がムリだったと考えていたのである。だって、私は最後まで書かせてもらえなかったわけだもん。まあ、企業タイアップもあるし、そんなことも仕方ないか、と。つまり私は、最初は連載開始が伸びたか、内容の判断がつかなかったかと思っており、さらに今日の今日まで、その連載が取材内容ごとボツったか(別の取材場所になったか)、内容が全面的に変わったと思っていたのだ。つまり文章提案をするまでもなく、内容でダメだったと。でも、そうではなかったのである。どうも文体だけの問題だったような感じである。うえーっ、そうなの?

この編集長、どうやらコンセンサスがとれてなかったせいで、これらの手順を知らず、私が送ったデータは、最初から「完成原稿」のつもりで扱ってたらしいのである。ええーっ、マジ?
これにはびっくり! でもアレをどうやったら、そんなふうに読めるんだろう。普通、読めばわかるやろ。だって、私「文体も決まらないだろうから、色々見てくださいね」とか言ったじゃん。あ、聞いてなかったのか。いや、かなりびっくりである。

「で、これは書かせてもムリだろうと思って、あきらめて編集部で全面書き直した」んだとか。
いやまあ、もう、それはそれで別にいいけどさ。

で、つまり、私が気にしていた「内容」の方は別にアレでもよかったらしい。で、編集部で書き直しして、連載開始したんだとか。なんじゃそれ〜。

つまり今回、私は下見にも何時間も行き、取材もたっぷり6時間、原稿もめちゃくちゃ量を書いて、さらに図書館でもあれこれ調べものをして(まあ、なんだかんだで、歴史的な蘊蓄が多い雑誌なので、そこらは絶対に書きたくなかったのだが、実は、たとえ書かないとわかっていても、私はこういうところは押さえておかないと気が済まない性格なのである)、やっと書けると思って、一番面白いあたりでとりあげられてしまったわけなんだけどね。ま、それもこれも、単なる「思い違い」ってヤツでしたか。ま、もうどうでもいいけどさ。

つまり、さっきのたとえで言うとこんな感じ。何でもあるのが「売り」の居酒屋で、初めての客がやってきて、初めてなのに、「おまかせで、いつものヤツ」と注文した。何か特別な特徴をもつ店なら、「これが当店自慢の品です」と出せるのだが、うまい早い安い、なんでも作りまっせ〜という店だったので、これって迷ってしまう。外見でだいたい見当をつけたものの、とりあえず、
「ほんなら、こんなんどうでっしゃろ。ほら今日はこんないい魚、いろいろ仕入れてるんでっせ。ほら、煮ても焼いても刺身でもおいしいはずですわ。どれにしまっか〜」
と見せたところ、その客はいきなり何も調理してない魚を食って、ぺっぺっぺ、なんてマズい店だ! あ、いや、お客さん、どこへ? あれれ、何も言わんと出て行きはったで、はああ、食い逃げか。なんやて、違う違う、ちょっと駐車場に忘れもんしただけや。オレがそんなことするわけないやろ。それにしてもマズい店やな。

……ああ、疲れた。

やっぱ、取材実費だけもらえたらええんやけど、お客さん。
しかし、そんな思い違いってあるんかなあ。いくらなんでも。

でも、そういや、いきなり最初のメールで、「完全原稿を目指しましょう」と言ってたので変だなとは思ったのだ。でも、それは冗談だとばっかり……。だって、いきなり初対面の外部ライターで連載初回だし、取材も同行してないわけだし、どこを書くかも決めてないわけで、まして当初は字数もコーナーのタイトルも何も決まってなかったわけだし。ううう。あれって、まさか本気だったとは。ああ。ってことはやっぱ私が悪いのか? いや、でもでも。

それにしても、1度会っただけの人と仕事する時は、みなさん慎重にね。メールだけで意思疎通ができてるとは限らないのだぞ。コミュニケーションを大切に。いや、私も誤解して悪かったわ。でも、あとでもらったメールを見返してみたけど、やっぱ、こりゃ想像もつかんかっただろうなあ。だって肝心なところは、1〜2行しかないんだもん。

けど昨日までは、「無神経」な人だと決めつけてたけど、もしかしたら「無頓着」なだけな人なのかも。編集者としてはそれなりに優秀でも、編集長として、つまり「管理職」としてはアレ……という人もいるんだろうけど。こうやってみたらそれほど悪い人には見えないが、でもこういっちゃなんだけど、正直これだとあんまり人材管理能力はなさそうなんだけどな。ま、ハタから見たかぎりでは、部下の人も「勝手にやる」自立したタイプみたいなのでこれでもいいのかな。

でも、そんなことは実はどうでもよくて、私はホントは今回、求人の件で文句を言いたいわけで、とにかく涙ながらに訴えることに。選考方法自体はともかく、選考方法をまったく聞いてなかったせいで、あんまり感情的にして何かと思うのだが、結果的にはわかってもらうにはこれも仕方なかったかも。ま、そうは言っても、やっぱ、そういう選考にして「何が悪いのか」という感覚ではあるみたいだったけど。だから、事前に言えばちゃんと問題ないんだってば! 事前に言えよ! 事前に!  ホント、ちょっとした行き違いで、ややこしいことになるんだってば。ま、もう、笑い話だけどね。

で、思わず、「これは編集のプロに言うセリフじゃありませんけど、言葉足らず、っていう言葉、知ってますか?」
と言ってしまう。ほとんど説教モード。

でもね。ホウレンソウですよ。報告、連絡、相談。ビジネスは基本が大事なんですぜえ。あ、そうか、採算性を重視してないから純粋なビジネスとは言えないんだっけ? いや、それでもね。

なんだかんだ1時間あまりほど話してから、ビルを出る。あ、そういや原稿料の支払い期日と方法を聞くのを忘れてた。ま、もういいけどさ。

さて、今日は自転車。よく通る道なのだが、このビル、東側に自転車置き場ができている。でも、ここはビジネス街とは反対側でビルの影。しかもどこにも看板らしきものも出ていない。めっちゃ効率悪そう。これでも採算がとれるのかなあ。ま、人件費はゼロだしな。しかし、余計なお世話だろうが、看板ぐらい出せばいいのに。あいかわらず、ビルの正面は違法駐輪だらけ。ほとんど利用がないようだが、誰も気にならないのかなあ。90分無料だし、ちょっと使ってても不思議じゃないと思うけど。こりゃもしかしたら何か事情でもあるんだろうな。知らんけど。

04/13/2007

小説講座の事務所も春はバタバタ。思わぬ展開と思わぬタイミング

4月12日(木)
午後から小説講座の事務所。

午前中、銀行等あちこちうろうろ。さすがに桜は終わりかけみたいだけど、天気がいいので、外出は楽しい。

昼過ぎ、どこで昼食を食べようかなと思いながら、自転車を走らせてたら、ケータイが鳴る。何だと思って出てみると、例の編集部からである。つい昨日、「問い合せ」の手紙を書いた例の人物である。

「今回は、あいにく原稿不採用だったわけだが、もちろん原稿料は払います。で、できれば早急に話をしたい」
とのこと。ふーん。ずっとほったらかしで何の連絡もなかったのに、なんだかまるで態度が違うような感じ。なんでかな。

それにしても、なんていうタイミングの悪さ。
いや、ずっと連絡がなくて、メール送ってから一週間もたつもんから、昨日、「問い合せ」を書いて事務局あてに送ったばっかりだっつーのだ。それも2時間かけて書いたっつーのに。

でも、どうやらちゃんと「原稿料」も入るらしいので、それはもちろんいい連絡なんだけど。せめて「取材料」だけでももらえたらいいな、と思ってたから。
結局、書いた原稿が未使用だったのは、意図をきちんと判断できてなかった私にも責任があるので、それは仕方ないことだと思っているのだけど、とにかく何の連絡もなくほったらかしで2週間、「せめて取材料だけでも」と問い合わせてから、さらに1週間まったく連絡がなかったわけだから。

それにしても、
「会うなら、今日、明日にでも、できるだけ早急に」
と言われてもなあ。ずっと連絡がなかったのに、今日明日かよっ。そっちは2週間、1週間ほったらかしなのに、今日明日? まじっすか? でも、そっちの事務所に行くのは、ここからだと片道1時間近くかかるんで、往復だけで2時間かかるんだよね。

明後日の土曜にある「入学説明会」の準備もまだしてないし、「ライティング講座」についてまだあれこれ電話での問い合せもあるんで、あんまり事務所をあけたくないんだけどな。今日も、印刷手伝いのスタッフはいてくれるけど、この人は週1回しか来ないスタッフなので、「ライティング講座」の内容についてはよく知ってるわけではなく、問い合せ電話があっても、詳しいことは答えられないのである。

それに、今さら、
「これからも、何らかの仕事はしてもらおうと考えている」
なんて言われてもなあ。正直、こんな信用のおけないところの仕事を引き受ける気はないが。だから、私としては取材費だけでも払ってくれるなら文句はないし、それがわかれば、個人的にはわざわざ急いで会ってどうするってわけでもないのだから、今、無理に時間を作るってのもどうなんかなあ。無理して会って、さらに不愉快の重ね塗りになる怖れもないわけでもないしさ。

でも、やっぱりいろいろ関係者も多いので、それはそれでこのままにもできない。どのみち話がこじれても困る相手でもあるし、会わなきゃいけないなら早いうちがいいしなあ。私の原稿は未使用だろうが何だろうが、取材費さえ入るならオンの字。もうどうでもいいのだが、できるものなら例の求人の件だけは、本人に会って文句の一つも言っときたいしね。

で、かなり忙しい今日明日だが、とりあえず今日、仕事を早めに終わらせて、そっちに寄れるかどうか判断することに。

でも、結局、夕方までバタバタしてて、時間がとれず無理。明日に変更してもらって、明日10時あらためてお会いすることに。講師手配とか、開講準備とか、私しかできない作業が多いせいもあって手が離せない。なにせ今は、年2回のある開講前なのだ。今日明日がピークである。それにしても、この忙しいのに、昨日2時間ほどかけてそっちに「お問い合せ」を書いたっつーの。ああ、連絡くれるなら、もちょっと早くくれりゃあ。まあ、今さら言ってもあれだけど、あんな手間までかけないっつーの。

