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08/20/2006

作品指導も、楽しい小説「家庭の事情」

8月19日(土)
朝から小説講座の事務所へ。午後からは、ライティング講座の講義。夕方は、第9期の修了課題指導あり。本日の講師は、堀晃先生。

事務担当のOさんもお休み。ライティング講座も欠席者多し。もしかして、夏バテかな。

夕方、小説講座の教室まで移動しようと、いつものように自転車のカゴに大量の作品を詰め込んでいると、にわかに空が曇ってきた。ざあっと降られるとヤバイかな、と思ったのだが、時間的にはギリギリだし、作品集などが濡れないように小さな傘をカゴにかけ、自分は濡れて走ってゆく。高井先生にお借りしたブラッドベリのビデオも持っていたので、濡れるとヤバイ。かなりヒヤヒヤ。なんとか天満橋へ着く。

本日の講師は、SF作家の堀先生。作品5編。そのうちいわゆるSF小説というのは1編だけで、あと2編は「まあSF」という感じ。残り2編は、恋愛小説。

うちの小説講座は、講師が十数人もいるので、提出された作品は、たいていその作品にあった講師をあとから依頼する形をとっている。だから、ミステリはミステリ、ファンタジーならファンタジーの先生が指導することになる場合が多いのだけど、実際にはそう簡単に判断できるわけではなくて、まだ初心者なのでどんなジャンルなのかわからないような作品も多いし、生徒ご本人の希望もあるし、講師のスケジュールの問題もあるし、あるいは生徒さんの性格的な問題(ちょっとでもギビしく言われるとすぐメゲちゃうタイプとか、逆にあんまりホメられすぎると気持ち悪いからビシビシ言われたい人とか)も色々あったりして、必ずしもジャンルだけで、指導講師を決めているわけではないのだった。

堀先生はハードSFで有名だけど、読書範囲がかなり広くて、的確な作品指導には定評がある。ちょっと他の先生でも難しいような作品をお願いしたりすることもあり、なにせ話し方もとても優しい感じなので、繊細な生徒さんには人気が高い。で、今回の「恋愛小説」も、そのうち一人は「ぜひ堀先生に」というご本人の希望である。私も、堀先生がベストだろうと判断したので、お願いしたのだった。

さて、一番SFっぽい作品(近未来SF)を書いていた生徒さんは、突然の急用(どなたかご不幸か何かあったらしい)で残念ながら欠席。この生徒さんは、「第2の人生を目前にして、何かやりたいことは何か考えたら、若い頃にSFが好きだったのを思い出し、小説を書いたことはないけど、今後の余暇利用のために、小説講座に入学してみた」という男性。9期生では一番年上。かなり前から「修了作品はもちろんSFを書きたい。ぜひ堀先生に指導してもらいたい」と楽しみにしていた人なので、せっかくの指導日に欠席とは、本当に気の毒である。毎年、自分の作品指導日に欠席される人は(専攻科も含めてだけど)、年に一人くらいはいる。そんな時、いつもなら私が聞き取りして、後日本人にメモを渡すことにしているのだが、今回はやさしい堀先生が「じゃあ、何か文書にしてあげますよ」と言ってくれたので、ちょっとホッとした。きっと喜ぶだろう。

本日の作品は、初心者が多いのだが、それぞれ面白いので、今後が楽しみ。もちろん書き慣れてない部分が目につくものもあるけど、何作か書けばすぐうまくなるだろう。ただ、堀先生もおっしゃっていたのだが、けっこうアイデアは面白いし、構成も変わっているのだが、それは本人たちはほとんど自覚してない。たとえば、ある「恋愛作品」は少し変わった構成になっていて、先生がホワイトボードに「この作品は、全体はこういう構成になっているわけですが……」と図解してくれて、私もやっと改めて「やっぱりそうなのか」と理解できたくらい。最初読んでみて、ちょっとよくわかんなかったから何度か読んで、「あ、そうなのか」という感じだった。たぶん他の生徒さんも少しは迷ったんじゃないかと思うんだけど、どうなんかな。

で、先生が「これは、このように、ある種のメタ・フィクションの形になっているんですが、これ、意識して書かれましたか?」と本人に質問される。初めての50枚作品を書いたわけだし、たぶん計算づくでできる人ではない。日頃、私は、生徒さんと話す機会が先生よりもよほど多いので、この作品の後半の展開も、たぶん本人が「ああ、どうしよう。このままじゃ作品がまとまらないわ。なんとかしないと」と七転八倒した末に、あのような形式になったのではないかと予想していたのだが。はたして本人も「え? メタ・フィクションって何ですか?」とちょっと驚いていた。それにしても、それもこれも、なぜか堀先生にはみんなお見通しなのだなあ。さすがだなあ。

まあ、別に「メタ・フィクション」って何かとかも知らなくてもいいし、プロの作家さんも、いつも形式を意識して書いているとは限らないし、カンで書いててもいいのだが、そういうのって知っていてもソンはないし、知ってた方がやっぱ得なんじゃないかな。

