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04/30/2005

大阪では、「大阪」が伝染する

4月29日(金)
祝日なので、小説講座の事務局はお休み。
4月30日、5月1日もお休みです。ゴールデンウイーク中は、5月2日(月)のみ出勤。5月3日〜5日までお休み。(3〜5日は、大阪NPOプラザ全体が休館になります)

このところ、定款の修正や5カ年プランなどの作成しているので、つい色々なことを考えてしまう。主に未来についてである。ひとつは、「エンターテインメントノベル」(小説)の未来について。もう一つは、活動の基盤である「大阪」の未来について。
そんな大きなテーマについて、普通なら私が考えることはほとんどないのだが、「NPO法人」の理念とか使命とかを考えなくてはいけないので、どうも、それらを避けて通れないようになっているんである。

実際、未来のことはわからないんだけど、5カ年プランなどを作ろうとすると、どうしても、十年後のこととか考えることになる。色んなことを考えるのだが、まあ、これは理想の未来である。誰だって、望まない未来を実現しようとはしないので、もちろん理想の未来である。小説については、色んなことを考える。でも、大阪については、あんまり考えられない。

実際には、活動内容が内容だけに、ほとんど地域性にこだわるつもりはないのだが、今は活動の拠点なことは確かだし、地域的な基盤を無視することもできない。でも、どういうわけか、あんまりイメージしにくい。笑われるかもしれないが、なんだか「未来の大阪」という言葉そのものがなんか私にはヘンな感じなんである。どうも私の中では、大阪という都市観は、常に「現在」しかないものらしい。なんか、過去も未来もない感触がする。

昨年、うちの講師でもある作家さんが(どうせわかる人にはすぐわかってしまうけど)かなり長い間、大阪という町を描き続けてきたけど、住居も東京に移してしまったということがあった。まあ、実際には、今はまだ大阪と東京を往復されているので、あんまり東京へ行ってしまったという気はしないけど、私が興味を持ったのは、大阪に「失望」してしまったのでという理由だった。少なくとも、「失望した」という理由で引っ越した人を他に知らない。

もちろん、私の周囲では、この作家さん以外にも、ライターや編集者、放送作家などの多くが東京へ移転した。このほとんどは「仕事の都合」である。出版業界も、放送業界も、東京への一極集中は進む一方で、大阪にいるよりも東京へ行った方が、ずっと仕事がしやすくなるからである。はたして彼らが、大阪に「失望」したかどうかよくわからない。とにかく東京を選んだことは確かである。でも、失望したからか、と思うと、たぶんそれはないような気がする。たぶん「失望」するためには「期待」しなくてはいけないが、こういっちゃなんだけど、彼らはもともと期待はしてなかったような気がする。とくに大きな期待がなければ失望も感じない。私自身が、未来の大阪を考えられないように、彼らは過去も現在もなく、「現在の大阪」しか見えていないのではないかという気がする。

ところが、実はこういうことを、私自身はイヤなことだと考えていない。むしろ、こういうちょっとヘンな町だというところ、それがこの町の好きな理由だったりするのである。大阪という町は、なんとなく、過去も未来もない町らしい。なんとなくのイメージだから、実際にはそんなことはないが、独断と偏見による、めっちゃええかげんな話なのだが、大阪は「現在に生きる町」なのである

この東京へ移転してしまった作家さんは、普段から「大阪という町は、その輝かしい歴史や文化も忘れて、お笑いとヤクザしかない下品な町になってしまった」と嘆いておられた。私もそれを普段から目にしていたが、これはほとんど反論の余地がない。全国的にはまったくその通りのイメージしかないだろう。だけど、私がそれを嘆かないのは、たぶん私の中には、過去の大阪がないからである。それは、もしかすると、私が大阪という町から見れば「2世」だからではないか。だから、私には、両親が田舎から出て来た年より過去である大阪は、あまり意識されていない。でも、そのこと自体を私は、あまり意識したことがない。しかし、なんというか、この町は、あまり2世かどうかを区別しない町である。というか、町そのものが、ずっと住んでいるかどうか、なんて自体はあまり考えない町のような気がする。

