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05/31/2005

ヤンキー、チンピラ、目のさめるような金髪

5月30日(月)
日曜、月曜は、事務所はお休みです。

昨日、外出した帰り道、双子の娘たちが「ママ、さっきガイジンがおった」と興奮しながら言うので、「え? ああ、そう言えば、金髪と茶髪のハデな女の子二人とすれ違ったなあ」と思い、「いや、あれは、たぶん日本人やで」と言おうとして、ちょっと思い直した。7歳児の女の子が気にしているのは、決して国籍や人種ではなく、あの『すごい金髪』が「染めたもの」なのか「生まれつき」なのか、なのである。「あれは、染めてるで」と言うと、双子たちは「そうやなあ」と得心したふうだった。ちょっとファッションに興味を持ち始めた年頃なのかもしれない。

ふと、数年前の友人の言葉を思い出した。ある日、一緒に町を歩いていて、すごい金髪頭とすれ違った時、友人が「ああいうアホなチンピラ連中がおるから、世の中あかんようになるねん」と吐き捨てるように言ったことがあった。

それを聞いた瞬間、私は「いや、あれは、チンピラじゃなくて、たぶんヤンキー…」と言おうとしたのだが、考えてみれば、その友人は、小学校から高校までの一貫教育で知られる「いい学校」の出身であり、勤務先も「一流企業」だったので、たぶん「チンピラ」と「ヤンキー」の区別なんかこれまで一度も考えたこともないだろうと思い直した。私は、チンピラ、ヤンキー、不良少年(少女)をはっきり区別してしまう。が、ごっちゃまぜに考えている人もいるのである。

テレビのコメンテーターをやる「知識人」なんかも、高学歴のせいか、そのあたりの分類はかなりむちゃくちゃである。新聞記者や文化人も、あまり分類しているふうではない。だが私は、中学生の頃は、「チンピラ」「ヤンキー」「不良」に分類されるような友達も多くいたので、たまたま区別している。一学年十数組あるマンモス校だったし、番長グループの学校間抗争もあり、万引きで家裁に呼び出されるヤツ、施設に送られてしまったヤツ、色んな連中が周囲にもかなりいたのである。ツッパリ、ヤンキーがバリバリの全盛期である。私自身は地味な生徒だったのだが、ゲームセンターでタバコを吸っている友だちをセン公に見つからないように連れ出したり、それなりにけっこう忙しかったのである。当時は、テレビでも、金八先生のドラマがあり、私は「世の中みんなこんなもんだろう」と思っていた。が、「そんな人たちとは話をしたこともない。そんな人種は別世界の人間だ」と思っている方も、世の中にはかなりいらっしゃるらしいのである。

ところで、小説というのは、けっこう作者自身の価値観が見えてしまうことがある。視点人物を通したりして、ちらっと見えるのである。先週、紹介したミステリなども、「結婚前なのに性交渉をもつ」とか、「女性から男性を誘惑する」などは「ふしだら」と作者が考えているのがよくわかる。古い作品なので、古い価値観がちょっと気にかかるのは仕方ないのだが、女性の目から見ると、エライ気にかかる点ではある。時代によって価値観は変わるし、性別や立場によって、人に対する考え方も違う。それが面白いところでもあるのだが、ひっかかることもある。「金髪ならガイジンだ」とすぐに考える大人はいないが、「金髪ならチンピラだ」とすぐに考えてしまう人もいる。

ちなみに、「チンピラ」と言えば、すでにどこかの「組」(暴力団)に正式に所属しているか、将来は「組員」になりたいという予備群か、その仲間のことを指していた。単なる「不良」とも区別されていたのである。だからチンピラは、その所属や行動によるカテゴリーであり、金髪とか、外見では判断できないものである。一方、「ヤンキー」というのは、主として外見とポリシーによって区別されており、おもに外見で判断ができる。外見の問題だから、必ずしも「逸脱行動」を伴わない場合もあり、最も重要な要素は「ファッション」である。いわゆる問題行動をとっていても、外見が「ヤンキー」ではないなら、私の周囲では、ただの「不良」と呼ばれていたのである。重要なのは、そのファッションセンスだから、それが違う場合は、ただの不良であり、ヤンキーではない。反対に、とくに逸脱行動はとらなくても、ファッションがそうならヤンキーというのもいる。ただし、多くの中・高校には「服装指導」というのがあるので、ヤンキーが好むファッションが「校則違反」になってしまう場合がきわめて多く、いくら礼儀正しいヤンキーでも、学校生活においては、いっしょくたに不良扱いになる可能性がある。

当時は、服装指導がうるさく、薄いピンクの靴下を履いただけで「不良少女」と呼ばれていた。長ランとか、短ランとか、眉毛ナシ、金髪、茶髪なんてのはもちろん、即「不良」である。今も「服装指導」はうるさいだろうが、最近は「軽いパーマ」くらいではとやかく言わないらしい。私の友人は、当時流行っていた「聖子ちゃんカット」にするため、前髪に軽くパーマをかけたのが見つかって、厳重注意。親が学校に呼び出されていた。今は、軽いパーマくらいなら大丈夫のようである。だから、「茶髪」もそのうちオーケーになるかもしれない。しかし、ヤンキーのファッションは、おおむね校則違反である。

だが、ヤンキーはファッションにはこだわる。私の頃は、リーゼントが下火で、ソリコミ(大阪では「パチキ」と呼ぶ)とか、眉毛ナシとか。あと、なぜか「男なのに女物のゾウリを履く」のが流行していたり、とにかくヤンキーはファッションにはこだわるのである。あと、ヤンキー独特のポリシーがあったりする。おおむねヤンキーの女の子は早熟で、出産も早いという傾向がある。ただ、けっこう子供好きでファミリー志向だったりするから、「中絶」は少ないらしい。私の友人(元ヤンキー)も、「中絶なんかするのは、普通の子が遊ぶからや」と言っていた。私が35歳の時、同級生から「もうすぐ孫が生まれます」という年賀状をもらってビビった覚えがある。早婚家系である。ヤンキーは遺伝するか、なんか家系的なものもあるのかもしれない。もちろん暴走族に所属する人もいるが、これも詳しく見れば、「ゾク」と「走り屋」は違うし、他にもチームとか、ヤンキーも様々である。

テレビなどで、知識人が「夜遊びや家出なんかして、親に悪いと思わないのか」などとコメントしていたりするのを聞く度に、思い出す友だちがいる。ある友だちは、水商売の母親の帰宅が遅く、家に一人でいると寂しいからと、よく夜遊びをしていた。また、別の友達は、高校を中退してバイトをしていたのだが、彼のオヤジさんはひどい酒乱で、暴力もひどかったので、「金を貯めて、早く家を出るんや」とずっと言っていた。ファミレスでバイトしながら「すし職人になってみたい」などと言っていた。が、ある日、半年コツコツ貯めたお金が父親に見つかってしまい、全部、取られてしまった。結局、そのまま友だちの家に転がり込む形で家出して、どこかへ消えてしまった。それ以来、彼とは会っていないのだが、私は、金をとられた彼がオイオイと大泣きしていた姿を今も時々思い出すのである。学校もロクに行っていなかったし、世間から見たら「アホ」かもしれない。家出とか夜遊びするヤツは、世間から見たら、どうしようもないヤツかもしれない。たぶん、そうなんだろう。

ヤンキーだった彼は、ようやく伸び始めた坊主頭を金髪に染めていた。あの丸かった金髪は、今どうしているんだろうか。

やっぱり小説を書く人は、よくも悪くも、本をゆっくりと読めるような、ある程度、恵まれた環境に育った人が多いような気がする。そういう人にとってみれば、もしかすると、チンピラも、ヤンキーも、不良も同じかもしれない。
けど、ふと考えてしまう。あの丸い金髪頭が、元気になるような、夢中になるような物語を誰か書いてくれればいいのに。ハデな金色に染めた頭を町で見かけるたびに、私は、時々そんなことを思ってしまうのだった。

05/30/2005

小説とは関係のない休日(象のミソ編)

5月29日(日)
日曜、月曜は、事務所はお休みです。

朝、うとうとしていたら、どこからか、歌が聞こえてきた。
「象を味噌に埋めても」「いーのよ、いーのよ」「歩けなくなっても」「いーのよ、いーのよ」
……うーん、ミソ? なんで、ミソ?
なんだか変な歌だなあ……と思って目が覚めたら、夢じゃなかった。寝室の戸を開けてみると、廊下で、双子の娘たちがパジャマのまま並んで座って、くすくす笑いながらヘンな歌を歌っていた。
「象を味噌に埋めても」「いーのよ、いーのよ」「かわいそうでも」「いーのよ、いーのよ」
……「なあ、なんで、象をミソに埋めるん?」「ママ、埋めるンじゃなくて、溺れてるねん」「な!」(くすくす)「だから、なんでミソに…」「ママ、ミソいっぱい要るな!」「な!」(くすくす)「だから、なんで象が…」「象って、どのゾウ?」「だから、今、歌ってたやろ」「どのゾウか、わからへん」「な!」(くすくす)……まったく、何が可笑しいんだろう。まだ夢の中なんだろうか。7歳児の考えることはよくわからない。

しかし、こいつらは、いつもこんな風なのだった。適当に二人で作った歌を歌うのはいいが、朝から大声で歌わないで欲しいなあ。

そんなわけで、すっかり目が覚めて、キッチンに行く。冷蔵庫を見たら「住之江味噌」と書いた味噌が入っていた。どうやら昨夜、もらいものの味噌で、きゅうりを食べたらしい。なるほど、味噌はこれか。でも、なんで象なのかなあ。

さらに、そのあと『鉄腕アトム MUSIC WORLD』のCDを大音量でかけられる。「鉄腕アトム」オープニングはまだいいのだが、「コーラス・ロボット」「山犬の吠え唄」「バラシ屋のうた」とか。「ロボットハウスの子守唄」は、子育てロボットの子守唄(100話、脚本:豊田有恒)で、「人間悲しや」は、金属人間に征服された人間たちが歌うワークソングらしい(107話、脚本:辻真先)「我が身悲しやホイホイ人間悲しやホイホイ」

しかし、朝っぱらから、しみじみ聞くような音楽ではないような気が……。ああ、たまには静かな休日が送りたいものだなあ。

昼間は、ピクニック。夕方、図書館で『特選 米朝落語全集27』のビデオを借りる。図書館が新しくなってから、この全集を借りるのが楽しみ。しかし、落語にもヘンな話がいっぱいあるな。だから、蔵の中で「帯」や「着物」が相撲をとっても、いーのよ、いーのよ。


05/29/2005

楽しい努力、小さな目標、大きな夢

5月28日(土)
午前中から事務所。書類作成。作品の印刷など。
夕方から、小説専攻科の講義。本日の講師は、青心社社長の青木治道先生。長編1本、短編3本。

定員より少し席が少ない教室を使用していたので、パイプイスを借りて補助席にする。いつもは専攻科は欠席が多いので、これでも座席が足りているのだが、本日は出席率高い。土曜日の夜、このせまい教室に分厚い作品の束を持った老若男女がびっしり。熱気もムンムン。けど、小説に関心のない人たちから見たら、ただの「モノ好き」の変な集団ですね。終了後も、かなりの人数が残って、近くの中華屋で小説談義やら映画やアニメの話で11時まで飲む。ホント変な集団ですな。

専攻科は、学費がかなり安く、3週間毎しか講義がないので、在籍だけして、自分の作品指導の時以外はあまり出席しない人もいるのだった。獣医をされているMさんは久しぶりに出席。学校サイトの担当してもらっているDTPデザイナーのMさんも、講義出席は久しぶりかも。先月まで仕事で来れなかったTさんも「会社の仕事が減ったらしいんですよ」と来れるようになったそうだ。社会人ばかりのクラスなので、土曜日も仕事が忙しい人がけっこういるのである。

専攻科くらいになると、講義には出席しなくても、自宅で書き続けていければいいのだが、どうもやはりそうはならない。辞めた人も、全く書かなくなるか、書く量がガクンと減るようである。「ショートショートくらいはたまに書いているみたい」というウワサは聞くが、デビューをしたという話はまず聞かない。たいてい「もう全然、書いてませんね」。これまでの7年間で、百数十人が入学したはずだが、そのうち約8割は1〜2年もすれば、こうして自分から書かなくなるわけです。

やっぱり小説は「自分から途中で書かなくなる」という人がほとんどで、「本当に書けない」という人は、まあ、まずいない。小説を書くことは、どこか水泳に似ている。泳いだことがない人は、カナヅチだが、練習さえすれば、たいていは泳げるようになる。
そう言えば、「練習さえすれば、誰でも絶対に泳げるようになる!」。そう断言していたのは、私が通っていた高校の体育の先生である。

ところで、うちの息子は今スイミングに通っている。中学生になったら習い事もできないだろうと、昨年から週2回通っているのである。ここのスイミングスクールは「メダカ級」から始めて、毎月、進級テストがあって、16級〜2級と進級していく。1級以上は、青1級、青2級…となり、2級以上が「選手級」と呼ばれている。幼児クラスもあるので「メダカ級」なんかは「顔が水につけられる」で「合格」だったりする。ビート板使用でバタ足10mができれば「16級」とか。

息子は、今月やっと2級に合格した。5年生からのスタートで、小学校卒業までに「1級合格」が目標らしいのだが、これで小さい頃から習っていた友だちにやっと追いついたわけである。進級テストは最初は毎月合格していたが、5級以上になると不合格が続いていた。先月も落ち込んでいたが、ようやく今回、2級に合格したらしい。嬉しそうに報告した。
めずらしく夫が「2級って何?」と聞くので、「バタフライ50mを合格したって意味だよ」と言ったら「えっ、近ごろのスイミングはクロールも教えないで、そんなヘンなものを教えるのか」と言う。「もうクロールも背泳ぎも平泳ぎも終わったんだよ」と教えたら、「えっ、なんでオレの子なのに泳げるんだ」と怒ったように言う。どうも自分がほとんどカナヅチなので、息子が泳げることが納得がいかないらしい。

私も、うまくはないが、カナヅチではない。私が通っていた高校は、水泳にはなぜか熱心で、最低でもクロール、背泳ぎ、平泳ぎは全員50m泳げないと厳しい補習が待っていたものである。毎日、暗くなるまで補習。むろん温水プールなどというものはないから、9月の寒い時期までに何とか合格しないとエライ目にあう(先生も熱心だなあ)。夫も、私と同じ高校出身だから、いくらカナヅチと言っても、最低でも一度は死ぬ気で泳いだことがあるに違いない。しかし、よほどエライ目にあったんだろうな。

私の場合、小学校もなぜか水泳に熱心で、7〜9月の体育はもちろん全部プール。夏休みもほぼ毎日、PTA主催のプール練習があった。公立小学校だが、一学年十数組あるマンモス校だったので、大プールと小プールがあり、夏休みは、学年別ではなくレベル別である。毎年、夏休みだけでも20〜30日間も泳いでいれば、よほどでない限り、みんな泳げるようになる。同級生で泳げないのは、ずっと病欠していた子だけである。ちなみに、大阪市内はどこの小学校にもプールがある。だが、堺市や泉南地域では、もともと海水浴場に近かったせいで、今でも小学校にプールがない所も多いらしい。北海道などでもプールがない小学校は多いだろうし、たぶんカナヅチの人は世の中にけっこういるだろうな。私の母も瀬戸内海の小さな島育ちで、家のすぐ前に海が広がっていたのに全く泳げない。「昔は、女の子は泳がないのが普通だったから」という。確かに、イトコたちも男の子だけが素っ裸で毎日海で遊んでいた。田舎なので海に入るのに水着なんか使わない。村だからプールなんかないし、学校の授業でも水泳なんかないそうだ。

水泳も、オリンピックとか、よほどタイムを競うレベルでなければ、週2〜3回、誰でも練習すればなんとか泳げる。(息子のスクールには「1級」の6歳児もいるのだった)小説も、誰でも練習すれば、とりあえず書けるようになると思うのだが、地味な練習なので、やっぱり好きでないと続かない。

けど、「泳げなくてもええやん。泳げるようになったとしても、何がトクなん?」と言われても、確かに泳げたからといって、トクなことは何もないかもしれない。とりあえず「最初は面倒くさいかも知らんけど、けっこう楽しいで」としか言えない。ピアノでも、ダンスでも、そうとしか言えないんだから、小説を書くことだって「けっこう楽しいで」という、そこからスタートである。プロになるかどうかは、その楽しさで充分、味をしめてから考えてみればいいことである。専攻科の講義を聞きながら、嬉しそうな息子の「2」と刺繍された赤いワッペン(水泳帽に縫い付けるのだ)をふと思い出して、そう考えた。

……あ、それで今、こんなこと思いついた。専攻科の生徒作品は、提出されたら、短編1本につき、エンピツ1本。中編で2本、長編でノート1冊。提出さえすれば、小さな御褒美が貰えるってのはどうでしょう。本コースの皆勤賞でも「マグカップ」というセコイ学校ですが、人間って、貰えるものは小さなものでもけっこう元気が出たりするし。どう。

05/28/2005

事務所は、大阪NPOプラザの1階です

5月27日(金)
午後から、大阪NPOプラザの運営委員会。
終了後、サロンがあり、他の入居団体の人たちと会談。ここのインキュベータースペースに入居している団体は、3年間の期限付き。うちは、1月からの入居だが、4月からも数団体が入れ替わっており、初めて会う人ばかり。ここには、障害児童のキャンプ支援とか、園芸療法とか、難病支援とか、自然保護とか、公園保護とか、病院ボランティアとか、ここには、色々な団体が集まっているのである。
(うちの団体も「娯楽小説で世界を明るく」だから、「かなり変わった団体」と認識されているようである)

……といっても、大阪はせまい。向かいに入居している団体(地図情報システム)の人は、十数年前に広告の仕事をした測量CADメーカーの元社員だったし、ナナメ後ろのブースの人は、某映像プロダクションの元社員。こっちは、名前を聞いた途端に思い出したのだが、二十年前に梅田花月に勤めていた頃に番組収録を担当していた会社の人だった。これはたぶん私の顔が広いのではなく、大阪が地方都市なせいである。ま、どんな業界も、専門性が高い分野だと世間はけっこう狭いものである。

