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10/31/2006

おしゃれなカフェで小説チェック

10月30日(月)
休日だけど、午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

5時半に専攻科の生徒さんと淀屋橋で待ち合わせて、作品についてイロイロ。11月提出予定の専攻科の作品で、200枚弱の作品だけど、何カ所かストーリーで不明な部分があったから。いわゆる誤字や脱字ではないのだけど、表現上、気になる部分がけっこうある。先日も、電話で一時間半ほど話したのだけど、付箋貼っているところだけで三十数カ所。説明しきれなかったので、直接会って説明することにしたのだ。が、結局、9時半まで。
せっかくのおしゃれなカフェで、魔物がどうのこうの、あーだこーだとまったく不審な二人(笑)

ところで、ファンタジーというのは、たとえ日本語としての表記そのものは間違ってなくても、表現がマズイと、内容がよくわからないということが起こりやすい。たとえば、この作品でも、あるアクションシーンで、ヒーローが刀を抜いて戦うところがあるのだが、そこで急に「星明かりを集めて、刀が光だしたり」する。実は、こういう部分がけっこうわかりにくい。読んでいて、一瞬「エ?」という感じにはなる。

まず、この星明かりにはまったく伏線がない。たしかに、そのちょっと前あたりの文章で、一応、「夜」だとは説明されてはいるのだが、そこで星が光っているとは書かれていない。まあ、夜だからそりゃ晴れてりゃ当然、星ぐらい見えるんだろうが、できればそこは書いておいて欲しいなあ。それよりも、ちょっと困るのが、この「星明かりを集める」ってのが、実際にそうなのか、比喩なのかが、どうもわからないんだよね。前後を読んでもよくわからない。その点を作者に確認すると、それは「星明かりを集めたように見えた」んだそうで、どうやら実際に星明かりを集める能力のある刀ではないらしい。そうか、暗喩か。

しかし、この戦っている相手も、なにせ魔物。しかも刀を持っているヒーロー自身も、ちょうど全身から白っぽい光を発したばかりの状況なのである(この人物は異能者なので、戦いはじめると全身が光ったりする)

こういう話なら、刀だって、ホントに「星明かりエネルギー」とか何かを集めて、魔刀とかに変わっちゃう可能性もなきにしもあらず。いや、私などは、最初てっきりそうだと思って読んでたんだけど、あとでその話が出てこないので、混乱してしまったのだった。そうか、暗喩か。けど、それならやっぱり「星明かりを集めたように」と書いてくれた方がだいぶ親切。リアルな話なら、暗喩だとすぐわかるんだけどファンタジーだもん。

しかし、これくらいなら生徒作品では、けっこうありがち。それより、わからないはずのことをなぜか知っていたり、その登場人物の性格から考えたら「不自然な会話」があったり……とか。本人に理由を聞くと「ああ、そこは書いてないけど、実はこういう設定がありまして……」などという説明をしてくれるのである。うーん、そういう設定があるんなら、ちゃんとどこかに書いといて欲しいんだけど。

一番わからなかったのが、主人公の性格。最初はウジウジした性格、途中から急になぜかサバサバした性格になり、ラストはキャピキャピなのである。ファンタジーの主人公だし、ストーリー上、成長することはあるので、性格も変わることはあるが、しかし、それほど大きく変わるふうには書かれてないし、なんだかよくわからない人物だなあと思って、本人に確認したら
「最初は、サバサバした性格に設定して書いてたんですが、こんな冷たい性格だと、読者に興味を持ってもらえないかなと思って、ストーリーの都合で、最初のシーンはこういう性格に変えたんです」
……なんだとか。

いくらストーリーの都合でも、何もないのに性格がコロコロ変わる人間ってのはいないと思うがなあ。

でも、作品自体はかなり面白く、さらにもっと面白くもなりそうな話なので、かなりもったいない。

ところで今年から、専攻科で提出された作品は、なるべく事前にチェックするとは言ったんだけど、この調子じゃ、どうも真面目に読んで、不明なところをそのたびにチェックしたら、他の作品ももっと付箋だらけになってしまうみたいな気もする。「ここがわからない」と付箋を貼っても、作者本人は何がわからないかがわからなかったりするので、チェックした理由を本人に細かく説明しないとわからないだろうし。しかし、この作品だけで1時間半+4時間。専攻科は、2クラス合わせると40人ほどいる。11月の締切には一斉提出。うーむ。こりゃ、全部を細かくチェックするのは、無理かもしれないなあ。さてさて。量にもよるけど、何かいい方法を考えないといけないなあ。

小説とは関係のない休日(大阪府立中央図書館、カルフール)

10月29日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

昨日、無事に「入学式&受賞式」が終わったので、気分的にものんびりした休日。朝から、子供たちも父親に連れられて、須磨に魚釣りにでかけて留守。午前中いろいろ家事。午後からのんびりと自転車を走らせて、東大阪の「大阪府立中央図書館」へ。電車などの交通は少々不便なのだが、そのせいかいつも空いているので、割と過ごしやすい図書館である。蔵書数も多く、席も多いし。

天気のいい日曜で、座席に座っている人もまばら。時々、空中庭園で休憩などをして、閉館ギリギリまで、いろいろ調べモノ。今日は5時閉館である。図書館を出て、向かいのカルフールでお買い物。ここに来ると、カルフールブランドのオリーブ油とか、オイルサーディンとか、輸入食材を買いこむのがいつもの習慣。またけっこう買い込んでしまう。

夕食は、乾燥ひじきなどを使って炊き込みご飯、豆腐と豚肉と糸蒟蒻の炊き合わせ、鮭の唐辛子醤油ヅケと大根の胡麻炒め、ナスと鶏肉のガーリックトマト煮。帰宅途中の別の店で、安いカブラを大量に買ったので、昆布とスルメをキッチンばさみで刻み、浅漬けを作る。こっちの食べごろは明日以降。

が、家族はなかなか帰らず。一人で食事を済ませ、のんびり大河ドラマを見てたら、8時半過ぎになってやっと帰宅。息子が、わざわざ用意してあげた昼食を自分のリュックに入れ忘れたらしく、腹ぺこで家まで持たなかったらしい。梅田で食べて帰ったんだとか。どうせ今日は一日がかりで家族あわせて、中くらいの2匹だけ。やはり到底オカズには足らないのだった。

楽しい第10期入学式&第8回ショートショート大賞受賞式

10月28日(土)
朝から小説講座の事務所。昼から、基礎レッスン講座の入学説明会。夕方は、入学式&大阪ショートショート大賞受賞式。

午前中から、バタバタと事務作業。配布物や賞状を用意したり、花束を予約したり、けっこう大変。来るはずの丁稚どんが、1時になっても来ないので、ちょっとアセる。印刷物いろいろ。1時20分から基礎レッスン講座の入学説明。夕方、ギリギリまで作業を続け、天満橋のエル大阪に移動。

6時半より、小説講座「エンターテインメントノベル講座入学式」および「大阪ショートショート大賞受賞式」の合同実施。6時半から40分ほど受賞式&選評。今年は、大賞は該当作なし、入選作1作、佳作1作。

もう一人の選考委員の高井信先生は残念ながらご欠席だが、選考委員の堀晃先生からは、今回の選評をご説明いただく。受賞者のうち、奈良在住の入選者が出席。もう一人の受賞者、佳作受賞者は、東京在住なので本日は欠席。一般見学も何人か参加されて、受賞式を実施。

そのあとは、そのまま「エンターテインメントノベル講座」の入学式。今年で9年目の小説講座。10期生、専攻科2クラスが参加。ただし欠席者も多く、参加者は40人ほど。専攻科は、何年か継続している生徒さんもけっこういるので、何度目かの入学式を受けている人もいたり。今年の10期入学生は、なぜか女性比率が高い。うちの講座は、20代〜50代と年齢もバラバラ。男女比も、不思議なぐらいずっと半々だったのだが、今年の入学生だけ、なぜか女性比率が高いクラス。ちょっとめずらしい。でも、なかなか面白そうな人がいっぱい。11月11日から第1回講義だけど、すごく楽しみ。

入学式の後、バタバタと事務、現金入金の処理など。会場の片付けなどをしている間に、慣れた専攻科の生徒さんたちは、先にさっさと中華屋へ。
そのままワイワイと飲みながら、夜遅くまで談笑。専攻科に進学した9期卒業生たちが、先日の小旅行の写真を見せてくれたり。今年の専攻科は、人数も多い。時代小説、ファンタジーなどを書く人もけっこう増えてきたようで、公募の意見交換やオススメ本の紹介などをしたり。

今年も一年間、皆さんがんばってくださいまし。

10/28/2006

一日千秋の調査続報

またまた「一日千秋」に関する調査報告で〜す! 
(一日千秋は、なぜ「千の秋か」という調査の続報です。何のこっちゃわからない人は過去ログを探してみてね。興味のない人は、トバしてちょ)

専攻科のYさんから、下記の調査報告が提出されました!
さすがYさん! スゴイ。
(しかし、これだけで、何かのテーマになりそうな……)

○またまた一日千秋

中国の方々に「采葛(さいかつ)」の詩を見せ、なぜここで秋という言葉が使われているか聞いてみました。

A:三秋という言葉はあるが、三春、三夏、三冬という言葉はない。

B:三秋の秋はここでは年の意味。次の連で三歳という言葉が出てくるので、同じ言葉を使うのを避けるために三秋とした。

C:三秋の秋はここでは季節の意味。三秋は三番目の季節。つまり秋のこと。この詩人は三という言葉にこだわっているので秋を三秋といった。

D:秋は何かを慕う切ない感情を持っている語なので、この詩人は秋という言葉を使った。

ここで「采葛」の詩を全文乗せておきたいと思います。

采葛

彼采葛兮 
一日不見 
如三月兮

彼采簫兮
一日不見
如三秋兮

彼采艾兮
一日不見
如三歳兮

読み下し
かのかつをとらん
いちじつあはざれば
さんげつのごとし

かのしょうをとらん
いちじつあはざれば
さんしゅうのごとし

かのがいをとらん
いちじつあはざれば
さんさいのごとし

通釈
あそこにクズを採ってきます(と口実に)。(出かけてみたが彼はいない)一日会えないだけで、まるで三ヶ月のように感じます。
あそこにカワラヨモギを採ってきます。(と口実に)。(出かけてみたが彼はいない)一日会えないだけで、まるで秋を三度重ねたように感じます。
あそこにヨモギを採ってきます。(と口実に)。(出かけてみたが彼はいない)一日会えないだけで、まるで三年ように感じます。
(以上明治書院版。読み下しはどの漢字かはわかると思いますので、すべてひらがなにました。)

押韻は一連は葛と兮、二連は簫と秋、三連は艾と歳

さて、A説については、この詩がとても中国最古の詩集に採られていますので、三秋という言葉自体がこの詩から広まったと考えられますので、他の三春とかとくらべるのは、無理があるような気がします。B説は韻の関係もあるし、可能性はあると思います。C説も否定はできないように思います。
D説。B説C説も否定はできませんが、このD説が一番説得力があると思いました。実際この詩からは一日三月、一日三歳という言葉を採ることも可能だったのですが、その中で三秋が選ばれたということは、秋の持つ切なさが人を待ち遠しく思う気持ちと共鳴し合い、「一日三秋」ということわざとして残ったのではないでしょうか。つまり一日三春、とか一日三夏とかでは人の心にひびかず、ことわざとして残らなかったかもしれません。
と、私はそれなりに「秋」でなけることに納得したような気がします。

次になぜ「一日三秋」が「一日千秋」になったか。まず中国の方の意見。
A:一日千秋ということばは聞いたことがない。
B:一日三秋の誇張として一日千秋というのはありえる。
C:一日三秋も一日千秋もどちらもいう。
と、反応はばらばらでした。なぜ千秋になったかは結論は出ません。
その後さらに辞書を調べましたが、「日本大辞典 言泉」(昭和56年、誠進社)には
「一日千秋【句】條前の語(「一日三秋」のこと)を強めていへるもの。」という記述がありました。
また小学館の「日本国語大辞典」第2版(2000年)には両方の用例が載っていて、
一日三秋は
「本朝文粋」(1060)、
「浮世草子」(1717)、
「講談本・万世百物語」(1751)があげられ、
一日千秋は
「落語・花見趣向」(1897)、
「近世紀聞」(1875−1881)、
「或る女」(1919)
があげられています。
また「落語・花見趣向」のもととなった「花暦八笑人」(1820)には一日三秋という記述も、一日千秋という記述もありません。

一辞書の用例だけで断定はできませんが、推測として、昔は(ひょっとして漢文文化がまだしっかり残っていた頃までは)原典の「一日三秋」だったものが、しだいに独立し、強調され、わかりやすい「一日千秋」になったのではないでしょうか。つまり「一日千秋」は明治期にできた言葉ではないでしょうか。
ちなみに「千秋」という言葉自体は中国にもあるそうです。ただそれは「万古千秋」あるいは「千秋万古」と使われる、といっていました。

これからは、何か本を読むときに一日三秋、あるいは一日千秋が出てきたら、その本の成立年をチェックし、この語の変遷を追っていきたいと思います。

もとは小学校のことわざ表にあったと聞きましたが、こうして調べてみると、教科書をつくる人は「一日三秋」という言葉を普及させるべきではないでしょうか。民間伝承なら、自然に変化していくのもやむをえないと思いますが、出典が詩である以上、子供たちには正しい言葉を教えたいと思うのですが。

最後に「一刻千秋」は中国人には完全にまちがっているように聞こえるようでした。また機会があればこの言葉がどこから生まれたのか調べてみたいと思います。

明日は、入学式です

10月27日(金)
朝から小説講座の事務所。あいかわらずの事務作業。
明日は入学式なので、なんだかんだで、めちゃくちゃ忙しい。

夜、夫も息子も不在で、双子の娘たちと過ごす。

本日のお料理
ハッシュドビーフふわふわオムライス添え、ミニトマトとカブのサラダ。
(オムライスは、よくかき混ぜた卵にミルクを入れて、ふわふわにバターで焼く)

10/27/2006

小説における漢字の使い分け

10月26日(木)
朝から小説講座の事務所。夕方まで事務作業いろいろ。
専攻科のNくん来て、学費入金。ちょっと雑談。

生徒さんから、預かっている作品が数本。もうすぐ入学式なので、あわてて読んでチェックをする。うちの小説講座では、本来、作品指導は二十人近くいる「プロ作家」の講師のうち誰かが指導するものなので、基本的には私が指導するわけではないのだが、今年は、漢字の間違いとか、誤字脱字が多いものは講師指導の前にチェックすることにしたから、しっかり読んで報告しなくてはいけないのだ。

しかし、誤字というよりは、違うところが気になる場合もけっこう多い。日本語としては間違いがない表現でも、細かくみると、なぜそう書かれているのかよくわからない表現ってのがあったりする。登場人物が突然わけのわからない行動をとるとか。状況がよくわからないシーンとか。たぶん書かれてないが、作者にはわかっている何かがあるのだろうけど。

ところで、小説とか、文章を書く時、初心者の人が、最初にひっかかるものの一つが「漢字の使い分け」というものらしい。

一般に「漢字の使い分け」というと、「見る」「診る」「観る」「看る」みたいな、同音異義語の使い分けを連想される人が多いらしい。むろんそれもあるのだが、実際は、そう単純な問題ではない。まあ、これはけっこう奥が深い問題なのである。

