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12/30/2005

小説とは関係のない年末(大掃除)

12月29日(木)
小説講座の事務所は、冬休み中です。

冬休み2日目。家事に追われて、年末の主婦は忙しい。本日の重要任務は、もちろん大そうじである。しかし、毎日の作業をサボっているから、「大そうじ」どころか、まずは「現状復帰」から始めなくてはいけないのだ。散らかった家を片づけて、「日頃の状態」までもっていくので精一杯。このままじゃ、また今年も「日頃はなかなかやれないところ」まで、なかなかたどり着けないわ。ううう。

午後から、自宅の仕事場の「書類の山」に挑戦。4時間ほど格闘するが、あまり減ってないような気もするが、それでもゴミ袋の山。なぜか書類ってどんどんたまるよなあ。本棚もあふれてるし。
夕方、あわてて、近くのスーパーに夕食の買い物へ行く。すっかり正月準備の商品がずらっと並ぶ。なるべく見ないようにして、最小限のものだけを買って帰る。毎年、おせち料理だけは何が何でも作る主義なのだが、ついつい買い過ぎてしまうので、30日までは、正月用の買い物はしないのである。しかも、今年の正月は忙しいかもしれないので、おせちも予算を少なくする予定。

「ゆず」が安売りされていたので、しょうゆと大根おろしで、夕食は「鍋」にする。しぼった柚子の皮がごろごろしていたので、風呂に入れて「柚子風呂」にしようとしたら、子供たちが皮だけじゃなく、残った柚子を全部丸ごと湯舟に入れて、ギュウギュウしぼりまくったので、おかげで肌がピリピリするほど刺激的なバスタイムになってしまった。柑橘系は、皮に含まれた油質が肌にはよろしいので、そんなに「汁」をしぼっちゃいけません。

ようやく冬休み、札幌から帰省した生徒会長

12月28日(水)
小説講座の事務所は、冬休み中です。

午前中、家で雑用。午後からは、子供たちと約束していたスケートに出かける。家から自転車で十数分の距離に「なみはやドーム」があるので、行こうと思えば、かなり気軽に行ける。数千円はかかるけど、スキーに比べれば、ずっとラクである。子供たちを連れてスキー旅行に行くと、どうやっても十数万円はかかるだろうから。

3時間ほど、スケートを楽しむ。もはや子供たちの方がうまく滑るので、母親の私は無理せずに、のんびりとリンクのすみっこをのんびり滑る。子供たちは笑いながら、コロコロ滑って転んでいるが、大人は一度転ぶとダメージがでかい。安全第一である。こけたら痛い。

5時までの使用時間ギリギリまで遊んでから帰宅。子供たちを夫に頼み、私だけ6時に外出。7時半にナンバで待ち合わせて、友人たちと忘年会。中学校の時の「生徒会」仲間である。Sクンが生徒会長で、あとは、副会長のKクン。彼は、今は商工会議所の仕事をやっている(私は「書記」である)。他は都合がつかず。みんな忙しい年頃である。今年も、3人で忘年会である。3人とも高校も違っているのに、なぜか今でも飲みに行っているのは、たぶんこの2人がタフでマメだから(私はマメじゃないから、いつも日程調整などもしてもらっている)
小学生の頃から口が達者で有名なSクンは、その達者なトークを活かして、現在は、外資系の製薬会社で優秀な営業マン(MR)である。今日も昼まで仕事をして、札幌から飛行機で帰省。飛行機が1時間遅れて、5時半に関空に着いたばかり。奥さんの実家で、すき焼きを少しつまんでから来たらしい。「3日まで大阪におるけど、あと7回飲みに行く。明日は3件。元旦は、妻の実家で……」、あいかわらずだが、つくづくマメなヤツ。タフやな。3人で、お好み焼き屋でビールを飲み、あいかわらずなバカ話。
(中学の時も、生徒会室に集まっていつもバカ話をしてたこの3人。やってることは成長なし。ちなみに、Sくんがさんま並みの早口トークで、Kくんがつっこみ役である。もちろん私は、笑い役。Sくんが生徒会長になったのは、クラブ(剣道部)のキツイ練習をサボる目的であった)

高校の時に作った自主映画が、横浜の映画祭で招聘されたこともあるSくん。社会人になっても、ずっと年150本もの映画を見ていたのだが(ビデオじゃなくて、すべて映画館である)、今はさすがに会社での地位があがり、今は睡眠5時間だそうで。「あのまま、映画を作ってたら今頃は」。しかし、彼らは、今は優秀な社会人。それに比べれば、何だか私はずっと似たような生活かもしれない。あいかわらず、パッとしないけど、学生の時とあんまり変わらんからなあ。「忙しい」と言いながら、なにせ昨日は、9時間睡眠しちゃったし。どこが忙しいんだか。ほんまに忙しかったら、週に十冊も本は読めんわな。まあ、これでも、週に30本もアニメの録画をしているという某先生に比べれば、充分、健全な(?)生活だと思うが。いや、これはこれで、贅沢な生活なんだわさ。金ねえけど。

奥さんの実家に泊まるというSくんとナンバで別れ、駅までKくんと地下鉄で帰る。「ほな」「じゃ、また来年」(Kくんとは近所に住んでいるのだが、Sクンが帰省した時しか、顔を合わしたことがないのだった)
12時頃、帰宅。


仕事納め、双子の誕生日

12月27日(火)
朝から小説講座の事務所。

冬期休暇中だが、朝から出勤。事務所がある「大阪NPOプラザ」は、明日12月28日から1月4日まで、全館閉鎖。郵便物も全部「局ドメ」になる。まあ、12月23日から1月9日までは、一応、冬休みなんだけど。

というわけなので、課題提出は、あとで受け取ることになりますので、急がずゆっくり推敲してから年明け頃に送って下さいね〜。

明日から事務所内に立ち入ることもできないので、残ったお仕事は、全部お持ち帰り。といっても、名簿などは一切持ち出さないことになっているから、一部の経理書類のみ。昼食もそこそこに7時頃まで仕事をし、あわてて帰宅。今日は、二泊三日のキャンプから帰宅してくる双子の娘たちの誕生日なのだが、うう、プレゼントを買うヒマがない。早めに仕事を切り上げて、買いに行く予定だったのに、結局遅くなってしまったからなあ。

ケーキだけは買ったが、これが運悪く実家からケーキをもらってしまったので、ダブってしまう。プレゼントなしで、ケーキだけ2つあってもなあ。実は、娘たちは双子だし、クリスマスの直後だしで、毎年、なんとなく誕生日プレゼントをごまかして買わなかったのだが、今年はさすがに8歳になり、「あれはクリスマスやろ。誕生日のプレゼントは別や」などと言う。もうごまかされないのである。やむなく「あとで一緒に買いに行こうね」と約束するが、かなり不満げである。

でも、とにかくチョコレートケーキと苺ケーキ、ロウソクを並べてハッピーバースディを歌う娘たち。しかし、よく考えたら、双子だから、一人ずつケーキをもらったのは初めてらしい。なんだか嬉しいようだ。しかし、丸いケーキというのは、どっちみち一人で食べるものではないから、どうでもいいようなものだと思うけどなあ。

12/28/2005

やっとネット復旧しました

12月26日(月)
午後から小説講座の事務所。書類作成など。

朝、ネットに再び接続を試みてみると、なぜか接続できた。昨日、あれだけダメだったのになぜじゃ。まあ、それにしても遅い。どうなっとんじゃ〜。

けど「今日送るはずの仕事の原稿があるし、これでやってみるしかないか」と思っていたら、NTTの技術の人がやっと来た。1時間ほど速度を測ったりして、結局、機器を交換して「これで様子をみてください。こちらのパソコンでチェックしたら、一応、速度は出るはずなのですが、Macはわかりませんので」と言って帰った。「まあ、機器の相性もありますんで」とあいまいなことを言うが、まあ、仕方ない。

まあ、同じMacでも、うちのはまだOS9なので、あまり速度がでないのは仕方ない。OSXにすれば速くなるかもしれないけど、嫌いなんだもの。まあ、そのうちイヤでも変えなくてはいけないんだろうけど。

でも、交換して、まったく違う機器になっている。これまでは、前面に何もないヤツだったのだが、今回は、前面にランプがつくタイプで、接続チェックができるヤツだ。とりあえず、ネット接続もできるようになり、なんとなくスピードも早いような気もする。まあ、いいか。

昼過ぎにあわてて、原稿を送信し、それから事務所へ移動。すっかり3時過ぎになっており、バタバタと閉館ギリギリまで、3時間ほど仕事をしてから、追い出される。(この大阪NPOプラザは、いつもは10時近くまで開いているが、土日月は6時閉館)。7時過ぎに帰宅。子供たちも留守。夫も留守で、一人でのんびりとカンタンな夕食。ああ、一人でゆっくりと食事ができるのは嬉しいな。

12/27/2005

小説とは関係のない休日(「光」がつながらない)

12月25日(日)
小説講座の事務所は、冬休み中です。

朝、サンタからのプレゼントを発見して、大喜びする子供たち。息子は、BOSSの電動工具。娘たちは、カバンやミラーなど。今日から、子供たちは3日間キャンプ。弁当を大きなリュックにつめて、3人揃って出かけていった。集合場所への見送りは夫にまかせ、私は、ちびちびと仕事。あいかわらず電話もネットもつながらず。うーん。「光」って、こんなにアテならないヤツだったのか。

結局、ケータイで問い合わせて、接続機器の電源を2度ほど入れ直す。なぜかそれで電話はつながるようになったのだが、ネットはつながらない。この前「光」にした途端、急に接続スピードが悪くなり(90の値は無理としても、16しか出てない。ADSLより遅い)もともと28日に点検に来てもらう予定ではあったのだが、まったくつながらないとはなあ。ケータイがあるので、電話がつながらないのは、さほど困らないのだが、ネットの方が困るよな。

昼頃、実家に妹が来ていたので、一緒に昼食。結局、ネット復旧せず。夕方、あきらめて買い物へ出かける。外食して帰宅。明日の朝までに送らなきゃいけない原稿、どうすりゃいいのかなあ。

12/26/2005

小説とは関係のない休日(クリスマスイブ)

12月24日(土)
小説講座の事務所は、冬休み中です。

終日、自宅でお仕事。昼頃、ちょっと友人と電話していたら、途中で電話が切れてしまう。ケータイに切り替えるが、自宅の電話はそのまま不通に。ついでに、ネットも不通。うええ。どうしたんだ、光フレッツ。

月曜までに送らなくてはいけない原稿もあり、かなりアセるが、夕方から義母の家へ。イトコたちのクリスマスプレゼントを持っていく。義母を囲んで、子供たちがおおはしゃぎ。子供はいいが、クリスマスは、数万円の出費で大人は頭が痛い…(おお、そう言えば、もうすぐ正月もあるんじゃないのか?)。
夜、早めに帰宅し、明日の弁当のおかずを買いに行く。今夜は、サンタもやってくる。


12/25/2005

小説とは関係のない休日(クリスマスプレゼント買いに)

12月23日(金)
小説講座の事務所は、日曜、月曜、祝日はお休みです。

終業式が終ったので、いろいろと家のかたづけなど。制服や体操服などを洗濯する。ちなみに大阪市内は、公立の小学校でも、「制服」がある学校がとても多い。ちなみに、歴史も古い学校が多く、子供達の通っている小学校は、創立120年以上。どうも関東では、公立の小学校は制服がないところが多いらしい。うちの子供達の制服を見て、「私立ですか?」と聞く人がけっこういる。とくに男子の制服が紺色で、どっかの私立と似ているせいもあるようだ。でも、このあたりの小学校は、どこもそれぞれ違った制服がある。となりの学校では、茶色である。私が子供の頃から、ずっとそうだったので、「私服の小学生が、学校で靴をはきかえているシーン」などをNHKのドラマなどで見ると、かなり妙な感じがしたものである(大阪では、二足制の学校も少ない)

子供達は、25日からキャンプに行くので、その準備など色々。小6の息子は、何度もキャンプにいっているが、娘たちは初めてのキャンプである。夕方、義母の家に子供達が泊まりに行ってから、地下鉄に乗り、心斎橋までクリスマスプレゼントを買いに行く。あちこちめぐって、3時間以上かかって、いとこ達のものまでたくさん買い込む。義母の分を含めて、数万円。クリスマスは、たいへんなのである。

雪と停電、もうすぐクリスマス

12月22日(木)
午後から小説講座の事務所。夕方から外出。梅田で打ち合わせ。

午前中は、めずらしく雪。全国的には、すでに各地で大雪なんだが、大阪市内は、これが初めての積雪である。といっても、わずか1センチほど(京都などは、もっと降っていたみたいだが)。大阪は、雪といってもしれている。まあ、その分、夏は蒸し暑いけど。

9時過ぎ、突然、パソコンの電源が落ちる。というより、家中、全部の電気がとまった。停電である。パソコンのやりかけのデータがぶっとんだが、15分以上待っても復旧しない。じわじわと寒くなってくる。こうなるとデータよりも、停電がいつまで続くか、心配になってきた。そう、停電になってから気が付いたのだが、うちは、ガスストーブも、灯油ストーブも、電気が止まると使用できないタイプなのだった。ううう。しまった。あれだけ、震災の時に「気をつけなければ」と思っていたのに、これほど「停電」にもろいとは。うう、寒い。ガスコンロで、お茶だけは沸かしてみて、ちょっと温まってみるが、おそるべし停電。ふと気が付くと、電話も使えない。で、よく見るとPHSも使えなくなっている。うーむ。電話も、昔ながらのタイプなら、停電でも使えるが、最近の電話は、停電ももろい。緊急時は、ケータイも集中して使えないだろうし、アンテナ局が停電にやられりゃ、全然、役に立たないな。

結局、40分くらい停電のまま。どうしようもないので、近くの実家へ行ってみる。こちらも、電話もケータイもダメらしいが、灯油ストーブがあるので、あたたまって回復を待つ。ようやく電気がつき、テレビを見ると、この停電の影響で、谷町線や長堀鶴見緑地線など地下鉄も止っているらしい。どうやら大阪の北東部のみ停電したようである。大阪は、福井の原発から送られてくる電気である。たぶんこの停電も、どこかの雪のせいだろうが、冬の停電はつらいものだと身にしみた。暖房が使えないのは、短時間でもつらい。緊急用の灯油ストーブも、やっぱり必要みたいだなあ。

