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01/31/2007

季節はずれの入学生

1月30日(火)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

あいかわらず雑用あれこれ。丁稚どんは、例によって専攻科の作品印刷。
電話一件。「第10期エンターテインメントノベル講座」への入学希望である。この時期はちょっとめずらしい。

もちろん今、生徒募集をしている時期なのだが、春の生徒募集なので、「ライティング講座」などのコースだけである。小説講座の生徒募集は、春は行っていない。

「エンターテインメントノベル講座」は、秋からしか開講しないコースなので、途中入学は認めているのだが、毎年、せいぜい12月までである。学費割引という制度はないので、1月以降の入学者はめずらしい。この時期になると、たいていは「秋まで待つ」という人が多い。もちろん「そのまま秋まで待つ」人もいれば、「まず『ライティング講座』に入学してから、編入制度で進学する」という人もいる。

ただ、うちの小説講座は、ぜったいに「借金経営はしない」という方針なので、生徒募集時期に万一、開講人数に達しなければすなわち「不開講」である。つまり年度途中の倒産は絶対にしないようにしているので、その代わりに、無理して開講したりしないわけである。

だから、この秋に「絶対に開講する」という保証はない。
……と言いつつ、今年で十年目。なんだかんだで、毎年、開講できたので、おかげさまでなんとか続いているけどね。

とりあえず、電話での問い合せの人は、「資料を見せてもらって、できれば、すぐにでも入学したい」ということなので、とりあえず、今週末の講義から参加してもらうことに。まあ、今週末の講義は「教室実習」だから、あいにくプロ作家のレクチャー講義はないんだけど。

小さな学校なので、派手な宣伝はできないし、最近は、ほとんど口コミみたいな入学者が多い。生徒募集時期には、一応、少しは広報もするのだが、問い合せが殺到するわけでもない。むろん経営は苦しいのだが、ま、営利団体でもないし、あんまり生徒数が多いのも大変なので、今のところこれくらいの生徒数で(正直、やっぱりちょっと少ないけど)精一杯である。

それでもインターネットで知ったとか、資料請求のメールなどが、なんだかんだで一年中けっこうある。私としては、運営が続けられる程度に経営が悪化しなければいいのだけど、ま、生徒さんがもっとたくさんプロ作家としてデビューしてくれて、あちこちで活躍してくれれば、少しは宣伝になるだろうし、もちょっとラクになるかも。なるかな。なるといいな。いや、なるよね。


01/30/2007

小説とは関係のない休日(500円DVD)

1月29日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

小説講座の事務局が休みの日には、某専門学校で非常勤講師をしており、そこで映画解説みたいな講義をしている。そのせいで、映画はよく見る。この半年ほどは、週に最低10本くらいのペースで映画を見ている。ま、そのうち5回はまったく同じ映画を繰り返し見ているので、新しく見るのはせいぜい5作品ほど。

同じ映画を何十回も見るというと、よく「飽きないの?」と言われるのだが、何十回見ても面白いものは面白い。いや、もちろんすべての作品が何十回も見れるかというと、むろんそういうわけはなくて、「一回で充分」というのも多いけど。

ところで、最近「500円クラシックDVD」というのがたくさん販売されていて、これが大変ありがたい。今まで高価で手に入らなかったものが破格の値段で手に入るし、見たかったけど見れなかった古い映画がたくさんある。近所のレンタルビデオは「7泊8日で240円」だから、それよりはちょっと高いんだけど、何度も見ることができるのがウレシイ。

クラシックな名作は、カット数が少なかったり、CGがうるさいわけじゃないから、ストーリーや画面構成など、基本的なところで勉強になるし。これは便利。

ただ、これの唯一困ったところは、レンタルと違って期限がないので、やたら買いすぎて、見るのに追いつかないこともあることだ。(なにせ同じ映画を2〜3回見る体質だもんで)

しかし、本と違って、「積ん読」とも言えんし、こりゃ何と言うのかしら。

01/29/2007

小説とは関係のない休日(堺市博物館、弥生文化博物館)

1月28日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

朝から外出。昼頃、長居公園の近くを歩いていたら、なにやら小さな旗を持った人がウロウロ。そう言えば、今日は、大阪国際女子マラソンなのであった。12時半過ぎだったので、もうスタートしたのかな、と思って駅まで歩いて行ったら、あちこち人が多くて、目当てのお店もいっぱいである。おかげで昼食が食べられず、空腹のまま「長居」からJRで「百舌鳥」へ移動。大山公園の中、仁徳天皇陵のすぐ横のレストランで昼食。こちらはほとんど客がいない。のどかな午後である。あなごかきあげうどん550円なり。これはこれでよかったかも。

昼食後、堺市博物館に入って、お目当てのある展示を探すが、見当たらず。どうやらここの展示ではなかったらしいなあ。そんな気もしたけど。ということは、やっぱり大阪府立弥生文化博物館の展示物だったのかな。でもって、そのままJRに乗って、「信太山」の弥生文化博物館に移動。やはりこちらに見覚えのある展示が見つかった。ゆっくり観察。4時過ぎに入館したのだけど、他には誰もいないようで、展示ビデオも一人で見放題である。となりの「池上曽根遺跡公園」では、なにやらフリーマーケットなどやっていたようで、人はいっぱいいたが。

天王寺に寄って、少し買い物。コーヒーを飲んでから地下鉄にて帰宅。

01/28/2007

図書館、梅田ジュンク

1月27日(土)
朝から外出。昼過ぎから小説講座の事務所。

本日は、めずらしく文章教室も、小説講座も、全クラス講義はお休み。
昼食後、西長堀の中央図書館に寄り、ちょっと調べモノ。夕方、閉館時間まで事務作業をしてから、梅田へ。いつもは野田からJR環状線で大阪駅まで行くのだが、ちょっと気が向いたので阪神電車を利用。阪神の野田からだと梅田まで140円。阪神百貨店の地下で買い物をしてから、梅田のジュンク堂。閉店までウロウロしてから帰宅。

01/27/2007

「ハナシをノベル」を見に行く

1月26日(金)
朝から小説講座の事務所。夕方から外出。

夕方から、中ノ島の「中央公会堂」の地下大会議室へ。「ハナシをノベル」という小説家と落語家のコラボレーションによる新作落語会。今回は、牧野修先生の「百物語」と浅暮三文先生の「動物記」。今回で5回目だそうだが、ずっと土曜日だったので、残念ながら今まで参加できなかった。前回から平日開催ということで、今回、めでたく初参加。平日の方が私には有り難い。土曜日はほぼ毎週、小説講座の講義があるので。生徒さんも参加したくても出席できなかったし。おかげさまで今日は、専攻科や10期生の生徒さんの姿もちらほら。

八天さんの落語ははじめてだけど、落ち着いた感じの声で、個人的にはなかなか好みの声質(ミーハーと言われようと、落語家さんと坊さんは、やっぱ、声が好みじゃないと。ちなみに、わりと「普通っぽい」声が好き)。作家さんの書く落語台本は、なかなか解釈が難しそうな気もするんだけど、面白いイベントで、司会進行役の田中啓文先生の落語家みたいな話しぶりも、個人的にかなりツボ。大きな笑いそうになってしまった。もともと「ゲラ体質」のうえに、周囲と笑いのツボがややズレているので、はじめてのイベントでは迷惑をかけないように注意しないと目立ってしまうのだ。

他の作家さんたちもたくさん参加されていて、次回は3月20日だそう。平日なら、うちの生徒さんたちももっと来るかもしれない。

うちの小説講座は、2年前まで「大阪シナリオ学校」にあったので、私は「演芸台本科」の事務もやっていたのだが、「演芸」の担当をしていると、たまに生徒さんや講師の作品発表会を見に行くこともある。演芸作家志望だから、当然ながら新作落語とか、新作漫才とか、全部「新作」である(漫才で古典ってのはちょっと妙だけど)、とにかく「新作」ばかり。そのせいか今もやっぱり「新作」は好きなのかなあ。ネタおろしの緊張感がなんとも。

それにしても、小説と違って、落語とか、漫才とか、芝居は、演じ方が変わるとかなり違って聞こえるのが面白い。そこが小説や映画と違うところ。芝居も、幕が開けたら役者の世界だったりするんで、そこが面白かったり、こわかったりするんでしょうなあ。ま、見ている側には、ネタがこなれたところでまた味わうという楽しみもあるだろうし、個人的には色んな発見もできたりして、とても面白かった。ぜひ続けて欲しいなあ。

公演後、近くの店の打ち上げに参加させてもらう。深夜、帰宅。

01/26/2007

春の文章教室の時間割は、まだ検討中

1月25日(木)
午後から小説講座の事務所。夕方まであれこれ事務作業。

春からの「第2期ライティング講座」のカリキュラムの再検討など。だいたいは昨年度と同じなのだが、実習時間が増えたので、ちょっと時間割がややこしい。

この「基礎レッスン講座」とか「ライティング講座」などは、初心者向けの「文章教室」なので、「何かモノを書きたい」けど、どうすればいいかわからない、という感じの人も多い。
「自分が書きたいのが、はたして小説なのか、エッセイなのか、よくわからない」
という人がけっこういる。

文章を書きたいという人の多くは、本好きなのだけど、必ずしもそういう人ばかりではない。とくに最近は、ブログやメールを書くうちに「文章を書くのが好きになった」という人も多い。とくに初心者向けのクラスは、あまり本を読んだことがない、という人もけっこう混じっている。「小説が好きで、本はけっこう読んでいました」という人とは限らない。
「本を読まないと文章がうまくならないと聞いたんですが、何を読んでいいかわからなくて」
なんて、相談を受けたりする。