娘が病欠していたので、夕方、実家に寄って帰宅。熱が下がらず、病院へ。私も体調悪く、早めに就寝。

05/27/2005

専業主婦と兼業主婦、兼業作家と専業作家

5月26日(木)
朝からバタバタ大忙し。その割には仕事が片付かない。半日、落ち着いて作業できればいいんだけどなあ。今週はなかなか残業もできないし。

昼、娘が熱を出して、学校から早退。私は抜けられない仕事があったので、兄と一緒に帰宅させて、父親が早めに帰宅することにする。仕事が修羅場の時に限って、子供は熱を出す。うちは、子供たちがまだ小さいので、病気がなくても、夜まで仕事しようとしたら、こうして夫か実家の母か、誰か協力してもらわないとできない。最近、彼も4月から仕事も忙しく、出演する舞台が近いので、稽古もあってあまり家に帰って来ない。公演は6月までの辛抱だからまあいいけど。しかし、本当に「父親なんかずっと残業で忙しい」という家庭なら、こうした時にも頼りにならない。私は、ここ数年、土曜、月曜は毎週、仕事で帰宅が深夜だし、あらかじめスケジュールを調整しておけば、実家の母にも頼めるが、ちょっと観劇にも外出できない主婦はたくさんいる。

「子供の発熱」や「はしか」なんかは、「仕事を休めない!」ということがあるから、もっとも切実な問題である。保育所に通っていた頃、母親が集まると「もう有給を使い切って」とか、いつもその話題になった。うちの保育所の場合、7度5分を越えるといくら元気そうに見えても、強制的に「お迎え」である。うちでは、これを『返品』と呼んでいる。以前、「子供をモノ扱いするなんて」と言われたことがあったが、仕事中に電話をかけると何かと気を使うので、そういう表現(隠語?)になるのである。

今は実家の母も、たまに子育ての手伝いをしてもらえるようになったが、2年前に定年するまではフルタイムで働いていたのでほとんど頼めなかった。夫の実家は、義父も義母も身体が悪かったので、二人とも体調がよければ、たまの週末くらいは子守りを頼めることもあるが、平日はまず無理だった。だから、結局、やっぱり夫しか頼りにならないのだった。うちには、どっちの仕事を優先するという考え方は全くなかったので、ほとんど週の始めにお互いのスケジュールを「交渉」して決めていた。夕食の支度もどっちが何曜日にするか、ぜんぶ日曜日に話し合って、だいたい半々になるように決めるのである。だから、発熱の場合も同じである。どっちが迎えに行くのか、電話で交渉する。もちろん実家の母や父など、迎えに行ってくれそうな人には全員に連絡をとる。どうしようもない時には、それこそ、私の妹や弟など親戚や友人まで検討する。そういうわけで、誰かが遅刻、誰かが早退、誰かが仕事を中抜けして、リレー状態になったことがある。うちは、病児保育を検討するほど頻繁ではなかったから、今ではいい思い出だが、当時はしょっちゅう顔が引きつったものである。けっこう大変なのである。

ところで、不思議なのだが、兼業主婦というのは、夫に子供を迎えに行ってもらうにも「すみません」といちいち謝らなくてはいけないものらしい。「夫の仕事」は仕事だが、「妻の仕事」はまるで趣味かワガママのようである。うちの場合、もともと同じ歳のせいもあるんだろうが、ずっと家計負担も家事負担も半々だったせいか、必要以上に謝ったことはない。こういう時は、行ける方が行くことになっている。ただ今は、私の仕事がこれでも一時に較べるとかなり少なくなっており、夫も忙しいので、多少、私の家事負担が多くなった。が、それでも保育所のお迎えも含めて、たぶん6:4くらいである。ところが、兼業主婦でも、9:1とか10:0という人がいたりする。大変そうである。中には「子供がいるのに主婦が働き続けるなんてワガママだ」と言われて、誰にも手伝ってもらわずにずっと我慢している人もいっぱいいる。これは「エライ主婦」なのかもしれないが、こんなことはなんかヘンである。

いつも思うけど、これは、なんとかならんのだろうか、と思う。たまに「子供を犠牲にしてまで働く必要があるのか」なんてことをいう人までいるが、それこそ大きなお世話である。ほとんどの主婦は生活のために働いている。それを『ワガママ』みたいに言われたらたまったもんじゃない。それに、別に金のためだけでなくてもいいはずである。女性にとっても働くことは別にワガママでも何でもない。権利であり、義務でもある。そりゃ、子育ても義務かもしれないが、だからといって、どっちかが我慢すればいいというのはヘンである。そんなもの美徳でも何でもない。「我慢」は、一見、手っ取り早いかもしれないが、いつかは不満がたまる占領軍のようなものだ。人間は、成長期間がやたら長い生物なので、10年以上かかってしまうのである。専業主婦になりたい人が専業になるのはいいだろうが、何らかの理由で押しつけられるのは、本人も子供も不幸である。そのせいか、専業主婦には、子供にやたら手をかけ過ぎたり、精神的にものすごく「しんどそう」な人がけっこういる。さらに最近は、「自己実現とかやらないといけない」という余計なプレッシャーがあるらしく、専業主婦も、それはそれで落ち着いてられないみたいである。雑誌にも「主婦こそ輝く!」とか書いてあって、何かと大変そうである。しかし、みんな黒木瞳をめざせばいいのだろうか。私は、ののちゃん(byいしいひさいち)の母親を見習いたいのだが。あれなら、やれそうだし。

ところで、うちの小学校は、卒業までに必ず「PTAの役員」を一度は引き受けないといけないことになっている。私は仕事があるが、上の子がもう小学6年生だし、双子も2年生になったので、仕事と調整してもらえるのを条件に、今年「広報委員」になった。先週、その初めての会合があり、あいにく仕事で行けなかったのだが、広報委員のリーダーだという人が資料を届けに来て、「広報グループは金曜日の3時から会議をしますから」と言った。「あれ、平日の昼間は仕事があるので、絶対無理と言ったはずなんですけど」と言ったら、「あら残念。でも、他の皆さんは、夕方はダンナさんもいるので出て来るのは無理らしいんですよ」と言ったのだった。一瞬、「なんで、ダンナがいるんで無理なんだよ。ダンナがいるのなら、子供を頼めばいいやんか」と思ったが、まあ、黙っていた。これでは雰囲気に慣れるまでやはり難しそうである。

今日も、保育所が同じだった人と会って話をしたら、彼女も今年、PTAを引き受けて、先週その会合に行ったらしい。そこで別の委員になって、「じゃ、次の会議は木曜日の3時に」と言われて、彼女もびっくりしたらしい。彼女も「私は仕事がありますから」とずっと断っていたのだが、「いや、他の皆さんも仕事をお持ちですから」と言われたので、「それなら仕方ないな」と引き受けたら、他の皆さんたちは仕事といっても、「2時には終わる」とか「週2日だけ」とか全員パートだったそうで、フルタイムの人は誰もいなかったそうなのである。
「まあ、とにかくノンビリしていて、なんか、テンポが合わへんよ。会議も段取り悪くて、だらだら世間話ばっかりで、それだけでなんかイライラするし。まあ、PTAってこういうもんなんやなと思ったけど」

最近は、PTAも父親が参加できるように、夕方からの会合をするところもあるそうだが、うちの小学校はなにせ「保育所出身者」が少ない。どうも1割くらいしかいなくて、あとは幼稚園である。この近くの幼稚園は延長がほとんどないので、こういう条件を考えるとやはり兼業主婦といっても、まずフルタイムの人は少ないようである。いくら仕事を持っているといっても、これでは労働時間によっては、ほとんど専業主婦と変わらないんだろうな。もちろん私にも専業主婦の友だちはいっぱいいるけど、確かにたまにテンポを合わせるのはちょっと難しい人はいる。ノンビリしていて、私のようにいつも仕事や家事に追われて、たとえ一時でもムダにしたくないという感じで働いている兼業主婦とはちょっとテンポが合わないことがある。向こうは、いつも落ち着かない私が理解できないし、私もたまにならいいのだが、毎日毎日、何時間もお茶してダラダラおしゃべりするのは無理である。こうしてテンポが合わないので「モード」を切り替えないと会話するのも難しい。

東京在住のシナリオライターに小松江里子さんという方がいる。一流のシナリオライターとして、長年、話題の連続ドラマを何本も書いて、仕事をされているが、とても気さくで素敵な女性である。この人には、うちの息子と1歳違いの息子さんがいるのだが、去年、連ドラの仕事をしながら、PTAの役員もこなしていたと言うので、「仕事でもすごい大活躍なのに、大忙しですね」と行ったら、「いや、PTAは、やるのは大変じゃないんだけど、ほかのお母さんたちと話を合わすのが大変ね」と笑っていた。「私も来年くらいには委員やらないといけないんですよ」と言ったら、「最初、テンポが合わないだろうけど、それにイライラしないことよ」と助言された。専業主婦は「違う時間を生きている人間」なんだと考えるべきだそうだ。なるほど。あの話はこういうことか。

テンポが合わないというのは、たぶん時間の使い方が違うからである。仕事がある母親はたぶん「せわしない生活」をしている。しかし、PTA、はたしてちゃんとやれるのかな。まあ、何ごとも経験だけどね。

ただ、ひょっとして、家事自慢や育児自慢を延々とされる専業主婦がいるとイヤだなあ。ごくまれに、なぜかやたら兼業主婦を攻撃する人がいるのである。彼女自身は、自分の家事や育児が立派な仕事だと思っており、それを他人に認めて欲しいんだろうけども、私は、人ンちの家事がどうだろうが、ぜんぜん関心がないのである。やたらと「仕事自慢」をする男も困るが、主婦の「家事自慢」と「育児自慢」も困る。『愚痴』なら「わかるわかる」で適当に話が合うんだが、『自慢』はちょっと面倒である。まあ、男性も、仕事で認められてない人ほど、無理矢理、周囲に「認めさせよう」とする傾向がある。普段から周囲にちゃんと認められている人は、自分からそれほど無理に認めさせようとはしないものである。だから、やたらと「家事自慢」と「育児自慢」をする主婦は、もしかすると夫がまったく家事に関心をもってくれないのが原因なのかもしれないなあ。そう考えると不憫な気もするが、うっとおしいのはうっとおしいからなあ。

しかし、考えてみれば、専業作家でも兼業作家でも、年に何冊も書く人もいれば、書かない人もいる。うちの小説講座では、講師の作家さんたちは専業作家がほとんどだけど、兼業作家で知られている草上仁先生だって「土日しか書けない」と言いながら、年に何冊も書いている。こう考えてみたら、まあ、時間も意識とか、使い方なんだろうな。誰でも24時間。作ろうと思えば、やっぱり時間はあるのかもしれない。育児だろうが、仕事だろうが、小説を書くことだろうが、何かやろうとすると、やっぱり時間がない。時間を有効に使うことも大事、たまにノンビリも大事。というか、ホントたまにはノンビリしたいぞ。
「やりたいことがわからない若者がたくさんいる」と聞くたびに、「ああ、ほんのちょっとでいいから、うちに手伝いに来てくれへんかなあ」といつも思ってしまう私なのだった。

05/26/2005

モテない小説、モテる小説

5月25日(水)
午前中、文房具店に寄って、伝票ファイルなど購入。午後から事務所。
玄関の前の歩道は、また工事中。
教室予約の予定表などを作成。大阪NPOプラザに提出しなければいけない書類がいくつかできてなくて、アセってはいるのだが。銀行も行かなくてはいけないし、明日も外出の予定だし、明後日は大阪NPOプラザの運営協議会だし、今週は身動きがとれないよう…。しかも、自宅のパソコン回線がつながらなくて、メールのチェックができないし。

昨日の芝居、登場人物の一人が私の友人に似ていた。
優柔不断、モテない男である。幼なじみなのだが、幼稚園から高校までずっと同じだった。ただ小学校も9組あり、中学も高校も十数組もあったので、クラスが一緒になったのは一度だけ。ほんの300Mくらいの近所に住んでいて、遊んだ記憶はほとんどない。ただ近所だから親同士も面識があるし、共通の友人も多い。社会人になってから、彼は広告デザイナー、私はコピーライターになったので、少し親しくなった。デザイナーとしてもイラストレーターとしても十分に才能があるのだが、優柔不断で、仕事も恋愛もいつもソンをしている。

中小プロダクションに勤めているのだが、もっといい職場に転職しようと思っても、口のうまい社長に「いやいや、そんなこと言わんと」と説得され、一度は「とりあえず、コレ、しまっとくから」と退職届を訳の分からないうちに机の引き出しにしまい込まれ、辞められずに何年も勤めている。周囲からは「そんなん、ばっさり辞めたらええやん」と言われているのだが、「いや、転職したってどうせたいしたことはない。どうせ無理」とあきらめている。

恋愛でも同じである。デートに行く前から「ぜったいアカン」と決めてつけ、まず誘いもしない。ファッションセンスも悪くないし、趣味も豊富で優しい性格だから、もともとモテないタイプではないのに、本当にソンな性格である。女性がその気でもダメなのである。「もしつきあったって、そのうちダメになるから」

やってもいないうちからダメな理由を探すなんて、ナンセンスだと思う。
でも、小説講座の生徒さんたちだって同じかもしれない。似たような理由でコンテストに作品を応募もしないのだから、彼のことは笑えない。「どうせ応募したって無理だから」。
しかし、「絶対、大丈夫」ってのはやっぱり無理だ。ダメな理由なら、いくつでも見つけることができる。確実なんて無理である。確実なのは、やらなければ確かに絶対ムリだということ。でも、やってみたら可能性はゼロじゃないのに。

さて、もう一人、「モテない男」の友人がいる。この男は、さっきの友人とは逆のタイプで、女性に積極的でないという訳ではない。が、なぜか同じように「モテない男」である。彼は、土木関係の仕事をしていて給料も多い。とくにハンサムではないが、本人が考えているほど、外見も極端に悪いというわけではない。まあ、女性というのはあまり本当の面食いはいない。現実的なタイプが多いので、たとえ理想があっても、それはそれでけっこう妥協するものだ。
だから、たぶん彼がモテないのは、おそらくスタイルとか外見などではなく、ただ初対面の会話での印象が悪いせいである。が、本人は決して納得しようとしない。「外見や条件が悪いせいでソンだ」と信じている。でも、それは絶対に違う。実は、彼は、友人に女性を紹介してもらうと、自分ばかり話をするのである。私も、何度か目撃しているのだが、自己紹介するたびに、彼は、仕事の細かい話だの、自分の長所や欠点などをベラベラとしゃべるのである。

確かに、異性に「自分のことをわかってほしい」と思うことは自然なことだ。でも、あんまり自分のことばかり話すなら敬遠される。なぜなら、「自分を理解してほしい」というだけだから。それは、「あなたを理解したい」ということではないからである。女性が好意を感じるのは、「あなたに興味があります」「あなたを受け入れます」という男性であって、「とにかくオレを理解してくれ」という男性ではない。初対面で、そんなことを要求してはいけないのである。

そして、自分の自慢や失敗などを山ほど話したあげく「父親が亡くなったので、実家の母といつかは同居したい……」なんてことを話しだす。初対面の女性になぜいきなりそんなことまで話すのだろう。私なら初対面でいきなりそんなことを最初から言われたら、ちょっと引いてしまう。だって、まだ恋に落ちるかどうかわからないのだから。そりゃ、すでに愛が深まっている間柄だったら、そんなことは乗り越えて行けるかもしれない。いや、愛さえあれば、相手が不治の病だろうが、異星人だろうが、幽霊だろうが、乗り越えて行けるだろう。でも、まだ知り合ったばかり、何も考えてない段階で、そんなことをいきなり言われれば避けてしまうのが人情である。

だから「なんで、そんなことまで最初から言うの」と彼に言ったことがある。すると、彼は「だって、『姑と同居なんてしたくない』と言い出すかもしれないような女とはつきあっても無駄だろ」と言うのである。気持ちはわかるが、それはヘンである。見合いならとにかく、最初から女性を選別するのはどうかと思う。そのくせ、相手の女性には、どんな仕事をしているのか、どんな趣味があるのか、休日はどんなふうに過ごすのか、何も聞いていない。家族や住所も何もたずねていない。「だって、あんまり話してくれなかったし」というが、自分のことを話すのに忙しくて、そもそも聞く気がないのだ。

彼は、初対面の女性に「自分への愛」をいきなり要求してしまう。しかも、自分自身は相手にさほど興味を示さない。これではやはりモテるはずがない。人は、自分のことを好きになってくれる人を好きになる傾向がある。女性はとくにそうである。「自分のことをちゃんと理解してくれる人間」「わかってくれる人間」だと思わなければ、好きにはならないのである。
だから、もし女性に好かれたければ、自分の話ばかりをせず、相手の話を聞いてあげればいいだけである。それをせずに「外見のせいでモテないんだ」と思い込んでいるのは残念なことだと思う。だが、いくら言っても、彼はいつも同である。しかも、最近は、水商売の女性の話をする。もしかすると自分の話を聞いてくれる女性がいるのが嬉しいのかもしれない。

彼らは、モテないのは「外見」とか「収入」とかのせいだと考えている。でも、本心では、「わかってくれない相手が悪い」と思っているのである。でも、たぶん、そんなことは本当の理由ではない。

小説も、自分の書きたいことだけを書いて、読む人のことはどうでもいいと思っている場合がある。書いている本人は、「うまいはずなのに」「すごく面白いはずなのに」なんて思うかもしれないが、読み手にとっては、「さあ、どうだ」と自慢ばかりされるような小説を読んでも面白くなかったりするのだ。

作品指導でも「あとで『言い訳』をするな」と言われたりするが、それは『反省』ならばいいのである。「もっと面白く読ませてあげられたのに」と読んだ人のことを思っている「反省」なら聞いていてもすごく気持ちがいいのだが、「自分はもっとうまいはずだけど、締切があったし」と、じぶん可愛さの「自己弁護」だけしかしないなら、聞かされた方はたまらない。まあ、言った本人も気持ちが悪いはずである。

男にも、小説にもモテるにはモテるだけの理由があるに違いない。もちろん「モテるものがいい」とは思っていないんけれど、最初からあきらめたり、「とにかく受け入れてくれ、理解してくれ」と押し付けられるのは困りものである。「モテない男」だとすねているだけではやっぱりどうにもならない。ほんの少し、相手のことに興味を持ってあげるのが大事じゃないかなあ。どんな男でも、やっぱ、自分じゃなく、相手のことを考えてあげている時が一番「いい男」になるんじゃないかしらね。

05/25/2005

必見、銭湯内の乱舞! 『劇団虚構船団パラメトリックオーケストラ』公演

5月24日(火)
午後から事務所。スタッフのKさんは、今日も印刷機と格闘中。専攻科の生徒さんの作品、長編の残り2編を印刷。
5時半に作業を終えて、二人で「野田」から「天王寺」に移動。天王寺の近くの一心寺シアター倶楽へ。北野勇作先生の『劇団虚構船団パラメトリックオーケストラ』の公演『風呂屋の前』があるのだ。講師の北野先生はもちろん作家なのだが(SF大賞受賞作は『かめくん』)、この劇団では男前俳優として活躍されているのだ。ちなみに、Kさんは数年ぶりの演劇鑑賞。