地下鉄は1時間もしないうちに復旧したみたいだ。が、新潟あたりは、停電はまだ続いているようである。

まあ、大人には困った雪だが、子供達には、待望の雪。でも、大阪は「あたたかい」。終業式を終えた頃には止んでしまった。昼には、天気もよくなり、雪はどんどん溶けてしまった。それでも大阪の小学生は、めったに雪遊びができないので、公園や自動車の上に積もった雪を集めて、雪だるまをつくっていた。うちの子供達も、制服を着替えるよりも先に、大慌てで雪を集めて、雪だるまを作る。なにせ雪がとけないうちに、集めないといけないのである。なんとか50センチもあるような大きなものを作ったのだが、色はかなり「土まじり」で黒っぽい。まあ、市内では、これが限界だろうけど。でも、ぱっと見て、雪だるまか、土だるまか、よくわかんないんだけどね。

夕方、久しぶりに梅田に出る。年内最後の大学の講義を終えて、帰宅途中の小森先生と待ち合わせ、色々と貴重な意見をお聞きする。梅田は、なかなか人が多く、もうすぐクリスマス。そろそろ子供達のプレゼントも考えないとなあ。


12/23/2005

大雨、頭痛、長編レポート

12月21日(水)
午前中、小説講座の事務所。午後から外出。3時から青心社。色々相談など。

夕方、駅へと歩いていると、急に頭痛がしたので、コーヒーショップにてしばらく休憩。すると、ちょうど夕立ちみたいな強い雨が降ってきて、しばらく休む。ずきずきと痛み、めまいがするので、結局、一時間半ほど動けず。

急に大雨が降り、ちょっとだけ気温が上がる。全国的には大雪だが、大阪では雨である。どうも風邪かと思っていたのだが、風邪というよりは、ただのひどい頭痛のようである。十数年前の交通事故の後遺症(むちうち症)なのだけど、急に冷え込んだり、気圧の変化が起こると、今でも急激に首の左側が痛む。ちょうどひどい肩こりのような症状になるのだが、これが偏頭痛のもとだ。十数年も苦しめられるとは思わなかったが、まあ、それもあの時に死なずに命があったおかげである。しかし、犯人に逃げられたおかげで、誰にも文句をいえないのがくやしいのだけど。

自宅に戻ってから、子供達に夕食を食べさせて、しばらく仕事の続きをする。一月から、「専攻科」のプロ養成クラスだけには、講義前、長編に対してだけは、生徒全員に講義前に「作品レポート」を義務づけようと思っているのだが、これが、どうもうまく作れない。結構、難しいものだなあ。

最近、気がついたのだが、どうも「長編作品」の作品指導では、本人はともかく、見学に来るほかの生徒さんの何人かが「指導作品」を読んできていないらしい。もちろん指導講師はきちんと読んでくれるのだが、見学している生徒は必ずしも読んで参加してないようなのである。まあ、専攻科とは言え、しろうとの作品を読むのはかなり大変である。プロの作品と違って、やっぱり読みにくい、面白くない、からである。もちろん、もともとミステリならミステリ、時代小説なら時代小説そのものを作品をめったに読まない人もいるから、そういう場合は、もっと大変である。まして、長編となると400枚以上あり、そんなものを読むのはただでさえ時間がかかるのだ。

うちの講座では、生徒さん同士の合評をあえて実施していない。だから、今まで長編作品の指導の際には、ほとんど読んでない生徒さんがいても、あまり目立たなかったのである。

しかし、これだけ長編がたくさん出るようになると、とくに「プロクラス」は、毎回「長編」にお目にかかるようになるわけで、せっかく公開指導をしているのに、指導内容が、本人にしかわからないのではあまり意味がない。だから、長編については、教室に入室前にあらかじめ、「レポート」を書いてもらって、講師に提出してもらおうと思いついたのである。「プロの作品と比べて、どう思うか」ということを書いてもらうのである。

もちろんレポートを書いてもらえば、「正直、最後まで読めなかった」という人もかなりいるだろうが、それでも「なぜ読めなかったのか」という理由を書いてもらうだけでも、書き手にとっても、読み手にとっても、ある程度、勉強になるだろう。まあ、今までは講師指導が中心で、こういう方法はやったことがないので、正直、うまくいくかどうかわからないが、試してみる価値はあると思う。

で、「作品レポート」のフォーマット用紙を作ろうとしているのだが、これがなかなか難しい。項目出しがうまくいかない。まあ、しかし、年内に生徒さんに送ろうと思ったら、そろそろ送付しなくてはいけないので、とりあえずこの状態で、何度かやってみて、改良していくしかないだろうなあ。年明け1月14日の専攻科の講義は、いきなり長編なので、これでやってみて、意見を聞いてみようかな。

広告関係の仕事は、手付かず。クライアントから企画書の返事返らず。うーん。

12/21/2005

小説講座の事務所も、そろそろ年末

12月20日(火)
午後から小説講座の事務所。

今日は「大阪NPOプラザ」の運営会議と大掃除の日。ただ、仕事がせっぱつまっているので、丁稚どんに代わりに出てもらう。みんながエプロンをして清掃に励んでいる中、ひんしゅくを買いつつ、断じてパソコンから離れない。丁稚どん、ご苦労さま。夕方からも、そのまま忘年会があったようなのだが、もちろん無理。一応、公式には、22日から冬休みなのだが、仕事が片づいていないんだよう。ううう。「お持ち帰り」するにしても多すぎるし、曲がりなりにも主婦なので、年末年始に自宅にいて、仕事なんぞできるはずがない。まあ、深夜にならない限りは無理なので、仕事など持って帰ると、ホンマもんの「寝正月」である。いや、夜は寝てないんだけどね。

ところで、小説講座の生徒さんたちも、冬休みの宿題がどっさりある。専攻科は、1月10日に締切日があるし、9期にも「宿題」がある。こっちの宿題は、「読書感想文」「観察日記」「小説」の3つ。自由課題なので、やってもやらなくてもいいのだが、私のオススメは、「観察日記」である。

まあ、小説の訓練というより、初心者向けの「文章訓練」なのだが、これを実際にやった人は、マジでかなり文章力が上がるのだ。どういうものかというと、3行か5行ほど、まず行数を決めて、何かの観察日記を2週間(14日)つけるという、それだけである。ポイントは、あとで清書をしてもいいが、必ず毎日書くこと。あとは、3行なら3行と決めたら、行数は変えないこと。さらに、できれば、観察する対象は、毎日同じもので、なるべく対象を絞った方がいいのである。たとえば、「深夜10時の駅前のコンビニ」とか「朝ごはんのトーストの焼きかげん」とか。よくペットの観察日記を書いてくる人がいるのだが、案外、これは難しい。日記といっても、実際には「課題」なので、他人が読むわけなのである。自分が可愛いと思っているものをただ書いて、他人に面白く伝えるのは、割と難しい。へタな人が書くと、「わが子の自慢話」をただ聞かされているみたいに思えて、他人が面白く読めるものではない。書き手が「可愛くてあたりまえ」みたいに思っている犬、猫の方が難しいらしくて、案外、カメとかヘビなら、他人が読んでもけっこう面白いんだけど。

これまでで一番面白かったのは、「『二の腕』の周囲の長さ」の観察日記を書いた女性のもので、実際に、毎日、メジャーで測ったそうで、これはかなり面白かった。まあ、ダイエット日記の一種なのだが(体重は恥ずかしいから、二の腕にしたらしい)、女性にとっては死活問題だし、年末年始だもんね。人類共通のテーマといえなくもないし。

試しに14日間やってみてね(なんかシャンプーの宣伝みたいだな)。
「途切れがちな年末年始、毎日書く習慣作りにも、観察力アップにも。描写力の訓練になり、力強い表現力を手に入れます。きっと、みちがえるアナタに。この冬、新しい自分を見つけてください」(なんか臭いますか)

といっても、この宿題。文章教室でも、よく夏休みの課題になっているのだが、実際にやる人はかなり少ない。というか、まあ、毎年2〜3人だけだけど。

そういや、先日の飲み会で、ある生徒さんが、「じゃ、『ナマみの日記』ってどうかな」と話していた。ナマみの、とは、生放送の「みのもんた」のことである。ほとんど毎日、生放送で見れるタレントといえば、この人しかいない。正月明けに手術するそうなので、ちょうど2週間ほど後である。「ナマみの」の話の内容ではなく、声とか、顔色とか、背中の観察をするのだ。ちょっと面白いかも。私もやってみようかしら。そうそう、紅白も見なくてはね。

が、それよりも、仕事が片づかないもんな。うげげ。ちゃんと年越せるのかしら。

小説とは関係のない休日(ロミオとジュリエット)

12月19日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

朝から外出。どうも仕事が片づかない。どうしてこんなに忙しいのかなあ、師走だから? 要領が悪いせい? 

午後からは、専門学校の非常勤講師。今日のテーマは、シェイクスピア。と言っても、マンガ科の生徒さんたちに「シェイクスピア解説」をする気はなく、あらすじ理解の訓練をしただけである。とりあげたのは「ロミオとジュリエット」。実際、ほとんどの生徒さんがストーリーを知らない。まあ、これまでの経験では、まず8割以上は「タイトルは聞いたことがあるけど、どんな話か知らない」のは確実。今日のクラスでも、「ロミオとジュリエットって知ってる?」と聞いたら、「あ、それって、髪の長いお姫さまのことですよね」と言う生徒さん。それは、「ラプンチェル」。

ちなみに、それくらいで驚いてはいけない。実は、専門学校では、「おとぎ話シート」というものを記入するのだけど、ほとんどの昔話を全く知らない人がまれにいる。いや、けっこういるのである。とくに男の子の中には、「シンデレラ」「白雪姫」などのディズニーアニメ物をのぞくと、「さるかに合戦」「かさ地蔵」「ブレーメンの音楽隊」「マッチ売りの少女」など、日本昔話もグリムもアンデルセンもすべて知らない、全滅という人がけっこういる。こういう状態なので、シェイクスピアよりは、絵本やおとぎ話の解説をした方がいいかもしれない。今の若い人は、ほとんどが「ファンタジーが書きたい」らしいのだが。

どうも、子供の頃に多少でも「絵本」に親しんでいるかどうかは、マンガ家や小説家にはかなり影響がありそうである。少なくともエンターテインメント系なら、物語のパターンをたくさん知っている方が有利だろうし、誰でも知っているような「おはなし」を知らないというのは、作り手としては、かなり不利なんじゃないのかなあ。「まるで、RPGで、経験値も武器も持たず戦いに行くようなもの」

で、若い人に、とくにオススメしているのは、地域の図書館に行ってみること。「いまさら絵本?」と思うかもしれないけど、絵本のコーナーで半日も過ごせば、けっこう大量に読める(なにせ絵本は薄い)。まあ、数十冊は軽く読める。それに大人になってから、絵本を見るとけっこうスゴイのである。しかも、子供たちがウヨウヨいるので、そこで適当に話しかけて(ただし「危ない人」だと思われないようにね)、紙芝居やら絵本を読んであげると面白い。子供というのは、反応が顔にダイレクトに出てくる人種なので、面白いところは、真剣な顔をして聞くし、つまらないところになると、飽きてしまう。子供がどんなところでストーリーを面白がるのか、目に見えてわかるので、けっこう面白い。シンデレラなど有名な話は、絵本でも複数あるので、見比べてみることもできる。どっちの本が面白そうか、比べてみることで、ちょっとわかることもあったりする。

ところで、教室では、映画『ロミオとジュリエット』を参考作品として紹介したのだが(この作品だと対訳つき、解説つきの英語シナリオが売っているので便利。ただ、映画も演出が凝り過ぎていて、教材としてはレベル高すぎるのが難点)、私はこのバズ・ラーマン監督の『ダンシング・ヒーロー』という映画がかなり好き。社交ダンスのコンテストをめざす若者の話なのだが、ダンスシーンといい、相手役の女性の変身ぶりといい、味のある父親といい、何度見ても面白いのだ。けっこう名作だと思うんだけどな。

小説とは関係のない休日(全国的に雪、大阪は晴れ)

12月18日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

朝から、嫌味なほど、きれいに晴れた空。昨日の予報では、全国的に「大雪」で、ニュースでも各地で大雪らしいのだが、大阪は、まるで別世界のように晴れている。寒いのは寒いが、たぶん全国的に見れば、たかが知れている。

昨日の予報では、大阪も「雪」だったので、子供たちはひそかに楽しみにしていたようだ。小6の兄が「でもな。ほんま、雪が降るってのは大変なんやで。雪国の人は、今、苦労してんねんで」と妹たちに教えているらしいのだが、まだ小2の双子の娘たちは、「でも、雪、見たいもん」とふくれている。大阪では、雪が積もるというのは、年に1度か2度、あるかないか、なのである。昨年の冬に子供たちが3人がかりで、あちこちから雪を少しずつ集めて作った「雪だるま」は、20〜30センチほどしかなく、しかも土まみれなので「黒い雪だるま」だったもんなあ。

あいかわらず夫もいないので、スケートに連れていく約束だったのだが(彼はスケートが大嫌いなのである)、あいにく近くの「なみはやドーム」は大会使用中である。ここは公式リンクなので、時々、一般利用ができない。やむなく、子供たちに「今日やりたいこと」のリクエストをとると、動物園とか、遊園地ではなくて、「裁縫!」というご意見。フェルトで、マスコットを作りたいのだそうだ。こんないい天気なのに、なんてインドアな趣味であろう。

そういや、先日、小学校の懇談では、3人ともに「お子さんのいいところは、工作をがんばっているところです」と言われたのだった。開口一番、どの担任の先生にも言われたので、親としては微妙で、ちょっと複雑。もしかして、国語や算数の成績が悪い子は、他にほめるところを探すのか(そういや、友人のところは、子供たち全員が「体育はすばらしい」のだそうだ)と思っていたのだが。でも、どうも、確かにこの3人とも「工作」とか「お絵かき」とか、そういう分野には興味を強く示すみたいだなあ。そういや、息子の担任に誉められたのは、「工作」と「家庭科」であった。とくに「調理実習では、他の子に包丁の持ち方とか教えてあげていました」という話で、「男の子であれだけ上手なのはちょっと珍しいですよ」と言われた。ふーん。いまや「男も料理」の時代だが、今でも男の子って、あまり台所に立たないものなのかな。

というわけで、3人とも仲良く、布などを買いに行き、家に帰ってから、針と糸を使って、フェルトマスコットづくり。娘たちは、クマさんやウサギさん。息子は、下絵を書き、型紙を作ってから、クリスマスツリー。4センチくらいの大きさなので、てっぺんに飾っている星の大きさはわずか2ミリ。それでも、きっちり黄色のフェルトを縫いつけてある。うーん、器用なヤツ。