それにしても、どこまで信用していいものやら。
なにせ1回会っただけくらいの人なので(あとは全部メールのやりとりだけだし)、よくわからんのだ。

けど、どうも取材料と原稿料を支払うつもりってのは確からしい。本当かな。しかし、それならなぜ1週間もメールも電話もなし? うーん。やっぱ、よーわからん。

しかし、受話器のむこうの口調から、あわてて電話かけて来たらしいということだけはわかる。ってことは、どっかから話でも聞いたかな。個人的には正直なところ、もはやなるべく関わりたくない気持ちの方が強いんだけど、それならわざわざ会いたいというのをむげにお断りするわけにもいかず。仕方ない。

そういや、肝心の原稿の時も、たまたま3月15日前後でめちゃくちゃ忙しい時期だったがなあ。うちは3月末決算で(半期決算なので、9月末、3月末)、半年ごとの生徒募集である。今月だって、明後日が入学説明会なのだ。しかし、考えてみれば、思いっきりタイミングが悪い人である。今日も不愉快なことを思い出して、ちょうど昼食も何だかまずくなるし。

でも、やっぱ、関西在住のライターの皆さんのためにも、原稿不払いの件は、ちょっとは自覚してもらわんと困るだろうし。たとえ本当に払う気があったとしても、こんだけずっと連絡なくほったらかされたら、原稿料だけで生活しているフリーランスのライターなら、私なんかより、よーっぽど腹を立てると思うぞ。いや、ほんま。こんなことばかりしてると、在阪の優秀なライターはみんないなくなってしまうわゼッタイ。

てか、実際、ベテランのライターやら編集者の皆さんは、ほとんど東京へ移転してしまって、今ではほとんどおらんのだし。もしベテランじゃなかったら、なおさらこんなことされたらまともに育たない。やっぱ、ダメだって、その態度。

それに、今回、腹を立てているのは、どっちかというと求人の件についてなので、生徒さんのためにも、また今後ここの編集部を受ける誰か知らん人のためにも、そっちだけでもちゃんと文句を言っておかなくちゃね。プンプン。それにしても、なんかゆううつ。どうせなら今日中に済ませたかったが、これも仕方ないのね。

ところで、生徒の皆さん。おかげさまで「漫才台本集」の注文がちらほら。追加注文、ありがとうございます。意外にちょろちょろ売れるな。追加で十冊発注したので、どなた様もご遠慮なく。たぶん来週くらいには「関西演芸作家協会」からゆずってもらえると思うので、専攻科の方もぜひ。てか、あんまりアクセス数がないブログだもんで、見てる人はあんまりいないと思ってたが、生徒さんってそれなりに読んでたのね。知らんかった。

じゃ、ためしに業務連絡してみよ。
5月19日(土)に10期生では、近藤史恵先生の講義を予定してますが、通常、専攻生は、本科である「エンターテインメントノベル講座」を自由に見学できることになっているのですが、その日が専攻科の講義予定日なので、見学ができません。ただ、まだ3月締切の作品数が少なかったのもあって、5月の専攻科の講義については、まだ講師予定が決定してません。でも、たぶん近藤史恵先生は、かなり人気もあるだろうから、専攻科全員の見学を受付けていると何十人にもなってしまって大変なので、どうしたものか判断に迷ってます。
(そういや去年、田中啓文先生の久しぶりの講義について、専攻科の見学希望を受けたら、大教室が満席いっぱいになってしもうたからなあ)
ですから、来週の専攻科の講義で、見学希望がどれくらいいるか受付けますので(たぶん教室でも言いますが)、それまでに考えておいてね。よろしく。

ところで、漫才台本やら小説はフィクションだから面白いんだよね。うちの息子のバカさ加減は、ありゃあノンフィクションなのだ。残念ながら、全部もれなく、実話である。人ごとだと楽しいだろうが、当事者は笑いごっちゃねー。いや、言われてみりゃ、笑うしかねーかもしれんけどさ。

04/12/2007

今週末、小説講座は後期開始、文章教室も開講

4月11日(水)
朝から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

文章教室などの開講準備など、コツコツ事務作業。
小説講座も、今週末からいよいよ後期の授業開始だ。「ライティング講座」などの文章教室は、半年のカリキュラムだが、小説講座は1年間あるのでのんびりできるようで、意外と早い。とくに後期は早くて、4月に開始して6月には修了作品の締切日があるし、夏休みもあったりして、あっという間に卒業なのだ。

今年の10期生は、めずらしく2人も退学者が出たし(うちの小説講座は、途中脱落者が少なく、退学する人は少ない。だから、たいていゼロか、いたとしても1名で、今年みたいに2名もいるというのははじめて。ただ、一人は前期学費すらずっと滞納してたし、正式な退学届も出てなくて、退学というよりは正式には「除籍」なんだけどね)、出席率もやや悪いクラスなのだが、それでも忙しい毎日をやりくりして通ってくる人もいる。修了課題なども楽しみだし、あと半年がんばりましょうね〜。後期もいろんな講師の先生方がご出講予定だし、お楽しみに。

また春から始まる「ライティング講座」のクラスも、今年はどんな雰囲気のクラスになるのか今から楽しみ。なんだか、春って、それだけでウキウキ楽しいわね。

ところで、昨日、東京へ移住したシナリオライターの知人に電話したら、
「今、『就職活動中』だよ。あちこちに顔を出してるところなので、いい仕事を知ってたら、ぜひ教えて」
と言われたので、今日、数少ない知り合いにメールなどを送ってみる。でも、東京の放送関係者は、あんまりよく知らないのだ。まあ、彼は、演劇関係でもキャリアがあったりするから、知り合いのディレクターとか、某劇場関係などに顔を出してみたら、と言っておいたのだけど。

大阪のドラマ業界は仕事がなくて厳しいのだが、東京もけっしてラクなわけではない。多少のコネはあるだろうけど、東京での仕事はとっかかりがないわけで、そこそこ安定した仕事が見つかるまではちょっと時間がかかるだろうなあ。大阪の放送作家の人たちも、仕事を求めて東京へ移住して、全員がうまく行っているわけではなく、挫折してやむなく帰ってくる人もけっこういるのだ。たとえうまく行っても、何年かしてストレスやらで疲れてきてしまうとか。

でも、彼はかなりタフだし、実力もあるわけだから、そんなに心配はしてないけど。でも年齢的にもそろそろ40歳近いはずなのだ。ぜひうまくいってほしい。とにかくがんばってほしいなあ。

さて、例の原稿の件、あれから一週間たってもまったく返事がないので、本日、取材料などに関する「お問い合わせ」のお手紙を作成する。なるべく穏便な雰囲気でわかりやすく書こうとしたら、少々、長くなってしまった。しかし、こんなものを送っても仕方ないような気がするし、正直、もはや取材費もあまり期待はしてないのだけど。というか、ちょっと知り合いに愚痴ったら、また妙なウワサ話を聞いてしまったので、今はなるべくあまり関わりたくないという気の方が強いんだけど。

でも今後も、きっとこの編集部と仕事をするライターもいるだろうし、これでこれから少しは人間味のある態度を心掛けてくれるようにしてもらえればいいんだけどなあ。とりあえず「せめて取材費くらい出ますか」というメールさえもなぜか無視されているので、こうして手紙くらいしかやることがない。

04/11/2007

文章教室はまだ募集中、漫才台本集も好評販売中

4月10日(火)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

「ライティング講座」に、現役生から同時受講のお問合せ。同時受講は、学費割引が大きいので、けっこうお得。それ以外にも願書が一通とどく。今週末まで、まだ生徒募集しているのだが、またもや若い男性。

「ライティング講座」は初心者向けの文章教室で、たいてい毎年7〜8割が女性なのだが、今年はなぜか男性が多いみたいだ。ちょっとめずらしい。もともと少人数の小さなクラスで、教室実習も多いし(なかなか家で一人では書けない人のために、書くための時間をたっぷり設けてあるのだ)、作品合評もゆっくりとやれるのが特徴。初心者向けなのもあるけど、いつもアットホームな雰囲気。そろそろ開講が楽しみ。

さて先日、ブログに書いた「漫才台本集」、メール予約を含めて、今のところ3冊売れた。お買い上げ御礼。「お笑いファン」の息子さんへのプレゼントにお買い上げの方も(笑)

これ、うちの小説講座の生徒さんが読んでもゼッタイ面白いとは思うのだけど、あとどれくらい売れるかなあ。読み物としては、漫才コンビを知らないと面白くないかもしれないけど。もしかして台本だけで笑うには、やっぱり少しは、お笑いの教養がいるのかな。ま、関西在住の人なら、お笑い教養もたいていあるもんだけど。

漫才台本は演者指定なのだが、やっぱり「落語台本」は演者指定がないから、関係なく読めるのがいいんだろうなあ。そりゃ、落語も小説の勉強にはなるだろうし。実際、うちの小説講座の先生たちも、落語好きが数多くいるから。ま、落語関係の書籍は、漫才と違って、けっこう手に入りやすいみたいだけど。

でも、漫才台本には「ボケ&ツッコミ」という典型的なパターンがあるから、会話文の参考としては、わりとわかりやすいんじゃないかなあ。漫才台本はあまりムダな会話がないし、それぞれのパーツを組み合わせるみたいに意外とシステマチックに組んであるので、全体の流れも構成もわかりやすい。あるボケをツッコミがどう受けているか、とか。ちょっと言い回しを考えてみても、同じ意味でも微妙な言い方の違いによって、笑えたり笑えなかったりするのがよくわかる。ちゃんと読めば、けっこう微妙。

言葉の感性とか、表現力を磨くには、こうした台本で、「全体のテーマ」は何か(漫才台本には「タイトル」があるので、それを見れば、テーマもだいたいわかる)、「笑いのしかけ」は何かとか、考えながら読みかえしてみるといいんじゃないかな。

ちなみに、漫才といわゆるコントとの最大の違いは、漫才コンビが役柄を演じるわけではなくて、自分たちのこととして話をすること(もちろん「漫才中のコント」もあるけど)と言われるのだけど、この「現実性」(あるある)と「非現実性」(「そんなわけない」)を交互に行き来するところに笑いの特徴がある。

あとは、どの部分が笑いの部分で、「その部分がなぜ笑えるのか」とか、言葉の表現について考えてみるとか、あとテーマにそって、それなりに流れがあって、構成があるので、そこを読み取るとか。

で、今回、この「漫才台本集」を400円でお買い上げの小説講座の生徒の皆様には、よろしければ、「台本」の効果的な読み方、小説への生かし方なんかについて、私が無料にて解説ご説明いたしますので、あわせてぜひご利用ください(笑)。解説0円、スマイル0円。