このことはちょっとヘンなことではないか、と私はひそかに思っている。実は、全国のあらゆる町では、「ヨソ者」はかなり明確に区別されている。以前、私の妹が明石に住んでいた時、借りていたアパートの大家さんと「あの部屋の人は、1年前から住んでいてね…」などと世間話をしていた時、ふと気になって、「大家さんはずっと明石に住んでいるんですか?」と聞いたことがあったそうだ。すると大家のおばさんは、「ええ、殿様が来た頃からだから、もう数百年ほどですね」と行ったそうである。京都の人もそうだが、こういう人は「いつから住んでいますか」と聞かれても、「生まれてからずっと住んでいます」などとは言わないのである。京都の人から見れば、数世代住まなければヨソ者と言われるが、これは別段、京都に限ったことではなくて、地方都市はみなそんな感じがある。しかし、大阪ではそういうことをあまり気にしない。京都などに較べると、やや都市の規模が大きいせいもあるが、もっと大きな都市である東京では、やはりずっと東京に住んでいたことは自慢のタネになる。東京でも、外から来た地方出身者と代々の下町育ちとは、やっぱりひそかに区別されているのである。だから、都市の規模の問題ではなく、たぶん気質の問題である。

大阪では、その辺がかなり「ええかげん」である。だいたいこの町では、正直なところ、何もかもが、この「ええかげん」で済んでしまう。大阪では「ええかげん」は「良い加減」であり、案外、いい意味として使われていることも多い。(標準語で「いい加減」というと、まあ、まず肯定的には使わない気がするのだが)。どうも「そんなん、ええかげんで、ええがな」というのが大阪の本音だという気がする。こうして曖昧のままに済ませるのが好きなので、「お笑いとヤクザしかいない町」と思われても「まあ、ええがな」「タコヤキばかりを毎日食べている」と思われたとしても「まあ、ええがな」。「下品な町」と思われてても「まあ、堅苦しいこと言わんでもええがな」である。確かにプライドはない。たぶん全然ない。もともと「アホ」と言われて、むしろ喜ぶような人間がいっぱいいるのだから、町だって「アホな町」と言われても喜ぶ人の方が多い。しかも彼らは「現在」しか見えないから、過去もない。未来もない。今に生きるしかない。ヘンな町である。

大阪は、すごくフラットな町である。東京に一週間くらいいると、自転車移動が好きな私は自転車に乗りたくなるのだが、それで気になるのは東京には坂が多いということだ。大阪は上町台地をのぞけば、非常にフラットである(実は、上町台地もさほど高くない)。さらに東京は、その真ん中に「立ち入り禁止」な所があることである。皇居というのは、気軽にズカズカ入れる所ではないらしいのに、なぜか町のど真ん中にある。東京の人は、あれが気にならないのであろうか。私は気になって仕方ないが。幸い、大阪のド真ん中には、大阪城しかない。あれは、一応、お城の形はしているが、実は、鉄筋コンクリートだし、まあ、中に展示物もあるが、なんというか、観光スポットというか、ほとんど商業施設のようなもので、誰でも金さえ払えば入れるものである。どうせ大阪の観光スポットというのは、あとは「通天閣」とか「グリコの看板」とかこれまた商業施設ばっかりである。

こういう町だが、どういうわけか、私はまた、失望もしない。これも「ええかげん」なせいかもしれない。「とりあえず、今日がんばっといたら、ほんでええがな」

しかし、思うに、大阪にヨソ者がいないのは、おそらく「大阪人」にとって「大阪」というのは、数年いるとたいていは「伝染してしまう」と考えられているからである。少なくとも多少の「免疫」がないと住み続けるのは難しい。だから、あまりヨソ者かどうかは意味がない。そして、一度、免疫を持ってしまった人はその後、どこへ行っても、おそらく一生持ち続けるだろう。だから、その作家さんがいくら失望して東京へ引っ越しても、たぶん一番の保菌者であることは間違いないのである。


04/29/2005

伏線の面白さ

4月28日(木)
午前中、事務所。明日は休みだし、4月中に法人申請の書類の修正をしようと思っていたけど、とうとう無理だった。午後からは非常勤講師。
今日の参考作品は『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』。講義でとりあげたので、今日だけで3回見る。ちなみに、先週は『ウォレスとグルミット〜ペンギンに気をつけろ〜』。一応、アニメだし。しかし、講義でとりあげる作品は、どれも数十回見る作品だけど、何度見ても「こんなシーンあったっけ?」と思う部分があるなあ。作った人はものすごい労力をかけてるだろうけど、見るのは数十分だしね。

映画を作る労力にくらべれば、小説を書く労力は少ない気もするが、小説を書くのだって、書く時間はものすごくかかるけど、読む時間はアッという間。面白ければ面白いほど消化するスピードが早いし。けど、料理だってそうだもんなあ。手間ひまかけて、食べるのはほんの数分だったりして。もうちょっとゆっくり味わって欲しいなあ、とか思うけど、おいしそうな顔を見ると、まあ、いいか、なんてね。

