楽しい書き言葉、話し言葉
6月9日(木)
午後から事務所。昨日できなかった欠席者への書類発送。パソコンにソフトのインストール。ああ、これでやっと作業が進む。ついにiBookが使えなくなって、新しい方のMacにシステムを移動させないといけないのだが、OS9からOS Xというのは、非常にややこしいのだった。結局、システム上の問題があって、古いファイルが使えても、印刷はできないらしいことがわかり(OS X上で、OS9のファイルを見ようとすると「クラシック環境」というのになるのだが、これだとプリンタが動かせないのである)結局、ソフトをバージョンアップすればいいという結論に達したのだが、エクセルなんぞ、ずーっとバージョンアップしてまへんから、もう大変ですわ。
もともと私はライターだから、事務は苦手なんですな。エクセルなんぞ、簡単な表計算くらいしか使わないので、よく考えたら10年もバージョンアップしとらんのだった。ああ、もう別人です。もともと「よくできた天才少女」だったのが、ふと気がつくと「絶世の美人キャリアウーマン」になっていて、十年ぶりに再会したという感じでしょうか。もともと優秀だったけど、ますますエラなっとりますな。けど、これに慣れるのが大変だあ。
ところで、先日、「雑誌によって、使える言葉が違う」という話をしたのだが、これはプロのライターにとってはほとんど常識だから、あまり問題になったことがない。小説を書く人なら漢字の使い方にもこだわるかもしれないが、ライターなら雑誌によって使える言葉が違うことは、あまり気にならない。どうせ書き直せば済むことである。ライターは、芸術家というよりは、「文字職人」だから、たとえば文字数の指定が、「一行あたり15文字で、ちょうど10行です」と言われれば、これはすでにレイアウトが決められているから、もう行数が一行減っても増えても困るわけで、つまり150字以内で136文字以上で書かないといけないわけである。
とくに、写真点数が多いビジュアル中心の雑誌、あるいは、広告の仕事などをしていると、「レイアウト優先」という仕事がけっこうある。すでにデザインができあがっていて、そのデザイナーの指示にしたがって、ライターは文字をうめていく。たとえば、写真のキャプション(説明文)も「この写真は、16文字2行」とか、「こっちは16文字で4行」とか。まあ、こっちは、文章職人だから、文字数をあわせたりして、指定通りに書くくらい別に慣れれば誰でもできるのだが、取材で色々聞いた内容があって、色々書きたいことがあるのに、ほとんど書けないというのはツライ。たぶん、新聞記者でもライターでも、こんなジレンマは誰でもある。小説だと「じゃあ、短編じゃなくて、長編にしよう」なんてこともできるのだが、雑誌や新聞では書ききれないことがいっぱいある。というか、取材した中で、×ことはほんの一部なのである。
ところで、文章によって、「書き言葉」にも違いがいっぱいあるのだが、もっと違うのが「書き言葉」と「話し言葉」。こっちの方はものすごく違うのである。
ところで、うちの小説講座にも、色んな生徒さんが入学してくるのだが、「元マンガ家志望」とか「元シナリオライター志望」という人が入ってくることもかなり多い。もともとファンタジーとかミステリとか、ジャンルごとのファンだったりするから、媒体や表現方法が変わっても、興味対象は変わってなかったりするのだが、このシナリオやマンガと小説は「使う言葉」が全然違う。もちろん「視点」の問題とかが一番大きな問題だと思うのだが、たまに「言葉」の問題もある。マンガは絵があるし、シナリオは映像などがあるから、当然と言えば当然なのだが、シナリオと小説では、使える「言葉の幅」が違うのである。
ところで、現在、うちの講師でもある作家のかんべむさし先生が、平日の月〜金、ラジオ大阪で「朝はミラクル」という2時間の番組を担当されている。私は、この番組にほとんど毎朝、投稿をしているのだが、番組中にその投稿を読まれる時、ちょっと失敗したなあ、と思うことがよくあった。まあ、投稿の内容はたわいもない話だから、内容自体はいいのだが、カンタンな「書き間違い」がけっこうよくあるのである。言葉のつなぎ方とか、選び方が「書き言葉」的なのである。これは、ラジオで読まれてから気がつく。
私は、コピーライターといっても、テレビの仕事はほとんどやらないし、ラジオ広告も少ない方なので、ほとんど印刷媒体である。で、こういう仕事をしていると、やっぱり書き言葉の方に慣れている。だから、たまにラジオコピーを書く時でも、つい話し言葉で書くべき言葉を『書き言葉』で書いてしまうことがある。話し言葉と書き言葉は、かなり違う。小説を書いている人の中には、「そりゃ、違うだろうけど、会話文なんかは同じじゃないか」と思っている人もいるかもしれないが、たとえば、落語なども、「会話」だけでもちょっと変なのである。かんべ先生など関西のSF作家は、なぜか皆、落語が大好きで、そのせいか、書き言葉と話し言葉の違いは「もはや体がわかっている」みたいだけど、私なんかは慣れていないので、やはり意識しないと間違ってしまう。まあ、ラジオの投稿は、朝の忙しい時にほんの10分くらいで書くので、あいかわらず間違えてしまうが、ま、先生がうまく読んでくれるだろう(投稿は、仕事じゃないので無責任なものだ)。
ラジオの投稿が読まれた時、最初に「あ、しまった」と思ったのが、番組がはじまって3日目くらいの頃の原稿で、内容は「中学校の時の音楽の先生が、ピアノの伴奏つきで、『怪談』を語ってくれた」というものだった。かんべ先生の声は、落語が好きなだけに、まるで落語家みたいなところがあるから、余計、気がついたと思うのだけど、これは「怪談」がヘンなのである。書き言葉では、怪談でもいいのだが、実は、これは「怪談ばなし」というのが普通なのである。最初の頃だし、先生は、できるだけ原稿通りに読んでくれたのだろうが、いきなり「あっ、しまった」と思ったのだった。(先生は、すぐさま「おばけの話やね」とフォローしていた。すぐ気がついたのだと思う)