ところで、シナリオ学校には、あまり在庫がなかったので、残りがたったの8冊。あとどれくらい欲しがる人がいるかわからないが、演芸作家協会にはまだ在庫があると聞いたので、高見孔二先生に電話してみる。「まだまだあるから、欲しいなら、大阪シナリオ学校に持っていっておくよ」とのお返事。皆様、ご遠慮なく。

そういえば、漫才作家、放送作家として忙しい高見先生だが、私が大阪シナリオ学校のスタッフをしてた頃から、ちょっと頼みごとをしてもいつもやさしく、しかも対応がすごく早い。ケータイもつながらないこともあるけど、大抵すぐ折り返し電話がかかってくる。「お忙しいでしょうから、いつでもいいですよ」と言って頼んだことでも、すごく早くやってくれる。仕事を頼むとすぐやってくれるというのは、忙しい人に限ってそういうものらしいけど。一方、さすがにそこまで忙しいわけでもない私は、なんでもグズグズして後回しにしがち。見習わないとなあ。

この高見先生は、大阪シナリオ学校の「演芸台本科」第1期生。このコースは設立後すでに30年もたっているので、たくさんの卒業生がプロになっている(当時は、あの秋田実先生も講師だったとか。余談だけど、この「台本集」にも台本が掲載されている漫才作家の藤田曜さんは、この秋田先生のお孫さん。お母様は、童話作家の藤田富美恵先生で、叔母様がシナリオライターの林千代先生。若くてハンサムな漫才作家界のサラブレッドです)。

だから、このコースは、講師も今は8割くらい「卒業生講師」なのだ。卒業生がプロになって、講師をやってくれるというのは、まるで「シャケの放流」、もちろんうちの小説講座もそれが理想なのだ(ま、うちの小説講座は、まだ設立9年だから、もうちょっと先かなあ)。

みんな作家デビューして、大海原でしっかり太って、いつか講師として帰ってきてね。

04/10/2007

小説とは関係のない休日(なかなかできない宿題とオイラー)

4月9日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

今日から新学期。朝からバタバタと子供たちが登校。中2になる長男は、始業式と言えば、なぜか必ず騒ぎだすバカ息子。制服がないとか、生徒手帳をなくしたとか。で、今回もまた事件発生。ないと言っていたはずの「春休みの宿題」が実はあったことが判明したのだ。数学のプリントが11枚。むろん少しもやってない。「春休みやから、宿題ないねん」って、春休み中ずっと遊んどったのに。これである。

でも、この息子には、それぐらいじゃ親は驚かされない。だって、いつものことだもの。だが実は、それがわかったのは昨日なのだ。
「どうしよう、宿題。あったみたいや」
「あったみたい? あったみたいって、アンタ、明日から新学期なんやで」
「うん、わかってる」
「でもまあ、前日に気がついただけましや。今日、丸一日あるから、がんばればまだ間に合う。早くやり」
「うん。でも、なくしてもた」
「なくした!?」
「あ、でも、大丈夫大丈夫。ボク、友達に借りに行って、写してもらってやるから。今日中に絶対!」
「当然やろ。去年あれだけ、宿題忘れてばっかりで、懇談でもさんざん先生に怒られて、成績かてテストだけなら4でもおかしないのに、結局、2ばっかりやん。通知簿、ほとんどアヒル泳いでるやん。ほんま、忘れ物ばっかりで、平常点ゼロどころかマイナスやろ」
「大丈夫。宿題は二度と忘れへん。まかしといて。絶対がんばってやるから」
というので、昨日はわざわざ、彼を残し、自宅で一人ゆっくり勉強しやすいように、騒がしい妹たちを連れて外出していたくらいなのである。で、帰宅してみると、
「友達にちゃんと貸してもらった。もう大丈夫」
とニコニコしていたので、てっきり終わったものと思って、こっちもホッとしてたのである。

「昨日、もう大丈夫……ってゆうてたやんっ。なんでやってないのっ! 昨日何してたの!」
「だから、あちこち、宿題を貸してくれる友達、探してて……」
「で、借りて写させてもらって、ちゃんと宿題やったんやろ?」
「ちゃうねん。ほら、昨日、天気よかったやろ。友達みんな遊びに行ってて、やっと家にいる友達を見つけて、ほんま、やっと借りれたから、なんかホッとして……」
「ホッとして……って。だって夕食もゆっくり食べて、それからもずっとのんびり遊んどったやろ? だからてっきりやったもんと思ってたわ!」
「だから、ほら、忘れててん」
「なんで忘れるの!? だって、借りてきたばかりやろ!? その日や!」
「うん。なんか借りただけでホッとして……で、忘れてもて」
「ホッとして、忘れた!? でも、これ、今日には返さなアカンやろ!?」
「うん。今日の朝、返す約束やねん」
「今、もう朝や!!」
「ああ、もうアカンわ。ボク……」
「あかんやないやろ! すぐあきらめるな! まったく、昨日の晩、あんなにのんびりしてたから、てっきり宿題はすぐに終わったと思ってたわ」
「だから、忘れてしもて」
「そんなん信じられへん」
「ほんまに忘れてもてん」
「だって苦労して借りてきて、なんでその日に忘れるの。それ、やろうと思っても、フツーなかなかでけへんで。理解できへん。アンタなんでそんなアホなん!?」
「なんでって……、そんなん、ボクもわからへんもん」
「あんたがわからんかったら、誰もわからんわな。それより、ちょっとでも宿題やって、ちゃんと友達に返しや。それ忘れたら、今度は友達が困るねんから。まだ7時やから、あと1時間あるやん。がんばってみたら?」
「でも終われへんよ。だって、こんなにあるのに」
「プリント11枚? けっこう問題もいっぱいあるなあ。これ一体どうするつもりやったんや」
「問題をこのノートに写すつもりで……」
「でも、こんなにいっぱい問題あるんやったら、問題写すだけで、1ページ15分か20分はかかるで。急いでも3時間かかる。今から始業式やのに、8時までに終わらへんわ。まったく、ホンマなんで昨日やっとかへんかったんや」
「だから、つい忘れてて」
「わかったわかった。とにかく今からコンビニに走って行って、これコピーしといで! で、今日はまだ始業式やから、まだ宿題は提出せんでいいんやから、今日家に帰ってきてからがんばってやり。始業式やから、昼までしか学校ないんやろ。時間はまだあるやん。ほんで、友達にはこれちゃんと返すんやで」
「うん。がんばってやるわ」
「ママが帰ってくる7時までに、絶対やっときや」

てなわけで、今朝、コピーをとらせて、
「くれぐれも、遊びに行ったりせんと、夕方までに宿題をやるんやで」
と言い聞かせ、私は事務所に出勤。公休日だが、仕事がたまっているので、夕方まで事務である。さて、やっと7時に帰宅したのだが、このバカ息子。ちゃんと夕方までに宿題を終わらせてたと思いますか、皆さん。

7時ちょうどに帰宅すると、はたして玄関の鍵は開いているのに、家は真っ暗。いつも月曜日は、下の双子の娘たちはスイミングに行っていて、7時5分すぎくらいに帰宅するから、いないのは当然なのだが、なぜ電気もつけずに部屋の中が真っ暗?
「あっ。やっぱり。また勉強もせずに昼寝してたな!」
「う……。あ、ママ……おかえり」
「あんたはボケッと遊んでるか、昼寝するかどっちかやな!」
「え、ボク、今、寝てた?」
「寝てたやろ!布団にもぐって何しとったんや」
「あ、ほんまや。寝てたんや、ボク。いつのまに、なんでやろ」
「なんでやろやないわ。アンタどっちみち、いつも気がついたらすぐ寝てるやろ。ほんで、ちゃんと宿題はしたん?」
「宿題?」
「え、もしかして、まさか、また忘れてる?」
「あ? あ、ああ。あれ」
「やった?」
「あ、うん。やったよ。1ページ」
「やってないやん!」
「でも、やってん。1ページ」
「全部で11ページやろ。11ページともやれよ!」
「ちゃうねんちゃうねん。これにはわけがあるねん」
「言い訳なんか、関係ない!!」
「ちゃうねん。見つかってん」
「見つかった?」
「だから、宿題プリント。ほら、ずっと問題を写すのも大変やし、もしかしたら、あるかもしらへんな、と思って、今日ずっと部屋の掃除しててん。それでがんばって探したら、なくしたプリントやっと見つかってん」
「そんなら、最初から探したらええやん! ほんなら昨日、わざわざ友達に借りることも、今朝、コピーすることもなかったはずやろ!」
「うん。まあ、そうやけど。ほんで、一日ずっと掃除してて、めっちゃ疲れて」
「で、ホッとして、また寝てたんかいっ!」
「あ、大丈夫。やるからやるから。絶対今からやるから」
「あたりまえや! 宿題やるまで、アンタはもう夕飯ぬきや! どうせ食べたらお腹いっぱいで、また寝てまうやろ!」

