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07/18/2005

小説とは関係のない休日(幽霊、UFOのいる夏空)

7月17日(日)
日曜、月曜は、小説講座の事務所は、お休みです。

朝、帰宅が遅くなったので、4時間ほど仮眠。家族は、義母の家の近くの神社で「お祭り」があるので、全員泊まりに行っており、10時に起きて、一人で優雅な朝食。前日のブログをアップするのをすっかり忘れていて、2日分まとめてアップ。その日の気分で、アップするホンマ適当な時間を設定したり(アップする時間は、いちいち毎回打ち込まないといけないのだが、現在時刻から「時」と「分」を変更するスタイルなので、「分」まできっちり合わせるのが面倒。ついつい適当な時刻に設定してしまう。他のやり方もあるんだろうが、それも面倒)、書きかけの下書きのまま、ほったらかしたり、ええかげんなブログである。一応、毎日更新(のつもり)だが、たいてい最初の一行だけが重要で、それが業務連絡。あとは専攻科の生徒さんのために書いているよな雑談。むろん一般の人が見てもいいんだけど、あんまりたいした内容がないはずなので、たまにアクセス数が増えると、かえってビビる。誰が読んでるのか知りませんが、見逃してくれよ〜。

昼、子供たちをつれて、新築された実家に行く。父の妹二人が来ていて、挨拶をする。私にとっては、叔母さんになるのだが、一人は大阪の高槻市、一人は父の故郷である岡山の津山市に住んでいるので、「高槻のオバサン」と「津山のオバサン」と呼ばれている。たしか三歳違いのはずだが、たいへんよく似ていて、とても早口でよくしゃべる。明るいオバサンたちである。

私の母は、広島の三原出身(瀬戸内海の島育ち)、父が岡山の津山出身(山育ち)なので、小さい頃は、毎年、夏は、どちらかの田舎に1週間くらい滞在していた。滞在中は、イトコたちと遊ぶのが楽しみで、父の故郷だと、川に金網を張って泳ぎ、母の故郷だと家の前がすぐ海だから、毎日、泳いでいた。当時、田舎の少年たちは、女の子と一緒の時にしか、水着を着なかった。学校の帰りに泳いでいるので、真っ黒で、いつもは素っ裸で泳いでいるらしい。毎年、盆休みに行くわけだから、私のイメージする田舎は、いつも幽霊(御先祖様)がうろうろしている場所である。

都会では、墓がある場所も限られているし、事故でも見かけない限り、死は病院の中にしかない。でも、田舎は年寄りが多くて、墓はすぐ近くにある。父の故郷では、どの家も、自分トコの小さな山に自分たちの家だけの墓場がある(このあたりの農家は、どの家も「自分トコの里山」がひとつずつあるのである)。父の実家は、分家なのだが、本家が絶えているので、本家の墓もみてるらしく、2ケ所に墓がある。家の前の小道を20〜30分ほど登ったところにあるので、墓参りは、さほど面倒ではない。草が茂っているので、線香をぶんぶん振り回しながら、草をかき分けて行く。同じ歳のイトコは、「オレの墓は、ここらへんのハズ」と嬉しそうに予定地で飛び跳ねていた。

祖父が亡くなったのは、もう十数年前だが、92才の大往生だったので、たいへん明るい葬式であった。このあたりでは最後の「土葬」であった。土葬は、このあたりの風習だから、ずっと続けたかったみたいなのだが、年寄りは、寒い冬に亡くなることが多い。津山では、最近はあまり積もらなくなったが、冬は雪が積もる。細い山道だから、車なんか通れないし、土葬だとかなり深く掘り下げないといけないので、若い人が少なくなった田舎だと、墓穴を掘るのが大変なのである。田舎の人は、信心深いせいか、若死でないなら、死ぬのはあまりタブーじゃなかったので、年寄りもまるで外国に行くみたいに「もうすぐ行くから」なんてことを本人も周囲も平気でしょっちゅう言うが、いくらなんでも、前もって墓穴を掘っておくことはできないし、亡くなったら、翌日にはでっかい墓穴を掘らないといけないのだから、土葬はホント大変である。まして、冬、雪をかきわけて、凍りついた地面を掘り返すのは相当に大変らしい。祖父の時は、冬で、親戚(田舎だから、どうせ村中の人が親戚だが)の男の人が交代で、夜、ずっとたき火をして、酒を飲みながら、掘ったそうで、葬式が始まる直前まで、ぐうぐう寝ているオジサンたちがたくさんいた。