夕食も、豚汁(豚肉、しゃけ、人参、大根、こんにゃく、うすあげ、ごぼう、白菜…)を子供たちに作ってもらう。10リットル鍋。当分、食いつなげるかな。

夜、スケート見て、たまった本の山を少しでも減らすべく(最近、忙しいので、さすがにちょっと山ができている)読書をしようとしたけど、疲れて、あっという間に寝る。

12/20/2005

教室実習、発売当日の「変態」小説家

12月17日(土)
朝から小説講座の事務所。夕方は、第9期の講義。

本日は、教室実習と高井信先生の「児童小説の出版体験談」。3人ごとにグループに分かれ、同じ発端でリレー小説を書いていくもの。まあ、うちの教室実習は毎回お遊び的なものばかりで、はたして小説を書くために役立つのか、ちょっとわかんないけど、グループ実習はちょっぴり懇親の意味もある。リレーといっても、3人ごとに時間がたったらそれぞれの原稿を同時にグルグル回すので、休むヒマもなく、けっこう忙しい。今回は、時間がないので、7分刻みである。テーマは「脅迫状」。7分毎だと、かなりせわしいので、「じっくり考えるタイプ」という人には向かないけど。こういうのは、頭で考えるのではなく、ただただ書くだけ、ってのがいいのである。

まあ、たった7分でも、中には20行以上書く人もいるが、今回、まったく1行も書かない人もいたので、ちょっと驚いた。まあ、「他人の書いた文章」の続きを書くというのは難しいし、時間も短いので、わずか2〜3行という人は多いのだが、まったく書かなかった人は初めてである。まあ、この人も、まったく書かなかったのは、途中の一回だけみたいだけど(3人でグルグル回すので、1回目と最後の4回目は自分が書くのである)。みんな「日頃はワープロだから、手書きなんか何年もしたことがない」などと言いながらも、けっこう必死であわてて書くので、むちゃくちゃなものばかりできるのだが、それもまた良し。

教室実習は、たまにしかやらないのだが、どうも、それぞれの生徒さんがまったく別の教訓を得るらしいので、それが、ちょっと面白い。本日のリレー小説の実習では、「やっぱり一人で書いた方がラク」という結論を得た人もいれば、「他の人と一緒に書いたら、あっという間に一つ作品ができた」という感想を持つ人、あるいは、「あらかじめ結論を考えないと、無茶苦茶な作品になってしまう」と思う教訓を得た人もいれば、「先を考えずに書いても、けっこう面白いものが書ける」という、これまた正反対の教訓を得る人もいる。「即興で考えると面白い」という人と「じっくり考えないとやっぱりダメ」という人。「考えや意見を入れれば、面白いアイデアがうまれるかも知れない」という感想をもつ人もいる。「日頃パソコンだから、たまに手書きをするとキモチ悪い」いや「たまにすると、けっこう気持ちいい」とか。

まあ、いろんな人がいるので、いろんな考え方があるのだろうけど。まあ、お遊びなので、どんな教訓であろうと、何か発見があるような、そんな刺激になってくれれば、いいんだけどね。

教室実習のあとは、高井信先生の「児童小説」の出版体験のお話。ちょうど本日、『おかしなおかしな転校生」(青い鳥文庫fシリーズ)の発売日なので、特別に講義をお願いしたのである。20数年のキャリアがあるベテラン作家さんだけど、実は、児童小説を書かれたのは初めてだそうで、色々面白い体験をされたそうだ。高井先生にはジュニア向けの著書もたくさんあるので、ちょっと意外なのだが、ほんの2〜3歳、読者対象が違うだけなのに、書き方などがかなり違うそうで、色々と「発見」もあったのだそうだ。個人的な体験談もいろいろ話してもらう。しかし、高井先生と言えば、数年前からショートショートの研究に打ち込まれていて、今年『ショートショートの世界』が発売になったが、今度は、児童小説。確か、若い頃にデビューされたので、作家生活もけっこう長いはずだけど、いろんなものに次々と身軽に挑戦されるのだなあ。

私は、ひそかに「作家には、昆虫みたいに『変態』とか『不完全変態』とかのタイプがあるのでは」と考えているのだが、やはり高井先生はかなり「変態」なのでは。いや、性格が、じゃなくて。

ところで、「青い鳥文庫」は、今、けっこう人気のあるシリーズなのだが、この「fシリーズ」はちょっとユニークなラインナップが特徴。眉村卓先生の『ねらわれた学園』『なぞの転校生』やかんべむさし先生の『笑撃☆ポトラッチ大戦』とか、子供向けにリライトされているのだけど、私の世代にも懐かしい感じのSF小説のタイトルが並んでいる。

しかし、ふと気がついたのだが、高井先生の様子が、いつもとほんの少し微妙に違う。講義ではいつもの通りお話されているみたいなのだけど、ほんのわずか、なんだかウキウキしているというか、ソワソワ落ち着かないというか、ちょっぴり微妙に雰囲気が違う気がする。私の気のせいなのかなあ。生徒さんは気がつかないようだけど、なんか、ちょっとどこか初々しい感じさえして、妙な感じである。どんなにベテラン作家でも、自分の著書の発売日というのは、やっぱり少しはソワソワしたりするものなのかしら。

よく考えてみれば、そういや、講師の先生に「発売日のちょうどぴったり当日」に講義を頼むのは滅多にないことなんだなあ。だとしたら、この話を聞いている生徒さんたちが、将来、新人作家としてデビューをした日は、もっとソワソワするのかしら……などと思ったり。作家さんのそういう姿を見れて、なんだか、得した気分。その『おかしなおかしな転校生』に先生のサインをもらって帰る。息子の名前を書いてもらう。

めずらしく、東京から通学生はお休み。講義後、いつものように中華屋へ。名古屋からの通学生は、「今日は年末最後なので、ホテル予約してます」ということで、初めての飲み会参加。まあ、9期生は、和歌山や兵庫、京都からの通学生も多いので、飲み会参加者はけっこう少ない。11時半まで飲んでいる専攻科と違って、このクラスは、9時半にはほとんど帰ってしまうのだが、今日はホテル予約者がいたので、ちょっと遅めに帰宅。

帰宅後、『爆笑オンエアバトル』『アメトーク』など。ピアノのレッスン番組をみつけ、なぜか深夜に一人でうんうんとうなづきながら、見入ってしまう。おんなじ楽譜なのに、なるほど生徒が弾くのと先生の弾いて説明しているフレーズはまったく違う。そりゃそうだ。まあ、プレーヤーの存在意義というか、あたりまえなんだけど、なんでそんなに違って聞こえるのか不思議だわ。しかし、その違いって、やっぱり一つ一つの音の積み重ねなのかなあ。で、その一つ一つの音まで、丁寧に気をつけてこそプロなのかもしれないなあ。そういえば、文章でも、プロ作家さんの書く文章と生徒さんの書く文章が全然違う。どういうわけか、シロウトの人の書く文章は、細かい部分がやたら「雑」である。小説講座や文章教室などで、生徒さんの文章を見るようになった時、最初の頃、驚いたものである。まあ、余裕がないので、細かい部分に気をつけることができないのはわかるけど。まあ、でも、まずは楽譜通りに弾けるまでが大変なのかもなあ。

でも、もっと根本的な問題のような気もするけどな。なんつーか、ほら、忙しい主婦だって「どんなに忙しくても、これだけは」というポイントくらいはあると思うのね。料理だけはできるだけ手作りとか、朝ごはんだけは家族揃って、とか。反対に忙しくなくても、「やる必要なんかない」と考えている人は最初からやらないわけで。時々、シロウトの人の書く文章を見ていると、その中には「まだ技術がないから、やりたいけど思うようにできない」という人と「最初から、読者を喜ばせる気はなくて、自分の書きたいことをただ書くだけ」という人、なんか2種類の人がいるような気がするなあ。なんか、そんな気もする。

ふりむけば、師走

12月16日(金)
午前中、小説講座の事務所。午後から帰宅。

まだ体調悪いが、午後から小学校の懇談会。最近、なんか忙しいな、なんか忙しいなと思っていたら、師走だったのだなあ。子供たちの教室ハシゴして、3人の担任の先生と話して、今頃、気がついた。いつの間にか12月だった。早いなあ。

子供たちとスケートSP見て、体調が悪いので、早めに寝床へ。『落下する緑』を再読。このジャズミステリの名作には、田中先生オススメレコードCDが紹介されているのだが、この中に1枚だけ私が持っているCDが入っている。私は、基本的にレコードとかCDを全く買わない人間なので(聴いたり借りたりはするのは好きなのだが、手元に持っているのがなぜか苦手なのである。今もステレオとかラジカセを持っておらず、その都度、息子のを借りている。夫の部屋に行けば、山ほどあるが)、実は、買ったことがあるCDはたったの3枚なのである。そのうち1枚がかぶっているのだから、大変、めずらしい。いや、ほんと。ちなみに、それは『民族の祭典』(巻上公一)。なんで持っているのかは秘密。そういや、昔つきあってたカレシがヒカシューとP-modelとムーンライダースのファンだったなあ(遠い目……)。

12/15/2005

息子の愛した数学パズル

12月15日(木)
午前中、外出。小説講座の事務所には入れず。

体調悪く、午後から帰宅。数時間、眠る。睡眠不足によるめまいである。
小説講座の生徒さんから、いくつかメール。

家の者があまり「すごい面白いよ。いいよ。面白いよ」というので、『博士の愛した数式』(小川洋子)を再読。一度かるく読んでいたのだが、あらためて読み、感心する。彼は、パズルなどにも全く興味のない人間で、数学パズルの好きな息子が何を言っても、少しも関心を示さないくせに、その彼が、こんな数学の話がでてくる小説で「感動した」とか言うのだからなあ。まあ、その分だけ主人公に感情移入できるのかもしれんけど。

ところで、息子は算数はきらいだが、数学クイズは好きらしい。最近面白がったクイズ。数学パズルの本にあったのだが「6万円で仕入れた商品を7万円で売り、それをもう一度8万円で買い戻し、9万円でまた売ったら、儲けはいくらでしょう」という問題。カンタンだが、間違う人は間違うし、間違わない人は間違わない。もちろん彼は間違ったので、不思議がったのである。確かに大人でも間違う人はあるらしい。夫は自信たっぷりに「1万」と言っていた(1万円は正解ではありません)。

あいかわらずテレビでは、耐震偽装問題など。先日からどうも気になっているのだが、この「総研」の人、私はどこかでニアミスをしているような気がしてならないのだが、どこで会っているのかわからない。まあ、紹介されたとかのレベルではなくて、どっかですれ違ったくらいのものだと思うんだけど。なんか思い出せなくて、ずっとひっかかっている。よくある顔なので、そんな気がするだけかもしれないなあ、と思っていたのだが、某番組で、13年前のビデオ映像が出てて、こっちの方が記憶に近い。まあ、会ったとしても、どうせ十数年前なんだろうしなあ。喋り方が特徴的だしなあ。うーん、どこだろう。気のせいかなあ。気になるなあ。気になるので、けっこうニュースばかり見ている。

『ハッチ・ポッチ・ステーションTHE BEST』のCDを聞きつつ(替え歌、最高。「金太郎〜ソウルマン」が好き。胸毛、そ〜ります、腹がけ、腹がけ…)、娘たちの九九を聞いて、早めに就寝。

それでもプロになってほしい

12月14日(水)
午後から小説講座の事務所。

朝から少し外出し、帰宅してから昼まで、国会の証人喚問のテレビ中継。質問ひど過ぎで、こっちが驚き。昼の情報番組をチェックしてから、小説講座の事務所へ。1月発行の某雑誌への広告出稿について、営業の人と打ち合わせ。

専攻科の志望届などを整理し、講義スケジュール調整のためにカレンダーと格闘。しかし、なかなか、うまい解決策が見つからず。結局、プロ志望クラスに、20人近く在籍するということは、つまりは長編が20本近く提出されるということである。結論からいうと、1月、3月、5月、7月の締切日のうち、前の2回については、講義日の増加で対応するのだが、5月、7月については、講義日を設定するのがやはり難しい。とくに7月締切の分は、長編なら3〜4編が限度。7月だけは、5月の締切日の翌日からの「先着順」にするしかなさそうだ。長編は、なるべく1〜3月に提出してもらわないとしんどいな。ホント、前回みたいに7月に集中すると、やっぱり作品指導のスケジュールを立てようがないなあ。

まあ、しかし、「長編を提出したい!」という人がいっぱいいるのはいいことだとは思っている。まあ、ブツブツ言っているけど、プロ志望クラスへの希望が、3〜4人だったらどうしようかなあ、とは思っていたのだ(でも、5〜10人だと思っていたので、20人近くは多すぎるけど)。「ぜひプロになりたい!」という人がこれだけいっぱいいるってのは、頼もしいことだと思っている。しかし、これだけ苦労してスケジュール調整をして、はたして本当に作品を提出してくれるのか、という問題があるんだよね。一昨年までは、専攻科には、全員にめざす公募の締切日などを聞き、年間スケジュールを立てようとしていたのだけど、自己申告では、無理な人が続出。最初立てたスケジュールは、めちゃくちゃになり、すでに出講依頼していた講師に渡す作品が間に合わなくて、あわてて他の人の作品をまわしたり、と、ま、これがかなり大変なんである。みんな平気で(いや、平気じゃないかもしれないけど)、「仕事が忙しくて、できませんでした〜」とか言うもんねえ。できないなら、最初からできないと言ってくれてたら楽なんだけど、ギリギリになってから言うもんなあ。

そんなこともあって、去年は最初から「指導希望日」を聞かずに、提出したものから指導するということにしたのだった。それはそれで、のんびりした方法で私はそれでもよかったのだが、どうもどこかゆるい雰囲気にはなってしまうのが欠点。クラス分けで、何かしら刺激になればいいけどね。
「そんな、プレッシャーかけるなんて、困るんじゃないですか」
と言われたのだが、だって、わざとプレッシャーかけてるんだもん(でも、たいてい「それくらいプレッシャーかけてくれた方がいい」と好評みたいなんだけど)。

「ボクたち、他に仕事や家庭を持ちながら、小説書いてるんですよ」
「のんびりやりたいなら、『花組』に行けばいいじゃん。あっちは、プロ志望クラスじゃないし、のんびりやる予定なんだし」
「でも、そっちじゃなく、プロ志望クラスには残りたいんですよ」
「だったら、決められた作品数を出せばいいじゃん。年に600枚ぐらいだよ。もしプロ志望なんだったら、それはそんなには多くないと思うんだけど」
「でも、それは、無理なんですよ」
「うちの講師の先生たちって、ほとんど専業作家さんだけど、それでも講師の中にも2〜3人は、兼業作家さんもいるわけよ。その人たちでも、ちゃんと年に2冊とか、本を出してるわけじゃない。で、ちゃんと会社勤めもしてて、家庭もあるわけでしょう。やればできるってことじゃない」
「あの人たちは、特別なんですよ」
「特別ってことないよ。やればできるよ。結局、やるかやらないか、じゃないのかなあ。たとえ兼業だろうと、商業出版で何冊も出し続けている作家さんは、他に仕事があるとかないとか、そういう言い訳はたぶんしないと思うもの」