今回は、同じセット(銭湯の前)を使って、3人の脚本を上演するオムニバス形式。かなり面白かった。私は、最初っからずっとゲラゲラ笑いっぱなし。すっかり気に入りました。まだ明日、見に行く人もいるかもしれないので、詳しい内容は内緒。ああ、でも、私は子供の頃、なんとなく『神田川』の男性は「よほどの水風呂好きか、コーヒー牛乳をゆっくりと飲むのだろう」と思っていました。うちの親戚は、だいたい男性の方が遅いです。

芝居は最高。北野先生ほか男性陣のヌードも満喫。欲を言えば、1本目の群舞がインパクトありすぎたので、上映順だけはちょっと変えた方がいいかも、と思ってしまったが、とにかくスゴク面白かった。行けなかった人は、不幸者。一生後悔せよ。

ただ、ちょっと気になることがあった。暗転がけっこう頻繁にあるのだが、小さい劇場なので、ちゃんと完全暗転である。それ自体はよかったのだが、(完全暗転をしたくてもできない劇場もあるのである。いい劇場である)そのたびに、私の目の前をぼんやり「ホタル」が横切って飛んで行く。どの暗転も短いので(よくできた芝居である)、最初、そのホタルが何か分からなかったが、よく見ると前の席に座っている男性の腕時計が光っているのだった。私の前の席に若い男女がべったりとひっついて座っており、その男性の腕が暗転のたびに女性の肩から下の方に飛んでいくらしいのである。完全暗転だから何も見えないが、何をやっとるんだ何を。芝居中もベタベタするので、ついつい気がとられてしまった。ド真ん中でいちゃついちゃいかん。皆さん、完全暗転を悪用しないように。うちの生徒のミステリ好きたちなら「じゃ、殺人もやり放題だね」と喜ぶかもしれませんが、北野先生はSF作家ですからね。まあ、せっかく見に行っても、座った席が不幸という場合もあるわな。

芝居の後、Kさんと天王寺で夕食。11時半頃帰宅。パソコンの回線がまだ復旧せず。昨日からアクセスできなのだが、どうも設定し直さないといけないみたい。でも、時間も気力もない。なんだか銭湯に行きたかったが、あきらめて一人風呂入って寝る。


05/24/2005

夕方から、大雨が降ってきた

5月23日(月)
日、月曜日は、事務所はお休みです。
朝から外出。昼、心斎橋にて芦辺先生と待ち合わせて、打合せ等。ブックオフで、絶版本探し。夕方、専門学校の講義。アニメ参考作品は、『注文の多い料理店』『森は生きている』の2作品。8時に講義が終わったら、すごい大雨。雨宿りのついでに、8時半過ぎまで教務室でレポートチェック。

明日、明後日は、北野勇作先生の公演があります。

5月24日(火)19:00
5月25日(水)15:00/19:00
前売2500円、当日2800円
劇団虚構船団パラメトリックオーケストラ
「風呂屋の前」
演出:秋山シュン太郎
脚本:秋山シュン太郎、北野勇作、吉村シュークリーム
一心寺シアター倶楽(06-6744-4002)
(「天王寺」から北へ300Mくらい、一心寺の東側)

私は、たぶん24日に行く予定。お時間のある方は、ぜひ。

05/23/2005

小説とは関係のない休日(雨の日編)

5月22日(日)
日曜、月曜は、事務所はお休みです。

うちの目覚ましラジオは、6時に始まる『基礎英語1』のために(まあ、息子はほとんど聞いていないが)5時50分にセットされているので、毎朝10分だけ、その前の『高校講座』を中途半端に聞いている。『高校音楽』や『高校古典』とかちょっと聞くと、けっこう面白そうなものもある。先日も『高校音楽』で、「なぜ音階の『はにほへといろは』は『ド』ではなく『ラ』から『いろは』と始まるのか」という話をしていて、「ドイツ式では、ラの音は弦楽器の『開放弦』の音なので、ラを特別な音とみなしていて……」などという話をしていた。

それを聞いて、息子が「開放弦って何?」と言うので、午前中、夫のバイオリンを引っぱり出してもらう。今日は、雨ですっかりヒマなのである。双子の娘たちも触りたがり、さらにピアノやら学校のリコーダーやらも持って来て、すっかり大騒ぎになり、音楽一家というか、音楽兄妹というか、まあ、騒音兄妹になってしまったのであった。しかし、さすがにバイオリンはスゴイ。いつものピアノにくらべても、しゃれにならないほどの騒音である。

昼食は、豚肉と人参菜と葱の和風スパゲッティ。子供たちが図書館に行っている間に、少し「地質図」の勉強。どうやら最近、気がついたのだが、天気図やら地図やらで、等高線とか等圧線とか線を引いていくのが好きなのは、昔から迷路とかパズルとかが好きなせいかも。なんか作業が似てる。

そういや、最近は忙しくて、パズルとか迷路とか、ほとんどやっていない。クロスワードを作る仕事はやっていて、5年くらい連載もしているのだが、迷路などを作るのは息子の方が得意。彼は保育所の時になぜか迷路を作るのがすごく流行ったので、今でもかなり上手である。だから、あいかわらず息子は「迷路」専門、娘たちは「間違い探し」専門。むろん専門家なので、解くのは私よりずっと早いのである。私が一番ヒマがあった二十年くらい前は『ニコリ』くらいしかパズル雑誌がなくて、いつか時間がとれたら、ゆっくりやってみたいんだけどな。でも、こう忙しくては当分、無理。最近は、せいぜい新聞のパズルくらい。朝日新聞には、パズル作家の三輪さんの作品もけっこう載っているのだ。

夕方、スーパーに買い物に行った帰り、ツバメが目の前を横切っていくのを見る。もうすっかり初夏だなあ。子供たちは久しぶりにビデオ観賞会。チャップリンの『モダンタイムス』やRichard Scarry's 『BEST ABC VIDEO EVER!』(幼児用英語アニメ)など。『モダンタイムス』は息子が好きで、「何回見たら気が済むの」という感じなのだが、妹たちも口をそろえて「暗記するまで!」と言う。いや、もうとっくに全部覚えてるやろ。私が、最近借りたストラヴィンスキー『春の祭典』(ピアノ版)を気にいって一人で聴いてたら、「うるさい!」「ヘンな曲!」と双子がブーイング。やむなく60年代オールディーズに変更。ま、これもこれで好きですけどね。はい、マイ・ガール。

夜、旭堂南湖さんの『探偵講談ナンコ』に行きたかったのだが、あいにく子守りの引き受け手がなく、結局、外出できず。毎週、土曜と月曜は帰宅が遅いので、いつも日曜の夜の外出は難しい。夕食は、息子にイカをさばいてもらって、イカとハーブのトマト煮、鶏肉とレタスのスープ、長芋と胡瓜とラディッシュのサラダ、ひよこ豆のコーン煮。

05/22/2005

ミステリ講義『赤い密室』の長い一日

5月21日(土)
午前中から事務所。夕方から第7期の講義(芦辺拓先生の「本格ミステリの書き方」)があるのだが、それまでに専攻科の作品発送をすべて済まさなければいけない日でもある。午後1時からは、Kさんにも来てもらって二人がかりで、作品の印刷と製本。300枚以上の長編と中編2本、短編1本。印刷機は高速だが、やはり製本に時間をとられる。指導講師と専攻科メンバー全員にメール便で発送。月曜日には着くはずだが、みんな5日間で読めるかなあ。かなり心配。専攻科の作品だし、今回も全員レベルが高いので、スピーディに読めるはずだが、なにせこの作品の量。Kさんも風邪をひいているのに、無理してお手伝いに来てくれてありがとう。

なんとか5時前に無事、発送完了。朝から働き続けて、けっこうクタクタなのだが、夕方6時からの講義があるので、講義のレジュメなどを持って、あわてて自転車でとばす。事務所がある「野田」から教室に使っているエル大阪がある「天満橋」は、交通の便が悪く、道路も渋滞するので車でも30分以上かかる。が、自転車なら25分である。のんびりしている時なら、とくに肥後橋から北浜までは色々な建築物もいっぱい眺められるいいルートだが、今日はもちろんそんな余裕はない。途中、5時過ぎに芦辺拓先生から「もう教室に着いたんだけど」という電話が入り、ますますアセる。芦辺先生たちは、5時に梅田で待ち合わせをしてから教室に来ると聞いていたので「じゃあ、5時半頃ですね」とわざわざ確認していたのに、なぜもう着くんだろうと思ったが、考えてみれば、先生の自宅から梅田は反対方向である。梅田に出てから天満橋に移動するのも面倒だから、待ち合わせ場所を変更したのかもしれない。もう少し早めに教えてくれれば、早めに移動したんだけどなあ。

とにかく喫茶店で待ってもらって、自転車で急ぐ。エル大阪の前で、ちょうど生徒さんたちに出会ったので、彼らに出席簿と配布資料を渡して、そのまま喫茶店へ。芦辺先生の前には、わざわざ講義を聞きに東京から来られた人が二人。田中芳樹先生の事務所の方たちである。挨拶を済ませて、またエル大阪にすっとんで行く。講義の見学希望者が来るはずなのだが、なぜかいくら待っても見当たらない。「あっ、6階と5階を間違えて連絡した!」とあわてて5階へ。長い間、暗いロビーで一人ぽつんと待たせてしまったようで、かなりアセる。

そういうわけで、講義がはじまった時点ですでにヘトヘトだったのだが、講師の芦辺先生はあいかわらず絶好調。ただ、遠来の客がいるせいか、後半で予定している鮎川哲也先生の『赤い密室』の作品講義をとにかく早くしたがっているようで、前半の『本格ミステリの書き方』は、なんとたった15分話しただけで「あとは読んでもらえばわかるから…」と簡単に済ませようとする。が、どう見ても読めばわかるようなレジュメではない。
さすがに「いえいえ、黒崎先生も、小森先生も『本格ミステリは、芦辺先生が詳しく話すはずだから』と、全く講義されておりませんから」と、途中で何度か口をはさむ。レジュメに「パズル派、プロット派」と書いてあるだけでは、ほとんどの人はその意味がわからないはずなのである。

私は、この7年間、毎回どの講師の話もすべて聞いているのだが、講義中に口をはさむなんてことはホント滅多にない。というか、まずしていないのである。が、どういうわけか、先生によっては毎年同じ話をするのがなぜかイヤなようで、年々、レジュメが短くなり、講義内容も短くなるという作家さんがいる。どうやら「去年も同じ話をしたじゃないか」と思うらしいのだが、生徒さんは毎年変わる。私としては、毎年同じ話でいいから、ちゃんと手抜きせずに話して欲しいのだが、それが面倒なのか、それとも同じ話を聞かせるのに飽きたのか、それとも全く同じ話をするのは悪いと思うのか、毎年、内容を変える先生もいる。どうも作家さんは、みな頭の回転が人一倍早いせいだろうが、色々と余計なくらい気をまわされるのである。

もちろん講義の内容が違ってもかまわないのだが、個人的な希望を加えれば、作品指導はともかくレクチャー講義は、少なくとも4割、できれば6〜7割くらいは毎年だいたい内容が同じというくらいが、私には一番、都合がいいのである。というのも、うちの小説講座は、十数名の先生が順番に話をする構成になるのだが、私の方が、あらかじめ話される内容の予測をたててカリキュラムを組んでいる。うちの講座では、ミステリ作家だけでも、黒崎緑先生、小森健太朗先生、谷川涼太郎先生と芦辺先生、合計4人もいるのだが、「ここは芦辺先生が説明するだろう」と思って、他の先生たちが話をしていない部分がいくつかあり、そこだけは最低限、話してくれないとやはり困るのである。

後半、『赤い密室』の作品解説は、伏線や文章の書き方、構成のポイントなどを一つ一つ取り上げて、丁寧に解説。ミステリの伏線やミスディレクションというのは、やっぱり実際の作品を使って解説された方がわかりやすい。鮎川先生の作品について、これほど丁寧に解説ができるのは、やはり芦辺先生以外にはまずいないだろうなあ。さすがである。

もっとも『赤い密室』は、解剖室が舞台のバラバラ殺人の話だから、いくらいい作品でも、ミステリ嫌いの女性には「血なまぐさすぎて、最後まで読めませんでした」なんてこともある。ま、小説も好みというのがあるので、これ自体はしょうがない。たぶん芦辺先生だって、彼女が大好きな「ベタベタな恋愛小説」はあまり好まないだろうし。とくに、この作品はこってり本格風味なので、人によっては「オリーブ油、スパゲッティも嫌いな人に、イタリア料理の神髄を食わせる」なんてことになる可能性はある。私自身は、この『赤い密室』の講義ももう7年目。何度読んでも、この構成のうまさにうっとりする。

ただ、これが「好きな作品か」と聞かれると返答には困る。前にも言ったけど、「すごいな」「うまいな」と思う作品と、「いいな」「好きだな」という作品は私の場合、ぜんぜん違うのである。『赤い密室』は、トリックの美しさにも無駄のない文章にも感心はするが、好きな作品かと聞かれると困るのである。たぶん原因は、結末部分が私には「情」におちぬからである。書かれた年代のせいもあるが、少なくとも女性の私にはあまりすっきりしない。女性だからか、本来のミステリファンではないからか、それはわからないが、私は、本格ミステリは理におちるだけではなく、情にもおちてくれないとイヤなのである。本格ミステリだから、理屈が通ればいいと思う人は多いし、たぶん本来それでいいのだろうが、やはり動機や情の部分にも関心を持ってしまう。しかし、オバサンたちが大好きな『2時間サスペンス』も、「フン、あんなものはミステリじゃないよ」とバカにするミステリファンが多いが、オバサンたちに関心があるのは、やはり動機の告白部分だったりするのである。

以前、芦辺先生と『情婦』(ビリー・ワイルダー監督)の話をしていて、最後のドンデン返しの部分について、「最初見た時、アレは要らない気がした」という話を聞いて、ちょっとビックリしたことがある。この映画は、アガサ・クリスティ原作。白黒フィルムでかなり古いのだが、けっこういい歳のはずのディートリッヒもなかなか美しく、探偵役の弁護士と看護婦のかけあいも楽しく、何度見てもホントにいいミステリ映画である。これには、ラストに二重のドンデン返しがあり、一度、理屈でひっくり返った後、そのあとに「情」でひっくり返しがある。この急展開は女性にはウケるが、なぜか男性のには「あんなの要らないのに。うっとおしい」と映ることが多い。この作品は、私は専門学校での講義でも毎年、取り上げていて、もう百人以上の生徒に見せて解説をしたが、だいたいの女生徒は、ここの部分のおかげでけっこう感動してくれる。ところが、やはり男性の中にはここが「つまらない」と感じる人がけっこういる。私自身は、この劇映画らしいエンディングが大好きなのだが、男性というのは、どうも情よりもリクツを愛する傾向があるようだ。

最近、どうも「女性の好むミステリ」と「男性の好むミステリ」は少し違うらしい……という気がしている。いや、確かに、男女差よりは個人差の方が大きいのだが、多少は性別の傾向がある気もする。多くの女性が好むのは、やはり「動機」とか「情」の部分である。どんなに美しくトリックがキマっていても、動機がとってつけたようなものだと女性にはダメである。しかし、多くの本格ミステリのファンの人、とくに男性は、トリックの美しさや構成については色々と語るが、動機については「そういや、ちょっと弱いかな」でカンタンに済ませる人も多くて、その落差に驚くことがある。ミステリの評論家も、解説でもどうしてその辺について語る人がいないのだろう……と思っていたが、やっぱ、評論家などという人はたいてい男性が多く、リクツが大好きな人ばかりが多いのかもしれないな。

講義後、疲れたせいか、めずらしく中華料理店で芦辺先生に何度もツッコミを入れる。普段なら生徒の前ではあまりキツイことは申し上げないのだが、めずらしいことが続く日である。しかし、専攻科なら「芦辺節」と呼ばれているボヤキ話には、皆すっかり慣れているのだが、第7期の生徒は初対面だし、見学された人も同席されているので、こちらもかなり気を使う。先生自身はほんの雑談のつもりでも、目を回す人がけっこういる。私も、これだけ疲れているとダメである。根拠の怪しい情報に基づく酒の席での業界話だから、専攻科の生徒なら冗談や笑い話で済むのだが、初心者が混じっているとまれに信じてしまう人がいないとも限らない。

とにかく濃い一日を過ごして、どっぷり疲れ、帰宅後『スマステ』『爆笑オンエアバトル』を見て、バタンと寝てしまう。これでも毎朝5時半起きの私には、まことに長い一日である。

05/21/2005

人のようなバラとメイドとネコ耳

5月20日(金)
午後から事務所。銀行振込、資料作成、専攻科の名簿整理など。
天気がよく、大阪NPOプラザもにぎやか。いつもこれくらい人がいればいいのに。

玄関前に植えられたバラを見て、大阪市大のバラを思い出した。生活科学部の校舎の裏に、高さ2〜3m、長さも数十mありそうなバラの壁があるのを発見。つるバラではないので、生い茂るという感じではないが、工学部の実習棟との間でほとんど人が通らない地味な場所に、赤や白、黄色などの大輪のバラが咲きほこっていた。花の直径も10cm以上ある「咲きほこる」という感じのバラで、たいへん美しい。私は、バラなら少し野性味のあるような種類の方が好きで、大輪のバラはさほど興味がないのだが、これほど見事な壁に仕立ててあると目をひく。幹も太く、たいへん貫禄である。鶴見緑地や中之島にも、バラ園があるが、あまり大きな壁仕立てにするスペースがないので、こうした大きなバラの壁を見ると嬉しい。生活科学部は女生徒も多いだろうが、そっちからは直接見れないので、日頃は工学部の生徒が実習しながら眺めているのかなあ。風洞実験室など工場みたいな作業室ばかりなので、中はあまり色気はなさそうだが。

日本人が一番好きな花は「桜」と言われるが、たぶん毎年、春に一斉に咲いて、一斉に散るという性質が好きなのだろう。そうして考えると、バラという花の性格は、まるで反対だ。バラは、そのまま枯れていく。私も若い頃は、バラはそのまま枯れてしまうのが見苦しく、嫌いであった。「いっそツバキみたいに、一気に落ちてくれればよいのに」と、この散り際の悪いところがイヤだったのだが、こうして見ると、枯れかけたバラもさほど悪くない。枯れかけた花も美しく感じるようになったのは、私が年齢を経たせいかなあ。若い頃は「人間も、若く美しい今が一番すばらしい」と思い込んでいたものだが。

しかし、バラはその年、新しく伸ばした枝にしか花をつけない。古い枝には、決して花をつけることがない。そうして考えれば、毎年、新しい枝を伸ばして再生を図るバラは、桜よりも潔いのかもしれないなあ。