それから、9時頃、ようやく部屋から出てきた息子。
「ママ。やっと、できた!」
「じゃ、晩ご飯食べなさい。でも、その前に、宿題ちゃんと見せな」
「え、見せるの?」
「うん。念のために」
「はい、これ」
「何、そのボロぞうきんみたいな。まさか、それ?」
「うん、ちょっと引き出しの中で、ぐちゃぐちゃになってたから」
「どう見ても、ゴミやわ。でも、まあ、とにかくやったんやったら……あ、何これ、空白。なんか書いてないとこばっかりやん」
「あ、わからん問題はちょっととばしたかも」
「とばしてばっかりや!」
「だって、考えてもどうせわからんから」
「だったら、教えたるからここでやりなさい」
「えー、面倒くさ」
「仕方ないの! 数学の宿題なんか、誰でも面倒くさいもんなの!」
「しゃーないなあ」
「ほら、これは上の問題とやり方は同じやろ。ほんなら解けるはずやん」
「あ、そうか」
「ちょっとがんばって考えてみ」
「うーん。そうか……あ、そうそう、そういえばさあ」
「おしゃべりしないの。まずは数学」
「だから、数学。ほら、その数学者オイラーって誰?」
「オイラー?」
「ほら、その新聞に書いてある人」
「ああ、この記事?」
「そう。オイラーって誰?」
「この記事? 『数学者オイラー生誕300年』? でも、そんなんいいから、アンタは宿題に集中したら?」
「でも、気になって、宿題できへんやん」
「そんなわけないやろ」
「でも、気になるやん。ちょっとくらい教えてくれてもいいやん」
「ほんま、集中力なさすぎ」
「でも、気になるやん。『この人の宿題あと100年必要』って書いてあるやん? 100年もかかる宿題って何?」
「アンタは関係ないねん。アンタはあんたの宿題やりなさい。オイラーの宿題と中学の宿題は全然ちがうねん」
「何が違うんか、ちょっとくらい教えてくれてもいいやん。なあ、オイラーって誰?」 
「だから、数学者やって」
「オイラーはオイラー?」
「あのな。新聞記事なんか気にせんと、それより早くその問題を解きなさい」
「でも、ちょっとくらい教えてくれてもええやん。なあ、なんで1+2+3+4+…がマイナス12分の1になるの? なんでなんでなんで」
「発散級数の和? そんなん、知らんやん。ママにもわかるわけないやろ!」
「ケーニヒスベルグの橋って?」
「ホンマぜんぜん人の話聞いてないやろ。そんなんいいから、ちゃんと中学校の宿題やりなさい」
「川にかかる七つの橋を一回ずつ全部渡れるか? えー、意味がわからん。ああ、宿題、手につけへん!」
「だから、そんなん関係ないやん。今は、自分の数学の宿題が大事やろ」
「でも知りたいやん。気になるやん」
「だいたい『七つの橋』やったら、たしかどっかに絵があったはずやろ。なんかのクイズか、学習マンガか、学習事典かなんかに」
「え、どこ? あ、そうか!」
「ちょっとどこへ行くの!」
「だから、その本を取りに!」
「そんなん今はいらんやろ。先に自分の宿題をやれというのに……」
「あ、ほら。これや! 一筆書きは、つまり奇数で交わる点が4カ所あったら……ふんふん。なるほど」
「だから、宿題!」
「ということは、こういう図形は一筆で書けるわけやから……」
「そんなんどうでもいいから、頼むから、早く宿題して!」

で、なんとかプリントができた(埋まるだけ埋まった)のは、結局、夜の11時であった。ふう。

04/09/2007

小説とは関係のない休日(原稿料とかあれこれ)

4月8日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

午前中、自転車で天満橋へ。近くの造幣局では「桜の通り抜け」があるので、すごい人混みである。午後からビジネスパーク周辺に移動。家族と待ち合わせて展示などを見て、お茶してから帰宅。

先日、例の原稿料の件について、別の知人からまた指摘あり。

原稿料などの問題については、私自身は、あくまでも個人的な問題のように考えていたのだが、そうでもないらしい。これは、ある意味、関西の出版業界全体の問題でもあり、他のライターのことを考えても、「創作サポートセンター」の運営理念から考えても、そのままにしておくのはいかがなものかと言われたりする。

たしかに、出版業界の東京一極集中が進む昨今、関西でフリーランスで働くライターはただでさえすごく弱い立場で、こういうことがあってもみんな泣き寝入り。こんなことだから、関西文化を支えてきたライター、放送作家などもどんどん東京流出していくのかな。しかし、たしかに「創作サポートセンター」の責任者としては、そのままにしておくのはいかんのかも。関西在住の作家、ライターなどの支援、新人育成などが目的なのだから。

しかし、そうは言ってもなあ。

今回は、取材日も急だったし、厳しい執筆スケジュールで無理して書いた原稿である。さらに2度も書き直して、原稿納品。やっと終わったと思っていたのに、何の連絡もなく、2週間後にやっとメールが来て突然ボツ。私は、すでに次号の取材の準備までやってたので(連載予定だったのだ)、これはよほどバカにされたのだろうなあ。

普通なら、そもそも使うか使わないかわからない、不採用の可能性があるような原稿なのだったら、これは取材をともなう原稿なので、発注時にいくらかは説明があるのが普通だし、(今、少々忙しいので、そういうあいまいな仕事なら、私は最初から引き受けなかったかもしれないと思うのだが)、もし万一、何か編集の都合でその原稿が使えないとなっても、たいていの場合、すみやかに連絡をするのが社会的な常識である。それをこっちからメールやら電話連絡して、やっとメール一行だけ送ってくる、というのはやはり非常識だよなあ。さらに関係者に迷惑がかからぬよう、我慢して折れて、心をこめたメールを送ったつもりなのだが、それでも返事もなく、いまだに無視だー。返事も一切来ないってのはどうなんかなー。十数年もライターやってて、これほど無視されたのは初めてだし(原稿料不払いとかでも、言い訳かせめて返事くらいはあるもん)

しかも取材でできるだけ色々と購入しろということで、あれこれ自腹でも買っているしなあ。だもんで、せめて取材料くらいは欲しいとメールしても、これもずっと無視なのだ。これって、やっぱただならない仕打ちだろうな。残念なことに、編集プロダクションとか出版社の原稿料不払いは決してめずらしくないのだが、しかし実は発行元、公共の助成金も受けてるような組織なのだ。それがそこらのあやしい編プロみたいなことを平気でやるとは思わんかったのだがなあ。

そりゃもし何か抗議でもして、この問題がちゃんとクリアになるならいいのだが、なにせ相手が一編集者ではなくて、実は、この問題の原稿担当は、編集長なのである。それに、どうもそれ以外にもあれこれ諸問題を抱えている編集部らしいし、他の関係者に不利益がもたらされても困るし。

ああ、どうしたものかなあ。

04/08/2007

土曜だけど、めずらしく講義はありません

4月7日(土)
朝から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

土曜だけど、本日は講義は何もなし。昼の初心者向けの「文章教室」(ライティング講座)は半年コースで、新しいクラスは、4月14日開講、4月21日が初講義である。小説講座も毎年、4月の第一週目はお休み。

ほぼ一年中、毎週土曜に休みがとれない私にとって、めずらしく自由なサタデーナイト。といっても、忙しい時期だもんで、結局、仕事である。午前中、芦辺先生と電話。夕方6時までは、事務所でせっせと事務作業。ここ大阪NPOプラザは、土曜日は6時閉館なので、それ以上はやれず。梅田に移動して、ジュンク堂へ。忙しくてなかなかゆっくり本を探すヒマもないのだけど、2時間ほどあれこれ。下の文具コーナーで色鉛筆などを購入。

04/07/2007

小説講座なのに、なぜかオススメ漫才台本集など

4月6日(金)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

天気がいいので、本日も自転車通勤。のんびり町を走らせてみると、あちらこちらで桜も満開。桜宮橋(銀橋)の近くを通りかかると、大川沿いにも満開の桜。橋の上から、大阪城にカメラを向けている人も大勢いる。銀橋の上は工事中なので、車道を走らせるわけにもいかず、通行人に注意して用心深く橋を抜けると、造幣局の「桜の通り抜け」。銀橋のあたりは出口になるので、歩道にはたくさんの人がいる。大川沿いには、露店も並び、のんびりした光景だけど、おかげで人をよけるのに少々苦労する。

すぐ近くまで来たので、天満橋にある「大阪シナリオ学校」の事務所に寄る。簡単な相談ごとなど。と言っても、先々月、ここの校長の杉山平一氏の奥様が亡くなられたのだが、私が打ったはずの弔電が、ちょっとした手違いで打ててなかったのが先週になってわかったこととか。今さらなので、来週、入学式で来校される時にでも、ご挨拶だけでもすることに。

うちの小説講座「エンターテインメントノベル講座」は、創設時には、この「大阪シナリオ学校」の一講座だったわけで、2年半前に小説講座だけ運営は独立したものの、ここは生みの親のようなものである。「創作サポートセンター」も、独立して早くも3年目、もちろん私もとっくに「シナリオ学校」のスタッフではないわけなのだが、せめて春秋の入学式だけはなるべく手伝いに行くようにしている。あいかわらず経営はラクではないだろうし、スタッフの数も限られているので大変だろうから。入学式はたいてい土曜日でどのみちエル大阪を使うので、教室を抜けて、後かたづけくらいなら、少しお手伝いに行けるのだ。

というわけで、来週の小説講座の講義中、たぶん私はちょっと教室から抜け出しますけど、気にしないでね皆さん。

さて、来たついでに、事務所に残っていた「関西演芸作家協会」の「漫才台本集」を十数冊、購入させてもらう。これは、いわゆる「私家版」の印刷物なので、どこにも市販されていないもの。関西演芸作家協会か、大阪シナリオ学校の演芸台本科でしか買えないものだ。市販されてないので、とくに定価というのもないらしいのだが、通常500円くらいで譲ってるそう。

実は、この台本集は、もともと私が「大阪シナリオ学校」のスタッフを辞める前にずっと制作準備を進めていたものなのだが、3年前に「創作サポートセンター」の創設でバタバタしていて、テキストデータまで用意していたのに、ずっと印刷まで手配できずにいたものである。そんな事情で、最後まで面倒を見ることができずに気になってはいたのだが、昨年には、ようやく印刷製本できたらしいので個人的にすごく喜んでいたのだ。でも、ずっと忙しくてなかなか取りにくるヒマがなかったのである。

この漫才台本集は、関西演芸作家協会に属していて「漫才台本」を書いている作家さんのうち、十人の作家さんの漫才台本をまとめたもの。台本作家さんも、大池晶、高見孔二、片山良文、村上太、金山敏治、角野恵志、田中あきみつ、佐藤トモ、藤田曜、石山悦子というすごいメンバー。と言っても、漫才作家というのは、いつもテレビや演芸場ではまるきり裏方、つまり黒子の役割だから、ほとんど名前を知らないだろうし、そんなこと言われても、一体どうすごいのか全くわからないだろうけど。でも、たとえば大池晶先生は、漫才台本の本数では現役の作家さんとしては、おそらくもっとも台本数が多い大作家だし(ウワサではすでに千本以上書いているらしい)、高見孔二先生も「上方漫才まつり」などの構成でも知られていたり。

だから、この台本も、演者さんの名前(漫才コンビのこと)を見ても、けっこうすごい。中田カウスボタン、宮川大助花子、夢路いとし喜味こいし、ティーアップ、海原はるかかなた、りあるキッズ、矢野兵藤、Wヤング、ブラックマヨネーズ、浮世亭三吾みゆる……という十組である。しかも全部テレビ放送もされたような台本ばかり。