やればできるんだよねえ。いや、ホント。私は、双子の娘を出産した頃、フリーランスで仕事してたんだけど、連載の仕事を抱えていたのよね。新生児の頃って、3時間おきに泣くんだけど、双子って、きっかり同時には泣いてくれないわけよ。で、ずーっと24時間。で、そんな中で、出産して2週間後くらいに締切があって、「うげげ、ゼッタイ無理!」と思ったんだけど、でも、仕事だからねえ。やればできるのよ。まあ、前後は記憶にないけど、とにかくできた。まあ、他人に相談して手伝ってもらったり、資料も集めてもらったりしたけど、最後は根性。

ところで、小説講座の生徒さんは、ちょっと複雑な人が多いせいか、なんか問題をやたら複雑に考えるクセがあるような気がする。だいたい入学して来て、ほとんどまだ書いたことがない人でさえ、「私、プロになれますかね」などという質問をしたりする(まあ、質問したい気持ちはわからいでもないけど)、そんなこと、まだ一度もやってないことをどうやって判断するんだろうか。それくらい、わかるはずなのに。たぶん「ただ、作品を書けばいい」ということ以外に、「文学とは」とか「私自身にはどんな価値があるのか」とか何か難しく考えてしまうのだろう。もちろん「そんなこと考えるな」とは言わない。けど、もし作家になりたいんなら、その悩みだって、書くこと以外に解決方法がないんじゃないかと思うんだけどなあ。ただ、まあ、どうせプロになってもずっと悩むんだろうから、それは、仕方ないのよ。そういう職業なんだから。

また、こういうことを言う人もいる。
「そんなこと無理です。そんなことできるのは彼らが天才だからです」あるいは「結局、才能と運がないとダメなんですよね。私には、それがないと思います」

「運」とか、「才能」とか、まあ、確かにそういうものが必要なのかもしれないけど、それはどれくらい必要なのかは、よくわからない。というか「そういうものも探せば見つかるものだ」と思うんだけど、あまりにそういう話をする人が多いので、何か「信仰」でもあるのではないかしらんと思うんだけどな。

「不可能は分割せよ」。一見、不可能に見えても、問題を分割して、一つ一つの解決法を見つければいい。ってことは「作家になる」ってのも、一見、不可能に見えても、問題を分割して、その一つ一つを解決すればいいだけかもしれない。障害を分割するのである。まあ、悩んじゃうのはわかるけどねえ。しかし、とにかく書かねば話にならんのだし。そんでもって、それでもプロをめざそうよ。書くからには、出版したい、ってのは、あるわけだし、やっぱり書くからには、たくさんの人に読んでもらった方が嬉しいんだしね。

『花組』の方は、マイペースでいいとは言っているけど、それでも、年300枚である。あと4回の締切だから、各回に平均70枚くらいの作品を2ヵ月おきで提出できるわけだ。初心者なら適当な量である。もしかすると、自爆せずにすむこのクラスの方が、案外、順調に上達するかもしれないなあ。で、ひょっとすると来年には入れ替わっているかもしれないけどなあ。
「ああ、長編組で、無理をして『自爆』をする人がなるべくいませんように」。このことだけが、ちょっと心配なのである。
ま、先生たちは、どうせ「それくらいのプレッシャーにも耐えられなければ、もし作家としてデビューしても、どうせ3冊ももたないよ」というかもしれないけどねえ。

12/14/2005

それでもプロになりたいのかな

12月12日(火)
午後から小説講座の事務所。欠席者への発送準備など。

丁稚どんから、「専攻科へのクラス分けについて、不満のある人が2人ほどいるようです」との報告を受ける。どうも先日、帰宅途中に「事務スタッフ」として、苦情を受けたらしい。確かに、丁稚どんは、事務スタッフとして、週1〜2回、半日ほど手伝ってもらっているのだが、専攻科の生徒さんであり、学費も払ってもらっている。よく資料配布などは手伝ってもらっているけど、専攻科の講義のある日は、ただの生徒で、賃金も払ってない。それなのに、それはそれは、ご苦労なことである。だいたいスタッフといっても、印刷や事務整理がほとんどで、運営に関することは、一切関わっていない。そもそも今回の専攻科のクラス編成も、「お知らせ」が届いて初めて知ったくらいなので、こっちに運営上の苦情を言っても仕方ないんだけどなあ。なんで、直接、私に言わないんだろう。

まあ、飲み会でもそういう少し話は出ていたので、どうせ酔っぱらってたんだろうけどなあ。
「あらためて、今度、私が話をするから、気にしなくていいよ」と言ったのだが、まだ色々と気にする丁稚どん。
「でも、クラス分けは、開講ガイダンスの時から伝えてあるわけだし。でも、ま、あんまり不満があるなら辞めちゃっても、それはそれでいいよ。そういう人は、辞めてもらった方がいいかもしれないもん」と言ったら、丁稚どんは急にぎょっとした顔をして黙ってしまう。やさしい性格なので、ちょっとでもキツイ言い方をすると引いてしまうのだな。でも、クラス編成なしで、専攻科を運営するのは、はっきり言ってムリだもの。無理なことをやれるとは言えないし、そっちの方がみんなも困るでしょ。

そもそも、この専攻科は、学費は安いし、講義回数も結局はかなり多くなるし、しかも作品指導ばかりなので、印刷代だけでもなんだかんだで一人2万近くかかるしで、運営は決してラクではない。正直、長編の作品指導をしなければ、運営はもっとラクなのだが、できるだけ枚数の制限もせず、本数の制限もせず、できる限り作品指導をするようにしている。どう考えても、運営がラクなはずがない。クラス編成がイヤなら、学費をもっと上げるか、長編指導をやめてしまうか、専攻科の生徒数を定員15名まで減らすか、である。それはイヤだという人が多いので、クラス分けをしたわけだ。まあ、実際、アンケートではほぼ賛成だったんだが、反対する人がいるのは予想してたけど。だいたい、一昨年などは、長編については、提出予定日を先に聞いて、それに従ってスケジュールを組んだのだが、その自己申告の作品提出日を守る人は3割以下。これでは、スケジュールもへったくれもないのである。こうした現状で、これ以上、専攻科の長編だけにふりまわされて、講義スケジュールを調節するのは不可能である(7月〜9月は、第9期の修了課題指導もある)

まあ、去年まで、やさしくしすぎたのかもなあ。のんびりしてたからなあ。

ところで、その二人とは、先日の飲み会でも少し話をしたのだが、どうも「不満」の理由がよくわからないのである。実は、そのうちの一人は、日曜日の朝早くに2度ケータイに電話をかけてきてたので、午前中にこちらから電話をかけて、たっぷり1時間半ほど話をしたのであるが、正直なところ、不満の理由がイマイチわからない。「他の人たちも、その制度は、厳しいと言ってますよ」というのだが、厳しいという話は他の人から聞いてないけどな。なにせ2クラスあるので、厳しいと思うなら、プロ志望のクラスではなく、もう一つのクラスに志望届を出すはずである。
「プロ志望クラスしか長編指導をするつもりがない」ってのがひっかかるのかなあ。でも、それならプロ志望クラスに入れば済むことだし、よくわからんが。

「でも、プロ志望クラスは、年に4回の締切すべてに作品を出さないとダメなんでしょう」
「うん。そうだけど。でも、それは短編でも中編でもいいんだよね。4回のうち、最低、長編1本っていうことだから、あとの3回は、短編でもいいよ。まあ、ショートショートはこっちのクラスではやらないつもりだけど」
「年に長編1作だけ、って人はどうするんですか」
「そういう人は、現実には、ほとんどいないもの。まあ、あっちのクラスでも、200枚までなら受付けるわけだし。でも、コンスタントに長編を書いてるって人は、短編や中編も年に何作かは書く人がほとんどだし、今のところ、他の人からは、あんまり文句も出てないけどねえ」
「でも、やっぱり長いものを書きたくなった人とかいるかもしれないじゃないですか」
「いきなり4月くらいに気が変わって、2ヶ月ほどでパッと書ける人はそうそういないと思うけどね。まあ、そういう可能性のある人は、とりあえずプロ志望クラスに入ってればいいんだし。どうせ3月か、5月の時点で、クラス変更をお願いする人も出て来るかもと思うよ」
「途中から、プロ志望からクラス変更になったら、傷つく人がいると思いますよ」
「そうかなあ。要するに作品が出せるか出せないかだけでしょう。締切に作品が出せなかったというのは、本人の都合だから、それで傷つく人がいるとは思わないけどね」
「1月、3月の締切日に、作品が出せなかったら、クラス変更ですか」
「うん。そういう約束だしね」
「それは、キツイですよ」
「どうしても、それがムリなら、もう一つのクラスに入ればいいんじゃないの。こっちのクラスは、作品提出はムリにしなくてもいいんだし。でも、短編でも何でもいいんだし、そんなにムリなことじゃないと思うよ。もしプロとして新人デビューしたら、実際、短編くらい頼まれて年に何本かくらい書くだろうしさ」

で、結局、彼の場合、短編クラスに行くことにしたらしいんだけど。何が不満なんだか、よくわからないなあ。もしかして、プライドがあって、短編クラスは、「プロ志望クラスじゃない」ってのが、イヤなのかなあ。よくわからんけど。

しかし、この2人とも、確か、これまでに400枚を越えるような長編を提出したことはないので(書いているのかもしれないけど、見たことがない)本当に書くつもりで言っているのか、正直判断しようがない。だいたい2人とも、短編の提出数もほとんどない人なので、ここがよくわからない。それを指摘すると、二人とも、なぜか「他のところでは(公募とか)書いてるんです。提出してないだけです」と反論するのだが、もしそれが本当なら、そもそも何のために専攻科に在籍してるんだろうと思えるのだけどなあ。なぜ、もうちょっと作品指導を利用しようという気はないのか。ちょっと不思議な話である。

まあ、かなり厳しい目をすると、この2人には妙な共通点がある。どうも気のせいか、プロに対する傾斜したコンプレックスがあるみたいなのである。小説を書く人の中には、まれにプロ作家という物に対して、よくわからない感情を示す人がいる。これは、講師の人に教えてもらったのだが、この二人は、なぜか飲み会に来ても、ほとんど講師の作家さんを避けるのである。どういうわけか、近寄らないようにして、できるだけ話をしない。最初は、偶然かと思っていたのだが、たとえ講師の横に座っても、わざと背を向けて別の人と話そうとする。まず絶対に話の輪に入ろうとしない。

まあ、飲み会なので、仲間同士で盛り上がるというのは割とよくあるのだが、プロ志望なら、プロ作家の隣に座れば、ついつい話しかけたり、質問したりしたいのがむしろ普通である。まあ、友達と話をしていても、もしプロ作家さんが出版の話をしたり、創作に関することを話し始めると、どうしても「聞き耳」くらいは立てるのがむしろ自然で、毎回毎回、たとえ席が隣になっても、横を向こうとする。「たまたま、ですよ。こっちで盛り上がっていただけで」というが、どうも本人たちは、さほど自覚してないらしい。確かにそういうタイプの生徒さんもいるのだけど、細かく見ると、彼らは明らかに視線を避けているのである。こうして観察してみると、たしかに妙な態度である。

まあ、講師の人たちは、こちらで歓談されていたはずなのに、けっこうテーブルの端の方まで目に入るらしいので、「あれって、どういう生徒さん?」と何気なく聞かれたことが数回ある(どうやら作家という人種は、人間観察がクセになってるに違いない)。どうもプロ作家の人は、こういうタイプの人をよく見かけるみたいだ。ピンとくるのかも。

実は、こういう態度を示すのは、あまりよくない前兆である。こういう人は、なぜかプライドばかりが高くなり、作品をどんどん書かなくなる傾向があるのだ。この2人がそうだとは思わないけど、そういう傾向にはまりやすい可能性はあるなあ。だいたい小さな賞をとったり、あるいはシナリオやライターの仕事をやってたりすると、実力よりも先に、妙にプライドが高くなり、そうなってしまう人もいる。ショートショートや短編で賞を獲ったりすると、それだけでまるでプロ気取りになってしまう人もいるみたいなのだ。作家志望でプライドが高いことは大変よいことだと思っているので、それはそれでいいのだが、それはそれでいい作品を書いてもらった上の話である。なぜか、プライドの高さとともに、書かなくなるという人がいる。ただ、それは私にはどうしようもないことで、仕方がないんだけどさあ。

まあ、こういう人をカンタンに見分ける方法は、ひとつある。こういう人は、たいてい「いい作品を書きたい」よりも「自分のプライド」を優先するのである。「作品よりも自分」である。そりゃ、作品指導などで、チェックされると、どんな人でも多少は傷ついたりするのだが、小説が好きで、やっぱりいい作品を書きたい人は、作品指導を聞く態度も違うもんである。作品指導の講義では、聞き手のレベルの差がけっこうある。まあ、もし本当にプロ志望なら、その講師が作品指導してくれる価値もわかっているはずなんだけどなあ。ま、とりあえず、1月の締切日に作品提出がない人は、当然、花組へ移動してもらうので、がんばってね。

ところで、いつも思うのだが、専攻科ですら、わざわざ自分の作品指導をしてもらう講師の作家さんの作品を一冊も読んだことがないという人がまれにいる。まあ、読んだといっても、十年前の著作を一冊だけだったりする。個人的には、どうしてそういうことができるのか不思議である。せっかく自分の作品を指導してもらうんだったら、普通ならその先生がどんな作品を書いているのか、ちょっとは気になるはずだと思うんだけどなあ。

それに素朴な疑問なのだが、どうして、みんなムリしていきなり長い作品を書きたがるのかなあ。これも不思議。デビューをしたい気持ちのはわかるけど、正直、実力もあまりないうちは、年に長編作品を一作だけというのは、どう考えてもリスクが高いと思うがなあ。実際、短編か中編作品を何本か確実に指導してもらう方が効率はいいような気がするけどなあ。ホント、短編ならともかく、長編となると、かなり大量の気力と体力と時間を費やすんで、初心者は「工程管理」が非常に難しいんだけど、大丈夫なのかなあ。