小説講座や文章教室に入学した生徒さんたちに、
「漢字の使い分けに注意してくださいね」
と注意することがあるのだが、そういうと、
「私は、ちゃんと辞書もひいてますし、間違った表現はないはずです。日本語くらいちゃんと書けます!」
などと、ちょっとムッとされる人がたまにいる。だが、それはちょっと違うのである。

たしかに「辞書さえひけば、正しい表記ができる」というのは、ある程度は正しい。でも文章表現というのは自由度が高いものなので、正しい表記といっても、ただ一つだけとは限らない。「正しい」と「正しくない」の間に、まあ、どっちでもいい、という表記もけっこうある。そもそも「正解」というのは、算数の問題とは違うんだから、かなりあいまいである。表記については、その辞書によって考え方も違う。また、何を「平仮名」にして、何を「漢字」にすればいいか、というのは、また別問題である。たいていの辞書には、そのための解答までは書かれていない。単純に正しい表記が適した表記、とは限らないのだ。ややこしいけど。

「表記の統一」と言えば、典型的な例が「新聞」である。
各新聞社で「用語集」というものがあり、朝日新聞とか、毎日新聞とか、大きな新聞社などは書店でも市販されているから、誰でも買うことができるので、見比べてみればわかる。これでも新聞社によっても、表記方法は異なっている。たとえば、今、私の目の前に、毎日新聞社と共同通信社(こっちは市販されてないかもしれない)の用語集があるんだけど、たぶん詳細にあれこれ調べれば、いろいろと表記方法が違うハズである(今どこが違うか調べようと思ったが、面倒だからやめた。誰かよければ見比べてみてください)

つまり、漢字の使い分け、というのは、意外と複雑で、「正しい」「正しくない」というのはいくらかあるのだけど、「どっちも正しい。だから、どちらでもいい」というのもけっこう多いのである。

雑誌になると、これがまたもっと違う。私は、もともとフリーのコピーライターだが、たまには雑誌のインタビューの仕事などもやる。で、ある雑誌社ではじめて仕事をするようになると、どういう表記を基準にしているのか、前もって聞いておくことも多い。もちろんエッセイだとか、評論とか、いわゆる文芸コーナーは別なのだが、インタビュー記事など、いわゆる普通の記事は、雑誌ごとに編集部である程度、表記を統一していることが多いのだ。まあ、記事によっては、文体そのものも先に決められて統一されていることも多いから、それくらいは当然なのだが。

で、「うちは、基本は毎日新聞の用語集を使ってて、辞書は岩波」などと言ったりして、ある程度、何かしら決まっている場合も多い。でも、さらに単位とか、それぞれの表記とかは、雑誌ごとにまた別に決まっていることが多い。

情報誌などでよくあるのが、「グラム」ではなく「g」と表記するとか、「メートル」ではなく、「m」で表記するとか(情報誌は、文字数が限られているので、短くすることが多い)、あるいはレストランなどの紹介記事だと、たとえば「野菜は、カタカナで、調味料はできるだけ漢字、肉も漢字、魚はカタカナ、などというふうに決められている。

つまり、その場合、キュウリはキュウリで、きゅうりでも胡瓜でもなく、ニンジンはニンジンで、人参ではなく、豚肉は豚肉で、ポークでもブタ肉でもない。マグロはマグロで、鮪ではなく、タイもタイで、決して鯛ではない。醤油は醤油、味噌は味噌で、決してミソでもみそでもなく、オリーブ油はオリーブ油で、オリーブオイルではない。胡麻油は胡麻油。月桂樹の葉は……たぶん洋食だろうからローリエでいいと思うけど。

さて、こういうふうに細かく決められているのは、書き手にとってはちょっと面倒である。ただし、雑誌の場合、デスクとか編集者が、漢字の統一などを勝手に直してしまうことも多い。だから「編集者がどうせ直すだろう」とあまり表記を気にせず原稿を納品するライターもいるようだ。まあ、フリーランスのライターは、あっちこっちの雑誌の仕事を同時並行でやる人が多いから、いちいち合わせるのが難しいというものあるけど。私は、書き直されるのは最小限にしたいタイプなので、気を使う方かもしれない。

けど、漢字の統一は大事である。雑誌を読む読者にとっては、その方がすっきりしてわかりやすいし、ライターが複数いる場合、雑誌内で決めておかないと校正段階で混乱するのである。

その点、「広告」ならほとんど自由である。こういう表記をしてください、という基準はたいていまったくない。だから何を漢字にしてもいいし、何をどう書いてもいいわけなのだが、実際的には、あまり漢字を多用すると読みにくくなるから、広告記事の多くは、いわゆる雑誌よりは漢字の密度はかなり少ない。雑誌の広告なんか、パッと一瞬の勝負で、ものすごいスピードでサッと読んでもらうくらいのリーダビリティがいるので、ちょっとでも読みにくい表現はなるべく使わないことが多いのである。

もともと広告屋だったせいで、私は、今でも漢字の使い方にはやや消極的(?)である。たとえば些細なことだが、「些細な」という漢字でさえ、使うのに「躊躇」する。広告文なら、たとえルビをつけたとしても、おそらく「躊躇」などという漢字を使ったりするわけはなく、たとえば「複雑」でさえ、普通の文章ならそれほど複雑そうに見えないだろうけど、それでも、できれば「複雑」よりは「難しい」方がいい、と考える。できれば「むずかしい」がいいかもしれない。もちろん「優しい人」よりは「やさしい人」が好きだし、「嬉しい」よりも「うれしい」とか「ウレシイ」なんて方が嬉しかったりする。「微妙」も、かなりビミョーである。もちろん全部ひらがなやカタカナにするわけではない。高級マンションの広告とか、新婚旅行とか、ちょっとロマンチックな広告なら、わざと漢字を使ったりすることもある。「優美な佇まい」「華麗なる空間、荘厳なる座敷牢」とか(どんなんだ一体)。
ま、キャッチコピーの場合は、リーダビリティよりは、デザインされた字面の印象の方が重要だったりするのだが。

一般に、コピーでもタテ書きなら、漢字の割合が多くても読みやすいのだが、雑誌広告の場合、案外、ヨコ書きの場合も多いのだ。で、ボディコピーはできるだけ文節は短くして、漢字の量も減らす。とにかく雑誌をパラパラとめくって、ボーッとしてるような人にも読みやすく、である。

つまり「漢字の使い分け」というのは、書く分野やその文章の目的、読者対象などによって、かなり違うのである。子供向けなんかだと、読める漢字の数も違うし。

もちろん小説やエッセイみたいな文芸になると、たいていは作者の判断によるのだが、実際、何をどう表記すればいいか、というのは、それぞれの作品によるのである。たとえば、ライトノベルと大人向けの本格的な時代小説なんかだと、読み手も、読むスタイルもだいぶ違うので、漢字の使い方もかなり違うだろう。その作品によって、何をどう書くべきかがそれぞれ違うので、表記は変わるのである。こういうのは、同じ作者でも、作品やジャンルによって、微妙に使い分けていることが多い。「ショートショート」などの短い文章を書くのと長編で書くのとは、よく観察すると、同じ作者でも「文体」がちょっと違っている場合が多いんだけど、さらによく見ると「漢字の使い分け」も少し違ってたりする。

一人称のボクだって、ボクと僕とぼく。かなり印象が違う。小説の場合、それによって全体的な印象も違ってくる。

そんなわけで、「漢字の使い分け」は、そう簡単には済ませられない複雑な問題を含んでいる。ややこしいことはややこしい。だが、日本語で文章を書く場合には、ちょっと避けられないものなのでもある。ただ、ここにはまた文章上達のコツのようなものもあって、よく考えてみれば、面白いもんなのである。だから「面倒くさい」とか「もう適当で」とか言わずに、むしろちょっと楽しんでみるという感じで、少しこだわってみるといいんじゃないかな。

一字一字を積み重ねて、文章は作られていく。小説は、誰も知らない世界、体験したこともない世界へ、まったく別の他人を連れて行く。だから、文章を紡ぎ上げていくには、それくらいの注意をやっておくのもあたりまえじゃないのかなと思うのだ。

ところで、私には、生まれてまだ半年たらず甥っ子がいるのだが、彼の名前は「しょうたろう」と言う。「咲太郎」と書くらしい。しかし、まだ慣れてないので、ショータローという音を聞くたびに、なぜか私の頭は「正太郎」、あるいは「笑太郎」と漢字変換をしてしまうのだ。いや、ホント。

ほんまに、漢字の使い分けというのは、難しいものだなあ。

うちの娘たちなどは、
「なあなあ、あの赤ちゃん。ほら、ショウちゃんの名前って、あれ、コータローやったっけ、セータローやったっけ?」
と言う。
いやどう考えても、それは違うやろ。

ま、一歳の誕生日までには、そのうち慣れるだろう。

10/26/2006

映画『幸福のスイッチ』、夜の住宅地を走るバス

10月25日(水)
朝から小説講座の事務所。
あいかわらず、入学式&小説コンテスト授賞式の準備など。
今日もまた入学願書一通。週末には入学式なんだけど、なんかギリギリまで申込があるみたいだな。まあ、毎年、なぜかそうなんだけど。

今年で9年目の小説講座「10期生」だが、昨年の生徒数にかなり近くなってきた。「基礎レッスン講座」のクラスは少ないんだけど、専攻科の学内モニターの追加が少しはある気もするので、人数が読めない。何人か参加くれるとうれしいんだがなあ。実習中心のコースは開講するのもはじめてだから、できれば何人かのモニターが必要。けっこう楽しいカリキュラムを予定してるんだがなあ。ま、少人数で楽しくやれればいいけどね。

さて、本日は、子供たちの参観日。昼まで事務所で仕事をし、あわてて昼食もとらずに外出。それなのに電話がかかってきたので、事務所を出るのが遅れ、電車を乗り過ごしたりして、なんだかんだで小学校に着いたのはすでに終わったあとだった。ふえ〜。

3年生の教室へ行くと「ママ〜! もう終わったでえ。ちゃんと来なあかんやろ!」といきなり言われた。しくしく。けど、案外、ニコニコとしている。あらかじめ「仕事が忙しいから、もしかしたら行けないかも」と言っていたので、もともとさほど期待もしてなかったようだ。
「もおええから、ママはまた仕事に行ったら? 私ら、友達のお母さんたちと一緒に帰る約束してんねん」と言われた。参観の終了後にクラス懇談会があるのだが、それが終わるまで、校庭で他の友達と遊んでいたいらしい。うーむ。しっかり自立したお子様たちである。双子の娘たちは、いつも二人でいるせいか、どうも親離れが早い。

仕方ないので、また事務所に戻る。片道1時間、往復2時間のロスタイム。忙しい時期なので、ちょっと情けない。うーん。忙しい時ほど、ちゃんと5分前励行。気をつけるべし。

6時頃まで作業をしてから、事務所を出る。今日はテアトル梅田へ。映画『幸福のスイッチ』を見に行く。シナリオ学校でお世話になった安田真奈監督の作品である。なにせ忙しいので今日しか見に行くことができない。

この映画館は、60人ほどの小さな映画館なのだが、たまたまレディース割引の日だったせいか、整理券は55番目。予告編開始の25分前に着いたけど、一番前のド真ん中の席で見るハメに。作品は、安田作品らしい、ほのぼのしたとてもいい作品。くすくす笑いも時々チラホラ。個人的には、配役がおもしろく、田舎の電器屋のオヤジ役の沢田研二も、妙にツボにハマって面白かった。関西弁が似合うててよろしいわあ。ロビーで、舞台となった和歌山県田辺市の名産品(みかんジュースとか)がいろいろ売られているところもなかなかローカルでええ感じ。

映画が終わってから、紀伊国屋書店で、うろうろと10時頃まで。かなり大量に本を買ったので、久しぶりにバスで帰ることに。うちは、梅田からバス一本で帰れるのだが、地下鉄の方が早く帰れるから、最近はあまり使わない。でも、地下鉄の駅よりは、バス停の方がだいぶ家から近いし、窓の外の景色が見えるから、ホントは地下鉄よりバスが好き。バスに乗ると、いろんな景色がゆっくり見えるので、私は地方などに行っても、タクシーなんかでサッと目的地まで行くんじゃなくて、なるべくならバスを使いたい方である(金銭的な都合もあるが)。自転車を走らせるのも好きなのは、町の風景をゆっくり見ることができるからだが、バスから見るのが一番。細かくいろんなことに気がつくのである。

ちなみに、あまり知られてないことだが、大阪市内には、もともと古くからゾーンバスというのがあったりして(大阪のバス路線には、幹線と支線がある)、高度なバス路線があるので有名。6年ほど前からは、100円で乗れる赤バス(巡回バス)も加わってきて、さらに便利。この赤バスは、現在は20路線以上。こうした巡回するタイプのバスは、いわゆる「コミュニティバス」というらしいんだけど、10年くらい前から流行りだして、武蔵野市の「ムーバス」とか東京の港区(だと思う)「ちぃばす」とかが有名だが、いまは全国あちこちにあり、大阪市の赤バスもそのひとつ。

赤バスの特徴は、市バスや地下鉄との丁寧な連携。早い話、大阪の地下鉄、市バス、赤バスなどは、全部、民営ではなくて、市営なのである。つまり、市バスはどこまで乗っても200円均一。さらにどこで乗り継いでも、90分以内なら無料。地下鉄との継続なら、100円でバスに乗れる。さらに「赤バス」も連携しているから、全部乗り継げる。おそろしくきめ細かいネットワーク。ま、民営化されてないからの便利さかもしれないけど。

私の自宅近くまで走るこのバス路線は、蒲生四丁目の交差点までは、一号線を走る。夜は、とくに景色がいろいろ変わって楽しい。太融寺とか、南森町とか、造幣局の前を通過し、銀橋(桜宮橋)の上からライトアップされた大阪城が見えるあたりも大好きだし。京橋の駅前付近のゴチャゴチャした雰囲気も好き。それにしても、なんだか大阪の京橋は、東京の神田の駅によく似た雰囲気があるなあ。サラリーマン御用達の飲み屋とか立ち食いが多いとことか。まあ、大阪はうどんで、東京はソバだけど。城北川をまたぐ今福大橋のあたりは、ゲームセンターとかスーパーとかパチンコ店とかマンションが並び、華やかな住宅街の風景に変わって、また面白いんだよね。

帰宅して、夜12時半頃まで、持ち帰りの仕事をする。朝6時前には起きなくてはいけないんで、12時がタイムリミット。

10/25/2006

小説講座の入学式と授賞式の準備中

10月24日(火)
朝から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。
今日も、入学申込書が1通。今週末の入学式とコンテスト授賞式の準備など。
(小説講座「エンターテインメントノベル講座」と文章教室「基礎レッスン講座」は、入学式まで、申込延長。ライティング講座は、受付終了)

NHKの朝ドラ「芋たこなんきん」は、どうやら今週は「少女編」のようである。このドラマは「回想編」というか、ドラマの中に過去の回想ドラマ(作中ドラマ)が何度か並行して登場するというちょっと変わった形式のドラマらしい。だから、たぶん今週いっぱいは、主役の2人はこのまま週末まで酒を飲んで、ずっと回想しているだけなんだろう。でも「少女編」は、レトロな雰囲気でけっこう楽しみだったりするから、私はその方が嬉しいんだけど。藤山直美さんは、安心感があって面白いのだけど、やっぱり少女編の方がいろいろ色気があるし、朝ドラならではの「妙にレトロな少女キャラ」が何とも言えず。

