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02/28/2007

編集者の求人募集

2月27日(火)
午後から小説講座の事務所。

あいかわらず事務。専攻科の生徒さんが来館。丁稚どんはコツコツ印刷作業。
例の編集者とライターの求人募集の件、とりあえず「編集者」の方が急募という話なので、生徒さんのうち希望する人、何名かに直接連絡をとってもらって、面談に行ってもらうことになった。うちの講座は、小説がメインだし、社会人向けの講座だから、公務員とか主婦もいて、いわゆる常勤の編集者の希望の人は少ないだろうと思ったのだけど、それでも「とりあえず話だけでも聞いてみたい」という人が4名いたようだ。思ったよりは、ちょっと多い。まあ、全員がどれだけ本気かわからないけど。

もちろん採用されるかどうかまだわからないのだが、大阪は出版社そのものがえらく少ないうえに、未経験者でも可、というのは、まず滅多にない。いや、実際、ほとんどない。あったとしても、見習いバイト君だけで、よほど若くないと採用されない。だから、面談を受けさせてもらうだけでも有り難い話である。

さて、小説講座では少ないけど、文章系のコースでは、編集者とか、ライター希望という人はそれなりにいる。ただ、実際に本気で「転職」する気があるかどうかとなると、これは疑問な人が多い。自己表現のためにエッセイなどを書いてみたいという人で、たとえば「それなりにいい会社にお勤めのOLさん」というタイプだと「編集者などはかっこいいから、あこがれるけど、実際にはちょっとね」となる場合が多い。福利厚生とか、残業だとか。どう考えても、いわゆるいい会社に比べれば、編集者というのは(たぶんどんな大きな出版社でも)正直、労働条件は悪いと思う。

デザイナーとか、編集者とか、あるいはコピーライターとか、労働条件とか、賃金だとか、あまり細かく気になるタイプだと、ちょっと難しいかもしれない。どうしても長時間労働になるところがあるから、休日はちゃんと休みたい、というタイプにはたぶん向かない。ただ、作家もたぶんそうだろうけど、趣味と仕事の区別があまりない人が多いし、長時間労働といっても「自分が手を抜きたくないだけ」だとか、そういう理由だったりするから、仕方ないと言えば仕方ない。

外からカッコよく見える職業も、実際にやるとなると、けっこう大変。作家もマンガ家も「なれたらいいな」と憧れる人は多いのだろうけど、実際には、長時間労働だったりするだろうし。まあ、向き不向きというよりは、好きじゃないと続かない職業である。

そういう仕事なのだが、でも今回、何人かでも「編集者になれるものなら、今の仕事を辞めてでも、ぜひ受けてみたい」という生徒さんがいたのは、なんかちょっぴり嬉しいような気がする。採用されるといいなあ。20代後半以降になると、未経験の中途採用は、まるきり面接すら受けさせてもらえないことが多いから、面接だけでもいいんだけど、できれば誰か、採用されるといいんだけどなあ。

02/27/2007

小説とは関係のない休日(今日もお仕事)

2月26日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

終日、外出。夜、10時帰宅。疲れました。

02/26/2007

小説とは関係のない休日(終日、採点中)

2月25日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

朝から夕方まで、ほぼ終日、某専門学校のレポート採点。私の講義レポートは、課題も含めて、ほぼ毎週提出で、生徒数は、実は百人以上いるから(在籍なので、出席率にもよるけど)、まとめるとかなりの量。私は全部のレポートに目を通し、けっこう細かく成績をつけないと気が済まないタイプなので、確認のため、最終の授業で返却する前に再確認するのである。というわけで、また全部のレポートにかるく目を通して、採点の合計など。ほぼ8時間くらいかかる。結局、一日がかりである。

02/25/2007

小説講座のオタク度と地雷

2月24日(土)
午後から小説講座の事務所。夕方、エンターテインメントノベル講座。『ファンタジーの書き方』、講師は、五代ゆう先生。

午後からレッスン講座の生徒さんが来館。講義はないのだが、自習ということで、事務局まで来て原稿を書いてもらう。仕事が忙しいそうで、一日十数時間働いているそうだ。自宅ではバタンと寝るばかりで、一人ではまったく原稿を書く気力がないと言う。だもんで、事務局に来てもらって、原稿を書いてもらう。私は、事務をしながら、時々原稿の進行具合を見て、ちょっとアドバイス。夕方、スタッフのOさん、ライティング1期卒業生のNくんも来る。彼らは、映画館へ。

夕方、天満橋へ移動。『ファンタジーの書き方』という講義なのだが、『ライトノベルの書き方』という感じで、今年はファンタジーについての授業はなし。ライトノベル志望がめずらしく多かったせいもあるけど、『ライトノベル業界のサバイバル法』(?)みたいな内容だった。もちろん、うちのエンターテインメントノベル講座は、実際いろいろな人がいて、「ライトノベルって何?」というような生徒さんもいる。ミステリ志望とか、時代小説志望とか、中には純文学志向という人もいなくもないし、そういう人の中には、ライトノベルをまったく読んだことがない人もいるので、そういう人たちには今日の授業は、何のこっちゃ全然わからんかったかもしれないなあ。一方、ライトノベル志望の人たちは、大喜びである。

講義後、生徒さんたちといつもの中華屋へ。今日は、専攻科のクラスの講義がなく、10期生だけしかいないから、先生を含めても8人ほど。私は少し体調が悪いので、めずらしくウーロン茶のみ。話題は、アニメ、ゲーム、特撮、コミケの話など。うちのエンターテインメントノベル講座は、オタク系の生徒さんが多い。ま、うちの講師、プロの作家さんたちも、ミステリ、SF、ホラー系などの先生ばかりで、そのせいか、特撮やらアニメ話題でも、講師がけっして負けてないのだが(早い話、五代先生もそういう人である)

しかし、ふと思ってしまったのだけど、特撮やアニメに詳しいプロ作家の先生たちは多い(マニアのレベルがどこからどこまでなのかわからんけど)。一方、そういう面では、生徒さんたちも同じである。いや、エンターテインメント系の小説好きの読者というものが、そもそも、そういうものかもしれないんだけど。SF好きだったとすると、小説だけじゃなく、当然、映画も見れば、アニメも見たり、マンガも読んだりするのが普通。「小説しか読まない」という人は、滅多にいないもんね。

で、思ったのは、生徒さんたちの中には、そういうオタク傾向というか、映画や特撮、マンガなんかにめちゃくちゃ詳しい人がけっこう多いのに、(その点だけなら、詳しい人はいっぱいいる)そこで比較すれば、やっぱり「読書オタク度」はかなり低いのかもしれないな、ということ。

生徒さん自身は、「けっこう本を読んでる方です」なんて言うことは多いのだが、正直、プロ作家の平均値から較べたら、まるで問題にならないくらいの程度しかなかったりするんだろうなあ、と思うことが多い。むろんプロの作家さんたちも「最近は忙しいから、ほとんど本なんか読んでないよ」なんて言うことはあるのだが、この「あまり読んでない」というレベルがそもそもだいぶ違う。それまでの蓄積量もまったく違うせいか。

五代先生も、特撮、アニメにかなり詳しいけど、さて、じゃあ何に一番くわしいかというと、やっぱり「小説」なのである。まあ、プロ作家なんだから、あたりまえかもしれないけど。とにかく、そういう意味では、プロ作家の先生たちは、たいていバリバリの読書オタクで、ホントに相当に読んでいる。たとえご自身が書かれている作品がライトノベルだったりしても、ミステリやホラー、ファンタジーとか、けっして半端じゃない読書量なのである。どうもプロ作家の先生って、自分で書くのはこのジャンルだけだが、読むのはかなり何でも読む、というタイプの人が多い。生徒さんに較べれば、もともと桁外れの読書家だったりする人が多いのだ。作家さんたちと生徒さんというのは、やっぱり、そこんところが圧倒的に違う気がする。

五代先生の例の雑誌の「ライトノベル対談」でも、無数の特撮、アニメのキーワードを見るよりは、
「あの作品はセイヤーズ、あっちの作品は国枝史郎がやりたくて」
というあたりに、私は、ずーっと濃いオタク性を発見したんだけども。「今の連載は、ムアコックみたいな世界がやりたくて」と、あれこれの作品がぽんぽん出てくるところが。いや、それくらいプロとしてはあたりまえなのでしょうが。でも、国枝史郎って、生徒さんが何人知ってるかという感じなんですが。あ、神州纐纈城はマンガもあるんでしょうけど。

ライトノベル志向だと、もちろんゲーム、アニメ、マンガ、特撮なんぞに詳しい方がたしかに有利。ただ、ライトノベル志向のプロ志望として、「特撮、アニメにはめちゃくちゃ詳しいけど、小説はライトノベルくらいしか読まない」という人と、「小説なら何でも実にたくさん読んでいるが、あいにく特撮、アニメにはさほどでもない」という人がいたら、どっちが有利かというと、正直、小説講座の担当者としては、ホントに小説だけはたくさん読んでいるんなら、そっちの方がラクだと思う。というのは、それならなにもライトノベルじゃなくてもいいわけだし。いや、ライトノベルを書くにしても、たぶんいろんな読書量がある方がかなり有利だから。

なにせ生徒さんの場合、ライトノベル志向の人は、本当にライトノベルしか読まなかったりして、他のジャンル、たとえばミステリやSFなどはまったく読まなかったり、というか、ちょっとびっくりするくらい全然読まなかったりする。極端に言えば、他のジャンルでも、ほんとに好きな少数の作家の作品しか読んでなかったりして、たとえばミステリ志望だというのに、
「え。ミステリ志望なのに、あれもこれもそれも読んでないの?」
と、ちょっとびっくりするような人もたまにいる。自分の書きたいジャンルでさえ、そういうことがあるので、それ以外の小説となると、ますますどの程度読んでいるか。まあ、そんなもんです。

よく
「今度、ファンタジー(あるいはミステリ)を書いてみようと思うのですが、どういう本を読んだらいいですか?」
なんて質問をする人がいて、私もたまにそういう相談を受けたりもする。(まあ、私はあまり読書量がないので聞かないでね。もし聞かれたら、私の好みを聞かれているのだと勝手に解釈して、とりあえず適当な本を薦めますが)

でも、正直、まずは面白そうなものを手当たり次第にたくさん読めばいいのに、と思ったりする。勉強のため、といっても、それなら「ミステリベスト10」とか、いろいろな本の紹介をした本も出版されているのだから、それを見て選べばええんじゃないかい。ただ、もし「プロ作家志望」というのなら、それで「このジャンルを書いてみよう」というのなら、とりあえずオススメは、そういうベストに載っているもの「全部」がオススメだよね。

もちろんプロの作家さんでも、「いや、オレ、実は、SFベストのうち、アレは読んだことがないんだよね」なんていうことはあるかもしれないし、最近の作品はさすがに読むのが追いつかない、ということもあるかもしれないけど、オールタイムベストなら、まあ、全部とは言わないまでも、まずかなり読んでるだろうし(それがそのまま自分のベストかどうか別だけど)

作家さんというのは、やっぱり何よりも「小説オタク」なのだなあ、と思う。コミケやらアキバなんぞに行けば、よほどアニメも特撮もマニアがいっぱい。つまり「小説オタク」かどうか、なのかもなあ。

生徒さんたちが、楽しくオタク話を語り合っている隣で、なぜだかふと、そんなことを思ったりするのだった。小説講座の担当者なので、これは私の職業病。

ところで、専攻科の生徒さんの中では、講師の先生の前でのアニメ、特撮などの話題は、すでに『地雷』と呼ばれていて、「そこはできるだけ踏んではいけない」ということになっているらしい。というのも、それはそれで、実はかなりの生徒さんたちが、そういう話題がけっこう好きだから。だから、それを避けているらしいのだ。たぶん一度その話題になると、なかなか「小説創作」についての話題に戻すのが難しいからだと思う。

生徒さんたちは(一部かもしれないが)、自分たちの憧れのプロ作家が、自分の好きなアニメを好きだったりすると、それだけで舞い上がってしまったりすることもあったりするんだよね。もしかすると、うちの生徒さんは、ほとんどが社会人なので、「いい歳をして、特撮とかアニメなんか見てる」なんて人が周囲に少なくなってきているせいもあるかもしれないけどさ。