上方漫才に関心のない人だとあまりわからないだろうけど、この台本集には、実際の放送日まで掲載されていて、たぶん演芸好きにはたまらない貴重な資料である。だいたい落語台本と違って、漫才台本は読める機会がほとんどない。落語やコント台本と違って、漫才台本は「演者指定」で書くことがほとんどで、また時事ネタを扱う率も高いので、わざわざ「台本集」などを作ったりせず、そのまま使い捨てになってしまう確率も高いのである。よほど有名なコンビで、それなりに知られた「名作」だと、まれに漫才台本も市販されたりするのだが、これは正直かなり珍しいケースである。大池先生なんか、これまで何百本もの漫才台本をいろいろなコンビに提供しながら、実際にはほとんど印刷物としては残ってないらしいし。

だから、この「漫才台本集」は、かなり貴重なものなのだ。

実は、テレビ放送などでは、放送時間が限られているので、漫才は、ネタが短くカットされてしまう(舞台では、十数分くらいのネタが普通だが、テレビでは5分とか、短くする)。落語だとストーリーがあるので、あまり短くするわけにもいかないだろうが、漫才台本だとそういうこともさほど気にせず、とことんまで短くされるのである。落語でたった5分のネタというのは難しいが、漫才なら5分くらいならザラ。ヘタすると3分とか。

よく落語好きが、
「テレビでは、なかなか落語の本当の面白さはわからない。やっぱり実際にナマで見ないと」
と言うことがあるのだが、これはナマの魅力というものもあるけど、実際には、放送される長さの問題もあったりする。放送するには、ネタと時間の問題が大きい。漫才も、本当は「ネタ」の面白さを聞かせるとなると、ある程度の長さは必要だと思うのだが、そういう番組は意外とない。ちゃんとネタを放送してもらえるような番組はいくつもあるわけではない。漫才だってそれなりに内容となると、やはりせめて十数分はないと展開が難しいのだが、これだけ「お笑い系」のバラエティは多くても、意外とそういう漫才がゆっくり聞ける番組はないのである。

ところが、漫才というのは、芸能としては、いくぶん軽く見られているらしい。落語と違っていわゆる「伝統芸能」としての価値が認められているかというと、それはほとんどない。むしろ庶民の娯楽である。つまり漫才は、歌舞伎や狂言、文楽、落語に較べても、ずっと低くく見られている芸能なのである(たぶん)

でも、こんなことを言うと、すぐに、
「いや、漫才も、いとこい(夢路いとし喜味こいし)さんとか、やすきよ(横山やすし西川きよし)さんの漫才はよかったよ。でも、最近の若手コンビの漫才はねえ」
という人がけっこういる。まあ、落語ファンでもけっこういるのだが、これにはわからなくもないが、個人的にちょっと首を傾げるところがあるので、ちょっと反論したい。

まず、こういう人はおそらくわざわざ演芸場には行かない人だろうと思う。おそらく漫才はテレビでちょっと見るだけである。たしかに今、若者向けのお笑い番組とかは多いけど、どうしても一人あたりの持ち時間も少なくて、短いコントとかが多くなり、十数分ものしゃべくり中心の漫才を放送できる番組はあまりない。今、テレビでゆっくり漫才でも見ようとすると、年末年始くらいしか見れないのである。(関西では「漫才まつり」とか番組もあるが)でも、演芸場にくれば、若手に限らず、中堅コンビも、むろんベテランもいるのだが、いわゆる中堅でも十数分くらいのかっちりしたネタを演じる人もかなりたくさんいるのである。そりゃ、テレビ放送はあまりされてないかもしれないけど。

そういうわけで、「そりゃ、いとこい、やすきよ、の漫才は、よかったけどねえ」と言う人は多いかもしれないのだが、それは、必ずしもそうは言い切れない。あれくらいのクラスになれば、もちろん実力もあるだろうけど、テレビ番組的にも十数分の台本をやっても大丈夫、というわけである。一方、それ以外の中堅では、あるいはベテランでもよほど名が売れてなければ、テレビではネタをちゃんと見てなかったするかもしれないのだ。演芸場ならやってるけど。

そんなわけで、今、漫才ブームなので、若手も元気だし、それだけに数も多いが、かなりうまいコンビもいっぱいいる。もちろん中堅もベテランもまだまだがんばっているしね。

てなわけで、そんな「関西演芸作家協会 漫才台本集」なんだけど、通常500円のところ、小説講座の生徒さんに限り、400円でゆずりますので、もしもご希望の方は、私までお気軽に(笑)
「へえ、漫才台本って、実際にはこういうふうにきっちり書いてるんだ」
と思うはずです。小説でも、シーンによってはちょっとクスっとさせたいなど、ぜひ「笑いのセンス」を磨きたいという方にはおそらく効果的。むろん読み物しても面白い。私も、台本集でしっかりゲラゲラ笑いました。買って、たぶんソンはなし。しかも400円の特別割引で、10本掲載だから、つまり台本1本あたり、たったの40円。わずかな金額で、しっかりお笑いのセンスをサポート。これはお得です。
(なんかどっかの生命保険のCMみたいだが)

あと、このブログはアクセス数がほとんどないから、ここを見てるのはまず生徒さん以外はほとんどいないと思いますが(まずリンクもほとんど貼ってないので、一般の方で、ここを探し当てた人は相当に「幸運」な運命)、もしひょっとして一般の方も、ご希望なら要相談。メールしてね。まあ、たぶんいないと思うけど。あ、もちろんシナリオ学校に直接連絡しても、在庫さえあれば、たぶんゆずってくれます。レッツアクセス。

04/06/2007

可愛い女の子、輸入野菜、もうすぐ春

4月5日(木)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

夕方、事務所でOさんと電話。最近、土曜日にはうちの文章教室を手伝ってくれているOさんだが、ベテランの女性カメラマンでもあり、あちこちの雑誌で仕事の経験があるので、例の編集部の件をつい愚痴る。で、私が、
「結果的に、たぶん生徒さんを傷つけただけになってしまったので、それだけはホントに悪かったんだけど」
と言ったら、
「私も気持ちはわかるからそりゃ気の毒だけど。でもまあ、どうせ生徒さんたちもプロ作家志望なんだから、厳しい現実に今のうち慣れてた方がいいんじゃない」
と言う。いや、そりゃまあ、そうかもしれないけど、まだプロじゃないんだし、そんな急いで慣れることもないし(笑)。でも、やっぱり本人たちが勝手に求人に応募したんじゃなく、今回は紹介だったんだから、私には責任はあるわさ。

それにしても、この業界で百戦錬磨ならではの前向きなアドバイスですな。
「何言ってるの、自分だって、十数年もライターやってるくせに(笑)。でもさあ、私らも最初からこんなたくましかったわけじゃないでしょう。フリーで十数年やってたら、なんだかんだで鍛えられて、こうなってしまうわけサ。ホント、最初は、『可愛い女の子』だったわけで……」
などと言う。

『可愛い女の子』……。なんか妙にウケた。いや、Oさんは今も『可愛い女の子』だと思いますが(笑)。ま、Oさんの写真も、そういうタフさとほどよい色気があるから好きだけど。

でも、そりゃもう確かに、私も『可愛い女の子』じゃないかもなあ。

夕食は、久しぶりに夫婦二人だけ。サラダとスパゲッティ。冬のあいだ、寒いからサラダはあまり食べないのだが、もう春なのである。軟弱者だから、まだ時々ストーブに頼ってるけど、もう春なのである。

今週はなぜか身体が野菜を欲しがっている。昨日の昼、外食で野菜を食べようとしたら、これがかなり難しいことにあらためて気づいたわけだが、自宅なら食べ放題である。ま、自分で作るのだから、あたりまえだけど。

そういえば、昨日、しゃぶしゃぶレストランでたっぷり野菜を食べたのだが、この時、この店の野菜バー(バイキング方式)をのぞいたら、20種類以上の野菜が並んでいた。一見して、たぶんほとんどが輸入野菜。安いランチだし、レストランなので安い食材が並んでいるのはあたりまえなのだが、日頃、「主婦」として三児の餓鬼どもに食事を作っている私としては、外食でも無意識に産地などが気になるのである。毎日の買い物ではそれなりに「産地」を気にして買っているのだから。

この野菜バーには、白菜、えのき、チンゲンサイ、しいたけ、わかめ、こいも、にんじん、春雨、ブロッコリー、かぼちゃ、れんこん等の野菜が並んでいたが、推測するとおそらく国産なのは、このうち、白菜、チンゲンサイ、えのきくらいである。にんじんも国産の可能性もあるが、わかめは、どうも乾燥品をもどしたもののようだし、あとはかなりの確率ですべて輸入野菜である。

私の自宅の近くには、ママチャリで日常的に買い物可能な距離(あたしの場合、2キロ圏内)にあきれるほど多くのスーパーがあるので(サカエ、サボイ、サンディ、玉出、業務用スーパー、ジャスコ、関西スーパー、万代、コノミヤ、アプロ……まだあるが。やっぱスーパー競合率は、全国一かも)、日曜の午前中はママチャリ走りまくりである。で、野菜でも肉でも魚でも、目につくのは産地。いやはや、近年、野菜も輸入品の多いこと多いこと。輸送技術などの向上で、最近は、和食に使う野菜も外国製ばっかり。

ごぼう、れんこん、こいも、長ネギ、ニンジンは中国産、ブロッコリーはアメリカ産、かぼちゃはメキシコ、ニュージーランド産。加工食品だって、うめぼしもらっきょも中国産。なにせ大豆の自給率が低いから、豆腐や味噌だって原料は外国生まれ。納豆に、もやしも、原料は外国産。

そんなわけで、安い国産を探して、日々、ママチャリで走り回る私。

輸入食品については、白書なんか読むとちょっと面白いんだけど、とにかく個人的には食品は、なるべく国産を食べたいという気がある。衣食住、たとえ服はユニクロを愛用してても、食べ物は国産にこだわりたい。むろん輸入野菜をまったく食べないというわけではないのだが(そんなことをすると、バナナが食えんしな)、なるべく国産にこだわるという態度である。ま、ちょっと調べたところによると、「中国野菜」はどうやらかなり農薬関係が相当アレだったりするしな。