そう考えてみると、けっこう人間くさい花である。バラは種類も多く、大輪のものや「これもバラ?」みたいな小さな花もある。色も豊富で、いろんなタイプがある。たいてい「肥料食い」だが、つるバラなどは、ほとんどほったらかしでも何年も花をつけたりする野性的なヤツもいる。私の実家のつるバラなどは、水も肥料もさほどやらずに、二十年以上も赤い花をつけている。深紅のバラだが、やや小さい花のせいか、どういうわけか母には嫌われている。「どうせもらいものだし、気に入らない」とずっと日陰の身だが、毎年枝を一生懸命に伸ばして咲いている。うちの母は、庭木なども飽きてしまうと引っこ抜き、家もガンガン改装するタイプの人だが、私に言わせると、これはいつも新しい枝を伸ばさずにいられない「バラのようなタイプ」の人間である。(私には、まだ咲いている庭木を残酷に引っこ抜く勇気はない)しかし、そのバラは、庭のすみっこで咲いている時以外は地味で目立たないおかげで、毎年その災難を免れているのだった。私がずっとつるバラの方が好きなのは、こういうわけである。

しかし、登山家は、山を人間にたとえ、バイク好きは、バイクを人に見立て、コックは料理を人間になぞらえる。ワイン好きは、ワインを人にたとえる。機嫌が悪いパソコンには「どうしたんだオマエ」と、つい話しかけたり。人間って、どうしてあらゆるものが人間に見えるのかが不思議だ。少しでも自分に近いものに愛情を注ぐ。

先日、女性を監禁していた人がつかまって、「メイド姿で!」という見出しが週刊誌の吊り広告で踊っていたので、思わず笑ってしまった。あの「メイド」も不思議である。しかし、「メイド」「看護婦」「客室乗務員」「女教師」etc.。みんな「お世話をする職業」の人である。「大人になっても、ママにかまってほしいっ」て、なんてわかりやすいんだろう……。最近は、東京のA地帯でも、大阪のN地帯でも、メイドばやりだが、もうひとつわからんのがオタクの好きな「ネコ耳」(いや、嫌いではないが……)。確かに、ネコやイヌも人間にかなり近い動物だが、やっぱりブタ耳とか、牛耳とかじゃダメなんだろうなあ。シカ角とか、キリンとか、ゾウとかじゃ、野生の王国だもんなあ。

人間は人間がこんなに好きなので、小説を読んでも、関心があるのはやっぱり人間だったりする。しかし、どんなモノでもみんな人間に見えるくせに、人間にはネコ耳…。

05/20/2005

お祭りだって、秋とは限らないぞ

5月19日(木)
朝から夕食づくり。作った夕食を実家の母に預けに行く。主婦が夕方に出かけようとすると、色々準備をしておかないといけないのだった。
終日、外出で事務所にはほとんど入れず。午後から専門学校の非常勤講師。
夜は、知り合いのカメラマンに誘われて、滋賀在住の女性ライター、東京の出版社の人、編集プロダクションの社長などと飲みに行く。はじめての人ばかりだったが、クルマで来ていたカメラマン以外は、よく飲むメンバーばかりだった。ナンバの『ワイン居酒屋』に二次会へ行く。ギリシャワインの赤を飲んでみる。

編プロの社長さんとは、なぜか20年前の漫才ブームや『天然素材』の話。ずっと東京在住の人だが、一時期、演芸関係の出版物を出していたらしい。その辺りは興味のあるところで、もっと色んな話を聞きたかったけど、酔っぱらっちゃったので、ピザ食って、ワインを飲んでた。もう一人の女性ライターは、家が神社なので、神主さんでもあるらしい。「この前、近江八幡に行った時、あの辺でお祭りをやってたみたいなんだけど…」と聞いてみたら、やはり滋賀は、5月の上旬に春の祭りがあるらしい。大阪だと、有名なのはもちろん天神祭なのだが、地域ごとだと「だんじり」が出る秋祭り、一年で一番にぎやかなお祭り。滋賀の方では、だいたい春の祭りが一番にぎやからしい。さすが神主さんである。

私の住んでいる大阪市の鶴見区は、大阪市内でも東のはしっこ。西側で城東区に接している以外、他の三方向は、門真市、守口市、大東市、東大阪市に取り囲まれている。1990年に「花と緑の博覧会」(花博)があり、地下鉄が整備するまでは、交通も不便だった地域で、「レンコン畑」が広がっておりホント大阪の田舎という感じだった。今ではすっかりキレイなマンションが立ち並んでいるが、このあたりはだいたい沼地だから、地面の下はじゅくじゅくした泥である。私は、マンションが建築されるたびに現場をのぞきに行くのだが、ものすごい深さに掘り返しても、はるか下の方をのぞいてみても見えるのは「泥」である。だいたい縄文時代までは海だった場所だし、江戸時代でも大和川と淀川が交差していた辺りなのだから、当然である。ちなみに、数十mくらい掘ったところでも、手の平で土の壁を押してみたら、へっこんでしまうのだそうだ。それくらいドロドロである。東京など、大きな町はみんな平野に発達するものなので、どの町もみな地面の下はこんな感じである。

ところで、鶴見区のこの辺りは「河内」である。ある作家さんのある作品に(わかる人にはすぐにわかるが)「摂津の国が分断された悲劇」という話が出て来る。確かに、摂津の国は、今でいう大阪府と兵庫県に分断されたのだが、私はその話を聞いた瞬間、「分断された悲劇」よりは、もしかするとそのために「河内」なんかと一緒にされた悲劇の方がずっと嘆かわしいと思ってるんじゃないか、なんてつい思ってしまった。実は、大阪の中では、摂津弁は上品だが、河内弁は下品と、かなり低く見られている。そして、この作家さんは「上品な大阪」がたいてい好きなのである。おそらく下品な河内と一緒になってしまったばっかりに、大阪全体が下品になってしまったのが嘆かわしいのであろう。

そんなわけだが、あいにく、私はむしろ河内の人間である。大阪市全体はほぼ摂津なのだが、城東区、鶴見区の辺りは「河内」の影響が強い。この辺は、もともとは「茨田」(「まった」と読む)と呼ばれる地域である。ちなみに、茨田も、聖徳太子の時代に登場するくらいに古い地名だ。東大阪から大東、門真や守口、枚方までの一帯を指していたようだが、「鴻池新田」が教科書に載るくらいで(ホント沼地らしい地名。門真もレンコンで有名)、ものすごく古い地域ではあるのだが、かなり地味な地域である。しかし、この地域は「だんじり」がけっこう元気である。下品だろうが、地味だろうが、どう思われようが、「だんじり」さえあれば、世の中ゼッタイ勝ちである(なんの勝負なんだ、なんの)

ええやんけ、ええやんけ、「だんじり」さえあればそんでええやんけ。
そういう下品でいいかげんな所が、やっぱりアカンのかもしれんけどなあ。

05/19/2005

育児に仕事、女はつらいよ

5月18日(水)
終日、外出。資料を送付した岡山在住の人から問合せあり。通信講座があれば、月一回くらいは通学できるかもしれないけど、今年は忙しくて、そこまで手が回らないなあ。通信講座は、テキストを作るのがけっこう大変なのだ。「大阪シナリオ学校」の時にも、「シナリオ」や「演芸台本」には通信講座はあったけど、テキストがかなり古かったし、作品提出数も少なかった。それで、提出しやすいような課題を増やしたり、年2回の短期講座と組合わせてみたが、なかなか根本的な変更ができなかったが、今はどうなっているんだろうか。

夕方、図書館に行き、早めに帰宅。知り合いの女性カメラマンから電話。東京から編プロの社長が大阪に来るとかで、明日の夕方に会うことにする。あ、最近は、カメラマンじゃなくて、フォトグラファーと呼ぶんだっけ。「女性カメラマン」が女性蔑視につながる呼称だからだが、フォトグラファーというのも、ちょっとしっくり来ないんだけどなあ。でも、「写真家」というと、なんだか芸術家っぽいしな。

しかし、私が広告業界に入った頃は、女性はほとんどおらず、カメラマンと言えば、やっぱ男性。ところが「なんか女性のアシスタントが増えて来たな」なんて思ってたら、今では若手は女性の方が多い。もしかすると、今は20代に限れば、8割くらいは女性かもしれない。

これがこれから将来、どんな割合になるかわからないが、広告業界は、まだまだ男社会である。若い女性も多いが、子供がいる人は極端に少ない。デザイナーなんかも最初は女性の方が圧倒的に多い。でも、ある程度のベテランになると、ほとんど男性だ。一般の企業と違って、昇進などに差別的な制度があるわけではないが、やっぱり忙し過ぎて結婚すると辞めてしまう女性が多いんじゃないかと思う。

かんべむさし先生も、ラジオ番組で「女性の社会進出が、国際評価でそんな低いとは思わないけどなあ」と話されていたが、「やっぱり先生も男性だなあ」と思ってしまった。働く母親が集まれば、どんなヒサンな話がいっぱい出てくるか、ご存知ないから無理もない。日本は、まだまだ女性が出産して働き続けるほど、女性進出は進んでいない。あちこちの話を聞くと、女性の社会進出に関しては「めちゃくちゃ後進国でんがな」というのが私の実感だ。客観的に見ても、欧米だけじゃなく、タイや中国なんかに較べてもちょっとどうかと思う。確かに、今は主婦も過半数が有職で、専業主婦の方が少なくなっているのだが、ほとんどはパートタイムである。子供がいるフルタイムとなると、やはり極端に少ないのが実情である。

コピーライターも、デザイナーも、5年くらいたってやっと一人前なのだが、やっぱり広告業界は忙しいので、女性は結婚すると辞めてしまう。「だから、女性はダメだ」などと言うオッサンがいるのだが、これは違う。ほとんどが育児の問題だから。だから、個人的には、保育所さえ充実すれば、この問題はほぼ9割解決するんじゃないか、と思っている。あとの1割は、やっぱり保育所に対する偏見だろうな。今でも「保育所」そのものに偏見があることは確かである。

今は、大企業になれば、色々な制度もできて女性が働き続けるのは、それほど不可能でもなくなってきたが、今でも働く女性には、ものすごい障害が待っている。一番の問題は、結婚、出産である。まあ、結婚は、相手の男性次第だが、出産は、どうしたって手間がかかる。保育所に預けたくても、空きがない。夫や姑にも、どこか偏見もある。八方ふさがりである。

私自身は、上の子の出産の時はフルタイムの正社員だった。ちょうど生後8週ぴったりで、保育所に預けて復帰した。今とは法律が変わっているので、社会保険負担にきつかったし、産休中はもちろん完全に無給だったからだ。会社も「子供がかわいそうだよ」と言い、出産直前まで呼び出して、何度も「辞めてくれないか(自己退職)」と言っていた。でも、「すでに保育所も見つけたし、自己都合退職は、ゼッタイいや。解雇なら解雇で、あとで訴訟をする」と抵抗していたので、最低限、8週間ギリギリで復帰して、まったく普段通りの勤務を続け、育児中でも充分働けることが自分にも周囲にもわかった後、1年目に転職した。

よく「保育所に預けると子供が寂しがって泣き出して可哀想で」というのは、3歳児くらいの大きな子供を預ける時のことだ。うちの子供たちのように乳児の頃から預けていたら、保育士にもなついているし、どっちが家だかわかんない感じである。まあ、モノゴコロがついた頃は仕方ないが、あまり泣くんだったら、むしろ親側の意識に問題があるのかもしれない。子供は敏感で、親の態度に反応する。よくあるのが、母親が働いているのに、父親が全然手伝ってくれないというケース。夫婦仲が悪くなると、家庭に安心感がなくなるので、子供も不安である。「保育所は楽しくて、お母さんが働いている間、私もここで楽しく遊んでおこう」と思ってくれるのは、子供が安心していればこそである。

しかし、現実、保育所も入れるのは難しい。息子は、最初から保育所の多い地域に移り住んだから問題がなかったが、双子の時には、定員の4倍の希望者がいる保育所に引っ越してしまい、定員のせいでたった一人しか入所できず、双子なのに、別々の保育所に預けられていた。「二重保育」というヤツである。朝晩、保育所に往復しなければいけないが、「二重保育」はさらに大変である。上の子がいて、双子育児に二重保育。まさに涙なくしては語れない……はずなのだが、あまりの忙しさのために、幸か不幸か、記憶にも残っていない。残っているのは保育ノートの記録だけである。

出産前から保育所を探して歩き回ったり、ホントに苦労は多かったが、それができたのは、夫には定職がなく、実際、働かなければ収入が不安定だったということと、夫も私以上に家事にも育児にも、時間がとれたことである。そうでなかったら、会社の圧力にも負けていただろうし、毎日、トイレで母乳を絞って、冷凍母乳を運び続けるのはかなり面倒である。ま、うちのガキどもは、母親よりもむしろ父親と保育所に育てられたようなものだが。

しかし、保育所は、非常に有効なものである。乳児は生後6ヵ月以上というのが多いので、さすがに生後8週という乳児は少ないが、ベテランの保育士がたくさんいて(割合は、乳児4人につき1人だが)毎日毎日、何時間も細かいケアをし、体調に気を配り、育児相談にものってくれる。専業主婦も週2〜3時間でいいから、預けてみればいいのになあ。どう考えても、産めば母親になれるというわけではなく、はじめての育児は誰でも初心者だ。たまに、専門家の助けを借りた方がいい。というか、幼児虐待などを考えれば、むしろそれくらい義務化した方がいいくらいだ。

さて、まだまだ日本はこんな状態だから、「仕事が好きで、結婚なんかしたくない。子供なんか欲しくない」というのは、ホントもっともである。出産率がどうのこうの、といっても、生きていくのは個人である。高齢化社会で、子供たちに年金を負担させるためだけなのなら、高齢者がずっと働けるようにした方が現実的である。ま、地球規模で考れば、人口増加は抑えた方がいいという話もあるくらいだし。とにかく自分自身は、働きながらの育児で壮絶な苦労をしたので、他人には、出産とかとくにススメたりしない。もちろん産んでも何とかなるし、後悔はしないだろうが、面倒は面倒だ。まして、自分ではオムツも変えたことがないような政治家のオッサンや、テレビでエラそうに発言しているタレント、コメンテーターの言うことなんか、断然、無視するに限る。

しかし、その点、「作家」はいいなあ。これほど男女の差がほとんどない仕事は、滅多にない。貴重だ。ただし、運よくプロ作家になったとしても、保育所を確保するまでは、仕事を辞めない方がいいと思うな。というのは、競争率が高い保育所では、在宅勤務では(正社員やパート社員よりも)優先順位がずっと低くなってしまうから。女性作家の仕事は、書類上は、今でも内職と同じ扱いなのだから。

05/18/2005

アバタもエクボ、小説は恋人

5月17日(火)
事務局のお手伝いは、Kさん。
しばらくお休みだったが、生徒作品が続々届いて、作品集を作るのに大忙し。専攻科の作品なので「作品集」というより一作品で印刷しなければいけないような長さのものが多く、300枚以上のものも3編あり、80枚とか60枚とか中編も数本。ショートショートは20編くらい。ワークステーションの印刷機をフル活用して、長編一本につき、5000円近くの印刷費を使う。結局、帳合ができず、あまりに多いので私一人でも大変なので、Kさんに土曜の午後にまた来てもらうことにして、一緒に仕上げることにする。

しかし、この大阪NPOプラザ、今日はなぜかすごく人が少ない。これほど静かなのは、なんか問題じゃないかと思ってしまう。そりゃ、あちこちで活動している団体ばかりなんだろうから、事務所にいなくてもいいんだが、ホント会社だって、役所だって、静かな所はロクな商売じゃない……というのが、私の実感である。そりゃ「私は会計事務所で、一日中、静かにパソコンとにらめっこですよ」なんて人もいるかもしれないけど、NPOなんだから、本来は、ヒトサマ相手の仕事なんである。私が知っているしーんと静かな事務所って、それこそ何の役に立っていない、存在価値もわからない「ある団体」ですね。役所の天下り先として有名なそこは、午前中の仕事は「新聞を隅から隅まで読むこと」しかなく、みんないつもヒマそう。いつ行っても、すごく静かだったよなあ。

「うらやましいなあ。そんなヒマな職場に勤めてみたいよ」なんて思うかもしれませんが、何の価値も見出せない業務内容、仕事もできないのに威張る「キャリア組」やだらだらとアホな「天下り官僚」の接待ばかりをし続けていれば、普通の神経なら、すっかり性格がイガんでしまう。

やっぱり「お金のため」とだけ思って仕事を選んでしまうとロクなことがない。自分の好きなこととか、人の役に立つことをしてないと、性格も顔も、なんか、ゆがんでしまう。そりゃ、お金も大切だけど、けっこう人間って、なんつーか、けっこう悪人ですら、内心では「やっぱり人の役に立ちたい」とか「自分を向上させたい」とか思っているもので、「これはお金のための仕事で、仕方なくやっているんだ」と割り切ってやっているつもりで、心の深い所ではもう一人の自分が「こんな仕事なんか、ホントはやりたくないんだ!」と叫び続けているわけで、これが続くのは精神衛生上やはりよくない。仕事は、一日8時間。人生の時間をかなり費やすわけだから、あまりムダだと思う仕事は、やっぱりやらない方がいい。よほど事情があって、やむなく続けるとしても、できるだけ早くその状況から脱出しないと自分にも周囲にもよくない影響が出て来る。

しかし、そこまでヒドイ仕事は、実際には滅多になく、周囲からヒマそうに見えたり、ムダに見えても、自分で価値が見出せられたらそれでいいのであって、あまり深刻に悩む必要はない。ところで、世の中には「天職を探し続けて、転職し続ける」という人もいる。これも、困ったことであろうと思う。あまりに多い転職は、時間のムダとか就職に不利とかよりも、その方法が「天職探しには意味がない場合もある」というのが問題なのである。

というのは、「理想の恋人」を探し続けて、やたらと恋愛遍歴を繰り返すようなもので、確かに、そうすれば色々と見聞は深まるだろうが、一方で、新しい恋人と出会うたびにまたゼロからのスタートになる。恋人にも、一目惚れとか、最初の段階があって、それからお互いを理解して、心を通わせて信頼しながら、離れがたくなっていき、そうして本当の恋人たちになっていくわけで、そこまで行くのにはだいたいは色々と手間がかかる。もちろん結婚だって一度で済むとは限らないから、転職だって何度か繰り返してしまうのは仕方ないのだが、結婚や恋愛なら二人ですっかり舞い上がっていているから、多少の谷や崖っぷちでも乗り越えていけるが、仕事では自分一人なので、あまり何度もスタートさせるのはエネルギーもかかる。何度もせずに済む方がやはりいいのである。