しかし、プロの作家同士だと、いくら特撮ネタが話題に出ても、すぐに小説にも話題が戻ってくるみたいなのだけど、生徒さんたちの読書レベルはさほどでもないせいか、一度そっちにハマると話題が戻りにくくなるせいもある。そういう話題になると、そっちの方が詳しいのもあるし、そもそも生徒さんは、ただプロ作家といろんな話ができるだけで嬉しいと思うところもあるので、一度それで盛り上がるとなかなか戻らない。

プロの作家さんはたいていの場合、どんなにアニメや特撮に詳しくても、小説にもめちゃくちゃ詳しいのだが(なにせプロだし)、生徒さんは読書量が全体に低いので、小説の話題をしてもすぐについて行けなくなったりするので、特撮やアニメの話題の方が盛り上がって楽しいらしいのである。ま、それだから地雷なんだろうけど。むろん私自身は、飲み会で誰が地雷を踏んでいても、まったく困らないのだが、小説についてアレコレ聞きかった周囲の生徒さんが爆風のまきぞえになるとちょっと気の毒。ま、今日はもともと人数が少なかったので、いくら踏んでもらってもいい日だったみたいだから、楽しくていいけど。てか、強力に踏みたがる人がいる場合、プロ作家志望の人の真摯な質問で特攻かけなきゃ、私にはどのみちどうしようもないんで。

深夜に帰宅。風呂に入って寝る。

02/24/2007

モノクロ映画の季節

2月23日(金)
朝から小説講座の事務所。夕方まで事務。

10期の前期課題の作品集は、24日に配布予定だったのだけど、結局、3月3日に配布することに。

小説講座の運営の仕事以外に、某専門学校で映画解説のような講義をしているのだが、そろそろ最後の授業が近づいてきた。で、学生さんたちに
「そろそろ最後だから、リクエストがあれば、どんな作品をとりあげてほしいか、あれば教えてね」
と言ったら、『七人の侍』という意見が多かった。ちょっと意外。黒澤映画のリクエストが多いのは、めずらしい。どうやら他の先生の講義(キャラクター設定とか、シナリオの講義)で、この作品名をとりあげておられたようで、それを聞いたためらしい。とりあえず若い漫画家志望の学生さんとしては、向学心を褒めてあげないと。

しかし、あの作品、あいにく、ちーと長い。私の講義は、90分連続2コマだから、見ようと思えば、映画も1本まるまる見ることができなくもないのだが、200分を越える作品だし、それに解説もするとなると、どう考えても4〜6コマ以上の講義を費やさなくてはいけない。ヘタすると、それ以上かかるわけですね。それだけの価値があるかというと、それはそれもあるとは思うのだが、なにせ専門学校の1年生なので、他にもいろいろな作品もあることは知っておいてももらいたいし、デザイン系のコースなので、他の講義はほとんどが実技(専門学校だから、むろん実学教育中心)である。少しでも「教養」っぽい内容となると、どうも私の講義だけらしく、さらに2年生以上の講義は、ますます実技ばかり。となると、黒澤も見せておかねばならない気もするが、しかし、できればそれ以外も。ちょっと悩ましい。

しかし、せっかくのリクエストなので、何とかできないかアレコレ工夫してみた。が、どうにもならない。

というわけで、かなり悩んだ末に、『七人の侍』を断念。代わりに、同じ黒澤映画の『羅生門』に。全然違う作品だけど、でも、これなら90分以内なんだもの。ああ、『七人の侍』の方がよかっただろうがなあ。でも、どっちみち「見てみたい」だけなら、レンタルビデオを借りれば済む話だし、解説するなら『羅生門』の方がいいかも。『七人の侍』は、エンターテインメントだし、そんなに解説とか要らないんじゃないのかなあ。『荒野の七人』との比較分析とかしたら、かなり面白そうだけども。(ユル・ブリンナーはけっこう好きかも)

というわけで、あらためて、黒澤映画をあれこれ見たり。そういえば最近、ずっと500円DVDばかり見ているので、やたら目がモノクロ慣れしてきた。たまにカラーの映画みると、めちゃくちゃキレイに見えたりして。モノクロも、最近のDVDは大変キレイ。しかし、映画館に足を運ぶ暇がないなあ。いくら大画面で見ても、なんか違う。うーん。どこか、ドキドキ感とか、緊張感が違うのかなあ。まあ、DVDやビデオは、早送りも巻き戻しもできるし、時間配分もわかるし、字幕も出るので、研究素材としては便利ではあるのだけど。

それにしても、時を経てみると、映画館で見た時と印象がまるで違う作品ってのがけっこう多い。ビデオで同じ作品を見ても、やっぱり見るたびに違う感じがする。小津安二郎の『東京物語』なんかも、十代の頃に見ましたが、当時はたしか寝てしまったような気もするし。まあ、講義にとりあげるような作品は、どうしても数十回も見ることが多いから、最初に見た印象を忘れてしまうことも多いのだけど。小説も、読む時期によって、感じ方がまったく違うことがあったりするもんね。やっぱ、十代は十代、20代は20代、歳をとればそれなりに、見えるところが違ったり。やっぱ、今は今で、面白い作品をいっぱい読んだり見たり、したいなあ。

02/23/2007

小説作品の印刷は、けっこう大変

2月22日(木)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

専攻科の長編作品(修正してもらっていたミステリ)を印刷しようと思ったのだが、新しくスタッフになった見習いさんが、「長編の2段組、両面、中とじ印刷」にはまだ自信がないという。そんなに難しい作業ではないのだが、どのページとどのページが両面になるのか、まだ混乱するらしいのである。この生徒作品、440枚もある長編なので、気後れするのかも。

まあ、3月3日に配布予定なので、来週、火曜日に丁稚どんが来てからやってもらうことにして、細かい印刷物いろいろをやってもらう。事務作業自体は、山のようにたまっているのだが、実際、スタッフの人に手伝ってもらえることとなると、どうしても印刷とか発送の作業ぐらいになるのだが。この時期は、なんだかんだで油断すると、どうしてもたまっていくなあ。私以外にスタッフが3人いるわけなのだが、みんな週1回くらいだもんなあ。まあ、かといって、暇な時は暇なわけなので、そんなにずっと忙しいわけでもないのだが。うーん。

02/22/2007

小説講座の前期課題を読む

2月21日(水)
朝から小説講座の事務所。ちょっと外出。

10期生の前期課題を読んだりする。とりあえず、本数も内容も、だいたいは例年並みなので、とりあえずホッとする。もう何年も毎年、何十編もの生徒作品を読んでいるような気がするけど(ま、気がするんじゃなくて、実際、読んでるわけだけど)、なぜか前期課題の作品を読む時が一番緊張する。

02/21/2007

もしかして文章の専門家?

2月20日(火)
午後から小説講座の事務所。コツコツ事務作業。

夕方近く、生徒さんが来校。専攻科の女性だが、「実は、折り入って、ご相談がありまして」などと言う。インキュベータスペースの会議室に入ると、「とても人に相談できるような内容ではないのだけど」というので、ちょっと緊張する。「実は、これなんですが」と見せられたのは、なにやら手紙の下書き。
「実は、私、今度、結婚することになったんですが」
「え、あ。ああ、おめでとう」
「その招待状なんですけどね。手作りの結婚式をしようということで、招待状も、自分で文章を考えてみたんですが、どうもしっくりこなくて」
「はあ」
「で、私の周囲に、他に文章がわかる人なんて全然いないもんで、誰にも相談できなくて、あの、ちょっと思い出して。妙な相談なんですけど」
「はあ」
なんだそうなの。あーびっくりした。何か、もっと深刻な相談事かと身構えちゃったわ。いや、その、これも本人にはかなり真剣な問題だろうけどさ。なんつーか、最近、結婚話が多いなあ。そういや、小説講座の在校生って、学内恋愛も全然ないし、誰かと結婚するという話もあまり聞かんな。社会人ばかりで、30代、40代も多いから、もともとかなり既婚者なんだけど、独身も多いはずだがなあ。みんな小説書いてばかりで、デートなんかするヒマないのかしら。それともやっぱりそれなりなのかな。まあ、独身の人は、結婚すると小説なんか書かなくなる人多いからなあ。(既婚者で入学するのは、確信犯。もはや止められない人なのでは)
あ、もしかするとデートで忙しくなった人は、結婚する前に小説講座を辞めちゃってるのか。

ということで、丁稚どんにもちょっと文章を見てもらって、少しばかりのアドバイス。あとは、ごちゃごちゃ嫁姑などの世間話。いや、人生相談は引き受けられませんが。

都合により、本日は残業できないので、細かい事務作業は、明日に。

02/20/2007

小説とは関係のない休日(編集者、ライター求人あり)

2月19日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

午前中、某雑誌の編集部へ。うちの講座の生徒さんに「編集者か、ライターの人を紹介してほしい」という話があったので、詳しい話を相談しに行く。とりあえず、常勤の「編集者」が急ぎで欲しいということなので、そちらを優先して学内公募してから、ご紹介し、後日、個別面談してもらうことにする。先週は、全クラス講義があったし、今週も講義があるので、教室で告知すれば2〜3人は希望者がいるだろう。

02/19/2007

小説とは関係のない休日(いい結婚式だったそうで)

2月18日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

あれやこれやで雑用の一日。午前中、家事あれこれ。午後から図書館。
昨日、友人のNくんの結婚式があり、出席した夫に話を聞く。前日の夜になって、電話をした友だち連中は、かなりびっくりしたみたいだが、みんなあわてて仕事を調節したり、家族との約束とキャンセルしたりで、なんとか全員出席できたそうだ。高校時代の美術部の仲間が多いせいか、うちの夫以外は、みんなデザイナーなので、金曜日の夜は10時過ぎまで残業をするようなタイプばかり。なので、連絡がとれたのは前日の深夜らしいのだが、社会人なので、みんな礼服くらいは持っている。まあ、突然、「披露宴」というのはメズラシイだろうけど。

うちの夫は、前日の夜に知ったわけではないのに、当日の朝になって、ネクタイにシミがあったのを発見して、あわてて百円均一で買ったらしいが。

しかし、当日、Nくんも目に涙をにじませていたんだとか。感激のあまりか、ほっとしたのかわからないが、花婿が泣くつーのも珍しいような気もするが。ま、「気は優しくて力持ち」というNくんらしいけどね。彼は、どこか要領の悪いタイプで、巻き込まれ型の災難を受けるタイプ。そういや高校の時、喫煙で先生につかまった時も、たまたま現場にいたせいで謹慎くらってたし。いいヤツなのだが、いつも損をするタイプである。

たぶんいい結婚式だったんだろう。よかったよかった。それにしても、体重120キロ(推定)、道路関係の現場監督をやっているせいで色も真っ黒、外見的にはどう見てもいかついNくんが、ロマンチックなタキシードなんぞ着せられて涙ぐんでいるところは、さぞかし見モノであっただろう。私も見たかった。夫が持って帰った「引き出物」(白いレースつきのピンクの可愛い箱に入ったハート型のクッキー)をボリボリ食べながら、心から「おしあわせに」と思ったのだった。

02/18/2007

小説講座は、前期課題の締切日

2月17日(土)
午後から小説講座の事務所。

午後から基礎レッスン講座。夕方は、エンターテインメントノベル講座。講師は、堀晃先生で「SFの書き方」。小説専攻科は、高井信先生の作品指導(長編ほか)

本日は、10期エンターテインメントノベル講座の前期課題の作品提出日。前期課題は、2人の講師の先生から同時に指導してもらう形式なのだけど、はじめての作品指導ということで、なるべく在籍している生徒全員が提出できるようにと毎年けっこう気を使う。とは言っても、今年は、忙しくて提出できない人やら、すでに欠席が続いている人などが1〜2割もいるので、全員というわけにはいきそうもない。まあ、昨年は、たまたま全員が前期課題を提出できたけど、全員というのはめずらしい。たいていは2〜3人くらいはなんだかんだで提出できない。生徒さんたちは、おもに忙しい社会人ばかり。20代から60代まで色々だけど、一番多いのは20代後半から30代、40代前半ぐらい。なにかと忙しい世代なのである。でも、せっかくの機会だから、作品提出できた方がいい。前期課題の作品指導は、前期のハイライトみたいなもので、今回も、プロ作家と編集者の対談形式。たいていの生徒さんにとっては、自分の作品を見てもらうのは初めて。しかも2人のプロ。