そういう意味で、外食とか、持ち帰り総菜とか、加工食品だと産地がまったく選べないわけで、やはりすっきりしないから、どうしても自炊が多くなる。冷凍食品や缶詰もすごく便利だから、否定するつもりはまったくないが、それでもなるべく国産がいいのだ。国内農家を応援するのだ。だから国産。さらに漢方の理念から言っても、なるべく産地は近い方がいい。北海道産よりは、なるべく近畿圏。できれば大阪産。

そんなわけで、今日は水菜(大阪産)のサラダである。しかし、最近の水菜は、すっかりナマで食えるようになってしまったのね。けど、こういうやわらかい水菜は、サラダにはいいが、煮物には向かないんだよね。ま、鯨肉は高級すぎてハリハリ鍋もまず食べることないから別にいいけど。でも、こうやって、それぞれの野菜も、栽培しやすいとか、運搬しやすいとか、調理しやすい種類がそうでない野菜を駆逐してゆくのね。まあ、消費者も変わるしなあ。私が子供の頃は、関西では青ネギばかりで、長ネギは今ほどメジャーじゃなかった気がするんだけどな。


04/05/2007

そういうものと思ったり、それにしてもと思ったり

4月4日(水)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

午前中、歯医者。終わって図書館へ寄り、それから事務所へ。昼食、なんか野菜がたっぷり食べたいのだが、事務所の近くでは、野菜を食べられる店が思いつかず。ふと、丁稚どんの例の昼食の話を思い出したので、いきなり「しゃぶしゃぶ」。べつに肉が食べたいわけではないのだが、この店は、しゃぶしゃぶランチなら980円で野菜が食べ放題だから。むろんついでにロース肉も一皿ついてるけどね。
(そういや、なんかダイエットという話もあったっけな。あれって昨日…)

で、野菜をしゃぶしゃぶっとたっぷり食べ、夕方までがんばって仕事。雑用いろいろ。

夜、某編集者からメールが来て、先月書いた取材原稿がボツになったとのこと。
在阪の某雑誌で、先月2度も書き直したものだ。取材の日程もいきなり明日、という妙に急な話だったのだが、2度の書き直しも「明後日まで」とかけっこう急だったり。その指示も、メールでたった1行来るだけで、正直、さっぱり意図がわかりにくく、やりにくかった。で、メールで原稿納品して、そのあと何も連絡がなく、使えるのか使えないのかどうかもわからず。結局、ずっと2週間ほどもほったらかしにされていたのであった。いや、こちらから電話してもかかってこないしね。

で、すでにヤバそうだなと予想はしていたのだが、それにしても取材したのにまるきり連絡もなくボツにされるとはなあ。取材日以外にも、下見と取材後にも行って、いろいろ買わされたりもしたのに、それもまさか全部ノーギャラかよっ(しかも全部、自腹なんだぜ)

しかし、今回の原稿、どうも最初から妙な話だなあ、と思っていたので、ボツにされたこと自体はあまり驚くことはなかったのだった。ただ、こういうのは、ボツにするにしても、いくらなんでもやっぱり、ちと礼節を欠く態度ではないかと思うので、「ちょっとひどいことするな」と驚いただけだ。

はじめて仕事する編集者だし、編集方針と合わないとボツというのは仕方ないのだが、今回のように取材スケジュールも急で、書き直しもキツイ割に、納品後2週間以上も音沙汰がなく、こっちから連絡してようやくメールしてきたわけである。しぶしぶやっとメール2行だけよこす、というのは、いくらなんでもさすがに珍しい。てか、ボツで使えなくても、普通なら「取材」をともなう原稿なら、早めに連絡くらいはしてくることが多いのだがなあ。

実は、編集プロダクションとか、広告会社の中には、こういうことはよくある。これからモノ書きでやっていきたいという生徒さんの夢を壊すようで申し訳ないのだけど(たぶん出版社はそういうことはほとんどないと思うけど……そうでもないか)ほったらかしでいきなりボツとか、ノーギャラとか、私もフリーランスで十数年ほど、広告やらインタビューの仕事をやってきたので、残念ながらこういうのにも慣れているんだよねえ。

例えば、ある仕事では、当初は二十万くらいの話で、何ヶ月かかかって企画を作ったのだが、結局、「イベント内容に少し変更があったから」という理由で、いきなりノーギャラ。ところが、あとでそのイベントを見たら、これがこっちがたてた企画とまるきり一緒だった。つまり企画だけタダでとられたわけなのだが(あとでかなりしつこく文句をいったら、交通費分だけ3万円だけをくれたが)、こういうのもよくある話。ま、原稿よりも、プランナーとして企画の仕事の方が危険率は高いけど。

また、あるデザイン会社に頼まれてやったオーディオ広告の仕事は、それが代理店の下請けで、あとからそこからあとで半額以下に値切られたらしく、それをくらって、私のギャラも5分の1にされたあげく、その7万円くらいの請求書をなぜか3回も作り直され(請求先はクライアント、代理店、デザイン会社の三種類)、いちいち提出させられたあげく
「すいません。今、会社の経営が厳しいので、ちょっと支払を待ってもらえますか?」
と言われて結局ノーギャラだとか。(これは実際、最後まで1円も支払われなかった)

しかも、この会社は、その年の年賀状に
「待ってください、必ず払いますから」
と書き、その後、この同じ文面が5年も続いたあげく(いや、そりゃもうあきらめてたけど)、最近、それをもうすっかり忘れたかのように、
「いつかまた一緒に仕事したいです」(たぶん何も考えずに年賀状の文面を書いてるに違いないが)
と年賀状が来てるような会社なのだが。(いや、ホントいつかぜひ一緒にね)

というわけで、フリーランスでライターなどやってると、いくら警戒してても、あやしい編プロにも出会うし、ギャラ踏み倒しとかはよくあるケース(そういや、会社自体が倒産しちゃうこともあったなあ)

だいたい広告をやっていると、競合3社、5社というのがよくあるのだが、ある程度のレベルの企業だと、プレゼンでもほとんど完成原稿みたいなものを作らないといけない。けど、こういう場合は、最初からわかっていて参加しているわけなので、競合プレゼンで落ちれば「ギャラなし」だったりするが、これはいいのである。フリーランスのコピーライターは、マーケティングの世界では、ただの「雇われ外人部隊」というか、狩猟民族みたいなもので、だからまあ、そういうのも仕方ないのである(いや、慣れないけど)

余談だが、広告だとまれにギャラが入っても、なぜかモノ自体が制作されないということもたまにある。これも作った方としてはけっこうつらいけど、ギャラが入るだけマシ。そういや、Oさんとやった仕事は、取材も原稿もデザインも全部終わってたのに、雑誌自体がボツったりしたことがあったよね。これはあとで入金があったからホッとしたけど。なにせ東京取材があったし、交通費が持ち出しだったからねえ。

ところで、今回の仕事、なんか妙な話でよくわからないな、と思っていたのだが。

この雑誌、大変いい雑誌なのだが、どうもあまり採算性を追求していないらしくて、大量に売れている雑誌ではない。読者層もどっちかというと高齢者向けというか、あまり一般の女性とかが好んで、気軽に書店で買って喜んで読むような雑誌ではないのである。そもそも書店にほとんど出回ってない。

でも、これはこれで貴重な雑誌なのだが、ところが今回の原稿、「女性が読んでも面白いものを」と言われていたのであった。
「もともといわゆる情報誌とは違うものを作りたいのだが、最近は『採算性』も言われるようになって、それでそれなりに一般の女性読者も読めるものが欲しいので」
というご希望だったのである。
でもなあ、そういうのって、そもそもこの雑誌の読者層と違うんじゃないのかなあ、大丈夫なんかなあ、と思いつつ、女性誌っぽい作りで書いたら、ボツったのである。やっぱりダメじゃん。

ま、広告や雑誌の仕事では、
「なんか今までとちょっと違うものをやってみたいんだよね。ターゲットももう少し違った層にアピールしたいし〜ぃ」
という話などはよく聞くのだが、これは必ずしも本気かというと、そこはあまり信用してはいけないってパターン。とくに「ずっと同じ業者、ライター」ばかりと数年来ずっと似たような仕事をしているようなところだと、それで問題はないのだけど、ちょっと飽きてきた、なんだか理由はないけど、たまたま目新しい人を使いたいというのがあったりして、
「目新しい企画、新鮮な雰囲気で」って、口では言っても、実際にはあれこれできないことが多いのである。これまで同じライターに頼んでいるから、それに慣れているからで、変えてしまうのは本人にも抵抗があったりして、「でも、やっぱイメージじゃないんだよね〜」
みたいなことになることが多い。

つまり、これまでと変わったものを書かせるというのは、担当者の度量というか、先行投資的な度胸とかがいる。ライターの才能を引き出すというか、うまく生かせるには、編集者の熱意とか力量があってもらわないとが難しいのだが、何だかあんまりそういうふうにも見えなかったし、とにかく私には意図が読めなかったのであった。まあ、どうやら、結局、以前使っていたライターの面影があり、その通りに書かせたかったのではないかと思う。でも、ありゃどこまでもおっさん向けの方法だと思うが。いや前のライターも女性みたいだけど。

それにしても、私も、ムリに女性誌っぽい原稿を書きたいわけでもなかったので、ボツになる可能性があるんなら、もっと好きに書けばよかったな。メールの指示も、最後までどうしたいのかまったくわからなかったから仕方ないけど。まあ、気のあう編集者ならいいけど、初めての相手で、意思疎通が難しいとこういうこともある。仕方ないかな。ま、こっちも忙しい時期だったし、意図が分からないことで、むこうにもイライラ迷惑かけただろうし。

というわけで、この件は、気になりつつほったらかしになっていたので、それがわかっただけよほどマシだから、別にいいのだ。この雑誌は、講師も何かとお世話になっていることだし、丁重に「お役に立てずにすみません」とメールしておく。ちょっと言いたいこともあるけど、そこは言わず。

で、これはこれでいいのだが、実は、ここの編集部は、以前、例の編集者の求人のあったところなのだ。で、実は、その件では、正直かなり腹にすえかねていることがある。

この編集部から最初、「どなたか、編集者いませんか」と求人があったとき、最初は
「たぶん中途採用の経験者が欲しいのだろうなあ」
と思った。だって、小さな編集部などでは、未経験者を一からしっかり鍛えて育てる気もなければ、まず余裕がないのが普通なんだもの。
で、
「うちは学校なので、すでに仕事をやっているプロの編集者の人か、まったく未経験の生徒しかいませんよ」
と言ったのだ。

