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07/12/2005

小説と関係のない休日(アホが好む食べ物)

7月11日(月)
日、月曜は、小説講座の事務所はお休みです。

朝から天気悪く、ぐずぐず。夕方から、専門学校の非常勤講師。
子供たちを8時に見送り、朝からビデオで、教材用の映画を3本見る。本なら、電車に乗った時とか、寝る前にちょっと読むとかができるが、ビデオはせめて2時間くらいまとまった時間がないと見ることができない。わざわざレンタルで金を払ったビデオもたまに見れないくらいなので、けっこう大変である。最近は、テレビ番組も最初から録画するのをあきらめてしまう。だから、世間では「新聞はテレビ欄しか見ない」人も多いそうだが、私は「新聞はテレビ欄は見ない」ってことが多い。だって、どうせ見る時間がないので、「これ見たい」と思っても録画しても見れないかもしれない。ってことは、イライラするだけだからテレビ欄を見るだけムダである。ま、最近は、母親の趣味志向を息子が把握してくれており、テレビ欄を代わりにチェックしてくれているから、私は見なくてもいいのである。

ところで、うちでは、夕食後にデザートとして、果物かヨーグルトを食べることが多いのだが、ごくまれにプリンかゼリーになることがある。日頃、3個120円のプリンを「まだ高いな」というくらいなので(3個98円なら「たまには買ってみるか」)、ま、月に一度あるかないかなのだが、ただ、うちの子供たちは、なぜか市販のプリンは、高いものよりは、安い商品の方を好む傾向があるようだ。ちょっと高めの『焼きプリン』は、あまり誰も好きじゃないし(食い意地は張っているから、それはそれで皆、食べるけど)、せっかく有名なお店で買って来た人気のプリンも「まあ、たいしたことないな。やっぱ、安いヤツの方が、おいしいで」などと言う。

そもそも、うちはお菓子も滅多に買わないので、毎日のおやつは、バナナか、パンか、おにぎりである。というのも、うちの悪ガキたちは、いつも飢えているので、少々のお菓子ぐらいでは腹いっぱいにならない。知り合いの主婦には、「まあ、えらいわ。健康に気をつけて、スナック菓子なんか食べさせていないのね?」と言われたのだが、いやいや、そんな高尚なものではなく、年々エンゲル係数があがる一方なので、腹もちの悪いスナック菓子なんぞ、子供3人分も、毎日、買ってられないだけである。

だいたい、彼らは毎日「ただいま!」と帰宅した途端、ランドセル背負ったまま、まずバナナを食べてお茶をがぶがぶ飲み、「いってきまあす!」と外に走り出し、遊びから帰って来ては、また「腹減った! 夕食まで待てない!」と口々に叫び、でっかいオニギリをうぐうぐと食べ、さらに夕食もバクバク食べるのである(まさに餓鬼!)。学校では、給食もすべて残さず「全部おいしい」とバクバク毎日オカワリして食べるらしいし、どの子の担任にも「ホントよく食べますね」と言われる。

その割には、デブ化が進んだこの母親ではなく、父親に似たのか、子供たちは皆「やや、やせぎみ」である。息子にいたっては、身長はクラスで下から2番目、体重はクラス最低というかなり小柄なタイプなのに、「クラスで給食を一番食べる」らしい。毎日、あれだけ大量に食べてるのに、よほど効率の悪い体なのだな。それとも一日中、じっとしてないから、エネルギーの消費量が特別多いのだろうか。
つい先日、本人も、真面目な顔をして、
「ボクって、やっぱ、おかしいんかなあ。毎日一日2回、びっくりするくらいに、大量にウンコ出るねん。自分でも『すげえ、どんだけでるねん』って、思うくらいやで。ほんま。ボク大丈夫かなあ、心配や」
と言っていた。ま、少なくとも、あれだけ食えば相当な量は出ると思うぞ。
娘の友人のお母さんなどは、「うちの子は、全然、食事を食べてくれなくて困っているの」というが、その子は驚くほど少食で、いつもおっとりしている。うちなんか、黙ってじっとしているのはホント食べてる最中だけ、というのに比べると、とても優雅なお子様である。なんだかうらやましい。こんだけ飢えた子供たちがいると、毎日、戦闘体制である。