専攻科の講義は、今日は名古屋から新幹線通学している生徒さんの長編もあって、かなり気になるのだけど、そちらの教室には顔も出せず。堀先生の面白い講義もほとんど聞かずに、教室の後ろの席で課題作品のチェック。原稿にページナンバーを書いてない作品があったりしたので、その場で本人に書いてもらう。まだ提出していない人も多いが、とりあえず、思ったよりも提出率はよさそうな感じ。今年は何人かな。このクラスは、入学してからあまり出席できてない人がけっこういるから、かなり気になっていたのだった。

講義は、週に1回、しかも2時間しかないわけだから、講義さえ聞いていれば自然に小説が書ける、とか、誰でもうまくなる、というわけにはいかない。簡単なことだけど、文章とか、小説とか、そういうものは実際に書いてみなければ書けないのだ。たとえ理屈がわかってても、実際にやってみなければあまり意味はない。まあ、野球とか、水泳みたいなスポーツもそうだし、絵とか、陶芸とか、手芸とか、音楽なんかも同じ。だけど、どうも面白いことにこの文章というものは、やったことがなくても「できる」と思ってしまう人が多い。実際に書いてみると「思ったようには書けなかった」りするのだが、これは考えてみれば「あたりまえ」なので、そんなにがっかりするようなことでもないのである。だって、ちょっと何作か書けば、たいていの人はすぐそこそこ書けるようになるから。

むろん「プロ作家をめざす」となると、「そこそこ書ける」程度ではまだ難しいわけだけど、とりあえず書いてみるというのは、案外、やってみれば楽しいものだから、ぜひ気楽に作品を書いてもらいたいのである。もちろんスポーツや音楽でも、「やるより見る方が好き」という人はいる。一方、「見るのもやるのも好き」という人もいる。小説だって「書かないけど読むのは好き」という人がけっこういるから、プロ作家がなりたつわけだが、プロ作家でも「初めて書いた作品」からうまく書けたという人はたぶんいないし。

講義後、いつものように中華屋へ。忙しい堀先生はご一緒されなかったのだが、専攻科の高井先生が遅くまで残って、生徒さんたちと色々と話をされている。専攻科の席を立った後も、10期のテーブルに寄ってくれたので、生徒さんたちも大喜び。前期課題指導を楽しみに。


02/17/2007

友人の結婚式前夜

2月16日(金)
朝から小説講座の事務所。昼まで事務作業。
午後から外出。小学校の参観。夕方、事務所に戻り、少し作業。

朝、松山から帰り、南港フェリーターミナルから、直接、事務所に出勤する。フェリーの展望風呂で神戸港を見ながらの朝風呂、船中のレストランでのんびり朝食も食べる。朝から快適である。

昼バタバタ。夜、8時半頃帰宅したら、子供たちは夫と一緒に、自転車で15分ほどのところにある「なみはやドーム」にスケートに行っていて留守であった。今日は学校の参観があったので、夫はわざわざ昼から仕事を早退したのであった。そんなわけで、夕方から子供連れでスケートに行っていたのだった。(夫はスケート嫌いだが、これも家族サービスである)

それで「閉館ぎりぎりまですべって、9時に帰宅して、自宅で遅い夕食をとる」とか。帰宅した私があわててカレーを作っていたら、玄関のベルが鳴った。帰ってきたのかと思ったら、玄関に立っていたのは、明日、結婚式をあげるはずのNくんであった。夫とは共通の友人である。明日は、夫だけが披露宴に出席予定。ちなみに百キロを越える大男である。
「あいつ、もう帰ってる? たしか9時には帰るって聞いてたんやけど」
「ああ。今、あと10分くらいで帰るって、電話あった。もうすぐ帰って来ると思うけど」
「じゃ、待っといてええか」
「うん。あがってあがって。あ、カレー作ってるねんけど、食べる?」
「いや、晩飯は、食ってきたから」
「でも、あんた、明日、結婚式なんやろ? 前日の夜、こんな時間に、一体、何の用?」
「あ、いや、ま、なんか、ちょっと、いろいろ」
と、低い声で、もぞもぞ言う。なんか妙な雰囲気である。とても結婚式前夜とは思えない低いテンションなんだもん。いや、一般的に「結婚前夜」の男がどういうテンションなんかあんまり知らんけど。でも、結婚式って、お祭り前夜って感じなんで、もうちょっと多少テンション高いと思ってたんだが。
「そら、おまえらの時は、若かったやろうし、そうかも知らんけど」
「まあ、うちは、お互い26歳の時に結婚したからなあ」
「でも、オレお見合いやし、別に大恋愛やってわけと違うしな。オレ、もう40歳は超えてるんやし」
「でも、奥さんは、だいぶ年下なんやろ」
「それでも、もう30代やで」
「でも、明日やで。めでたいやん。なんで本人がそんなに暗いのん。なんか不満でもあるのん」
「いや、それはないんや。別にとくにないんやけどな。アイツもえらい盛り上がっとるからな」
「奥さん? そりゃ、結婚式は、女にとっては一生の一大事やもん。でも、ええやん。そら、めっちゃベタ惚れで惚れられてんねんやん」
「惚れらてるってゆうか。まあ、見合いなんやけど。でも、どうも、妙にどっかハメられたような気もするし。なんか新婚旅行も式場も、何もかも向こうが決めたし」
「ははは。ぼーっとしてたから、決められたんやろ。でも、まあ、たいてい女性の方が、結婚式とか、新婚旅行なんかにこだわるもんなんよ。でも、アンタは、それくらいしっかりした奥さんの方が絶対ええわ」
「せやけど、オレ、前日や言われても、我ながらぜんぜん実感わかんねん。ホンマにオレのことなんかな、と思ったりするし。なあ、こんなもんなんかな」
「ま、男は結婚式なんか面倒くさいだけ、とかいうヤツはけっこう多いで。ほかの男友達も、けっこう『結婚式も、式場も、新居も、みんな勝手に決められた』とかゆうてたヤツ、何人かおったし、ま、そんなこともあるんとちゃうの」
「まあ、こんなもんなんかな」
「そら、でも、結婚式なんて、とりあえず女が盛り上がってりゃええんと違うの。どうせ生活はじまってから、結婚式の写真をリビングとかに飾ったりするんはたいてい奥さんなんやから」
「でも、実感ないなあ」
「ええやん。ああ、新居は、お母さんと同居なんや。喜んではるやろ。一人息子やねんから」
「おかんも、めっちゃ盛り上がってる」
「そらそうやろ。で、なんでアンタそんな暗い顔してるの。なんか不満でもあるん?」
「いや。ぜんぜん不満はないねん。ないねん。ないねんけど。けどな」
ふーん。不満はないが、なんか不安があるっつーことなんかな。わかんねーな。男でもマリッジブルーとかあるんかな。

とか、言っているあいだに、夫と3人の子供たちがワイワイと帰宅。
「おう。ちょっと遅くなって悪かったな。閉館ぎりぎりまですべってたから」
「なんか、オマエって、しっかり、生活、してんねんなあ」
「おう、バリバリじゃ。餓鬼が3人もおったら、こうならざるをえんのじゃ。オマエも明日の式が済んだらこうなるんじゃ。覚悟せえ」
「オレも、なるんかな。なるんかなあ」
「れれ、テンション低いなあ」
「そやねん。さっき来てからなんか、ちょっと暗いねん」
「いや、暗くはないねん。実感がないだけ」
「ほら、独身最後の夜やで。ぱーっと行こ、ぱーっと。ほら、飲もうぜ」
「何ゆうてるの。明日、結婚式の人に」
「どうせオレ、飲まれへんから」
「あ、そっか。じゃ、オレだけ飲むわ」
「あんたも、披露宴、出席するねんやろ」
「ちょっとだけちょっとだけ。てか、その前に晩飯! ずっとスケートして腹へった!」
「あっちで、子供ら、カレー食べてるで」
「じゃ、オレも。こっちで食いながら、話聞くわ」
「おまえって、いっつも、あいかわらずやなあ」
「だって、腹へったもん」
「はい、カレー。あ、今、思い出した。たしか、この人、結婚の前の日、めっちゃとびはねてたわ。男やけど、基本的に、この人、お祭り好きやから」
「へ、オレの結婚式? なーんも覚えてないなあ。だって、もう何年も前やん」
「うちの人、1年どころか、3日くらいしか、記憶メモリないから、経験者でもアテにならんよ」
「こいつに経験談聞こうとは思ってないけど」
「そう? あ、このカレーうまいね」
「そういや、この人、結婚式の前の日って、なんか文化祭の前みたいで、わくわくするってゆうとったわ」
「明るい性格やな」
「そうか、そうやったかな。でもほら結婚式って、オレが主役やろ。だからなんか嬉しいやん。あ、カレーおかわりある?」
「おまえって、ほんま、ノンキで、うらやましい性格してるなあ」
「ふつうは、花嫁が主役なんやけどねえ」
「でも、オマエ、花嫁のくせにウエディングドレスも着てなかったやん」
「私は、別にドレス着たくないもん」
「オレやったら、ぜったい喜んで着るのになあ」
「花婿が着て、どうするねん」
「ほんま、オレ、着たかったのに」
「ウエディングドレスやったら、前に、舞台で着たことあったやん」
「ああ、あの男物のウエディングドレス、まだうちにあるで。どう? 明日、使う?」
「え、なに。ええっ? オ、オレ? 」
「うん。あれって、フリーサイズやで。腰のリボンで調節するから、どんなに太ってても、誰でも入るで。オマエでも絶対大丈夫」
「いや、そんなん、たとえ入っても」
「舞台衣装やけど、けっこうええデザインやで。肩のラインも隠れるし」
「いや、せっかくやけど、あの、オレ、まともやし」
「そうか、けっこう一生の記念になるねんけどな」
「おまえって、あいかわらずノンキで、うらやましいな」
「何ゆうてるねん、オレかってこれでも大変やぞ。こんな時間まで子供とスケートつきあわなあかんし、もう、大変。5時間もすべって、足くたくたやし。腹減るしなあ。あ、おかわりは、もういらんわ。な、オレも毎日、生活、がんばってんねんぞ。結婚したら男は大変なんや。で、オマエも明日からこうなるんよ」
「ま、この人と話してたら、ちょっとくらい悩んでるのバカらしくなるんとちゃう」
「悩みじゃないねんけどな」
「それより、オマエ、招待状くれよ。オレ、招待されてんのに、明日どこに行けばいいんかわからんねんぞ」
「いや、実はそれが」

で、そのあとで、ちょっと妙な事実が判明。

どうも昨年の暮れに、相手の両親の反対があったとかで、中止するかどうか、あれこれあったらしいのだが、結局、めでたく結婚することになったらしい。だが、彼はその不安のあまり(たぶん)、友達には誰にも「披露宴の招待状」を送ってなかったらしい(親戚にはお母さんが送った)。また中止になるとどうしようと思ったらしいのである。で、うちの夫には、かろうじて電話で「日付」だけは伝えたらしいのだが(それが半月前)、それはまだマシで、他の友人には結婚することすら言ってないらしい(それくらい言えよ)。夫は、自分だけに招待状がたまたま届いてなかっただけかと思っていたらしいのだが、なんと友人たちに言い出す勇気がなくなって、そのまま前日になったようだ。それでも披露宴の席も、友人みんなの分を用意してあるのだという。たまたま「招待状」を送る勇気がなかっただけである。なんかよーわからんが、それって何。
「それくらい電話すりゃええやん」
「いや、だって、もしかして、もしかしてまた中止ということもあるかと思って」
「でも、もう明日やねんやろ」
「うん。そうらしい」
「そうらしいって、オマエの結婚式やろ」
「そうらしいなあ」
「今さら何ゆうてるねん。前日やで。しかも、もう10時や。ホンマこの招待状も早く出せよ。こんな立派な印刷してあるのに。ほら、これ、『12月吉日』って書いてあるぞ」
「うん。まあ、それくらいには準備しててんけど」
「それより、今すぐ電話してみようよ」
「もう今さら、どうせ無理やろ。みんな忙しいやろし」
「でも、ひょっとしたら来れるかもしれへんやろ。席、用意してるんやろ」
「せやねん……けど」
「けど、って。いいから電話だけでもしてみよ」
「なあ、明日、ホンマにオレの結婚式なんかなあ。ぜんぜん実感ないねん」
「それより電話電話」
「ああ」
「もう、ノンキやな、オマエの結婚式で、なんでオレがあせらなあかんねん」
「おまえにノンキやってゆわれたら、おしまいやな。でも、オレ、結婚式なんか、ほんま、初めてやから」
「あたりまえじゃ。そんなもん、しょっちゅうやるもんとちゃうわ」