だいたいの生徒さんは、作品指導をしてもらう時には、コメントを書き直せば何とかなるかもしれないと思っているのだが、まれに「アイデアそのものがちょっと」というものもある。まあ、まれに「なんとかならないこともないが、根本的に書き直す必要があるだろうし、いっそ、他の作品を書いたら」と思えるようなものもたまにある。でも、短編ならともかく、とくに長編作品の場合、講師もかなりそれは言いにくいわけで、まず言ってくれないのである。構成力とか文章力という問題もあるけど、長編に挑戦するのは、そういうリスクもあるので、そのあたりは覚悟して書く必要があるんじゃないかと思うんだけどなあ。正直、あまりにもツマラナイ長編作品を提出されると、読まされる方もかなりツライんだけど。

さて結局、現在、20人近くが長編作品を提出予定らしいのだが、はたしてどうなるんだろうなあ。

光る石、地底探検、ジャズミステリ

12月11日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

朝8時に外出。昼頃、調べもののため、図書館に寄る。『年代測定法概論』という本を探したら、地学でも、考古学の棚でもなくて、物理学の棚にあった。ふーん。この本って、物理学なのかあ。かなりいい本なんだけど、私にはこれでもちょっと難しすぎかもなあ。パラパラ見ていると、年代測定法にも色々あるらしいんだけど、TL法(熱ルミネッセンス法)というのがあり、ちょっとロマンチックな感じがした。「土器」の年代測定なんかに使う方法だけど、「天然の鉱物を暗いところで過熱すると蛍光を発することは、13世紀にはすでに知られていた……」という書き出しで、つまりは、鉱物(つまり石ですね)ってのは、熱を加えると暗闇で光るんだそうだ。で、なぜ光るかというと、「天然における鉱物が放射線を受けてエネルギーレベルの高い遊離電子を生じ、それが熱によってエネルギーを解放される際に光を出す」んだそうで、「その量は受けた放射線量に比例する」。つまり、早い話が「古い石ほど、よく光る」ってことだよねえ。ま、それを使って、年代測定をするってことですな。

そうか、石って、光るのかあ……。『銀河鉄道の夜』とか『ラピュタ』とか、お話の中だけかと思ってたわ。測定法の説明の中に「低温では……やや不安定で寿命の短い捕獲電子が多いので」という文章が出てくるんだけど、これだけでも、なんだか不思議な感じがするんだけどなあ。え、気のせい? 「寿命の短い捕獲電子」。そうか、寿命かあ。石の中で、電子が遊びに行ったり、捕まったりする、と。で、石を熱くすると、こいつが光る、と。うんうん。やっぱ、なんか不思議。

午後から、某お役所関係のお仕事で、建設中の「共同溝」を見学。地底探検である。一緒に行ったイベントディレクターは、共同溝などは何度も入ったらしいのだが、私はシールド工法を生で見るのは初めてなので、やはり面白かった。まあ、工法は、土木関係の専門書を見ればよく載っているし、ビデオなんぞも見たことがあるけど、でも、現場には「泥」があるのだ。ドロが。あのドロが、数千年前の大阪の海に溜まった泥だと思うと、なんだか、ちょっと欲しい気がする。しかし、誰もドロにはまったく関心がないようで、なんか恥ずかしくて、「あのぅ。ドロが欲しいんですけど」とは言い出せないかった。でも、なんか面白そうじゃないですか。だって、地底ですよ。ま、でも、ビンに入れて飾ったりすると、また夫に怒られるかもなあ。石とかは、なぜか理解があるんだけど、ドロはどうかなあ。どうみても、ありゃ、ただのドロだしなあ。

7時頃に帰宅。一昨日、専攻科の生徒さんにもらった英国のおみやげ(お茶とチョコ)をいただきつつ、田中啓文先生に献本いただいた『落下する緑』を少し読む(役得。小説講座をやってたおかげですね)。幻のデビュー作にはじまる本格ミステリです。あの田中先生のミステリが堪能できるんですよう。なかなかお目にかかれなかったデビュー作も入ってるんですよう。巻末に「著者おすすめジャズレコード、CD情報つき」。ジャズには疎い私だけど、なんか聴こうかなという気分になりました。

12/13/2005

小説とは関係のない休日(ダンスと本棚)

12月11日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

曇り空で、肌寒い一日。息子は、義母の家に泊まりに行っており、昼まで留守。双子の娘たちは昨日届いたばかりの新しい「学習机」を並べて、お絵書きなど。娘たちはもう小2なのだが、昨日まで学習机がなかったのである。

夫は、朝から何やらパソコンでビデオ編集。チャップリン、ベジャール、ピナ・バウシュ、土方巽、大野一雄、勅使川原三郎、伊藤キム……。二十数人のダンスを、それぞれ2〜3分くらいのシーンを集めて、40分ほどに編集しているようである。「和歌山の高校から、『コンテンポラリーダンス』の出張講義を頼まれたから、教材ビデオ作っているんだ」そうで、のぞいてみたが、これはなかなかすごい内容。確かに、ダンスを教えるには映像がないとわからないだろうし、なかなかいい教材かも。この学校は、他にも外部から講師を招いて、コンテンポラリーアートの講座をしているそうだ。公立高校らしいけど、おもしろい高校だな。

午後からは、私は、図書館で調べもの。子供たちと夫は、「本棚」を買いにホームセンターへ。帰宅すると、家の中がすごいことになっている。子供3人と夫が、室内でいっぺんに4個のカラーボックスを組み立てていて、玄関も廊下もキッチンも足の踏み場がない。3段のカラーボックスが800円で安売りされていたので、これを4個買って、ジョイントして使う気らしい。夫は、器用な人間なので、よくこういうことをしたがるのである(先日などは、押し入れを潰して、部屋を拡張していた)。

まあ、それはいいけど、4個を組み立てなくてはいけないわけで、これを子供3人が同時に「自分で作ってみる!」と言い出したらしい。まあ、いいけどさ。でも、息子はともかく、小2の娘たちにカラーボックスを組み立てさせて、コレいつできるのよ、と思っていたら、電動工具というのは便利なもので、3人とも10分たらずで組み立てていた。よく考えたら、この娘たちは、小さな頃からのこぎりなども平気で扱って、板などザクザク切るようなヤツラなのだった。器用な父親のおかげで、3人ともやたら器用である。ま、大の男でも、のこぎりも電動工具もまったく使えない人もいるらしいけど、やっぱ、訓練次第なのかなあ。

夜、寝ようとして、何気なく、ビデオ編集をしている夫を見たら、パソコンで編集しながら、テレビで「芸術劇場」を録画しつつ見ている。その画面を見た途端に、吸いつけられるように見入ってしまった。「インバル・ビント・カンパニー」というイスラエルのダンスカンパニーで、一応、コンテンポラリーダンスなんだろうが、衣装が、サーカスやマリオネット、人魚やら怪物……まるで異形のものを連想させるような不思議なデザインで、すごく幻想的な舞台なのだ。ひとつひとつの衣装もかなり凝っている。「これ、何、おもしろいね」と言ったら、「けっこう有名」と言われた。でも、舞台のデザインだけじゃなくて、振付や構成もすごく面白いのだ。えらく気にいってしまった。小道具も多用しているのだが、使い方もすごい。うまい。面白い。

「もしかして、かなりスゴイんじゃない。カッコイイね」
「けっこう人気あるみたいやけど。ああ、くそぅ、くやしいけど、確かにうまいよなあ」(夫も、振付も演出もする)

思わず、そのまま深夜までテレビを見てしまう。うーん、これ、めっちゃ面白いなあ。ダンスにハマるってのは、滅多にないんだけど。もしかすると、これなら、うちの子供たちもハマるかも。『ナイト・メア・ビフォア・クリスマス』にも雰囲気が似てるもん。

12/11/2005

楽しい小説講座

12月10日(土)
午後から小説講座の事務所。夕方から、小説専攻科と第9期の講義。

今日は、専攻科はクラス分け前で、合同クラスで実施。第9期もあるので、小説講座の全在籍者が出席する日である。第9期のクラスは、小森健太朗先生の「トリックと創作」。小森先生と言えば、16歳で書いた作品が乱歩賞最終候補になったので有名なミステリ作家さん。翻訳もされたり、大学で講師をされたりしてる。専攻科は、青木治道先生の短編指導。青木先生は、編集者で青心社の社長。うちの講師陣では、唯一、プロ作家ではない講師である。

さらに、田中啓文先生が「小森さんにちょっと相談があるから」とふいに遊びに来られる。なんて「豪華」な日なのかしら。相談内容はわかんないんだけど、小森先生は、「親指シフトキーボード」のヘビーユーザーで有名だから、たぶんその件かな。世の中では、ほぼ絶滅しかけている「親指シフトキーボード」だが、作家さんに限れば、今でもかなりたくさん使っている人がいるみたい。田中先生も、たしか「親指シフト」の人ではなかったかしら。

今日は、生徒さんの欠席者も少なく、また、知りあいの女性フォトグラファーのOさんも見学に誘っていたので、教室はほぼ満席。Oさんに「見学に来ない」と誘ったのは、「小森先生って、ホント頭よくて、ハンサムで、独身なんだよ〜」と誘い出して、「でも、『著者近景』の写真がイマイチ実物よりも映りがよくないみたいなんだよね。誰か写真、撮ってくれたらいんだけどなあ」などと言って、写真を撮ってもらう魂胆である。先生本人に断わりもせず、勝手に「写真撮影」を手配しているおせっかいな私。でも、やっぱりプロが撮ると全然違うしさ。せっかくの「男前」なんだし、写真映りが悪いともったいないもん。ほら、ノベルズとか、著者近景も、少しぐらい売れ行きに左右するかもしんないじゃん。美形に撮るのも、商売のうち、ということで。

彼女は笑いながら「いいわよ」と言ってくれて、講義が終わってから、小森先生に「写真を撮らせてもらっていいですか」と言う。突然のことで「え、なんで?」とびっくりする小森先生だけど、カンタンに教室内でデジカメで撮影。照明などの機材をもってきてないので、ぴしっと決まったというわけにはいかないのだけど、いくつかポーズをして、撮ってもらいました。「もう少し髪を切った方がカッコイイんだけどね」と言われてましたけどね。誰か、今度はスタイリストも連れてこようかしら。

で、たまたま田中先生もいたわけなので、ホント言えば、せっかくだから、撮影してほしかったのだけど(田中先生は、女性作家さんたちの間でも、「男前」として人気高いんですよね)、急にお願いして、気を悪くされたりしたらイヤなので、さすがに言い出せなかった。ちょっと残念。「そんな写真、要らないよ」と言われるかもしんないけど、撮影してみてほしかったなあ。なんなら私個人のためにでも(おいおい)

講義終了後、例によって、中華屋さんで飲み会。9期生は、あまり飲み会に参加する人は多くないのだけど、専攻科と第9期をあわせると、40人以上になってしもうた。小さな店は、うちの生徒さんでいっぱい。今日は、専攻科のクラス志望届の提出日で、その問い合わせなどもあり、あちこちのテーブルを移動。

回収した「志望届」を見ると、クラス分け自体は、「賛成」か「どっちでもいい」という人がほとんどで、反対という人は1〜2人。ただ、2クラスのうち、どっちに志望届を出したらいいのか、迷った人が多かったようだ。結果的に、悩んだ末に「プロ志望クラス」という人が多かったのか、半数以上がプロ志望クラスになっている。正直、「年間合計600〜1300枚、最低4回の作品を絶対に提出」という条件か、あるいは「年間合計300枚以下」というのが、悩む原因になったに違いない。年4回の締切は、実際には、1月、3月、5月、7月。でも、あわせて600枚だから、最低でも、短編3本、長編1本ということになる(まあ、もちろん4本とも長編でもいいわけだが)

さて、これは予想されたことだが、「今は、仕事が忙しいので、年に1作だけ、450枚の長編を作品指導してほしい」という人が2人ほどいた。まあ、年間300枚以下か、600枚以上の2クラスに分けてしまったので、その間の枚数を予定している人なら困ってしまうだろう。「そういう場合は、どうすればいいんですか?」という質問が来ることくらいはわかる。

ただ、これまで小説講座をやってきた経験から言うと、だいたいの生徒さんは、年間300枚以下か、600枚以上1000枚以下か、まあ、たいていどっちかなのである。ほとんどの人は、どっちかのグループであって、その間にはいない。実際には、長編1本だけなら500枚くらいになるのかもしれないのだけど、なぜだがそういう人は、ほとんどいないのだ。どういうわけだか知らないけど、経験上、なぜか、たいていそうなのである。まあ、たまたまそういう人がいることもあるが、かなり少ない。

なぜだか知らないけど、たいていは年間合計300枚以下か、600枚以上である。もしかすると、本人は「今年は、長編を1作だけ書こう」と思っていても、シロウトの人だから、計算通りにならないのかもしれない。たいていは、「長編は完成できなかったので、今年書いたのは、短編数本だけでした」か「長編は思ったよりも早めに完成したので、中編や短編も書いちゃいました」のどっちかである。まあ、年600枚というのは、月50枚平均の計算である。短編だけでも、2週間に一本書けば、すぐに600枚になる。

世間では、年間1000枚以上書くというシロウトの人もけっこういる。まあ、電話での問い合わせでもそういう人がいたりするのだが、ただ、うちの生徒さんの場合、単に書けばいいんではなくて、そのあと、プロの作家さんに作品指導を受けるわけである。だから、作品提出をする前に、本人もかなりチェックもしなくてはいけないし、だから「何も考えずにサクサク大量に書ける」などいう人はいない。まあ、そういう意味では1000枚以上書く人はほとんどいないのだが、それでも年に600枚くらいは書いてしまう。

クラス分けの条件は、2ヵ月以上も色々検討して決めたのだが、結局、志望するジャンルや狙っている賞ではクラス分けができないし、書く枚数で分けるのが一番わかりやすくていいのである。プロ志望クラスは、年4回の締切に一度でも提出できなかったら、即刻、実力養成クラスに移動してもらう。その方がわかりやすいんじゃないかなと思う。もしプロ志望で、新人作家として、今年か来年にはデビューしたいというのなら「締切」は守れた方がいいわけだし。

「でも、それはプレッシャーですよ。キツすぎますよ」という意見も出たのだが、「プロ養成クラス」なのだから、それほどキツすぎる条件でもないと思うし、それがキツくて、のんびりやりたいのなら、別クラスに入れば済む。だいたい今の専攻科は、ちょっとノンビリし過ぎるのが困る点なので、「わざとプレッシャーをかける」のが意図だったりする。結果的に、何割か脱落したって、仕方ない気もする。私の立場からいうと、専攻科は、学費も安く、ほとんど儲けにもならないうえに、手間がめちゃくちゃかかる仕事である。だからこそ、どうせなら楽しくやりたいんだけど、その「楽しい」は、仲良しクラブじゃないんだし、単に「楽しくおしゃべり」というだけの目的ではない。楽しくおしゃべりするのもいいんだけど(いや、するけど)、別にそれは小説のプロ養成クラスじゃなくてもできるもの。実際、全員とは言わないけど、そろそろ何人かプロデビューしてもらわないと、私は面白くないんだもんね。