そりゃ、考えようによっては、「ブログをまとめただけの本」というのもそれなりに売れていたりするから、いわゆる本をほとんど読まない、ブログとかメールしか読まない世代に売れる本、というのもこれからは商売としてはけっこう可能性があるのかもしれないけどね。いや、わからないけど。まあ、「金を払ってまで読みたい」と思う文章はそれほど多くないだろうから、それはそれで大変だろうけど。

しかし、「好きに書けばいい」と言っても、他人が読んでもらうとなると、やっぱり「うまい」「まずい」くらいはある。人に食べてもらう「料理」と同じ程度に、うまいヘタの問題はあるはずだし。

だが、自分が何を書きたいか、とか、何が得意かということも、これは色々な物を書いてみて、たくさん書きながらどれが自分に合っているか考えてもらうしかないからなあ。それにしても、文章教室では、入学までは「作家になりたい」と思ってた人でも、「私って、意外とライターが向いているのかな」という人がいたり、けっこう意外な適性が見つかったりするのが面白い。

それにしても、「絵」や「スポーツ」なら、「ある程度、慣れないと、うまくはならない」ってのは誰にでもわかるのに、「文章」だと、なぜか皆そうは思わないのはなんでだろうな。それがちょっと不思議。やってみればわかるのに。やってみれば面白いのになあ。

01/25/2007

妄想、好奇心、小説を書くのに必要なもの

1月24日(水)
午前中、小説講座の事務所。午後から外出。

夕方、京橋で「基礎レッスン講座」の生徒Hさんと待ち合わせ。このクラスは、実習クラスなので、課題は個人ごとに少しずつ違う。今は、この生徒さんを含めて、3人が「映画館の女性支配人」のインタビュー記事に取り組んでいるのだが、書き直した原稿をぜひ見て欲しいということ。雑談ふくめて2時間半ほど、いろいろ話(というか、ほとんど雑談だけど)をする。この生徒さんは、ライティング講座からの進学なんだけど、ものすごく上達されているので、ちょっと驚く。やっぱり書けばうまくなるもので、入学して半年から一年すると急にグンとうまくなる時期があるものだな。彼女は、昨年の4月入学だが、入学当時の作品と較べたら、まさに雲泥の差。

ところで、インタビュー原稿は、いろいろ小さなコツのようなものがあるのだが、とりあえずいろんな原稿を読んで、いくつかのパターンを覚えるのがオススメ。それなりのものはすぐに書けるようになる。もちろんさらに上達するには、また経験がいるだろうけど、それなりはそれなりに書ける。こういう文章は、まずはパターン慣れした方がてっとり早い。

ま、実際に「仕事」となると、インタビューって、アポの取り方とか、「書く」以外のテクニックが重要だったりするけど。文章力もそれなりに必要だけど、それよりは人と話す能力。話すというか、聞き出すわけだから、信頼感を持ってもらえるか、とか。でも、それも慣れかな。

そう言えば、「取材」とか、「インタビュー」は、作家の先生さんたちも、たまにやる人が多いみたいだ。いわゆるインタビューという感じではないけど、作品を書く時に、案外「人に話を聞く」ことも多いらしいのである。作家なんて、一人でじっと部屋にこもって書いてたりするイメージだけど、ずーっと部屋にこもっているかというと、どうもそういうわけでもないみたい。もちろん文献を調べることも多いだろうが、どうも書きたい仕事とか、あることについて専門家に話を聞くとかは、案外やっていたりする。プロの作家さんたちって、わりとマメなのね。

と言っても、作家さんは、もともと自分の興味とか関心をもっている題材を選んで、作品に書くことが多いだろうから、「取材」という意識はないのかもしれないな。ただの好奇心? こういう職業は、仕事と趣味の境界があいまいだろうから、「仕事」という意識はあんまりないのかもしれない。

ところで、「取材」……てなことを言うと、生徒さんの中には
「私は、人づきあいが苦手だから、作家志望なんです。小説を書く仕事につきたいのに、わざわざ取材で人と会って話を聞くなんて面倒ですよ」
という人もいる。ま、そんな大げさなものじゃないし、そりゃ別に無理にする必要はないと思うけど、たまに
「そんなこと、ちょっと調べたり、人に聞けばもっといい作品が書けるのに」
と思ったりすることはあったりするのだ。ちょっと横着すると、結果的に作品がもったいないからな。

たとえば、前にたしか「入院」シーンがある生徒作品があり、それがあまりにも「病院らしく」見えなかったりしたので、
「せっかく同じクラスに、たまたま看護婦さんがいるのに(うちの小説講座は、社会人向けなので、いろんな職業の人がいる)、ちょっとくらい使えそうな話とか聞いてみればいいのに」
ということがあった。作者は、入院などほとんどしたことがない若い人だったらしく、そのせいか全然、病院らしくないのね。でも、それくらいちょっと話を聞いて、使えそうなそれっぽいエピソードくらい書いてれば、全体的にそれっぽく見えるかもしれへんのになあ。

その点、うちの小説講座は、いろんな職業の人がいっぱいだから、それなりに有利と思いますぜ。仲良くしてね。

ま、もちろんそれは「やらなくちゃいけない」とかそういうもんじゃなくて、たぶんその作品を面白くさせるために、ほんの一手間。お料理みたいに、ちょっとした手間をかけてやることによって、ものすごく味がよくなったりするかもしれへんやろ。いや、無理にやらなくちゃいけないことはないけど、たぶん作家としての好奇心があれば。もっとおもしろいネタも拾えるかもしれないし。

そう言えば、ライターさんも、作家さんも、
「もともとは人見知りするタイプなんですよね」
っていう人が多かったりする。だいたい物書きというのは、人づきあいが得意、というよりは、苦手な人の方が多い。でも人づきあいが苦手でも、必要となれば、取材はする。これはたぶん好奇心の強さの問題かもしれないなあ。聞きたい気持ちがあれば、なんとかなるわけで。

そう言えば、小説講座の生徒さんというのは、
「作品に必要な取材はなるべくせずにすむように、『取材をしなくても書けるネタ』を選ぶ」
という傾向が強い。もちろん自分の職業とか、もともと知識が豊富な人で、他の人が知らないようなネタを知っているのなら、その方がラクだし、それでいいと思うけど。
でも、それが「誰でも書けるようなネタ」だとちょっとネタとしては弱いわけで。

ま、『取材をしなくても書けるネタ』が本当にラクに書けるか、はたして他人が読んで面白いかどうかは、やはり別に検討すべきではないかと。

それにしても、モノ書きになるためには、やっぱり好奇心だけはいつも持っていた方がいいと思う。好奇心があれば、とくに仕事じゃなくても、いつもネタになりそうなものは探すし、調べたくなってしまう。たとえ人づきあいが多少は苦手でも、人に聞いたりする時も何とかなるわけで、ライターにしても、作家にしても、「好奇心が強い」というタイプの人がモノ書きには向いているんじゃないかなあ。

「でも、私って、他の人間には、あんまり関心がないんですよね。自分の妄想にしか興味がもてないんです」
なんて思う人もいるのかもしれないけど。

小説を書くうえで、妄想は大事かもしれないけど、「これっぽちも他人に興味がない」ってのも、寂しい。どんな小説でも、たいてい色んな人間が出て来るわけで。
それはそれで小説を書くのは不利な体質だろうし。

あ、妄想だけで、登場人物がまったく出てこない小説、ってのもアリなのかな。


01/24/2007

そろそろ10期も、前期課題の作品提出

1月23日(火)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

あいかわらずの事務作業。
うちは社会人向けの講座なので、講義は週1回しかないのだが、こまごまとした雑用がかなりある。本日も、ひたすら地味で手間な事務作業。丁稚どんたちは、専攻科の作品をせっせと印刷。私は、伝票を整理したり、欠席者へ資料発送したり。10期生には、前期課題の「作品提出表」を送付。昨年度は、前期課題はめでたく全員提出したけど、今年はどうかなあ。

昨年度の9期生は、その後、1名退学したり、病気入院などあったりして後期には少し減ったけど、東京からや名古屋からの通学生など、遠方からの通学生さんたちも、なんとか無事卒業。10期生も、ぜひがんばって欲しいなあ。

よく電話やメールで「通信講座はやってないのですか?」と聞かれるのだが、うちの小説講座には、通信のクラスがない。やってないのである。だから、どうしても近畿圏、とくに大阪の生徒さんが通学に便利なのだが、それでも、東京、名古屋、福井、岡山、兵庫、和歌山、滋賀、奈良、京都…、と遠方から通学される人もけっこういる。

「ライティング講座」は、土曜昼の半年コースだが、「エンターテインメントノベル講座」は、土曜の夜、年35回の一年間だから、家庭や仕事を持っている社会人にはそれなりに負担である。週末をつぶして「勉強」するわけだから、とくに既婚者は、家族の理解がないとなかなか続かない。また、課題を書くにしても、小説を書くというのは思った以上に時間がかかるものだし、とくに初心者のうちはなかなかうまくいかず、つい挫折しやすい。あせらずにがんばってほしいのだが。

とくにうちの小説講座は、一応、プロ作家養成というコンセプトなので、どちらかというと中級者から上級者向け。まったくの初心者にはやや不親切なところがあるらしい。一応、教室実習などもあって、それなりにフォローはしているつもりなのだが、最終的には、やはり生徒さんの問題である。なにせ作品そのものは、家で一人で書かないといけないわけだから。