うちの小説講座の生徒さんたちはレベルが高いので、こういう質問はあまりないけど、専門学校の若い生徒さんに「伏線って何ですか」と質問されて、説明するのにちょっと苦労する。すごく若い人だと、たまに、どこに「筋」があるのかさえわからない人もいるので、伏線を説明するのはちょっと大変です。その話を前に小森先生にしたら、「アニメなら、話の中で『気のせいだよ』というセリフが出たら、それは絶対に気のせいではない、そこが伏線」と言われました。うーん、わかりやすい。でも、それでもたぶん、ピンと来る人と来ない人がいる気はするな。

私も、最初「伏線って何だろう?」ってずっと思ってましたね。何だかわかったようなわからないようなボンヤリした感じだった気がする。最初にはっきり認識したのは、やっぱりミステリだったんでしょう。「伏線」で思い出すのは、リレー小説の『堕天使殺人事件』。ミステリ作家11名が「打ち合わせなし」で次々にミステリ小説をリレーで書くという、ちょっとムチャクチャな面白い企画だった。11人もの作家が好き放題に話を展開する『堕天使』は、「ひとつの小説」として見ると、こんなめちゃくちゃな話はないって感じで、そのむちゃくちゃさがすごく面白かった。前に書くミステリ作家さんが、「ここが伏線だよ」という感じで書いてある所があるのだが、後続の作家さんは、わざと「いや、わかっているけど、そこは拾わないよ。こっちを拾ったもんね」なんて感じで、やりやっていて……いや、これのおかげで、ミステリ作家さんたちが伏線というものをどういうふうに利用するのか、ちょっぴりわかった気もしましたね。ま、ミステリ作家という人種は、性格が悪い人たちばかりだということもよくわかりました。あと、リレー小説のオススメは『前夜祭』。むちゃくちゃさはそれほどありませんが、小説としては読みやすくて、ラスト2人の作家さんたちが「ぜーったい全部ぜんぶ拾っちゃうからね」っていう所が面白いです。

ミステリだとトリックもあるので、伏線はもちろん重要だけど、私には、映画で「先にちょっと出しておく」って感じのが面白い。印象に残っているのは『アパートの鍵貸します』(ビリー・ワイルダー)。伏線ってほどではないのかもしれないけど、どんなささいな小物でも、必ず先に見せておくってのがすごくいっぱいあって2度目の方がずっと面白かった。やっぱり映画も小説も、一度目は話に夢中だから、どこが伏線かだなんて考えないけど、重ねて見るようになると、そういう所が面白くなってくる。どちらかというと同じ作品を何度も見るよりは、いろんなものを見たい方だけど、やっぱり何度見ても面白いという作品はけっこうあるな。

だから、私も、あいかわらず「伏線」って何か本当はよくわからないんだけど、どうやら「あった方が面白い」ってのだけは、何となくわかる気がする。

04/28/2005

何気ない日常

4月27日(水)
朝、かんべ先生のラジオ番組。朝はなんだかんだで忙しく、あいかわらずゆっくり聞くヒマがない。先生自身は、すごく慣れた感じで、とっても聞きやすい感じ。今日の話題はまだ年齢が近そうな話がいくつか。いつもは、ちょっと世代的についていけない話題が多いけど。メインが団塊世代のせいか、たまにピンときにくい話題ばかりの時もある。20歳違うというのは、こういう感じなんだなあ。いつも専門学校で講議する時、20歳年下の生徒さん相手なんだけど、たぶん下の世代からの方が違和感がある。わかる部分もあり、わからない部分もあり。興味深いけど、共感しにくい部分もあり。

しかし、ちょっと考えてみると私くらいの年齢の主婦は、朝、何を聞いているんだろう。他のチャンネルだって、別に子育て世代に合っている感じじゃないしな。やっぱ、ラジオじゃなくて、テレビなのかな。まあ、私も、職場ではFM802だったし、家ではAMラジオは語学講座の専用だったが。