午後から丁稚どんが来て、「落選通知」発送のお手伝い。丁稚どんは、実は、ワイン販売のプロでもあって、今日はそっちの仕事がらみの展示会なのだが、その帰りにわざわざ手伝いに寄ってくれたのだった。なにせ今週は、猫の手も借りたいほど私が忙しいので、ちょっと無理言って頼んだのである。しかし、ワインの展示会と言えば、試飲。私ならとっくにベロベロ状態なのだが、多少、酒の臭いを漂わせながらも、しっかりと何百通もある封筒にメール便のシールを貼っていく。さすが、酒にお強い人は違う。本日なんとか無事発送。助かりました。

夕方、Oさんが来館。文章教室のカリキュラムなど、雑談いろいろ。


小説とは関係のない休日(双子の実験場)

10月23日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

朝、玄関の横のオリーブに「一個だけ実がなっている」と娘たちに教えてもらう。たしかに一個だけである。オリーブという木は、自家受粉しないみたいで、二本植えないといけないようだが、1本だけ鉢植えなので、実はならないものだと思っていた。ちょこんと1個だけの実がなっていて、ちょっと面白い。

玄関の両脇には、オリーブと月桂樹の鉢植えを置いている。毎日、すぐ近くを通るわけだから、たぶん目には入っているのだろうが、しげしげと観察することは滅多にない。そんなヒマがあるのは、うちでは、たぶん小3の双子の娘だけである。

ところで、彼女たちは、せまい庭の片隅に小さな棚を作り、プラスチックの容器などを並べていて、そこを「実験場」と呼んでいる。

そこには、数十本の割り箸だとか、ヒモだとか、プラスチックのスプーンだとか、せんたくばさみだとか、たくさんのビンづめなどが並べられている。ビンの中には、枯れた葉っぱだとか、ドングリとか、花びらだとか、あるいは、ティッシュを水でぬらしたものを団子状に固めたもの(これを何に使うのかは謎)とか、何やらあやしげなものも色々入っている。

その場所では、二人はよく頭を寄せ合って、花びらをしぼって色水を作ったり、虫を観察したり、何やら色々やっている。たいていは「実験」だが、時々「お店ごっこ」をすることもあるらしい。ちょっと見ただけでは違いがよくわからない。「見たらわかるやろ」と言われるのだが、そんなものはわからない。よく聞けば、どうも1人か2人で遊ぶときは「実験」で、3人以上になると「お店屋さんごっこ」になるようだ。なるほど「ごっこ遊び」は、シミュレーションというか、ロールプレイングだから、できたら3人は欲しいものらしい。

見た目では、「ままごと」とあまり変わらないのだが、「ままごとなんか、しない」そうだ。どうも、小3の女の子たちになると、そんな「子供っぽい」ことはしないらしい。彼女たちは、「実験」が大好きなので、休日などは一日中、2人でずっとごちゃごちゃやっている。何をやっているのか気になって、たまにのぞいてみると、ニコニコ笑いながら、何やら赤色の水をかき混ぜていたりする(どこかから拾って集めてきた花びらから抽出するそうだ)。

我が子たちながら、何だかちょいと奇妙な風景である。なにせ見た目がそっくりの双子の娘だからかもしれないが。

ところで、今日、夜10時すぎに帰宅すると、夫が自分の部屋で、DVDを見ていた。ゲラゲラ笑いながら、一体、何を見ているのだろうと部屋をのぞいたら、私がだいぶ前に買った『毒薬と老嬢』のDVDであった。フランク・キャプラ監督のブラックコメディで、身寄りのない老人をニコニコと何人も殺している姉妹のオバサンたちが出てくる映画。相当にブラックなギャグが連発で、けっこうナイスなストーリー。人殺しを趣味にしている楽しいオバサン2人がトボけた感じで、まるで楽しいお料理みたいに毒薬を調合したというセリフが出てきたり、とっても可愛らしかったりするのである

それで、なんとなく気がついた。双子の娘が頭を並べて、ニコニコと楽しそうに色水を作っている光景が、なんで時々、私にはちょっぴり妙に見えるのか。

まだ8歳だから「老嬢」になるには、あと数十年もかかるんだけどなあ。

小説講座なのに殺人事件もなく、山荘から帰宅

10月22日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。小説講座の生徒さんたちの小旅行に同行中。

昨夜、山の中のログハウスで、ビールを飲んで、そのまんま夜遅くまでおしゃべり。
小説講座の専攻科の生徒さんたちは、社会人ばかりなので、20代から50代の男女混成。

酔っぱらってる私は、アホな話を色々。せっかく山荘だから、みんな殺してしまおうよ、とか。もちろん「そういう小説を書いたらどうか」という話ですが。ミステリやホラーだったら、こういう場合は、たいてい連続殺人が起きるものなのである。まあ、このメンバ−が登場人物なんだったら、そういうパターンなら、まずUさんが第一の犠牲者だ、とか。Uさんは、50代の男性(建築関係の仕事をしてるらしい)。記念すべき最初の殺人だから、異様さをもりあげてもらわないといけない。だから、死体もそれなりに目立つグロな死体で。明るくて、おやじギャグ連発のUさんにはふさわしい重要な役割。

てな、アホな話をしてることも知らずに、テーブル横ですっかり酔って毛布をかぶって寝てるUさん。その横で早くも寝てるハンサムで知的な雰囲気を漂わせる20代後半のAさん(実は、高校教師)が、「名探偵役」ということでめでたく全員すんなり一致。専攻科のクラスで一二をあらそう美女(誰と争っているのか不明だけど)である20代後半の美女Sさんは、本来ならヒロイン役、なんなら真犯人でもよさそうなんだけど、これまた横ですでに寝てしまっているので、やっぱり、先に「死んでもらう」ことにして、第2の犠牲者ということに。最年少のNくんは、これもすでに酔っぱらって寝ているから、第3の犠牲者。

などと、酔っぱらって先に寝た連中を勝手に「犠牲者」にして、連続殺人を考えたり。せっかくだから、死体も「見立て」と、アホな「見立て殺人」を考える。第一の犠牲者は、布団で半分に巻かれており、第2の犠牲者の死体の上には、黄色い花が大量に散らばっている。で、最初はこれらが何の「みたて」かわからないのだが、第3の死体の周囲になぜかキュウリがぐるっと置かれており、顔にはべったり何か塗られているのである。そして、その液体はゴマの香りが……そこで、ようやく名探偵が見抜くのである。「もしかして、犯人は死体を『中華料理』に見立てようとしているのではないか!?」、つまり、それはバンバンジー。もちろん、第一の死体は、餃子。2番目の美しい死体は、実は、天津飯だったのである。こんなナイスなお話なのだが、考えた連中はみんな誰も書きたくないそうだから、誰でも書いていいよ。はい。配役も、犯人の動機も、すでに全部用意できてます。

で、泊まっているのが9人だから、こういう場合、ミステリならせめて4〜5人は殺されてほしいけど、あとの「料理」は何がいいかな、とか。そんなアホな話ばかりして、夜が更ける。あとは、親父ギャグに見立てた死体が連続して見つかる「だじゃれ山荘殺人事件」とか。なんかめちゃくちゃ面白い話だったような気がして、私はゲラゲラ笑ってたのだが、なにせ深夜の酔っぱらいなので、朝起きたら、詳しい内容は忘れてた。

そんなわけで寝たのは遅かったのだが、みな朝起きるのは早い。7時過ぎには起きてくる。朝もやの中、露に濡れる山の木々。ここのいい所は、バーベキューも、食材から道具まで全部貸し出してくれて、おしゃれなレストランも併設されているところ。朝食は、このレストランで準備されている。テントなどもあるが、風呂も近くにあって、めちゃくちゃラクなキャンプ場なのである。まあ、なにせ駅から10分くらいなので、山の中といってもかなり便利。実は、連続殺人なんぞにはまったく向いてない環境である。

朝食を食べて、裏山にハイキングにいきたかったのだけど、Nくんが持ってきた短編「ほがらか3」の第3稿をチェックしてたら10時になる。最寄り駅「柏原」まではタクシーで10分だが、やはりローカル駅だから電車は1時間に1本。ちょうど10分前に出たところで、次の電車は50分後。駅舎の喫茶店で皆でお茶。メニューには、フレーバーティ「丹波味」というのがあって、たぶんこれは黒豆味だろう、いや、もしかしてイノシシ味じゃあるまいか、という話をしてたら答えは「マロンフレーバーの紅茶」なのであった。そうか、丹波栗か。

帰りに私は「篠山」に寄りたかったのだけど、その駅に着いた時点ですでに昼。ここまでは単線で、どのみち乗り換え駅なのだけど、篠山の観光スポットは駅からかなり離れているので、この時間からの観光はちょっとツライ。どうせ家には持ち帰りの仕事もあるしなあ。昨日のマスト登りで、緊張したのか、なぜかちょっと肩も痛いんだよね。そのまま電車に乗り、神戸の元町へ古本を見に行くメンバーと別れて、大阪駅へ。昼食をとってから、少し買い物をして帰宅。

小説講座の9期生の何人かも、本日は卒業旅行に行ってるみたいだけど、みんな無事に帰ったかな。

10/24/2006

帆船「あこがれ」から、海王丸を見る

10月21日(土)
小説講座の事務所は、本日、お休みです。

毎週、土曜の夜は「小説講座<エンタ−テインメントノベル講座>」の講義があるんだけど、入学式は来週なので、今週はお休み。年に数回しかない貴重な土曜日の休み。私はこれを利用して、今日の昼は「海」、夜は「山」である。

朝、9時半に大阪港。今日は、大阪市のセイル・トレーニング船の帆船「あこがれ」一日体験である。水の都・大阪市は、自治体にしてはめずらしく帆船をもっているのである。日本丸や海王丸にくらべると、少し小さめだが、東回りで世界一周もやっている立派な帆船。3本マストのトップスルスクーナー。しかも、この船は、自治体のトレーニング船で、一般の人が誰でも(障害がある人や高齢者でも)、申し込みさえすればカンタンに乗れるのだ。

ただし、大阪市は最近、何かと無駄づかいだとか言われているようで、新聞などを読むと、どうも「あこがれ」も来年か再来年、もうすぐ手放さないといけないみたいな雰囲気である。私はずっと前から乗りたいと思っていたので、あわてて申し込んだのだった。1泊2日や2泊3日、5泊6日から13泊14日まで、いろんなコースがあるのだが、手っとり早く入門型の一日体験に参加してみた。

乗船は10時で、16時に下船。その間、大阪湾を航海しながら、班に分かれて、船内見学をしたり、みんなでロープをひっぱったり。市民募集の体験コースだから、小学4年から高齢者まで、いろんな人が混じって乗っている。

私の班も、小学4年の男の子2人、定年後のおじさん3人、中年のオバサンが私を含めて3人、それと私が連れてきたうちの息子(中1)という混合チーム。小学4年の男の子2人は、一緒に参加したわけではないのだが、たまたまなぜか揃って「船マニア」で、船内の説明をしてくれるボランティアに「ボク知ってる!」「あ、それもボク知ってる!」と大はしゃぎ。おじさんの一人は、『菱垣廻船』にも仕事で乗ったという、やたら帆船に詳しい人。この船、今は「なにわの海の時空館」に飾られているのだが、実際に海を走らせたことがあるのである。さらに、もう一人のオバサンも、ちょっとめずらしいくらい帆船が大好きという中年女性(主婦らしい)。たまたまなんだろうけど、すっかり船好きが揃い、なんだか他の班に比べて、やたらテンションの高いグループなのであった。

さて、今日の天気は、これ以上ないくらいのきれいな青空。秋晴れで、風もほどほど。気温も快適。大阪湾からは、神戸港、遠くの方には明石大橋が見える。ランチタイムには、カレーライスとサラダ。船内で食べてもいいのだが、さわやかな秋風に吹かれながらデッキで食べるのが楽しい。昼食後は、デッキに寝転がってお昼寝。海図などを見せてもらったり。船内では、スタッフの人が、「もうすぐ修学旅行の学生さんと屋久島に行くので」と紀伊水道の潮流の速さを調べていた。「あこがれ」は、速度が「自転車みたいに」とても遅い船なので、海峡などを通るときは時刻に注意しなくてはいけないらしい。「前に失敗して、船の上をみたら、一時間ぐらいずっと明石大橋、ってことがありましたからね」と笑っていた。

さて、一日体験のハイライトは、マスト登り。体験者は、バウかマストか、希望すれば、どちらかに登らせてもらえるのである。(むろん登りたくない人は見学してていい)。私は、もちろんマスト登りを希望。やっぱ、帆船は、海賊映画でもみなマストに登るもんね。3グループに分かれて、私のグループはフォアマスト。一人ずつ登る。上の方だけは、少し逆向きの傾斜があるので、綱をつけてもらえるのだが、そこまでは綱もなし。緊張して、ちょっと怖くなったのだけど、4年生の男の子や定年後のおじさん、おばさん連中もみな登っているので、覚悟を決める。登っている途中で下を見たら、やっぱりかなり高い。やっとのことで、三日月みたいな部分(トップボード)まで登る(ここは正確にいうと、まだマストのてっぺんではなくて、中間部分だけど、一日体験コースはここまでしか登れない)

ようやくマストの上で立って、まわりを見渡してたら、スタッフの人が、
「あっ。あそこに見えるのって、『海王丸』じゃないかなあ」
と言う。
「え?」
と指さす方向を探してみたら、堺のコンビナートの向こう側に白い帆船らしきものが小さく見える。
「たぶん海王丸だよ。今日、堺に来るらしいし」
と教えてくれる。ここからは、ものすごく遠くに見えるのだけど、たしかに海王丸である。くっきりと白い帆が見える。おお!

「あこがれ」も可愛くてステキな帆船だけど、やっぱり海王丸は素敵だなあ。なにせ世界最速級の大型帆船。そういえば、かつて私が生まれて初めて見た帆船というのが、「海王丸」なのだ。ただし、今の海王丸は2世で、1984年生まれのハズなので、その前の「海王丸」なんだけど。その時、乗っていた訓練生と話をして、それからしばらく文通なんかしてたこともあったっけなあ。そういや、はじめてもらったエアメールってのも、その人からのものだった。そういや中高生の時は、けっこう帆船が好きで、模型を作ったり絵を描いたりしてたんだった。二十年前か。すっかり忘れていたけど、やっぱり私にとって帆船と言えば、海王丸が一番思い出深いのだ。

しかし、遠目にも、白い帆が綺麗だ。さすがに「海の貴婦人」である。

それにしても、生まれて初めて登った帆船「あこがれ」のマストの上から、たまたま『海王丸』が見えるとは! しかも海王丸は、たぶんセイルドリル中! 空は、きれいな秋晴れ。雲ひとつないようないい天気。ああ、ホントに私って超ラッキー!