しかし、正直、たった一年で作品を書いてデビューするというのは難しい。社会人の生徒さんばかりなので、長編を書こうと思うと、どうしたって半年以上かかる人が多い。でも、専攻科に残った人を見る限り、やっぱりちゃんと作品を書いている人は確実にうまくなるもんな。あとは本気でプロになる気があるかないか、という違いはあるけど。

とにかく、10期生は、プロの作家さんに作品指導してもらうのは初めての体験。ホント、今年も全員、前期課題の提出がしてくれればいいんだがな。

01/23/2007

小説とは関係のない休日(ぶたんぽ)

1月22日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。
終日あわただしく、いつもの月曜日。

帰宅途中、今日は、夫の誕生日だったのを思い出し、心斎橋で下車。何を買うべきかまったく思いつかないが、とりあえず閉店時間ぎりぎりのLoftに行く。うちの夫婦は、日頃、配偶者の誕生日なんぞ、大抵ほったらかしだが(むろん結婚記念日も、夫は覚えていない)、実は私、2月上旬、数日ほど一人で旅行に行こうかという下心あり。もし実現すれば、その間の家事や子供の世話をするのは、当然ながら夫である。ここらで、点数を稼いでおかないといけない。

たまたまリビングコーナーにあった「湯たんぽ」と「湯たんぽカバー」が目にとまり、即刻購入。ピンクのブタ型である。商品名「ぶたんぽ」(らしい)。「湯たんぽ」が注目されたのは去年ぐらいからだと思うが、もしかすると今年はあまり売れないのでは。なにせ暖冬である。

おそるおそる持って帰ったら、案外、ウケた。夫は、冷え性なのであった。

01/22/2007

小説とは関係のない休日(映画なブログ〜アメリカ編)

1月21日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

堺三保先生のブログが面白い。堺先生は、今、南カリフォルニア大学大学院映画学部にご留学中(だから昨年は講師に来ていただいたのだけど、当分、講師は無理)。もちろんシナリオライターとして活躍されていたから、まったくのシロウトというわけではないはずだけど、アメリカの映画製作っていうのはやっぱり新天地。40歳過ぎてからの新しい挑戦をされるバイタリティは、もはや「人生の師匠」です。

で、そのドラマチックな毎日がブログに写真つきで掲載されている。いろいろなハプニングなんかもあって、映画好きならきっと興味津々。
http://sampo.cocolog-nifty.com/

01/21/2007

あいかわらず、さわがしい小説講座

1月20日(土)
午後から小説講座の事務所。昼、文章教室(基礎レッスンコース)。
夕方、小説講座。専攻科の講師は、堀晃先生。10期は、高井信先生。

午後の「基礎レッスンコース」は、欠席多し。実習クラスなので、人数が少ない方がラクだけど、欠席している生徒さんが気になる。教室実習中心なので、教室で「むりやり時間内に書かないといけない」から、とりあえず出席している人は、絶対に書かないといけないから何とか書く。初心者の場合、まずは「書く量が足りない」という人が多いので、書くことさえすれば、ある程度、確実にうまくなる。でも、欠席だとその分、やらないわけだからクラス内で徐々に差がついてしまう。休みグセがついちゃったのかな。

「隔週」のクラスの方が、一見、通学にはラクそうに見えるし、その方が無理なく続けられそうに見えるのだが、案外、脱落率はこちらのクラスの方が高い。「毎週」授業があるクラスの方が、教室に来るのが生活習慣の一部になるようで、続きやすいみたい。「書くこと」が習慣になってしまう人がよいようだ。

夕方、「天満橋」に移動して、小説講座の講義。専攻科のクラスは、長編を含む作品指導3編。講師は、ベテランの堀先生。3編とも、ある意味では「微妙」な作品なので、作品指導が難しいと思ったのだけど、

ちなみに「微妙」というのは、いわゆるヘタな作品というわけではない。指導が難しいという意味である。専攻科の作品は、微妙なレベルという感じのものがあるのだった。

堀先生は、穏やかな笑顔で、口調も優しいせいか、生徒さんからも人気が高い。どんな作品をお願いしても、きっちり読んで的確な指導をしてもらえる(だから微妙な作品をついお願いしてしまうのだけど)
小説講座の生徒さんは、あれで意外と(というと失礼か)精神的にかなり繊細な人が多いので、愛情をこめて、論理的に指導してくれる堀先生は安心感があるようだ。先生は、講義が終わってからも生徒さんたちに取り囲まれていた。

10期は、「ショートショートの書き方」で、講師は高井先生。『ショートショートの世界』などの著書もある先生、ショートショートの基本を初心者向けにわかりやすく説明。簡単なクイズなどもあって、楽しい講義。これまでショートショートに関心をもってなかった生徒さんも、興味をもって聞いていたみたい。若い生徒さんは、「ショートショート」という言葉すら知らない世代だったりするので、こういうふうに講義を聞いて興味をもってくれると私もウレシイ。

ただ、ショートショートは短いだけに、見た目は簡単そうでも、書くのはけっこう難しい。けど、いろいろ面白い作品はたくさんあるし、気軽に読める本もたくさん出ているので、もっと読んだり書いたりしてくれるといいな。今年のクラスも初心者が多いのだけど、こういうふうに先生がいろいろ紹介してくれて、興味をもったり、「書いてみたいな」と、またやる気をもってくれる人が出てくれるといいな。

さて、ベテラン講師の先生たちに講義をおまかせして、私はロビーで配布するための資料を揃えたりしてバタバタ。余裕がなくて、講義はあまり聞けず。

講義後、いつもの中華屋で飲み会。10期クラスの「パワフル主婦コンビ」(漫才コンビ?)が、先生の隣の席に座る。あまりの騒がしさの中で、先生が「遭難」してしまわないかと心配になるものの、あまりにも人が多くて、先生に近寄ることもできず。専攻科は2クラス合同、10期クラスもいるから、3クラス分。全員が飲み会に参加するわけではないのだが、どうやら30人以上いる。席が足りなくて、私はテーブルにもつけず。立ち飲み状態。こっちで小説の話題、あっちで、アニメの話題。そっちで映画の話題。さわがしすぎる店内。

別のテーブルに、たまたま知りあいの演芸作家さんたちがいて、そっちの席におじゃまする。数年ぶりに会ったKクンは、私とは、漫才台本の大池ゼミの1期クラスの同級生。彼は立派に漫才作家デビューして、今年の正月の演芸番組でもかけられているらしいのだが、私は漫才は一度もモノにならなかったわ。どうも書き言葉のクセが治らず、演芸作家の大池先生には、「これは話し言葉になってない」と、よく注意されたのだなあ。そう言えば、あれからもう9年ほどたってしまったのか。私は、ぜんぜん進歩なしだけど。あいかわらず人の世話ばかりで、自分は書いてないわ。いや、それが仕事なんだけどさ。
「でも、高見先生の個人レッスンは、ぜひまた参加したいので、先生にお願いしておいてよ、また台本書くから」
と言うと、
「えーっ! まだ漫才あきらめてなかったんですか。マジで?」
と、ゲラゲラ呆れられる。
「あら、もう数年書いてないけど、せめて一回でも舞台にかけてもらうまで、まだあきらめたわけじゃないわよ」
そう、あきらめが悪いのが、私の才能。

01/20/2007

ダイエットと小説の書き方

1月19日(金)
朝から小説講座の事務所。
15時に梅田で、講師の先生と色々相談(いつも貴重なアドバイスありがとうございます)。その後、買い物をして、20時に事務所に戻る。21時半過ぎ、閉館ぎりぎりまで事務作業。

本日締切(消印有効)のコンテストに応募する生徒作品をまとめて送付。団体応募で、とりあえず11編。「基礎レッスン講座」の生徒作品。

このクラスは、昨年の秋から始まったクラス。隔週3時間の実習コースで、他のコースと違って、毎週講義がないので、11月から1月まで、まだ6回しか講義がない。だが、1回目とくらべると、その上達は明らかである。なかなかいい作品ばかり。どうしたんでしょうな。みんなこれまで才能を隠していたのかしらん。

たしかに初心者の場合、作品を書いた経験があまりないから、ちょっと書いてみるだけで、短期間でものすごく上達するものなので、あまり驚くことはない。初心者なら、「文章の書き方」を教えてもらうというよりは、ちょっとしたコツに気がついて、ほんの少しそこに本人が気をつける、という程度で、自然にうまくなるケースが多いから。

要するに「まったく書いた経験がほとんどない」人は、何作か書くだけでうまくなる。「けっこう書いたことがある」人よりも、むしろ簡単にうまくなる。反対に、入学までにけっこうたくさん書いてきた人は、かなり「不思議なクセ」を持っている人が多いようで、慣れるまでに苦戦することもある。まあ、どんなに妙なクセでも、それも個性だから大事なのだけど、よほど読みにくい場合は別だし。

しかし、「専攻科」と同時受講の生徒さんも、けっこう上達しているのが不思議。この生徒さんたちは、現在、専攻科だから、すでに小説講座(エンターテインメントノベル講座)を1年間受講済みなのである。だから、すでに初心者とは言えず、ある程度のレベルにはなっているはずなのだが、それにしてもこの3ヶ月ではっきりと上達が見える。ふーん。文章というのは、やればやるほどどこまでもうまくなるもんなのかしら。

