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07/31/2006

小説とは関係のない休日(デジタルムービー)

7月30日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

久しぶりにのんびりした休日。しかし、家事がたまっているので、朝から忙しい。午後からは、妹が息子たちを連れて来たので、近くの緑地へ虫とりに。先週、デジタルムービーSANYO「DMX-HD1」を買ったので、持参していく。取材用に買ったのだけど、まだ2回目なので、使い方に慣れてない。軽いから使いやすいけど。

クマゼミ、モンシロチョウ、カラスアゲハ、カナブン、ショウリョウバッタ、シオカラトンボ、カマキリ……2時間ほどだったけど、けっこう捕まるもんである。

今年もまた3日から、一週間の予定で東京行きの予定。それまでにアレコレかたづけなくっちゃ。

07/30/2006

小説や文章は、作品指導を受ければグングンうまくなる

7月29日(土)
午前中、小説講座の事務所。午後からライティング講座。夕方、専攻科。

朝、深夜バスで8時過ぎに大阪駅に着く。さすがに疲れて、コーヒーとサンドイッチで30分ほど休憩。9時にいったん自宅。荷物を整理して、シャワーを浴びてから9時半には家を出て、小説講座の事務所へ。ハードスケジュールである。深夜バス往復は疲れるなあ。やっぱりどっちかは新幹線にしないと。

昼からは「ライティング講座」。講師は、編集者の三田先生。ベテランの編集者で、他の大学でも講師をされている。作品指導もわかりやすいので、生徒さんの評判もいい。今日は参加人数も少なく、十人もいなかったので、かなり丁寧に一人ひとりの原稿を見てくれて、具体的に指導をしてくれる。
「やっとどうすれば、うまく書けるのか、わかった気がしましたよ」という生徒さんも。

ライティングの講義が終わってから、となりのファミレスで2時間ほど、生徒さん数人と先生を囲んでコーヒーなど。そのあと、5時過ぎに天満橋に移動して、今度は小説の専攻科。こちらの講師は、五代先生。専攻科の講義は、生徒も慣れている人ばかりで、私にとっては一番気楽なものである。

講師の五代先生は、一見ほんわかムードの優しげな女性なのだが、ニコニコ笑いながら、作品指導はかなりスルドイ。指導を受けたご本人たちいわく「けっこうスパスパと切られてしまう」んだそうで、スパスパ切り刻まれた生徒さんたちの「あっ、えっ」「そ、それは…」「ぐあ」「ぎえ」と楽しげな悲鳴らしきものが聞こえる(切り口がさわやかなので、後にはもたれないようで、切られてもけっこう楽しそうに聞こえる)のだが、疲れ切っていた私は教室の後ろでちょいちょいウトウト。深夜バス往復はさすがに疲れる。いつまでも若くないノダ。

専攻科の作品指導が終わって、いつもの中華屋へ。先生が帰られてからも、ファンタジー志望たちが『ゲド戦記』について真剣に話し合っている横で、アホなオッサン組「ちょい軽オヤジチーム」(ひそかに、私が勝手に命名しました)が、延々とアホな話をして大笑い。誰かさんの「スパイ大作戦」みたいな私生活の話を聞く。作家志望の人はたいていみんな「実生活は地味なんですよ」などというのだが、なかなかどうして、他人が聞くと、みんなそれなりに私生活もドラマチックなんじゃないのかあ。

07/29/2006

深夜バスで東京日帰り

7月28日(金)
終日、東京。小説講座の事務局には入れず。

深夜バスで、東京駅に8時半。午前中、ちょっと仕事がらみの雑用を済ませ、午後は私用。東京の某大学で、研究発表(趣味の地理学です)。夜、先生に新宿まで車で送ってもらって、11時40分発の深夜バスで帰宅。往復深夜バスの日帰り東京行きである。

ところで、先日の天神祭のあと、例の先生たちは富士山トレーニングを中止したらしい。もちろん先生自身は元気なのだが、助手の2人がすっかりバテていたそうで、帰りの車はずっと先生が一人で運転をしたそうである。
「富士山も登りたかったんだけど、ボクだけが体力つけても、誰もついてこなくなって、差があくばかりだならなあ」と残念そうな先生。
「大学の教員になったばかりの30代の頃は、現地に行くたびに誰も学生がついて来れなくて、つい置いてっちゃうことがあったりしてね。だから、歳をとれば、そのうち自分の体力も落ちてきて、バランスがとれて一緒に行くのにちょうどよくなるかと思ったんだけど、今の若者は年々体力が落ちてきて、なかなかちょうどよくならないんだよねえ」
と嘆いておられる。しかし、この先生、たぶん70代後半にならないと、バランスがとれるのは無理なのではないかしらん、と思ってしまう私。この調子なら、8月のチベット調査も、一緒に行く助手の若者たちが一番苦労するんだろうな。くやしがってる先生も面白いが、あわてて後を追いかけて行く助手の人たちの苦笑いも脳裏に浮かんだりして、笑いをかみころすのに大変である。

07/28/2006

今日もコツコツ事務作業

7月27日(木)
朝から小説講座の事務所。

明日からまた東京なので、終日バタバタ。日帰りで、深夜バス往復の予定である。たいてい「行き」に深夜バスを使っても、「帰り」は新幹線なので、バス往復は滅多にやったことがないのだが、今回はスケジュールの関係で、その方が効率がよいのである。まあ、小説講座の生徒さんの中には、毎週、東京から通学している生徒さんもいて、その人は「深夜バス往復」なのだから、たまには私もやってみよう。しかし、歳が歳なんで、デラックス3列シートなのである。格安4列シートなら3〜4千円で、東京〜大阪がバス移動できるのだが、スペシャルデラックス3列シートは8000円台なのである。ぜいたくである。

夕方、深夜バスのチケットを買いに行って、一度、自宅へ帰宅。子供たちに夕食を食べさせ、風呂に入れてから、10時半に外出。11時40分発の東京行き。この時間帯の東京行きは、朝、渋滞にひっかかる時間帯なので今イチよくなくて、あまり利用しないのだが、今回はやむなし。

07/27/2006

あいかわらずコツコツ事務作業

7月26日(水)
朝から小説講座の事務所。

ごちゃごちゃ事務作業。雑用が多いのだった。
暑くて、あまりはかどらず。発送物などの準備。あいかわらず、地味な事務。

07/26/2006

小説とは関係のない休日(現地研究3日目)

7月25日(火)
小説講座の事務所にて、丁稚どんが事務作業。

私は、現地研究3日目。事務所へは入れず。

すべてのスケジュールを終えて、7時頃、大阪駅へ着く。今夜、これから車を運転して帰るという東京の先生たちが、せっかくなので「天神祭」を見て帰るという。案内のついでに「天満」まで行き、一緒に商店街へ。駅に降りたとたん、天神祭のにぎやかな音と人ごみである。駅前には、商店街がやっている鳴りモノと踊りのデモンストレーション。さらに110円の「キャベツ焼き」。大喜びする先生たち。「すごい、すごい。いやあ、大阪はホント違うねえ! こんな金額の食べ物がこの世にあるなんて!」
まあ、110円は安いと思うけどねえ。
「それになんか人間も違うねえ。やっぱ、関西は違うなあ! これで日本語を話してなかったら、もう外国だよねえ」
やっぱ、東京人から見たら、大阪はすっかりアジアなのだった。

そのまま商店街を南まで歩き、川沿いで花火を見たり、天神祭を2時間ほどウロウロ。この先生は、「いやあ、すごいすごい。これ、子供の頃、これを体験してたら人生変わってたかもしれないよね」と言いながら、あっちでタコ焼き、こっちでビール、パイン、かき氷……。屋台を走り回って、買いまくり。先生が一番、子供みたいにはしゃいでいる。助手の若者たちは、3日間の現地研究ですでに疲れていて、祭りなんかどうでもいいという感じで苦笑い。一方、先生は、船渡御を見るのもはじめてなので、それなりに面白いらしい。川を行くたくさんの船や、篝火を見て「いやあ、ビデオ持ってくればよかった!」という先生。「来年は、研究会で(川の研究チームのことらしい)船に乗ろうよ!」と笑っている。

しかし、この3日あちこち走り回って、昨夜は深夜まで飲みながら話をしてて、この先生もあんまり寝てないのに、やっぱり地理学は体力勝負だなあ。ホンマ元気なオッサンやな。しかし、いつも見慣れた大阪の風景も、東京の先生たちが色々「発見」してくれたので、私もなんだか再発見をしたような気がして、いつもとはちょっと違った「天神祭」の夜だった。

しかし、一緒にうろうろして「桜宮」の駅に着いたら、すでに10時。実はこのところ天神祭と言えば、私の妹が桜宮のマンションの高層階に住んでいるので、毎年、涼しいマンションのベランダから花火を見るだけだったのだ。今日も、うちの子供たちと待ち合わせて帰るつもりだったのだが、電話をしてみたら、すでに祖父母と帰宅したらしい。妹のマンションのごちそうは食い損ねたらしい。

「桜宮」の駅前で、東京へ帰る先生たちと別れる。彼らは、このあと大阪駅に置いた荷物をとってから、車を運転して帰るらしい。「気をつけてくださいね。明日はゆっくり休んでくださいね」と言ったら、なんと彼らは、翌日は朝から富士山に登る予定という。ええっ、なんでそんな無茶なスケジュールをしているんですか、と聞けば、8月にチベットの高山で調査をやるので、そのトレーニングなのだそうだ。高山の調査だから、低酸素に慣れる訓練だろうが、いくらなんでも元気過ぎである。ただ、祭りのあいだ元気で嬉しそうなのは先生だけで、助手の2人は疲れ切った表情だった。これから8時間、東京まで交代で車を運転して、そのまま翌朝から富士山に登れるのは、たぶんこの先生だけだろう(この先生は、先日も訓練のため富士山のお鉢まわり、元気よく走っていたらしい。化け物である)。そりゃ、たしかに地理学や地学系の先生たちは、タフな人が多いけどさ。

私は、11時前に帰宅。まだ起きていた子供たちに「おみやげ」を渡したりして一緒に寝る。

07/25/2006

小説とは関係のない休日(現地研究2日目)

7月24日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

現地研究2日目。あちこち移動して、あれこれやった。

07/24/2006

小説とは関係のない休日(現地研究1日目)