恋愛や結婚もそうだが、「天職」も、きっと最初は思い込みから始まるんだと思う。というか、実際、やってみないとわからないとこもいっぱいあるわけだし。だから「作家になる!」というのも、思い込みでいいんではないかと思うのだ。私の知り合いは、小学生の頃、ある日、テレビ番組を見て「すごい画家だ! こんな画家になりたい!」と突然思い、それまで絵なんかほとんど描いたこともないのに、おこづかいで「油絵具セット」を買いに行き、見よう見まねでキャンバスに絵を描き続け、(それがカッコイイと信じていた)浪人しながら何とか芸大へ進み、今でもやっぱりあまり売れない絵を書き続けているという人がいるが、ま、たいていの職業は、ここまでやれば普通は誰でもある程度のレベルにはなる。こうなると、「予言の自己成就」というやつである。オリンピック選手とか、タレントとか、あまりにも競争が激しい世界は別だが、普通はそれほど競争は激しくないので、あきらめなければ、何とか仕事にできるはずである。

「作家になりたくても、競争が激しくてなれない」と言う人もいるが、作家というのは、実は、それほどでもないのではないかと私は思っている。確かに世の中には、「作家になりたい」という人はすごく多いらしいが、実際に小説を書いたことがある人は、ホントにあまりいない。そもそも絵画やピアノ、ギター、陶芸など、他のジャンルに競べれば、たぶん実際にやりはじめる人の総数は圧倒的に少ない。また、純文学系だと文学賞なども確かに競争率は高いが、エンターテインメント系だと新人賞の競争率は、実はさほどでもない。たぶん芥川賞が「日本で一番儲かる新人賞」だと思うが、二番目は何かというと、たぶん新人賞としてはミステリの「乱歩賞」ではないかと思う。しかし、芥川賞も2冊目3冊目のことを思うと、職業作家としての生き残りまで考えれば、むしろ「乱歩賞」の方がかなり効率がいいかもしれない。こうした将来性を考えれば、かなりよさそうな乱歩賞でさえ、せいぜい数百しか応募がない。さらに、作家デビューできる新人賞は、他にもいっぱいあるのである。

「でも、数百分の一しか、確率がないじゃないか」というかもしれないが、とくに応募資格というのがないので、それくらいは当然なのである。でも、少なくとも3分の1は、たぶん小説の形になっていないような「論外のレベル」ではないかと思うので、実際にはそこそこ小説が書けるようになっているならば、数十分の一になるんじゃないだろうか。

だいたい長編ミステリというのは、「読む人は多いが書ける人は少ない」という需要と供給のバランスから見ると効率のいいジャンルなので、「仕事」としては狙い目である。ただし、「ミステリは売れるらしいから、ミステリを書こう」と思ったとしても、ミステリを買う人はたいていミステリファンなので、読者のレベルもけっこう高いし、ある程度ミステリ好きじゃないとうまくはいかないはずだが。

しかし、専門知識がないレベルの低い医者は、看護婦にも患者にも信頼してもらえない。同じように、やはりどんな職業にもプロとしての最低レベルは必要であるに違いない。医者になるには医大やインターン制度などもあるから、まだ資格を持っているだけでも多少信頼できるかもしれないが、小説家になるには、資格も試験もない。学歴も不要である。ただ、新人賞で「プロとして出版できるくらいのレベルがある作品だ」と認めてもらえればいいだけである。それは、いきなりプロである。大工でも、建築士でも、デザイナーでも、会計事務所でも、営業マンでも、どんな職業でも一人前になるのには、数年、修行したり、下積みしたりする期間があるはずなのに、いきなりプロである。だから、それだけの実力はすでにあるはずなのである。

なのに、なぜ「作家」だけはちょっと書いてみただけで「なれる」とか「なれない」とか考えたりするんだろうなあ。野球なんかしたことがない人が「ぜったいプロ野球選手になる!」と言い出せば、みんな笑って「とにかく、がんばって練習してみれば」などと言うくせに、小説はまったく書いたことがないとか、ほんの短い作品を一つ二つ書いただけで、「ああ、やっぱり才能がない」とか「こんなことやってもムダだ」とか言い出す人がいる。

確かに、例えばオリンピック選手だと、ある程度の「運のよしあし」も必要だと思う。だが、オリンピックに出ないと「マラソン選手」と言えないかというと、ま、そりゃオリンピックに出れる方がいいかもしれないけど、出ていなくても大会などで活躍するいい選手もいっぱいいるのだ。それなのに、小説だと、まだフルマラソンを一度も完走したことがないのに、「ああ、オリンピックなんてゼッタイ無理!」といきなりオリンピックを目指している。なんかヘンじゃないかなあ、と思ってしまう。そんなことを考えるヒマがあったら、もう少し練習して「どうでもいいから、一回くらい完走してみたら?」と思うのは私だけだろうか。フルマラソンも、シロウトには「ただ完走するだけ」だってかなり大変な作業なのだが、しかし、そもそも走る練習がキライな人が、なぜわざわざマラソン選手をめざなければいけないのか。小説家だって、めでたくプロになったとしても、それは、まさに小説を書くだけが仕事になり、一生ずっとやり続けなければいけない。もし、小説を書くのが辛くてたまらないなら、プロになってしまえば、それこそかなり不幸である。

有名になりたいとか、お金が欲しいとか、そういうことだけで、やりたくもないマラソンでオリンピックを目指すのはちょっと無理というか、不幸である。だから、「作家になりたい!」も、最初は一目惚れ、ただの勘違い、思い込みでもいいから、どうか、色々あってもとにかく小説が好きだということ、それを思い続けて欲しいと思う。何年かたてば、どんなカワイイ恋人も、「やっぱりアバタはアバタやった!」と思うよな、太った憎たらしいオバハンになってしまうかもしれないが、それでも出会った頃のあの笑顔を忘れず、なんだかんだで、つきあい続ければ、これが結構いい味になるんである。いや、ホント。いや、たぶん。

05/17/2005

一人ひとり、それぞれの幸せアイテム

5月16日(月)
日、月曜は、事務所はお休み。
事務所はお休みだけど、毎週、月曜日は、朝から晩まで外出。
天気がよかったので、昼は、公園でのんびり一人御飯。図書館に寄ってから、駅へ移動。コーヒーを飲みながら書類を片づけて、専門学校の非常勤講師をして帰宅。

先日、「鼻セレブ」という変な名前のティッシュペーパーの箱をもらった。高級ティッシュというヤツで、「ソルビット」と「天然グリセリン」配合で、ちょっとスゴイ。くれた人が「なめたら甘い味がするんですよ」と言ったので、やってみたらホントに甘かった。確かに使いごこちはいい。最近、花粉症がぶりかえしているので、ちょっとした「幸せ」アイテムである。(価格は、かなり割高らしい。でも、ティッシュだからしれてる)

「ティッシュくらい、駅配りのものでも使えばいいじゃないか」と思うかもしれないが、花粉症のひどい人だと全然足りないし、何度も鼻をかむので、固い肌ざわりのティッシュは痛い。花粉症も暗い気分になるが、風邪もつらい。だからこうした商品はけっこういい商品じゃないだろうか。確かにちょっとしたことで、人は幸福になれる。別に宝くじで何億も当たらなくても、ティッシュ一枚でけっこう幸福である。

もちろん小説も「幸せアイテム」だ。ゲラゲラ笑う小説も、ビックリする小説も、怖い小説も、悲しい小説も、ハラハラしたり、読んだ後にすっきりしたり、じーんと来たり。人を幸せにする「幸せアイテム」なのである。
ただ、ティッシュも「鼻水なんてタラしてないよ」という人にはあまり必要がなく、小説だって、人によっては、全然、おもしろくないという作品はたくさんある。小説は生活必需品でもないし、必需品だと考えられている食物だって、人によってすごく好みがある。好みなんか、激しい個人差があって当然である。

ところで、広告業界ではターゲットと呼ばれる、この「買ってくれそうな人たち」に対して、商品を売り込むので、この問題はかなり重要である。彼らが何を考えて、どうすれば欲しがるかなどと毎日考えている。人は、個人的な好みもあるが、世代や性別などによっても、欲しがるものが違ってくる。テレビを見ていれば、平日の昼には、年配者向けの生命保険、介護用の大人向け紙おむつ、主婦向けの洗濯洗剤、殺菌洗剤、シャンプーなどの広告があり、夕方になれば、ファミリー向けのクルマとかの広告がある。夜は、最近、消費者金融(サラ金)の広告も多い。

広告屋は、効き目がありそうな番組を選んで、そこに広告を打つ。ハデに見える民放のテレビ番組も、広告料で作られているわけだから、広告屋から見れば、番組なんかコマーシャルを見せるための「エサ」みたいなもんである。エサにつられて人が集まって来たら、それをコマーシャルで釣り上げる。

しかし、以前、取引先の印刷会社の営業マンと話していたら、「広告なんか、本当は効かないのにね」なんて言いだしたので、少し驚いたことがある。40年代後半の男性だったが、最近はテレビ番組も全部おもしろくないという。
「最近のテレビコマーシャルも、ぜんぜん面白くないね」
「そうですか。私なんか、わかっててもスーパーに行くと、つい商品を買っちゃったりしますけどね」
「オレは、たまにカレーくらいは作るけど、スーパーでは買うものはいつも決めているから、絶対、広告にはつられへんよ。コンソメ、カレールウも、買うメーカーをいつも決めているんや」
「へえ、みんな使い較べてみたんですか?」
「いや、それはしてへんけど、コンソメは、ずっと昔から同じものに決めてて、それしか使ったことがないわ」
「じゃ、なんで、それに決めたんです」
「だって、決まってるやろ。オレが子供の頃に……。あっ、あれ?」
と、広告なんて全然見ないという彼だが、どうやら子供の頃に見たコマーシャルに従って、同じ製品をずっと使い続けていたらしいのだった。

広告の効き目というのは、これくらいの威力があり、普通の人が「コマーシャルなんかトイレの時間」だと信じていて、ほとんど見てないと思っていても、テレビをつけている限り、まずコマーシャルに全く影響を受けないのは相当に難しい。むしろ見てないと思っている人の方が、自分では気がつかない間に見ている可能性があり、その方が潜在意識に働いている場合もある。テレビコマーシャルは、制作費もかけられているし、エネルギーの投入が違うのである。それでも、やはり広告はターゲットとされている層以外にはなかなか効かない。缶コーヒーのユーザーはほとんど男性だし、緑茶ならOLがほとんどだ。メインの購買層がズレていると、その層にアピールするように作られたコマーシャルは、ターゲットとは違う人々には「あまり面白くない」と思われる。が、これは仕方ない。

エサである番組も、それなりの層が見るように考えられている。アジを釣るのとカツオやマグロを釣るのでは、全然エサが違うのが当然なので、「最近、面白くない番組が増えた」という人は、最近、自分が何を買ったのかよく考えてみるといいのではないかと思う。とくにオジサンたちは、毎日使っているヒゲそりクリームはともかく、風呂場のシャンプーも、洗剤も、食べるものも、着るものも、すべて嫁ハンが買ってくるのでメーカーなんか知らない人も多い。あるいは、自動車や住宅でさえ、選択権がどれくらいあるかというと、これも嫁ハンにまかせっきりという「大黒柱」もいる。気にするのは、せいぜいタバコやビールの銘柄。しかし、実は、タバコの銘柄ほど広告が左右する商品もないと言われているのだ。小さい頃に見たコマーシャルのおかげで、同じコンソメを買い続けている人もいるように、タバコや酒の銘柄も広告の影響はかなり受けやすい。
しかし、いずれにしても、購買する選択権も、購買意欲も金もない人に買わせるのは、どんな広告がよくても無理である。そんな人は、どっちみち商品購入の選択の自由がなく、まずお客さまにはならないのだから。

ところで、小説にもターゲット、少なくとも「好み」はある。子供や十代の若者が好む作品とか、女性が好きな話とか。また、カキが嫌いな人には、どんなうまいカキ料理を作っても無理だし、人それぞれ、ある程度の好みがあるのは当然である。でも、私も、子供たちが全員カキやカニが嫌いでも、それはそれでいいのである。カキ鍋もカニ鍋も、私が全部食べるんだから。ただ、自分が面白くないと思うものでも、他の人が面白いという話には「何か」があるのかもしれない。そんなふうに思ってみるのもちょっと面白いことなんじゃないかと思っている。まあ、私は食べ物にはほとんど好き嫌いはないけどね。おかげで「幸せアイテム」もいっぱいあるのである。

05/16/2005

小説と関係のない休日(はならんまん2005)

5月15日(日)
小説講座は、日曜、月曜はお休みです。
天気がいいので、最近もらった新しい重箱(チューリップ柄)に簡単な料理を詰めて、鶴見緑地の「はならんまん2005」。大池のまわりにも創作花壇などが並ぶ。スタンプラリーをやっていたので、あちこちのテントで花の種などをもらいつつ、子供たちと散策。ちょっと園芸相談をしたり(トマトの苗に虫がいっぱいついた)、カラフルな風船をもらったり。小さな線路に「ミニ新幹線」が走っていて、子供たちを「乗ろう乗ろう」と誘って、一緒にまたがって乗る。子供向けの遊具などでも堂々と遊べるのは、子持ちの特権ですな。気がつくと、ペチュニア、サルビア、アスター、パンジー、ヒマワリ……たくさん花の種をもらったが、今年はもう植木鉢はいっぱい。どこに植えるんだどこに。

帰宅後、少し読書。ビデオ「チャップリン短編集7(消防士、浮浪者、大酔)」を見る。夕食は、水菜の煮びたし、そら豆と長芋のからしあえ、人参と瓜の即席漬け、豚肉とセロリの炒めもの、とうふと牛蒡のみそ汁、きのこの炊込みごはん。大人向きの渋すぎるメニューだったようで、子供たちは、さほど喜ばず。昼の弁当は、子供向けのメニューだったんだから、それくらい我慢しろよ。

夜、『義経』を見てた息子がいねむりを始め、そのまま倒れてしまったのだが、その前の日にも風呂に入らなかったので、無理矢理たたき起こして妹たちに頼んで、一緒に風呂に入れてもらった。が、いきなり湯舟から飛び出し、びしょびしょのままで階段を駆け上がり、妹たちの布団にどーんと倒れ込んだ。「何してんねん」と叩き起こして、また風呂場につれていき、妹たちに「頭から水かけて」と言ったら、ようやく目が覚めたようで、「あれ、ボク、いつの間に服ぬいだん?」と、ぜんぜん何も覚えてなかった。すっかり寝ぼけてた。家中びしょびしょ。大丈夫か、11歳。ハリーポッターなら、もうすぐ魔法学校に入学だぞ。

05/15/2005

ユーモア&ギャグ小説とお笑い番組

5月14日(土)
午後から事務所。夕方からは、天満橋で講義。本日の講義は、「ユーモア・ギャグ小説入門」の田中哲弥先生。

昼、ちょっと留守の間に郵便局の再配送が来たようで、すぐに電話したら、「ルートが決まっているので、今からだと夕方の配送になります」とのこと。宅配便だと管理事務所での受取代行ができるのだが、ゆうパック(書留速達など)ではできない。14日締切の生徒の原稿だが、夕方は講義があるので、本日の受取はもう無理。ゆうパックの時間帯指定も「12〜14時か、14〜17時」と言うけど、13〜15時にしたいというと、それはできないらしい。打ち合わせで外出したり、コピーステーションで作業することも多いので、ゆうパックはかなり不便。宅配便と違って、すぐには再配送もしてくれないし、局止めにしても、福島郵便局は野田阪神駅の向こうにあり、歩くと20分もかかる。生徒の皆さん、くれぐれも、提出作品はただの速達か、宅配便にして、「書留速達」「ゆうパック」扱いにはしないように。

夕方、天満橋に移動して、田中哲弥先生の講義。ゴールデンウイーク明けで、3週間ぶりの講義だが、すっかり欠席者が増えた。欠席連絡は2名だけで、あと数名の欠席理由は不明。毎年、後期に入ると欠席者が増えるものだが、今年は、去年より欠席者が多い。いつもにぎやかなオヤッサンOさんも、これで2回連続欠席。講義後の中華料理屋の店長にまで、「ドウシタノ、ヒゲノヒト、イナイネ」と言われた。連続欠席する生徒さんは、そのままに来なくなることも多い。もともと何かと用事のある土曜の夜だから、忙しい社会人は、通学が負担に感じはじめるとそのまま辞めてしまう。世の中には作家志望も多いらしいけど、何ごとも続けるのは難しい。

講義では、色々な参考文献のほか、「唐獅子源氏物語」(小林宣彦)「ワーストコンタクト」(筒井康隆)の話や「サウスパーク」「Mr.ビーン」「裸のガンをもつ男」「ブルースブラザーズ」「君となら」(三谷幸喜)など映画、演劇の作品紹介も多数。

田中哲弥先生は、抱腹絶倒の電撃文庫『大久保町シリーズ』の作者。ジュニアノベルは絶版や品切れが多く、新刊書で見つけるのが難しいかもしれないが、見つけ次第ゲットすべし。とにかく笑えます。これは涙なくして語れない。(むろん笑い涙)。特徴のある文体も要チェック! この大久保町シリーズは、一昨年の生徒さんが大ファンで、作家志望でもないのに、田中先生に会いたいというだけで入学して来た人もいた。それくらい「隠れ大久保町ファン」も多いです。
私は、翻訳の『悪魔の国からこっちに丁稚』の方がなかなか手に入らなくて、以前、別の専門学校の生徒さんに「見つけてくれたら千円で買う」と言ったら、上・下とも古本で見つけてきてくれた。彼も高校生の時に『大久保町シリーズ』のファンだったらしいが、金がないので、全部古本屋に売ってしまったらしい。こっちの本もかなり笑えます。でも、私も、大久保町シリーズの方が好きだなあ。疲れた時に爆笑できて、オススメです。元気がでる小説。

でも、生徒に薦めているのは『やみなべの陰謀』。ハードボイルド、ラブロマンス、時代モノなどがあり、最後の一編で後ろから串刺しになっている形式の連作短編集。ラストの作品で、すべての作品がつながるようになっているのだが、最初から串刺しにするつもりがなくて書かれているようで、それぞれがまったく単独の短編となっている感じ。そのせいか、後から関連づけるのに、かなり苦労されているのがよくわかる。でも、全体がからみあいながらうまくつながっていて、まるで『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のあのシーンを見てるみたいに、くるっと世界の裏側からのぞいているみたいな、ワクワクする気持ちよさがある。

その構成も面白いけど、短編としても、この本は私は全部の作品が好き。とくに「ラプソディ・イン・ブルー」と「秘剣神隠し」。この二編は、恋愛小説。時代小説「秘剣神隠し」は正統派の恋愛小説。「ラプソディ・イン・ブルー」は変化球だけど、これが一番好き。連作短編集はたくさんあるけど、好き嫌いでいうと、この本はかなり好きな短編集かもしれない。うまいな、すごいなと思う本は、他にもたくさんあるけど「ああ、好きだな」って作品は、それほどないのだった。もちろんこの本も大変うまいんだけど。ホント、抱腹絶倒かつホノボノで、何度も読めて笑えて、元気が出てくるビタミン薬みたいな小説って、あんまりない。『スイートホーム殺人事件』というか、『きんぴか』(浅田次郎)とかかな。とにかく「ラプソディ・イン・ブルー」は何度読んでも、少女マンガみたいにせつなくて可愛くて、しかもバカバカしくて、すごく好き。ギャグ小説なのに、どこか、すごく繊細で綺麗な感じがする。