「エンターテインメントノベル講座」は、プロ作家十数人によるレクチャー講座がかなり多いので、制作実習はあまり多くはない。小説専攻科に進学して、プロ志望のクラスに入れば、基本的に無制限で作品指導が受けられるのだが(長編でも可)、専攻科に進学しないと作品指導も「短編まで」である、いくらプロ作家養成と言っても、なかなか1年で長編まで書く、というのは正直、難しい。社会人向けの講座だから、生徒さんが使える時間も限られている。長編は、早い人で半年、遅い人だと一作品に2年くらいかけて作品を書く人が多い。生徒さんによって、制作にかけられる時間が違うから、自分のペースでやれればいいと思うけど、やっぱりある期間、ちゃんと集中して、人に読まれることを意識して書く、というのは大事なことなのだなあ。

しかし、生徒さんでも「年末年始ちゃんとがんばった」人と「しばらく書いてない、ちょっと怠けた」という人と、なぜかはっきりわかるのはナゼかなあ。小説の実力は、一日にしてならず、というか、しばらく怠けてた人は、しばらくぶりに作品を見たら、なぜかわかるもんな。積み重ね、なんかなあ。日頃の努力、の差? とくに年末年始、1月はぐんと違うなあ。なんでかな。

なんか、まるでダイエットみたいな。

01/19/2007

あれこれ雑用などの一日

1月18日(木)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。雑用多し。仕事かたづかず。

映画監督の安田真奈さんの出産祝いを買いに行く。ピンと来るものがなかった。明日、梅田に出る用事があるから、その時についでに買うことにする。

01/18/2007

おしゃべりな機械たち

1月17日(水)
午後から小説講座の事務所。夕方から外出。

長らく「言葉」をしゃべるのは、人間だけだろうと思っていたのだが、最近は人間以外のものも、割とよく話をする。町でよく見かけるのがトラックである。これはかなりイイ事だと思う。トラックが、
「バックしますバックしますバックしますバックします」
などと言う。うるさい、と言う人もあるけど、あちこち町を歩いたり、自転車でうろうろ徘徊するのが好きな私には、あれはなかなか有り難い。「右にまがります」「左にまがります」と言ってくれたりすると、やはりホッとする。死亡事故につながるほどではなくても、左折、右折の巻き込み事故はけっこうあるから。

しかし、
「バックします」
と聞くと、つい「はい、どうぞ」とか、思わず何か小さな声で返事をしてしまうことがある。あれは他人に聞かれるとちょっと恥ずかしい。最近の若い人は、コンビニやスーパーの店員がいくら愛想良く挨拶しても、一言も返事をしないのが普通らしい。それに比べると、やはり私はオバサンである。家の電子レンジにも、「チーン」「はーい」なんて、いちいち返事をしてしている時がある。炊飯器も、炊きあがると「ぴっぴぴー、ぴっぴぴー、ぴぴぴー」と言うのだが、それにも「はーい、ご苦労さま」と返事をしてしまう。洗濯機は、「ぴーぴーーー」である。「はい、はい」である。

電子音だから、言葉ではないのだが、毎日聞いているうちに、どうも言葉に聞こえるのが妙である。機械語なので、人間の言葉に翻訳できないだけで、実際、あれは「言葉」である。

しかし、はっきりと意味のある「言葉」をしゃべる機械と言えば、うちでは「VHS/DVD プレイヤー」である。本当は「Recorder」なのだが、これでタイマー録画することはまずないので、通常は電源を切ったままである。私は一人でビデオを見ることが多いのだが、その時に電源を入れる。電源を入れると、いきなり「HELLO」とディスプレイに一瞬表示される。電源を切る時、「GOOD BYE」と言う。ちょっと妙な気になる。この機械は、一体誰に挨拶してるのだろう。私? まあ、そうなんだろうけど、それだと、なんだかまるで今まで一緒に会ってたかのような言われ方である。二人きりで? いや、私は、機械音が言葉に聞こえるが、機械に人格を認めてはいないのだぞ。いや、さっき見たハリソン・フォードが言っているのかな。それならいいけどさ。

そう言えば、ケータイも、電源を入れたり、切ったりするといちいち似たような挨拶をするのだが、どういうわけかケータイに挨拶されても別に少しもひっかからない。ケータイは、一日中、つねに一緒にいるから「もう知らぬ仲ではない」のである。しかし、ビデオプレーヤーとは他人である。ビデオの俳優とはまるで会ったような気分になったとしても、「ビデオプレーヤー」に会っていた覚えはないんで、いちいち挨拶されるのは、なんだか妙である。冷たいようだが、いままで「アナタ」と会っていた覚えはない。

それなのに電源を切るたびに、「GOOD BYE」と一瞬だけ表示が出る。それまですっかり存在すら認識してなかったのに、それから初めて「存在」に気づく。そして、すぐに消えてしまう。なんだか毎回、妙な感じである。誰かどこかに忘れてるみたいな、なんだかそんな気になる。アナタは誰?

01/17/2007

作品集の印刷もけっこう大変

1月16日(火)
昼から小説講座の事務所。夕方までアレコレ事務作業。

うちの小説講座は、雑用が多い。雑用というとアレだが、こまごまとした事務が多いのだ。しかし、中でも重労働なのが、作品集の印刷。だけど、毎週「丁稚どん」がほとんど「作品集の印刷」をやってくれているので、だいぶ助かっている。さらに先週から手伝いの人がもう一人来てくれることになったのだが、この人がどうにも印刷作業に慣れないようだ。

本日も、丁稚どんの「印刷見習い」をしていたのだが、かなり苦戦。正直、丁稚どん一人だけなら、とっくに終わっていた作業が半分も終わらない。教えながら作業するのは大変である。予想はしていたが、よほど難しいらしい。そんなに難しいかな。

生徒作品は、たとえば手書きの原稿用紙なら、コピー機で2段組にして縮小し、それを両面印刷して中とじ形式にしている。このやり方だと両面印刷なので、ブック形式になるから読みやすいのである(字は小さくなるが、かさばらないから持ち歩きやすい。社会人向けの小説講座だから、通勤途中に読む人も多くて、生徒さんには好評)

たとえば16ページあるとしたら、縦書きだから、まず1ページ目があって、その左横に16ページをつけて印刷し、その裏に2ページが右、15ページが左になるように印刷する。つぎは、3ページが左で、14ページが右。そのうらに4ページが右と13ページが左になるように印刷する。これを繰り返して、まとめて半分の折った形の製本スタイルになる。

最近のコピー機なら「マガジンスタイル」とかいって、原稿をかけたら、この作業を全自動でやってくれる機種もあるのだが、うちの場合、経費削減のため、一枚一枚、印刷しているから(リソグラフ)版組みは、手作業である。16ページくらいならまだわかりやすいのだが、400枚もの長編なんてのもあるから、初心者にはかなりわかりにくいらしい。丁稚どんは慣れているから早いけど。

私はずっと広告屋をしてたから、パンフレットのラフ見本などを作ったりもするし、なんとなく慣れているけど、ちょっとわかりにくいらしい。そんなに難しいものとは思わないので、これくらいそのうち慣れるだろうが。うちは、断裁とかするわけではないので、これ以上複雑なページ割り付けはない。

でも、よく見たら新聞も、みんなこういう形式になってるはずなんだけどな。

ところで、私は、この印刷作業はそれほど嫌いではない。まあ、他の作業が忙しいので、専攻科の作品はほとんど丁稚どんに任せているんだけど、どういうわけか、私は「印刷」というものが好きなのだ。インクのにおいも嫌いではない。どうも「版画」やいわゆる「ハンコ」まで好きらしい。「プリントごっこ」も好きである。コピーは今イチ。で、どうしてなのか考えてみたことがあるのだが、どうやら幼児の頃、住んでいた社宅のすぐ真ん前に「印刷会社」があり、いつも庭で遊びながら(私用に小さな砂場を作ってくれたのである)ずっとフォークリフトを見てたせいではないかと思う。どうやら幼児体験である。大人になって、広告屋になった原因も、もしかしてそれかも。

そういや、高校の時は、「新聞部」だったし。
しかし、いわゆる大人しい文化部という雰囲気ではなくて、一学年20人くらいいる大きなクラブで、「新聞」は「週刊」だったし、文芸部も映画部もなく、小説集も8ミリ映画も、すべて新聞部がつくっていたので、けっこう忙しいクラブだったなあ。8ミリ映画も年に2本は作ってたし。雑誌も作ってたし。部活も毎日あったしなあ。

なにせ新聞自体が「週刊」だったし、印刷された新聞も、全生徒にむりやりでも読んでもらうために、いちいち「配達」していくのである。この「新聞配達」が大変で、放課後、わざわざ全員の机の上に、一枚ずつ配るのである。一学年だけでも500人以上もいる学校だったから、けっこう大変である。最初は、教室でHRの時間に配布してもらっていたのだが、それだとすぐに折りたたんで、鞄に入れてしまって読んでもらえないので、一枚ずつ机の上に置いておき、朝登校した時に読んでもらうことにしたのだった。登校して一時間目がはじまるまでの時間は、けっこう手持ち無沙汰らしいので、これは好評であった。のどかな高校生活、週刊で書かなきゃいけない事件が起きるはずもないので、どうせたわいない記事ばかりなのだが。

しかし、今ふと気がついたのだが、私って、ひょっとして子供の頃から、「似たようなこと」をし続けているのかなあ。少なくとも高校の時から、やってることはあんまり変わってないような。内容はかなり違うけど、けっこう似たようなことやってたりして。

三つ子の魂って、もしかしてこういうこと言うのかなあ。

01/16/2007

小説とは関係のない休日(いつもの月曜日)