まあ、実際には小説講座では、生徒でもプロのライターとか編集者が何人か混じっているのだが、こういう人は仕事にあぶれているわけではない。たいてい仕事もいっぱい抱えてたりして、小説を書きたいくらいのに、時間が足りないみたいな人が多い。

でも、驚くことに
「ああ、未経験者でもかまいませんよ」
という。これが本当ならめずらしい。だから、今回めずらしく生徒を紹介する気になったのである。ライターコースならともかく、うちの小説講座の生徒さんに対しては、これまでも求人案内があっても、実際に告知をすることはまあまず滅多にないのである。

だって、普通なら「未経験なら、できれば若く、なるべく20代で」という話が多いから。(ま、編プロなら、まず若い年齢の「男性」を好む。女性は余ってるから。で、未経験ならとりあえずまずはバイトで3ヶ月採用してみるというパターンがほとんど)

でも、今回は「本当に、学歴も年齢も性別もかまわない」というので、私もやっと紹介をする気になったのである。

だいたい、うちの小説講座の生徒さんは、社会人が中心なので、会社員とか主婦とか、あるいは定年退職後の人だとか。年齢もいろいろで、しいて言えば、30代が多いくらいで、20代前半の生徒さんはそれほど多くない。私は、専門学校で非常勤をやったりもしているし、大阪編集教室や(ここの卒業生なのである)あるいは大阪シナリオ学校でもいいが、だから、もし求人があるのなら、なんならそっちに話をふればいいのである。こっちなら、20代前半の生徒さんもかなり多いし(もちろん専門学校は十代だったりするけど)

小説講座の生徒さんは、社会人ばっかだし、年齢的にも立場的にも、若い人みたいに「求人」があるから気軽に受けてみよう、というタイプの人ではなかったりする。真面目すぎるくらいマジメな人が多いし。

そんなわけだから、気軽に求人があるよ、と言っても、こういう人はまず受けてみるだけでもそれなりに決心がいる。しかも、小説講座ではプロ作家をめざしている人ばかりなので、編集者の募集を受けるかどうか、というのはある意味、作家をあきらめるのか、忙しい編集者の仕事と両立できるのか、そこんとこでもたぶん一応、悩むわけである。だから、正直、私としてもあまり求人の話はしたくない。

そんなわけだから、こういう求人があった場合、いつもだったらうちの小説講座ではなく、他の学校(「大阪シナリオ学校」だとか、「大阪編集教室」とか、専門学校とか)にすぐ話をまわしてしまうはずなのである。

ところが、年齢不問、学歴不問、経験不問、というのは滅多にない。まあ、編集者の求人としてはきわめて珍しい。だから、驚いて確認したのだが、本当に今は人手が足りないから、本人を見て決めたいという。
で、
「本当に、こういう希望条件とか、とくにないのですね。普通だったら、年齢とか、書類だけではねられてしまうようなことが多いのですが、だったら、面接だけでも受けられるのでしたら、本人にもいい経験になるので、とにかく『面接』だけでもやってもらって、人間性を見てやってくれますか。不採用は仕方ないのですが、とにかく本当に、面接だけでも勉強になるかもしれないので」
という話になったのである。

そしてしつこく、
「でも未経験なら、やっぱり若い人がいいのじゃないのですか。年齢とか、希望条件は本当にないのですか?」
と聞いておいた。一般の求人広告なら、性別とか、そういうことは掲載できないのだが、このケースは一応「学校紹介」なので、ある程度は条件をあわせるものなのである。その方がお互いムダがない。

この時点で、もし「まずは書類選考」というんだったら、おそらく小説講座の生徒さんにはまず告知しなかったであろうと思う。つまり「とりあえず面接を」という話だったから、私も紹介する気になったのである。

だって、たいていの生徒さんは年齢的に30代とか40代だったりするし、もとより編集の仕事は未経験。書類選考があるんだったら、これはまずハネられやすいケースである。誰が考えても不利なのだ。だから「面接」で人間性をみてくれるという話ならわかるが、あらかじめ書類選考があるのなら、条件的に厳しい人は最初から応募させたりしないのである。

で、「未経験だし、書類選考だったら、かなり厳しくて、もともと入社面接を受けることすら難しい人もいますよ。でも面接だけでも受けさせてください」
と、再三、確認したのである。

それに編集者の求人というのは、どこでもたいてい「大卒」である。編集者というのはたいてい高学歴で、けっこう学歴差別もあったりする人がいるし、とくに学者が寄稿するような雑誌の編集者ならなおさら強い可能性はある。だいたいどうしても編集者ってのは肩書きが好きな傾向があるものだし、学歴偏見というのは、本人が高学歴で日頃は自分では意識してないような人の方があるものなので、リベラルな人の方が自覚がないだけにやっかいあである。

でも今回、応募した人の中には、高卒の人が。
「ま、普通だったら受けられないだろうけど、面接だけでもしてくれるのなら、いい機会なのでダメモトで受けてみます」と。
つまり最初から私も「面接だけでもしてくれるのなら、せっかくだから受けたら」という態度だったのである。

ところが、電話連絡をとった生徒さんたちから聞いた話では、まずは面接という話だったのに、「あとでこちらから受験方法を連絡します」と何日か過ぎ、やっぱり書類を見てから、という話になって、履歴書だけではなく、何やら書かされたらしい。ところで、後でその方法を聞いたら、「なんだ。ちょっとその方法はどうだろうな」というような方法である。ただ「小論文」を送ってこいというのならまだわかるのだが、なぜか「自宅受験」らしい。わざわざ「資料等は見ないで、きっちり時計で、時間をはかって書け」というものだったのだそうだ。なんでわざわざこういうスタイル?

そのテーマもかなり適当だし、まあ、つまりこれは
「来社してから、入社テストとして書くような作文」なのだが、
それをわざわざ自宅テスト。

ってことは、これって、
「来社に及ばす」ってことである。
つまり
「忙しいから、わざわざ面接なんてしてやる時間すらとる気はない。テストも自宅で」
ってことなのだ。うーむ。見え見えだ。まあ、せめて面接くらいは、と私が言ったので、さすがに電話だけでは悪いと思ったのかもしれないが、それならそれで、履歴書だけで落とすわけにいかなかったのか。わかるけど、これは生徒さんに期待させただけである。しかし、それならそうと最初っから言ってもらいたいんだがなあ。

そりゃ、もちろん編集希望なので、「履歴書と一緒に、小論文を送って」というのはいいのだ。でも、それは選考方法は事前に言っといてほしいのに。それに、なんで「自宅受験」なのだ。なんか引っかかるな。やっぱりそういう選考方法なら、事前に言ってもらわないと困る。

そんなわけで、私はそれを聞いた時点で、こりゃ、最初から書類選考だけでほとんど採用する気がないのだな、と思ったのだ。それにしても、自宅受験方式。ああ、これは馬鹿にしているのだなと思う。なにせ未経験者だし、書類選考だけなら、最初から「きびしい」のはわかっているのだ。人間性を見てくれる、という話だったから、紹介したのに。

で、「面接もなし」で、やっぱり「書類選考」だけで落とされたらしい。時間を測って、わざわざ自宅受験したのにね。やっぱり何か馬鹿にしている。不採用なのはいいんだが。てか、自宅で時計を測らせて作文書かせるってどういうことなんかなあ。なんか引っかかるなあ。進研ゼミの自宅模試じゃあるまいし、これって会社に来てもらったら困るってことだよねえ。

私は、自分のことなら、たいていのことでは腹をたてないのである。でも、生徒さんのこととなると別だ。とくに今回、受けてもみようかな、と言ってくれた生徒さんは、小説講座でもかなり真面目なタイプばかりで、
「面接だけでもやってくれるみたいだから、ダメモトでも受けてみたら」
という私の言葉を素直に信じてくれたわけである。だから、「やっぱり面接も受けられなかった」というのはショックが大きい。自宅受験も、しっかり時計を見ながらやって、
「鉛筆じゃなくてペンで書いたから、修正もできなくて書きにくかった」
とか言ったりして、素直で真面目なだけに、こっちがつらい。
「とにかくなかなか連絡が来ないので、どうなったのか気になってたら、今日になってダメだったという連絡がありました。面接だけでも受けたかったのになあ」
と言う。そうだよなあ。面接だけでも受けたら、案外、小さい編集部なのだし、お見合いみたいなもので、こっちも好き嫌いがあるわけだし、それなりに納得がいったかもしれない。しかし、事前に「本人を見て判断したい」と言っておきながら、やっぱり「見合い写真」だけで断るような話。そっちはそれで気が済むからいいかもしれないが、これは、むしろ本人を傷つけるだけである。だから、あれほど「とにかく面接だけでも受けさせてやってください」と、三度は確認したのにさ。

こういうふうに書類選考で、門前払いをするのがわかってたら、最初から小説講座の生徒さんに受けてみたらって言わんかったんだがなあ。どうしてせめて小論文を来社して書かせなかったのか。やっぱり、ほんのちょっと会う手間も惜しくなったのだろう。面接だけでもと頼んだのに、時間はからせ、自宅受験である。まったく失礼な話である。

なんだかなあ。まったく、人の気持ちというのをちょっとは考えて欲しいのだけどなあ。
とにかく生徒さんに思わせぶりなことを言ってしまって、ちょっとでも期待をもたせたのは私の責任である。
いや、これくらいの理不尽なことはよくある話だけど、それにしても、ひどいことするなあ。
あれほど「面接だけでもやってあげてください」と、何度も確認したのになあ。

04/04/2007

美文積文いい気分(……さぶっ)

4月3日(火)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

丁稚どんは、今日も同伴出勤。先週の専攻科の報告などを聞く。5分で終わった作品指導の件など。うーん。作品指導で、「ありがちな話」ってのは、ある程度、文章力がついた人に限って、なぜかよく言われるんだよねえ。短編小説はとくに多い。そうなりがちなんかなあ。専攻科の生徒さんでは、とくに多い。どうやらありがちなストーリーというのは、真面目なタイプの人に多いような気もするし。もしかして、真面目なタイプは失敗しないようにするから、これくらいなら書けるというあたりで妥協して書いてるのかなあ。

それよりは、いちかばちか、つーか。やっぱ「いてまえ!」みたいな度胸があった方がいいのかなあ。しかし、「いてまえ」というつもりでも、たいていのことはプロがやっとるで。いや、よくわからんけど。