7月23日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

今日から、3日間の現地研究のため、不在です。
昨日、小説講座の後の飲み会で、帰宅したのが遅く、それから準備をしたので、あまり眠る時間がない。3時〜5時まで仮眠をして、6時過ぎには外出。それでも集合時間ギリギリなのだった。それにしても、インターネットの「電車乗り継ぎ案内」は便利だな。
今日から3日間、バスであちこち移動。

07/23/2006

事務代行と9期の作品指導

7月22日(土)
朝から外出。夕方から小説講座の事務所。
講義は、昼、ライティング講座。講師は、瀬川先生。夕方は、第9期生の作品指導。講師は、青木先生。

午前中、私は私用で(趣味の地理学がらみ)、京都で開かれていた研究会に出席。
昼、講師の先生たちと、会場である某大学の学食に一緒に行ったら、「いやあ、やっぱり関西は違うね」といきなりクスクス笑っている。そういえば全員、東京の人である。大学の生協食堂なので、私にはどこも大差ないように見えるのだが、どうやら「学食のオバチャン」の雰囲気がちょっと違うらしい。どこが「違う」のかちょっとわからない。まあ、学食のオバチャンも当然、関西弁だし、そういや必要以上に親切だよな。口調が馴れ馴れしいのかなあ。

地理学関係の先生たちは、全国各地をとびまわっているタフな人が多くて、この先生たちも日本国内、海外などを走り回っているのだが、なぜだか関西に来るのはかなり珍しいらしい。他の地域はいくらでも調査対象にするらしいのだが、関西は関西でこっちにもけっこうたくさん大学があるので、東京の大学から見ると、調査対象に選ばない地域にはなってしまうそうだ。学会などでは一緒になるだろうから、まるきり知らないわけではないみたいだけど。
「いやあ、いつ来ても、関西はおもしろいね」

昼食を食べてから、午後の研究会には出ないで大阪へ戻る。急ぐ発送物があったので、一度、事務所に寄り、6時ギリギリまで事務作業。6時前に事務所を出て、駅に向かう。コーヒーを買っていたら、ケータイに電話。公衆電話からである。「誰だろう?」と思ったら、丁稚どんからだった。今日、私が遅れるので、代わりに教室を頼んであったのだ。
「もう15分過ぎなのに、青木先生がまだ来られないんです!」
もう講義開始時刻を過ぎたのに、教室にまだ講師が来てないらしい。それは、一大事。いつもジャスト1〜2分前に着くタイプなので、そんなに遅いのは初めてである。忙しい編集者の方だし、むしろ事務所が近いせいだと思うが、早めには来ない人なので、たまに3〜4分遅れることはある。ただ、遅刻は初めてだ。そう言えば、丁稚どんはケータイを持っておらず、とくに青木先生のケータイ電号も教えてなかった。あわてて青木先生に電話してみるが「電波が届きません」

でも、とっさに「これは、教室前のエレベーターの中だ」と確信。教室があるエル大阪のエレベータは、たいていのケータイの電波が届かない。はたして数分後、丁稚どんから電話。案の定、「受話器を置いた途端、後ろのエレベーターから出て来られました」

青木先生には、昨日、電話で今日の授業の確認をしたばかりで、スケジュールを忘れているはずはないし、事故にあうほどの距離じゃないから、たぶん事務所を出る直前に電話か何かがあって、数分遅れたのだろう。それ以上遅れるのなら、さすがに私の方にも電話をかけてくるだろうから、15分がぴったりなのだった。しかし、丁稚どんには悪いことをしちゃったな。

私は、シナリオ学校の頃から、脚本や演芸台本科の教室をいくつか担当したから、講義は何百回と聞いているのだが、こんなふうに講師を招いて講義をしてもらう場合、教室の担当者が一番気を使うのは、「講師が時間に間に合うかどうか」だったりする。その点、小説講座の先生たちは、遅刻や変更がほとんどないので、すごく気楽で、助かっている。脚本とか演芸台本のクラスだと、講師の放送作家とか映画監督などは、忙しい時期になると「ロケが長引いて、帰って来れない。明日の講義は無理!」と数日前とか前日のキャンセルもあるし、当日も「悪いけど30分ほど遅れる!」と電話をかけて来られることがけっこうある。やっぱり映像関係は、ロケとかあるので、すれすれスケジュールってのはけっこうあるので、大変である。

その点、小説講座では講師が遅れて来るというのは、あまり滅多にない。滅多にないから、けっこう心臓に悪い。私は小説講座の開講以来、もう8〜9年になるが、私が教室の事務を他の人に頼んだりするのは、これでたったの2回目(あとの1回は、6年前)。丁稚どんには気の毒なことをした。なにせ教室担当者は、講師がたった3分遅れただけでも心臓に悪いのである。講師にはたったの数分でも、ずっと時計とにらめっこしている方にしたら、途方もなく長く感じるのである。私なら、連絡なしで5分遅れは気になってハラハラしどうし、けっこう長いもの。15分なら相当長いわな。

というわけで、私用で仕事に遅れた私も、かなり反省しつつ、7時過ぎにエル大坂へ。このところ寝てないので、ちょっと前のロビーのソファで休憩してから教室へ。ちょうど講義が終わる頃。また一緒にいつもの飲み会へ。ビールを片手に生徒さんたちから、ワイワイと今日の講義の感想等を聞く。青木先生の作品指導は、ずいぶん「優しくて親切、丁寧だった」らしい。

青木先生は、編集者だが、大学にも教えに行ったりしていて、講師としてもベテランである。たぶん仕事ならそれなりに厳しく言うのだろうけど、シロウトの生徒さん相手だから、その点はうまく使い分けているのだろう。でも、まったくの初心者の場合、いきなりキビシク言われるとやる気を失うこともある。講師の先生たちは、「まったくの初心者」か、「それなりに書ける人」かどうかは、作品を見ればわかるので、それなりに使い分けたりしているようで、作品指導も専攻科のクラスではやや厳しいが、9期クラスのような一年目のクラスでは、かなり優しい言い方をされるのだった。

生徒さんの中には、自分の作品に対して、「厳しくバンバン言ってほしい。いくら言われても大丈夫です」という人はけっこういるのだが、正直、自分の作品に対して、講師にバンバン言われて平気な人なんか一人もいない。そんな人は、本当にはいないものである。たぶんプロの作家さんだって、シロウトだって、自分の作品は、内心では「ホメてもらいたい」だけだったりするので、ホントに厳しく言われたらメゲたりする。もちろん作品指導は、イジメてるわけじゃないから、講師の愛も伝わるのだが、いくら作品をよくするためでも、やっぱり落ち込んだり、自己嫌悪になったり、けっこうイロイロだったりするのだ。

とくに専攻科は、すでに何度もいろんな作品をいろんな先生に見てもらっているので、作品指導にも慣れているのだが、9期のクラスはまだ慣れてない。だから、講義後、飲み会で、今日の作品指導を受けた生徒さんの楽しそうな反応を見ると、ちょっとホッとする。いくら小説の書き方を学んでも、こうして実際に自分の作品を書いて、指導を受けるのが楽しくないと、なかなか小説を書くのも続かない。先生に読んでもらって、「こうした方が面白くなるんじゃないか」とか「こうした方が他人にわかりやすいのではないか」と言ってもらったりするのが楽しくなれば、小説を書くのも続けられる。やっぱりどんなことでもある程度続けなければ、いい結果がでるハズがない。

小説講座とライティング講座をかけもちしているKくんから、昼の教室の様子を聞く。「なかなか面白い授業でした」ライティング講座の教室も私が行けなかったので、Oさんに事務を担当してもらったのだが、講義もスムーズだったようだ。講師は、ライターの瀬川さん。最近、心理カウンセラーもやっているユニークな人である。

11時過ぎに、帰宅。深夜まで、明日からの外出準備。

07/22/2006

あいかわらず多忙

7月21日(金)
朝から小説講座の事務所。

朝から忙しい。明日、私用である研究会に出席するため、講義準備などを済ませておかなくてはいけなかったのだ。京都なのだが、途中で帰るにしても2時過ぎまではかかりそうなので、ライティング講座の講義に顔を出せそうにない。ライティング講座担当のOさんに頼んであるのだが、書類などはわかるように出席簿などにはさんでおく。夕方の小説講座には帰って来れるだろうけど、こちらも丁稚どんに事務をお願いしておいた。講師は、ベテランの青木先生だし、まかせておいても問題ない。しかし、明後日からも3日間、また私用でおでかけ(現地研究に3日間)。そのための資料作成もしなくてはいけない。仕事をかたづけるため、9時近くまで残業して帰宅。帰宅後も、夜遅くまで資料作り。

07/21/2006

まだまだ梅雨なのだ

7月20日(木)
朝から、小説講座の事務所。11時に外出。

昼、ライティング講座の講師と梅田で昼食。
3時過ぎに別れて、5時まで事務作業。夕方、帰宅後、PTAのお手伝いで小学校へ。大雨が降る。少し涼しいが、びしょびしょ。いつ梅雨あけるんだろ。

小説講座の作品集を読んでいて、いくつか気づいた点があった。
しかし、あいかわらず本人に説明するのが難しい。「視点」の問題は、できる人は最初からできるし、だからほとんど問題ないのだが、いくら説明されても「なかなかわからない」という人は確かにいるのだった。

けど、そんなに難しいこととは思わないんだけどな〜。たんなる勘違いじゃないのかな。こんなもの、モノの見方とか、考え方の問題というよりは、ある場所に、電車で行くか、歩いて行くかの違いしかないんじゃないのかな。とにかく早く着きたいだけなら、飛行機や新幹線を使えばいいけど、もし風景や旅行の過程を楽しむなら、飛行機の中というよりは、歩いたり電車に乗ったりするわけで。ストーリーだって、ただの「あらすじ」を書かれても、さほど面白くはないわけよね。ただのレビューだから。実際に「その世界に行ってみたい」んだもんなあ。

07/19/2006

小説を書きたいなら、欲望に素直に

7月19日(水)
朝から外出。昼から小説講座の事務所。

忙しすぎる毎日だが、さほど仕事が片付かないのはナゼ〜。3時半すぎにライティング講座担当のOさんが来て、作品集の発送など。今週の土曜日、私は、私用によりライティング講座の講義に出席できないかもしれないので、事務作業をOさんにお願いする。4時半に外出して、講師の先生と会ってから、7時頃帰宅。