それに「長編」って、書くのには、気力も体力も時間もかかる。それに、ただ書くだけならいいだろうけど、それを読んで指導する方にも、かなり大変な負担なんである。だから、どうせなら新人賞とります、って方が目標も期限も何かといいんじゃないのかなあ。

専攻科のクラス分けは、Aクラス、Bクラスにすれば済むのだが、わざわざ「星組」と「花組」という愛称をつけてみた。「まるでタカラヅカみたいですね」と生徒さんに言われたけど、なんとなく、空の向こうに輝く「星」と野に咲く「花」と。なんだかそういうイメージだったのである。まあ、そりゃ、どっちも、なんの腹の足しにならないことは同じなんだろうけど、どちらも、人間にとって、けっこう大事なもんじゃないのかなあ。まあ、そんなふうに思っていたりするんだけどね。

12/10/2005

むこう側とこっち側

12月9日(金)
終日、自宅で作業。小説講座の事務所には入れず。

一日中、自宅でパソコン作業。昨日は、「おでかけモード」だったので、本日は、一日おこもりモードである。一日こもって作業する方が、やっぱり、はかどるなあ。

昨日、店からメールが来て、ちょっとびっくり。例の不審な3人組の客は「店員ではなく、隣のパチンコ店の店員だった」のである。うーん。それは、ちょっと驚きだなあ。なにせ、彼は店内で自分の店のようにふるまっていたし、店の女の子たち3人ともに「○○ちゃん、お茶入れてよ」と親しげに話していたんだもん。

しかし、どうしてそんな錯誤が起きたのかなあと考えてみた。やっぱり店員だと誤解するのもムリのないシーンだったような気がする。私がこの店員だと思ったのは、彼らのテーブルには、お茶しか置いてなかったし(それで30分以上も我が物顔で店に居座る客はあまりいない)、いかにも従業員が座りそうな端のテーブルに集まっていたこと。私たちが入店した時、その男性が奥に目配せをして、注文をとるのをうながしたりしていたこと。それから店の従業員が、まったく奥から出てこず、彼らが大声で脅しているのを奥でヘラヘラ笑いながら見てたことなど。

まあ、常連客ならありうるのかもしれないけど。
でも、もし客なんだったら、バイトの女の子たちの態度は、解せないなあ。まあ、店からのメールでも、「お客さまがどのような話をされても当店の一切関知するところではなく」という内容だったし、だいたいの予想はつく。まあ、どのみち従業員教育がきっちりしているかどうか、あやしいな。まあ、私だって、他人様の話なんぞ、一切関知するところではないのだが、店の従業員がちゃんと注意してくれたら、わざわざ警察まで行かなくて済んだのである。店員じゃなくても、顔見知りなら、なおさら店内で恐喝みたいなことやってたんだったら、注意しろよ〜。

ってゆうか、店内で、どんなことをしていても、店の奥でおしゃべりに夢中だったバイトの女の子たちの知ったことじゃないんだろうなあ。

ま、この店に私が行くことは二度とないだろうから、あんまり関心はないけどさ。

けど、他人が「店員になりすます」ってのは、案外、やってやれそうなんだなあ。まあ、常連客というのは、顔を知っているだけに、店側は油断するもんなのかもしれないもんなあ。小さなスナックなんかに行くと、平気でカウンターの中にまで入る常連客とかいたりして、誰が客か従業員かしばらく見分けがつかないなんてこともあるけど、かなり大きなレストランでも、「従業員」になりすますというのもやれそうだなあ。大きなレストランなら、窓側にテーブル席があり、キッチンとかなり離れているような店もある。従業員のふりをして近寄って行っても、もし常連客だったりしたら、知った顔でメニューを出したり、お冷やを出したりしても、店側から見たら、「ああ、知り合い同士で、ふざけてるんだな」と思って、ほっとくというケースもありうる。フロアが広いと、サービスステーションというか、お冷やなどを置いておく場所を作っておくケースがあるのだが、そこから勝手にグラスをとっても、常連客だったら、店員も気にしないかも。そう考えたら、どんな店でも「店員になりすます」ってのも、案外、簡単にできるもんだな。だいたいバイトが多い店なら、実際に何度も来店しなくても、馴れ馴れしくふるまえば、1〜2回来ただけでも、けっこう常連客に見えるしねえ。ま、何のためにそんなことをやるのか思いつかんし、トリックにもならないけど。

それよりは、目の前で「脅迫」されていても、平気で笑ってみてられるってことの方が私には不思議だなあ。いくら目の前で脅されていて、恐怖に怯えていても、気がつかないってことはあるのだなあ。赤の他人ならどう見ても「脅迫」に見えるようなことでも、もしそれをする側の顔見知りだったら、笑って見ていられることもある。だから、意識されないこともあるかもしれない。

「向こう側」と「こっち側」の意識の落差がある。ストーカーとかイジメなんかだと典型的な例だと思うけど、やっている側にはあたりまえのことだったりして、悪意などは感じてないのだ。

そう言えば、中学生の頃、同級生のある女の子がひどいイジメにあっていた。殴ったり、蹴ったり、かなりヒドいもので、彼女の制服の背中に「運動靴」の足型をきれいにつけるのが流行っていて、とくに男の子たちは、毎日のように背後から背中を蹴ってくる。不良と呼ばれる子だけじゃなくて、野球部の人気のあるカッコイイ男の子まで、それに参加してくるのだった。あんまりひどいので、「なぜ、そんなことをするのか」と注意したら、「アイツ、遅刻ばっかりしてるし、服装も汚いから、臭いし、気持ち悪いやんか。オマエもあんなヤツかばうなよ。あんなヤツ、甘ったれてるだけやで。甘やかしたらあかんねんぞ」と逆に注意された(その子は父子家庭で、確かに遅刻も多く、制服はいつも薄汚れていたのだった)。

彼らは、彼らなりの理由(正義感?)で、正当な「イジメ」を実施する。ゲームセンターで、よくカツアゲをやっていた同級生の男の子は、「こづかい余ってるヤツらから、オレは、お金をもらってるだけや」とよく言っていたもんなあ。「アイツら、どうせ親が金もっとんねん」

向こう側とこっち側、見えているものが違うってのは、どうしようもないものなんだろうか。

12/09/2005

うどんと店員と事故と警察

12月8日(木)
午前中、小説講座の事務所。午後から、外出。

打ち合わせなどで、終日あちこち移動。夕方、打ち合わせが長引いて(イベントのディレクターとカメラマンと雑談をしてただけだが)結局、PTAの委員会に出席せず。

夕方、帰宅があまり遅くなったので、子供たち3人を駅前まで呼び出して、めずらしく外食して帰ることにする。以前から、ちょっと入ってみたかった某チェーン店(「なか卯」)に入って、子供たちとうどんを注文したら、隣のテーブルに妙な4人客がいる。半泣きになっている高校生くらいの男の子を取り囲んで、大人3人がどうやら脅しているのだ。その中に一番怒鳴っているド派手な化粧のオバサンがいて、この人の声が大きい。あまり大きな声なので、つい話を聞いていると、どうもこの少年が事故を起こして、この3人に脅されているらしい。
「警察に行ったら、こんな金額ではすまへンのよ」とか、
「休業保障は3ヵ月分やなあ。アンタ、毎月5000円しか払われへんねんやったら、何年もかかるねんで」とか言っている。

どうやら恐喝というか、事故の示談というやつで、まあ、これはよくある話である。かつて外食産業で働いていた頃、店が幹線道路沿いにあったので、深夜に、しょっちゅうこういう客が来た。しかし、この人たちは、あまり大きな声で恐喝みたいなことをしているので、とても楽しく食事をする雰囲気ではない。まったく出ていく雰囲気もない。えらい店に入ってもうたなあ。

で、「うるさすぎるよな。どうして店の人は注意してくれへんのかな」と思ってたら、なんとよく見たら、3人組の一人の男性は、なんとここの店員なのだった。どひゃ。どうもその事故は、彼の出勤途中だったらしい。店の奥には、高校生の女の子が二人いるばかりで、もちろん注意する気もない。どうやらこの男性と女の子、3人ともただのバイトらしい。だから、店の中で怒鳴っていても注意もしないんだろうけど、うええ。この外食チェーンの店員教育は、どうなってるんじゃ。あんまり利用したことがなかったが、「なか卯」って、フランチャイズなんだろうなあ。でも、店の中で、店員が制服を着たまま、恐喝みたいなことをしてるなんてどうよ。それに、このずっとしゃべってるこのオバサンは誰なんや。ヤクザの情婦にしたらあまりにも色気のないやせたオバサンだが、えらい口が悪い人やなあ。

と思っていたら、「あたしも、この子の母親として、わざわざこうして出て来たんやで。あんたにお金がないんやったら、親、今すぐ呼んどいで!」と怒鳴っている。どええ。ってことは、このオバサンは、店員の母親なのか。つくづく、どうなってるんじゃ、この店。

しかし、店員が店の客をほったらかして、店内でこんな話をしてるとはなあ。えらい店やなあ。他のところでやれよ。たぶんバイト店員なので、これでも「仕事中」なのである。でも、よく考えたら、こんな雰囲気の店、誰も入るか。知らずに入ってくるのは、よほどぼーっとしてる親子連れぐらいである。(もちろんそれは私)。

しかし、この少年も可哀相だけど、事故って、恐喝されるのは、そもそも本人がケーサツに届け出ないから悪いんじゃないのかなあ。高校生っぽいし、ほとんど半泣きになっているのでちょっと可哀相だが、この店は、ほんの数十メートル先に警察署がある。その気なら駆け込めるわけで、そもそもお金で済まそうとするのがダメなのである。

まあ、この怖いオバサンが「あんた、警察に行ったら、これくらいのお金で済まへんで。ホンマやったら、300万くらい取れるんやけど、それは可哀想やし、出せるだけでええってゆうてんねん。だいたいそもそもあんたが悪いから、こういう話してるんやで」と脅しているので、たぶん自分から警察には行かれへんと思っているかもしれへんが。警察や保険屋を呼ばせないように言い含めているし、どうも怪しいのは怪しいけど。

ただ、たとえ高校生でも、これくらいのことは自分で判断できないとあかんのやけどなあ。相手のタチが悪ければ、示談で済まそうとしても、どのみち、たかられるわけだから、とりあえず警察と保険屋さんには連絡しといた方がええと思うけどなあ。けど、どっちみち、手持ちが5000円しかないらしいので、「親を呼び出せ」と言ってるから、まあ、その親が判断するだろうしなあ。タチは相当悪いようだが、一応、ヤクザではないみたいだし。
(ちなみに、事故にあったという店員は、わざとらしく腰をかがめて歩いてみせているが、私が見る限りほとんど無傷である。もしかすると、バイクでこけただけではないかと思う)

どうせ事故の示談なら、警察は民事不介入だし、私も、知ったことではない。ただ、他の店でやれよ。腹がたつのは、私たちは客なのに、店員がほとんどほったらかしなことである。奥の女の子二人も、ずっとおしゃべりしてほとんど店に出てこない。結局、食事のあいだ、ずっとオバハンの怒鳴り声を聞いて、子供達もすっかり怯えてしまっていた。

で、あんまり腹がたったので、店を出て、そのままナナメ向かいの鶴見警察に通報に行く。実際、これはまったく余計なお世話なのだが、他の男性客もほとんど逃げ出してたし、このオバサンは大声でまるで確かに恐喝みたいだし、子供たちが「あのオバサン悪い人やろ? あの人かわいそう。ママ、なんとか助けられへんの」と真剣な目でいうもんだから、もうしょうがないのである。確かに、この店は困るしな。うどん代を返してくれ(といいつつ、しっかり全部食べたが)。こういう従業員がおったら、たまらんがな。

と言っても、どうせ巡回中のパトカーが立ち寄るだけなので、子供たちが思っているような解決にはたぶんならないだろうけどなあ。ただ、まあ、警察署に行き、「何でも通報してくれる方が助かるからね」とお巡りさんに誉められ、交通安全キャンペーンの消しゴムをもらって、素直に喜んでいる小2の娘たちには、そういうことは言えんけどなあ。帰りしな、小6の息子には、一応、民事と刑事の違いとか、交通事故の示談とか、自賠責と任意保険とか、カンタンに説明を試みる。まあ、これも社会勉強である。でも、小学生にはちょっと難しいかなあ。なんやかんやで、私は何度か来たことがある警察署だけど、子供たちが入るのは初めてだったようで、「ケイサツって、こんなとこやったんや」と感心していた。やっぱ、なんでも社会勉強やな。

帰宅したら、警察からお電話。「通報の件、さきほど、巡回中の警官に立ち寄ってもらい、もう少し静かに話し合えと、注意しておきました」という連絡。たぶんさっき、すれ違ったパトカーですね。いや、お手数かけて、ご苦労様です(まあ、私の通報のせいだけど)。

ちなみに、私は、夜一人で帰宅することが多いので、痴漢とか、変質者とか、ひったくり(ただし、ひったくりは、ほとんど未遂。なぜかというと、たいてい本が数冊入っていて、カバンがめちゃくちゃ重いから)に逢うことがけっこう多い。さすがに最近はオバハンになったせいか、少なくなったが、年に数回は何かに逢っていた20代の頃は、あまり「通報」というものをしなかったのである。なぜかというと、どうせ犯人もつかまらないし、面倒臭いからで、痴漢などで長々と「調書」などとられたりするから、けっこう時間がかかる。ひったくり未遂などでも、調書を書くと1時間くらいかかる(一度、ひったくり未遂で通報したことがあるが、これは自動車でひったくりしてきて、壁にぶちあたったせいで、ケガをしたからである)。夜道で抱きついてこられても、警察に駆け込むよりは、自宅に逃げ帰る方が先決で、ほとんど通報したことがなかった。多少の抵抗感もあったしね。

でも、ある時、ある犯罪にあった人と話をしていて、「被害者の立場から考えたら、どうやっても、最後に頼りになるのは警察だけで、だから、やっぱりどんなつまらない情報でもないよりはあった方がいい」と真剣に怒られた。無駄話に見えても、小さな情報の積み重ねというのはあるんだそうだ。はい、すみません。

とりあえず、この店は、今回ほとんど初めて入ったのだが、以前から「駅前の店なのに、なぜかいつも誰もおらんなあ。空いているなあ。なんでかなあ」と思っていたのだが、これでだいたいの予想はつく。不思議なもので、外食チェーンとかコンビニなどは、店のメニューも価格もまったく一緒なのに、従業員教育のレベルが低いとやっぱりなぜか空いてしまう。小さな積み重ねというのは、どこにでもあるのだなあ。