1月15日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

事務所はお休みだが、私は、あれこれ、朝から晩までお仕事。11時に外出。帰宅は10時半。
朝、早く起きなくちゃいけないので(今は冬時間なのでかなり遅いのだが、それでも7時は弁当を完成させてないと)11時過ぎには寝るのである。

またパソコンの調子がおかしいので、ネットに接続できず。

01/15/2007

小説とは関係のない休日(巻寿司)

1月14日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

のんびり休日。とは言え、休日でもバタバタと家事を片づけなければいけない私。というか、休日の方が朝から晩まであれこれ忙しいような気も。どういうことなんかなあ。どうして毎日こんなにあわたたしいのだろうなあ。ま、子供が3人もいることだし、仕事をやってる主婦なんて、みんなこんなもんかもしれないけど。

ヒマになったらアレをやろう、ということは、もう数年も前からたまっている。長男を産んで以来、もう十数年くらい。とくに下の双子が産まれてからの、この9年ほどはまたたく間に過ぎていった。そういえば、ちょうど双子が赤ん坊の時にはじまった「エンターテインメントノベル講座」も、ついさっきだったような気がするのだが、あれから9年。結婚生活も、15年か。信じられんな。もしかして誰か別の人がやってたんじゃないのか。『マルコビッチの穴』みたいに。

子供たちが作ってみたいと言うので、久しぶりに「巻寿司」を作ってみる。「かんぴょう」もなかったので、「巻寿司」というより、サラダ巻きである。牛肉のたたき、しめさば、まぐろ、いか。野菜は、かいわれ、レタス、にんじんや大根を浅く塩をしてしぼったもの。ぜんぶ子供たちが巻く。

巻寿司は、実家の父がつくってくれるので、うちではあまり作ったことがない。そういえば、自分で作ったのは、どれくらいぶりだろう。もしかすると、10年ぶりかもしれない。

なるほど、月日がたつのはあっという間である。


01/14/2007

新年最初の小説講座、佳作受賞の生徒さんが挨拶

1月13日(土)
昼から小説講座の事務所。午後は「基礎レッスン講座」、夕方は「小説専攻科」と「第10期」の講義。

新年はじめての講義日。毎年、1月の出席率は必ずしもよくないのだが、今日もやはりかなり低調。基礎レッスン講座も、半数の出席率。どういうわけか知らないけど、1月になると、毎年なぜか出席率がガクンと落ちる。うちの秋開講の講座は、10月下旬開講で、実質的には11月からの講義開始である。だから、開講3ヶ月目、つまりちょうど1月ぐらいになると、まるで「五月病」みたいな症状が出る生徒さんがいるんだよね。うちの講座では、これを「1月病」と呼ぶ。中だるみというか、精神的にちょっとダレるのか、あるいはアセるのか、その理由はちょっとよくわからない。

やっぱり書くことはちょっと面倒だし、いくらプロ作家になりたいと思っても、実際に書いてみたらけっこう地味な作業だし、いろいろなプロ作家の先生たちの講義を聴くうちに
「こりゃ、どうもそう簡単になれるわけではないらしいぞ」
と思ったりするらしい。そんなこんなで、いろいろ疑問を抱えたりして、教室に来なくなる人が増えてくる。ま、たいていの人は、3月くらいには復活するのだが。
「でもとにかく学費を払ったんだから、最後まで通わないと持ったないぞ」
と思ったりするのかもしれないけどね。

いくらなんでも、小説講座や文章講座に入学すれば、何もしなくても「あっという間にうまく書けるようになれる!」と思って入学してくる人はいない……はずだけどね。

さて、本日は、予定していた実習内容を変更して、「NTT西日本コミュニケーション大賞」への応募原稿を書くことに。この賞は、個人でも応募できるのだが、「団体応募」をするとどうやら「参加賞」というのがあり、十作品以上送ったらもれなく3000円の図書券がもらえるらしいのである。「もれなく」ということは、確実にもらえるわけ。もちろん大賞になれば、映像化、賞金50万だが。

だもんで、みんなでまずは「参加賞3000円分」の山分けを目標に。むろん賞金を狙うのも。がぜんやる気を出した生徒の皆さん。19日の締切までに、追加作品も書いて送ってきてくれることになった。女性ばかりのせいか、賞金があるとやる気になるクラスである。なんだか、わかりやすいクラス(笑)

実は、小説講座のクラスでは、もしもプロ志望なのだったら、やたら細かいコンテストばかりに応募して、公募マニアというか、賞金稼ぎになるのもどうか、と言ったりしているのだが
(小さな賞では受賞できても、なかなかプロ作家にはなれない人がなぜか多いからである)、
「ライティング講座」や「基礎レッスン講座」みたいな初心者向けの文章教室では、こうした公募への応募は奨励している。たとえ、数万円でも賞金が手に入ればやる気がでるし、作品を書くきっかけになるから。

夕方からは、「第10期」と「専攻科」の講義。専攻科の作品指導は、五代ゆう先生。指導作品は、あわせて3編。3人ともそれなりにうまいのだが、それなりにやっぱりいくつか問題も抱えていて、講師の先生に指導を受けていた。

専攻科のクラスでは、例のコンテストで「佳作」受賞が決まったMさんが報告をかねてご挨拶。専攻科にいるあいだ、いろいろな先生に指導を受けたのだが、今回の受賞作は、五代先生に指導を受けた作品を手直しして応募したそうで、何はともあれ、大変めでたいことである。Mさんは、しっかり仕事もあって、お子さんもいる忙しい女性なのだが、ここ数年、睡眠時間を削って作品を書いていた。やっぱりがんばった人にはがんばったかいがあったということなのだなあ。私もすごく嬉しい。「佳作」なので、実際に出版できるかどうかわからないそうだが、どうやら「大賞」が「該当作なし」なのだそうで、出版される可能性は高いような気がする。とにかくおめでとう。

第10期のクラスでは、ミステリ作家の小森健太朗先生。「トリックと創作」というテーマで、広くミステリや小説創作の話。「トリック」といえばミステリだが、広い意味での「トリック」はミステリ以外のあらゆるエンターテインメント小説に使われている。だから、こういうテクニックを知っておくのは、どんな小説を書くうえでもかなり有効なのだけど、なぜか今年も欠席者が多い。うちの小説講座は、いろんなジャンルを書きたい人が入学してくるので、
「ミステリなんて読まないし、興味もまったくない」
という人もいる。でも、ミステリを毛嫌いしてまったく読まないというのは、ただの食わずぎらいかもしれないけど、実はかなりもったいない話なんだけどなー。エンターテインメント系の作家志望で、ミステリを一切読まないというのは、まるで
「外科医を目指しているから、内科には一切関心がないのだ」
というか、
「イタリア料理のコックをめざしているから、フランス料理なんてまったく興味ない」
というか。

ま、誰でも好き嫌いはあると思うけど、なんかちょっともったいない気もする。

講義後の飲み会では、めずらしく遅くまでMさんが参加。私や丁稚どんに
「今までありがとうございました」
と何やらプレゼントをくれた。なかなか面白いデザインのカバンである。こんなことしなくていいのになあ。でも、なんだかMさんらしくて面白いけど(この絵柄が)

まだ出版されたわけではないので、今のところ「お祝い」は出せないのだけど、(注:うちの講座では、商業出版をともなう受賞は、デビューとみなして、ちゃんと「お祝い金」がでるのだ。むろん、そうではないいわゆる「小さなコンテスト」での受賞には出ませんのであしからず)
生徒さんが次々デビューして、プロ作家になってくれたら、今度は講師になって教室に戻ってきてもらいたいもんだなあ。数年がかりの「鮭の放流計画」である。
Mさんもしっかり大きくなって帰ってきてね。


01/13/2007

年賀状がまだやってくる

1月12日(金)
朝から小説講座の事務所。

雑用いろいろ。忙しいのだが、専攻科の今月分の提出作品がさほど多くないので、かなり精神的な余裕があったりする。それにしても、これだけの本数しかないと、書き直し訂正をしてもらうのを待つのも難しいなあ。

すでに十日を過ぎたというのに、私の出した年賀状が「宛名ちがい」で何枚か戻ってきた。あわてて出したので、どうも旧住所に出していたらしく、これは私のミスである。それにしても宛先不明で戻ってくるのがずいぶん遅い。今年は、年賀状がだいぶ遅れているらしくて、10日過ぎでもまだバラバラ届く。私は、28日、29日にまとめて出したのだが、それにしても、あれから2週間かかっている。

郵便というのもけっこう信用できないのは知っているのだけど、こんなふうに忘れた頃に帰ってくるとちょっと困る。住所を間違える方が悪いのだが、今から出すのも、えらくマがぬけたことになりそうだしなあ。まあ、今年は今でもまだパラパラと年賀状が届いていたりするから、そんなに目立たないかなあ。

ところで、「ショートショート大賞」というコンテストを毎年実施しているのだが、この結果通知(まあ、ほとんどが落選通知なわけだけど)、昨年から郵便ではなく、メール便で送付している。ところが、けっこう届かずに「宛先不明」で戻ってくる。うちのコンテストは、応募締切から発表までがわずか3〜4週間というスピード審査だから、その間に転居するなんてケースはあまりないと思うのだが、なんでだろうなあ。