と、大きな体のNくんをエラそうに叱りつける夫。まるでマンガのような光景。そりゃ本人は大マジメなのだが、なんだかつい笑ってしまった。そのあと夫にせかされて、友だち連中に電話してたNくんは、深夜にようやく帰っていった。「ホントこういうことは早く言っといて欲しいよなあ」と、デジカメとビデオカメラの電池をあわてて充電する夫。明日は、おしあわせに。


02/16/2007

ちょっと出かけてきました(松山行き)

2月15日(木)
2月14日、15日、小説講座の事務所はお休みです。

都合により、ほんの2日ほど旅行中。

2泊3日の日程なのだが、船中泊なので、実質的には、日帰り「松山」行き。目的は「さんぶらわあ」である。昨年から「淀川舟運」「サンタマリア」「帆船あこがれ」などと続けざまに船に乗っているので、今年もこの「『大阪』で、船に親しもう!」という勝手に自主企画(仕事になりそうもないので、今のところ「ただの一人遊び」かもしれない)を実行中なので、そのプロジェクトの一環である。大阪からは、フェリー航路が多いのだが(たぶん日本で一番、長距離フェリーが多い港だと思う)、まずはやっぱり「さんふらわあ」なのであった。

別府行きの「さんふらわあ」は、寄港便だと「松山」にも行ける。今回は、松山観光というよりは、「さんふらわあ乗船」が主目的だから、とりあえず近い方で。

大阪から夜9時発(神戸からなら10時すぎ)の夜行なら、松山に朝6時半着。で、帰りは夜20時すぎに松山を出発し、朝に神戸または大阪。松山滞在は、15時間半ほど。15時間もあれば、市内ならたっぷり観光しまくりである。

神戸からなら、今回は乗らなかったが、松山11:20発のダイアモンドフェリーで帰ることもできるのでこれを利用するのもよさそう。こっちは、六甲に21時10分着だから、その日のうちに帰れるし。六甲からなら22:45分が最終なので、まさに24時間で行って帰れる。道後温泉は、松山観光港からシャトルバスでせいぜい35〜36分なので、温泉目的だけならこれでも充分。瀬戸内の昼便なら、瀬戸内の3大架橋(来島海峡大橋、瀬戸大橋、明石海峡大橋)の下をくぐることができるから、かなり楽しいと思う。実は、これにしようか迷ったのだけど、「ダイアモンドフェリー」ではなくて「さんふらわあ」の2回乗りたかったので(船が違うのである)

さて、大阪では「夜行フェリーで、別府温泉(または道後温泉)」という話はよく聞く。道後温泉なら、ほぼ1万円で行ける。
松山〜神戸・大阪間は、2等なら片道6300円。ただし、ダイアモンドフェリーと関西汽船には、「瀬戸内海倶楽部」という会員制度があって(入会するには、カード発行料で1000円必要)、この会員なら30%オフ。つまり、片道4410円。で、道後温泉までのシャトルバスが600円。なので、片道5010円。しめて往復10020円で、夜9時に乗って、翌朝には道後温泉に入って、ほとんど日帰りで帰れるんだよね(ただし2等席)
おまけに松山市内をくまなく走る市内電車は、一日フリーパスがたったの300円。これで市内観光もばっちりだ。

というわけで、「さんふらわあ」乗船。久しぶりの長距離フェリーは楽しいな。14日大阪発は「さんふらわあ こばると」、帰りは「さんふらわあ こがね」である。瀬戸内海の「さんぶらわあ」は、このほかにも「あいぼり」と「にしき」があるのだが、「あいぼり」と「こばると」、「こがね」と「にしき」は同じタイプのはずなので、これでよいのだ。

一人でウキウキ乗って、大阪、神戸の夜景を楽しんで、三大架橋も楽しみにしてたのだが、あいにくどこでもすぐ寝られる私は、レストランで夕食をして展望風呂に入ったら、ぐうすか、さっさと寝てしまったのだった。架橋は見れず。残念。2等席なのだが、一応、レディースルーム。思ったよりも混んでいたけど、だいたい4分の1くらいかな。なにせ乗客数が少ないので、風呂なんかは一人占め。目が覚めたらもう朝。せめて明石大橋くらい見ればよかった。しくしく。デッキにもまったく出ないうちに松山である。なんてこった。

しかし、夜になれば自動的にどこでも寝れる便利な私。不眠も滅多にないしなあ(いくらでも眠れるし)

さて、下船してから、とりあえず6時40分のシャトルバスに乗って「道後温泉」へ。35分ほどで着く。ついさっきフェリー内で入浴したばかりなのだが、松山観光するにしても、とりあえず道後温泉本館。こちらは6時から開いてる。いや、まだ朝早いから、実際、ココしか行くところがないのである。どうせ夜の10時まで、時間はたっぷりあるのだが。

で、一番安い入浴料(ここの入浴料金は、茶菓子つきとか、いろいろ種類があるので)400円を払って、温泉に入る。平日の早朝だからか、周囲は全員、常連らしい地元のおばあちゃんたち。観光シーズンでもないので、観光客らしき人は誰もいず。
「あんた、今日は早いなあ」
「いや今、来たところ」
と、口々におしゃべりしているのを聞く。なかなか面白いので、ついつられて、めずらしくちょっと長風呂をする(実は、私は「カラスの行水」タイプ)。入浴1時間以内と決められているはずなのだが、けっこうアバウトである。愛媛弁なのだろうか、なんとなく懐かしいような。広島弁にも似てる。うちの母は広島出身(三原)で、瀬戸内の島育ちである。

8時過ぎに出て、駅前の「坊ちゃん列車」を見に行く。レプリカかと思ってたら、これが本物。どうも夜間は、ずっとここに置いてあるようだ。8時55分が始発であった。思ってた以上に小さい。まさに「マッチ箱」だあ。そういえば、東京の編集者「アセチレンランプ」さんの日記で見たっけ。アタシだって、もちろんテツではないから、よくわからないけど、これは見た目にカワイイ。ちなみに、この人の年賀状は、『伊予鉄道「坊ちゃん列車」機関車の動輪』のアップ写真であった。これでどこがテツではないのかわからないが、これが私が今年もらった年賀状ベスト1。妙にウケてしまったので。

走ってるのを見てみたくて、出発を待つことにして、それまで「道後公園」をぶらぶら(「湯築城跡」だそうだ)展望台まで登る。松山城が見える(ま、市内はどこからでも見えるが) 時刻になったので、駅まで戻って、坊ちゃん列車を見送る。キュートな列車だなあ。おもちゃみたいである。

私は、フリーチケットを買って、市内電車で松山城へ。ボランティアガイドさんがいて、あれこれずっと解説してもらう。たいへん丁寧な解説だったので、天守閣の上までばっちり2時間近くかかる。たいへん興味深く聞かせていただきました。松山平野の眺望もすばらしい。風が強くて、かなり寒いけど。

昼食に「坊ちゃん御膳」ってのを食べる。ぶらぶら歩いて「愚陀仏庵」へお散歩。「萬翠荘」は、改装あいにく工事中。その途中、えらくドでかい立派な建築物が工事中。今年、4月オープン予定の「坂の上の雲ミュージアム」だそうだ。かなりでっかい。すごく金がかかってるんだろうなあ。

県庁の写真を撮ってから、また市内電車に乗って「博物館」へ。「愛媛県立博物館」の位置は、なぜかどの観光マップにも観光ガイド本にも、なかなか載ってない。実際には「文化会館」の中の4階にあるのだった。場所がわかりにくすぎる。どうなってるのかなあ。

しかも、建物自体がボロっちいので驚いた。他の場所は、観光地っぽく、あれこれ金もかかっているのに、この違いは何? もしかするとあまり展示予算もないのかしら。展示は、手作り感が満載。でも、内容はすごいし、けっこう私は満足したけど。なにせ半端じゃない、ものすごい数の標本である。いや、マジですごい数なんで。実際、ボロっちいガラスケースの中の展示は、半端じゃない量の剥製やら標本で埋め尽くされていたのだ。

一番面白かったのは、ニホンカワウソ。これって、貴重な剥製なのかな。ニホンカワウソがウヨウヨいます。私は、こんなにたくさんのニホンカワウソの剥製を見たのはじめて。団体さんです。愛媛の小学生の皆さんは幸せものですね。他の標本もかなりいいのがありまして、鉱物、昆虫などもなかなか見応えあり。とにかくかなり量があるのが嬉しい。しかし、たぶん展示予算が全くないんだろうなあ。これだけ標本数を持ってて、もうちょっとなんとかならないのかしらん。ま、地方自治体はどこも予算はないけどね。とくに自然科学分野は。あ、東京にある博物館は、あれは都立じゃなくて、国の施設。だから超リッチなのかな。ちなみに大阪の「自然史博物館」は、府立ではなく、市立。

自然科学分野に興味がある人は、ここだけでも松山に来る価値ありかも。ぜひ「ニホンカワウソちゃんたち」を見て下さい。それにしても、この展示の地味さはなあ。「坂の上の雲」も「子規」も、あんなにド派手な建物なのに、この違いは。そりゃ「自然科学」は人気がないので、観光の目玉にならんかもしれないけど「観光マップ」にくらい、ちゃんと載せたらどうなのかなあ。

特集展示は、「すばらしい石鎚の自然」。石鎚山は、日本百名山のひとつで、西日本最高峰。大阪からの登山は松山からのアクセスになるので、夏場は、石鎚山登山のフェリー利用も多いらしいが。

そのあと、すぐ隣にある「県立美術館」に。美術館にボランティアガイドがいて、少し話をする。それから道後温泉の近くの「子規記念博物館」へ移動。5時閉館ギリギリ。私が学んだのは、
「子規は、漱石の友達である」
「子規は、絵がうまい」
「子規は、野球好き」
「子規は、ものすごい食いしん坊」
ということだけ。食欲は、ちょっと人並みはずれ。あんなに食ったら、ふつう腹こわす。

あとは、湯神社、伊佐爾波神社など。暗くなってから、松山市駅へ。百貨店上の観覧車に乗ってみる(フリーチケットの割引だと200円)。周囲に高いビルもないので、眺望は最高。キラキラきれい。

また市内電車で、今度は「JR松山駅」へ。夕食を食べて、おみやげなどを買ってから、8時15分発のシャトルバスに乗る。20分ほどで松山観光港へ。ショップをのぞいたり、コーヒーを飲みながら、メモやスケッチの整理などをする。今回は、水彩も色鉛筆も持参してないけど。日中、けっこう走り回って、あまり書く時間がなかったし。あっという間に10時。

帰りの便は、「さんふらわあ こがね」。「こばると」の広いゆったりしたロビーに慣れたあとだと、ちょっと地味。でも、けっこう庶民的で落ち着く。6時過ぎに六甲でほとんどのお客さんが降りてしまう。外が明るくなったので、デッキで風に吹かれる。2月なのに、風が冷たくない。明日から一週間ほどドッグ入りなんだそうで、六甲を出港すると、スタッフの人たちが船内のあちこちにビニールシートをかけていた。今度は、特等室に泊まってみたいなあ。それにしても、大阪港を見ると「帰ってきた」という気がする。ずっと大阪人の私は、電車だと「淀川」を越えると「帰ってきた」という気がするのだが、大阪港も、見えたら、なんかそんな感じがする。港って、船から見るもんだったのだなあ。