長期欠席をしている生徒さんから、ちょっと気になるメール一件。

うちの小説講座は、社会人クラスなので、年齢も十代の大学生から60代までいるのだが、職業もバラバラだし、趣味も色々。小説を書くレベルもかなり差がある。ごちゃまぜのクラスなのだが、それはそれで面白い人間がいっぱいいる。プロの作家さんばかりだけど、先生も色々。でも、私は色々なタイプの人がいた方が面白くていいと思う。そんでもって、講師の先生たちの著書もバンバン売れて、生徒さんもプロ志望ならなるべく早くデビューしてほしい。デビュー後はなるべく長く活躍していただきたいし、とくにプロ志望じゃない人も、それなりに楽しく小説とつきあってほしい。

だから、「あきらめる」なんてことは、できるだけしてほしくない。まあ、「小説に飽きた」というのも、ちょっと悲しいけどそれなら気持ちはわかるから。だって、「飽きた」っては「あきらめる」んじゃないもん。他に何か夢中になることができた、ってことかもしんないもんね。

だから、「飽きた」んならいいんです。でも「あきらめた」って言われると、やっぱり釈然としない。しないのだが、たしかに個人の問題だから仕方ない。しかし、ホント無理してあきらめる理由なんて、とくにないと思うのだがなあ。ホント。ややこしい。
「才能がないから、私には無理」と言われるたびに、ホンキで「そんなことはない」と思うのだけど、ただ、そうやって「あきらめてしまいたい気分」になっている生徒さんに、何を言っていいいのかはよくわからない。あきらめきれるのなら、あきらめて忘れてしまえる方が幸せなのかなあ。

けど、そうかな。小説って、人生にとってもホントいいもんだと思うんだけどな。本って、いろいろ面白い体験ができて、違う人生を見せてくれる楽しいもんだと思うけど。たとえうまく行かなくても、小説を書くってことは、たとえ趣味でもそんなに異常な趣味ではないだろうし、もちろん作家をめざすのも、けっしてバカバカしいことだとは私は思わないんだけど、それがなかなか信じてもらえない人もいて、自信をなくしたりする時、ふと不安になるみたいなのだけど。

先日、宇治にぶらぶら歩いている時に見た光景をふと思い出す。夕暮れの宇治橋の上を、無数のトンボが飛び回っていて、橋を渡っていた親子連れ(若い両親と7〜8歳の少年)がそれを見つけて、はしゃいで、橋の欄干から、三人そろって仲よく人差し指を高くのばしていた。つられて思わず、私も並んで人差し指を伸ばしてしまいそうな、無邪気に楽しそうな親子だった。トンボがたくさん飛んでいると、なぜだか指をかかげてみたくなる。別にとくにトンボをつかまえたいわけでもなかったりするかもしれないけど、止まったら嬉しいもの。

小説を書くのも、最初はそんなもんでいいんじゃないのかなあ。書きたいならただ書いてみたらいいのに。書けてからのことは、それはそれ。それから考えてみたらいいんじゃないのかな。まあ、トンボも捕まえて飼うとなれば、それなりにややこしいかもしれませんが、飽きれば放してやるという手もあるんだし。人差し指をそっと伸ばすくらい、どのみちリスクはないと思うんだがなあ。なぜやりたくて、まだやりたいのに、ムリしてあきらめようとするのかな。よくわからないけど。

小説講座のスケジュールで頭一杯

7月18日(火)
昼から小説講座の事務所。せっせと事務作業。

事務所に着いたら、丁稚どんが美少年同伴。デスク横の会議室で、専攻科の作品集作成のために労働奉仕。私は、講義スケジュールの調整でパニック状態。専攻科も、大量の作品提出で頼もしいことだが、作品指導の日程が決まらん。今週中に決めないといけないのに。いや、10期の募集要項も、まだ印刷が出来てないのに。やばい。

しかし、そろそろ9月末の卒業が見えてきたけど、専攻科の作品の上達ぶりがすばらしい。もちろん9期生も作品がけっこうそろったので、これからの講義が楽しみ。

ところで、このところ講師の新刊もあいついで出版されているのだが、これらの生徒作品を読むのに忙しくて、まったく手が出せない。なにせうちの小説講座は、講師が二十人ほどいるので、毎月のように誰かの新刊が出るのだけど、とくにこの数ヶ月、講師の本もドンドン出るから追いつかない。生徒も先生も、みんなバリバリなのは有り難いが、おかげさまで息つくヒマもなし。あ、眉村先生の長編の発売はいつだっけ。はい、なんとかがんばります。

07/18/2006

小説とは関係のない休日(自宅で資料整理)

7月17日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

終日、自宅でデスクワーク。雑用いろいろ。
28日に東京の某所で発表をさせてもらえることになったので、寝屋川関係の資料をいろいろまとめる。今回は時間がないので、水文というよりは、歴史関係のみ。シナリオ学校の元事務局長の山崎氏に電話して、落語「野崎詣り」の映像資料がないか問い合わせたりしたけど、ちょっと間に合いそうにないなあ。CDなら、初代春団治師匠のも手に入るみたいなんだけど(まだ、買ってないが)
落語に詳しい人が周囲には多いわりに、私自身はあまり落語がわかんないんだけど、どうも春団治一門の定番ネタらしい。そのへん、上方落語に詳しい人に聞かないとわかんないなあ。まあ、野崎まいりの雰囲気がわかる参考資料なら、ホントは『女殺油地獄』の「徳庵堤の段」の方がいいという説もあるんですが。実は「文楽」で見た私は、歌舞伎では一度も見てないのよね。いや、人形ならではの怪しい雰囲気がよかったですよ。

しかし、東京行きは久しぶりだが、今回は日帰りなので、ちょっと他の用事はムリそう。寝屋川しらべは、仕事じゃなくてただの趣味なので、家族の顔色を見ないとね。このところ毎年、8月上旬に一週間ほど東京滞在なのだが、なにせ仕事が忙しいので今年はコレもちょっと流動的。ホテルの予約だけはしてるけど、はたして行けるんかな。

07/17/2006

小説とは関係のない休日(祇園祭だけど、枚方宿、中書島、宇治)

7月16日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

休日、子供たちは父親と一緒に義母の家にお泊まり。せっかくのんびりと一人なので、ゆっくりと朝寝。起床は9時(平素は、5時半起きなのです)

午後から外出。どこにブラブラしようかなととりあえず京橋へ。京阪の駅で「夏のフリーチケット」(千円で乗り放題)のポスターを発見。これを買って、京都へ行くのもいいけどなあ。でも、今日は祇園祭なので、人混みがツライしなあ。で、とりあえず枚方市駅へ。淀川河岸でちょっと調べモノ。急に強く雨が降り出したので、「淀川資料館」で雨宿り。パラパラの雨だが、なかなかやまず。ついでに「市立枚方宿鍵屋資料館」に寄る。「鍵屋資料館」は、入場料200円。江戸時代に三十石船に酒や食事を売っていた「くらわんか船」で有名。他にほとんど誰もおらず、館の人と少し話をする。

このチケットは、男山のケーブルも使えるみたいなので、久しぶりに石清水八幡宮に寄ってみたい気もしたのだが、鍵屋資料館の延長で、そのまま気分は江戸時代。「十石船」を見たくなったので、そのまま「枚方公園駅」から「中書島」へ。観光船の「十石船」をやっているはずの「三栖閘門」まで行く。が、5時半で、船などは終わってしまっていて、係の人が鍵をしめて帰るところ。(「中書島」は、維新で有名な寺田屋があるところだが、これは駅の反対側)。

で、また宇治線に乗って、15分ほどの「宇治」へ。6時過ぎだが、まだ明るい。とくに見たいものはないのだが、宇治橋を渡り、ぶらぶら「平等院」のあたりを川沿いに歩いていく。すると、たくさんの人を乗せた小さな船がいくつも通り過ぎて行く。ビールなんか飲んでにぎやかに騒ぐ人たち。どうやら鵜飼い観光の船らしい。見ると、乗船場があって、女性鵜匠のポスターなんかが貼ってあったりする。そういや、たしか宇治のあたりは、河岸からも鵜飼いがよく見えるはずだが。でも私は、8時頃には義母の家に寄ることになっているので、暗くなるまでは待っていられないんだよね。とりあえず「おだんご」だけ買って、中の島をぐるっと歩いてまわってから、電車に乗る。祇園祭なので、ゆかた姿のカップルがかなり乗っている(京阪電車はもちろん特別ダイヤ)中書島で乗り換えて、京阪特急のテレビカーに乗ったら、大河ドラマが始まってしまった。8時半過ぎに義母の家に寄ってから夕食を食べ、10時頃、自宅に戻る。

京阪フリーチケット千円、けっこうお得かも。夏限定みたいだけど、皆さんご利用くださいまし。

07/16/2006

そろそろ作家デビューも

7月15日(土)
朝から小説講座の事務所。昼、文章教室<ライティング講座>。夕方は、専攻科の講義。

ライティング講座は、後期ガイダンス。そろそろ修了課題を準備しなくてはいけない時期。小説講座は、本科も専攻科も1年間のコースだが、文章系のクラスは、在籍期間が短いからすぐに修了課題だ。秋から開講予定の実践クラスに進学する人もいるかもしれないけど、このまま半年で卒業する人もいるだろう。週1回の講座だから、本当にアッという間なのである。

たとえ短くても、私としては、すべての生徒さんに払った学費の分だけは充分モトはとってもらいたい。もちろん小説講座と違って、文章教室はプロ養成のコースではないのだが、文章表現力を上がるのが目的なので、半年間でしっかり上がらないと困る。

ただ、実際、4月に入学してからわずか3ヶ月で、すでに皆かなり上達している。初心者の人は、書けば書くほど上達するものだし、ちょっとアドバイスを受けるだけで、ぐんとうまくなる。このクラスは、宿題(自由課題)も提出率がよく、ほぼ全員が毎週のように書いてくるから、とくに上達がめざましい。事務担当のOさんも、「作品集を読んでいたら、みんなホントにうまくなってるよね」と感心していた。「でも、なぜか自分のは、どれくらいうまくなってるのかどうか、全然わかんないんだけどねえ」(今回Oさんは、事務担当をしながら、生徒としても参加しているのだった)、まあ、みんなそんなもんらしいわよ。