事務所へは出勤できず、外出やら自宅にて仕事。テレビをつけっぱなしにしているのは、列車事故のニュースを見るため。専門学校の講義のためにビデオ屋さんまわり。


04/27/2005

デザイナーは、なぜいつも黒い服を着るのか

4月26日(火)
今日は、お手伝いスタッフKさん。所用でちょっと遅れて、さらに電車を乗り過ごす。ぼおーっとしてて、乗換駅で降りるのを忘れたのである。さらに帰宅時にも、また地下鉄でうつらうつら、目が覚めるといつも降りるはずの駅で、「あ」と思った瞬間にパシンとドアが閉まってしまう。うえええ。一日のうちに、一度ならずも二度までも、地下鉄を乗り過ごすとは……と思ったが、ひとつ向こうの駅に「自転車」を置きっぱなしだったことを思い出し、一駅分乗り過ごしてもいいのだとホッとする。徒歩だと一駅早めに降りる方が近いのだが、この駅は自転車置き場が有料なので、自転車の時は一駅先の駅に止めておくのだ。(しかし、昨日の事故のせいか、気のせいか何だか前の方の車両だけがすいているような)

ま、とにかく一日に二度も乗り過ごすという「不名誉な記録」は作らないで済んだ。でも、実は、駅に自転車を置きっぱなしだったのも、昨日、自転車で来たのを忘れて徒歩で帰ったから。これだけ眠いのは、花粉症のせいである。どういうわけか、日中は平気だが、夜は鼻水が止まらず、あまり寝つけない。でも、なんか花粉症のせいだけではないような気もするな。

黙っていると寝てしまいそうなので、またまたKさんとおしゃべりしながら、秋までの講義確認など。Kさんはしっかり者なので、こういうチェックは頼りになる。でも7〜9月は作品実習がメインなので、予測がつきにくい。今年の第7期は、作品提出率がやや悪く、最近は出席率もあまりよくないので、ちょっと心配。専攻科もどんな作品が提出されるか、予測がつかないしなあ。そろそろ誰か新人賞とかとってくれないかなあ。実力はあると思うのだが、慎重すぎる人が多かったりして、なかなかコンクールに応募しないのである。

先生によっては、「公募に作品を送るのもプロの始まり。何がなんでも締切に間に合わせるぞという気持ちを持たないとダメ」と言う。まあ、「もう少し直せばよくなるかも」と思う生徒さんの気持ちもわかるが、職業としてプロ作家をめざす気なら、確かに「締切」を守るのはかなり大事なかもしれない。考えてみれば、作品というのは、人に見せなければ、それは存在しないのと全く同じことである。たとえヘタな作品でも、出さない作品は社会的に見ればゼロだから、たとえ30点でも出しておく方がいいと思うが、さてどうだろう。「もっと上手に仕上げて、来年がんばろう」と思っていたら、いつまでたっても出せないということになりかねない。それよりは、今年、30点をとって、来年、また別の作品を出して、60点をとればよいのである。たとえ不合格でも、30点アップしていれば、もしかすると下読みの人は「じゃ、この次にはもっとよくなっているだろうな」なんて思ってくれるかもしれない。コンクールの下読みの人は、けっこうどんな作品でもがんばって読んでくれるものである。そしたら、次は80点とれるかもしれないじゃないか。

かなり以前の話だが、ある時、知り合いの若い男性が「今は公務員をやっているが、ホントは、DTPデザインでプロになりたいから」と言って、自信作を持って来て、かなり強引に仕事をさせてくれと言って来たことがある。その時は、他のデザイナーに頼もうと思っていたが、あまりに熱心だし、彼の作品レベルも高いようだったし、たまたま制作時間もたっぷりあったので、「とにかく一度やってみて、使えそうだったら、採用してあげる」と言い、しばらく待ってみることにしたが、はたして締切を過ぎても全く持って来ない。連絡すらして来ない。こっちからメールしたら「もう少しだけ待って下さい」と言う。しかたなく2〜3日なら待つと言ったが、一週間過ぎても連絡もなく、結局、もともと頼もうと思っていたデザイナーに依頼を出して、「もう要らないから」とメールしたら、返事が来て、「やっと完成したから持っていこうと思っていたのに、どうして勝手なことをするんですか!」と怒っている。

「もう少し待って下さいって言ったでしょう」と怒っているので、「いや、でも一週間も待つとは言ってないよ」と言ったら、「そりゃ、2、3日でも出せたかもしれませんけど、完成度を高めるためにボクはがんばってたんですよ」と言う。
これも気持ちはわかるが、これではプロとしては使えない。少なくとも、私ならこういうヤツとは一緒に仕事はしたくない。こういうことを平気で言えるのは、プロじゃなくアマチュアだけである。もしかすると「妥協せずに完成度を高めるのがプロ」だと思っているのかもしれないが、締切がある場合は必ずしもそうではないのである。広告の仕事では、たとえ私が待ったとしても、クライアントは待ってくれない。クライアントだって待ちたくても、取引先や競合企業が待ってくれない。広告ビジネスでは「締切」を守るのは絶対である。どんないい作品を作ろうとも、これではダメである。使えないものは使えない。