そんなこんなで、母や妹には「あんたン所のガキは飢えてるだけや。それに、子供たちにエエモン食べさせてないから、味覚もおかしなってるんとちゃう?」と言う。そう言われてみれば、彼らは、ジャムも高いブランドよりも、安い商品の方を好む。ある時、いただきもので「超有名な手作りジャム」をもらったのだが、それも「手作りって、つまんないわ」と言ってあまり評判はよくなかった。「ふりかけ」なども同じで、高いものほどなぜか有り難がらない。どうも安い商品の方が好きらしい。「漬け物」もそうである。「ラーメン」も、せっかくいただいた「本格ラーメン」より、「インスタントラーメン」の方がいいらしい。ゼリーも、果物が丸ごと、果汁たっぷりよりは、チープな着色で、ぷよぷよなのが好きなのである。安上がりなヤツラである。

思うに、どうも市販品というのは、高ければ高いほど、「素材の味そのもの」に近づくみたいである。だから高いものほど、結局、家に作るものと変わらなくなるのかもしれない。ジャムなどは安売りの果物があれば、砂糖を加えて、電子レンジでちょっとチンとすればすぐ作れるが、この方がどんな高級ジャムより、なんだかうまい気がする。高級品は、どうせ滅多に食べないから別にそれでいいのだが、いくら厳選された素材、新鮮な材料でも、加工品と比べりゃ、家で作った方が新鮮さが違う。

ウソだと思ったら、ジャムくらいは誰でもできるので、一度スーパーで安売りシールが貼っているような果物で作ってみるといい。うちでよく作るジャムは、バナナをつぶし、ミカン、りんごなどを細かくして、同じくらいの量の砂糖、ほんの少しの水を加えて、電子レンジにかけるものである。途中、ちょっとかきまわせた方がいいかもしれないけど、これですぐにジャムができる。鍋でもできるけど、レンジなら誰でも数分。カンタンである(ちなみに、レンジの方がビタミン類の損失も少ない)。どんな果物でもできるし、バナナだけでもいい。ただ、酸味が少ないとジャムっぽく固まらないので、ミカンがなければ、レモン果汁などを加えた方がいい。色がきれいじゃなくても(バナナだけだと色は悪い)、どろどろになっても(砂糖を控えめにすると固まりにくい)、間違いなく味はおいしいので、気にしないように。

うちは、加工品はたいていあまり買わないので、手作りしてしまう場合が多い。ジャムやドレッシングや焼肉のたれ、漬け物もたいてい手作り、冷凍食品はまず滅多に買わない。実際、私は仕事でも忙しいし、手作り信仰なんぞ、これっぽちもないのだが、理由は単純で、うちみたいに飢えた餓鬼が毎日、大量に消費してくれるとなると、量が少ない市販品は、めちゃくちゃ高くつくのである。(先週も、おにぎりを食べて、まだお腹がすいていたらしく、きゅうりを一本ずつガリガリそのままかじっていた。彼らには、食材そのままが一番、安上がりである)。
そのせいかもしれないが、加工品の場合、安い商品の方が、家で作った「手作り」とはまったく違うものに感じるらしく、その方が嬉しいらしい。市販のプリンは、ぷよぷよ、ぐちゅぐちゅなのが快感らしい。素材にこだわった本格プディングは、つまらないらしい。インスタントラーメンも、滅多に食べられない貴重な食べ物である(うちでは、インスタントラーメンは、ほとんど非常食のために買っているので、数カ月に一度くらいしか食べる機会がないから)。