夕方、専攻科の講義。本日の講師は、ミステリ作家の小森先生。最近は、大学で週2回講義をされているせいか、このところうちに講師に来られる時も、ジャケットを着て来られている。この先生も、実際の年齢の割に、ヘタするとまだ学生と間違われかねないほど若く見えるので、その方が「先生っぽく」ていい感じ。本日の作品は、長編1編を含む4編。またまた枚数が多い作品ばかり。このところ、専攻科は毎回、長編があるのだ。先生も大変だが、専攻科の講義は作品指導ばかりなので、他の生徒さんたちも事前に読んで来ないといけないからけっこう大変。計算してないが、専攻科は、たぶん今月だけで2000枚〜3000枚の作品があるからなあ。ま、最近は、半分以上欠席しているみたいだけどね。

専攻科は、すでに自分で好きな講義を選んで参加するので、別に興味のない日には参加しなくてもいいのである。まあ、今日なんか、かなりおもしろい講義だったので、ちょっともったいないけど。

小森先生は、どちらかというと、あまりペラペラとしゃべるタイプではなくて、いつものんびりした感じで話をされる。その華麗な経歴(16歳で乱歩賞最終候補で、東京大学大学院で哲学、ニーチェが専攻)にくらべると、ギャップがあるよな、かなりほんわかしたムード。講義もやさしい雰囲気でどこかのんびりしたペースなので、たまにイラチな生徒さんなんかは、少しイライラするらしい。けど、生徒さんの質問によく考えて誠実に答えてくださるし、作品分析もゆっくり穏やかに話されるのだけど、これもかなり鋭い。

さて、今日4編のうち2編は、専攻科でもとくにうまい人の作品で、小森先生にもおなじみの2人。2人とも、小説コンテストなどでも、予選はまず通過するという安定したレベル。ただ、今日も小森先生にも言われていたけど「いい線までいくだろうけど、賞をとるかどうかは、ちょっと難しいのでは」という感じである。「もう少し何か足りない。何かパンチが欲しい感じがする」
確かにうまいだけでは新人賞はとれないだろうし、そこが大変なのだが、2人とも実力はたっぷりあるので今後が楽しみ。あとの2人も、このところめざましく上達していて、今回の作品もすごく面白くなっている。このところ、専攻科の生徒さんたちは、目に見えてうまくなっている。去年とくらべると、全体的にもレベルがかなりあがっているよねえ。

しかし、小森先生の指摘は、いつも少し意外なコメントが多い気がする。今日もまたちょっと意外なトコだった。たとえば、最後の長編については、なにせうまい生徒さんだし、「さて、この作品に、先生がどんなコメントを言うのかな」と思っていたら、まず最初にタイトルにもなっている「グループ名称」についてあった。生徒さんに「その信条は何?」と聞かれる。私は内心「え、いきなりそこから!?」と思ったけど、そういや、そういうトコが全体の雰囲気に影響を及ぼしていると言われてみれば、その通りなのだった。よく考えてみると、そこが変わっていれば、全体的にまったく違った雰囲気の作品になったかもしれないよねえ。「ハードボイルド」だったのだが、ハードボイルドならできれば「疎外感」や「都市感覚みたいな表現」が少しは欲しいですね、と言われていた。それもその通りだなあ。そういや、できれば「寂寥感」みたいなものは欲しいかも。けど、こういうのはストーリーとは別なのかなあ。

しかし、小森先生はたえず穏やかなモノ言いなので、鋭い指摘なのに一見そうは聞こえないところが不思議だな。

それにしても「プロの作品と比較しても、もはや大きな差はないけど、新人賞をとるには、まだ物足りない」……専攻科もまだまだ大変なんだなあ。

講義後、いつもの中華屋さんで、小森先生を囲んで飲み会。特撮やら、小説など色々雑談。

07/14/2006

専攻科は、さすがにみな締切を守る人ばかり

7月14日(金)
朝から小説講座の事務所。夕方まで事務作業。

朝、いつものようにラジオで「朝はミラクル!」(かんべむさし先生がパーソナリティをするラジオ番組)を聞いていたら、映画監督の金秀吉氏の声が聞こえてきて、ちょっと驚く。オダサク映画? そういえば、「大阪人」にもそんなインタビュー記事があったかも。キムスギル監督は、シナリオ学校の講師としても何度かお世話になったのだけど、気さくな性格で、なんだか会うだけで元気がもらえるような方なのだ。ラジオから聞こえてくるのも、いつものちょっと大きな声で早口の熱い口調だったので、朝からちょっと楽しい気分。

昼、事務所で、専攻科のSクンの原稿を待つ。前回の専攻科の作品指導では、「原稿差しかえ」をお願いしたのが、私の送付ミスもあって、草上先生にバレたあのSクンである。先生にも「一度提出した原稿は、取り返せないものと覚悟して出すこと」などと厳重注意されていたSクン。ところが今回、またもや「差しかえしますので、まだ印刷しないでください」とわざわざ留守電が入っていたのだった。思わずゲラゲラ笑ってしまった私。ええかげんにせえよ。

さすがである。ちょっとも反省してないな。あんまり可笑しいから、私は、これをブログに書かずにいられないのである。その前には、大量の年表と地図をムリにコピー配布したり、あるいは「ノンフィクションかフィクションか自分でもわからない」と言い出して、一度提出した作品を取り下げたり(そんなこと、とりあえず自分で決めてもらわないと指導できない)今年だけでも、アレコレしたSクン。おもしろすぎ。

毎回何かしら、いろいろ伝説を作ってくれるのだ。これで、記録更新である。面白い。面白いすぎるぞ、Sクン。すでに専攻科のアイドル、もはや伝説上の人物かもしれない。ほら、これを書かずにいられましょうか。

専攻科の作品については、私自身が今週しか読む時間がとれないので、何が何でも、ギリギリ今日の13時までには、絶対に持ってきてもらわないと困るのだ。ただ、Sクンのことだから、13時ジャストに来ないかもと思っていたけど(案の定、遅れて来たが)、本日にはないと年内(うちは9月末が年度末)に指導が終わらない。

まあ、とりあえず完成したみたいで、ホッとする。なにせ彼は、去年も、出す出すと言いながら、結局、何度も私と丁稚どんが待たされて、あげくの果てにわざわざSクンの原稿を受け取るためだけに出勤してきても、結局、来なかったという「前科」があるもんなー。しかし、長編ならば、予定通り完成しないことも多いので、遅れるのもわかるが、なんで60枚ほどの短編の提出を遅れるんだろう。

しかも「今回、あんまり出来よくないですよ。ほとんど数日で書きましたから」と言う。あいかわらずトボけた人なのだった。あれれ、前回のもそうだったんじゃないのかなー。それにしても、2ヶ月も前から締切がわかっているのに、なんで、たった数日で書くんだー。忙しい? 忙しいなんて、仕事も家庭も、もっと忙しい人がたくさんいるぞー。ただの言い訳である。

はてさて、これは、単に計画性がないのか、予想が甘いだけなのか。それとも、自分ならさっと短期で書いても、うまく書けるという、よほど自分の能力に自信があるのか。それとも、プロになりたい、なんてのは、ただの夢物語で、ホントはさほど本気ではないのか。なんだかちょっと甘すぎる気がするんだけど、どうよ。ま、それは、Sくんに限らないけど。

「今度からは、ちゃんと間にあうように気をつけてね」とやさしく言ったら、「間に合いましたやん!」と平気な顔でまったく悪びれず。どこが間に合ったんじゃい。3日遅れやろ。今日だって、わざわざ待たせとるんじゃい!
思わず「どこが間に合ってるねん。毎回、他の人は全員ちゃんと間に合ってるねん。みんな当日、1時の締切に、ギリギリでもちゃんと持ってくるで。3日も遅れてるんは、アンタ一人だけや!」とツッコむ私。だって、事実だもん。

実は、今年、専攻科が締切厳守になったのは、昨年のSクンのおかげなのだ。ちょったあ、反省しろよ〜。やっぱ、3日遅れまで待ってあげたのを、ちょっと後悔する。締切厳守は、何が何でも厳守すべきであった。数十分、数時間遅れならともかく、3日遅れなんて、小説コンテストならアウトだぜ。少し説教する。ただ、彼は、小説以外にもあれこれ関心があるらしく、せっかく説教しても、どうせ気もそぞろみたいだけどなあ。

まあ、長年のつきあいで、すっかり慣れているから、別に怒ってはいないんだけど、なんだか可笑しすぎる、Sクンなのだった。しかし、「かわいいわね。仕方ないわね」と言われるほど、もう若くはない歳なんじゃないのか。おもしろいぞ。いや、明日は、専攻科の講義。またお会いできるのが楽しみですなあ。ちなみに明日の講師は、小森先生。いや、楽しみ楽しみ。

夕方、また昨日ココログのメンテナンスで、アップできなかった分をまとめてアップする。木曜日にメンテナンスが入ることが多いらしいので、やっぱり、一週間分まとめてアップするのは問題があるなあ。できるだけまとめずに毎日更新するようにしなくちゃね。

ビールを楽しみに、コツコツ事務作業

7月13日(木)
朝から小説講座の事務所。コツコツ事務作業。夕方、9時まで残業。

たとえ労働時間が長くても、はかどらない時ははかどらない。秋からの運営方針がなかなか決められず、カリキュラム作りもはかどらない。仕事にも飽きて来た頃に、電話があり、映像ディレクターのKさんが来館。生のイチゴにアイスが入ったお菓子を持って来てくれて、久しぶりに雑談。Kさんは、3月に長く勤めた専門学校の講師を辞めて、しばらくのんびりしているらしい。趣味も豊富で、演芸やらミリタリ系とか、パソコンの映像編集とか、色々と博学なので、話をうかがうのはいつも面白い。「ちきゅう」のパンフレットとか見せてもらったり(ご興味ある方は、http://ameblo.jp/iwkawa/)

明日からまた山口に行くというKさんに「今度、ビール飲みに行きましょう」と固く約束して、またまた地味な事務作業にもどる。そのまんま9時過ぎまで、一人で残業。

07/13/2006

小学校の懇談会

7月12日(水)
午前中、小説講座の事務所。午後から外出。

昼過ぎ、書類を届けてから、途中、心斎橋に寄る。
夕方、小学校へ。双子の娘の懇談会である。なにせ中1の長男が、小学校の間ずっとアホだったので、(もちろん今もそうだが)妹たちもけっこうアホなのだが、おかげであんまり目立たない。