講義後の飲み会で、田中先生と色々な話。サウスパークは、私は見たことがなかったが、ちょっと面白そう。あとは『笑い飯』の話など。田中先生とはなぜかいつも演芸の話になってしまうなあ。というのは、田中先生が吉本で台本を書いていた20年くらい前、私も「うめだ花月」で働いていたから。実際には、ほんの1〜2年くらい時期がズレているんだけど。当時「吉本新喜劇」ではなくて、「ポケットミュージカル」というヤツがあって、その話など。

田中先生には「そう言えば、去年、テレビに出ているのを見たんだけど」と急に言われてちょっと赤面。実は、去年、某番組の某コーナーにちょっとだけ出演をしたのだが、昼間のローカル番組バラエティなので、誰も見ていないだろうと思っていたら、意外な人が見てるのね。そう言えば、漫才作家の大池晶先生から来た今年の年賀状にも、「言い忘れてましたが、テレビ見てました」と書かれて赤面した。うーん、テレビに出るのは別に平気なんだけど、こういう意外な人たちに見られると恥ずかしいなあ。

帰宅後、テレビを色々。『爆笑オンエアバトル』を見たら、今回はちょっと低調。今回あまり知らないコンビが多かったせいもあるけど、なぜか新鮮な印象があまりなかった。たぶんある程度のレベルはあってうまいんだろうけど、ネタ自体の新鮮さはあまりなかった。お笑い番組も今はうじゃうじゃあるけど、気のせいか、毎回見てるわけでもない私でも「このパターンはそろそろ飽きてきたなあ」という感じが増えて来た気がする。露出が増えれば、見る人の目は肥えて来る一方、ネタは不足するから、どうしても同じようなパターンになってくる。好きなコンビもたくさんあるけど、何度見てもずっと面白いというパターンは、やっぱりそれほどたくさんはないのだった。これでも皆、これからもずっと飽きずに見るのかなあ。

漫才コンビは、確かに舞台の技量もいるんだけど、ある程度のコンビならコントも漫才も結局はネタの問題だと思うけど、芸人さんの数とか今の売れ方に比べると、やっぱり作家が不足するのかなあ。新ネタは稽古する時間もいるから演者も大変なんだけど、やっぱり台本作家の技量も出るし。漫才作家さんたち、がんばれ。でも、お笑いは定期的にブームがあって、いつも短期間でパッと終わるんだけど、そろそろ今がピークかなという気もする。『爆笑オンエアバトル』も数年になるし、けっこう長いブームだけどなあ。

05/14/2005

ウサギもカメも、ゴールには着く

5月13日(金)
事務所で、雑用。メール処理いくつか。
第8期の作品を整理して、第1回作品集を作成。専攻科の作品確認。
長編が2本、中・短編、ショートショート数本、締切は明日14日だが、作品は揃って来たので、とりあえず講師アポ。明日の講義準備など。

ところで、小説を「書くスピード」、たまに気にする人がいるみたいだけど、私は「書くスピード」は小説家志望にはほとんど要らない気はするんだけどなア。だって、一日1枚だけ書ければ、月に30枚は書けるもん。一日3枚書ければ、年間1000枚書けるはず。それよりも、たぶん「飽きずに書ける」という方が大事ですね。ちなみに私はコピーライターという職業柄、日頃、書く文章はたいてい短く、仕事では、長文はほとんど書かない。仕事で書くのは、せいぜい数百字。ページ編集モノをやると、点数は多いが、やっぱり300字とか400字とかが多い。記事広告やPR誌、雑誌などの「インタビュー」だと少し多いが、それでもせいぜい4000字〜5000字。原稿用紙なら10枚ぐらいまで。

でも、広告コピーって、文字数は少ないが、その分、金額は高くなる。たいてい文字数が少ないほど高い。当然、そういう短い文章の方が書くのはすごくエネルギーが要る。広告だと一番短いのがテレビCFとか、キャンペーンコピーとか。テレビCFは、書き文字じゃないけど、15秒とかだから、文字数にするとすごく短い。(その点、ラジオだと90秒とかちょっと余裕があるのもあって、ちょっと楽しい)キャンペーンコピーも10字前後とか。文章が短いと、使える文字数が少ない分、技術的には難しいし、金もかかっている。反対に、文章量が長ければ長いほど、一文字あたりのコストは低くなる。だからというか、やっぱり書くスピードも早くなる。

日頃、企画書なども必要なので、けっこう書く機会はああったりするが、企画書では直接、金にならない。もちろん競合プレゼンがあるから、これで仕事がとれなきゃ困るわけだけど、やっぱり文章よりはアイデアとか内容が重要だから、企画書の文章はシンプルでいい。それに企画書は、だいたいパターンがあって、それにそって書くから、文章にはオリジナリティは要らない。だからアイデアさえできていれば、書くのはものすごく早い。たまに「プレゼンまでの時間がない!」なんて時は、デザイナーの事務所へ行って、直接イラストレータのファイル上に打ち込んだこともあるしね。(広告の企画書はキレイなので、デザイナーが必要なことが多いです)まあ、普通はメール入稿だけども。

つまり「金がとれる文章」は書くのに時間がかかり、「金がとれない文章」は時間がかからない。だから、私が書くスピードが一番早いのは、メールとかブログ。だって、金にならんもの。ええ、ものすごい早さで書いてます。だから、メールやブログだと誤字が多い。ははは、ごめんなさい。

で、なぜ「金がとれる文章」を書くのには時間がかかるのか、というと、これは単純な理由で、技術的に難しくなるからである。だいたい日本の場合、たいていの人が文章くらい書けるのだ。長い文章は気力や時間がないという事情もあるだろうが、短いんなら、内容を問わなければ、誰でもいつでも書けるのだ。

ところで、広告コピーの場合、クライアントで広告を担当するような部署は、「企画部」とか「広告部」とか「広報部」「営業部」とかだけど、たいてい社長室直属とか、どっちかというと、その会社でもちょっとばかりエライ部署だったりするんですな、これが。(小さな会社だと社長が直接やるというのも多いけど)

ところで、これは私の個人的な経験かもしれないけど、ある程度の規模以上の会社だと、企画部などは学歴が高いエリート社員とかいて、たまに「本当はコピーライターになりたかったけど、電通とか博報堂とか全部落ちちゃって、仕方なくメーカーの広告部に入ることにした」なんて人もいるんですね。「ホントは、ボクだってコピーくらい書けるけどね」なんて思っていることもある。そんでもって、クライアントというのは、その商品については、私よりはずっと詳しい。マーケティングデータなんかも何年も見るし。

そういう状況で商品コピーを書いて、それで金をとらないといけない。「やっぱりプロの人は違いますね。ボクらではこんなの思いつけませんよ」と言わさないと商売にならん。たった数文字ですけどね。だから、やっぱ、技術的には難しくなる。「誰でも書けるもんじゃない」と思ってもらわないといかんし、実際、売上げも左右するし。商品コピーじゃなくて、たとえばPR誌なんかになると、その文章の一字一句では売上げは左右しないし、雑誌などのインタビューなんか「編集」とか「デスク」が他にがいたりしてちょっとラク。(コピーライターにはデスクはおらん)。
ちなみに、インタビュー記事は文章力もあるけど、インタビューの技術の方が内容に左右する。ホントは、文章の技術よりは「話を聞く技術」。

だから、私の場合は、「金がとれる文章」と「金がとれない文章」は全然別のものだと考えてるし、書き方も違う。書くスピードも全然違う。でも、もしどうしても書くスピードを早くしたいなら、たぶん必要なのは慣れだけ。ちなみに、タイマーを使って、タイムを計って書けばすぐに早くなるよ。
でも、そんなことをしても金はとれんし、小説書くのには書くスピードはあまり必要ない気がする。だって、年間に1500枚〜2000枚でも、本は数冊出せてしまうだろうし。専業の作家さんでも一日に十枚ずつ書いて3560枚くらいあれば十分という人もいるし、あまりスピードは関係ないよね。

書くスピードは、よっぽど売れっ子の作家になってから気にしたらいいんでないかい。それよりは、一日3枚、あるいは週に一度でも必ず十枚、二十枚とか、それが続けられた方がいい気がするな。割と「一気に書く」とか「気が向いた時に書く」という人が多いけど、それだけだとプロ志望としてはしんどい。ショートショートや短編ならともかく、どっちみち長編は一気に書くわけにいかないから。「ショートショートだけなら、とってもうまい」という人もいるけど、それだと実力が相当あっても、やっぱりプロにはなりにくい。なにぶん短編、ショートショートではなかなかデビューできないのが実情だし、いいか悪いかはともかく、長編書けた方がプロ作家になるにはちょっとトク。
(でも、だからと言って、最初から短編を書きたがらない人もいるが、これはこれでリスクはかなり高いと思うのでご注意)とにかく、カメも、ウサギも、自分の早さで小説書けばいいんじゃないですかね。スピード競争してるわけじゃなし、要は、ゴールに着けばいい。

だいたい本来、情報伝達ができるなら、文章というのは長いよりも短い方がいいんだよ。読む人の負担がかからんから。まあ、ホントはブログもそうだけど。(「読めるものなら読んでみやがれ」と思って長く書いているわけではないんですよ。ホント。何も考えずに書くと、いくらでも長く書けるという悪い見本…)

05/13/2005

北野勇作先生の公演情報!

5月12日(木)
バタバタしており、電話の連絡とりにくく申し訳ありません。
事務所への電話連絡、5月は、火曜の午後1〜5時、金曜1〜5時が確実。
土曜で、ご相談可能な時間帯は、2〜4時です。
メールでのお問合せいただいた方なら、ケータイの連絡先も記載してます。
直接かけてくださいませ。

●北野勇作先生の公演ニュース!
当校の講師で、作家の北野勇作先生が出演する
劇団虚構船団パラメトリックオーケストラの2005年春公演があります。
「風呂屋の前」
5月24日(火)19:00、25日(水)15:00/19:00
一心寺シアター倶楽(天王寺から10分くらいかな)
脚本:秋山シュン太郎、北野勇作、吉村シュークリーム(劇団赤鬼)

今回は、出演だけでなく、脚本の一部も担当されてます。
小説家だけでなく、役者の顔も最近ますます「男前」とのウワサ。
北野ファン必見! 学校にも、当日清算券ありマス。
今回は、めずらしく平日公演なので、社会人の皆様はぜひ待ち合わせして行きませう。
あ、5月22日(日)には、毎度おなじみ旭堂南湖さんの探偵講談「名探偵ナンコ」もあります。芦辺拓先生も出演されるので、こちらもぜひどうぞ。
専攻科は締切後ですから、ちょっと一息ですかね。

05/12/2005

気鬱な作家たちに愛を込めて

5月11日(水)
なんだかんだで外出で、終日、事務所には入れず。
(今は、生徒募集期ではないので、私以外のスタッフも事務所におらず、不在時間が多くなっています。連絡は、直接、ケータイまで電話してくださいね。一般の方は、メールの問合せが確実)

夕方、家の近くの地域図書館へ。この図書館は、一ヵ月ほど休館しており、5月10日にオープン。新しく建て直されたのだった。新しいホールの1階になって、広いガラスで開放的な雰囲気。講義資料用にビデオ2本借りる。『木を植えた男』『オズの魔法使い』。しかし、私はレンタルショップでも何度も見たやつを何度も借りることが多いな。今は、DVDも安くなっているので、買った方が安いかもしれないけど、これまでの経験では、なぜだか買ったヤツに限ってもう見ない。

昨日、ちょっと散歩できたおかげで、本日は体調は回復。私の場合、体調不良は、精神的な影響も大きい。すぐに体調に影響する。本当に忙しい時には、どんな無理をしても大丈夫なのだけど、ちょっと緊張がゆるむと途端に体調が悪くなる。とくにここ数年は、ゴールデンウイーク明けは気をつけないとほとんど間違いなくウツ気味になる。「五月病」と考えればわかりやすいかも。体調に出やすいので、風邪をひいたり、下痢になったり、頭痛がしたりする。この時期は十代の頃から気をつけていたから、もともとその傾向があったと思うが、最近ははっきり出る。まあ、顕著になったので、かえって対処しやすいようにはなったのだが。

原因は、何となく検討がついている。この時期になぜか毎年、葬式が重なり、私にはどうもゴールデンウイークに死のイメージがあるらしい。だから、楽しく過ごしている間はいいが、休みが終わった途端に気分が滅入る。だいたい大学時代の後輩が事故で亡くなったのも、仕事での知人が亡くなったのもこの時期である。
決定的なのは、数年前、実家の隣の家に住む女性がゴールデンウイーク中に自殺したことだった。まだ20代前半だった。私は、彼女が赤いランドセルを背負って小学校に通っていた頃からよく知っている。その日の朝も、バイクに乗って出かけるのを見かけたのだった。亡くなったのはその日の夜。家族が帰宅する直前の時間に首を吊ったのだが、その時間を選んだ気持ちは、なんとなくわかる気はする。まだやっぱり死にたくはなかったのではないかと私は思う。だが、あと少し早ければ発見が間に合ったのにという残された家族の気持ちを思うと余計につらい。気鬱になっていたことは確かだが、はっきりした理由はない。恋人にも家族にも理由はわからない。たぶん死んだ本人にもわからないような気がする。その夜、帰宅して発見した家族の叫び声や救急車の音で、近所も大騒ぎになり、早めに寝ていた私にも強い印象が残っている。あれから何年か過ぎ、今、その家には彼女の兄だけが一人で住んでおり、その庭のミカンの木の横にはサビついたバイクがそのまま置きっぱなしになっている。だが、その前を毎日通る近所の人たちも皆、それが彼女のバイクだと知っているのだった。

よく「うつは、風邪のようなものだ」と言われるけど、よほど深刻にならない限りは、やっぱり病院に行こうとしない人は多い。実際、深刻になると病院に行くのも大変だったりするので、どんな病気でも軽めの時に行けばいいと思うのだが、やっぱり内科などに比べると精神科に行くのはおっくうである。私自身も、内科でも外科でもとにかく病院が苦手で(一番嫌いなのはもちろん歯科!)なるべく行きたくはないのだが、友だちが医薬関係の仕事をしていて精神薬も扱っており、色々な話を聞いたので、私はひどくなったらぜひ飲んでみようと思っている。詳しい効用を説明するとややこしいんだが、いい薬も開発されており、この病気にはかなり効く。
私はもともとぜんそくの持病があったので、コントロールしながら生活するのには慣れているが、持って生まれた体質をカンタンに変えることも難しいし、コントロールにも限界があるのも知っている。だから、そうなれば薬に頼ることもあるだろうなとは思っている。アレルギーも一生続くものだが、ほどほどにコントロールさえできればいいので、気鬱な性格などもコントロールすれば、案外、滅多にかからない人よりも健康に長生きできるかもしれない。アトピーとか「ぜったい治す!」という気持ちが大事だとか言われるのだが、やはり私には向いていない。ほどほどでコントロールするためなら頭も時間も使うが、それで充分である。

ところで私の場合、日頃やっぱりデスクワークが多いので、たまには体を動かしてちゃんと疲れないとダメである。体がなまるというより、それ以前に精神的によくない。たぶん小説を書くのも長時間の座業なので、瞬発力がいるようなスポーツよりは、持続力が必要なマラソン、ウォーキング、サイクリングなんかがやっぱり効果的じゃないかと思う。まあ、本当はスイミングなどがいいのかもしれないが、日頃から慣れてなければこれも面倒だから、気楽な「散歩」でいいんである。だが一応、有酸素運動と考えるとせめて40分以上、1時間くらいはやった方がいい。これが30分だとかなり効果が薄い。もちろん毎日やる必要もなく、ちょっとした気分転換でいいと思う。できれば週2〜3回はやった方がいいかもしれないが、散歩も「どうしても毎日やらなければ」とか考え出すとダメである。真面目な人は、つい何でも義務にしてしまうが、それよりは近所の家の植木の花を眺めるとか、川を見るとか、街角にちょっとした楽しみとか作った方がいい。

というわけで、私の場合、散歩も山登りも自転車移動も、健康のためというよりは、精神衛生のためである。散歩も、歩きながら色々考えを整理することもできて、けっこう頭もクリアになる。あなたも小説を書いていて煮詰まったり、しんどくなった時には、それはあなたの頭が足りないのではなく、運動が足りないだけかもしれない。いや、ホント。ぜひ一度お試し下さい。

夜、義母が親戚の法事に行って来たと言って、灰色の包装紙に包まれた緑茶を持って来た。2年前、オーストラリア留学中に交通事故で亡くなった彼女も、まだ二十代前半なのだった。ああ、明日も散歩しようかな。どうやら雨らしいけど。

05/11/2005

立体的な文章、平べったい文章

5月10日(火)
朝早めに「西大橋」で用事を済ませ、「野田」の事務所まで歩いていく。地下鉄で4駅ほどだから、たぶん1時間くらいだろうと思ったらその通り。多少、体調が悪いが、日頃、運動不足だから、ちょっと歩く方が体にもいい。午後も5時まで事務作業をする。銀行振込、第7期へのお知らせ発送など。専攻科の作品は3編届く。一番待っていた「Yさんの長編」は、夕方に電話あって、夜、直接届けてくれるらしい。これだけ揃えば、作品指導の講義1回分にはなる。まだ読んでないので何とも言えないが、そろそろ指導講師へも連絡できるなあ。

専攻科の人の作品は、みんなうまいから大丈夫だけど、本当は、いつもシロウトの文章を読むのはちょっと体力がいる。ところで思うんだけど、プロ作家の作品と初心者の作品では、不思議なほど「立体感」が違うのはなぜかしら。プロの書いた作品を読むとすっと話に引き込まれて、一行か二行でぐんと立体的に見えるのに、小説がうまくない人の作品だと、なんか原稿用紙がただ平べったくて、いつまでも平面的である。といっても、原稿用紙に書かれているのはどっちも文字だけだから、「立体的」とかいうのはおかしいんだけど、なぜかプロの小説だとすごく立体的に見えるのである。