なぜか子供は、いかにもマズそうな駄菓子とか、チープなものがわざわざ好きである。(気持ちはわかるが)、アホである。。

ところで、私は、日頃あまり高級レストランのディナーに行くことはないのだが、ランチは安いので、けっこう色んな店に行く。そういう店も、本当においしいところは限られているが、やはり料理は、「センス」や「技術」も大事だが、やっぱり「素材」の力も大きいなと思う。もちろん素材がイマイチでも、それを組み合わせるセンスや技術などが優れていれば、かなりうまい料理は作れるだろうけど、いくらカバーしようと思ってもそれにはやはり限界はある。反対に、素材さえよければ、ある意味、それだけでうまい。勝ちである。だから、やっぱり素材がいいか悪いかが、かなり重要な問題なのである。

さて、小説を書く場合に、素材とは何かと考えると、一つには「ネタ」とか「アイデア」とかの問題があると思われる。でも、実際、一番重要な「素材」は何かと言われたら、(あるいは土台というべきなのかもしれないが)、それは、作者自身だという気がする。本人である。

でも、考えてみたら、これはかなり恐ろしいことである。というのは、小説には登場人物がいて、彼らはいろんな性格を持ち、いろんな行動をする。小説を書こうという人が、ちょっと複合的、立体的な人物を書こうとすると(類型化されたキャラだけならあまり深く描く必要はないのだけど)、その人物だったら、どんな行動をするだろうか、と深く考えざるをえない。となると、その人物の立場にいたら、自分だったらどうするかと考えたりする。

となると、小説を書くと、この複数の登場人物を通して、作者自身のいろんな部分が見えるわけで、もしかすると、普通なら人に見せたくない醜い部分、イヤな部分とかも噴出していくこともあるのである。さすがにエンターテインメント系のストーリーは、すっかり心のきれいな人物だけ、すっかりハッピーなシーンだけで物語を展開させるのは、当然かなり無理がある。恐怖を描く、苦悩を描く、孤独を描く、殺意を描く、憎悪を描く、身を切り裂くような悲しみ、絶望、失意、あきらめ、傲慢、エゴ……。むろん、同時にたくさんの希望も描くかもしれないが、その前に、あれやこれや、自分自身の心の中のそれらに向き合わないといけないわけである。けっこう大変である。

それらは、人によるけど、たいてい自分の中にあるものを取り出して、増幅させて描く人が多い。ものすごい悪人も、具体的なモデルがいればいいが、だが、観察できるほど、よほど身近にモデルがいたとしても、やっぱり小説内でその人物だったらどう考えてどう行動するか、というのは考えざるをえない。だいたい人間というのは、相手を理解するためには「その人の中に自分自身を入れて考える」ものなので、結局、小説の最大の素材というのは、やっぱり作者自身になるのではないかと思う。

さて、お笑い芸人の世界では、「ケツも出せない芸人は、ロクな芸人になれない」と言われたりするが、これは勘違いするといけないのだが、これは実際にケツを出すとか出さないとか、あるいは、そういう芸がいいとか悪いとかの問題なのではなくて、「それぐらい、たとえ自分の恥ずかしい部分も全部さらけだしてもいいぞという覚悟があるかないか」あるいは「とにかく笑わせるためには、どんなことでもやってやろうという覚悟があるかどうか」という意味なんだろうと私は思う。

私は、お笑いでも、小説でも、そういう恐ろしい覚悟がとてもできないタイプなので(もっとも広告コピーでもパズル制作でも、そういう部分がないわけではないのだが)、そういう覚悟ができているはずのプロと、そのプロをめざす人たちは、とにかく尊敬している。つまり芸人として、自分のイヤなところ、キライなところまで自分で笑い飛ばせる、あるいは、小説家として、自分自身の傲慢さも他人のイヤな部分も含めて、すべてを冷静に観察して、きちんと受け止められるようなタフさがある人は、少なくとも、それだけでエライと私は思う。

でも、もしかすると、それは誰にでもできることなのかもしれない。それはたぶん「まあ、しゃーないな」みたいな感情で、どんなツマラナイように見える人生でも、「でも、ええやん、それも」っていう愛のようなものなのかもしれないな、って思う。となると、チープな食べ物を好む人間も、やっぱ、それはそれで、かわいらしい存在なのかもしれない。
でも、やっぱ、うちのは、ただのアホ餓鬼だけどな。

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