さて、妹のクラスは、昨年まで、担任の先生がちょっと頼りないような非常勤の高齢の先生で、なにせ三十年ぶりだかに小学校で教えるとかで、懇談のたびに担任の愚痴を聞かされるほど。ほとんど学級崩壊寸前だったのが、今年はクラスが変わり、今度はかなりベテランの先生が担任になった。かなり勉強にも遅れがみられていたので、ちょっと安心していたのだが、ところが面白いもので、今年になってからは、参観でもなぜか彼女はやる気なし。たしかに昨年の先生は、あまり勉強の参考にはならなかったらしいのだが、授業中さわぐ男子たちを相手に「静かにしなさいよっ!」と、毎日、はりきって注意してあげていたらしい。だから昨年はしっかりしていたらしいのだが、担任の先生がしっかりした途端、どうも自分は「のんびりする」ことに決めたらしい。なんだか面白い。

けっこう慎重なタイプなのだが、どこか要領がよくて、周囲にあわせるところがある。執着心も薄くて、欲もあまりなくて、ものごとにもさほどこだわらない。勝負事も避けるし、すぐにラクをしたがるところがある。先生がしっかりしたから、自分はのんびりやろうと思ったのかもしれない。なんだか面白い。で、今年は、姉のクラスが、今年から新任の若い女性の先生で、今度はこっちが男子が暴れて、4月は学級崩壊寸前。しばらく毎日のように「今日も、校長先生が来てた」らしい。男子と違って、女の子は、学校で何があったか、こと細かくペラペラとよくしゃべる。今年は、姉のクラスで、担任の先生が「いつも女の子たちに助けられちゃって」いるらしい。どうやら小学生は、どの学年でも、だいたい女子の方がしっかりしているようだ。

それにしても、この二人、双子で顔もそっくりなのだが、性格はかなり違う。姉の方は、双子なのに「自分がお姉ちゃんだ」と考えているせいなのか、負けずぎらいで、執着心もけっこう強い。そのわりには、どこかおおざっぱなところもあり、忘れ物もめちゃくちゃ多い。だいたい姉の方は、前の日にほとんど時間割をあわせたことがなく、朝になってから、アレがないコレがどっかいったと泣いている。宿題もよく忘れる。妹の方は、前日からきっちり時間を合わせている。まったく同じ学習机を買ってやったのだが、妹はいつもきっちり整理整頓されていてキレイだけど、姉の机はぐちゃぐちゃだ。どうも一卵性双生児らしいんだけど、そういや妹の方が、まだ赤ん坊の時からなんとなくやや神経質だったしなあ。つみきの並べ方からして、姉はおおざっぱで、妹は細かかったからなあ。なんだか、こういうのは、先天的なものがあるのか、それとも後天的なものなのかよくわかんないな。まあ、後天的かもしれないが、もしかして、1〜2歳の頃に決まるのかも。

懇談の時間をあわせてもらったので、2クラスかけもち、連続で懇談をすませて帰宅。

帰宅後、頭痛がして、ちょっと寝込む。電車の冷房はめちゃくちゃキツイかったし、小学校はめちゃくちゃ暑いしで、体調もおかしくなる。子供たちに夕食の準備をしてもらう。

07/12/2006

小説専攻科は、最終締切

7月11日(火)
午後から小説講座の事務所。

専攻科の作品締切日。またまた長編もあり。大量の作品が集まった。丁稚どんと作品整理に追われる。あっという間に一日終了。さすがに疲れた。

07/11/2006

小説とは関係のない休日(学内コンテスト対策)

7月10日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

事務所はお休みだが、例によって、専門学校にて非常勤講師。今日で、夏休み前の講義は最後なので、休みあけの「学内コンテスト」の締切にむけて、ちょっと助言してみる。他の先生たちは、具体的にいろいろアドバイスしているのだろうけど、私は実務的なアドバイスはできないので、私なりに励ますしかできない。でも、以下のような話をしてみた。こっちは、マンガコースの生徒さんなので、小説講座の生徒さんにはあんまり関係ないかもしれないけど。

1 とにかく作品をかいて、応募すること。

「どうせヘタだから、書いてもコンテストで落ちてしまう」とか、そんなことまで考える必要はない。どうせ応募するのはタダなんだし、応募しなきゃソン。たとえダメな作品でも、まったくどうしようもない作品もないわけだし、「ヘタだな」「つまらないな」と思われたって、それはその次に面白いものを書いた時に「上達したなあ」という驚きに変わるかもしれない、と思えばいい。反対に、まったく何も提出しない人は、評価はゼロ。どのみち書かなきゃうまくはならないし、たとえヘタでもそれが今の実力なんだから、一作ごとにうまくなればいい。とにかく応募しなくちゃはじまらない。もしかすると、運良くたまたま他の応募者がみーんなヘタかもしれないし。宝くじも買わなきゃ当たらない。とくに「マンガ」の場合、描くのにけっこう時間がかかるものなので、案外、完成しない人が多いのだ。とにかく応募する。

2 せっかくだから、どうせなら選ばれる作品を書く。

ヘタでもとにかく応募する方がいいと思うが、やっぱり、せっかくなら入選した方がいい。宝くじと違って抽選じゃないんだから、やっぱり選ばれるべき作品が選ばれる。ということは、選ばれるような作品を書かなくちゃ。そのためには、やはり人と違った作品、他の人には書けないような作品で応募した方がいい。人と似たようなジャンル(専門学校の場合は、安易なファンタジー、安易な学園ドラマが多い)、似たような話はやっぱり不利なのだ。できれば人と違う「おっ!」と思われるようなもの。

3 たっぷり時間をかけて、作品のクオリティをあげる。

夏休みあけの締切日まで、時間はかなりある。たいていの人は、ギリギリまで作品を描かずに、締切日直前になってから、あわててとりかかる。案外、じっくり時間をかける人は少ない。ところが、少なくとも新人のうちは、あわてて作った作品はクオリティがどうしても下がる。成功する可能性はかなり低い。発想力や表現力が低くても、時間さえかければ、作品の質はある程度高くなる。たっぷりと時間をかけるためには、制作スケジュール管理をして、クオリティをあげておく。

4 できれば3作くらい作って、1作品を選ぶ。

とくに初心者のうちは、技術レベルも低いので、一作目でうまく書けるとは限らない。できれば、3作品をたっぷり時間をかけて書くくらいのつもりで、制作スケジュールを作った方がいい。3作くらい作品を書くための時間をとっておけば、そのうち1作品くらいは何とかなる。3作品できた時点で、人に見せたりして、どれを応募するかを選べばいい。

5 競争を意識する。

100人受けて、80〜90人が合格するような入社テストと、ほんの数名しか合格しない入社テストがあったとしたら、面接に期待する内容が違う。ほとんどの人が合格するテストなら、「失敗しない」とか「それなりにできている」ような人が合格する可能性が高いから、面接時にヘタに目立たない方がいいけれども、100名が受けても、たった1〜2名しか採らないような会社なら、ほどほどにやったらたぶんダメ。目立たなければ、まず採用されない。だから、もし実力が低いと思うのなら、いっそ平均点を狙うのではなくて、いちかばちかで目立つのを狙う方がいいかもしれない。

6 「敵」の実力を甘く見積もらない。

応募作品には、読み手(選者)とライバルがいる。選者は、海千山千のプロばかりだから、安易な作品でごまかすことは難しい。また、話にならない実力のライバルもいるだろうけど、それなりの実力のライバルもいっぱいいる。それなりの応募数があるのなら、うまいライバルがかなりいると考えておいた方がいい。だから、たとえ自分が周囲より多少うまくても、決して手を抜いてはいけない。むしろやりすぎぐらいがちょうどいい。

7 自分を信じる。誰にでも、個性は、きっとある。

どんな人にも、たぶん得意なものがあるはずなので、真剣に探して、できればそれを活かす。格闘シーンを書くのが得意とか、戦艦が細かく書けるとか、時代考証ができるとか、スポーツとか、みんなが知らない業界が書けるとか、他の人がけっして真似できそうにない「特技」があれば、それを活かせるような作品を書いた方がトク。

8 ねらいはシンプルな方がいい。

とくに初心者の場合、作品のねらいは、シンプルにして、あまり色々狙わない方が無難。作品のねらいとは、読者に対して「どうしたいか」で、たとえば「笑わせる」のか「泣かせる」のか「びっくりさせる」のか「怖がらせる」のか、そこをはっきり意識して、シンプルに何かを狙った方がストレートに伝わる。よく「笑ったり泣かせたりするような作品を書きたい」という人もいるが、長編ならともかく、短編だとどっちかがメインになるので、あれもこれも狙うのは難しい。喜怒哀楽、ねらいはシンプルにした方がトク。

9 初心者は、ムリに長いものを書かない。

応募枚数が自由なら、マンガの場合、とにかく短編を狙う。70枚くらいで、質がさほどよくないものを描くよりは、16ページがきっちり描ける方が選ばれやすい。描くのもラク。学内コンテストの場合、入選作を作品集にするので、長い作品はたとえ同じレベルでも何倍もうまくないとダメで、かなり不利になる。また、いきなり長いものを書こうとすると、自分自身が作品に飽きたりして、挫折する可能性が高くなる。

10 ネタは吟味して、ちゃんと考えてから描く。

ちょっと思いついたからと言って、いきなり描き始めない。たまに、まったく結末も考えずに描き始める人がいるけど、それが途中で飽きて最後まで描けなくなる原因になっている。ちょっと思いついたくらいのネタなら、すでにそれを描いた人は他にもたくさんいるかもしれない。ネタをあれこれ考えるのは、電車の中でもどこでもできるから、質さえ問わなければ、もっといいのを何百個と考えておき、そpの中から選ぶようにする。ネタは考えれば考えるほど、いくらでもがんばれば出るはずだし、誰でもそれほどムリではない。だが、実際に作品に仕上げるのは時間がかなりかかるので、ネタはとにかく吟味する。できればネタはたくさん考えてから、慎重に選んでみる。また選んだら、それをどうやったら最高に活かせるのか、プロットはできるだけアレコレ何通りか考えてみる。ただの思いつきをいきなり描きはじめると、途中で「これはつまらない」「コレじゃダメ」と自分で思ってしまうから、描く前にいろいろ考えておく。