皆さんも、せっかくコンテストに応募するなら、とりあえず「自分の住所、電話番号」だけは間違わないように書こうね。

01/12/2007

小説講座の事務もせず、ミナミの本屋に寄る

1月11日(木)
朝、小説講座の事務所。昼から外出。

打合せなどが終わって、心斎橋付近で3時半過ぎ。木曜日はたいてい6時までしか仕事をしないので、急いで戻っても中途半端。ちょっと迷ったが、体調もよくないので、そのまま書店に寄って、直帰することにする。天気がいいので、ぶらぶら歩いていると法善寺のあたり。近くの上方浮世絵館にふらっと寄ってみる。思ってたより展示数は少なくて、個人的には今イチ。また歩いて、にぎやかなNGK(なんばグランド花月。若手芸人とかがよく客引きをしている)の前、大型書店であるジュンク難波店へ。この書店は、正面にNGKがあり、上の階にはワッハ上方(上方演芸資料館)などがある「環境バツグン」の書店である。周囲の土地柄か、お笑い、歌舞伎、映画、演劇関係がけっこう充実。とくに「お笑い」は、入り口近くにちゃんとコーナーがある(よく考えてみれば、ちょっと妙な書店である)。売り場は2〜3階まであるのだけど、最近、レジは全部1階になったので、そのせいか売り場の配置がちょっと変わったようだ。入り口近くに「落語関係」の企画コーナーあり。落語本こんなにたくさん出てるのか。落語ブーム? そういえば、天満の繁盛亭も好調らしいし。そう言えば、落語と言えば、田中啓文先生の『笑酔亭梅寿謎解噺』。
(あ、そういえば、『落下する緑』祝このミス14位。当然ながら、芦辺先生もあれこれ……まあ、芦辺先生は常連なので今さらアレですけど)
(ちなみに、難波ジュンクには、この時期、一階入り口すぐに『このミス』『本ミス』のコーナーがある。そのほかも作家別に並んでいて、講師の先生たちの本を確認するのに便利)

さて、サイフの中は、1万円数千円。それが書店を出る頃には、見事に「紙幣」がゼロになり。わずか700円くらいの小銭だけで店を出る。ピタパがあるから、帰宅の交通費には困らないんだけど、これだから、何万も持ち歩いている時には(ま、滅多にないけど)絶対に書店に近寄れないのよね。サイフにあった金は、あっただけ使っちゃうんだもの。しかし、今日もカードを使う誘惑だけは何とかこらえたので、これだけで済んだだけよかったと思おうっと。けど、今日は4冊しか買ってないのにヘンね。ま、今日はハードカバー4900円が一冊あるのか、仕方ないわね。

5時半過ぎ、店を出て、しばらく歩くと急にクラクラめまいがする。書店で一時間ばかり、ものすごい早さであちこち見て回っていたせいか、ちょっと貧血気味。視力がないので、あまり一気に大量の背表紙を読んでまわると、ワープロを4時間したくらいの眼精疲労になっちゃうのだ。にぎやかな商店街、地下鉄の駅まで座り込むわけにいかず、近くにあったMの字が書かれた看板のあるハンバーガーショップに寄ることにする。よくコマーシャルで「100円あったら来て」と連呼している例のファーストフードショップである。

100円のコーヒーを持って、席にすわったら、横にいるのは背の高い白人男性である。一人でコーヒを飲みながら、新聞など読んでいる。ふーん、なかなかのハンサムだなあ、と、つい見とれていたら、その向こうにいる一人座った中年男性が、でっかい大阪弁で、ハンバーガーを片手に電話で商談をしている。店中、なぜか子供が一人もいない。しかも、一人客がけっこう多い。
「うーむ、同じMでも場所によって、えらい雰囲気が違うんだなあ。住宅地では子供づればかりだもんな。しかし、ビジネス街でもなんだか見ないような人たちだなあ」と思って、その向こうの席をみたら、今度はスカーフをかぶった中年女性の二人づれ。かなりエキゾチックな顔つきで、どうも日本人ではないような。中東あたりのご婦人かしら?

一方、でっかい大阪弁のおっさんはまわりを気にせず電話で長々と話すが、その内容を聞くとはなしに聞いてしまうと、どうやら相手が「上海」らしい。「アホ! いつごろ大阪に届きそうかと聞いとるんや!」と怒鳴ったりするのだが、どうも中国からの何かの船便の荷揚げがあるらしく、日程を聞いているらしい。そういうものをケータイで話すものなのかあ。ファーストフードで。しかし、ふと気がつくと、そう言えば、となりの男性たちもなんだか何語でしゃべっているのかわからない。東南アジアっぽいけど。どこの言葉? どうもたまたまなのかもしれないが、私が座っている席の近くは、どうやら過半数くらいは、日本人じゃないような。うーん。知らん間に、えらいインターナショナルになってしもたんや。いや、ここって、どこだっけ。

と思いながら、白人男性が立ち去ったあと、まだ座っていたら、今度は若い男の子4人組がやってきた。しかし、これがまたどうやらハングルらしい。うーん。あっちは中国語だ。おそるべし、難波のマクド。100円でこんな体験をできるとは。これでもう少し黒人が多ければ、パリかロンドンに行った気分になれるかも。

たまに東京へ行くことがあるのだが、いつも泊まるホテルを決めていないので、その時の気分と経済状態でころころ変える。東京でも、かなり安めのホテルに泊まるとこういう雰囲気だがなあ。歌舞伎町から徒歩2〜3分くらいの、たしか東新宿の方にあるホテルのロビーがいつもこんな感じだったような。
(ところで、東京の新宿は、深夜はけっこう怖いと聞いていたが、オバサンの私がひっかけられる訳もないし、どえらい大阪弁のおっさんがいないだけよっぽどまし。表面的にはミナミの深夜よか)

そういえば、東京生まれの若い「バックパッカー」に、
「大阪って、日本というより、どっか、アジアって感じみたい」
と言われたことがある。海外旅行をほとんどしたことがない私にはその意味はわからないのだが、今日はちょっぴりだけわかった気がする。というか、Mの字のつく店の国際性、というものにちょっと感心したのだった。

01/11/2007

商売繁盛

1月10日(水)
朝から小説講座の事務所。午後、外出。夕方から再び9時頃まで事務作業。

いい天気である。昼すぎ、昼食をかねて、天満橋のエル大阪までのんびりと自転車で教室代払込みに行く。一ヶ月ごとにまとめて現金入金なのである。だいたい前月分をまとめて支払っているのだが、12月の下旬が休みだったので、1月分が遅くなっていたのだった。まあ、早く支払っても割引がないし、前日までに支払えばいいのだった。

帰り道、中央卸売市場のあたりを過ぎて、玉川駅の近くにさしかかると道の両側にたくさんの提灯が。「野田戎」と書いてある。ずっと大阪に住んでいながら、堀川戎か、今宮戎くらいしか知らなかったのだが、野田にも「えべっさん」なのだった。そう言えば、昨日からササもってる人があちこちウロウロしてたなあ。

てなわけで、たまたま通りかかったので、自転車を押して近くまで行ってみる。しかし、考えてみれば、うちの団体は、とくに営利団体ってわけじゃないから、「商売繁盛」ってのは関係ないかもなあ。講師のプロ作家さんたちはとくに「商売繁盛」って感じじゃないけど、でも一応、サービス業だから、先生たちの「商売繁盛」でも祈願しとくかなあ。しかし、講師の先生となると、うちは数十人いるからなあ……。

それにしても、ここの露店のイカヤキ、タコヤキ、タイヤキは、正月の「住吉さん」よりは50〜100円くらい高いみたいだな。商売繁盛の神様だから、やっぱ、そんだけ商売熱心な店が集まっているのかしらん。ジャンボフランクだけは200円で一緒なんだけどな。もしかして明日の「のこりふく」には値下がりするのかしら。

夕方、まとめてブログアップしたり、資料を発送したりして、なんだかんだで9時まで残業。

01/10/2007

専攻科の1月作品締切です

1月9日(火)
午後から小説講座の事務所。専攻科の作品締切。

5日に初出勤したものの、正式には、今日から仕事開始。本日は、専攻科の作品締切があるので、昼すぎ、ちょっと遅めに事務所に入ると、作品を持参してきた専攻科の生徒さんが「作品提出表」をせっせと書いていた。郵便ボックスをのぞくと、やはり何通か封筒あり。しかし、予想よりはかなり少ない。例年、1月は作品提出数が多いのに、予想よりも半分くらいしかない。専攻科は2クラスもあるし、けっこう人数も多いはずなので、ちょっと拍子抜け。こりゃどういうことかな。

「作品数、思ってたよりも、けっこう少ないよ」
と言うと、事務手伝いの丁稚どんが、
「出来の悪いのは返品するって、脅したから、みんな提出に慎重なんじゃないですかね」
と言う。
うーむ。私が「講師指導の前に書き直してもらう」と言ったのが影響したのかしら?