ところで、今日、西大橋から野田まで歩いたが、私は大阪市内の東側に住んでいて、西側の事務所がある野田の辺はまだあまりよく知らない。福島区で知っているのは「福島駅」から中之島周辺くらいまでだったので、この辺りはほとんど来たことがなかった。知らない土地というのは、最初は、駅を中心に「点」で認識している。それから、そこを起点に点を「円」として少しずつ広げるか、あるいは横に移動すると「線」になる。西大橋から西長堀へ歩いて、野田まで歩いたのは、点を線にしてみたかったのだった。
その町を知るには、一番いいのは歩くことである。バスに乗ったり、自転車で走るのも有効だが、クルマはあまりよくない。というか、自動車では何度走っても、ほとんど車道と信号、標識を見るのに神経を使っていて、道路の両側にある大きな建物くらいしか認識してないし、覚えているのは交差点の名前ばかりということもあるからだ。バスならスピードもまだ遅いし、外をゆっくり見る余裕もあるけど、それでも通る道が決まっているので、裏道にひょいと入るわけにはいかず、自転車ならあちこち見ることもできるが、やはり歩くのが一番いいのである。ぐるぐる歩けば、そのうち「点」が「線」になり、そのうち「面」に近づいていく。面に近い認識をしている人は、よりその町を認識している。

さらに言うと、その場所を上から見ると「3次元的」になる。全く知らない町でも夜景などを見るのは楽しいものだが、よく知った町を昼間に上から眺めるとホントに色んなものが見える。山に登るか、ビルに登るか、飛行機に乗るかして、下界を眺めるのはけっこう楽しい。でも、ビルは町を眺めるのにはいいがやはり低すぎるし、飛行機はじっとしててくれない。一番いいのはやはり山に登ることだけど、よく言われることだが、鳥と違って人間は不便で、100M、1000Mをヨコに移動するのは簡単だが、その同じ長さをタテに移動するのはとても大変。確かに、富士山もエベレストだって、その高さをヨコに移動するだけなら、私だってすぐにできるんだけどね。

さらに4次元的となると、時間の認識だろうなあ。といっても、一万年以上遡っても、人間世界ではあまり意味がないし、せいぜい数千年。どうせ多くて2〜3千年。自分の人生だけなら、数十年。(大阪なんか数千年前ならほとんど海になってしまう。町はたいてい平野にあるから、どこでも数百年で地形が変わってしまうけど)。でも、一年とか、十年とか時間をかぶせて見ると、風景がちょっと違って見える。先日、森ノ宮から谷町四丁目を歩いたが、この辺も色々ある場所だよなあ。

でも、こういう見え方も、すべて見る人の問題だ。だって、場所はそのままあるだけだもの。でも、一人一人の心を通して、その場所は違って見えている。だから、小説とか、文章とかも、なんか立体とか平面とか、そんな感じがするのは、なんかそういうようなモンが関係してそうな気がしている。でも、小説のそれが何かは、あいかわらず、よくわからないんだけどね。

夜、豚肉やレタスなどで中華風野菜炒め、ひじきの煮物、アボカドのサラダを作ったら、子供たちにサラダが不評。マグロとの和え物は好きなくせに。

05/10/2005

今日のタコ焼き、昔の非常識

5月9日(月)
昨夜から急に体調悪く、朝には腹痛、頭痛、吐き気で、いつもの5時半過ぎには起きれず7時頃起床。午前中、外出予定だが、地下鉄の途中でつらくなり、結局、市大の学情センターの図書館で2時間ほど座り込んだ。このところ月曜は何かと不吉だなあ。昼過ぎにJRで野田まで移動して、事務所入り。大阪NPOプラザ用の書類の締切日なので、3時半まで事務をする。体調少し回復。向かいのブースの方に駅まで自動車で送ってもらって、地下鉄で専門学校へ移動。2コマ講義をして帰宅。

早めに休もうと思ったが眠れず、少し読書。体調が少し悪い時は小説は読みにくい(のめり込むから)ので、マンガかエッセイ、軽い読み物の方がラク。とくに理系の読み物は、ぼんやり読むのに都合がよい。『日本列島の生い立ちを読む』(岩波書店)を読む。

ところで、「アメリカの一部では『天動説』をまだ教えているらしいよ」なんて言うのは、私たちには「地球が回っている」のは常識だから、「常識なのになぜ疑うのか」という意味が込められている。でもこれが「地球」ではなくて、「日本」になると「これが常識」ってのが日本人にあるかというと実はないのだった。まあ、実は、天動説を信じようと、地動説を信じようと実際には日常生活には何ら支障はない。太陽が地球のまわりを回っていると信じていても、別段、日常の暮らしに困ることはまずない。まして、日本列島がどんなふうにできてようが、そんなことは少しも気にせずとも生きていけるのである。

5年ほど前、小学生の息子にせがまれて恐竜の図鑑を買ってやったことがある。実は、私自身も恐竜がとても好きな子供だった。だから小さい頃、母親に頼んで、恐竜の図鑑を買ってもらおうとしたことがある。ところが、当時はウルトラマンがブームで、母が買って来たのはあいにく「怪獣図鑑」だった。そりゃ「怪獣」も嫌いではないけども、私が欲しかったのは恐竜の図鑑だったから、思わず泣いてしまった。母は意味がわからず困った顔をしていたが(彼女は30年たった今でも恐竜と怪獣の見分けがつかないが)実は当時、実際には「恐竜」の図鑑はやや少なかったのである。当時は、世界中で発見されていた恐竜の種類もずっと少なかったし、「日本には恐竜はいない」とも言われていた。(もちろん「フタバスズキリュウ」の発見後だったが、あれは首長竜で正確には恐竜ではない)

しかし、ほとんど20年ぶりくらいに恐竜の図鑑を見たら、これがものすごいことになっていた。恐竜の数はあきれるほど増えており、分類もかなり変わっている。とくに種類は、私が子供の頃に持っていた恐竜の本とは雲泥の差。まるで夢のよう。あまり興奮したので、息子のためという口実で、私は喜々として子供向けの恐竜の図鑑を何冊も買ったが、嬉しいことに今はけっこう色々ある。どうも80年代〜90年代にかけて、国内外で発見が続いたので、色んな変化があったらしい。そういうわけで、日本にも恐竜がいたのは今は常識である。

ところで、私が学生の頃は、『日本沈没』(小松左京・作)が流行った後だったし、教科書にもきちんと「プレートテクトニクス」が載っていたのだが、日本列島の起源は造山運動が中心とされていた。ところが70年代後半から80年代には「付加体」という話が出てきて、急激にいろんな話が出てきて、ちょっと面白くなってきた。最近の教科書がどうなっているか知らないが、この変化は結構おもしろい。市大の八尾先生の講義では、放散虫革命とか、「まるで探偵のように謎を解いて行った」という表現をされていたが、このあたりの話は本当にドラマチックである。(一応説明しておくと、付加体は、海洋プレートが移動して大陸プレートの下に沈み込む時に、大陸プレート側にひっついてしまう部分のこと)

最近では、年々、理科の教科書は薄くなっているらしいし、高校では地学離れが定着して地学を学ぶ人が1割もいないらしいから、こんなことに興味を持たない人がほとんどだと思うけど、私にはこの話はすごく新鮮な驚きだった。子供の頃に「造山運動でできた」と習った「この地面」が、実は、南の遠い海から運ばれて来て、ぶつかって折りたたまれたものだと考えるのはとても楽しい。90年前後には地磁気の調査ができるようになってきて、さらにぐるっと回転したらしいとか、横にズレたとか、細かく言うともっと面白い話がいっぱいある。謎だったことが次々とわかっても、まだまだわからない話がいっぱいあるので、どれも常識になってないような話なのだが、そのこと自体が面白い。
(まあ、関心のない人には、どれも全く関心がないだろうが)

それにしても、これは規模が大きい話だから、少なくとも日本にとっては「地球が回るか、太陽が回るか」というレベルと同じくらい劇的な違いだと思うのだが、多くの日本人には、やっぱり足もとの地面が何でできてようがそんなことは知った事ではなく、「地価」を気にするほどには関心はない。それよりは、浜崎あゆみの新曲や阪神タイガースの試合結果を知らない方がよっぽど非常識である。時代や人によって、これだけ常識が違うというのはホントに面白い。

でも、これくらいだから、大阪人がさほど歴史に関心がなくても、そんなことはとくに驚くべきことではないのである(やっぱ、また、その話かい!)。
たとえ東大阪が昔は海で、古代クジラの骨が見つかっているとしても、一体それが何だというのだ。
昨日のクジラより、今日のタコ焼き。いいか悪いかはともかく、それが大阪人の常識なのだった。

05/09/2005

日曜は、お休み

5月8日(日)
小説講座の事務所は、日曜日はお休みです。
午前中、雑用。午後から重箱に料理をつめて、近くでピクニック。
夕方、気分が悪くなり、どうも風邪をひいたような。
講義用のビデオをチェックして、クロスワードパズル作成(雑誌連載の仕事)。途中で我慢できなくなり、早めに就寝。

05/08/2005

作家は、はたして特別な職業か?

5月7日(土)
昼頃から事務所で、事務作業。
土曜だけど、今日は第7期も専攻科も、講義はなし。
雑用いろいろ。連休中の資料請求メールが数件。大阪NPOプラザの契約更新の書類など。新しく4月から入居されたブースの人がちらほら。ここは土曜は6時までしか開館していないので、近くの飲食店にて8時半まで事務。作業がやっと終わってから、急いで店を出て、途中、花屋でカーネーションを購入。義母の家に寄り、夕食をごちそうになってから帰宅。

帰宅後、久しぶりにゆっくりと新聞を読む。JR西日本の企業体質に注目が集まっていて、連日のようにいろんな話題が出てくる。報道されている内容をどう判断するかによるけど、どうも少し独特な企業体質があるらしい。どんな大事故があっても、他の社員は知ったことじゃない……というのは、典型的な「大企業病」という気もする。企業体質もあるだろうが、会社が大きいほど「自分には関係ない」と考えることができるものだ。

日本じゃ終身雇用制と企業別組合のせいかもしれないが、大きな企業ほど社員の流動性があまりなくて、それぞれに独特の企業体質のようなものがある(まあ、海外の会社でもどこでも社風はあるけどね)。私は、広告の仕事で色々な会社へ行ったりすることも多かったが、どの会社にも独特なものがある。とくに大企業はいわゆる「子飼い」の社員が多く、歴史も長いから、いい悪いはともかく、自分の会社を外から見たことはないし、その知っている世界がすべてという人も多い。会社にどっぷりな人か、「さあね、どうせ上がやってるからね」と無責任な人かに分かれていることも多く、どっちにしても一言でいうと「大企業病」ということになってしまう。大阪市の問題も、このあたりが原因と思われる部分もある(まあ、大企業でもないのに、これにかかる中小企業も多い)

「いや、ずっと同じ会社だけど、ボクはそれくらいは自分でわかっているよ」と思うかもしれないけど、正社員で働いた経験が一社だけだとか、ずっと同じ職種だったりすると、実際にはそういう認識は難しい。転職した人に聞いてみると少しはわかるかもしれないが、「医者の常識は、世間の非常識」なんていうが、弁護士、教師、タクシー運転手、測量士、コック、警察官、美容師……と、何だろうが、たいていの業種や企業ごとに特殊性というのが必ずあり、それが世間的に見ればもしかすると見事にズレているかもしれないのである。

しかし、どんな会社に行っても、そこの社員は「私たちの会社は特別だから」などという話をなぜか喜んで話し出す。どんな職種でもどんな会社も、たいていは自分たちの仕事は「特別」だと考えている。「ボクらの仕事は特別だ」などと言う人が多い一方で、独特な社風は普通だと思っていたりする。まあ、よく考えてみれば、世の中には、むしろ普通の会社という方がなくて、どの会社もみな特別である。だいたい「普通のサラリーマン」と気軽に言うが、どんな仕事なら「普通」なのか。この場合の普通の範囲はどこまでか。

ところで、うちの小説講座では社会人の生徒が多いから、さほど気になったことはないが、専門学校生などだと、この「普通」が「これ、普通?」だったりして、ちょっと面白い。とくに若い人の場合、ストーリーを作ってもらったりすると、まれに「普通のサラリーマン家庭」の「普通の高校生」のはずなのに、何気なくおこづかいを毎月何万もポンポンと使ったりするシーンが出てきたりして、聞いてみると、本人は「え、でも、親からもらうおこづかいって、高校生なら月5万円くらいが普通でしょう」と言ったりする。(えっ、そうなん?)

まあ、重役か経営者の家庭とかなら「普通」かもしれないけど(ちなみに本人は、開業医の家庭)「普通のサラリーマン家庭」なんだったら、やっぱバイトでもしないと毎月5万のこづかいはちょっと多い方じゃないかなあ、普通。(あ、違う?)。だって兄弟が2人だから、おこづかいだけで10万だもん。もちろんありえなくはないが、ちょっと気になる。私などはついつい「父親の役職は? 住宅ローンは? 母親はパート?」とか、余計な心配をしてしまう。まあ、ストーリーというのは面白ければどんな設定でもいいので、よほどひっかからない限り、何の問題もないのだが、他にも何ケ所もひっかかってしまうので、やっぱり気になってしまう。要は「普通」じゃなければいいだけなのだが、なぜか本人が「普通」にこだわるから、余計にややこしいのである。(どうも「普通のサラリーマン家庭」というイメージがあって、それが書きたいらしいのだが、現実的には本人が想像できないらしく、それでチグハグな箇所が出てくるようなのだった)

「普通」が、時代や場所、立場や人によって違うというのは、わかっているようで、実は誰でもよくわかっていない。なにせ日頃は、自分たちの普通にどっぷりつかっているんだから。もちろんコピーライターも、作家という職業も同じ。だから、本当は、作家も別にとりたてて特別な職業ではないのかもしれない。まあ、小説を書くような人は、どんな話でもオモシロおかしく話すから、もしかすると「自分たちの仕事は、特別だ」なんてことを自慢げに話すかもしれないけれど、ひょっとすると「いや、クリエイティブな仕事だからやっぱり特別じゃないか」と思う人もいるかもしれないが、この『クリエイティブ』もちょっとクセモノである。

私が子供の頃、父が工業用の針を作っている町工場で働いていて(ちなみに彼は70歳過ぎた今でも、極細ステンパイプの特殊加工をやっている。やや職人的な仕事なので、なぜかジイさんばかりの工場だが、すべてハイテク部品用)、いつも同じような針ばかりを毎日作っているのを見て「同じものばかりを毎日作っていて、飽きない?」と聞いたことがある。すると、無口な父は「そんな簡単に同じもんができたら、苦労せんがなあ」とぼそっと言ったのだった。

製造業で働いている人はこれだけでピンとくるかもしれないが、ただの針でも精密部品だから「不良品」の問題があるのである。同じものができれば問題がないのだが、できないから問題なのである。ミクロン単位で不良品はでるし、材料は均一じゃないから、いつも同じものが作れない。しかも、だいたいが精密機器の部品だから技術革新も早く、同じもんの注文はほとんど続かない。毎回、品が変わるたびにそれに合わせて、新しい工作機械を組み立てなければいけない。みな同じような針だが、みな一つ一つ違うのである。(先日は、ややこしい3次元加工をしていた)

こういう仕事がいわゆる「クリエイティブな仕事」と全然違うかというと、実はやっていることはけっこう同じようなものである。とっくに定年過ぎているはずの父も、「やっぱり新しい発想ができる人じゃないとダメだなあ」と言ってたし、私は、町工場のオッサンだって、コックだって、運転手だって、みんなクリエイティブだと思う。クリエイティブは、特別な仕事だけではないのである。

「でも、作家は精神的に大変な職業だから、自殺も多いし…」と言う生徒さんもいたが、これもちょっとあやしい。まず職業別にきちんと自殺率を統計した信頼できるデータというのは、実はあまりない。もしあったとしても、どういう計算をしたかに疑問が残るが(思い込みで統計を作り上げることはよくあるから)、実際、町工場のオッサンだって自殺率は高い。医者も教師も、業界内ではすごく自殺率は高いと思われているらしい。じゃあ、反対に自殺率が低い職業があるのかというとあまりない(ホントは統計をちゃんととれば、あるんだろうけど)。実は、もともと若年と熟年男性は、職業に関わらず自殺率は高いのだ。作家や芸能人が自殺すると、確かに目立ってしまうのだが、作家がよく自殺するかどうかはホントはよくわからない。もし仮に、本当に自殺が多いとしても(私はそうは思わないが)、それが仕事がどう影響してるかはわからない。まあ、もともと自殺するようなタイプ(真面目とか、思い込んでしまうとか)が小説を書くのかもしれないという考え方もあるが。

でも、もしかすると、作家が特別な職業だと思い込んでいるから、「才能」が必要だとか考え込んでしまうんじゃないだろうか。(あ、もしかすると、逆かもしれないが)。もしかして、小説がなかなか書けなくなった時にそういうことを考えるのは、そのせいなんだろうか。
というわけで、私は、作家だけがとくに特別な職業だとは全然思っていない。でも、作家が「この仕事は特別だ」と思っているのも当然だろうとは思っている。なにしろ、特別じゃない職業もやっぱりないものなのだから。

05/07/2005

おトクな大阪の図書館利用法

5月6日(金)
連休の間なので事務所への電話もないだろうと、資料調べのため、大阪市立大学の「学術情報総合センター」の図書館に半日。5時間以上いたが、期待したほど収穫はなし。図書館は、長くいればいいというものではなくて、苦労しても、収穫が多い時と少ない時があるのだった。

私は、大阪市内に住んでいるので、図書館は、各区ごとに作られている大阪市立の地域図書館か、西長堀の「市立中央図書館」、東大阪の「府立中央図書館」をよく利用する。
このうち、一番よく行くのが地域図書館で、自宅から歩いても10分だし、駅と直結しており、夜7時まで開いているから便利である。大阪市立の図書館は、オムリスという検索システムでつながっており、大阪市立ならどの図書館の本でも、いま「貸出中」かどうかまで検索できる。このオムリスはかなり便利で、幼い子供でも検索できるほど簡単で、パソコンを使えば、インターネット経由で自宅からどの図書館の本でも予約もできる。そのため、わざわざ中央図書館まで行かなくても、近くの図書館までいくらでも本を取り寄せられるし、一人8冊まで貸し出し可能で(そのうちビデオは2本まで)、貸し出し期間は2週間だが、電話でもネットでも延長すれば4週間借りれる。うちは、週に1度くらいは行くので、子供たちも皆、常に8冊借りている状態なので、だから家にはいつも図書館の本が数十冊くらいあるはずである。

ただ、この図書館は、町の図書館なので、小説や児童書などは豊富にあるが、専門書はほとんどない。西長堀の「市立中央図書館」まで行けばあるにはあるが、ここも理系の本になるとあまり揃っていないので、この「市立中央図書館」に行くのは、私の場合、ちょっと小説雑誌のバックナンバーが見たいとか、そういう場合が多い。この図書館は、地下鉄直結、徒歩0分。ハウツー本が山のようにあったり、大阪関係の本があったり、なかなか面白い図書館である。事務所へ通勤する途中にあるし、地下鉄の乗換駅なので、いつでも寄ろうと思えば寄れるのだが、オムリスで取り寄せればいいので、直接行く必要性が少なくなったのと、地下鉄直結で便利なのでやたら人が多く、座る席がほとんど空いていない。席がないと長居はできないので、どうしても必要な資料をコピーして、さっさと帰るというスタイルになってしまう。