11 最後まで、あきらめない。

チャンスは必ずある。最後の最後まであきらめない。絵を描く実力がまだなくても、ストーリーで面白がらせるとか、意外なトリックで驚かせるとか、暑苦しいほどやたら細かく描き込んでみせるとか、爆発シーンだけでもめちゃくちゃうまく描くとか、何かしら勝てる方法はきっとあるハズなので、勝負は最後まであきらめない。

07/10/2006

小説とは関係のない休日(新刊紹介、運命の出会い)

7月9日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

朝、新聞を読むと、朝日新聞の新刊案内で、田中哲弥先生の「7年ぶりの新刊!」が紹介されていた。まさに待望の新刊。昨日、小説講座で会ったばかりだし、個人的にはとてもウレシイ。わーい。

ところで、うちの小説講座の先生たちは、ただでさえプロ作家さんばかりなので、ついついモテてしまうのだが、女性の生徒さんにとっては残念なことだが、既婚者がけっこう多い。その点、田中先生はさわやかな好青年風で、ちょっとスポーティな感じがいいらしく、実は、毎年ひそかにホレちゃう人も多いのだ。女性にちょっと「かわいい」と言われるようなタイプなのだった。本人はなんだかトボけた感じで、あまり意識されてないのだけど、そこが女性には余計そそるのかも。

私は、個人的には、昔の「うめだ花月」の雰囲気を知っている人なので、ちょっと親近感があったりする。私がアルバイトをしていた時期と、田中先生が演芸作家をしていた時期は、半年か一年ほどズレているので、一緒に働いていたわけではありませんけどね。田中先生が講義や飲み会で紹介してくれるような作品は、なぜかたいてい私も好きなので、ただギャグのセンスが近いような気がするからかもしれないけど。ちなみにそれは二十年くらい前なので、まだダウンタウンも「花月」に出てたくらいの時代ですね。当時、新聞社勤務の芦辺先生は、毎日その前を通勤していたそうで、これもニアミス。

さらに余談だけど、私がコピーライターとして働いていたD社は、以前、牧野修先生も働いていた会社らしい。私の上司だったHさんは、牧野先生の先輩だったらしい。もちろん働いている時は全然知らなかったし、辞めてからだいぶあとになってから知ったのだけど。

なんだかんだで、先生たちとはアチコチですれ違っていたはずですが、これは単なる偶然でも、世間がせまいのではなくて、これは私と先生たちがいずれ出会うのが「運命」だったということなんですよ。いえ、誰がなんと言おうとそうに決まってます。他の先生もみんなそうです。すべての先生と私とは、運命の赤い糸で結ばれていたということで。やっぱ、これって天職かもね。

いやいや、なんといっても「運命」を信じるのも「才能」のうち。
ほら、たとえば「作家になるのが私の運命」とか。それをホンキで信じている人がいたなら、それこそが才能でしょ。

07/09/2006

作品指導と新刊バンザイ

7月8日(土)
朝から小説講座の事務所。午後、ライティング講座。夕方は、第9期の講義。

ライティング講座は、教室実習「コピーライティング」。今年の生徒さんは、広告コピーに興味がない人が多いのだが、授業は少しだけ短縮。半分くらいは小説志望かな。

夕方、第9期は作品指導。講師は、田中哲弥先生。修了課題の作品指導は、今日から連続して9月までかけて行うのだが、その第1回目。牧野修先生と藤原ヨウコウ先生が教室見学に来られていた。修了課題指導なので、生徒さんがいつもかなり緊張されるのだけど、いつも田中先生は、とてもやさしく丁寧に指導してくださるので有り難い。

さて、久しぶりの新刊『ミッションスクール』と『やみなべの陰謀』が立て続けに出版されたばかりの田中先生。講義後の教室は、しばらくサイン会に。「大久保町シリーズ」など、けっこう根強いファンが多いみたいだし、これからは、もうちょっと頻繁に作品出して欲しいんですけどね。いっぱいいっぱい書いて欲しいです。

講義後、先生たちといつもの中華屋へ。11時過ぎまで、興味深い話をいろいろ聞く。はじめて会った藤原先生も、とても感じのいい人で面白かった。しかし、牧野先生といい、何だかみんな年齢不詳だなあ。若い! そんな歳じゃないのだが、なんだか学生みたいな感じである。

ところで、田中先生にひとつ質問をするのを忘れていた。今、ある事情により、落語「野崎まいり」の音源(ビデオ、テープ、CD)をいろいろ探しているので、それを元演芸作家の田中先生に聞こうと思っていたのに。夜、12時過ぎに帰宅。

07/08/2006

真夏の麦茶、夏本番

7月7日(金)
午後から小説講座の事務所。あいかわらず事務いろいろ。

暑い。毎日、麦茶を沸かしている。去年まで1.5リットルのやかんを使ってたのだが、今年は2リットルのやかんを導入。それでも追いつかない。夜、寝る前に麦茶をわかすのだが、朝、起きてお茶を飲み、学校に行く子供たちに水筒を持たせただけで、早くも3〜4リットルがなくなっている。あわてて、また2リットル×2回を用意する。これだけ用意しておいても、夕方に仕事から帰宅したら、きれいさっぱり子供たちが飲んでしまっている。真夏のガキどもは、実に、暑苦しい。

最近、世間では、麦茶をわかさず、すべてペットボトルを買ってくるという家も多いらしいのだが、こんだけの量をすべてペットボトルを買うとなると、一週間でどれくらいの量になるのかな。2リットルのペットボトルで一日4本としたら、一週間で28本か。土日は給食もなく、家に子供たちがずっといるから、消費量ももっと増えるんで、30本以上かな。でも、資源ゴミの日は、週1回だからなあ。ぞっとするなあ。

そんなわけで、麦茶パック50袋入りを買っても、気がつくと、すぐになくなってしまう。庭に出ると、太陽にじりじり照らされたトマトとナス、キュウリ、朝顔も、やっぱり水ばかり欲しがる。ハムスターのカゴも、保冷剤や水を凍らせたペットボトルで冷やしてやる。そろそろ天神祭の準備もはじまるよな、すっかり夏である。

07/07/2006

「ケレン」と「わくわく」と

7月6日(木)
午前中、小説講座の事務所。午後から外出。

私は、小説講座や専門学校で、生徒さんの作品をたくさん見る機会があるのだけど、これは時間はかかるのだが、けっこう楽しい行為でもある。小説だったり、マンガだったり。私自身は、これまで一度も「作家になってみたい」とか「マンガ家になりたい」なんて考えたことがないし、作家でもマンガ家でもないのだが、「プロになりたい」という生徒さんたちを見るとなぜか嬉しい。(小説講座の教室で、講師はプロ作家、生徒さんも含めて、全員が小説を書く人々の中で、私だけが小説を書かない人だし、作家でもマンガ家でもない私が、こんなふうに生徒さんたちと接しているのは変なのかもしれないな、なんてことはよく思ってしまうけど、まあ、私自身はプロになりたい人を応援するのなら、それはけっこう楽しいのである。

だいたい、もし私が作家志望だったら、事務作業とかはできないだろうし、生徒さんの作品も冷静に読めないかもしれないな。シナリオ学校の時にも、演芸台本コースやシナリオコースなどがあったのだけど、こういう養成講座の事務担当は、プロ志望じゃない方がいいのだった。

でも、出版社の編集者なんかも、別にみなが作家やマンガ家になりたかった人ばかりではないだろうし、私だって一応、作家養成が仕事なのだから、まあ、いいということで。

ところで、生徒さんの作品を読むのは楽しいのだが、たまにややこしかったり、ちょっと意味が分からない作品もある。もちろん読むのはけっこうイヤではない。うちの講座は、通学講座なので、生徒さんとは全員、年に何度も顔を合わせる。個人的にどんな人間か、よく知っている人だから、「ああ、こんな作品を書くのか、楽しみだな」と思うことが多い。講師の作家さんたちの中にも、小説コンテストの下読みなどをされる人もいるけど、コンテストの応募作品は、まったく知らない他人。よく知っている生徒さんの作品を読むのとかなり違う。知っている人の作品だと、たとえヘタな作品でも「愛」を込めて読むから、楽しいのである。

でも、一方で「おしいなあ」と思うことも多い。
「おしいなあ」というと、まるで私のジャッジみたいだけど、本当はそうじゃなくて、たぶんこれも期待みたいなもんなんである。「おしいなあ」の理由は、たぶんホントに人それぞれで、ケースバイケースなんだけど、なんとなく最近思うのは、やっぱ、「サービス精神」かな。それを感じるか感じないかがけっこう大きいのかもしれないなあ。

ところで、小説講座の担当になった時、一番よくわからんかったのが、ミステリの独特の用語。その中で一番よくわからんかったのが、「ケレン味」という言葉である。この言葉、ミステリの書評とか、解説でしか見たことがなくて、他のジャンルでは見たことがない。歌舞伎の用語らしいんだけど、最初、何を指しているのかイミがわからなくて困った。ミステリ用語なのかしら。でも、最近、もしかすると、エンターテインメント小説にも必要なのも、この「ケレン」なのかもしれないな、なんて思う。

やっぱり、サービス精神なのかな。生徒さんの場合、まだ書き慣れなくて、自分の書きたい気持ちでいっぱいで、サービス精神を発揮したくてもなかなか難しいみたいなんだけど、でも、やっぱりこれって「技術」とはまた別なものなのかもしれない。なんだか、ある人には最初からあるし、ない人にはいつまでたってもなかなかないみたいだから。プロ精神というか、なんか「ワクワク感を出すぞ」みたいなものかな。

ああ、やっぱ、ワクワク、なのかなあ。
と言っても、あいかわらず「ケレン」が何なのかよくわからないんだけどねえ。

07/06/2006

字幕と吹き替え

7月5日(水)
午後から小説講座の事務所。雑用イロイロ。

家に帰ると、子供たちが「小人さんたちの踊り」を歌っていた。先日、『チャーリーとチョコレート工場』のDVDを見たのである。子供たちにはえらいウケた。こういうのは好き嫌いが激しいものかもしれないが、うちの子供たちは、こういうのが大好き。DVDを3度も見た。3度目は、子供たちは父親にも見せたがった。子供たちは、自分たちの父親が「ダンスが好きなオッサン」だから、きっと興味を持つだろうと思ったらしいが、彼は、映画のビビッドな色使いが気に入ったらしい。