でも、「じゃ、とりあえず書いて出しても、返品してもらってまた書き直せるからいっかー」
って、気楽に出せるってヤツもいるんじゃないのかしらねー。
あ、性格の違いが出るのかな。
もしかすると、うちの生徒さんは、みんな真面目だということでしょうか。

ま、うちの講座は、社会人向けの講座なので、家庭や仕事がある人ばかりで、みんなけっこう年末年始は忙しい。けど、できれば何かコンテストとかの目標をたてて、作品を書かないと時間がたつばかりだからなあ。みんな、そんなに若くもないのだからして(笑)。ね。だって、今から作家デビューしてから十数年以上がんばるとして……さ。

それにしても、専攻科でもまだ書いた本数が少ない人がいるし、こういう人は「まずはとにかくたくさん書くことが大事」なので、実際には、Bクラスでは「書き直し返品」などはなく、ほとんどノーチェックである。もし内容に矛盾があったりしても、書き直し依頼の連絡をすると、書き慣れてない生徒さんにとっては、かなり難しい。だから「書き直せない」なんて人もかなりいるので、こっちもかなり慎重である。つまり「連絡」ができるのは、むしろ「ある程度うまい作品」だけなのだ。だいたい前回も、せいぜい1割くらいなんだけどな。

ただし、生徒さんが「ここちょっとマズイかも」と思っているところは、たいてい「ちょっと」ではなく、まず「間違いなく」ヤバイところだったりする。そういうところはやっぱり自分で直した方がいいかもよ。生徒さんが「これは完璧」と思った作品ですら、わかりにくいところがあるものなので、本人がすでに「ちょっとわかりにくいかなー」と思ったところなんかは、まずわからない可能性が大。

それにしても、専攻科のAクラスは、とくに提出作品数のノルマを決めたわけではないけど、目標は月50枚程度。専攻科の作品締切は2ヶ月おきにあるけど、そろそろ提出がないのは、3月か5月に「長編」ってことなんでしょうか。とくにAクラス。案外、作品提出数が少ないが、こりゃみんな次回に長編出してくるのかなあ。

しかし、まだ本数がない人は、いきなり長編チェレンジするのはリスクが高い。長編一発勝負よりかは、50〜100枚くらいで何本か完成させる方が、将来的に見て、よほど効率がいいような気がするのだけどなー。

最近は、ワープロのせいか、とにかくやたら長いのをだらだら書く人が多いみたいだけど、短編は短編、長編は長編で、それはそれなりに色々なテクニックはいる。しかし、文章力とか構成力というものは、いきなり500枚以上の長編勝負なんてよりは、50枚を10本完成させる方がよほど短期間で上達はするみたいなんだけどなあ。しかし、プロ作家をめざす生徒さんの中には、やたらデビューをあせる傾向があるらしいので(まあ、のんびりしすぎるのもどうかと思うけど)どうしても無理して長編を書きたがる傾向があるのだけどね。でも、どっちみちデビューしたのちも、まるきり長編だけでやっていくというか、短編を避けて通るわけにいかないのが普通なので、そう考えればいくらでもストックがあればあるに越したことはないわけだし。

また、うちの小説講座では、プロの作家さんに作品指導をしてもらうわけだけど、文章やら構成、内容の指導となると、実は、これも50〜100枚くらいの方がどう考えてもわかりやすいのである。指導効率を考えたら、長編よりもよほどメリットが高い。同じ枚数を書いても、作品数が多い分、講師による指導回数も増えるわけだし。生徒さんの場合、短編でも長編でもたいてい同じようなところに欠点があったりするし。

しかし、今年こそは、しっかり何人かはデビューできそうな予感はあるのだが(いや、昨年も、そういう話をしてたけど。今年は、絶対!)
はたして!?

夕方、遅めに事務所を出て、8時に帰宅。夕食を作ってくれると言ってた息子だが、ご飯も炊いてなくて、あまりアテにならず。でも、なんかよくわからない煮物とサラダがあったので、さっとナスのスパゲッティを作ってやり、かなり遅めの夕食。ちょっと疲れたので、たまったブログもアップできず。10時過ぎに早々と就寝。

01/09/2007

小説とは関係のない休日(おこもり3日目)

1月8日(祝日)
小説講座の事務所は、1月8日まで冬休みです。

個人的な事情により、仕事場で朝から晩まで自主軟禁。予定から大幅に遅れていたが、なんとか午前中、最大の難関は突破。かなりの難物で、途中であきらめようかと何度も思ったのだけど、何とかできてよかった。しかし20時間もかかるとは思わなかった。つらかったー。せいぜい10時間ほどでできるかと思ったのに。

さて、予定では、あと2件ほどやらなければならないことがあるのだが、こっちはかなりラク。実際やってみたら、思っていた以上にラクで、残り2件、4時間ずつかかると思っていたら、さらさらと1つ目が2時間で出来た。ホッとしすぎた結果、一気に気力がなくなる。昼からペースダウンして、予定の時間に終わらず。最大の難関が終わったのと、その次がラクだったせいで油断したのだった。でも、なんとか夜9時に完了! やりたいことを予定通りなんとかやりとげたぞ。快感。

私自身は小説を書かないのでわからないんだけど、きっと生徒の皆さんや講師の作家さんたちが、小説作品をなんとか完成させた時の感覚はこんな感じなのかもね。似ているのではないかと思ったり。とは言え、考えてみれば、こりゃ仕事でもないし、何の役にも立たないのだが。

それにしても、こういうことは予定通りにはいかないのが常だけど、やっぱりスケジュール管理は大事だなと痛感したのだった。途中で完成をあきらめそうになっても、あきらめずに続けられたのは、ある程度、これまでの進行を細かくチェックしてたからで、いくら遅れててもあとどのくらいで完成できるかが計算できたからだろうなあ。しかし、こうやって後から進行状況を見てみると、いかに自分に甘く予定を見積もっていたかがよくわかる。反省。これだけできると思っても、無理な予定はやはりできぬのである。時間通りにできないというのは、自分の能力を実力以上に過信しているせいと、状況判断が甘いせいだろう。

しかし、それよりも最後まであきらめないのが一番大事なのだなあ。これは無理かもしれないと思っても、途中であきらめないのがよいのかも。けど、ここまで何時間もかけたものを一度あきらめたら、また何ヶ月も停滞するのがわかっているからなあ。また次の機会がある、などと思っていたら、いつまでなかなかたってもできない。自分で「何が何でも、いついつまでに絶対やる」と決めてないとなかなかできないのだなあ。なかなか難しいものである。

とにかく達成できて嬉しかったので、夜9時頃、映画を見にいっていた夫と双子の娘たちが帰宅するなり(「シャーロットの贈り物」らしい。中1の長男は「ブタには興味ない」と一緒に行かず。忙しい母親に代わって、夕食に野菜炒めを作ってくれた。人参がナマ焼けだったが、味はまあまあ)、
「あきらめんとがんばったら、できることってあるねんで!」
と言ったら、夫に
「えらい急に、子供向け映画みたいに教訓じみたことゆうなあ」
とあきれられ、娘たちには
「じゃ、今度はダイエットも、がんばったら」
と言われる。
そういや、あの「今年はダイエット」と書いた「書き初め」の半紙は、今、キッチンの壁に貼られてしまっているのである。それ、恥ずかしいからやめようよ。
うう、なんだかなあ。

01/08/2007

小説とは関係のない休日(おこもり2日目)

1月7日(日)
小説講座の事務所は、1月8日まで冬休みです。

個人的な事情により、3日間、自宅の仕事場でおこもり。2日目、予定より遅れていて、ややあせるけど、あせっても仕方ない。たまに部屋から出て、トイレとコーヒーをとりに行くのみ。

01/07/2007

小説とは関係のない休日(おこもり1日目)

1月6日(土)
小説講座の事務所は、1月8日まで冬休みです。

個人的な事情により、今日から3日間、自宅の仕事場で軟禁状態。いわゆる「自宅カンヅメ」のようなものだと思っていただければよろしいかと。ただし仕事ではなく、この3日間「自主勉強」である。朝8時すぎに仕事場にこもり、昼の12時〜13時以外は、夜18時まで。夕食後、また2〜3時間。その間、メールも電話も、なるべく出ないことにする。自宅の仕事場にはテレビもステレオもないが(ラジオつきの時計があるけど)ずっとラジオもなし。

しかし、一日十数時間、これだけ集中しても思ったよりさほど進まない。時間はとぶように過ぎていく。まあ、しかし、子供たちが大きくなったおかげで、ほったらかしにしてても勝手に友達と遊びに行っているからラクでいいなあ。休日に一日中、自分のやりたいことができるって、楽しいなあ。双子が小さい間は無理だったもんなあ。息子の出産以来この十数年、こういうことって滅多にできなかったからなあ。ありがたし。

01/06/2007

小説とは関係のない休日(事務所初出勤)

1月5日(木)
小説講座の事務所は、1月8日まで冬休みです。

公式的にはお休みなのだが、今日から大阪NPOプラザが開いているので、午後から出勤。年賀状と郵便物、メールのチェック。1月9日は、専攻科の作品提出の締切日だけど、早めに届いていた作品は一編だけ。せっかく早めに届いたので、かるくナナメ読みしておく。
明日からまた3日ほどお休み。

01/05/2007

小説とは関係のない休日(仕事はじめ)

1月4日(木)
小説講座の事務所は、1月8日までお休みです。

大阪NPOプラザが1月4日まで閉館なので、強制的にお休み。でも、実質的には仕事初め。半日ほど、自宅の仕事場であれこれ。といっても、年末やり残した大掃除というか、書類整理で数時間。

01/04/2007

小説とは関係のない休日(勝尾寺)

1月3日(水)
小説講座の事務所は、1月8日までお休みです。

昨日は、イトコたちと義母の家に泊まった子供たち。朝に帰宅して、毎年恒例の「勝尾寺」参拝にいく。うちは自動車を持たないので、箕面から歩いて登って参拝である。「勝尾寺」参拝は、夫の実家の習慣で、以前は、うちの家族は義弟と義父の車に分乗していたのだが、義父が亡くなったので、うちは正月ハイキングになってしまったのだった。おにぎりを持って「箕面」駅前から出発。