02/15/2007

誰でも文章はうまくなります

2月14日(水)
都合により、14日および15日は、事務所は不在です。

世間では、バレンタインデーらしい。

ところで、文章力というのは、基礎的なものから(いわゆる日本語能力)、高度な表現能力まで色々なレベルがあるのだけど、基本的なものなら、割とすぐ誰でも上達する。適度な指導があれば、たいてい誰でもある程度はすぐ書けるようになるので、たとえば「水泳」だとか、「自動車の運転技術」だとか、「家庭料理の腕前」ぐらいのもので、まあ、まれに苦手な人もいるかもしれないが、訓練次第である程度はうまくなる。

もしかすると正比例で、直線的なグラフみたいにうまくなるかもしんないけど、それでも(y=4x)だとか、あるいは(y=3x+20)だとか、なにかしらんが、直線とは言ってもどうしたって多少の個人差はあるわけで、実際には、そう「直線的」というわけではないかもしれないのである。もしかすると曲線だとか、あるいは、途中で停滞したりとか、式にできたとしても、相当に複雑な形になる。誰でも「方程式」で表せるみたいに順調にうまくなるもんでもないわけである。まして発想力だとか、芸術性だとか、人間性だとか、どう考えても数値だの式だのにもなりそうにない。

まあ、私の個人的な感じでは「直線的」にうまくなるというよりは、「階段状」にうまくなるみたいなんだけど(ある程度、一定の期間はずっと水平みたいで、時々、一気にうまくなるから)

「やればできる」というと、あまりにクサイ人生訓のようで気が引けるけど、一つ言えるのは、やらないとできないし、どんな問題があっても、何がどうでも結局やるしかない、ということだったりする。乗り越えて行く道は険しくて、乗り越えなくちゃいけないかもしれないけど、ごちゃごちゃ言うより、とにかくやってみる人がエライ。小説なんか、「いつか書こうと思っている」なんて人はいっぱいいるけど、実際に書ける人はそれほど多くない。

よく「つまらない作品だから、見せたくない。提出したくない」という生徒さんもいるんだけど、せっかくなんだから、それはあまり気にしなくてもいいんじゃないかといつも思う。仕事が仕事なので、「きちんと書いてね」とは口では言うし、かなり注意するけど、だからといって、失敗を怖れて書かないってのはちょっと違う。書かなかったら間違いなくゼロ評価。文芸なので、いくらヘタでもゼロ以下はない。マイナス評価というのはないわけで、どんな作品でも書かないよりはいいと思うのよね。失敗したら書き直せばいいだけだもん。失敗するのを怖れることはないわけで、どんなものでもゼロよりはいいわけだ。

だいたい「文章」なら失敗しても、さほど危険でもないし、他人に迷惑がかかるわけでもない。まあ、他人を中傷するとか、よほど変な文章は別だけど。

ただ、あたりまえだけど、ワープロが使いこなせるからと言って、文章がうまくなるわけでもないし、文章力がある程度うまいと言って、それですぐ作家になれるわけではない。つまり訓練次第で、ある程度は誰でも身につくのだから、それが「ある程度」のレベルなら「ざらにいる」わけである。だから、プロの職業作家となるには、充分条件ではないのだった。ただ、そういう話になると、単なる「文章力」の問題だけじゃないけどね。

でも、心配しなくても、それなりの文章力は身につくし、ちゃんとうまくなるものである。そりゃ、短期間では無理かもしれないけど、それなりに努力すればうまくなる。少なくとも文章教室や小説講座の生徒さんを見る限りは、まず間違いなくうまくなると思う。一番重要なことは、簡単にあきらめないことである。

文章をうまく書くコツは、まず「書くことをやめないこと」だと思うよ。

02/14/2007

案ずるより産むがやすし

2月13日(火)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

本日から2日間ほど事務所を不在にする予定だったが、事情により、1日ずらす(つまり14日、15日は事務所不在です)

コツコツ事務作業。といっても、来客あり。実質、事務ができたのは30分くらいだけど。事務所にいるより、自宅でやる方が事務ははかどる気がする。今週末には、前期課題が集まる予定だけど、今日は生徒作品がないので、ちょっとのんびり。

夕方、自宅に帰ってから、来月結婚予定の人に電話。もうすぐ結婚。人生で最も幸福な時期だよね。
「オレは、これから仕事もバリバリするぞ」
と、ハッピーそうな声。うーむ。頼もしい。しかし、やはり結婚となると、男性って似たようなを考えるのだな。どうも男性というのは、どうも「頼られる」のが「生き甲斐」みたいなところがあるのだな。まあ、「結婚」というのは、男性には(古い考え方かもしれないが)やっぱ「嫁さんをもらう」というのがあって、(これも古い言い方だが)「家族を食わせていく責任感」みたいなものがあるらしい。むろん「男女同権」の世の中だが、男性や女性の意識が全部同じってわけではないし、「頼られたい」「守られたい」みたいなのは、もしかすると普遍的な感情かもしれない。

ただ、電話を切ってから、ふと気がついたのだが、もしかして、あの「バリバリ仕事するぞ」ってのは、わざわざ言ってたのかしら、と、ちょっと思う。そう言えば、この人は以前から、
「仕事ができる女性と結婚すると、男性の方は、仕事ができなくなる」
と言っていた人である。私自身はそうは思わないが、そういう「説」を持っていたのを聞いたことがある。そういや、たしか婚約者は、それなりの『仕事』を持っているらしい。もしかして、そっちの心配がちょっとあったから、あれって、それで言ったのかな。

しかし、私は「才能のある夫婦が結婚したら、どっちかが犠牲になる」という説には、あまり賛成ではない。それはヘンだと思うけどなあ。

実際、両方とも「仕事で活躍している」という夫婦はたくさんいるし、それに周囲から、仕事をバリバリやってないように見えないからと言って、本人が「犠牲になっている」と思ってないかもしれない。ほら、今、上映中の「法廷関係の映画」を作った映画監督だって、この11年映画を作ってなかったとしても、色々とやることはあっただろうし、なにがどうとかは案外わからないものである。

そりゃあ、たしかに夫婦どっちかが活躍していると、どっちかが後方援助にまわるというケースはよくあるだろうし、いわゆる「成功」をおさめるくらいに大活躍となると、「内助の功」があったりするのだろうけど。当然、仕事が忙しいと、現実問題として、家事などをやっているヒマがないかもしれない。妻が忙しければ、夫が家事をこなしているかもしれないが、でも、男女同権の世の中である。家事ぐらい、やれる人がやればいいと思う。そりゃ、炊事、掃除、洗濯という家事は、誰かがやらないと仕方ないのだし、もし両方ともやれないなら、人を雇う手もあるのだし。「結婚」というのは「恋愛」と違って、男女が一緒に「生活」するものなので、どうしても「家事」という問題が起きるだろうけど、便利な世の中である。家族のための健康を考えた愛情料理、いきとどいた掃除、いつもアイロンのあたったシャツも、金があれば買えるのだ。

ただ、これだけは気をつけた方がいいかも、と思うのは、そんな「家事の分担」というよりも、「すれちがい」じゃないかなあ。私の周囲には、コピーライターとか、デザイナーとか、いわゆるフリーランスで仕事をしている夫婦がけっこういるので、そういう場合、両方ともが不規則な仕事をしていると、かなり「すれちがい」が起きるみたいなのだ。。両方ともが会社員である場合は、まず家庭まで仕事をもちこむことがそれほど多くないし、休日は一緒だったりするので、たとえモメるとしても、あとは「家事分担」の問題だけみたいなのだけど、フリーランスの場合は、それよりも「忙しい時期がズレて発生する」という方がややこしい。夫婦とも不規則だと

たとえば、ライターなどやっていると、取材が集中したり、原稿締切が集まったりする時期があって、そういう時期は忙しいだけではなくて、神経がピリピリする時期でもある。まあ、こういう仕事の人は、仕事に集中したい時期というのが、けっこう頻繁にあるのである。まあ、そんな時期は会社員でもあるかもしれないが、家に帰るとバタンと寝るだけで「ああ、疲れているんだな」と思うだけなのだが、「フリーランス」だとどうしても24時間営業状態になってしまうので、家でもずっと「なんだかぴりぴりしているな」という感じに見えてしまう。

そういう時期は、どうしても家族を二の次になる。まあ、実際には家族が大事だとはわかっているのだが、仕事がせっぱつまっていたりすると、どうしても余裕がなくなるのである。

つまり「フリーランスで、バリバリ仕事をする」となると、よっぽど時間管理とかがうまくて、性格的に精神的な切り替えがうまい人なら別だが、たいていは「それが家庭にもちこまれる」ので、一緒に住んでいても、へたをすると「すれちがう」かもしれない。

もしも「内助の功」があるなら、あった方が成功するにはいいに決まっているし、厳しい競争社会で成功しようとすると、「内助の功」がある人の方が有利に働く可能性はどうしても高い。となると、ケースバイケースだろうけど、両方がバリバリやるよりは、どっちかが辞めるか、かなりセーブして仕事をする方が夫婦単位で見ると、その方が「効率的」かもしれないわけである。つまり「限られた資源」なら分散させずに、片方に集中させるという「戦略」なのかもしれないのだ。

ま、すれちがっても、お互い好きにやっている夫婦もあるが、やっぱり子供が産まれたりすると、奥さんが仕事を辞めてしまうとか、もっと簡単な仕事(パートになる)とか、どっちかが「バリバリ仕事」をあきらめてしまう場合は多い。ただ、それは「犠牲」になったわけではない。考えようによっては、「どちらかの才能に賭けた方が効率がよい」と考えたわけで、その点、女性が仕事を辞める可能性が高いのは、たまたま「頼られた方がうれしい。がんばりたくなる」男性が多いからかもしれない。ま、一般的には会社員なら女性の方が給料が安いので、辞めてしまうケースも多いだろうけど。

そういや、子供というのは、世間では「自分の食い扶持は、自分で背負って産まれてくる」ものだそうで、子供が産まれた途端、なぜか不思議に仕事がまわってくるものだそうだ。うちなんかも、双子の娘が産まれた時、夫婦とも失業保険を受給中だったが、そのおかげで失業中の夫がずっと家にいたので、妊娠中、早産になりそうで「絶対安静」になった私の代わりに、家事やら長男の面倒なども見てもらえた。ラッキーである。しかも、どういうわけか、その後、仕事が増えた。収入的に不安定な職業をもつ家庭でも、案外、子供ができると、とくに男性などはホントはりきって仕事をするから、奥さんが仕事を辞めてもまだオツリが出たりする。子供が産まれた頃の男性のパワーは、マジですごかったりするしなあ(よく考えてみれば、「父親」って「単純」かも)

ま、やりようで、なんとかなるものである。そういえば、うちは、夫婦とも「バリバリ仕事をする」タイプではないのだが、お互いかなり忙しいし、フリーみたいな時期が長かったし、子供もいたので、家事負担も半端じゃないのだけど、どうやって切り抜けたかというと、これは徹底したスケジュール管理である。毎日の細かい業務連絡に、週ごとに、週間スケジュールの細かい調整をしている。そして、お互いの仕事が忙しい時期を早めに調整して、できるだけズラすようにして、その時期はどっちかがなるべく一切の家事を分担する。

つまり、たとえば夫が「公演前」などで忙しい時期には、事前に調節して、その時期にあまり忙しい仕事をしないようにする。うちの場合、夫は日頃は「美術講師」の仕事だけだから呑気なものだが、公演前は「ダンサー兼振付家」にもなるので、かなりピリピリする。ダンサーだからどうしても食べるものにも気を使う。公演前は、神経を使って胃腸にくるタイプだから、なるべく消化のいいもの。体重調整している時はローカロリー、練習量が多ければスタミナのつくもの。それに作曲してもらった音楽などは自室でチェックしていたりするから、うるさい子供たちはなるべく静かに早めに寝かせるとか。つまり、そういう時期は、家事分担をやってくれないばかりか、かなり気を使うから、むしろいつもより負担が大きい(それが年に数回あるのだが)