マストから降りてから、デッキからもう一度、持参した双眼鏡で、海王丸を見る。
デッキで並んで見ていた船に詳しいおじさんが
「海王丸って、一昨年、台風で座礁して心配してたけど、ちゃんと修理したんだよなあ」
と言う。
「あそこって、堺の港ですよね。やっぱり、大きいですね。白い帆が綺麗ですよね」
「うん。たしか全長もこの船の倍くらいあるんだよね」

そんな話をしながら、4時の下船まで、すっかり帆船を堪能。なかなか感動的な一日体験でした。

そのあと、地下鉄で帰る息子と別れ、私は大阪駅へ。海から戻って、今度は山へいく。
JRの福知山行きの電車で1時間半。「柏原」駅よりタクシーで10分。7時に、山の中のログハウスの前で、ちょうどバーベキューをしている小説専攻科の生徒さんたちと合流。着いた途端、ビールをついでもらって、焼き肉を食べる。
海から山へ、幸福な休日である。

ゆらゆらと大阪の街

10月20日(金)
午後から小説講座の事務所。夜9時半過ぎ、大阪NPOプラザの閉館時刻ギリギリまで残業。

「大阪ショートショート大賞」の落選通知の準備など。入選作、佳作以外には、すべて落選通知を出さないといけない。ちなみに受賞者には、すでに電話連絡済み。毎年、コンテストの授賞式と「エンターテインメントノベル講座」の入学式を合同で実施する。合同実施なのは、授賞式だけやる予算がないからである。そんなわけで、コンテスト締切日から二週間で予選が終わり、そのあと一週間以内には当選者が発表。かなりスピーディな選考である。その分、忙しいのだ。

今日は天気がよく、朝、自宅から自転車で来たので、夜の大阪の街をぶらぶらとそのまま自転車をこいで帰る。ありふれたシティサイクルだけど、一応、6段変速はついているので、のんびりと街を走るには最適。福島区の吉野にある事務所から、大阪中央卸売市場のあたりを抜けて、夜の大阪のビジネス街を西から東へ。ビルの灯りが黒曜石のような川面に落ちて、なかなか美しい風景。淀屋橋を抜けて、大阪城の見える寝屋川橋を走る。大阪の川は、たぷたぷしているところが好きである(大阪平野は、もともとは生駒の麓まで干潮域なくらいで、潮位によってはけっこうたぷたぷするのである)。

なにせこのへんはビジネス街だから、昼間は人も多くゴミゴミしているんだけど、夜は川がけっこういい雰囲気。私は、ちょっとゴツゴツしたアーチ橋、しゃれた斜張橋、レトロな桁橋など、橋を見るのもけっこう好き。そして、ゆらゆら黒い川面が、不気味で素敵。自宅まで1時間くらい道のりをゆっくりと楽しみながら、自転車を走らせて帰る。いつも思うけど、こんな夜の風景がけっこう好きである。

10/20/2006

秋ふかし、隣は何をする人ぞ

10月19日(木)
昼から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

本日も天気よし。週末に出かける予定ので、新聞の天気図などをいつもよりちょっと真剣に見る。

隣の家の庭にある金木犀の花びらが、うちの庭にいっぱい落ちてくる。隣の家は空き家である。この家は娘さんが自殺をしてからずっと誰も住んでないのだが、なんだかんだで買い手もつかないらしい。どのみち古家なので、むろん家は取り壊すだろうが。不動産屋さんがうろうろしているのはよく見るのだけど、まだ売れてないようだ。こういう土地を嫌う人は多いのかもしれない。転売を重ねたりしたら、もしかすると知らずに買ったりするかもしれないけど、隣近所は何年も住んでいる人ばかりだから、いつかは知れることだろうしなあ。

そういえば昔、実家の近くに、ご主人が焼身自殺をした家というのがあった。三十年も前の話だけど。そこはすぐ取り壊してしまって、新しい家を建てて、別の家族が住んだのだが、なぜか一年ほどですぐに引っ越してしまった。そのあともなかなか人が居着かない。ずっと空き家だったのだが、つい二年前にまた取り壊して、またまたきれいな家が建ったのだが、その家族もなぜか半年で引っ越して、今また空き家になったらしい。賃貸でもないだろうに、なんでそんなに早く引っ越すのかな。もしかして、いまだに幽霊とか出るのかな。

しかし、古い住宅地には、なぜか住む家族が次々引っ越していくという「いわくつきの家」があったりするものらしい。実家の近所は、おばあちゃん連中の井戸端会議ネットワークがすごいので、すごいウワサがとびかっているらしいけど、くわしい信憑性はわからない。同じ区画の建て売り住宅なのに、「幸福そうな家」と「何度か転売されても、なぜかたまたま不幸続きの家」というのはあったりするのかもしれない。偶然なのか宿命なのかは知らないけどね。

その隣の庭の世話をしていたおばあさんも、孫娘さんを追うようにして、数ヶ月後に亡くなってしまったので、それ以来、となりの家の庭木の世話をする人はいない。近所のおばあさんたちが見かねて、たまに水ぐらいはあげているらしいけど。しかし、あれから何年もたつのに、庭木というのは案外強いものらしい。先週まで、金木犀がすごい香りをたてていた。

金木犀の隣に植えている蜜柑の木にも大きな実がなっていた。空き家だから誰もとる人がおらず、去年も落ちるにまかせていた。実家の母が言うには、蜜柑は、実がたくさんなる「あたり年」と実があまりつかない「はずれ年」があって、交互にやってくるものだそうだ(母の実家は、蜜柑とタバコ農家である)。今年はどうやら「あたり年」らしい。世話をしてないから、葉も虫に食われてボロボロなのに、大きな実を一生懸命にたくさんつけている。あまりにも大きな実が落ちてもったいないから、うちの子供たちが時々、勝手にとって食べている。

うちの庭には、子供たちが植えた朝顔の鉢。夏に大きな花を咲かせたのだが、今はすっかり枯れかけている。けど、まだ青い葉が少しついていて、なんだか抜いてしまうのが可哀想でそのままにしていたら、隣の家の金木犀の花がパラパラとかかっている。もうすぐ冬が来る光景だと思うと、なんとなくせつないような気になる。庭先のプランターも、夏に植えたナスやトマト、ニガウリなどはもう抜いてしまったから、ガランと土を見せたままである。

中学生の息子の学校では、今週で衣替え期間が終了し、すっかり学ラン姿になった。双子の娘たちは、紺色のベストに名札をつけてゆく。そうして毎日、少しずつ寒くなってくる。

10/19/2006

小説講座の、ちょっと怪しい集団

10月18日(水)
朝から小説講座の事務所。

いつものように、コツコツ事務作業。
来月開講の小説講座やら、ショートショート大賞など、問い合せメールなど数件。

さて、今週末の土曜日は、専攻科の生徒さんたちの某グループ(7期卒業生)がミニ旅行だそうだ。この秋に卒業した9期生たちも、たまたま同じ日にそろって別のところに卒業旅行らしい。どうやら、どっちも山の中のロッジ。

うちの小説講座は、ほとんど社会人。20代〜50代アップとけっこういい歳をした男女である。しかし、周囲にはどういう集団か、たぶんさっぱりわからんはずなので、さぞかし怪しい集団だろうなあ。

なにせ「文学談義」をしたとしても、うちの講座は、娯楽小説が中心だから、いわゆる真面目に、ゲド戦記だの、ハリーポッターだの、宇宙ステーションだの、異界の怪物だの、やっぱり戦国時代じゃ信長が一番、いや面白いのはやっぱ幕末、なんかいい殺人方法はないかな、できれば毒殺、そうそう、こういうキャラだとどんな拳銃がいいかしら……などなど、間違いなく一般人にはよくわからない話題ばかり。これほど怪しい集団はないかも。

そんでもって、これだけ妙麗(?)の男女が入り混じっている割に、一度も「浮いたウワサ」がない。たった一つもあったためしがないんだよなあ。いやはや、どういうことなんだろう。いや、なんか当然っていう気もしますが(笑)。
これでも、小説講座も、すでに9年目になるんだけどなあ。

山と言えば、今朝、テレビで、ハイキングに出かけた家族4人が行方不明というニュースを見る。「事故に巻き込まれた可能性もあると見て、捜索をはじめた」……という話なのだけど、ただの道迷いなんじゃないのかなあと思う。

関東圏だから私は行ったことがない山だけど、大阪でいうとたぶん金剛山みたいな有名な山のはずである。ハイキングの本には、いわゆる初心者向けとして載っているようなところだ。もう3日目なんだったら、捜索も仕方ないだろうけど、このところ関東も天候がいいようだし、まだ真冬でもないから、凍死の心配はないだろうし(夕方、発見されたという速報を見た)

ところで、低い山というのは、実は、道にたいへん迷いやすいものなのである。

私も、ブラブラと低い山に遊びに行ったりするんだけど、何度も行った山ですら、ちょっといつもと違う道を使うと、たびたび道に迷ってしまう。低い山というのは、ハイキングの道があちこちに何本も通っているので、もともと道がわかりにくいものなのである。植生にしても、真冬はともかく、春から秋にかけて見通しが悪い広葉樹がこんもり茂っていることが多い。尾根沿いを歩いても、眺望はあまり開けない。とくに谷道になると、さらに道が入り組んでいたりして、方向がわかりにくいものなのである。先日、私がでかけた「生駒縦走コース」みたいなわかりやすい道でさえ(尾根沿いに自動車道がすぐ横に並行に走っていて、めちゃくちゃ安全な道なのである)、実は、曲がるところを1〜2ヶ所間違えて、何度か少し戻っている。

私は、重装備の登山が苦手で、「お山登り」といっても、「登山」というより、せいぜい「ハイキング」である。また、もともとピークハンター(数多くの山の山頂に到達するための登山をする人のこと。たまに蔑称に使う人もいるけど、たいていこっちの方がエライ。百名山制覇する人もいる)ではなくて、同じ低山ばかり行く完全無欠のワンダラー(山の中をうろうろするタイプ)である。まあ、どっちみち大阪には1000mを越える高い山がほぼないせいもあるけど(金剛山も、山頂部分は奈良だし)

それでも、急にふと思い立って山に遊びに行く。といっても、地図とコンパスがないと、どんな低い山でも私は怖くて登れない。(ま、私はどんな町中でも地図は持って行きたいタイプだが)。だって、実際かなり迷うのである。
私の「お散歩用リュックサック」には、地図が数枚(20万分の1:山の上からの眺望に便利だから大阪全域分、2万5千分の1:これはその都度、その地域のを持って行く、5万分の1:これは大阪東部のみ、電車の路線図)が入っている。あとはコンパス、懐中電灯、雨具、フィールドノート……なども、たいていいつも入れっぱなしだから、タオルと水筒と食料を持てば、それなりには歩ける。

それでも秋は、日が暮れるのが思ったよりも早い。とくに初秋は、昼はまだ暑かったりするから油断する。夕方はつるべ落としでスコンと暗くなって、けっこう冷えるのだ。かなり危険である。先日も、3時から鳴川峠を下り始めたら、下に着く頃にはかなり暗かった。そもそも普通のハイキングでは、「2時には下山しておく」というのが基準である。それはわかっているのだが、3時からでも1時間で降りられるはずだと思っていた。それでも駅までは70〜80分ほどかかったし、「思っていたよりも、ずっと早く暗くなるな」と思ったものである。

だいたい、ぴったり瓢箪山稲荷のすぐそばに降りられず、南に300Mほどはずれた道で出てしまっていた。地図を持っていても、これくらいは迷う。まあ、あのあたりは道を一本迷っても、どうせハイキング道はいっぱいあるから、それくらい別にまあいいのだが、こんなふうに地図もコンパスも持っていても、山道というのはけっこう迷うものなのである。

で、こんな私の経験だが、やっぱり山道は、上り道よりも「下り道」で迷う。上り道は、まあ、まずあまり迷わない。上りは、途中で道が交差してても、たいてい合流してくるだけで、あまり分かれ道になっていない。こうして登ったら、頂上から山を下らないといけないのだが、その登った道を反対に戻る場合はあまり迷わない。が、実際には、登ったのとは違う道を降りるルートを使うことがけっこうある。

上り道は、登らないといけないから、迷ったら面倒と考えて、交差地点ごとに割とマメに確認をする。また山道には、尾根を歩く道と谷筋の道があるが、上りは尾根沿いを歩くことが多い。尾根は、見通しがよいので、方向を間違う恐れは少ない。

ところが下り道だと、やたら分岐する道も多く、しかも下り道だからこちらが油断していて、いちいち確認をしない。気がつくと予定した道とは違っている。さらに、そこでちょっと迷ったかなと思っても、反対に道を引き返して、登って元の道に戻るのが面倒なのである。だから、さらにどんどん進んでしまう。すると、そのうち日が暮れてくる。

山に慣れた人から教えてもらったことだが、「ちょっとでも迷ったと気づいたら、面倒でもとにかく元の道まで戻ること。元の道もわからなくなったら、とにかく上へ、尾根の方に登ること。さらにできれば万一に備えて、夜間の山歩きにも慣れておくこと」

しかし、なんつーか、こういうのって、どこか「人生」とか、はたまた「小説づくり」にも似てるかのような気も。

この週末はめずらしく授業もないので、私は、専攻科の方の旅行に同行予定。(ま、あそこの裏山は、たしか100mくらいの山だけど)

昼は、ちょっと自転車で遠出して、中央卸売市場のむこうのイタリア料理店「プロシオン」でランチ。海老とおくらのパスタ、スープ、サラダ、珈琲つき。夕食は、白身魚フライ、カボチャのオリーブ炒め(ガーリック風味)


10/18/2006

小説は、一度プリントしてみてね

10月17日(火)
昼から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。
丁稚どんが来て、ショートショート大賞の住所データの打ち込みなど。

小説講座の生徒さんから、一編、作品提出されてきた。専攻科の生徒さんである。専攻科の作品締切は、11月の第2火曜だから、かなり早い提出だ。
このあいだの講義後、私が教室で、
「今年度から、専攻科の作品は、誤字や脱字が多いものは、指導にまわしませんから、こちらでチェックして書き直してもらう可能性があります。ちゃんと見直しした完成原稿を提出してください」
と言ったせいらしい。
専攻科は、「エンターテインメントノベル講座」を卒業した人ばかりだから、基本的な原稿の書き方とかはすでに指導を受けて、ちゃんとマスターしているはずなのだが、実際の作品は、必ずしも皆きちんとできているわけではないんである。

「不安なので、早めにお送りしようと思ったんですけど、遅くなりました。ヤバそうだったら教えてくださいね」というメモが入っていた。うーむ。なんという、すばらしい心がけ。ここ数日は忙しいので読むヒマがないけど、必ず来週までには読みますです。

「でも、こうやって締切よりも早めに提出してくれる人の作品って、たいていワープロの変換ミスとか、誤字とか脱字が少ない作品なんだよねえ。問題がある作品って、たいてい締切ギリギリにあわてて提出される作品だもんなあ」
と、丁稚どんに話す。
「変換ミスとか、一度やると、つい続けてやっちゃいますからね」

そういう変換ミスなどは、パソコンで原稿作成をして、たった一度しか印刷しない人に多い。パソコンの画面上でチェックしてても、つい見逃すということがけっこうある。誤字、脱字は、一度、印刷した方がチェックしやすい。できれば印刷したものを数日してから見直ししてみると、自分でもけっこうよくわかるのである。よくパソコンでずっと書いていて、画面上でチェックをすませて、印刷するのはたった一度だけ、という人がいるけど、こういう人はどうしても文章チェックが甘い傾向がある。