『怪談』は、もちろん「怪しい話」だろうから、「怪談ばなし」というと「怪しい話ばなし」になってしまうので、日本語の用法としては、たぶん間違いである。もちろん書き言葉だと重複になるから、まず使わないが、落語家さんは、「怪談ばなし」とわざと言う。これは、お客さんに耳でわかってもらうためには「カイダン」という音だけではちょっとピンと来ないので、わざと「怪談ばなし」というのである。カイダンというのは、日常的には「怪談」ではなく、普通は「階段」である。また、「会談」なんて言葉もある。こうした言葉でも、前後の関係があればわかるのだが、放送台本などでは、こうした間違いやすいような言葉、すぐにピンと来ないような言葉はなるべく使わない。だから、書き言葉ではありふれていても「台本」ではまず滅多に使わないという言葉がけっこうあるのである。ニュースが一番違いがわかると思うが、ナレーション文章などでは、ありふれた言葉でも使わない言葉がけっこうある。とくに音読みの熟語などは「同音異義語」がかなりあるので、放送では使わない言葉も多い。
書き言葉の場合なら、漢字を使うので、怪談と階段と戒壇を間違えることは滅多にない。ただ、話し言葉なら、まったく同じでも、書き言葉なら、「僕」と「ボク」と「ぼく」はちょっと違う。小説なら、そこにこだわる。「僕は君が好きだ」と「ボクは君がスキダ」だと同じ意味でも何だかちょっと違う。「僕は君が好きだ」だと気持ちがなぜか真剣みたいだけど、「ぼくはキミが好きだ」だとちょっぴりだけ軽く感じる。むろん「ボクは紀美が好きだ」「ぼくは黄味が好きだ」は、全然違う。
たぶん小説を書いている人なら、漢字にはこだわるだろう。「君」と「キミ」、「僕」と「ボク」。一人称なんかは、文中によく出てくる単語だから、「僕」か「ボク」かだけでも、けっこう印象がかわるのだ。が、これは同じ意味である。書いた文章で「黄身」と「紀美」を間違えることはない。でも、話し言葉なら「たまごの黄味」と言わないと間違えるかもしれないのである。間違えることがなくても、すぐにピンとこない。漫才番組などは、ヘタな新人だと、ごくまれに言葉の選び方を間違えていることがある。すぐにピンと来ないと笑ってもらえない。だから、小説と台本では、日本語の使い方が違うのである。まず「目で見て読む」か「耳で聞くか」…。
広告コピーでも、「句読点」をつけるかどうかで、すごく悩んだりするのは、ポスターや雑誌広告のキャッチコピーが「見る日本語」だからである。
どうも私は、書き言葉のクセがついているらしく、以前、漫才作家の大池先生に「漫才台本」を見てもらった時も、「話し言葉になってないところがあるなあ」とよく言われた。まあ、自分自身で何度か声に出して読んでみれば気がつくことなのだが、やっぱりクセが出る。ナレーション原稿とかも、つい同じクセが出てくる。とくに漫才なんかは、一見、だらだらとムダ話をしているように見えるかもしれないが、意外と「余計なこと」は一言も言わないようにしないといけないものだから、けっこうロコツに影響がしてしまう。
そんなわけで、私は、今でも「話し言葉」と「書き言葉」で混乱してしまう。雑誌の原稿と小説は、同じ文章でも全然違うのだが、同じ日本語でも、話し言葉と書き言葉は、もっともっと違う。もちろん普段どちらも日常でも使っているはずだから、頭ではわかっているつもりでも、「商売で書く」となると、これがなかなか難しい。ナレーション文章などは、かなり慣れもあるそうだから、たまにビデオを見たりして練習してみないとなあ。(これは、放送作家の先生に聞いた練習法なのだが、うまいナレーションの番組をビデオで録画して……映像だけで内容が予想つくような旅行番組やバラエティなどは聞かなくてもだいたいわかるので、都合がよろしいらしい……これに自分でナレーションを作ってみる練習をするそうである。ニュースなんかも、新聞を見ながら、音を消してナレーションをつけるのもいいかも)。
小説家志望の人も、一度でいいから、お笑い番組をビデオにとって、自分が笑った部分を「書き取り」をやってみると面白いことがわかるかもしれない。お客さんを笑わせるためには、その内容ではなく(もちろんそれも重要ではあるが)「どう話されるか」が大事だったりする。話される順番や言葉の選び方……。小説の文章にも、何か参考になるところがあるかもしれないよ。










































Comments
Greetings from Carolina! I'm bored at work so I decided to browse your blog on my iphone during lunch break. I enjoy the info you progide here and can't waiut tto take a look wen I get home. I'm shocked at how quick your blog loaded onn myy phone .. I'm not even using WIFI, just 3G .. Anyhow, excellent blog!
Posted by: custom writing service | 07/22/2015 at 03:01 PM