それでも慣れてしまえば、相手がどういう体調か、精神状態かぐらいはわかるので、あまり大変でも何でもない。まあ、お互いの仕事のスケジュールはちゃんと把握してないとダメだけど。ま、内助の功はできないけど、彼だって私が忙しい時は、一切の家事を引き受けてくれることもあるので、忙しい時期はお互い様である。
(ただ、やっぱり「画家」にしても、「ダンサー」にしても、「成功」している人は、たいてい奥さんがマネジャーみたいなことをしっかりしているので、やはり片方に集中している人の方が有利なのかもしれないけどなあ)

「仕事上の成功」というのは、ハタから見てわかるものかもしれないが、「幸福」というのは、案外、本人にしかわからないものである。いわゆる「成功」していても、それが必ずしも「幸福」だとは限らない。「不幸」な人もいるし、反対に「成功」してなくても、「幸福」な人もいっぱいいるもんね。「成功」も「幸福」ももちろん両方あった方がいいに決まっているけど、結婚ってのは、やっぱり「幸福」になれる方がいいわけで。

つまり「愛」があればね、ということで。だから、ご心配なく、幸福に。

それにしても、2月に結婚予定の別の友人(男性)は、なにやらマリッジブルーらしい。40過ぎの男でもそれなりに色々不安なのかしら。なんだか「可愛い」わね。

そういや、うちの夫婦は、お互い26歳だったので、なーんにも考えずに結婚しちゃったけど(考えてみれば、すぐに結婚してしまったので、婚約期間もほとんどなかったし、あれこれ考えるヒマもなかったが)、考えてみれば、世間の人はちゃんと真面目に考えて、結婚するのだなあ。言われてみれば私って、とくに真面目に考えずに結婚して、気がついたら3人も子供がいるんだよねえ(もしかして無計画?)。ひょっとすると、これって「考える前に行動するタイプ」だったりするのかな。でも、案ずるより産むがやすし、って言うしなあ。やっぱ「やったもん勝ち」という価値観はあるのかもなあ。

02/13/2007

小説とは関係のない休日(京都国立博物館)

2月12日(祝)
小説講座の事務所は、日曜、月曜、祝日お休みです。

午前中、家事など。昨日の子供たちのスケッチなどを見たりして、のんびり過ごす。
午後から私は、一人で『京都国立博物館』へ。ここは京阪七条から近いので、昨日に引き続き、京阪電車である。天気がいいので、ちょっと庭園でのんびり休む。で、久しぶりに「京都駅」へ。七条からは、徒歩15分くらい。いつも京都駅に行くたびに、なぜか時間がなくて、駅の「屋上」に行ったことがない。ちょっと時間がある時に行ってみたいと思っていたのだった。

三連休の最終日。京都駅もかなり人が多い。駅の上は、けっこう高さがあって(京都タワーよりは低いけど)、山並みがよく見える。いつ見ても妙なデザインな京都駅ビルだけど、このスペースはけっこう面白いなあ。真冬だから人は少ないけど、真夏は多いのかな。駅周辺で夕食をとって、またブラブラ歩いて、京阪で帰宅。

02/12/2007

小説とは関係のない休日(鞍馬、貴船)

2月11日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

連休である。うちの夫は、連休は、家族でお出かけ、というものをやりたがるタイプである。朝から「温泉、温泉、温泉」とうるさい。「できれば有馬温泉がいい」という。しかし、子供たちが「日帰り温泉」を喜ぶかなあ。私だって、ハイキングとかの帰りなら温泉に入ればホッとするけど、温泉だけなんてなあ。

結局、「くらま温泉」に行くことに。鞍馬、貴船なんか高齢者向けの観光か、デートコースだと思うので(やや偏見)、私にはあまり気が進まないコース(むろん信仰心なし)、私は、町歩きか、あるいは山のハイキングが好きなので、こういうところはつまらない。でも、子どもたちは「行ったことないから行ってみたい!」と賛成。ま、一応、鞍馬山だから、ちょっとくらいは歩けるし(かなり低いけど)なにせ天狗と水占いだから、子供は好きかも。京都でもシーズンじゃないので、人混みもさほどないだろうし。紅葉が好きな人ならよく行くのかなあ。紅葉にはそれほどロマンを感じないタイプなので、真冬の方がいいかも。私は二十年ぶり。ま、今年は雪もないだろうし。

うちからなら、1時間半くらい。鞍馬京橋で、2000円のチケット(「鞍馬らぶ湯チケット」京阪電車往復、叡山電車フリー、くらま温泉代つき)を買って、出町柳から鞍馬へ。由岐神社、鞍馬寺、木の根道あたりで小雨が降ってきたけど、子供たちは「コーヒー牛乳みたいな水たまり」と大喜び。そのまま奥ノ院までぶらぶら歩く。まるきり雪もなく、小雨のさほど冷たくない。2月なのに、あったかいなあ。暖冬である。

貴船神社に寄って、子供たちが水占いをやってから、ぶらぶら貴船口まで歩き、鞍馬駅に一度戻って、くらま温泉へ。露天風呂に入る。出町柳のオムライス専門店で夕食。私は「すぐきオムライス」という和風オムライス(抹茶で真緑のすぐきチャーハンに、色とりどりの小さなあられ。もみじ麩入りの汁がかかってた。見た目インパクトあり)7時に帰宅。

02/11/2007

まずは書くことから

2月10日(土)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

本日は、小説講座などの講義はお休み。社会人向けの1年間の講座なので、あまりにも連続すると大変なので、連休前後はなるべく講義予定はないようにしている。まあ、半年コースだと期間が短いので、どうしても毎週連続になるけど、一年コースは年35回なので、多少は余裕がある。

午前中、専門学校の進級作品展。こっちにも小説コースがあるのだが、私自身は、指導を担当していないので、こういう機会にしか作品を見ることがない。こちらの生徒さんを見ていると、つくづく「文章力は、とりあえず量を書くことだなあ」と思う。

専門学校だから、昼間の講義があるのだが、たぶん週に何時間も「書く授業」がある。18歳で入学してくる人がほとんどだから、4月にはまるきりヘタ、というか、ほとんど日本語に問題があるレベルの生徒さんも多い。それが、半年もたつと文章力という点では見違えるほどうまくなる。もちろん指導する先生の努力のたまものだと思うけど、それにしても宿題も含めると、強制的に「小説作品」を書かされるわけである。きちんと講師の指導も受けているわけで、これではうまくならないわけがない。学校にいる限り、イヤでも上達する。実際、文章力という意味では、ヘタするとうちの専攻科の生徒さんよりよほどうまかったりするのである。

とは言っても、だからいい作品が書けるかというと、文章力がちゃんと上達して、ある程度きちんとした文章が書けるから、必ずしも作品が面白いとは限らない。これはこれで不思議なのだが、実際にそうなのだから仕方ない。まあ、もしかすると、こっちの学校は、うちの講座と違って、指導教員の先生たちが全員エンターテインメント系の作家さんではないので、どうしても課題でも真面目なものを選びがちなのかもしれない。やはりストーリーとか、発想とか、キャラクターの魅力などというのは、文章力とは違うらしい。まあ、でも最低限の文章力はどうしてもいるから、やっぱりある程度の「訓練量」は必要なのだろう。つまり、ちゃんと指導をうけて、それなりの文章量を書けば、それなりにうまくなるわけだ。

生徒作品というのは、「作品にオリジナリティがない」とか、「勢いが感じられない」とか、うちの小説講座でも、そういう話がよく言われる。文章力だけは、量を書くことによって確実に上がるのだが、どういうわけか、それと同時に急激に相対的に「そっち」が下がる(ように見える)人がいて、これってどういうことなんだろうと、いつも私は不思議に思っている。もしかすると、文章を書くのに慣れてしまって、面白いアイデアとか、斬新な発想などの冒険がしにくいということなのかかもしれない。それとも最初の頃と違って、本当に「書きたいもの」がなくなったからか。ちょっと、よくわからないけど。

とにかく「文章はいいが、内容がつまらない」というところにハマってしまうと、これはどうもなかなか抜け出すのに苦労する。発想とか、ストーリーテリングとなると、これまでの読書量だとか、センスだとか、たんに「文章力」だけじゃない要素がかかってくるから。

ただ「個性が乏しい」とか「もりあがりに欠ける」などというような傾向は、原因はわからないが、どうももはやテクニックの問題というよりは、なにか違う問題らしい。ある先生に言わせれば、これは「精神力」の問題もかかわっているそうだが。プロとして耐えていけるかどうかも、あるだろうけどな。

「精神力」の問題というと、なにやら固苦しくも感じられるが、「ただの気のせい」というのはあるだろうな(いや、意味は同じかもしんないけど)

夕方まで事務作業をして帰宅。

02/10/2007

上町台地のうえで

2月9日(金)
午後から小説講座の事務所。

1月からずっと通勤定期を買いそびれているので、今日は地下鉄のノーマイカーフリーチケットを購入。毎週、金曜日は、600円で地下鉄が乗り放題のこのチケット。地下鉄沿線の住民である私は、事務所に行くだけで540円かかるから、一度でも途中下車したら元はとれる計算である。

とは言うものの、とくに行くアテもなく、午後からは事務所に入る予定なので、あまり時間もない。で、とくに意味はないのだが、なんとなく「上町台地」の高さを確かめに「森ノ宮」に寄る。上町台地は、もっと南まで続くので、四天王寺あたりにもいろいろ有名な坂も多いのだが、高さ、という点では、このあたりが一番高いはず。

「上町台地」と言っても、大阪以外の住民にはなんのこっちゃわからないだろうが、大阪市内には南北に十数キロにわたって走っている幅のせまい細長い台地があるのである。毎週、小説講座の教室に使っているエル大阪の近くに「熊野街道はここからです」という石碑があるのだが、そのあたりが北端のはずである。いつも講師の先生たちと講義が終わってから飲み会をやっている中華屋は、上町台地にあがる坂の途中にある。

ちなみに大阪という町は、実に「ぺったんこ」な町で、この台地(といっても、一番高いところでやっと20メートルもないくらいだが)くらいしか高いところはない。ま「ぺったんこ」なのは市内だけだが、神戸なんかだとかなり違う。神戸は、山のぎりぎりに海がせまっているので、たいていの道はすぐ傾斜してるし、自転車ではかなり走りにくそうである。京都の市内ならかなり平坦だけど、あそこも盆地なので、わりとすぐ四方とも山。一方、たまに東京なんかに行くと、けっこうこれは坂だらけである。

なにせ大阪平野は、どうせ最近まで(地質学的には、数千年前から二千年前くらいなら「ほんのつい最近」である)上町台地の東側は、大きな内湾だったそうなので、さしずめ生野区やら、鶴見区あたりは、ちゃっぷんちゃっぷんと波があった海の底だったのである。ま、さらに東大阪あたりは、江戸時代まで湖だったわけだが。

ところで、「森ノ宮」には、難波宮の遺跡があるのだが、ここから東側に海があったという古代の雰囲気をちょっとでも感じとろうとするには、この「中央大通り」沿いではかなり無理がある(なにせ大通りで、車が多過ぎる)ってか、この遺跡では、たぶん古代を感じるのは相当無理である。

そういうわけで、思うのだが、森ノ宮の駅から大阪城公園に入り、大阪城音楽堂のあたりにある「階段」が、たぶん「上町台地を感じる」にはもっともいい場所なのではないかと思う。大阪城は、上町台地の上に作ったわけだから(いわゆる石山本願寺の跡地らしいが、よくわからんが)このあたりが一番高いわけなのである。といっても、公園の中にあるただの長い階段なのだけど。

しかし、階段をあがってみたが、とくに感慨はなく、ただパラパラと雨が降ってきたので、ちょっと雨宿りと思って「大阪国際平和センター(ピースおおさか)」に入ったら、受付で「いらっしゃいませ」と言われる。外にイスがあるし、別に入場しなくてもよさそうなのだが、気が弱い私は、「いらっしゃいませ」と言われると、ホントは入場する気もないのに入場してしまう。実はここは、いわゆる戦争展示なので、大阪大空襲だの、黒こげの死体の山などがたくさんあるわけで、「ちょっと公園で、美術館にも寄ってみました」的な気軽に寄れるような展示では到底ないのだが、なんだか急に入らなくては悪いような気もして、しぶしぶ入る。きっと「雨宿り」などという私のこころがけが悪いのであろう。