そういう人は、一度、印字したものを「他人の作品だという気持ち」で見直してみたらいいんじゃないかなあ。パソコンの画面上でいくらチェックした気でいても、画面上の文字というのは、ずっとオンの状態なわけだから、そこはやっぱオフじゃないと、クールダウンできないんじゃないかなあ。プロの作家さんならともかく、シロウトの場合、自分の作品を冷静に見ること自体が難しいもんだから。

てなことを言うと、「紙とプリンタインクがもったいない」なんていう人がいるんだけど、まあ、ダマされたと思って、一度プリントしてみてよ。長編だと大変だろうけど、何度か分けてみるとかさ。だってインク代なんぞ、そんなもん、たかがしれてるのである。それよりもその作品を書くのにかけた時間を時給で換算してみるとか、その作品がもし売れたら入るはずのお金を計算したみたら、それくらいの投資はどうってことないよん。

いやいや、だって「プロになって、小説講座の学費も、ぜったいモトをとろうぜ!」てのが目標でねえの。

さて、11月11日から開講予定の10期生は、昨年の9期よりやや少なめ。専攻科だけは、かなり多め。専攻科は、今年こそ大量プロデビューで、大量の「卒業」を出しませう。みんなプロ作家になって、講師になって戻ってきてね。(これぞ鮭の放流)

10/17/2006

小説とは関係のない休日(双子は弁当にうるさい)

10月16日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

午前中、事務所へ出勤。午後から外出。10時に帰宅。

遅い帰宅なので、夕食は軽めに一人でうどんを作って食べる。新米でご飯がおいしいので、家族もつい食べ過ぎるらしい。夜のうちに、明日の朝に作る弁当の用意などをする。

毎朝つくるのは、中学生の息子と夫の弁当である。自分の分も作ることはあるが、まあ、作ったり作らなかったりである。午前中、図書館に寄ったり、ちょっと出歩くことが多いので、わりと自分は外食が多いのだ。しかし、実は、彼らの弁当づくりは、ある意味、夕食よりも手間がかかる。朝の短時間で、冷凍食品を使わず、しかも品数はなるべく多くというのは、けっこう大変なんである。

しかし、なにせ息子は、「学校に行く楽しみの9割は弁当」と言い切っているくらいで(むろん彼は、小学校の時も「給食が一番の楽しみ」だった)、ちょっとでも手を抜くとエライ悲しみにくれてしまうからである。おいしかった時は、めちゃくちゃ嬉しそうに報告するくらいだから、よほど弁当に重点があるのだろう(他に楽しみがないのか?)

ま、考えようによっては、「弁当がうまければ、たぶん登校拒否はない」わけだから「やりやすい息子」かもしれないけど。

夫は自分でも料理をするので、もともと栄養面にはうるさいが、作ってもらう弁当の中身にとやかく文句を言うタイプではない。毎日、弁当だけが楽しみといっても、息子は男の子だから、せいぜい品数、分量ぐらいにしか関心がないのだが、なぜか毎朝、小3の双子の娘たちがしっかりのぞきこんでは、勝手に採点をするのである。娘たちは、メニューだけではなく、彩りとか、盛りつけなどが気になるらしい。小学生の彼女たちはまだ給食だから関係ないはずなのに、厳しいチェックである。「今日は、中身はいいけど、盛りつけセンスが今イチだから85点」とか、なにかしら余計なことを言う。

で、毎朝、採点をされながら、私はひそかにビビっている。あと3年たてば、娘たちが中学生になる。彼女たちが弁当を持っていくようになったら、きっとさらに毎朝うるさいことであろう。ま、それまでに料理を教えて、弁当くらい自分たちで作ってもらおうかな。

ちなみに、本日の弁当は80点だそうで。

2色ごはん(抹茶とすりごま、梅)、鶏肉の照焼き、パセリ入りオムレツ、もやし炒め、マカロニサラダ、かぼちゃ煮、焼きかまぼこ、梨

10/16/2006

小説とは関係のない休日(生駒山、暗峠、鳴川峠、秋祭り)

10月15日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

よく晴れた休日。一人でブラブラ、生駒山を散策に行く。
昨日イトコたちと鶴見緑地でいっぱい遊んで、すっかり疲れた子供たちは、母親が誘っても誰も一緒に来てくれないのだった。

少し早いが紅葉でも見ようかと、箕面か、嵐山か、高野山か、吉野あたりか、と、色々ちょっと考えたのだが、ちょっと考えただけで、人が多いだろうとあきらめた。休日で一人でのんびりしたいだけだから、人が多い所は苦手である。となると、京都や六甲、神戸よりは、奈良か和歌山かな。どこでも、うちからはせいぜい1時間半くらいだから、いつもの日帰りお散歩コースなのだが、人混みは嫌だしなあ。法隆寺はこのまえ行ったから、山の辺の道でも歩くかなあ。

人があまりいないところで、手っとり早く近いところ。じゃ、生駒山かな。一番高い山上でも640mほど。よく行くのは、生駒山脈の北側の「飯盛山」なのだが、このあたりなら300mくらい。駅から近くて手軽なハイキングコースである。生駒山脈ってのは南北に細長いのだが、標高はせいぜい500mもないほどなので、昼頃から登ってもすぐ登れるのだ。しかも、西側は大阪、東は奈良。どっちもすぐ住宅地である。大阪側はやや傾斜がきついが、たいてい40分からせいぜい1時間ほどで登れる。屏風のように細長いから方向を迷う心配はあまりなく、ハイキング道も充実してて、暗くなってもまず道に迷う心配なし。というか、ハイキング道は多すぎるので、迷うことは迷うのだが、どの道を通ってもどうせすぐ奈良か大阪の町に降りられるのである。住宅地に近い分、ハイカーも多いけど、他の観光地に較べればかなり少ない。ただ低い山なので、間違いなくまだ紅葉はどこにもないだろうけど。

さらに奈良側からケーブルカーを使えばあっという間に山の上。おお、ケーブルカー。そう言えば、このところ生駒と言えば、たいてい足で登るから、ずっと利用してないぞ。

てなわけで、久しぶりに「生駒ケーブル」に一人で乗る。もしかすると、十数年ぶりである。近鉄「生駒」駅から直結で、手軽に乗れる生駒ケーブルは、途中の宝山寺(生駒聖天)で乗り換えるんだが、ここまでが大正7年、日本初のケーブルカーだそうで、宝山寺から山上までは昭和4年の開通だとか。休日なのにけっこう空いてる。めちゃくちゃドハデなペイントで、かなり目立つ。子供連れにはいいんだがな。生駒山上の駅のすぐ前に「遊園地」もあるし。奈良も大阪も見えて、眺望もいいのである。

しかしすでに、昼の12時すぎ。家を出たのが遅かったので、ハイキングとしては遅すぎるスタートだが、なにせ今日は山上までケーブルで来たから、あとは下るだけである。「生駒縦走コース」を南へ、3時頃をめどに、どこか行けるとこまで、ぶらぶら歩くことにする。

生駒山は家から近いし、手軽なのでよく来るが、この道を南向きに歩くのははじめてである。「生駒縦走コース」は、ずっと南は高安山。信貴山のケーブルのあたりまで続いているはずだが、このあたりから南向きに歩くと、ずっと下り道ばかりである。ラクと言えばラクなのだが。でも山道ってのは、登る方が楽しいから、下るだけというのはちょっと退屈である。しかも、こういうのはあとでキツイのである。坂道は、下りと上りで使う筋肉が違う。上り道は、息が切れて大変そうだが、実際にキツイのは下り道。翌日とか翌々日に足が痛むのは、たいてい下る時の筋肉なんだよね。で、こんなに下り坂ばかりだと、ぶらぶら3時間歩いただけでも、けっこう痛むはずだ。ま、落ち葉がまだあまりないので、山道もすべらないからのんびりしてていいけど。

なんだかんだで、すたすた歩いていると、あっという間に「暗峠(くらがりとうげ)」に着いた。やっぱり下り道は早い。

暗峠の近くにある地蔵のあたりで、たんぼのあぜに座りこんでお茶を飲んでいると、目の前に、万葉の道をどうのこうの……という名札をさげた数十人の集団がやってきた。休日となると、たいていハイキングツアーというのをあちこちでやっているから、たぶんそれだろう。おばちゃんたちが、
「今日は、えらいええ道を教えてもろうた」
「ほんまや。ええ道やったわ。私もこのあたりには何度も来てるのに、ぜんぜん知らんかったわ」
と口々におしゃべりしているので、どのルートか知りたくなったのだが、おしゃべりがとまらないので、話しかけそびれた。あとで、なるかわ園地あたりで、「万葉の道……」とか書いた矢印シールが落ちてたのを見かけたので、たぶんあのへんと推測。

結局、鳴川峠まで歩き、そこから山を下りて、大阪側へ。瓢箪山稲荷神社の近くを通って、瓢箪山の駅前に。となりの駅前の「牧岡神社」でお祭りがあるらしく、ヨーヨーだの、わたあめだの、おみやげを持った子供連れが電車から降りてくる。東大阪周辺は、秋祭りシーズン。うちの近所も、昨日と今日がだんじりである。

上本町まで近鉄で移動。駅でうろうろ買い物。チーズケーキ、外国ビール、チョコレートなど。デパ地下で、長谷寺のおまんじゅうが特別販売。
のんびりコーヒーを飲んで、2時間ほどだらだら過ごして、7時に自宅。

10/15/2006

大阪歴史博物館で間重富、シナリオ学校入学式

10月14日(土)
午前中、大阪歴史博物館。午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。
土曜はいつもなら小説講座の講義があるんだけど、今日と来週は年度がわりなので、お休み。

6時過ぎ、エル大阪へ「大阪シナリオ学校」の入学式のお手伝いに行く。校長の杉山平一先生の講演を聞いたり、放送作家の高見孔二先生のプレ講義を聞いたり。

土曜は、朝のラジオがないので、ちょっと寂しい。

ラジオ大阪でやっているかんべ先生の『朝はミラクル!』がお休みなのである。月曜から金曜、ほぼ毎朝。番組は6時10分開始で、9時前までである。まあ、うちは、中学生の息子が6時からラジオの基礎英語を聞いているので、実際には、6時45分から聞いているんだけど。この番組は、講師の一人であるかんべむさし先生がパーソナリティしてるのだけど、先生はトークもうまくて、すっかりラジオ大阪の「朝の顔」という感じ。うちの子供たちも、朝食を食べながらラジオを聞くのがすっかり習慣になってしまった。

落ち着いた口調で、声もあまりにもしっくりなじんでいるので、ときどき作家なのを忘れてしまうほどだ。生まれついてのラジオパーソナリティみたいなんだもの。天は二物を与えるんだなあ。うーむ。でも、先生自身、きっとラジオがホントにお好きなんだろうなあ。「ちょっとやってみようかな」なんていう気だけでは、ここまでうまいトークもできないと思うもの。

でも、さすがに作家ならではみたいな話もある。うちの子供たちが一番好きなコーナーは「ロッテぼくの作文わたしの作文」という小学生の作文コーナーなのだが、このコーナーのあとのコメントがかなり興味深い。作家ならではのうまいコメント。毎回、何を言うのかちょっと楽しみだったりする。

また、この番組には、新聞の記事を紹介するコーナーがある。これも、かんべ先生ならではの解説があったりして、けっこう面白い。忙しい朝にはちょっと便利だし。

で、その番組で、今週、「いま、善兵衛ランドで、堺鉄砲の研究家でもある澤田さんのコレクションを公開中です」という話題が読み上げてられていた(アナウンサーのふみこさんの声だった気がするけど)
「澤田さん?」と思ったら、どうもやっぱりあの澤田さんらしい。たしか芦辺先生が「和時計の館の殺人」を書いた時に、和時計の研究家のご自宅に取材に行くというので、ご一緒させていただいたことがあるあの澤田さんだ。

「善兵衛ランド」は、貝塚市の天文台があり、江戸時代に望遠鏡などを作った「岩橋善兵衛」を記念した施設なのだが、うちからはかなり遠い。行ってみたいが、けっこう遠いしなあ、と思いながらラジオを聞いていたのだが、一応、そこのホームページをチェックしてみる。

すると、「岩橋善兵衛 生誕250年」という文字を見て、なにやらふと思い出すものが。
「ん? 生誕250年? 天体望遠鏡? たしか似たような誰か……。あっ、そうか。間重富の生誕250年だ! あ、大阪歴史博物館の展示! あれっ、いつまでだったっけ!?」
(てことは、そっか。善兵衛さんと重富さんって、同じ歳だったのね)

というわけで、調べたら、10月16日まで。で、今日は午前中、大阪歴史博物館へ行ったのである。

特集展示「生誕250年 間重富 〜暦を書きかえた浪花の町人天文学者〜」
間重富は、天文、測量など、江戸時代の研究家で、伊能忠敬などにも影響を与えた人物。そういや芦辺先生の捕物帳の探偵役である「橋本曇斎(どんさい)」も、この人から学んだはずだが。大阪歴史博物館には、羽間文庫の資料が寄贈されているから、常設展の特集展示(特別展ではないので、常設展示料金で見られる)だけど、けっこう充実した内容である。『月食測記』など、貴重な自筆の資料が見られるのが楽しい。今回、個人的には、『論月食皆既見微光之有無』に描かれていたスケッチが面白かった。

「特別展」(こっちは別途有料)もやっているのだが、これは「煉瓦のまちタイルのまち 〜近代建築と都市の風景〜」である。時間はないので、こっちはパス。どうも私は「近代建築」にはあまり興味がないようで、泉布館(せんぷかん/大阪最古の洋風建築)も、中之島中央公会堂も、「きれいだなあ」とは思うのだが、さしたる思い入れはないらしい。どうも私は、洋風建築よりはやや和風建築が好きらしいのだ。また、とにかくどこか「人間くささ」とか「生活」を感じさせるような建物が好きなので、泉布館やら中央公会堂みたいな生活臭があまりない建物は、あまり興味がないようだ。むろん歴史的な資料としてはおもしろいとは思うし、外観も美しいなあとは思うけど、好きかと聞かれると、なんだか違う気がするのである。

だいたい大阪のオバチャンってのは、海外旅行で、どっかの国の豪華な宮殿に行ったとしても、トイレはどこか、とか、台所はどこか、とか、どこでどうやって寝てたのか、とか、そういうウラのところばかり気にする人種である。もちろん私も、そういう人間である。そりゃあ、頭のいいオトコどもは、そういうオバチャンを「教養がない」とバカにするだろうけどね。ま、「人はパンのみで生きるにあらず」とは言うものの、まずは食って寝てクソをする。だから、まずはそこを考える。頭でっかちじゃなくて、生きるのにたくましい。それはそれで健全なことだと思うがなあ。

ま、中央公会堂なんかは、何かしら利用することが多かったから多少の思い入れはあるけど(そういや高校生の時に、よく友達がコミケとかやってたしな)、実は、あのボロボロになってたところが「古い歴史がある小学校の講堂」みたいでよかったんだが(ミナミの旧精華小学校とか)、もう改修されちゃったし。懐かしいというのはちょっと違う気もするなあ。