万博公園に「国立民族学博物館」があって、そこに行くと、ビデオブースというのがある。そこでは、色々な世界の民族の風習などを映像で見ることができる。それで見ると、日本の葬式と朝鮮半島の葬式は、なかなかよく似ている。祖父の葬式は、村の人が総出で行う、このあたりでは、おそらく最後の田舎の葬式だったから、ホントにそのビデオで見るような「日本の伝統的な葬式」であった。村の女性たちは、みな、かっぽう着を着て、うようよと集まって、ぐちゃぐちゃしゃべりながら精進料理を作り、村の男性は、なんだか色々、葬式に必要なものを作る。竹を何本も切って来て、紙でできた飾りを作ったり、棺桶の上に飾る紙の「みこし」のようなものを作ったり、わらぞうりを作ったり。わらぞうりは、葬式が終わってから、墓場へ行く時、白い三角を頭につけて棺桶をかついだ親族がはくのである。葬式の準備には、どうみても百人以上の親戚がうじゃうじゃ手伝っていた。まあ、親戚といっても「祖父のイトコの娘婿」だとか、「祖父の妹の孫の嫁」とか、いちいち説明されても、何だかよくわからない。あまり遠縁すぎてわからない人とかいっぱいいる。

そして、葬式が終わってから、ぞろぞろと墓場まで、棺桶やら、竹やらを持って大行進である。山道を歩いて、行列する。その時は、冬だったから、雪が積もっており、つるつる滑るし、棺桶をかついでいる孫たちは、いわく「都会の軟弱な若者」ばかりだから、雪の小道をわらぞうりで登るのには慣れてなく、棺桶をおっことしそうになり、途中で何度も交代してもらい、「土葬は、これが最後やけ」と言われていた。だが、それだけに墓に納めてからの「達成感」があるのか、その後は、精進落としというより、すごい大宴会であった。まあ、祖父は大往生だったそうなので、お通夜も「寝たらいけんので、夜通しカラオケ大会」やったらしいけど。

そんな父の故郷も、母の故郷も、幽霊が普通にうろうろしているらしい。田舎の人は、死んでいる人も、たまたまちょっと外国に住んでいるような感じで話をする。盆にはホントに帰って来ているみたいにふるまっていた。まあ、そんな感じだから、幽霊を見たとしても「ああ、帰って来たんやろ」と別に大人たちは誰も驚かない。みんな幽霊くらい、よく見るらしいのである。でも、イトコが「UFOを見た!」と言ったら、なぜか「どこやどこや! 写真、撮らな!」と大騒ぎしていた。

というわけで、夏が来るたびに、私はぼんやりと夏の空を見上げて、「ちょっとUFOでも通りかからないかな」と探してしまうことがある。

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Comments

7/16の講義(及びその後)は楽しそうで、欠席せざるをえなかったのがとても残念でした。
今回参加した創作講座は、初日1コマめということもあって参加者がとても少なかったです。ディーラーズに置いてもらったチラシもあまりはけませんでした。大量に余ったチラシを抱えて撤収後、最終コマの企画を聴きに行って、始まるのに時間がかかりそうだったので、勇気を出して「ビラ配りさせてください」とお願いしたのですが、「大阪の小説講座で」と言いだしたとたん「企画はじめますから」とすげなく断られてしまいました。講師の先生がたとか、せめて私が若くてかわいくてコスプレの似合う少女だったら、もっと真剣に話を聞いてもらえたのではないかと思うと、悔しくて泣きたくなります。

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