天気がいいので気持ちよく歩いて、「箕面の滝」の前でおやつを食べたり。のんびりしたハイキング&参拝。「勝尾寺」は、あいかわらず、だるまだるま。だるまだらけ。なかなかの人出。夫は、今年も後厄だというので「祈祷」を頼み、しっかり「大護摩」のもくもくした煙にまみれつつ、あれこれ堪能してから、バスで千里中央までもどる。バスの窓から、独身の頃住んでいたアパートが見えた。私は20代の頃、1年ほど箕面の「粟生間谷」に住んでいたことがあるのだった。千里中央でちょっと一休み。家の近くの駅前で食事をしてから帰宅。

01/03/2007

小説とは関係のない休日(のんびり正月)

1月2日(火)
小説講座の事務所は、1月8日までお休みです。

午前中、子供たちが書道の道具を出してきて、みんなで「書き初め」をする。それぞれ何枚か書いたあと、毛筆で「今年の目標」を書くことになり、中1の息子が「早寝早起き」と書く。彼は、学習机の上がいつもぐちゃぐちゃで、しょっちゅう物をなくしているので、
「早寝早起きもいいけど、整理整頓って書いたら?」
「整理整頓は、『とん』の字が習ってないから書かれへんねん」
「『整頓』くらい、教えてあげよか」
「あ、ええねん。この『早寝早起き』で。どっちみちでけへんから」
「どっちみちでけへん……って、『今年の目標』とちゃうんかい」
「ええねんええねん」

小3の双子の娘たち。
妹は、半紙に『家族平和』と書く。双子だが微妙に性格が違っていて、妹の方はわりと几帳面なタイプ。字の書き方も丁寧である。
「それって、願い事? 『今年の目標』を書くんとちゃうの?」
「目標。今年は、兄妹げんかせえへんように」
「ふーん」
おおざっぱな性格の姉は、半紙いっぱいにかなり太い字で、
『元気もりもり』
と書いた。見ているだけで、なんだか笑える。楽しそうな文字である。

「ママも、書いて」と言われ、
さあて、私は何を書こうか、今年は「やりたいことをやる」のが目標だが、この半紙の大きさだと9文字はつらいな、8文字が限度だからなあ、などと思いながら、ほとんど数年ぶりに太筆を持ったら、
「はい、この紙に『今年はダイエット』って書きなさい」
と命令された。他の「目標」は、どうやら認められないらしい。いくらアホでも息子は母親にはけっこう気を使ってくれるのに、9歳の双子の娘たちは、母親にけっこう厳しいのであった。まあ、正月でいくらか増量したのは事実だけど……。

01/02/2007

あけましておめでとうございます

1月1日(月)
小説講座の事務所は、1月8日までお休みです。

今年もよろしくお願いします。
天気もよく、「まるで正月みたいな空」で、ぽかぽか陽気。夫の実家の「雑煮」は、白みそ、丸餅(焼かない)、水菜、人参、こいも。おせちも食べて、鶴見神社で初詣。中1の息子は、アニメ(メジャー)を見るので、初詣は行かないらしい。夫と娘たちを連れて、そのまま近くの「ダイアモンドシティ・リーファ」までぶらぶらと歩いて行く。元旦からなかなかの人混みで、まだ10時過ぎだったのだが、すでにオープンの喧噪が落ち着いたらしい。みんな両手にいっぱいふくらんだ紙袋を持っている。全部「福袋」らしい。なかには、10個以上の袋を抱えて倒れそうな人もいる。そんなにみんな好きなのか「福袋」。ま、楽しそうだけどね。

とか言いながら、子供たちと一緒にウインドーショッピング。どうやらめぼしい「福袋」はすでに売り切れたようだが、雑貨ショップのおもちゃみたいな「福袋」があったので、双子に千円のものを買ってみる。中身は、かわいらしいぬいぐるみにカラフルな雑貨いろいろ。入浴剤とか、クリアファイルとか。大人から見たら、まるでがらくたみたいだが、小3の娘たちには大喜び。ちょうどよかった。パン屋さんでも、なぜか福袋。私は見てるだけで「満腹」した気分だったのが、夫はなぜか気前よく、パンも買い、甘栗のつめ放題。双子の娘たちにも、服を何枚も買う。セーター1枚とトレーナー2枚ずつ(むろん双子だから2倍いるんだけど)。夫は、一つの買い物をするのに時間をかけて、あちこち吟味して買うタイプなので、ちょっとめずらしい。

コーヒーショップで休憩してから、のんびり帰宅。昼には自宅に戻る。うちは両方の実家が近いので、10分もあれば帰省できるわけだが、近所の家はほとんどが郷里に帰っているらしく、子供たちの姿があまりない。夫と息子は昼寝をしてしまったので、双子の娘だけ連れて、3時過ぎに「住吉大社」に行く。双子は「住吉大社」に行くのは初めてなので、せっかくだから路面電車(阪堺電車)に乗って行くことに。正月にチンチン電車に乗って住吉大社に行くのは、そういや私も初めてかも。ちなみに私は子供の頃、大阪天満宮の近くに住んでたから、初詣というのは「天神さん」だったんけど。

案の定、けっこう人は多くて「反橋」のあたりで「渋滞」状態。でも、あちこちの店で「玉子せんべい」やら「回転焼き」があるから、双子はご機嫌である。なぜか「住吉さん」は、全体的にリーズナブルで、「玉子せんべい」200円、回転焼き80円、たいやき100円、ジャンボフランク200円などなど。しっかり買わされて、さらに「お守り」(800円)まで2個買わされた。
「だって可愛いもん、このお守り」
「『お守り』なら、このあいだの那智大社でも買ったはずやろ。三本足のカラスの絵が描いたやつ」
「これは違うもん。勉強用やねん」
「勉強用? ああ、あれは願掛けやったけど、これは学業なんか」
「うん、これはランドセルにかけて使うねん。前のは、スイミング用。スイミング早く1級になりたいから」
「ふーん。学業ねえ」

神頼みもいいけど、そもそも自分の努力がないとダメなんじゃないのかなあ。年末にもらったBとCばかりの「通信簿」を思い出す母親だが、ま、どうせマスコット代わりである。娘たちの小学校では、「ランドセルやカバンにマスコットなどをぶらさげるのは、なるべくやめましょう」と言われているのだが、「安全ブザー」と「お守り」だけはぶらさげてもいいらしい。みんな何か提げてるらしく、「何か」ないと寂しいらしい。

ちなみに、小学生の安全ブザーは、うちの校区では、下校時にしょっちゅう鳴らしながら帰るヤツが頻発してるみたいで、あまり役には立たないみたい。まあ、うちの校区だけじゃなくて、全国的にもそうかもしれないけど。そりゃ子供自身が使い方をまったく知らないとそもそも意味はないのだが、とくに男の子のはあまりにも何度も「試しに使ってみる」ので、たいていの子のはすでに電池がなくなっている。しかし、あまりうるさいので、「せっかく学校からもらったけど、電池がなくなって正直ホッとした」という話を何人かから聞いた。かわいいものがたくさん販売されてるけど、結局ただのマスコット、またはおもちゃ化してるので、そのうちすたれるかもしれないが。

帰宅してから、またもや「おせち」など。なんだかんだで、のんびりした元日であった。

01/01/2007

小説とは関係のない休日(おおみそか)

12月31日(日)
小説講座の事務所は、1月8日までお休みです。

おおみそか。
午前中は、大掃除。「黒豆」を煮ながら片づけをしてたら、ちょっと焦がしかける。午後からは「おせち」に専念。去年より品数は多いが、なるべく手間はかけないようにして量は少なめ。ありがたいことに、数年前まで足手まといだった子供たちがすっかり戦力に。「紅白なます」は、中1の息子に作ってもらう。小3の双子の娘たちも、包丁使いはすっかり慣れたようで、作り方を指示しただけで「たたきごぼう」を作ってくれた。今年は、市販のものをあまり買わなかったので、切って並べただけなのは「かまぼこ」と「かずのこ」くらいだが、それでも20数品目ほどを3時間くらいで作り終えた。なにせ昨年まで一人で作っていたのだが、今年は子供たちが手伝ったから4人がかりである。

どうも最近「おせち」は面倒だし、作らない家が増えているらしいのだけど、私はこういう年越しが好きである。実は、夫の実家でも、正月には「おせち」なんかまったくなかったらしい。でも、私はこれを作らないと正月が迎えられない気がするけど。ちなみに、うちの実家では、毎年、母ではなく父が全部「おせち」を作る。お雑煮も、すべて父が作る。母は、毎年「正月ってのはね、主婦がお休みなのよ」と言っていたのだが、どうせ器用な父の方が圧倒的に料理はうまいのである。

そんなわけで、嫁に行ってもあいかわらず「おせち」にはこだわる私だが、「年越しソバ」なんか食べなくてもとくになくても平気。ところが、夫は「それは絶対にないとダメ」らしい。育った環境によるのかな。しめ縄はなくても平気だが、お鏡はないと寂しいんだとか。まあ、年に一度のことだし、「行事」はなるべく楽しむ主義だから、やれるときはかっちりやる方が好きだけど。

子供たちのおかげで、「おせち」も、夕方5時に完成。私の実家に寄って、うちの「おせち」をおすそわけ。代わりに、父の作った料理を数品もらう。

昨年義父が亡くなってから、大晦日は、一人暮らしの義母の家でみんなで過ごすことにしたので、子供たちと夫が先に出かける。自転車で10分ほどの距離なので、私は残ってかたづけをしてから、ちょっとだけ一眠り。もともと私は、夜11時には就寝する生活スタイルだから(へたすると9時半には寝てる)、夜更けまで起きておこうと思ったら、仮眠が必要。一人遅れて9時に義母の家に到着。年越しソバを食べる。今年も楽しい年の暮れである。


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