ありがちなストーリーでも書き方にもよるわけだが、たぶん美文つーのは、これは血みどろの努力がいるわけで。まあ、持って生まれたセンスの違いとは思わないけど、センスというよりは、なんつか、研鑽を積んだ職人の「もはや神業」みたいな。うん、カミワザ。そう、まだまだ修行修行。プロでも素人でも、どうせ死ぬまで勉強。切なる思いは必ず天に届くのだ。いや、たぶん。

天気がいいので、自転車で事務所まで。毎週土曜日は、自転車で来ることも多いけど、平日は地下鉄通勤だ。まだかなり寒いのだが、桜がきれいなんだもん。あちこち寄り道してちょっと事務所入りが遅れたけど。

正月からダイエットする予定だったのだけど、ようやく3月からやっと開始。週1回だけの自転車通勤では、さすがに『自転車で痩せた人』(by高千穂遥)みたいなわけにいかないもんなあ。

大阪を代表する作家とは

4月2日(月)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

さて、春は「朝ドラ」が変わる季節。大阪制作から東京へ。シナリオライターは、長川千佳子さんから、小松江里子さんに変わったのだ。でも、どっちも「大阪シナリオ学校」卒のシナリオライターさんだったりするけど。

芋たこなんきんは、作家・田辺聖子さんのドラマだったけど、ふと大阪を大阪を代表する作家って誰なんだろうと思ったり。もちろん田辺さんもそうだけど、人によって違うんだろうなあ。私にとっては、まずは小松左京さん、眉村卓さんとか。故人限定だとしたら、中島らもとか。あるいは人によっては、開高健だったり、司馬遼太郎だったり、直木三十五だったりするのだろうけど(故人だけなぜか敬称略になってしまったが)。

大阪はいっぱい作家がいすぎて、なかなか難しいかもね。

しかし、東京で話をしていると、司馬遼太郎はどうも「大阪」っぽくないらしい。なんか京都や奈良の近くに住んでいるイメージはあるらしいけど(だからそれは大阪……)

そういう意味では、大阪を代表する作家には「大阪っぽさ」が必要なのかもしれない。ってことは、黒岩重吾だとダメかな。司馬遼太郎みたいに「奈良とか京都の近くに住んでそうなイメージ」かもしれないから。(もちろん東野圭吾さんとか無理? 出身と在住は違う?) 

ところで私は、苦しい時やしんどい時には、ずっと先、十年後、二十年後なんかを考えたりする。しんどい時には、下を見て歩いているとかえってつまずきそうだから、なるべく前を見る。そうしないと、もっと落ち込む。この歳になれば、十年前はほんの少し前だから、十年先もほんの少し先だろう。
だったら、二十年先ももうちょっとだけ先だ。

で、ずっとずっと未来を考えつつ、大阪を代表する作家を想像してみたりする。代表するかどうかはわからないけど、とにかくずっと先でもいいから、うちの小説講座の講師や生徒さんがいっぱい活躍してるといいなあ。

小説とは関係のない休日(春は来る)

4月1日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

あっという間に4月。もう落ち着いたが、3月は連続してややこしいことがあれこれ発生。今だからかけるが、いや、とても書けないようなこともあったりして、あっちこっちむちゃくちゃ。さらにお世話になった人が何人か亡くなったりして。ああ、合掌。

全部イチイチくらってたら、ウツになりそうなのだが、なにせ落ち込むヒマもなかったのが幸いだったみたいで、気がついたら春だ。

うん。しかし、どんなもんでもやっぱ「なんとかなる」んだよな。なんともならんなりに、なんともならんという、そういう「何とか」にはなるわけで。

ま、そんなわけで4月。それでも気がついたら桜が咲いてる。エイプリルフール。いや、気がついたら桜が咲いていて。

満開の桜になんだか生きてるの自体がウソみたいだけど、やっぱり春は今年も来るのだな。

04/01/2007

レッスン講座の最終講義、小説実習など

3月31日(土)
朝から小説講座の事務所。
午後から「基礎レッスン講座」最終日。夕方から「10期エンターテインメントノベル講座」と「小説専攻科」(A、Bクラス合同講義)

昼、ちょっと事務所を抜けて、JR野田から移動。大阪駅のヨドバシまで買い物。ちょっとした用事だけだったので、50分で往復。昼からは「基礎レッスン講座」で、本日は最終講義。最後なので、簡単な実習と作品合評、あとはOさんの買ってきたケーキとお菓子、コーヒーなどで茶話会。ケーキ&コーヒー代は、NTTのエッセイコンテストに全員で応募したら、参加賞(図書券3000円分にシャープペンシルなど、感謝状の額も)をもらったので、それのお祝いもかねて。この半年、皆さん、自分自身ではあまり自覚はないそうだが、他の人の作品は上達したのはよくわかるそう。

夕方からは、天満橋に移動して、小説講座など。専攻科は、ミステリ作品など中編や短編の4編の作品指導。講師は、小森健太朗先生。近大でも講師をやっているせいか、作品指導も慣れたものだけど、なぜか本日は、そのうち1編にたっぷり1時間半かけたそうで、あとの3編はそのあと。講義時間もかなり延長したようだ。私は10期の教室にずっといたので、全然聞いていなかったのだが(講義も先に終わって、中華屋でビール飲んでました)

10期のクラスでは、例のアクシデントも、おかげさまですっかり解決できた模様。本日は、後期課題の説明と教室実習。このクラスでは、後期には新しい講師もお願いして、何度か追加講義も予定しているので、実習をやる日程がない。教室実習はこれで終わりかも。アイデアの訓練法でよくやるパターンの簡単な実習だが、どっちかというとイマジネーションの差が出るような気がする。

ところで、小説志望の人の中には、自分の得意なことだけを考えることが好きで、日頃関心のない事柄だとか、自分とは立場の違う関係のない人のこととかを考えるのはイヤという人がたまにいる。まあ、人間、長所を伸ばす方が、短所を直すというよりも、よほど労力がかからないから、何倍も効率はいいので、自分の得意とする戦域で闘えばいいのだが。しかし、めったに使わない脳ミソの領域を使うというのはとにかく苦手な人というのは、やはりちょっと大変である。いつも使う領域があまりにせまいというのは、創作にはあまり有利な体質ではない。小説を書きたいが、あれこれいつも使ってない頭を使うのは面倒、というのは、それって、水泳をしたいのに、顔に水がかかるのはイヤ、みたいな感じかな。まあ、やってやれなくはないのだろうが、かなり無理がある。

これって、たぶん「頭が固い」状態なのだが、どうも年齢に比例するものではなく、好奇心の量に比例するみたいである。小説を書くには、どうでもいいこととか、いわゆる社会常識も広くまんべんなく知っている人が有利ということがあるので、小説なんで、好奇心とイマジネーションは枯渇すると死活問題。ま、十代後半でも、固い人はおそろしく固いけど。ほっといても頭が柔軟なのは、十歳くらいまでかな。

ところで、小説志望の生徒さんとか、あるいは他の専門学校で教えている漫画家志望の生徒さんというのは、「技術が足りない」と言われてもたいてい怒ったりしないし、すぐ納得してもらえるのだが、「想像力が足りない」と言われると、これはまずゼッタイに納得しないものである。しかし、思うのだが、正直、技術も足りないかもしれないけど、そのまえに「やっぱりこれって想像力が足りないんじゃないかなあ」と思う人がものすごく多かったりする。まあ、言ったら怒るから、本人には言いにくいけど。

なにせみんな小説を書いたり、マンガを描こうというような人なので、自分が「想像力が足りない」なんてことは夢にも思わないのである。日頃は、あれこれ考えたり、空想したりするのが好きなタイプが多いもんね。

ただ問題なのは、その「あれこれ空想したりするのが好き」という習性だけでは、創作に必要な「想像力」とか、「発想力」というのには、ちと、足りないかもしれないのである。もちろん「あれこれ空想するのが好き」という性格は、創作にはとても重要な要素なのだけど、それだけではダメなのである。

私が思うに、創作に必要とされている「想像力」というかイマジネーションというのは、かなり訓練を必要とするタイプのもので、なんというか、生まれつき備わっているものではなくて、習慣というか、訓練というか、ほっといて自然に身に付いている人もいるかもしれないけど、たいていの人は意識的に訓練して身につけるものではないかと思うんだよね。

というのは、生徒さんの作品を読んでいて、いつも「あれれ」と思うことが多いからで、むろん専攻科ではだいぶましなんだけど、一年目のクラスなんかだと、ほとんど9割ほどの作品はたいてい世界がぼやけている。視点がぶれてるとか、文章表現力がないとか、ストーリーを追うのに必死できっちり描写してないとか、ま、あれこれ理由はあるだろうけど、どうやら作者の頭の中で、その状況がちゃんと想像されていないからではないかと思う場合がけっこうある。どうも本人は見えているつもりで、ちゃんとそのシーンが見えてないみたいなんだよね。

これは、どうも自分の「想像力の目」というか「耳」というか、「感覚」というものを鍛えるのを忘れていて、見えない世界を描くのに、ちゃんと見たり聞いたり触ったり、体感したりというのをやらないみたいだ。てことは、これって、やっぱり想像力がだらけているのではないかと思うのだけど、みんな「想像力」は、どういうわけか、自分が生まれた時から備わっている「才能」だか「本能」だとかだけに頼ろうとして、それを「鍛える」なんてことをやってみたりしないらしいのである。実際、実生活では、そんなものを鍛える必要性はそうそうなかったりするかもしれないが(いや、どんな仕事でも想像力は必要だと思うが)、小説とかマンガとか創作なんかしようと思うなら、これはいくらあっても足りないほどである。しかし一方、これは訓練次第でなんとでもなると思うんだがなあ。

いや、小説なんか書こうとしたら、人殺しをしたり、妖怪と戦ったり、宇宙船を飛ばしたり、超美形とデートしたり、何かとあれこれ忙しいのである。脳ミソの体力はいくらあっても足りないぞ。

講義後、いつもの中華屋で、10期生数人。専攻科は十数人、小森先生と飲み会。先週の土曜めずらしく私が休んだので、店長が「トーキョー、ナニシニ、イッタノ?」などと言う。

途中、何度も空が光り、激しい雷雨。11時半すぎに、自転車で帰宅。しかし、なぜかその間だけうまく小降り、ほとんど降らず。やっぱ、私って、日頃の行いがいいのかな。桜がそろそろきれい。

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