一方、東大阪の「大阪府立中央図書館」の方はずっと大きいし、自宅からだと自転車で行けば30分くらいなので、こちらの方がよく利用する。「府立中央」は、理系の本も揃っていて、規模も大きいので座る席がないということはまずない。たいてい空いている。ただし、午後だとさすがに仕切りのついた個人ブースは空いてなくて、6〜8人がけの大きなテーブルなどになるけど。以前は、食堂が貧弱だったので困ったけど、今では隣にでっかいフードフロアがある「カルフール」ができたので、お食事タイムも安心。問題なのは、まれに6〜8人テーブルで高校生などがしゃべっていたりすることがあるのと、コンセントが少ないのでノートパソコンを持ち込む時、うまく電源がとれないことである。これを解決するのは朝早めに行くしかなく、そうでないと必要な分野の本棚からすごく離れた席に座ったりしてしまう。広いので、どこかには電源が確保できるが、広すぎると移動も大変なのである。でも、春や夏は空いているので、12月〜1月でなければ、とくに気にしなくても大丈夫。

調べものをする場合、「大阪市立大学」にある「学術情報総合センター」も便利である。ここは、JR「杉本町」から5分ほど、御堂筋線「あびこ」からだと徒歩15分ほどだが、大阪市民あるいは大阪市内に勤務していれば、「図書市民利用制度登録市民」というややこしい名前の利用資格がある。ただし、登録料が確か2000円ほど要るはずなので(2年有効)タダで利用できるわけではないので注意。しかし、この市民資格の場合は20歳以上で、入り口にカードゲートがあるので、うるさい中高生がいないことは確か。しかもこの図書館は、いつもめちゃくちゃ空いている。普通、大学図書館というのは、年度末の試験期間とか卒論とかで12月〜1月は混んでいるものだが、ここは広いせいか、その期間でさえ、3〜4階の開架フロアの個人ブースも全部埋まることがなくて、どこか空いていることが多い。春や夏、今の季節なんかは、どう見てもブース席さえ3割も座っておらず、せいぜい1〜2割。ずらりと並んだ6〜8人がけの大きなテーブル席は、一人も座っていないテーブルがいくつもある。

ところが、ここはこの大きなテーブル席にさえ、各席に個別のライトがあって、手元のスイッチを押せば照明がつく。とてもぜいたくである。これほど大規模で新しくキレイな図書館で、かなり夜遅くまで開いており、書籍だって多いのに、これほど利用者が少ない図書館もたぶん珍しいのではないかと思うのだが、どうなんだろう。卒業生カードでまれに利用する「関西大学」の総合図書館も、年末は学生でいっぱいだぞ。ここの学生だけが特別に勉強しないからいつも空いているとは思わないが(でも、確かに学生の数は少ない気はするな。いても寝ている学生が多いし)、どう考えても、施設費用を考えれば、ここの学生だけで使うには広すぎる、実にもったいない施設なのである。まあ、何かと無駄づかいが多く全国的な話題になっている大阪市だから、これくらいの税金の使い方は、まだ有効な方で、ほんの些細なことかもしれないけどね。今すでにある施設だから、有効利用さえできればいいのかもしれないが、せめて登録料を半額にするか、5年有効にするか、もう少し市民にも利用しやすくしてはどうかと思うが、とにかくいつも空いていることだけは間違いなし。府立中央と較べても、利用者は十分の一以下、あるいは数十分の一ではないかと思う。
ま、大学図書館なので、開架フロアだけ見ただけでは一概に判断できないけど、ここは本を貸し出しすると、日付印を押してくれるのだが(利用者レベルによって、貸出期間が微妙に異なるから)、それを見てもどうやら貸出回数もあまり多くないらしく、借りたのは私が初めてという本も多い。しかし、この貸出延長も電話やネットではできず、直接じゃないとできない。ゼミなんかで使えそうなガラス貼りのグループ室も何部屋もあるのだが、ほとんど使われてなくて、たまに使っていても「わざわざ図書室を利用しないとできないのか」みたいな話題が聞こえてくることも多い。案外、ただの教室の代わりに利用してるのかもしれない。とにかく、実にもったいない施設である。

あと、ここの図書館は、受入れ年代によって旧体系、N体系と完全に分かれており、本棚自体も完全に離れていて、これが利用する側にとって便利かどうか、かなり疑問。私は古い書籍はあまり利用しないが、結局、2つの棚をチェックしなくてはいけなくなるし、そもそも「受入れ年代」の区別で、初版の年代ではないので、頻繁に2つの書架を行き来する。何度も利用しているので、慣れた分野ならどの棚にあるかすぐわかるが、ちょっと変わった分野だと2ケ所探すのは面倒だし、そもそも体系が違うから、ややこしい分野だとどこの棚にあるかわかりにくい。どっちの体系でもいいから、どっちかにしてくれと思うことが何度もある。私は、どうしても調べたいジャンルがいくつもの分野を横断することが多いし、新規分野のことも多いので、かなり不便である。あと、雑誌コーナーがモノによって、階下、2階、3階と分かれており、これも慣れれば済むことだが、少々わずらわしい。また、席はめちゃくちゃ空いているが、3〜4階フロアの検索システム機はそれほど多くない、というか、かなり少ないので、これもちょっと不便である。他にも本棚自体の配置や品揃いにもちょっと変なところがあり、さらにロボット搬送機なんぞもあるのだが、これも「これくらい人がやったらええやんけ」と思うのは私だけか。見かけはカッコいいが、正直、何のためにあるのか意味がわからない。これもタダじゃないんだろうけどなあ。どっちみち、こんだけ利用者がいつも少ないんだったら、そんなもの要らんだろうし。

こう考えると、わざわざ登録料を払って利用するよりは、調べものなら、府立中央図書館の方がよほど便利かもしれない。しかも、この「学情センター」は日祝休みだし。まあ、私は静かだからいいですけど。実は、私は事務所休みの月曜、午後1〜3時はたいていここにおります。私は、小説も読むが、その他の調べものでも年間数百冊は要るので、図書館がないと生きていけない。
ま、最近は調べものはインターネット利用で済ませる人が多くて、そもそも図書館で調べものをする人自体が減っているかもしれないけどね。

05/06/2005

小説と関係のない休日(野崎まつり編)

5月5日(木)
小説講座の事務所は、連休中です。

「子供の日」なので、朝からおにぎりを作って、子供達とハイキング&野崎まつり。
自宅から歩いて20分ほどの「徳庵」から学研都市線で「四條畷」へ。四條畷神社から飯盛山に登って、ぶらぶら山を歩き、帰りに野崎方面へ降りて、参道へ。
2年前までは、私と息子の二人であちこちハイキングをしたけど、最近は妹たちも一緒に行きたがるので、昨年からすっかり低い山しか行けなくなってしまった。小学6年の息子はもう5〜6回目の、いつも「これくらいは山じゃないけど」という310Mの飯盛山。

世間ではどう区別しているのか知らないけど、ピクニックかハイキングかは、私の場合、お弁当が基準。ピクニックはお弁当が楽しみだから、朝から色々と料理をするけど、登山になると「行動食」というヤツになるので、おにぎり中心。おにぎりだとピクニックじゃなくて、ハイキングって感じ。今回は、おにぎりだけ作って、あとはハイカー御用達のコンビニ食。だから、ハイキングですね。この時期は、お茶は500mlのペットボトル一人2本。(もう少し暑いと3本は要る)1本は、家で麦茶をつめて、もう1本は駅で冷たい緑茶を買う。あとは、私だけ小さな水筒も入れておく(私は真夏でも、熱いコーヒーも持っていく)。あとはハイキング七つ道具を詰め込む。私はどんな低い山でも、いつもちゃんとしたハイキング仕様です。備えあれば憂いなし。でも、この山なら登山靴じゃなくて、普通の運動靴で充分です。

息子は「関西登山協会」理事長の渡辺氏のおかげで、すっかり登山好きの少年なので、慣れたリュック姿でシルバーコンパスに2万5千分の1の地図。7歳の双子の娘のうち、姉の方ははりきって山に登りたがるのだけど、妹は「虫嫌い」なので、ハイキングは大キライ。幼稚園児の遠足として定番の、たった270mの「天王山」でさえ文句を言う(天王山は「山崎山荘美術館」などもあって、大人にもオススメですぜ)。今回は、野崎まつりもあるので、しぶしぶ一緒に山登り。まあ、山登りといっても、私自身は、磁石と地図さえあれば機嫌がよく、息子も植物(彼の場合はたいていキノコ)や虫が好きなだけなので、さほど「登頂」にはこだわらないのだが、姉の方だけはなぜか「絶対にてっぺんに行く」と登頂にこだわるので、こうして低い山ばかりになる。まあ、てっぺん好きの性格の方が登山には向いてるかもしれないけどね。

ここは、四條畷神社から急傾斜を登れば、すぐに山頂なので、さほど文句をいうような距離じゃないけど、この山は桜も多く、この時期は虫も増えるので、妹は「毛虫!」「くまんばち!」「でっかいアリ!」といちいちウルサイ。一方、息子は虫好きだけど、殺すのは極端に嫌がる。姉の方は虫を殺すのも平気で、カタツムリなどをむんずとつかむが、殺されるのがイヤな息子は、いちいち「離せ離せ」とうるさい。その割には、彼はトカゲのしっぽを引きちぎるのは「どうせ生えてくるから」と平気で、トカゲを見つけるたびに草むらに突進する。それもけっこう残酷なような気もするんだけどねえ。タンポポ笛もプープー鳴らして、うるさいガキどもである。

「野崎まつり」は、去年も山登りの帰りに寄ったけど、出店がたくさん並んで、かなりにぎやか。野崎と言えば、演芸好きなら連想するのが「野崎まいり」ですかね。徳庵堤は、今はただのコンクリートの河岸だけど、野崎のあたりは、山の上まで登って来ると大阪平野を見渡せて、昔をしのぶのにはいいかもしれない。この山なら、色んな合戦もさぞかしよく見えたでしょうな。生駒山は、古事記の昔から歴史深い地域ですしね。まあ、確かに大阪では、観光客も住民もさほど歴史を気にしませんが、ちょっと探せばいくらでもある。前にも言ったけど、外からの視点で見ればヘンかもしれないけど、大阪はいくら歴史があっても、それほど気にしてない自慢しないのが私は好きですね。そりゃ、京都などはわかりやすくパビリオン的でいいかもしれませんけど、生駒あたりはいちいち観光スポットという感じではなくて、野崎まつりも庶民的な所が好きなんですけどね。

双子たちは「ヒヨコ釣り」で釣れなくてちょっと泣いていましたが(むろん私はホッとした)、生まれてはじめての「ラムネ」と「リンゴアメ」を食べて機嫌を直し、息子は一本百円のサトウキビを買い、電車に乗って家に帰るまで、ずっとシガシガと噛み続けてました。

夕方、芦辺先生に電話。専攻科の生徒作品の件で、某出版社の編集者が直接アドバイスしてくれるとか。忙しいのにありがたいことです。

05/05/2005

天気もよく、連休中です(近江八幡編)

5月4日(水)
小説講座の事務所は、連休中です。
子供たちは、双子のイトコたちとピクニック。うちも双子だけど、私の妹にも双子の男の子がいるのだ。子供たちがいない間、少し時間ができたので、昼から近江八幡の郷土資料館、歴史民俗博物館へ。時間もなかったので、ゆっくり見れませんでしたが、とりあえず目的は達成。
夜、講義の資料のため『ネバーエンディングストーリー』を見る。


05/04/2005

休日は、ワインを飲んで読書して

5月3日(火)
連休中は、小説講座の事務所はお休みです。
29日〜1日の3連休は、ずっと外出していたので、3〜5日はゆっくり過ごそうと思っていたのに、結局どうも外出続きになりそうな気配。夜は、買って来たチーズとワイン、ピザを食べて、のんびりと夕食。ワイン派の人も多いのだが、私は、ほとんど外で人と飲むだけで、家では食事によってビールを軽く飲むくらい。家でワインなどを飲むことは滅多にないのだが、おいしいチーズを買うとなぜかワインなのである。まあ、いいソーセージが手に入ったらビール、ってのと同じ固定イメージ。夜は、ちょっとだけ読書。

ところで、気のせいか、なぜかSF作家さんって、酒飲みの人が多いんじゃないかしらん。少なくとも、うちの小説講座に講師で来てくれた作家さんたちの中では、SF作家はけっこう飲める人の率が高いような気がする。堀晃先生とか、高井信先生とか、草上仁先生とか、けっこう飲む人が多いし、先生たちに聞いてみても「そういや、SF作家って、お酒飲む人が多いなあ」と言っていたから、私だけの気のせいじゃないみたい。
で、ミステリ作家の人は、それほど飲まない人が多い気がする。といっても、黒崎緑先生もワインのイメージがあるし、芦辺先生とか小森先生も飲まないってわけじゃないし、ビール党の西澤保彦さんとかもいるけど。でも、なんとなく、SF作家は酒飲み、ミステリ作家はあまり飲まないイメージがあるなあ。

しかし、専業作家さんて、夜型の人が多いみたいだけど、やっぱり仕事のあとで一杯飲んだりするんでしょうかね。そしたら、晩酌じゃなくて、朝酌ですね。
私は、ずっと以前に、外食産業で働いていた頃があって、その頃は、朝酌してビール飲んでました。その頃、働いていた店は5時閉店の店だったから、勤務が遅番の時は、夕方の6時頃から朝の5時まで(外食産業は長時間勤務が普通なんです)という感じで、朝の7時過ぎに帰宅なので、普通の人から見るとちょうど12時間ずれてたんですな。朝の8時に「夕食」を食べて、風呂に入って9時頃に寝る生活。肉体労働で疲れてたから、ビール飲んで寝るのだけが楽しみだった。日曜、祝日、年末年始、お盆休み、GWなんかも商盛期というやつで、世間の人が休む時には休めない。だから、その仕事を辞めてしばらくは、「なんかヘン、日曜日なのに休める」。嬉しいというより、なんかヘンな感じ。もったいないというか、なんか居心地が悪いっていう。

今では、フリーランスの身で、日曜日も平日もその気になればすぐに休みはとれるので、逆にそういう開放感がないけど、それもちょっぴり寂しい気もするなあ。その代わり、今は3人のうるさい子供達が「おばあちゃんちにお泊まり」に行ったりしたら、ものすごく開放感はあるな。あと、東京へ出張に行くのも楽しみ。ビジネスホテルに泊まって、のんびり風呂に入って(私は、たいてい大浴場つきのホテルを愛用。神田か大井町)一人でビールを飲むとちょっとした開放感を味わえる。

ああ、やっぱ、私が、大阪に住んでていいなと思うのは、やっぱり東京へこうして出張で行けることなのかなあ。こういう仕事をしていたら、東京へ行く機会なら何度もあるけど、東京に住んでたらどこに出張は行けばいいのかな。私も町育ちだから、東京って住んでたらたぶん飽きない町なんだろうけど、年に数週間いるくらいが一番楽しい気がしてる。どうせ東京に住んでも、やっぱり仕事とか忙しいだろうしね。でも、パリとかソウルとかロンドンとかなら、数年くらい住んでみたいんだけどなあ。(でもロンドンは物価が高いから現実的じゃないけど)
でも、東京へ引っ越しする人たちが、仕事でがんばってくれて、こっちにも回してくれるといいな。あとは、たまに泊めてくれるとか。出張費が助かる。まあ、男一人暮らしでも、私なら気にしないんだが。

05/03/2005

GWの間の出勤日

5月2日(月)
月曜は定休日のはずだが、用事もあって出勤。
世間では、連休をとる人もいるかもしれないが、子供たちも小学校の授業もあるし。
「大阪NPOプラザ」全体も、5月3〜5日は全館休館。連休中に床ワックスなどの清掃が入るというので、机のまわりの書類整理などもする。全体に人が少なく、席にいるのは3ブースほどだった。
このインキュベータースペースは、30ブースほどあるのだが、いつも稼動しているのはせいぜい半分ほど。土曜日などは人が少なく、5〜6ブースしか人がいない。うちのブースの前と後ろは、どちらも常勤で来客も多く、けっこうにぎやかだが、隣のブースの人は3ヵ月間まだ一度も見たことがない。この列はあとの3ブースとも、誰も見たことがないなあ。実際、全部のブースが常勤だとうるさすぎるだろうけど、私自身は、にぎやかすぎる方が活気があっていいと思う。会社だって、役所だって、静かすぎる所はロクなことがない。NPO法人だって、たぶんそうだろう。
後ろ席の「関西心理相談員会」の人に、みかん(でこぽん?)を1個もらう。

連休中を利用して、バタバタと家事など忙しいので、なるべく仕事は持ち帰らないようにしようと思ったが、やっぱり片づかなくて、一部は持ち帰り。

05/02/2005

ゆっくりと、のんびりと休日

5月1日(日)
この3日間は、小説講座はお休みです。
事情により3日間ともお勉強。
昼間、東京から来た若者と話をしていて、ふと思い出した。「GWが終わったら東京へ引っ越します」というメールが、この2日の間に別々の2人の知人から続けてきた。一人はカメラマン、もう一人はコピーライター。二人ともフリーランスで、移転の理由は知らないが、たぶん仕事の問題だろう。このように、実際、東京へ引っ越してしまう知人はここ数年かなりいるのだった。

帰宅すると、子供たちが「掛時計」を手作り中。子供部屋に時計は3つも要らない気もするが、まあいいか。夕食は、思いついてなぜか居酒屋風メニュー。牛蒡と鶏肉の煮物、冷ややっこ、長芋の短冊、サラダ、水菜のおひたし、アジの甘煮、竹の子。ごはんは、梅カツオのまぜ御飯と高菜じゃこのまぜ御飯。さて、食べようと思ったら、肝心のビールがなく、あわてて買いに行く。近くの酒屋でビールを買ったら、入浴剤をもらったので、食後にさっそく利用。朝も早かったので(昨日は、爆笑オンエアステージとウルフルズのライブ見てたので夜も遅かった)9時半には眠さに負けて、不覚にもそのまま寝てしまう。

05/01/2005

お休み中です。

4月30日(土)
小説講座は、お休みです。
夕方、エル大阪に5月分の教室代支払い。次回は、5月14日までお休みです。
第7期生のAさんより電話あり。
欠席が多いみたいだけど、専攻科に進学すれば、本コースの講義も受講は自由なので、来年にまた受講ができるので、あせらずがんばってね。
夜、資料などの整理。

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