ところで、私はこのあたりの生まれである。
天満橋とか、中之島とかは、小さい頃、母親に連れられてきた「お散歩コース」なのである。だから、泉布館も、中央公会堂も、実は「そういや近所の公園にあった建物」という感じである。泉布館も、中にはもちろん入ったりしないが(日頃は非公開)、その前の大川べりの公園で、ねこじゃらしなどで遊んだ記憶がある。幼なじみは造幣局の団地に住んでいたし(春、桜の通り抜けをする所)。

だが、幼い頃の記憶にある風景として「懐かしい」と思うのは、そういった華麗な洋風建築ではなく、ありふれた和風の木造建物だけである。当時そこらにたくさんあった民家である。洋風建築ではない。

私の生家は、西天満のあたり、今はもうないがテレビ局の真ん前にあった二間ほどの小さな木造住宅だったそうで、母が、玄関先で私のおむつをたらいで洗っていたら(むろん電気洗濯機など持ってない)、黒塗りの立派な車がよく通ったらしい。そのあたりで何度か引っ越しているようだが、最初に覚えた住所は「臼屋町」と記憶している(よく迷子になるタチだったそうで、住所だけはしっかり覚えさせられたのだが、今でも覚えているのは臼屋町4丁目。3歳くらいで覚えた住所らしい。旧地名なので、もう地名も残ってないが、今の西天満あたり)。

幼稚園は、造幣局のすぐ横にある大阪市立滝川幼稚園だった。その頃には、象印のビルがあるウラのあたりに住んでいた。これもまた二間ほどの小さな社宅である。父の勤めていたのは、すぐ近くの小さな町工場で、その向かいに社長の自宅があった。そこの奥さんというのが、私の母のおばにあたり(母は縁故就職で、すぐに社内結婚したのだ)、幼い私は、母が用事で出かける時などよくその家に預けられていた。

そこは、当時よくあった木造建築で、後にたしか「細雪」とか、テレビドラマのロケなどをしていたような古い家だった。典型的な古い商家である。でも、私が住んでいたのは二間しかない小さな家だったので、幼い私はものすごく大きく感じていた。今、思えばさほど大きくもない、ありふれた商家なのだが、幼い私には巨大な「お屋敷」である。

たしか玄関を入ると細長い土間があって、頭に赤いちょんまげみたいなリボンをくくった小さな白い犬がいた。よく吠えるスピッツである。社長宅とは言っても、実際には事務所だったから、人の出入りがめちゃくちゃ多い家なのだが、その犬は、いちいち人が来るたびにキャンキャンと吠えるのだ。座敷犬で、土間に降りてはいけないとちゃんとしつけられているのだが、人が来るたびに出てきて忙しく吠えて、お客の応対をするのである。そしてあわてて人を呼びにいき、誰かが出てくるまで、ウロウロ走り回っている。まるで丁稚のように、必ず真面目に走り回っている。たぶんそれが仕事なのである。

そういえば、たしか「トロ」とかいう変な名前だった。あれは私が3〜4歳くらいの頃だったと思うが、いつものようにその家に預けられていて、母の帰宅を待ちながら、トロと遊んでいたら、誰かお客がやってきた。いつものように、トロはあわてて遊びを中断して、玄関の方にむかって吠え、お客を確認してから、おばさんのところへ走っていった。私はトロと一緒に行き、「◯◯さんが来たで」と言った。
「そうか、そうか。名前をゆうてくれるだけ、そろそろ、トロよりましやな」
と言われた覚えがある。幼かったから、ようやくちゃんと話ができるようになったな、という意味だったろう。たぶんそれが一番古い「ほめられた記憶」である。

思うに、どうもその頃の私は、この犬をかなり尊敬していたらしい。一緒に遊んでいてもガラッと玄関が開く音がするだけで、あわてて走っていき、キャンキャンほえて自分の仕事をやる。そのトロよりましと言われて、相当うれしかったらしいのである。それで、しばらく来客があるたびに、ちょこちょこと走って報告に行ったみたいなのだが、そのうちに、
「それはトロの仕事や。ええから、アンタはそこで遊んどき」
と言われてしまった。あれはたしか、いつも奥に黒っぽいソロバンを持って座っていた「副社長さん」(番頭さんみたいなもん)である。うっすらと、そんな記憶が残っている。

今は、あの「副社長」も、大叔母も、とうに逝ってしまっている。
むろんその家も、とうに取り壊されてなくなり、そこにはコンクリートの大きな白いビルが建っている。

そんなわけで、今でも古い民家を見ると、ぜひ取り壊さないでそのまま保存しておいてほしいなあ、と思うのだけど、私がそう思うのはたいてい「どうでもいいような木造建築」である。一方で、歴史的、文化的な価値があるという「洋風建築」は、こういっちゃなんだか「どうでもいいや」という気がどっかしている。「うちら、下々のもんにはわからへんわ」という感じである。それよりは、庶民の生活の歴史にも、ぜひもうちょっと光を当ててもらいたいがな。洋風建築の方が一般にもわかりやすいんだろうけど。

「そんな古い木造住宅なんか、田舎に行ったらなんぼでも残ってるで」という人もけっこういるかもしれないけど、実は、田舎だっていわゆる民家は保存状態が必ずしもよくないのである。まあ、民家もそれなりに保存してもらえているみたいだが、やっぱりわかりやすいものだけが保存される。そりゃあ、わかりやすいのは大事だよね。泉布館とか、中央公会堂とか、貴賓室の天井画もあったりして。大阪でも、古い民家もあちこちまばらに残っているのだが、ただの民家はなかなか保存が難しい。私がよく自転車で通る城東区のあたりにも、古堤街道(野崎街道)沿いの町並みがかなり残っているけど、こうした町並みはよほど保存が難しい。しかし、洋風建築にかける費用の何十分の一くらいの補助金でもあれば、保存できそうなんだけどなあ。たぶん全国的にどこも似たようなもんだろうけど。

それにしても、いつも思うのだが、大阪歴史博物館の常設展示ってのは、古代から中世、戦国時代から近代まで。日本の歴史がぜんぶもれなく見られるので、日本史そのものの勉強にはなるが、やっぱ、カバーする歴史範囲がちょっと広すぎる気も。たいていの地方の歴史博物館や郷土史博物館などはもっとテーマがしぼられているし、「大江戸」でも、ほぼ江戸時代だけだもんなあ。

大阪の歴史、って言われても、たいていの人はピンと来ないもんらしいが、これは範囲が広すぎるせいかもしれないぞ。せいぜい「難波宮」「大阪城」くらいしかピンと来ないもんなあ。

そういや、歴史と言えば、
「え、司馬遼太郎って、大阪の作家さんだったんですか!?」
と東京の人に驚かれたことがあったよな。前にも言ったが、なにせ大阪には歴史がないから、歴史小説家のイメージとつながらないらしいんだよね。

「たしか、お住まいは、ずっと大阪ですよ」
「えーっ、そうなの。司馬遼太郎って、大阪? へー、そういうイメージなかったなあ」
「じゃあ、どっか別のところのイメージがあったんですか?」
「いや〜、なんか大阪とは思わなかったな。京都じゃないとは思ってたけど。ほら、なんか、どっか別の、たぶん奈良の近くとかさ」

ああ、奈良の近くね……。

実際、東大阪って、奈良の隣なんですが……。

ま、生駒山をはさんでるけど。でも、奈良には隣接してるんだよね。近鉄電車などでつながっているし、トンネルぬけて10分ほど。田辺聖子さんのエッセイによると、司馬遼太郎さんは柔らかな大阪弁を話してたらしいんだけどなあ。

でも、そういうのって、東京在住の人から見ると、わかんないだろうけど。

だけど、とにかく大阪生まれの私でさえも、大阪の歴史ってはちょっとよくわからない。こうして歴史博物館に来て展示を何度見ても、範囲がえらく広すぎる気がするから、何が何だかあいかわらずよくわからんのであった。ほんでもって、毎回、
「なんやよおわからんわ。どのみち全部済んでもたことや。そんなもんどうでもええわい」
になってしまっているのよね。

で、まあ、大阪人の歴史観って、けっこうみんなそんなもんやろ、と思ってたりするけど。

10/14/2006

小説作品の印刷は、読みやすくしよう

10月13日(金)
昼から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

午前中、図書館に寄って、予約本をゲット。事務所には遅めに出勤。事務いろいろ。

夕方、ライティング講座の卒業生の生徒さんと京橋で待ち合わせ。小説作品が書けたので、一度、読んでもらいたいとのこと。短編2編を預かる。手渡されて見たら、ワープロ出力の形式がかなり読みにくい。いわゆる「原稿用紙」形式で印刷された原稿なのだが、フォントが小さく、字間が空いていて、かなり読みにくい。まだうまくワープロが使えないのだとか。しかし、印刷様式が読みにくい原稿はけっこうツライ。たぶんライティング講座でも、授業中、何度か注意されたはずだけど、この人はあいにく欠席も多かったしなあ。最初は、手書き原稿だったし。ま、小説講座(10期エンターテインメントノベル講座)に進学予定なので、指導されているうちに直るだろうけど。

ライティング講座は、エッセイなど、2〜5枚くらいの短い原稿が多いのだが、小説講座は、原稿用紙にして数十枚分になるので、印刷時のスタイルが、読みやすいか読みにくいかがけっこう重要である。枚数が多い作品になるほど、印刷形式があまりよくないと、読むのがツライ。ただでさえ、生徒さんの小説作品てのは、それはそれで読むのがちょっとツライ場合もあり(内容的に矛盾があったり、誤字があったり、意味がわからなかったりするから)、さらに印刷形式が悪いとこれはかなり苦しい。

しかし、このようにワープロの印刷形式が悪いという人は、けっこう多く、小説講座に入学する生徒さんを考えたら、最初は、だいたい3割くらいは印刷形式が少し悪い。小説講座の生徒さんなら、提出のたびに指導はするんだけど、なぜかなかなか直らない人もいたりする。ワープロの設定をちょいちょいと変えたらいいだけなのにね。

ただ、ワープロをまだ使い慣れてない人なら仕方ない。でも、
「小説コンテストにも、何度か応募したことはあります。長編も書いたことがあります」
なんていう人でも、印刷形式が悪い人がたまにいる。まあ、自分の書いた物だから、本人は読みにくくないのだろうけどね。けど、
「これじゃ、選考委員は読みにくいだろうなあ」
と思うような原稿がけっこうある。ま、それなりには読めるのだが、ちょっと苦労しなくては読めないから、これだと、きっとコンテストじゃ、多少「不利」なんじゃないのかなあ、なんて思ってしまう。できれば、やっぱ、読みたくなるような字面がいいのにね。

何にせよ、生徒さんなら注意できるからいいんだけど、小説コンテストの下読みなんかすると、もっと印刷形式が悪い人はイロイロといたりする。字面を見ただけで「うーむ。これはちょっと大変だぞ」と思うような印字形式の原稿があったり。

で、このように見るからに読みにくそうな原稿というのは、なぜか実際に内容的にも読みにくいことが多いのである。いや、実際には「印刷形式が悪くても、中身は面白い」という原稿がまったくないわけではないだろうが、確率的には相当めずらしい。むろん中身と印刷形式がきっちり比例するわけではないのだけど、読みやすそうに印刷されている作品は、なぜかたいてい内容的にもそこそこ悪くないのである。

やっぱ、人サマに読んでもらおうという心がけが、あるかないか、なのかしらねえ。それとも単なる慣れなのかしら。ま、どっちも文章の上達には、必要なモノなのかもしれないわね。

夕食は、朝早くから用意した栗ごはん。がんもどきと豆腐と青梗菜の煮物はいいとして、サバのカレー煮は美味しかったが、栗ごはんには合わんかったなあ。秋は、果物が安くて美味しいのでウレシイ。柿、蜜柑、林檎、梨、いちじく、あけび。夕食しながら、小3の双子の娘たちが、今日の遠足の報告。3年生の遠足は「海遊館」と決まっているのだが、自分たちで計画をたてて、グループ行動で自由観察なので、班によって充実度が違うらしい。「じんべえざめ、でかかった!」
朝つくった弁当は好評。双子たちの要望で、三色おにぎりに10種類のおかず。けっこう大変である。むろん息子と夫のも、今日は同じ内容。

10/13/2006

図書館にも行けず、せっせと事務

10月12日(木)
午前中、小説講座の事務所。昼から外出。5時にもどってきて、また事務作業。

めちゃくちゃ忙しいので、残業多し。

図書館にネット予約した本が届いているはずなのだが、なかなかとりに行けず。うちの近くの地下鉄の駅から「地下通路で直結」という近さなのに。7時の閉館時間には到底間に合わず。9時まで開けてくれ〜と思うけど、どうせあわてて帰って夕食を作らなくてはいけないから、結局、同じ結果だわね。しかし、予約も1〜2冊なら、子供たちの誰かにカードを渡して借りてきてもらうのだが、まとまって7冊もあると重すぎるので、誰も借りにいってくれないのだった。

夕方、書評家の喜多さんのサイトをチェック(堀晃先生のサイトからリンクあり)。喜多さんは、なぜかたまたまうちの夫と同じ職場の人なのである。で、修学旅行のつきそいで、ちょうど一緒に北海道に行ったらしいのである。夫は、学校の仕事の話はあんまりしたがらないが(本人の認識では、自分は高校教師ではなく、芸術家らしいので)、どうも「富良野あたりに行った」らしいんだけど。で、喜多さんの日記を読む。

夫は、自分の部屋で、購入したばかりの自分のiPodを調整中。昨日の朝、私が出かけようとした時に届いた宅配便の中身。もちろん期待など全くしてないし、まるで忘れているのもいいが、どうでもいいが、昨日は、私の誕生日である。わざわざその日に自分の買い物を受取らせるって、どうなんよ。

10/12/2006

小説講座の入学受付、小説コンテストの事務など

10月11日(水)
朝から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

あいかわらず、10月末に開講予定の小説講座入学準備など。雑用多し。

ショートショート大賞関係の事務いろいろ。住所データの打ち込みなど。
入選通知はまず電話で確認をとることが多いけど、落選通知は郵送である。落選された人にも、授賞式の案内を送るので、20日には発送しないといけない。うちのコンテストは、作品提出から一ヶ月以内に授賞式をするので、毎回、けっこう忙しいのである。

10/11/2006

この秋の小説講座は、どんな生徒かな

10月10日(火)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

入学申込書が数件。岡山からの入学希望者から問い合せ電話あり。
この9月で卒業した9期生は、東京から毎週通ってくる通学生がいたり、名古屋からの新幹線通学がいたりと、なぜか遠距離通学が多かった。おかげで和歌山と滋賀からの通学生が目立たなかったくらいだったのだが、今年は今のところ、そんな遠距離通学の申込者がいない。もし岡山から通ってくるなら、一番遠距離になる可能性が高いかな。

小説講座「エンターテインメントノベル講座」は、年1回、秋しか開講していない。今年は、10月28日が入学式で、11月11日から講義開始。講師は、関西在住のプロの作家さんが二十人近く、丁寧な指導と少人数制をとっているので、けっこう人気はあるのだが、忙しい講師のスケジュール調整をしたり、作品集を印刷したり、実際、かなり事務も手間がかかるので、今のところ、年1回だけ開講するのが精一杯である。ま、非営利団体だし、とくに大きく事業を拡大する予定もないし、儲ける必要もないので、ボチボチなのである。まあ、運営的にはけっしてラクではないので、もう少しくらい生徒数がいた方がいいのだが。