しかし、どうも夫は、どうも日本語吹き替えがほとんど聞き取れないらしい。最近のDVDは、字幕や音声が選べるのだが、どうも字幕じゃないとわからないらしい。そう言えば、彼が「邦画」を見ている光景は一度も記憶にない。彼は、深夜に一人でよくビデオやDVDを見ているのだが、たいてい洋画で『字幕』だった。彼は、片耳がやや聞き取れないので、日頃の会話でもはっきり話さないとわからないのである。とくに低音が聞き取れないらしい。人と話す時もかなり体を傾けている時がある(片耳だけが悪いので、つい「いい方の耳」を前に出してしまうらしい)

で、「邦画」とか「日本語吹き替え」は聞き取れないので、全くわからないらしい。テレビドラマならセリフ数が多いし、ちょっとくらいわからなくても、ストーリーくらいはわかるようになっているらしいのだが、映画はダメなのだとか。趣味が全然違うから、同じ家に住んでいても、同じビデオやDVDなどを見たことはあまりない。たまには見ているのをのぞくこともあるけど、まあ、趣味がかなり違う。彼も、近所の同じレンタルショップや図書館で借りてくるのだが、いつも「あれ、そんな作品、どの棚に置いてあったっけ?」と思うようなものばかり、なぜか選んで借りてくる。小説もそれなりに読むのだが、きっぱりすべて純文学系で、私と違って、SF、ミステリ、ファンタジー、ホラーといったエンターテインメント系は一切読まない。読んでも全然おもしろさがわからんそうだ。

DVDが普及してきたので、音声も字幕も、英語と日本語など選べる。私は、映画は字幕もいいが、吹き替えも好きなタイプなので、両方選べるのがうれしい。しかし、障害を持つ人にとっても、DVDってありがたいものなのだな。

07/05/2006

小説講座は、9月が年度末です

7月4日(火)
午後から小説講座の事務所。

またもや地下鉄を乗り過ごす私。たまにやってしまうのだが、乗り換え駅で降りるのを忘れる。地下鉄で数分おきに止まるせいもあるが、しょっちゅう違う路線を使うので、ぼんやりしているとついつい忘れるのだった。

丁稚どんが来て、専攻科の作品もやっと印刷がおわったので、9期の作品の印刷など。しかし、専攻科は来週には締切なのだが。この一年、丁稚どんは、ほぼ専攻科の印刷ばかりで、専攻科専属みたいなものだ。専攻科の学費は、年間3〜7万というめちゃくちゃな低価格。数百枚の長編を何本も提出している人もかなりいるので、印刷費だけで大赤字。これで今年誰もデビューできなかったら、承知しないわよ。ええ、もちろんボランティアではなく、専攻科の赤字はできれば「宣伝費」として補うつもりですハイ。

9月締切の大阪ショートショート大賞の募集準備。10月開講の小説講座「第10期募集」のカリキュラム調整など。雑用イロイロ。

07/04/2006

小説とは関係のない休日(夢も希望も)

7月3日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

事務所はお休みだが、終日、お仕事。専門学校の非常勤講師など。
生徒には恵まれている方なのだが、かなりややこしい学生がいて、疲れることがあり。授業中、ちょっと注意したら「ウザイなあ。めっちゃ気分悪いわ」と帰っていく。うちの小説講座は、社会人向けだし、自分で学費を納めてプロをめざすような真面目な生徒さんばかりなので、そっちに慣れていると、専門学校などで非常勤講師をするとこういう学生の態度に面食らうことがある。もちろん専門学校でも、真面目な学生が多いのだが、中にはずーっと寝てるのとか、ずっと携帯でメール打っているのとか、どうにも最初からやる気がない学生も混じっている。

あまり毎回やる気なく、だるそうにしているので、
「他の授業でも毎日そんなんやってたら、学費もったいないんじゃないの?」
などと単なる好奇心で声をかけたら(あまりひどいと先生もさすがにかまってられないので、もはや寝てもらっていた方がいいわけで、誠意を示しようがない)、
「ええねん。どうせ親の金やから」
「でも、年間百数十万も学費かかってるんやろ」
「そんなん、オレの知ったことちゃう」
「お金もともかく、どうせ寝てるんやったら、教室に来ても時間がもったいないやろ。家で何か違うことやってた方がまだいいんとちゃうの」
「でも、家で寝てたら、親うるさいやん」
などという、かなりダルイ学生もまれにいる。

まあ、「何もかもダルイ」ってのも、ある意味、若さの証明なのかもしれないが、ここまでやる気がないと3年間もたないのではないかと思うのだが。真面目な学生が多いだけに、私語でうるさい学生は持て余してしまう。こういうタイプの学生は、そのうち授業にも来なくなるのだが、まだ1年生の前期なので、今のところ学校にはかろうじて来ているのだった。

帰宅後、パソコンでビデオ編集をしている夫をつかまえて、ちょっと相談。彼は、高校の美術教師だが、正規採用になったのは、ほんの2〜3年前。しかし、それまでに非常勤で十数年間、あちこちの高校で「流しの教員」をやっていた。高校教師というのは、進学校といわゆる問題校みたいなところで全然やり方が違うらしい。ちなみに今の勤務先は、彼にとっては過去最高に優秀な学校らしいのだが、以前は退学者がかなり多い学校などにも勤務していたことがあるので、なんだかんだという生徒には慣れているのである。

「ややこしい学生がいて、ちょっと手に余ってしまって」と話をしたら、
「はっはっは。そりゃ、よかったな、オレの日頃の苦労が、ちょっとはわかったろ!」と、げらげら笑う。
「はいはい、わかりましたよ。高校教師は、もっと大変なんやろ」
「でも、生徒にやる気を出させるのが教師の実力。やる気のある生徒に教えるんなんか、誰でもできるからな」
「そりゃあ、アンタは教師歴が長いけど、私、非常勤やもん」
「まあ、仕方ないよな。非常勤はムリと思うよ。難しいから。ややこしい生徒と信頼を関係を作るのって、授業中にはまずムリやねん。どっちかつーと放課後とか、授業以外で、個別に時間を作らないとアカンから。やる気あるヤツはいちいち言わんでも勝手にやりよるけど、そうはいかんからな。でも非常勤は、そういう時間がとられへんから難しいやろ。まあ、教師は教えるのが仕事やからやれるんで、非常勤は他にも自分の仕事があるしな」
「授業中はムリやわ。生徒数も多いし」
「けど、ダルイ生徒なんか、高校にもいっぱいおるで。『何もおもろない、何もやりたくない、全部だるーい』って、将来の夢も希望も何もないとか、けっこう平気でいっぱいおるで」
「ふーん。夢もないんや」
「夢なんかあるわけないやろ。そりゃ、将来の夢とかあったら、何もかもだるくないもんな。でも、そういう習慣がないねん」
「夢って、習慣?」
「目標とか、夢とか、そういうの、ふつうなら、それなりに持っているもんやろ。でも、将来の夢がないヤツは、そういう習慣がないねん」
「ふーん」

私は、夢とか希望とか、ああいうもんって、人間なら誰でも自然にわいてくるもんだろうと思っていたけど、あれって、後天的な生活習慣だったらしい。そう言われてみればそうなんかも。習慣かあ。たしかに習慣を変えるのは、けっこう大変だよなあ。しかし、もし夢とか希望が持てないのも「生活習慣」なのだったら、これほど健康に悪い習慣はないよなあ。

07/03/2006

小説とは関係のない休日(イタセンパラ)

7月2日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

午前中、かなりの大雨。その雨の中、京阪の「香里園」駅から15分ほど歩いて、淀川近くの「水生生物センター」へ。『淀川の魚と自然環境』の講演会を聞きに行く。

淀川にすむ天然記念物「イタセンパラ」の生態や魚類相の変遷など、淀川の魚に関する話をいろいろ。あまり知られていないことなのだが、淀川水系にすむ魚の種類は、実に百数十種類なのだそうで、これは、日本で一番多いと言ってもいいほどらしい。つまり淀川水系というのは、日本一、魚の種類が多い水系なのだ。(ちなみに、大阪府に入る三川合流からが「淀川」と呼ばれているのだが、法令上は、琵琶湖から流れ出てくる瀬田川からが「淀川」ということになっている)

日本全国に住む淡水魚の種類が300種類ほどらしいから、3分の1くらいはいることになるらしい。「淀川水系」というと、琵琶湖も含むが、大阪府下の「淀川」だけでも百種類は確認できるそうだ。それだけ多様性の高い生息環境なんである。

川というと、「とにかくきれいな清流がいい」というイメージがあるらしいが、きれいな川は、案外、魚の多様性は低いらしい。清流に住める魚は限られている。「たまり」や「よどみ」を好む魚など、魚にもイロイロなヤツがいる。だから、魚にとっては、ただきれいなだけじゃなくて、いろんな場所が用意されているような川の方がイロイロ住めていいというわけなのだ。こりゃまるで、人間サマと同じですな。その点、淀川はスゴイぞ。さすが大阪。キレイもキタナイも含めて、イロイロふところが大きいってことなのである。ま、淀川は、湖やわんどもあり、日本の川にしては、極端に下流域が長いために、魚の種類が多いらしいけど。

ところで国の天然記念物「イタセンパラ」は、濃尾平野、富山平野、淀川水系のみに生息する10センチほどの淡水魚。だが、濃尾平野の方は、どうも知らないあいだに絶滅状態したかもしれないらしいのである。富山平野も、今はほとんどいない状態だから、淀川が唯一の生息域と言ってもいい状況。淀川は、けっして清流にはほど遠いのだが、この「イタセンパラ」という魚は、淀川の「ワンド」に生息しているのである。だが、今年の春、稚魚が確認されなかったので、もはや限りなく絶滅に近い。もしかすると事実上、野生はすでに絶滅なのかも。この春にはニュース報道や新聞報道もされたので、市民の関心も高いようだ。