入場するとき、たまたま受付の横に、若い女性がやってきて、
「生徒の中で、展示を見て、何人か気分が悪くなった子がいるので、映画は見ないで帰ります」
と言う。どうやら学校のつきそいの先生らしい。受付の女性が、
「あ、○○小学校の方ですね。はい。映画は、キャンセルですね」
と言う。「気分が悪くなった子」と聞いて、ちょっとビビる。まあ、初めてではないが、かなり久しぶりなので、展示を見るのにちょっと勇気がいる。見ないで帰ろうかと思ったりしたけど、中学生の見学者がたくさんいるので、ちょっと緊張する。

しかし、小学生って、何年生かなあ。高学年でも、この展示はもしかするとちょっと酷ではないかなあ。中学生とか高校生なら、この展示の意味もよくわかるので見ておくべきだろうが、小学生というのはどうなんかな。博物館とか美術館の展示にも、適齢期というのがあるのかもしれないが、何歳くらいなんだろう。

ちなみに、精神的にキツイ展示は、大阪大空襲の展示ではなくて、たぶんアウシュビッツとか1階の方の展示である。ふと今朝の新聞で、子供の死体趣味(?)の「教員」の記事を読んだのを思い出し、ああいう「趣味」の人って、こういう戦争写真でも興味があるのだろうか、と真剣に気になったりする。

出てから、もう一度、階段を下りてみる。雨があがったけど、石段がちょっとすべる。地下鉄に乗って、事務所に行く。もちょっとフリーチケットの利用がしたいけど、夕方まで事務作業である。

02/09/2007

今しかできない

2月8日(木)
午後から小説講座の事務所。

ホントは、今日から旅行に行く予定だったのだが、予定変更。事務所で、コツコツ地味な事務作業。おもに家庭の事情にて。主婦はツライ。真面目に仕事しろってか。

それにしても、堺三保先生のブログ(堺三保の「人生は四十一から」ロサンゼルス映画修行篇)は面白い。40過ぎで挑戦したアメリカ映画界。本場の映画作りの毎日は、とてもドラマチックで、かなり面白そう。ちょっとうらやましい。ま、たった数日の旅行でさえ予定変更しなくちゃいけない、3人の子持ちの主婦(私)では、絶対に無理だが。
(いや、その前にも英語力とか、色々な問題があるってば)

ところで「エンターテインメントノベル講座」も、おかげさまでもはや10期生を数えるまでになったのだが、そういえば1期生が入学した頃、うちの双子の娘たちは0歳児であった。考えてみれば、私は当時はもっともっと忙しかったのだから、これでも余裕ができた方なのである。

そういや、うちの小説講座は、社会人向けの講座だから、みんな仕事や家庭を持ちながら、ヒマを見つけて作品を書かねばならないわけだが、どういうわけか、
「忙しいだろうなという人ほどちゃんと作品を書き、たっぷり時間があるだろうと思われる人ほど、なぜか『時間がない』と言って、作品が書けない」
という傾向がある。

あれって、どういうことなのだろうと思っていたが、9年ほどたった今でもやっぱり同じで、あれって、どういうことなんだろうな。

一番、書く時間がありそうで、実際にはたいていあまり書かないというのが大学生。反対に、どういうわけか、仕事も家庭もあって、どう考えても一番忙しそうな兼業主婦(子供あり)とかは、たいていかなり書く。ま、毎週土曜日の夜にある「小説講座」にわざわざ入学してくるという時点で、こういう人は相当な覚悟あり、という人かもしれないけど。

若い時ではなく、今しかできない、ということは、結構、あるものなのかも。

02/08/2007

インターネットや図書館で調べモノ

2月7日(水)
終日、外出。小説講座の事務所には入れず。

午前中、郵便局やら銀行やら。午後から一度自宅に戻って、自転車で「府立中央図書館」へ。諸事情により、このところ調べモノ多し。しかし、半日こもって、またもやあまり収穫なし。正確には、調べに行った目的はちゃんと達成しているのだが、「おまけ」がないのである。おまけ、というのは「これまで興味がなかったけど、おもしろさを発見したもの」という「拾いもの」である。図書館では、なるべく30分でもそういう時間が余るようにしているので。

ところで最近は、インターネットで調べてから、そのあとに図書館に行く、というパターンが多い。図書館の本そのものを、ネットで検索しておくくらいだから、何か調べたい項目を「とりあえず検索してみる」ということは大抵やっている。この「とりあえず検索」が役に立つことも多いのだが、反対にこのせいで困ったことになることも多い。間違った情報があまりに多いので、混乱することがしばしばあるのだ。もちろんネット情報を読むには、とりあえず疑ってかかってはいるのだが、それでも何度か混乱する。間違った情報でも、ちょっとそれが使えそうだと「もしかしたら」と、ついしばらくこだわってしまうからである。で、何時間かつぶす。結局、再度もう一度調べ直し、ということも多い。

そこで、半日、図書館にこもって調べたりするのだが、そこでますますわからないことがいっぱいあることに気づくわけである。あとは、現場に行くなり、実験するなり、人に聞くなり。そうしないとどうしようもない、ということに気づくわけである。図書館のいいところは、この「世の中にわからないことがいっぱいある」ということに気づくところではないか、と思ったりする。

しかし、どういうわけかネットの情報というのは、調べれば調べるほど、なぜか
「世の中にわからないことがいっぱいあるのではなく、検索してたまたま見つからないだけではないか」
などと思ってしまう。考えてみれば、現実社会のことがすべてネット上にあるわけがないのに、なぜかどこかでちょっぴりそう思ってしまうのである。いくら膨大で、そこに無限の情報が広がっているとしても、探しているものはそこにないかもしれない。わかってはいるのだが、どこかにあるような、なんだか奇妙な感じがするのである。

考えてみれば、一日中、ネットサーフィンをしているような人でも、別に「めちゃくちゃ物知り」というわけでもないので、あたりまえと言えばあたりまえである。どのみちマスコミなどをもって、世界を見ることが多い毎日である。ネットの膨大な情報は魅力的だが、やはり奇妙である。そこがある種のワナなのかもしれないが。

便利なので、毎日使っているのだけど、あたりまえのようで、図書館で知る世界とネットで知る世界、それと現実世界とが、なんだかまるで違うようなのが、なぜか不思議である。

02/07/2007

悩むヒマがあったら、書いてみて

2月6日(火)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

生徒さんの中には、それなりに書く能力はあるのに「なかなか作品が書けない」という人がけっこういる。「それなりに書く能力はある」というのは、すでに何本か書いている人だからで、こういう悩みは、まったくの初心者というよりは、どうやら中級者というか、何本か作品を書いてきた人に多いようである。中には「何をどう書いていいのか全然わからなくなってきた」という人もいて、本人はイライラしたり、落ち込んだりしていたりすることがあるので、見ている私の方も多少ツライ。

ところで、小説講座に入学する生徒さんは、おおざっぱに言って、3分の1がまったくの初心者、あとの3分の1が「ちょっと自分でやってみたけど、どうやっていいか全然わからなくて、途中で挫折したことがある」程度の初級者から中級者。で、あとの3分の1が、すでにかなり大量に作品を書いてきたタイプの人らしい。

で、入学してから、心理的にしんどいらしいのが、この最後のタイプの人だ。初心者は、自分が小説など一度も書いたことがないのを知っているから、短編でもショートショートでも、とにかく一作でも書ければ、
「わーい、書けた書けた。自分もできるんだ」
という感じで、とても楽しそうにラクラクと、まるで階段をあがっていくようにどんどん伸びていくので、あまり心配がない。むしろ入学までにたくさん文章を書いてきた人の方が、あれこれ大変らしい。とくに入学して2〜3ヶ月、この時期が一番しんどいらしい。

「自分ではけっこう書けると思っていたのに、プロ作家との『差』を思い知ったから」
という人もいるし、
「正直、余計にわけが分からなくなった」
という人もいる。だいたい二月くらい、今頃がそういう時期である。

ところで、文章というのは、量を書けばたいていうまくなるので、まずは「量」が大事だったりする。だから、いわゆる「文章力」は、まったく書いてなかった人より、書いてた人の方が相対的にやっぱりうまいものである。たくさん書いている人は、少なくとも書くことには慣れている。しかし、「文章のうまいへた」と「作品のよしあし」というのは、あいにく「完全な比例関係」というわけではなかったりする。これがちょっと困るのである。もちろん娯楽小説というのは、かなりテクニックの部分が大きいと思うけど、このテクニックというのは、単純な「文章力」とはちょっと違うし。

そもそも小説講座に入学するくらいだから、
「すでにたくさん書いて、あちこちの小説コンテストに応募してきたけど、なかなか一次選考にも残れなかった。で、どうしても自分ではわからないので」
というカタチで入学してきた人だったりするわけで、こういうタイプなら、考えてみればわかるけど、何も問題がなければ、たぶんとっくに受賞できてただろうから、たいていは何か「これはちょっと問題なのでは」というところがあったりする。

うちの講座は、関西在住のプロ作家の先生が十数人ほど、いれかわりたちかわり講義に来る形式なのだが、入学して3ヶ月ほどたつと、こういう生徒さんは、ちょっと複雑な表情になってくる。たぶん、
「あれ、オレがこれまで書いてきたやり方は、もしかして間違っていたのだろうか?」
みたいなことを考えてしまうからだろうと思う。

自分のこれまでの方法論がまったく正解だと思っていて、それで作品も問題もなく書けて、そのやり方をまったく変える気もないのから、そもそも小説講座なんぞに入学しないだろうから、これはしごく自然な悩み事だと思うのだが、それが、これまで長編などを何作も書いたことがある人だと、かなり「しんどい」ことらしい。でも、これは「まっとうな悩み」だと思うし、自分で乗り越えてもらうしかないけど。

しかし、実際には、プロ作家の先生たちのやり方も、かなり色々である。結論から言えば、たぶん「結果よければ、すべてよし」で、人それぞれ、手段はどうでもよい、というか、色々あっていい、のである。いい作品さえ書けるなら、実はそのやり方は、正直どうでもよい(いや、ホントはどうでもよくないけど、そこが重要ではないということで)。

むしろ、うちの講座は、おそらくそこのところを学んでいただければいいなと思っている講座なのであって(もちろんプロ作家養成という講座コンセプトから言えば、この「結果さえ」という、結果(=作品)はかなり問題にするけど)、つまり「自分なりの方法」を探してもらえばいいわけである。

さて、どういうわけか、こういう「小説の方法」を「アイデンティティの問題」と混同する人がいるのだが、それはそれ、これはこれで、たぶん違うのである。「これまでたくさん書いてきた」という「自分のプライド」は大事だけど、それだけをやたら気にしたり、頼みにしても仕方ない。まして、急に「才能の有無」なんか、気にしても仕方ない。才能なんて、アテにならない概念はないのに。

よく芸人さんとか、音楽家は、一ステージごとに「一期一会」だという。けど、小説だって、そうである。よほどファンがつくようになったベテランの作家ならまた別だろうけど、新人作家ならたいていの読者にとっては、それが初めての作品である確率が高い。でも、考えようによっては、これはいいことかもしれない。その人の学歴も職歴も関係なし。その人に「才能」があるかないかもたぶん関係ない。その作品が面白いか面白くないかの方が大事だもの。で、これは全員が同条件。なので、勝負は「その作品次第」である。一発勝負で、実力勝負。これはわかりやすい。

とにかく、自分に才能があるかないか、そんなことに悩んでいるヒマがあったら、今、書いている作品に集中すればいい。簡単なことである。たとえば、人と話をする時には、目の前の相手を見て、そこに集中して、気持ちを込めて話をする。だから、あちこちキョロキョロして、複雑に考えすぎても仕方ない。それなのに、やたら「才能」を気にしたり、まだ「プロ」というわけでもないのに、自分がこれまで何年、書いてきたかを気にしたりするのは、一体どんなもんなんかな。悩む気もわかるんだけど、私は時々、そんなこと気にせず、ちゃんと真剣勝負をしたらどうなんだ、と思っちゃうんだが、どうでしょう。