ただ、おかげさまで「小説専攻科」の生徒数は、昨年よりも増えるみたい。すでに申込生徒数が、昨年度より多い。専攻科は、もともと卒業生を対象にしたクラスだから、早めに申し込みするからだが、今年度の専攻科は、2クラス募集。「プロ作家養成コース」のAクラスと「実力養成コース」のBクラス。どうも今のところ、Aクラスの方が多い。(ま、去年もそうだったけど)

専攻科は、学費をかなり安く抑えていて(年間学費は、20,000円〜57,000円。講義回数は、作品数によるけど昨年は23回)、出血赤字サービスで運営している講座だから、一概に人数がいればいいというわけでもないけど。とくに「プロ作家養成クラス」は、長編の作品指導もあるし、それだけ作品集を作る手間もかかるので、けっこう大変なんだけどね。

昨年、「エンターテインメントノベル講座」に入学した生徒さんは、結局、ほぼ半分くらい専攻科に進学するようである。

この一年間、ずっと毎週、教室で顔を会わせていただけに、専攻科に進学してもらえると、なんだかホッとする。せっかく一年間通って、いろいろ書けるようになったのに、卒業してから書かなくなってしまうってのが一番寂しいからねえ。

文章教室は春にも生徒募集があるんだけど、小説講座は、秋募集だけだ。一年間って、けっこう長い。だから、私も毎週どんな人に会えるのか、楽しみなのである。


10/10/2006

小説とは関係のない休日(こんないい天気なのに)

10月9日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

せっかくの祝日。体育の日らしく、よく晴れたいい天気だが、私は自宅でせっせと原稿読み、原稿書き、その他もろもろデスクワーク。

結局、終わったのは、夜の8時。すっかりとっぽり暮れた秋の空。カレンダーが赤い日だけは、仕事をせずに家庭サービス、と言いつつ、けっこう休日も仕事してるなあ。なんかもったいない気もするのだが、小説講座の生徒さんたちも、なんだかんだでインドアな生活だろうしね。

なぜだか一日中、明日から中間テストがはじまるはずの長男が、庭で虫などをいじっていた。
「明日からテストやろ。フラフラ遊びに行ったらアカンで!」
と、母親に言われていたはずなのだが、
「うん。どっこも行けへん。ちょっと庭におるだけ」と、終日アウトドアなのだった。

そういや、一昨日も、朝からペンをもって熱心に何やら書き込んでいるので、何をやっているのかと思ったら、新聞に載っていた漢字のパズル(クロスワードみたいなもの)をやっており、おまけに「ぜんぜんわからーん」と言うので、ちょっと見てやったら、答えが「二十日鼠」のところを「八日鼠」と書いていた。そのせいで、最後の解答が見つからない。
「え、アンタ、もしかして『はつか』って、8日のことと思ってた?」
「えーっ、はつかって、8日のことと違うの?」
「あたりまえやん。じゃあ、『はたち』は?」
「そりゃ、二十歳やろ。それくらい知ってるもん!」
「じゃあ、『ようか』は?」
「よんにち!」
「……うーん、やっぱり。なんなら、もいっかい小学校からやる?」
「え〜!? 違うのーっ!? ボクぜんぜん知らんで! いつの間に!?」
「いつの間にも何も、そんなん、小3の妹たちでも知ってるで」
「うそや! ボクが知らんねんから、あいつらが知る訳ないやん! なあなあ、おまえら、ハツカって、何日のことか知ってる?」
「え、はつか?」
「うん」
「二十日!」
「ほーら、アンタだけや。そんなん常識や」
「あ、兄ちゃん知らんかったん!? 兄ちゃん、アホ〜!」
「うっそーっ! ぜんぜん知らんかったあ」
「いや、小学1年生で習ったはずやで。国語の教科書に載ってたの見たもん」
「もう中学1年生やねんけどな」
と、いうわけで、日頃、「ズボラくん」とか「ガサツくん」とか呼ばれている息子だが、ここ当分は「ハチニチネズミ!」とか呼ばれているのだった。

で、中間テスト前に、一体、庭で何をしているのかというと
「カマキリとバッタがおって……」
やっぱ、虫の観察をしてたらしい。やっぱり小学理科である。

10/09/2006

小説とは関係のない休日(淀川の舟運! 天満橋から毛馬閘門、枚方へ)

10月8日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

天気のいい休日。本日は、中1の長男とともに「蘇れ!! 淀川の舟運」に参加。
「天満橋」から大川(旧淀川である)、毛馬閘門(けまこうもん)を通り、淀川を上って「枚方」(ひらかた)まで、屋形船での川上りである。

お船だ、お船。わーい、楽しいな。

「秋の舟運まつり」のイベントで、主催は、枚方市。後援は、淀川舟運整備推進協議会、琵琶湖・淀川流域圏再生推進協議会という、なかなか真面目なイベント。チラシには、こんな文字が。

『「枚方」は、江戸時代に京都・大阪を結ぶ京街道(東海道)の宿場町として栄え、また、淀川三十石船の中継地として賑わい多様な文化を育んでまいりました。そんな歴史を持つ淀川の舟運が今、蘇ります』

2時間半の船旅だが、船の中では、淀川資料館の職員による「沿川説明」もばっちり。保存会の舟唄の実演つきである。これは、めちゃくちゃ興味深いイベント。定期的にあるコースではなく、10月の特別イベントなのだ。昨年も実施していたんだけど参加できず、今年こそはとずっと楽しみにしてたので、参加できてウレシイ。

2時間半のあいだ、淀川資料館の職員さんが、いろいろな資料をみせてくれたりして、ずっと説明しっぱなし。かなり詳しい説明なので、かなり勉強になる。他のお客さんはかなり年配の人も多く、昭和初期に作られた橋を見て、「そやそや。私が子供ン時にできた橋や。父と見に来たのを思い出すな」などと話す人も。推定80歳以上だな。

10時に出航して、枚方船着場に12時半。私たちはそこで降りて、鍵屋資料館でお弁当を食べるのだが、職員さんたちは、そのまま12:30発の「枚方近辺遊覧」コースだとか、13:45に出航の「川下りコース」でも説明しながら、また天満橋にむかうはずなので、けっこうな重労働かもしれない。ご苦労様です。

ただ、私たちは一番前に座ったので、説明もしっかり聞けたが屋形船は、けっこうエンジン音がするので、後ろの方に座ると、前の説明はぜんぜん聞こえないようだ。天気はよかったが、風がきつくて、ちょっと肌寒い。でも、こうしてずっと風を感じながらの淀川がいいのよね。このイベントは、別の日程では、水上バス「アクアライナー」でも実施しているんだけど、アクアライナーは窓が開かないんだもの。今年は、けっこう全部で9日ほど実施される予定のイベントなのだが、屋形船は、日曜日だけである。

さて、私が一番楽しみだったのは、やっぱり毛馬の閘門。私は幼い頃、「造幣局」の近くに住んでいたので、銀橋(国道一号線が通る桜宮橋のこと。大阪の人はたいてい「銀橋」と呼ぶ。巨大なアーチ橋)の下をくぐるのも、それだけでワクワクするのだが、ここは水上バスでも通ることもできる。やはり閘門だよね。

実際、船に乗って、閘門を通過するのは、まったく初めての体験。大川と淀川は、水位差があるので、ここで調節されるのだ。ただ今日は、どうも満潮時に近いみたいで、水位差はあまりなく、目測で60センチくらいかな。前後の水門が閉まってから、ものすごい早さで水位があがったので、あっという間だった。職員の方の説明によると、日頃は、遊覧船などは通過しないのだが、「ジャリ船」などは何台も入って来たりするから、けっこう時間がかかるらしい。

毛馬の閘門近くは、ウォーターレタスなどの植物がけっこう目立つ。淀川の水質はかなり改善されているのだが、魚も、ブルーギル、ブラックバスが増えている。この春、天然記念物の「イタセンパラ」の稚魚が一匹も確認できなかったという話を聞いたり、淀川を取り囲む状況は何かと大変。でも、こうして豊かな淀川の川面を見ていると、やっぱり古代からずっと流れてきた川なんだなあとしみじみ。商業の中心地として大阪が栄えたのも、京都が都として栄えたのも、これも全部、淀川の水運があったからである。奈良の都も、淀川から木津川経由で、物資を運んでいたのだから、日本の歴史上、きわめて重要な川なのよね。

ってな感じで、すっかり淀川を満喫したあと、枚方の「鍵屋資料館」で食事。たまたまこの夏、京阪電車のフリー切符で来たばかりだが、二階の広間で食事をするのははじめて。昼食は、ごんぼ汁、鍵屋オリジナルという淀川をイメージした華やかな押し寿司(淀川をイメージして、鯛とキュウリ、うなぎを並べてあり、その横に海をイメージしたというマグロが添えてある)。

そのあと、淀川資料館に寄って、枚方市駅へ。歴史に興味ある人なら、けっこう面白いイベントだろうと思う。ただ、中1の息子には、どうも押し寿司ではぜんぜん量が足りなかったようで、駅前のマクドナルドへ。やっぱり、ハンバーガーやシェイクが嬉しいらしい。「お寿司もおいしかったけど、ぜんぜん足らん」……なにせ食べ盛りである。

そのまま京阪電車で、京橋経由で3時半に帰宅。夕方は、図書館へ。

10/08/2006

文章教室(ライティング講座)の修了式

10月7日(土)
朝から小説講座の事務所。「ライティング講座」の修了式。

本日は、文章教室「第1期ライティング講座」の修了式。このコースは、もともと大阪シナリオ学校にあった「クリエイトルーム」を引き継いだ感じの講座で、まるきり初めてというわけではないのだが、一応、リニューアル後、最初の「第1期生」である。だから、ちょっとこっちも慣れていない部分もあり、コース担当のOさんも、事務をしながら、生徒として受講もしていたり、少しバタバタした面はある。たった14人の小さな教室だが、なぜか入学式に来ただけで、ほとんど出席してない一人をのぞけば、一応、全員に「修了証」が出た。なぜか、たまたま途中で転職した人が3人もいたりして、土曜日に来れなくなったり、けっこう大変だったようだが、なんとか卒業である。とにかくめでたい。文章力も、みんな入学時にくらべると、格段の進歩が見られる。

小説講座では、修了式といっても、たいてい講義後に「修了証」を手渡すだけなのだが、文章教室では、講義のない日に修了式をするので、ゆっくり時間をかけて、教室で茶話会などができる。まあ、毎回の講義のあと、隣のファミレスでもお茶をしているのだが、全員が来る訳ではないし。修了証授与のあと、Oさんがケーキと紅茶を用意してくれて、楽しく談笑。

卒業祝いの私のメッセージは、「卒業しても、ぜひ何か書き続けてほしい。これからも書くのをやめないでね」…である。

文章教室の卒業生には、「卒業して数年後、ばったり会う」というのは、滅多にないが、たいていは「何か書いてる?」と聞いても、「まあ、ほとんど書いてませんね」と言う。卒業時には、「これからも何か書いていきたい」というのだが、まあ、たいていの人は、あまり書かなくなる。「書いてる」といっても、せいぜいメールとブログくらい。メールやブログなら、今日は高校生、いや小学生でもやっているものだし、まとまった作品とは言い切れないから、やらないよりはましだが、いわゆる「文章作品」とは、ちょっと違うものだったりする。

ただ文章教室は、初心者向けのコースなので、「ちょっと習ってみたい」みたいな人が多いから、「今は、フラダンスに夢中で」などという人も多かったりして、他の習いモノを始めたりしたら、もう全然やらなかったりするのよね。まあ、一人でやってても、面白いもんでもないしなあ。

小説講座の卒業生でも、卒業するとたいていは書かなくなる人が多い。まあ、専攻科に進学しなくても書く人は自分で書いているハズなのだろうが、あんまり会ったことがない。

「何か書いてる?」
「ええ、ボチボチ書いてますよ。あ、でも、ここ一年ほどは、忙しくて書いてませんけど。一昨年は、短いものを一本……」
……ってことは、二年間で「ショートショートか短編一本きり」かあ。まあ、まったく書かないよりはいいかなあ。

ま、文章作成も、これも慣れの問題があるので、これくらいの量だと「まったく書いてない」よりはましだが、「ほとんど書いてない」に近いと思う。文章は、ピアノとかギターとか、楽器などにも似ているし、スポーツも同様だが、ある程度の量をやってないと、確実に腕は落ちるもんなのである。ただ、楽器やスポーツと違って、なぜか本人にはまったく自覚はないようだが。

ま、なにしろ、エッセイやら小説なんぞ、とくに書かずとも生きていけるのである。でも、せっかく半年間、勉強したのだから、ほんの少しずつでも書き続けてほしい。まあ、私の個人的な希望だけどね。

ただ今回の卒業生のうち、半数以上が、どうやら「小説講座<第10期エンターテインメントノベル講座>」か、「文章教室<基礎レッスン講座>」に進学するようだ。

というわけで、「創作サポートセンター」は、どのコースも、これで全員いったん修了。本日から次の入学式、10月28日まで、在籍者は「ゼロ」です。(ま、むろんすでに入学申込書は数十人分あるんだけどね)

10/07/2006

明日は、文章教室の修了式

10月6日(金)
朝から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

明日は、ライティング講座の修了式。「修了証」などの準備。

小説講座である「エンターテインメントノベル講座」は、一年コースなのだが、文章教室「ライティング講座」は、たった半年のコース。春から秋まで、けっこう短い。本当にあっという間である。

短すぎる期間だが、初心者向けのコースなので、比較的、上達はめざましい。しかし、なにせ半年。小説講座にくらべると半分なので、やっぱり短く感じる。「このあいだ、入学したばっかりなのになあ」という感じである。まあ、期間も回数も少ないせいで、半分以上が「皆勤賞」なんだけど。

このコースは、Oさんが担当なので、皆勤賞などは全部用意してもらった。明るいOさんの人柄のおかげで、けっこう生徒さんも楽しかったみたい。今回、ご本人も、生徒として受講もされていたので、それなりに楽しんでいたと思っているのだけど。

明日の修了式が終われば、あとは入学式の準備である。

10/06/2006

小説講座ほか、入学申込、受付中

10月5日(木)
午前中、小説講座の事務所。午後から外出。

細かい事務作業いろいろ。小説講座『エンターテインメントノベル講座』の入学申込書などの受付など。文章教室は、年に二度募集があるのだが、小説講座は、秋入学のみ。今、受け付けている人の中で何人かは、「半年以上、入学を待っていた」なんていう人もある。待ち望んでいた入学式は、10月28日。第1回目の講義は、11月11日である。

いくら非営利団体と言っても、運営的に赤字だと続かないから、いくら少人数制といっても、もうちょっとくらい人数は増えた方がいいのだろうが、あんまり大人数になってもなんだし、なにせ宣伝費も人件費も高いからなあ。ま、宣伝は、そのうち卒業生がもっとあれこれ受賞したりする予定なんで、その時に取材とか受けて話していただければ、ほら、それがインタビュー記事になるわけだから。それで、宣伝していただければ私はウレシイ。
皆さん、そこんとこヨロシク。