けど、ふと思ったのだが、自分がちょっと難しいパターンを使っているという自覚もないのは、チャレンジするには、むしろいいことなのかも。専攻科などになると、危険を避けようとすることがあるもんな。ま、自分の苦手も含めて知ってて使いこなす、というのは、かなりのワザとカクゴがいるのかな。それとも好奇心か、チャレンジ精神がいるのか。あ、プロだからサービス精神か。

クリアな作品指導が終わったあと、忙しい先生は帰られて、生徒さんたちといつもの飲み会へ。
作品指導を受けた生徒さんを囲んで、ビール片手に少し話をする。講義中、先生が、書かれるべきところがあまり書かれてないという指摘をされ、
「たとえば、同窓会のために東京から帰省した主人公が『家庭の事情があるから』と実家には泊まらず、わざわざウイークリーマンションを借りて一人で泊まっているという場面があるのですが、この『家庭の事情』って何なんですか? どこにも書かれてませんよね」と質問されていたのだが、それに関して、
「ねえ、ホントはどんな事情があったの? ホントに考えてなかったの?」と質問される生徒さん。
「えー、考えてない。あんな細かいとこ、そんなに気になるかしら。面倒だから、適当に『家庭の事情』って書いたのに」
「いや、普通、『家庭の事情』って言われるとなんか気になるよ」
「うん。私も、絶対、何か事情があって、あとで書いてくれるだろうな〜って気になってたもん」
「ああ書かれると、たいていは何かの『伏線』かと思うよね」
「私、全然、考えてなかったわあ。そんなこと」
「作者が気にならなくても、ふつうは気になるよね」
「実家に泊まれない事情……っていうと、ほら、もともと父子家庭だったのに再婚してて、遠慮して……とか?」
「で、新しいお母さんがかえって気をつかったりしてね」
「じゃ、こういうのどう。父の再婚相手が男性」
「きゃー、いいかもー。でも、それってもう別の話」
「それよりも、父親そのものの性別が変わっちゃったりして」
「お父さんがお母さんに」
「うわあ、そんな実家には帰りたくない〜」
「ギャグ小説?」
「それよりも、もっと恐ろしい事情が隠されてるとか。誰か死んでる…」
「呪われた事情?」
「そろそろ恋愛小説じゃなくなってきたな」
「実際、帰省しても実家に泊まりたくない理由ってのも色々あるかもね」
「実家じゃ、タバコが吸えないのよ」
「タバコくらいで、実家に帰らないのってヘンじゃない?」
「いやいや。たぶんお母さんがキレイ好きで、極端な潔癖性」
「それぐらいベランダで吸えば」
「ダメダメ。若い女がベランダでタバコなんて、あたしゃ恥ずかしい。ご近所に何言われるか」
「現実的には、私の友達でも、兄か弟が結婚してたりして、もう自分の部屋がなくて、甥っ子の子供部屋になっちゃってたりして、帰っても泊まる部屋もない、ってコト、実際あるらしいよ」
「え、そうなの? でも、みんな、そんなに私の作品、『家庭の事情』なんか気になる?」
「そら、主人公やしなあ」
「そんな細かいトコくらい。かるく読みトバしてくれればいいのに」
「いや、オレはトバさない。じっくり読んだ」
「私だってちゃんと読んだわよ〜」
「そうよ。今さら何言ってるの。作品指導なんだから、みんなアンタの作品じっくり読んだに決まってんじゃないの〜」
「そうそう。やっぱ、先生はさすがよね。めちゃくちゃ勉強になったもんね」
「えー、なんだか恥ずかしい〜」
「今さら何を」

……などと人の作品を肴にワイワイと話をした後、10時半頃、解散。雨上がりの夜を自転車で帰宅。

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Comments

はじめまして。小説家をやっております、上田と申します。プロとしてデビューするまでは私も堀先生に大変お世話になりましたので、授業の様子、文字で読んでいるだけでも目に浮かんできます。
さて本日は、いつもこちらの記事を楽しませて頂いていることへの御礼代わりに、体験者としてひとつだけコメントさせて頂きます。

> 「そんな細かいトコくらい。かるく読みトバしてくれればいいのに」
こういう「細かいトコ」を自発的に楽しんで書けるようになると、小説を書く技術は、確実に一段階上がります。プロ志望の方なら、プロの作品へ一歩近づけると言っても過言ではありません。

小説というのはディティールの積み重ねです。細かい部分に配慮すればするほど作品に厚みが出ます。書き手側にとっては面倒な作業かもしれませんが、そういう配慮があればあるほど、感動してくれる読者も増えることは覚えておいても損はないと思います。

私はデビュー前、あるプロの作家さんから「たとえば主人公が作品の中で映画を観る場面があるとしたら、そこでどんな種類の映画を観たか、その映画を観てどんなふうに感じたをほんの少しでも書いておけば、あとの展開でそれを全て伏線として使える(ストーリー展開に説得力を持たせるための道具として使える)んだ」と聞かされ、当時は「そんなものかなぁ」としか思えなかったのですが、デビューしてからは、この言葉の意味と重みが非常によくわかるようになりました。

長文におつき合い頂き、ありがとうございました。
それでは、失礼致します。

Posted by: 上田早夕里 | 08/25/2006 at 01:09 PM

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