(心配しなくても、どんなにしんどくたって、どんなに命削って書いても、作家ってのは案外なかなか死なんしな。いくら精神的には大変でも、やっぱり実際の格闘家や探検家じゃないから、作品のためなら何度、真剣に死んでも大丈夫)

ところで、「作家デビューはゴールじゃなくて、スタートにすぎない」
……これって、もしかして「結婚式の挨拶」に似てなくない? 
いや、きっと人類って、本質的にいろいろな困難に立ち向かえるようにできてると思うんだよね。うん。

02/06/2007

小説とは関係のない休日(月曜日はなかなかケータイ通じなくてすみません)

2月5日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

月曜日は、小説講座の事務所はお休みなのだが、私は、別の専門学校で非常勤講師のお仕事。午後からは、90分授業が4コマもあって、そんなこんなで月曜日の午後は、ケータイの連絡がとりにくい。それなのに、それをケロッと忘れていて、昨日、たまたま図書館で電話がかかってきた小説講座の生徒さんに「明日、またかけます」と言われていたのであった。で、何度もかけてくれたらしいけど、うまく合わず、かけたりかけられたり。

用件は、4月の専攻科の日程確認。そう言えば、後期の日程表を配布してなかったのだ。ひええ。申し訳ない。ちなみに4月は毎年、講義日が少ない月で、専攻科の授業は21日予定だけである。うちの講座は、10月と4月はたいてい第一週目は講義がないので(この時期に入学式などがあるから)、専攻科の生徒さんたちは、この時期にあわせて、一泊旅行などに行っているようだ。それにしても社会人ばかり、20代から50代以上。主婦だの、会社員だの、公務員だの。いろんな職業の人たちだが、けっこうみんな仲良しである。

02/05/2007

小説とは関係のない休日(図書館など)

2月4日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

あいかわらず、あれこれ調べモノが多くて、半日、図書館に。あんまり収穫はないなあ。最近、不猟が続く。いや、狩りじゃないけど。もうちょっとマメに通わないとカンが鈍るな。自宅の近くの地下鉄、駅から直結だから、ほんの数分あれば寄れるのだが、一応、これでも3人の子供を抱える主婦なので、やっぱり平日は忙しいもん。

めずらしく夫が日曜日に美術展に行っている。たいてい土曜日に子供連れで行くらしいが(私は仕事なので知らない)混んでいるらしいので、一人で行ったようだ。ってことは、めずらしく「ピカソ」かな。そういや招待券があったので、なんか事情があるのだろう。

ところで、うちの子供たちは毎月何度も美術展に行く。おかげでかなり「美術館慣れ」しているのだが、この父親の好みのせいで、かなり「現代美術」が多い。美術展というのは、「印象派」とかならかなりの人混みになるのに、「現代美術」はたいてい空いている。だから、うちの子供たちも「混んでいる」のには慣れていない。

たぶん大阪人の好みは、印象派までなんだろうな。

02/04/2007

悩んだり、考えたり

2月3日(土)
朝から外出。午後から「基礎レッスン講座」、夕方、小説講座(10期)

「基礎レッスン講座」は、めずらしくビデオ装置を借りて、映像教材を使用。このクラスは、大阪NPOプラザで講義を行っているのだが、こっちの教室はビデオのレンタル費が安い。エル大阪の5分の1だ。安い。これなら、映像教材が気軽に使用できるんだがなあ。(というか、エル大阪が高すぎる気もするけど)

今日も、Kくん欠席。入学時にはやる気満々だったKくんは、このところしばらく欠席。ちと心配。一方、一見のんびりしてるみたいに見える優雅なHさんが、きちんと皆勤。作品もしっかり書いているので、最近は、目に見えて文章力の差がついてきた。まるでウサギとカメのよう。Kくんは、今は仕事が忙しいらしいので、仕方ないけど。

ま、文章教室も、小説講座も「あせって自滅」というパターンの生徒さんがけっこういるから、ちょっと要注意である。「あせって自滅」というのは、たいてい「とにかく短期間で早くうまくなりたい」という人なのだが、とにかく「あせり」は禁物。そりゃ、たいていの人は教室に来れば、かなりうまくはなるもんだけど、そのスピードは人によって違う。一朝一夕にそんなに早く、カンタンにはうまくはならないのである。残念ながら。

しかし、私の経験上、心配しなくても、作品さえ書いてくれれば、とにかくほとんどの人はうまくはなるものである。実際、「なかなか作品がよくならない」という人は、教室にはほとんど来ないか、作品をたいして書いてないか、どっちかだもん。(あるいは両方か)

夕方は、エンターテインメントノベル講座。本日は、教室実習。専攻科もお休みなので、めずらしくのんびりした雰囲気。前期の作品提出の注意事項を説明したり、創作面談あり。ロビーで生徒さんたちと色々。

だいたい「モノ書き」をめざすような人は、考えすぎるタイプが多いのだが、文章を書く以上、やっぱり悩むな考えすぎるなというのも、かなり無理な話である。なにせたとえ念願かなってデビュ−して、プロの作家になったって、ずっと自信と自信喪失をウロウロし、自己嫌悪と自己満足などなどを抱えて、あれこれ考えてしまうのは避けられないかもしれないのである。そりゃあ、プロ作家の先生たちなんかは、一見さっそうと涼しい顔をしているようで見えて、あれはあれで内心では大変な状態で、のたうちまわったりしてるかもしれないんだよね。職業作家になるのが夢。なったらなったで、もっとツライかもしれないからなあ。

しかし、作品を書くたびに、悩みとか、自己嫌悪とか、書けば書くほどしんどくなる、とか。そういうのは、小説講座の生徒さんでは、それが「きれいさっぱりなくなる」というのはしょせん無理なので、自分なりの対処法を身につけるなりしてもらうしかないのだなあ。耐性というか、ま、死なない程度の抗体を持ってもらうとか。とにかく「考えない」と文章なんか書けないわけだから、職業病というか、持病というか、そういうのはあたりまえと思っていただくと気がラクかも。慣れて慣れて。

講師の先生はいないけど、生徒さんたちと飲み会。このクラスは、みんな元気があって(ありすぎ?)、やる気もいっぱい(オタク度も高い)。来々週に提出してもらう「前期課題」が楽しみ。

02/03/2007

あきらめずに書き続けてね

2月2日(金)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

明日の講義準備いろいろ。明日から「途中入学」したいという生徒さんがいたので、受講手続きの確認など。その一方で、和歌山の海南市から通学していた「基礎レッスン講座」の生徒さんが、東京に転勤になってしまったとかで、残念ながら退学することになった。行く人、来る人。

11月に入学したばかりだから、やっとこれからがんばって書こうという時期なのに、いやはやもったいないことだなあ。せっかく片道二時間半かけて、通学されていたのに。ずっと前から自己流で小説等を書いていたという人なのだが、正直、文章はまだまだ「基礎ができてない」という状態で、今の時期に退学されるというのは、私としてもかなり残念。せめて「ちゃんとした文章」が書けるようになるまで在籍できればよかったのだが。ま、これまでも仕事の都合で、欠席が多かったから、なかなか指導もできなかったのは仕方ないんだけど。

ちなみにうちの講座は半年精算なので、一年間のコースなら(3月20日までなら)、中途退学でもいくらか学費返金することはできるのだが(あんまり金額は大きくないけど)、メールや電話では受付けることができないので、郵送をお願いする。面倒だが「退学届」がないと、返金振込ができない。

「エンターテインメントノベル講座」のクラスは、今のところ退学はいない。が、通称「一月病」「二月病」と言って、この時期、出席数が減ることが多い。普通の学校や会社なら、4月から始まるのだが、うちの講座は秋入学だから、やはり「一月病」「二月病」である。どうやら「まるっきりの初心者だ」と思っている人はあまりコレにかからないのだが、「自分ではけっこう書けるつもり」という人の方がコレにかかりやすい。「これでも私、もう何年も作品を書いてきてるんですよ」とか、自信がある生徒さんほど「一月病」になりやすいらしい。

文章教室は初心者向けだから、そういうことはあまりないのだけど、小説講座は「プロ作家養成」なので、かなり書ける人もけっこう入学してくるからだろうが、一人一人事情も違うし、悩みの内容も違うので、私にはあまり有効な処方箋がない。まあ、それなのになぜか「一月病」「二月病」というくらい、この時期に悩むというか、やる気を失いかける人がいるみたいである。プロの講師の先生たちの話を色々聞いているうちに、これまでの方法論が間違っているような気がしてくるのかもしれないけど、ま、乗り越えてくれればいいんだがなあ。

どうも一番いいのは、生徒さん同士が話をしてもらうことみたいなんだが。「悩んでいるのは私一人ではない」と思うからかな。できるなら専攻科の生徒さんたちと雑談でもしてもらえるといいみたいだけど、それは難しいかな。

とにかく続けてくれれば、しんどくても「作品は書けていく」ものだと思うので、簡単にあきらめないで欲しいのだけど。あきらめない、というのが一番の才能なんだし。

通学できなくて講座を辞めたり、卒業してからも、ずっと書き続けて欲しいとは思うのだが、やっぱり続いてない人がほとんどだから、ちょっと残念である。辞めた人にたまに会っても
「いやあ、書こうとは思っているんですが、もう何年も書いてませんね」
と言われる。
「忙しいだろうけど、がんばって書いてみてね」
とは言ってみるものの、「どうせたぶん書かないんだろうなあ」と思ってしまう。

だって、何年も書いてない人は、書きたくても、もはや「書けない体質」になってしまっていることが多いから。若い頃、スポーツができたからといって、何年もやってないとできなくなることがあるでしょう。スポーツや楽器じゃありませんけど、やっぱりずっと文章を書いてない人はできなくなるもんみたいなんで。

でも、少しずつでいいから、とにかく作品を書き続けてほしいな。あきらめずにね。

02/02/2007

そろそろ生徒募集の準備も

2月1日(木)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

昼からスタッフに作品集の印刷などをお願いして、私はあれこれ雑用。細かい事務作業は手伝ってもらうわけにいかないので、スタッフの人にお願いできるのは、おもに印刷だけだが、これだけでもだいぶ助かる。さすがにこう忙しいと大量の印刷物はできない。読まなくてはいけない本もたまってるし、入学資料も作らなくてはいけないし。

一部の雑誌に「生徒募集」が掲載されたので、ちょっとメールでの問い合せが増えてきた。12月1月はほとんどなかったのだが。創作相談みたいなものが多くて、入学希望というわけではないけど。今週、来週は、ちょっとあちこち出歩く予定なので、電話などはとりにくいだろうが、メールは歓迎。

02/01/2007

まだ見ぬ花嫁の名前

1月31日(水)
午前中、小説講座の事務所。午後から外出。

夕方、電話あり。
昨日、高校時代の友人(男)から2月中旬に、結婚するという電話があったばかりなのだが、今日はこれとはまったく別の結婚話で電話あり。こちらも、結婚式の2次会の話である。なんだか、久々にめでたい話が続くな。どちらも30代女性と40代男性で、晩婚化社会でもちょっと遅めだろうけど、めでたい春である。両方とも「新郎」が知りあいだから、花嫁を見るのが楽しみである。新婚かあ。うちはもう結婚15年だから、そんなもん、とうに忘れちゃったけど。

このところ、講義資料のために、ヒッチコックがらみの資料を調べているので、ネットで『レベッカ』を検索した。すると、かなりいろんなサイトがヒットした。ネットの情報はアテにならないのは知っているのだが、どういう感想があるのか知りたかったのだ。

で、あちこちのサイトには、けっこうマメに「あらすじ」が書いてあるのだが、このヒロインの名前が「マリアン」とか「キャロライン」とか、なんだか色々あるのである。しかし、確かこの映画は、ヒロインには最後まで「名前」が出てこないという妙な映画なので、名前がある方がおかしいはずだ。うーむ。「マリアン」?「キャロライン」?

で、例の「500円DVD」を買ってきて、もう一度確認したんだけど、キャロラインは、どうやら「肖像画」のシーンで使われたご先祖様(?)の名前である。たぶん、これを間違えたんだろう。でも、マリアンって誰なんだろう。誰か教えて。

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