関西の作家志望へ、NHK朝ドラ『芋たこなんきん』面白いよ

9月4日(水)
朝から小説講座の事務所。コツコツ事務作業。
本日は、入学申込書が1通は、郵送。もう1通、ファックスで、どうも裏表を間違えたらしい入学願書の裏面だけが、送られてきた。たぶん入学申込なのだろうが、誰だかわからない。願書を持っているということは、入学資料を請求してきた人だろうから、入金があればわかるけど。

ところで、NHK朝ドラ『芋たこなんきん』が面白い。大阪を代表する大作家・田辺聖子先生がモデルなんだから、それだけでも必見なんだけど、近頃、ちょっとめずらしいくらい超コメディタッチ。というか、「人情喜劇」といった方がきっとぴったりくる。これぞ「庶民的」という朝ドラ。

最初、主演が藤山直美と聞いて、
「ベテランだから、面白くなるだろうけど、朝ドラの他では見られないような『心が洗われるような正統派カワイコちゃん』もいいんだがなあ」
と思っていたのだが、さすがはベテラン。あの田辺先生なら、お若い頃はきっとこんな感じだったのかもと思わせるような、たくましくも、かわいらしい主人公。大げんかしたり、ぬいぐるみを抱えていても、しっくり似合いそう。さらに、コテコテの大阪である。

ところで、大阪在住の作家が主役になる朝ドラ、というだけでも、見る必要はあると思うのだが、実は、もうひとつ重要なことが。この脚本の長川千佳子さんは、実は、「大阪シナリオ学校」の卒業生なのである。「大阪シナリオ学校」と言えば、うちの小説講座の生みの親。うちの講座は、2年前に「創作サポートセンター」として運営独立はしたが、今でも何かと親交はある学校である。ちなみに、このドラマの中で主人公は、小説講座に通っているのだが、実際、田辺聖子先生は「大阪文学学校」の出身なのである。で、この大阪文学学校から、50年前に独立したのが、大阪シナリオ学校なのだ。ってことは、こういっちゃなんだが、うちの講座は、いわば孫みたいなもんである。

で、『芋たこなんきん』
去年、朝ドラの脚本が長川さんに決まってから、ずっと楽しみにしていたのである。

ただし、実際にお見かけしたことがあるのは一度だけ。私が「大阪シナリオ学校」の事務局を手伝うようになった頃には、すでに長川さんは東京に活躍の場を移していたので、電話では2、3度ほど話をしたことがあるだけである。

だから、あいにく個人的によく存じ上げているとは言えないのだが、この先生は、いろいろと「伝説」の多い方なので、ウワサだけはよく聞いている。「大阪シナリオ学校」の出身者なのだが、実際には、脚本ではなく、演芸台本の方のコースの出身で、在学中からかなり優秀だったとか、若いうちに放送作家として注目されていたとか、あの『探偵ナイトスクープ』の創設時のスタッフだったとか。ただスタッフだったのは、一年だけで、その後、「本当にやりたいのはドラマ」ときっぱり辞めて、シナリオライターに転向したとか。

そういえば、こういうのもある。

大阪シナリオ学校の演芸コースには、漫才台本で有名な先生たちがけっこうたくさんいるのだが、その中の一人の先生から
「よく入学したばかりの生徒さんに『ボクは、放送作家になれるでしょうか』と聞かれたりするけど、才能なんてのは、ちょっと見ただけではわからないもんやで」
という話を聞いたことがある。

「ボクも、ここ20年くらい、この学校で講師をやってきたと思うけど、毎年、何十人も入学してくる生徒さんを見てきてつくづく思うけど、ホント才能なんか、わからへんと思うよ。最初、『このコは、けっこうイケるな、たぶんプロになるんやろな。けっこうやれるやろうな』と思ってたヤツが、なぜかプロになれなかったり、その反対に、いくら教えても全然ダメで、『こんなヤツ、絶対アカンな。正直、プロになるのは早くあきらめた方がええんとちゃうか』と思ってたヤツが、なんでか知らんけど数年たったら、しっかりプロになって続いてたり」

「だから、関西にも、何十人も放送作家がおるけど、そのメンツを見てみたら、最初から『これは才能あるな』と思ってたヤツが半分くらいかな。あとの半分は、『まさかコイツがプロになれるとは思わんかった』みたいなヤツがなんでか知らんけどなってるわ。だから、生徒見ても、最初からこれは才能あるとかないとか、あんまり思わへんようにしてるんやけど、それでも、これまで会った数百人の中で、5人だけは、最初から『コイツ、絶対プロになる!』と思ってしまうよな生徒はおったな」

で、その5人は誰かと聞いたら、その一人が長川さんだった。当時20歳そこそこだったらしいけど、やっぱりちょっと違ってたらしい。

そんなこんなで、個人的にも注目の『芋たこなんきん』だが、小説講座の皆さんもぜひ。

10/04/2006

応募作の受付、小説講座の修了証の発送など

10月3日(火)
午後から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

「大阪ショートショート大賞」の締切が、9月30日消印有効だったので、その受付事務の手伝いなど。事務いろいろ。

コンテストの応募作は、ここ数年は、だいたい180編前後だったのだが、今年は200編をかなり越えている。ちょっと多い。うちの小説コンテストは、枚数がかなり少ないので、選考も早い。2週間で予備選考をして、選考委員の先生たちも、毎年、1週間足らずで最終選考をすませてしまう。あわせて3週間くらい。早い。28日には、授賞式である。ほとんど超特急である。今日の到着分以外は、すでに全部、予備選考にまわってしまっている。

しかし、こうして公募の受付事務をしてると、つくづく思うのが、「氏名や住所がない原稿がある〜っ」ってことだ。今年も、私が見ただけでも、封筒にもどこにも名前も書いてない人が2〜3人いた。住所も名前もわからんかったら、受賞したって連絡しようがないやん。どうすんねん。ま、例年、いつもそういう人がいるので、そう思うんだが、ま、幸い(?)なことに、住所も名前もわからない人の作品は、一度も受賞したことがないから、実際にはあまり困ったことはないけど。でも、これじゃ、落選通知も出せないんだけどな。

あとは、先日の修了式の欠席者へ、修了証を発送したり。
小説講座は、一年間あるので、家庭の事情とか、仕事の都合とかで、途中で辞める人もいる。修了要件があるのだが、「2分の1以上の出席で、前期または後期の修了課題の両方あるいはどちらか片方の作品提出」なので、実際は、前期まで出席すると、ほぼ修了できてしまうんだけどね。うちの小説講座は、ほとんどの人が毎年、前期までは来れるみたいで、修了率はかなり高い。ちなみに、今年は、前期課題は、全員提出。入学されて後期になってから、途中退学したのもたったの1名である。実際には、8月以降の講義には、2〜3割が休んでいたのだが、とりあえず前期を出席しているので、あと全員、修了証が出ているのだった。

小説の実力は、たぶんだいぶ身についたはずなのだが、卒業後、連絡をくれる卒業生はかなり少ない。まあ、やる気のある人は、たいてい専攻科に進学する。専攻科の学費はかなり安く抑えているので、だから、専攻科に進学しない人は「もう小説を書かなくなる」って人が多い。「これからも創作活動がんばってくださいね」と書き添えて「修了証」を送っておくが、さて、どうだろうなあ。

受講生の満足度は、かなり高い方である。ただ、受講して満足でも、はっきりわかりやすい結果がでるかというと、たった一年ではプロ作家デビューは難しいのが現実なのよね。だって、入学時に約半分くらいの人が、はじめて小説を書く初心者だし、たった一年では、やっと短編を書くのがせいぜいなんだもん。プロ作家というと、今は「長編デビュー」が普通なので、こうした長編を書くのはけっこう時間がかかってしまう。現実的には、専攻科に進学する2年目くらいにならないと、なかなか長編は書けないのよね。

でも、せっかく少しは書けるようになったのだから、ぜひ、卒業しても続けてほしいな。きっぱりあきらめてしまわずに書き続けてほしいんだけどね。

10/03/2006

小説とは関係のない休日(代休、朝からお仕事)

10月2日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

小学校は、昨日の運動会の代休。双子の娘たちは、お休みである。高校教師の夫は、今日から修学旅行のつきそいだそうで、木曜日まで北海道。朝の5時に家を出る。私は一日、いろいろ仕事。今日は、小説講座ではなく、専門学校で非常勤講師である。あいかわらず、マンガ科で映像解説の授業なのだ。帰宅は、夜の9時半。

10/02/2006

小説とは関係のない休日(雨の運動会)

10月1日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

本日は、小学校の運動会。今にも雨がふりそうな、あいにくの天気。でも、PTAの委員は、全員、朝8時に学校に集合。子供たちに弁当を作ってやってから、あわてて学校へ。

天気があまりよろしくないのだが、一応、雨は降ってないので、プログラムを大幅に変更して、とりあえず、できるところまでやるということになる。しかし、いつ降り出してもおかしくないよな空である。私は、PTA来賓のお茶係という任務を受け持ち、テントの下へ。来賓のお茶係といっても、来賓は二十名たらず。それにくらべて、お茶係だけで、なぜか9人もいるので、実はすることはほとんどないのだが。

テントの下に座っていたPTA会長が、
「ああ、雨かあ。やっぱ、雨かあ」
と、うるさいので、他の役員の人たちに
「どうせアンタのせいやん。PTA会長の日頃の行いが悪いからや」
と、笑われる。
「えー、オレの日頃の行いのせいかあ、この雨は」
「せやせや。全部アンタが悪いんや」
どうも、うちの小学校のPTAは、典型的な大阪のオバチャン、オッサンの集まりらしい。

で、ダンスとか、団体競技を優先することになったので、プログラム変更があいつぎ、進行の先生たちはかなり大変そう。そのうち雨が降ったり、またちょっとやんだり。結局、11時半頃、2年生が「大玉ころがし」をやっている時に、かなりひどい大雨になってしまって中止になる。残りの競技は、水曜日に延期。子供たちは全員びしょぬれ。かなり大変だったが、一応、6年生の「組み立て体操」とか、4年生の「ソーラン」とか、保護者が一番見たいヤツはできたから、とりあえず、それだけはよかったかも。平日に延期になってしまうと、仕事が休めなくて参加できない保護者が多いのだ。

とくに6年生の「組み立て体操」は、うちの運動会のハイライト。この学校は、毎年、なぜか組み立て体操がものすごいんである。ラストは、4クラス、男女それぞれが人間ピラミッド(50人以上)を作る。今年は、この練習のために、2人も骨折者が出たらしい。ハードである。なぜ、そこまで一生懸命なのかわからんけど。むろんかなり危ないのだが、なぜか保護者にも児童にも、めちゃくちゃ人気があるらしいのだ。毎年、フラッシュの嵐で、保護者の中には感動のあまり泣き出す人もいるくらい。だが、どうやら雨にせかされて、今年は微妙に今イチ。人間ピラミッドも、負傷者が多くて、ちょっと小さめ。でも、すごいけどね。

さて、延期が決まり、PTA会長が
「ああ、やっぱ、延期かあ。オレ、PTA会長やから、水曜日も絶対おらんとあかんよなあ。会長あいさつがあるもんな。ああ、また仕事休まなくちゃあかんのか。そのうち会社クビになってまうわ」と苦笑い。
「どうせ日頃から仕事してへんやろ。もう一緒やろ」と、副会長にツッコまれ、
「ほな、PTAで給料もらって雇ってもらおか」
「いや、そもそもアンタのせいで雨が降ってんねんで。それより雨降らしてごめんなって、みんなに謝ってまわりや」
「そうか、これって、全部、オレのせいか。すごい雨やな。やっぱ、オレって、すごいよな。なっ」
などとボケる会長。

PTA会長と副会長の、まるで漫才のような会話。あまりにも大阪の下町らしい、運動会のヒトコマ。
だが、ここまでコテコテのPTAコンビには、大阪生まれ大阪育ちの私も、さすがについていけないぞー。

昼頃には、解散。びしょぬれになった子供たちの体操着をぬがせ、急いで風呂に入れてやる。
運動会が終わったら、秋祭り。コテコテの大阪は、だんじりの季節である。

10/01/2006

小説講座は、今日、修了式です

9月30日(土)
朝から小説講座の事務所。
昼、ライティング講座は、修了課題の作品指導。夕方は、小説講座の作品指導と修了式。

ライティング講座の生徒さんたちは、本日は、エッセイなどの作品指導。講師は、編集者の三田先生。これで講義は、最後である。来週は、修了式だ。
講義後、近くのファミレスで、先生を囲んで歓談。一人の生徒さんの文章をじっくりチェックなど。

夕方、小説講座の作品指導と修了式。講師は、おなじみの高井信先生。本日は、短編が十編ほど。神戸や大阪でも、教室をもたれている高井先生は、講師としてもベテラン。最後の授業ということで、久しぶりに参加される生徒さんもけっこう多い。専攻科は、学費がかなり安いので、あまり講義に来れなくても、とりあえず在籍だけしとく、という生徒さんもけっこういるのである。

さくさくと作品指導が進む中、私はそっと教室をぬけだして、皆勤賞などの準備。まずは、天満橋駅の京阪モールへ。皆勤賞は、毎年、マグカップである。包装してもらっていたものを持ち帰って、教室の外のロビーで、紙袋に入れたりして整理。修了証などをチェックしていたら、ここしばらく欠席していた生徒さんがやって来る。最後の講義なので、挨拶だけしに来たけど、今日は、このまま講義は受けずに帰ると言う。修了証と記念品(皆勤賞じゃなかった人は、記念品のペン)を渡し、二十分ほど話をして別れる。

教室に戻ると、ちょうど講義が終了する頃。うちの講座は、講師が十数人、でも校長先生なんかいないから、講師を代表して、高井先生に一人一人に「修了証」を授与してもらう。ちなみに、今年の皆勤賞は、5名。うちの講座は、土曜日の夜。一年間に三十数回の講義があるのだが、社会人ばかりなので、皆勤で出席するのはけっこう大変。その他の皆さんも、一年間ご苦労様。

専攻科は、いちいち修了式をしないのだけど、今日で一年のスケジュールが終わり。かなり多くの人が、10月からも専攻科に進学するのだが、今日で「卒業」の人もいる。みんな「プロデビューをして卒業」なのが理想なんだけど、実際には、仕事の都合だとか、家庭の都合だとか、いろいろな理由で続けられない人もいる。でも、今年あまり参加できなかった数人が、今日が最後だからとやってきて、「来年も、あいかわらず通学は難しいかもしれないけど、なんとか続けてみます」と進学手続きをしてくれた。忙しい中、あきらめずにがんばるってのが、とてもうれしかったり。

講義後、今日で参加するのも最後という人も含めて、みんなでいつもの中華屋へ。さすがに人数が多くて、店内をほぼ占領。9期生は、卒業を記念して、10月に何人かで旅行に行くらしい。なぜかたまたま同じ日に、専攻科も、何人かが別のところへ泊まりに行くらしい(10月は、28日まで講義がないのである)、私はこっちに誘われたので、そっちに参加予定(だって、9期生は誘ってくれてなかったんだも〜ん)

小説講座は、毎年9月が年度末。10月からは、また新しい一年がはじまるのだ。
専攻科と第10期の入学式は、10月28日。

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