12/08/2005

イベントのお仕事。銀橋の記憶

12月7日(水)
終日、外出。小説講座の事務所には入れず。

朝8時に外出。本日は、小説講座関係の仕事ではなく、終日、お役所関係のイベントのお仕事。
これは、大阪国道事務所が主催している「女性のためのみちづくりワークショップ」という講座形式のイベントで、私は、取材兼アシスタント。このイベントは、毎年、大阪国道事務所が実施していて、今年は、全4回連続のワークショップなのだ。今日で第3回目。今日のテーマは「橋をつくってみよう」というもの。

1回目は、バリアフリー体験で、2回目は、環境を考える(道路植栽の計画)。先日、2回目のワークショップで計画した「植栽プラン」を参加者が実際に交差点に植えてみたりして、今回のテーマは「橋」。今、建設中の「新桜宮橋(仮称)」を全員で、現地見学してから、橋の模型を制作。橋博士の松村先生の講演会を聞いて解散。けっこう盛りだくさんの内容で、朝10時から夕方4時までのワークショップなのである。

参加されている女性は、主婦の人が多いんだけど、毎回、驚くくらい熱心な人が多い。このイベントは、大阪国道事務所の女性職員さんたちが何人も参加されており、教材などはみな手作りなのだが、これがけっこうすごい。今回の「橋」のワークショップでも、日頃はあまり意識されてない「橋」の構造を何とかわかりやすく説明しようとして、女性職員さんたちは「紙工作」を新しく開発。各グループに分かれて、いろいろな橋の模型を作った。私がいた班では「トラス橋」を作り、いろんな実験をして、楽しく盛り上がっていた。あんまりよく出来た工作キットで(型紙通りに切り抜いて貼れば、トラス橋が完成するのだ。実際、橋の強度実験の結果も、驚くくらいきれいに出たし、みんな感動してた。他の班は「アーチ橋」とか)、「これ、ほんと、早くホームページに掲載した方がいいよね」というほど、よくできたキットである。小学生の工作と実験なんかには最適だろうなあ。

これは自分の仕事だから言うのではなく、ホンマに面白い内容のワークショップだと思う。女性職員さんたちの講演も、非常にわかりやすく、私は、今日も「しまった。ビデオ撮影をしておけばよかった!」と後悔してしまったほど。まあ、これでも仕事で忙しいので、実際には撮るヒマないかもしれないけど。とにかく彼女たちが、熱心にがんばってくれているので、一緒に仕事している私も楽しい。今日の現場見学も面白かったしなあ。

しかし、今回あらためて気がついたけど「桜宮橋」(通称「銀橋」)って、昭和5年生まれだったんだなあ。ちょうど今、道路拡張のために、すぐ隣に新しくもう一つの橋を作っていて、この橋は、この銀橋にあわせたデザインなんだけど、なにしろ75年以上の違いがあるだけに、「兄弟橋」というよりは、ほとんど「親子」という感じである(むしろ孫かも)。さすがにこれだけ時代が離れていると、技術革新の差は激しく、同じアーチ橋でも、やはり雰囲気はだいぶ違う。でも、好き嫌いはあるかもしれないけど、優雅な曲線を描く新しい橋のデザインも、よく見れば、これはこれでなかなか面白い。大阪のシンボルとも言われるほどの「銀橋」と並んでいるのだが、案外、ちょっと面白い景色でもある。わざわざアーチの高さもあわせているそうで、反対側からも『銀橋』をのぞけるような構造になっている。ということは、OAPとか、帝国ホテル側から見れば、むこうの大阪城と合わせたら、美しい景色になるのではないかなあ。まあ、銀橋だけの頃からすっかり風景は変わってしまうだろうけど、見なれればかなり面白い景色なんじゃないのかなあ。まあ、完成までにはまだだいぶかかるらしいけど、「平成の通り抜け」という桜1000本を植える計画もあるし、桜の季節や天神祭には、また見に来ようっと。

この「銀橋」の横に「造幣局」(全国の貨幣を作っているところですね)があり、そのすぐ裏にある『滝川幼稚園』という幼稚園がある。卒園するちょっと前に引っ越しをしてしまったので、卒園アルバムもないけど、私はこの幼稚園に2年間通っていたことがある。小さい頃から、この「銀橋」というのは、よく見慣れており、引っ越してからも、梅田へ向かうバスで必ず通りかかるところでもある。この橋の上からは、大阪城がばっちり見えるスポットなので、小さな頃からバスに乗って、銀橋にさしかかると大阪城を眺めるのが習慣である。まあ、大阪シナリオ学校の事務所も、このすぐ近くだし、今でも自転車でよく通りかかるんだけどね。

大阪では、春に実施される「造幣局の桜の通り抜け」というのが有名なのだが(これは八重桜が中心だけど)これは、造幣局の団地の中を通過する。私は幼い頃、この団地に住む男の子とたいへん仲がよかったらしい。親同士が仲よかったせいだと思うが、小学生になっても、かなり大きくなるまで、しばらく文通をしていた。しかし、その当時ですら、彼と何をして遊んでいたのか、まったく覚えていなかったんだけど。ただ、なんとなく覚えているのは、その団地の窓から見下ろした桜並木だけである。桜が咲いてない季節の団地内は、たいていひっそりとしていて、そこが、あのにぎやかな通り抜けと同じ場所だとは思えなかった。子供心に、それが、なんだかとても不思議だった。

ちなみに、うちの両親は、今でも毎年、通り抜けに行って、毎回なぜかしっかり「造幣せんべい」を買って帰る。「造幣せんべい」をおみやげにもらったりして、ポリポリかじったりすると、もう顔もぜんぜん知らないけど、「造幣局の団地に住んでいたテツヤくん」(この名前だったか、ちょっと怪しい)とあの桜のことをちょっとだけ思い出したりする。

専攻科のクラス編成、志望届がチラホラ

12月6日(火)
午後から小説講座の事務所。事務いろいろ。

天気悪く、雨。丁稚どんに作品集を作成してもらいつつ、雑用を片づける。なぜかあいかわらず忙しい。「大阪シナリオ学校にいた頃は、どうしてたんですか?」と丁稚どんに聞かれるが、そういや、あの頃は、小説講座以外にも、2コースくらい受け持ったりしてたんだよねえ。でも、経理の担当者も、事務局長も別にいたからなあ。まあ、当時から、役員でもないのに、当時から役員会にもなぜか出てたし、募集計画も自分で立ててたから、事務局長兼任でも、それはあんまり作業量は変わらないけど、経理は手間がかかるからなあ。収入があろうがなかろうが、書類作成の手間はあんまり変わらんし。まあ、外注費もかかるので、今は仕方ないけど、もう少し生徒数が増えたら、外注しないと手に負えないなあ。

今週末は、専攻科の「コース志望届」の締切日。今のところ、志望コースがわかっているのは、早々とメールをくれた「プロ志望」のHさんだけなんだけど、クラス分けは初めてなので、「プロ志望クラス」と「実力養成クラス」の志望の割合がどうなるか、ちょっと検討がつかない。今日、Nクンが作品を持参しにきたのだけど、「どっちのクラスにしようかなあ」というので、「ジュニアノベル志望だし、もともと長編を大量に書くタイプなんだから、プロ志望のクラスにしとけば」と言ってみた。

「でも、実力とか要るんじゃないの」
「実力というより、やる気の問題やと思うんやけどなあ。毎回、作品提出が義務っていうのと、長編提出が必須なだけやから。まあ、年度途中でも、クラス変更をする予定もあるけどね。プロクラスは、悪いけど、ついてけない人は変更してもらうかもしれへんし」
「それは怖いなあ」
「でも、そっちのクラスは、短編中心だから、年間300枚以下しか提出でけへんし、中編どまりで、長編などは指導しない計画だから、ジュニアノベル志望やったら、プロクラスの方がいいんちゃうの」
「うーん。300枚くらい、一本書いただけで越えちゃうもんなあ」
というわけで、Nクンは『星組』(プロ志望クラスの愛称)志望ということで。

専攻科のクラス編成は、初めてなので、どっちのクラスに何人くらい志望が来るのか、全然、検討がつかない。まあ、今週末、フタをあけて判断するしかないなあ。丁稚どんは「専攻科なんだから、みんな『星』なんじゃないですか?」というのだけど、それはどうかなあ。星組のめやすは、年600〜1300枚程度を書く人なので、その条件だけで、数がかなり減るんじゃないのかなあ。まあ、そりゃ、星組に志望が集中して、結果的に、長編を何編も提出されると、指導講師にお願いしたり、作品集を作ったりする手間は大変だけど、でも、デビューしてくれるにこしたことないもんねえ。実際、専攻科の学費は、年3万〜5万ほどなので(これで、実質年20回ほど受講できる。本科の見学も無制限です)、ばんばんとデビューしてもらう方がいいのよね。

まあ、デビューして、ある程度、コンスタントに作品を発表するとなると、年600〜1300枚程度というのは、妥当なところではないかと。「ちなみに年400枚くらいの予定の人は、どっちに行けばいいんですか」と聞かれましたが、実際には、たぶんそんな中途半端な人はいないと思いますが、どうでしょうかね。

実際には、プロ志望じゃないクラス(実力養成クラス。愛称は「花組」)でも、長編デビューじゃないだけで、短編指導はやるわけだし、どっちみち講義日はできるだけズラして、かなり多くの講義はどちらも見学できるようにはするつもり。とにかく、専攻科も人数が増えてしまったので、「真剣にプロ作家になりたい」という人と「のんびりとマイペースで書いていきたい」という人が混じって、その差も大きくなったし、クラス分けはちょうどいい機会だと思う。最近は、指導する講師の先生たちからも、「人数が増えて来たので、専攻科の中で、誰が『真剣なプロ志望』なのかを把握したい」という声もあったわけでして。

夜、某NHK番組に、芦辺先生が出演している姿を確認。人形を使って、なかなか面白い演出でしたね。「内容的にほとんど映らないかも」とおっしゃっていたのだけど、先生のコメントもしっかり映ってました。この乱歩邸は、『大阪人』の連載のための取材時に、先生に「いつもは公開してない場所だから、もしよかったら一緒に行く?」と声をかけてもらい、私も入らせてもらったのだけど、なにせ古い家。「屋根裏」をちょっとのぞくのも相当に大変そうだったんですが、カメラマンもえらいですね。さぞかしホコリまみれになったことでしょう。この家は、当時からだいぶ改装と建て増しをしているみたいだったのですが、画面で見る限り、どうも屋根裏の柱の一部が元の状態みたいだなあ。

ちなみに、ここは1号線からほんの10M入ったところ、守口市役所のすぐナナメ向かい側あたりにあります。(地下鉄出口からも、ほんの数十秒ほど)交通も便利。個人所有なので、いつもは中には入れないらしいんだけど、外観だけなら気軽に見られます。

しかし、江戸川乱歩って、私にとっては、すっかり「関西人」のイメージなんですが、世間では違うのかなあ。だって、ほら、ああいう性格って、やっぱりどっかで典型的な関西人でしょう。ほら、手塚治虫とか。え、違うの?

12/06/2005

小説とは関係のない休日(月曜日は朝からうるさいぞ)

12月5日(月)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

朝、いつも6時に息子を起こしているのだが、今朝は娘たちも起こす。「私も早起きしてみる!」と頼まれていたからだが、二人とも起きず。仕方ない。結局、7時になって起きてきて、「なんで起こしてくれへんかったん!!」と大泣きする。だから起こしたっちゅーねん。うちでは、朝6時に起きたら、日頃は「子供は、飲んじゃダメ」と言われているコーヒーを飲んでもいいことになっているのである。(双子は、いつもは7時に起きる)。昨日遅くまで起きてたし、6時は無理。どうでもいいけど、毎週毎週、月曜の朝は、なんかバタバタとうるさいなあ。

7時50分外出。午後からは、専門学校で非常勤講師。4コマ連続で、8時前に講義を終え、9時頃まで教務室で少し雑談。10時半頃、帰宅。12時半過ぎに就寝。

小説とは関係のない休日(法事など)

12月4日(日)
小説講座の事務所は、日曜、月曜お休みです。

本日は、義父の一回忌。子供たちは着慣れた小学校の制服で、私は慣れない礼服を着て、一緒に外出。最近、滅多にスカートを着ない生活をしてしまっている私だが、スカート&ハイヒールでの歩き方を忘れてるわけではない。案外、スカートも好きなのよ。まあ、似合わないけどね。

帰宅途中、本屋に寄り、子供たちに、一冊ずつ本を買う。息子は、はやみねさんの新作(青い鳥文庫)を選ぶ。なぜか双子の娘たちが「漢字ドリルが欲しい」というので、それも買う。このドリルは、全部カラーで、イラストも満載。シールがたくさんついていて、どうやらこれが目当てらしい。まあ、小学2年生用の漢字ドリルだしなあ。クイズなんぞもあって、ちょっと楽しそう。どうやらうちの子供たちは、小説も、ドリルも、イラストの好みで選んでるみたいだなあ。

今日は、確かフィギュアのNHK杯をやってるはずなんだけど、テレビ中継に間に合わない。「なみはやドーム」は自宅から近いので、毎年たまに子供たちとスケートに行くのだけど、今年は何日からリンクオープンなのかなあ。ここは、正月明けにも毎年「スケートフェスティバル」というイベントをやっていて、この日は、抽選会があったり、風船を配ってくれたり、スケート教室があったりとちょっと楽しい。とはいえ、冬のスポーツと言えば、世間じゃ、たぶんスキーなんだろうけど、そういや、スキーなんてもう15年以上行ってないよなあ。まあ、スキーに比べれば、スケートは安あがりだよね。

夜、「そろそろ12月なんだし、今週は『義経』を見たいよう」とジタバタするが、子供たちとのチャンネル争いに負けてしまう(うちは、できるだけ番組は、録画をしないことになっているので、チャンネル争いがあるのだ)。しくしく。最終回って、いつだっけ。知らないうちに、死んじゃわないかしら、とちょっと心配。まあ、動物番組も、たまたま興味がある映像が見れてよかったんだけど(スナメリとリュウグウノツカイ)。

子供たちを寝かしつけてから、少しお仕事。でも、くたびれてるんで、10時には就寝。

12/05/2005

書いてみなくちゃはじまらない

12月3日(土)
午後から小説講座の事務所。夕方から、第9期の講義。

本日の講義は、高井信先生の「ショートショートの書き方」。例年、大量の資料をコピーして配っていたんだけど、今年は『ショートショートの世界』が出版されたので、資料の枚数は減った。去年は、20代の生徒さんが多かったせいか、「ショートショートなんて知らない。聞いたこともない」という人もいたのだが、今年は30代が多いので、少し認知度も高い気がする。毎年、だいぶ雰囲気が違うなあ。去年は、ミステリ志望が多かったけど、今年はファンタジー志望が多いクラス。