淀川の「天然記念物」と言えば、「アユモドキ」というどじょうみたいな魚もあるのだが、この魚は上流部を好むので、現在は、木津川のあたりにしかいないらしい。でも、「イタセンパラ」は、下流のわんどを好むので、城北ワンドなどにも住むのである。

ただ、淀川の生息環境から考えると、今後の見通しもかなり暗いらしい。このところ淀川水系は、琵琶湖でもそうだが、外来魚の問題も深刻で、最近の生息調査でも約40%が外来魚で占められているそうだ。生息環境の悪化に加えて、数が減ったところに外来魚が追い打ちをかける、といった状況らしい。ただし、一番の原因は、淀川のダム湖化だと考えられているらしい。

だが、これは簡単に解決できない難しい問題なのだった。淀川は、高低差が低い。なにせ琵琶湖から海抜55メートルくらい。あれだけの距離なのに、たったこれだけの高低差しかない。これは、大阪城の天守閣の高さと同じらしいのだが、三川合流の山崎からだと10メートルもない。流速もかなり遅い。大堰があって、上流のダムから完全にコンピュータで水位調整されていて、水位変動はほとんどない。ダム湖のようになっている。

ご存知のように大阪市内は、大部分が5メートルも高さがない低位地域ばかりである。海抜ゼロメートル地域も多く、水位調整はやむなしなのだが、この水位調整が『わんど』の環境にはあまりよくないらしい。大雨が降って、どっぷり水があふれて、河岸も水がつかるというのは、一見、川がめちゃくちゃにひっかきまわされるので、淀川に生息する植物や動物にはよくないような気がするのだが、実は、こうして時々かきまわされないと「わんど」の環境は悪化してしまうものらしい。泥がたまって、ヘドロ化するそうだ。なんでも今は2メートル近くも泥がたまっているのだとか。

天然記念物イタセンパラの生息地保護には、淀川の水位変動が必須と考えられているわけだが、それには防災リスクが発生する。なんでも、そのために妥協できるギリギリの線というのが「60センチ幅の変動」なんだそうだ。この川がいかに人為管理で、ぎりぎりのコントロールがされているかがよくわかる。淀川流域は、思いっきり都市部である。万一の洪水時には、相当な被害がでると予想されているので、かなり難しい問題なのだろう。しかし、じゃあ、イタセンパラをあきらめてしまうのか、となると、それも残念。ブルーギルだらけの淀川でいい、なんて人も誰もいないのだが、こういう問題は解決がカンタンにいかない。難しいところである。まして温暖化で海面上昇すれば、低地の多い大阪は、もっと難しい問題になるし。

センターでは、イタセンパラの稚魚を飼育しているので、春に生まれた稚魚を見ることができた。
(正確には、春に貝から出て来た稚魚。この魚は、秋に貝の中に卵を産みつけるのだが、孵化してからも「うじ虫」のような形状のまま、数ヶ月もずっと貝の中で過ごし、春にやっと外に出てくるという変な習性がある。ちなみに「ウジ虫みたいなけったいなヤツ」と呼んでいたのは、講演会で話していた研究員の方である。たぶん飼育者の実感なんだろうけど、一緒に話を聞いた息子にはめちゃウケていた)

センターで保護飼育されている稚魚たちは、今はまだ、体長2センチくらい。小さなピラピラした体で懸命に泳いでいる。けっこう可愛い。そりゃ、キラキラした熱帯魚をペットにする人は多いんだけど、こういう身近な淡水魚も大事にする人も増えるといいな。

それにしても、「城北わんど」などは、淀川でも市内で、大阪駅にもかなり近いのだが、こんなところに「天然記念物」(絶滅危惧種)が生息しているというのは、大阪でもあまり知られてないだろうな。

ところで、環境保護という話をすると、すぐに「行政の横暴」だとか、「役人の怠慢」とか、なぜか簡単に「犯人探し」ができるタイプの人がいるのだが、私にはどうもよくわからない。防災vs環境保護は、かなり複雑な問題なので、そんなに単純な話だとは思わない。ここの「水生生物センター」には、5人もの職員がいる。見かけはどう見ても、立派な施設だとは言えないのだが、予算が切り詰められている大阪府にしたら、たぶんけっこうな出費である。どうやら調査予算にしても、その捻出がかなり大変らしい。

しかし、イタセンパラは、国の天然記念物なんである。日本固有種で、国際的にも重要な絶滅危惧種。淀川で壊滅したら、完全に絶滅状態。地域の問題だけじゃなくて、国全体の問題なんじゃないのかなあ。もうちょっと何とかなんないのかなあ。もちろん歴史的建造物なんかの保護も大事だけど、こんなちっぽけな魚でも、数十万年かけて進化したんだよねえ。これが東京なら、とっくに予算がついていたに違いないと思うが。調査データを見ても、これまで10年おきにされていたはずの淀川の生息調査が、最新のは11年目になっていた。あとで職員の人に話を聞いてみたら、苦笑いしながら、「いろいろあって一年おくれたんですが」と言う。どうも予算の問題らしいけど。

とにかく大阪といえば、タコヤキ、お好み焼き、お笑い、もうかりまっか、しかないと思われているのだが、実際には、あまり知られてないが、こっそり「イタセンパラ」もいるのだった。まあ、あんなところに「天然記念物」が生息しているとは大阪人でも思わないんだろうけどさ。実際もう絶滅寸前だけど、まだ、ほんのちょっぴりはまだいるらしいのである。

しかし、やっぱり行政のタテ割りの弊害はここにもありそうな気もするがな。国の淀川のホームページには、イタセンパラ保護の話はほとんど掲載されていないのだった。国の天然記念物なのに、大丈夫なんかな。
(大阪府も予算がないかもしれないが、それでもこのセンターには5人も職員がいる)

7月は、川の月間。淀川みたいな身近な環境、ちょっとはイロイロ考えてみたいもんです。あ、そうそう。17日に清掃ボランティア活動が予定されているらしいですよ。

07/02/2006

瞳キラキラ小説講座

7月1日(土)
朝から小説講座の事務所。文章教室は、夕方、合同講義のため休講。
夕方から、眉村卓先生の講義。専攻科のクラスは、堀晃先生の作品指導。

眉村先生の授業は、第9期のクラスにとっては、最後のレクチャー講義。来週からは、修了課題の作品指導がはじまる。ライティング講座(文章教室)の生徒さんも参加して、けっこうにぎやかな教室。高井信先生も講義見学に来られる。

専攻科のクラスは、作品指導。長編〜中編で、合計千枚もある。とくに多い。そのせいか、本日の専攻科の出席者はきわめて少ない。専攻科2クラス合同講義なのに、参加者がわずか10人。クラス合同授業としては、過去最低。欠席理由はイロイロだが、来週、7月11日が専攻科の最終作品提出日というのが一番大きいのかも。長い作品ばかりなのだが、そこはさすがに堀先生。作品指導でも生徒さんのいいところを見つけて、うまくほめてくれるので、「やる気が出た」「励まされた気がする」という生徒さんたち。あとで話を聞いたら、作品分析もかなり鋭かったようだ。今日の生徒さんは、全員かなりしっかり書く人ばかり。

講義後、眉村先生、高井先生と一緒にいつもの飲み会へ。専攻科の人数が少ないのだが、けっこうな大所帯。ただ、おかげでいつも同じメンバーとしか話さない傾向があった専攻科も、めずらしい組み合わせで話し込んだりしていた。とくに7期の卒業生は、今までいつも同じクラスで集まる傾向があって、なかなか他のメンバーと話すことがなかったのだが、これも専攻科の数が少ないおかげか。うちの小説講座は、社会人向けなので、20代から60代、職業もバラバラ。なのだが、ミステリならミステリ、ファンタジーならファンタジーとか、同じ作家が好きとか、好きな「本」や「映画」などの話題で盛り上がる傾向があるのだった。

眉村先生の新作(夏に出る長編)の話など、面白い話題もいろいろ。眉村先生って、小説の話をするとキラキラ目を輝かせて、なぜか少年のように見える。やっぱりスゴイなあ。高井先生は、ショートショート作品を書く生徒さんのために、わざわざ夕方、ボランティアで指導してくださるとのこと。生徒さん向けの「特別補講」で、初回の予定日は7月15日。この日は、9期の講義はないのだが、専攻科の講義がある。やる気がある生徒さんはぜひ。

夜、遅く帰宅。今週もチャングムが見られない。

07/01/2006

事務所の近くで、ストレス解消

6月30日(金)
朝から小説講座の事務所。

最近、バタバタしている。一日中、書類にうまっていて、ちょっとストレスがたまる。昼休みに、ぶらりと自転車をとばして、事務所の近くの「下水道記念館」でぼんやりする。ここの地階には、レースゲームみたいな「下水道シミュレーションマシン」があるので、一人で「下水」になって、下水道を高速で走り回って遊ぶ。こういうのを見ると、堀先生の「水を擬人化して書いた作品」を思い出したりする。そういえば、最近、浄水場などでは「フィルター高度浄水」というものが導入されているところがあるのだが、ああいうのを水が通り抜ける時は「どんな感覚」がするのかしら。さぞかし、すっきりするのだろうなあ。下水道を走り回るのも楽しいけど。

わりとキレイな施設なのだが、あまり知られてないせいか、平日は、ガラガラである。上の階からだと淀川が見渡せるので、ちょっと面白いのである。ちなみに無料。

しかし、「下水道」ほど、暮らしを「影」から支えているものはないな。これほど地味で、日頃から認識されてないものはないぞ。まさに縁の下の力持ち。朝から晩まで、私たちは、誰でも毎日、「下水道」のお世話にならない日がないのであった。朝、顔を洗い、トイレに行き、歯を磨き、コーヒーカップを洗い、洗濯をし、夜には夕食の皿洗いをして、風呂に入る。しかし、日頃の生活で、私たちが下水道について認識する機会はまずない。さらに町を歩けば、注意すれば、あらゆるところにマンホールが目につく。その下には、縦横無尽に下水道が走っている。だけど、町を歩きながら、地下の下水道に気をとめる人なんてほとんどいない。自分の家の水道水が、どこからどう走ってやってきて、下水がどこからどこへ流れて行くのか。私たちはみんな毎日世話になっているのだけど、そんなこと、わかっている人はあまりいないのだった。

ま、実際、そんなこと知らなくても生きていけるし、ホントどうでもいいことだが。

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