高井先生は、もちろん作家さんなんだけど、いまやショートショート研究家としても第一人者。この数年で、古本屋巡りをして、膨大な作品を集めたそう(ああ、きっとお金も相当かかってるんだろうなあ)。その高井先生はさすがに、わかりやすい説明で、講義も楽しく終了。講義後は、例のお店で飲み会。9期のTさんは、またまた高井先生の隣に座って、短い作品をみてもらっていた。がんばってますね。先週などは、飲み会の参加者はわずかだったのだが、本日は高井先生もご一緒なので、十数人ほど参加。

ところで、本日は「自由課題」が締切なんだけど、作品があまり集まらない。このクラスは、初心者が多いせいか、自由課題の参加率が悪いなあ。まあ、自由参加なんだけど、初心者の原稿は、この段階でできるだけチェックすることにしているんだけどなあ。ヘタな原稿でも、ちゃんと書けてなくてもいいから、とくに初心者の人は、何でもいいから提出してほしいなあ。どんな無茶苦茶でも、とにかく作品を提出してくれる人の方が、どんどんうまくなるもんなんだけどなあ。うちの小説講座は、どの先生の話もおもしろいと思うけど、どんなにいい話をたくさん聞いても、「書く」ってことをしないと、うまくならないんだよねえ。文章を書くのも、スポーツと同じで、頭でリクツがわかっていても、大事なのは「実戦」。結局、実際にやってみないと、本当はわかんないんだもんな。まだ、一度も課題を提出したことがない人がけっこういて、ちょっと心配だなあ。

遠方からの通学生が多いので、飲み会もわずか1時間半ほどで解散。このクラスは、ビールを飲む人もあまりいないので、飲み会代もなんだかとっても安いなあ。

帰宅後、テレビなどを少し見たりして、1時頃に就寝。

12/03/2005

専攻科のクラス分け

12月2日(金)
午後から小説講座の事務所。

専攻科の作品指導のための資料をまとめて発送。クラス分けのための「志望届」である。結局、プロデビュークラスと実力養成クラスの2クラスに分けることになり、年内には、クラス分けをすることにした。実際には、2クラスに分けても、合同講義が多いだろうけど、何人かの講師に相談した結果、「講義は合同でもいいけど、人数多いんだったら、とにかくプロ志望者とそれ以外に分けたら?」と言われたので、どうなるかわからないけど、とりあえず「志望届」を集めることにしたのである。

専攻科だから、一応、みんなプロ志望なんだけど、実際には「今年中にデビューしたい」という人と「あと3年くらいかかるかな」というノンビリした人とは、ペースがだいぶ違う。とくにプロデビューしたいという人は、最近は長編が多いので、年間に書く枚数もだいぶ違っている。プロ志望組だと、だいたい600枚〜1300枚くらいだけど、ノンビリ組なら年に300枚以下くらいかなあ。

まあ、それぞれの志望者数がどれくらいになるかわからないけど、今年度、プロデビュークラスはビシバシ、のんびりクラスはそれなりにやろうかな、と思ってる。まあ、合同講義も多いだろうけど、できれば別々のレクチャー講義なども入れたり、プロクラスは補講もしたりして、内容も変えちゃおうと思っているので、皆さん、ビシッと覚悟して「志望届」出してね。


12/02/2005

料理と小説、素材か料理法か

12月1日(木)
午後から小説講座の事務所。

数日前からずっと頭痛がひどいのだが、仕事がたまりまくっているので、やむなく出勤。忙しいなあ。なんでかなあ。私って、仕事の要領悪いよなあ。しかし、こっちの仕事もたまってるけど、クロスワードパズル制作の仕事も、12月は年末進行なので、いっぺんに2ヵ月分をせんとあかんのよ。まだ全然手もつけてないけど。

体調悪く、いつもは、朝、5時半起きなのだが、頭痛のせいで8時頃までボーとして家事もできず。昨夜、9時に寝たのになあ。朝、ボケていたせいで「プラスチックごみ」を出すのを忘れてたし。生ゴミは、週2回の回収なのだけど、プラごみは週1回だけなので、これは大失態。炊飯器のご飯もうまく炊けてなかった。たぶん水の分量が間違ったんだなあ。しかし、今回の米は、水分量が難しいなあ。うちは、新米、古米、古米配合、毎回、買う米がバラバラなので(うちは、5キロずつ買うのだけど、よく食べるのですぐなくなる)、炊飯器についている目盛りがあまり役に立たないんだよね。あまりにも固くなったら、雑炊か、こねてモチにしておやつに変身させてしまうのだが、今日のは、ちょっと固すぎるだけなので、かるく数杯の「梅酢」をふりかけてごまかす。少し蒸らせば、ふっくらご飯に大変身。必殺、梅酢作戦。梅干し好きの家族には好評なので、結局、いつもよりもご飯のおかわりが多かった(おかずのサバ味噌が少し辛かったせいもあるかもしれんけど。やっぱ、体調悪いと、料理の味加減に失敗するなあ)。禍い転じて福となす。

ところで、この「梅酢」は、実家からもらった梅干しのビンに入っていたもので、おそらく10年モノ。どうやら塩の分量が多すぎたようで、そのままでは確かに塩辛すぎて、とても食えたものではないのだが、うちの母は、「梅干しを漬けるのを失敗したら縁起が悪い」という迷信を信じていて、失敗を認めようとせず、なんとかならないかとうちに持ってきたのである。まあ、梅干しは、塩抜きもやってできなくはないのだが、実際には、これはこれで「調味料」としては、たいへん重宝する。私は、イワシを生姜煮ではなく、梅煮にすることが多いのだが、市販の梅干しは、最近ほとんど減塩で、調味料としてはイマイチである。とくに重宝するのが「梅酢」で、この十年ものの梅酢は、たいへん味がしっかりしているから、ドレッシングにしても、変わり寿司を作っても、きれいな味に仕上がるのだ。梅干しも、刻んで使えば、和え物など、いろんな料理に使えて便利である。

漬け物は、多少浸かり過ぎたものの方が、調味料としてはたいへん便利である。ラッキョも、最近は、はちみつが入ったりして、そのまま食べるにはいいけど、ドレッシングや和え物なんぞには、むしろ浸かり過ぎたようなモノの方が便利に使える。焼肉のたれに入れても美味しいんだよ。

「料理」には、新鮮な素材があった方がいいに決まっているのだが、ジャムなんかは、きれいな果物というよりは、むしろ腐りかけ寸前みたいなものの方がゼッタイ美味しい。とくにリンゴなんかは、食べておいしい種類と料理に使っておいしい種類は全然違うしね。刺身なんかも、魚の種類にもよるけど、しめてから数時間ほどたたないとウマくないわけで、まあ、何が何でも新鮮なものだけがいいとは限らない。

まあ、素材か、料理法か、どっちが大事かという話もあるけど、それよりも、どんな素材も、それぞれの個性にあった使い方ができれば、うまくなるんじゃないかなあ。

小説なんかも、素材と料理法の問題があるという気がするなあ。しかし、だいたい小説講座の生徒さんなどは、基本的に「料理法」の方に関心が集まるので、案外「素材」の方には関心がかなり薄い気がする。まあ、実際には、エンターテインメント系の小説なので、作品を見る限り、どちらかというと、やっぱり料理法の問題の方が大きい気もするけど、でも、やっぱり素材がいいにこしたことはないと思う。

よく「料理は、素材」などというけど、これは「料理の腕がいい」というのが前提なんだろう。それなら素材がいいにこしたことがない。でも、料理の腕が悪くて、素材も悪いというのは、食えたものではない。もちろん限度はあるけど、素材が多少悪くても、料理の腕があれば、何とかなることもある。

でも、何人かの生徒さんは、「素材を見つけられるかどうかは、『才能』の問題でしょう」といったりする。けど、料理人が「いい素材」を見つけるのは、「うまれつきの才能」ではなく、訓練のたまものである。たぶん小説だって、いい素材を見つけるには、たぶん多少の訓練は要るんじゃないのかなあと思っている。まあ、訓練と言っても、アイデアだとか、トリックだとか、あるいは人物造詣だとか、作品によって色々あるだろうけど。

そう言えば、先日配布した「第9期」の作品集を見て思ったのだけど、ある作品があって、これはアイデア自体は、まあ、とくに悪くはないのだが、料理法がイマイチ(まあ、入学したばかりの生徒さんだから、よくあることなのだけど)。ただ、これを直す方法は、人によって判断が違うんだろうなあ。でも、これは想像だけど、ほとんどの講師の先生は、まずは素材がこれだけでは弱いので、何かアイデアを加えるだろうけどなあ。で、「あの先生なら、こういうふうにするんじゃないかなあ」と思ってみたりする。生徒さんの作品を見ると、一番「妙だなあ」と思う作品は、「こうすればもう少しおもしろくなるんじゃないのかな」という意欲がなぜか見えなくて、どっか、こんなもんでいいやろ、という感じがするんだよねえ。素材らしきものを見つけたら、それを活かす料理法とかあんまり考えないで、パッと書いちゃうみたいなのよねえ。そうか。ってことは、なんか技術の問題というよりは、意欲かもしんないな。

私自身が小説を書くわけじゃないので、小説のことは、本当はよくわからないんだけど、料理のことならわかる。私が、うまい料理を作りたいのは、少しでも美味しいものを食いたい、食わせたいからで、せっかくの素材を見つけたら、どうせなら、少しでもウマくならないか(まあ、要するに食いしん坊なだけだけど)と知恵を絞る。まあ、プロならさらに「プロ意識」とかあるだろうけどさ。

だから、小説でも「おいしい小説を食いたい!」と思えば、やっぱり努力も苦じゃないのかなと思うんだけどな。いや、好奇心かな。(「食いしん坊」でも、たまに「なんでも食べられたらいい」というようなタイプがいるからなあ)

もしかすると「素材」を見つけるのに必要な能力は「好奇心」で、「料理法」を工夫するのに必要な能力は、「想像力」ではないかしらん。

いや、やっぱり、要は「食い意地がはってるかどうか」だけなのかもしれへんけどなあ。

12/01/2005

演劇鑑賞、PTA、ニュース鑑賞

11月30日(水)
午後2時まで小説講座の事務所。3時から一心寺シアター倶楽へ。「劇団パラメトリックオーケストラ」の2005年秋公演『通天閣の下』。

講師の北野勇作先生が役者として出演する公演。北野先生は、あいかわらずの名演技です。今回は、小劇団ではよくある「楽屋落ちネタ」が一部あって、私は、これがかなりキライな方なので、個人的にはそこがちと残念。でも、こういうネタが好きな人も割といるしね。平日の昼の公演に出かけましたが、座席もかなり埋まってました。前列のオバサマたちがけっこうおしゃべりで、小学生役の某女優さんに「そんな小学生おらんでえ」と小声で突っ込んだので、思わずウケてしまった。私は、内容的には前回の方が好きだけど、セリフや演出は、何カ所かツボにはまるところもあり、けっこう楽しかった。やっぱ、演劇はええなあ。天王寺周辺の書店をいくつか回ってから帰宅。7時に家に着き、大あわてで夕食の支度。20分で用意をして、私は5分で軽く食べてから、夫が帰宅したのと入れ替わりに、夜中の小学校へ。

7時半からPTAの広報委員会の会合。先週に続いて、今日も「冬のPTAだより」の編集会議である。正直、これでもずっと仕事で、印刷物は山ほど作って来たわけで、これくらいなら、写真データをもらえば、1〜2時間もあれば、Macのイラストレータでサクサク作れるだろうけど(デザイナーほど使いこなせるわけではないが、「PTAだより」くらいなら何とかなる)、イラついてはいけない。もちろん一人で1〜2時間で作れるものが、6人がかりだと、7時半から9時半までの打合せを何度もやって作ることになるわけだが、まあ、そういうのが「PTAらしい」ことなので、いいのである(このアドバイスは、シナリオライターの小松江里子さんに聞きました。あの先生は、あれだけ売れっ子でお忙しいのに、息子さんのPTAの委員を引き受けていたらしい。私が、PTAを楽しめるのは、先生のアドバイスのおかげ)。

まあ、手作りのスイートポテトやらクッキーをもらい、コーヒーを飲みながらのんびりとした編集会議。しかし、ちょっと不思議なのは、この会合に子供さんを連れて来る人が4人もいることで、低学年だし、家に子供たちだけにはできないのはわかるけど、しかし、父親はどうされたんでしょうか皆さん。一人は、実際に単身赴任らしいけど、あとの父親はどうしたんだろうなあ。詳しいことは聞けないけど年にたった数回(まだ5回目くらい)、妻が夜7時半からのPTAの会合に出る時くらい、夫はたまには早退くらいしてもらったらどうよ……と内心思ってしまうんだけど、全国のPTAに参加の皆さんは実際どうなのかなあ。まあ、いろいろ事情もあるだろうから、口には出せないけどさあ。

でも、思うんだけど、これが「普通の家庭」なんかなあ。こういっちゃなんですが、もしかして、日本の多くの一般家庭は、事実上、母子家庭なんじゃないでしょうかねえ。よく保守派の人が「母親は母親らしく、親のつとめを果たすべき」などというが、こうして残業で遅い夫をアテにできない家庭が「理想の家庭」なんかなあ。

夜、某建築関係のニュースをテレビで色々。ニュースに登場する人たちが、まるでマンガかドラマの主人公みたいな、あまりにもベタなキャラクターなのにちょっと驚く。なんだか、小説でこんな話を書いたら、あまりにもベタすぎて「リアリティに欠ける」と言われるかもしんないよね。それとも、私は、ついついキャラクター類型化して見てしまうのかなあ。けど、やっぱ、どう見ても、ベタだよねえ。ほら、弁護士でニュースになったあの代議士も、さらに、あの「関係者」も、見た目がアレなので「まるでマンガみたいなキャラ」と思って見てました。まあ、ニュース映像というのは、わざとそう見えるように映った画像を使うものなので、そう見えるせいもあるだろうけど、とくに先週、今週のニュースは、ちょっと驚き。国会中継の映像も、なかなかすごいなあ。

ただ、建築関係の話は、この件以外にも色々出てきそうだなあ。そう言えば、以前、知り合いから業界の話を聞いて、ぶっとんだ覚えがあるけどなあ(けっこう恐ろしい業界です)。けど、現場での手抜き工事はものすごくよく聞く話だけど、設計図からヘンというのは、やっぱり珍しいんじゃないのかなあ。いや、そうでもないのかなあ。


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