まあ、アマチュアはアマチュアのよさもあり、もし自分自身の満足度とか、完成度を優先したい場合は、そちらの方がいい場合もあるわけで、そういう場合は、無理にプロになろうと思わない方がいいような気がする。小説志望やイラストレーター志望なども同じで、もし自分の満足度を優先したいなら、別にプロじゃなくても小説や絵は書けるのだから、それでいいのではないかと思う。ちなみに、この人は、この後、高額なデザイン学校の夜間部にも通ったあげく、「なかなか世の中が才能を認めてくれない」と嘆いているらしい。おそらく技術やセンスは充分あるのだろうが、私はむしろ考え方をほんのちょっと変えた方がいいような気もする。まあ、彼は、今も公務員を続けているらしいから、別にそれはそれでいいのかもしれない。でも、完成度ばかりを重視するとこういうことになりかねない。でも「なかなかプロになれない」「認めてもらえない」という人の中には、こういうちょっと勘違いした人は案外多いような気もするのである。

最近、HPデザインとか、DTPデザインとか、アプリケーションソフトさえ使えればけっこう簡単にできるようになって、プロ志望の人が増えてような気がする。コピーライターをやっている私の周囲にも、ずっと主婦をやっていて最近パソコンを習ったとかで、たまに「仕事ない?」とか言って来る人がいたりする。しかし、広告デザインの場合、よほど作品がよくても、まあ、まず現場では絶対にこういう人は使えない。よくあるのが、印刷技術をほとんど知らないために、デザインとしては見栄えがよくても、コストや手間がかかること。あとは、臨機応変にデザインの提案ができないこと。しかし、この辺ならば、初心者だから経験がないのである程度しょうがないのだが、一番困るのは、締切を守れないことである。さらに、広告デザインの場合、たいてい修正がむやみに多いので、やはりプロ意識がなければそのうちヘタってくる。仕事なのに途中で逃げ出されてしまうと、一緒にやっている方はたまらない。正直に言うと、逆にこっちさえできれば、ある程度は技術的にヘタな人でも何とか一緒にやろうかなというのはあるのだが、やっぱりこっちができない人が圧倒的に多い。やる前はすごくやる気もあって、威勢はいいのだが、すぐにヘタばってしまう人が多いのである。

ある意味、広告屋というのは、食うか食われるかの激しいビジネス社会の競争の中で、いわば「外人部隊」として雇われているような存在である。企業活動の中では、顧客に対する営業は、戦場に例えれば「ほとんど最前線」に近いところで行われているようなものだし、広告は、所詮はメディアを使った営業なのだから、すごく厳しい環境にあることは確かである。だから、締切を守るというのは、クライアントへの信頼もあるし、他にもかなり色んな意味がある。

その広告業界で、どうしても長時間勤務になるのは、間違いなくデザイナーである。プロのデザイナーで、徹夜経験がないという人は、まあ、ほとんどいないだろう。(ちなみにコピーライターは、深夜帰宅は多くても、徹夜というのはほとんどない。だいたいデザイナーの方が長時間勤務である)
たまたま今日も、スタッフのKさんに「デザイナーがいつも黒い服を来ているのは、黒が保護色だからだ」としゃべったら驚いていたが、あれはたぶんホントである。私も広告業界に入った頃は「なんでデザイナーは皆、黒い服を着てるんだ?」と思ったが、あれは、実は「保護色」だったのである。デザイナーでも、アシスタントじゃなくて、チーフとかアートディレクターというような肩書きがつくようになると、クライアントに打ち合わせに行ったり、急に会議に呼び出されたりということがある。デザイナーは、どうしても服装でもセンスのよしあしを判断されてしまうので、やっぱりヘタなファッションをすることはできない。でも、残業が多かったりして、服を買いに行くヒマもなく、そうなると結局、どれをどう着合わせても無難で、そこそこ「デザイナーっぽく見える」黒い服をつい買い込んでしまう。そうすれば、ヘタすると徹夜で2日くらい同じ服を着ていても、ジャケットをはおって行けば何とかなるのである。いつも黒ければ、組み合わせに苦労することもなく絶対にバレない。多少、汚れても大丈夫。だから、黒服は保護色なのである。(あ、ヒゲを生やしている人のが多いのもそのせいか?)

考えてみれば、ちょっと悲惨な気もするが、これもそれも、広告ビジネスでは「締切」を何が何でも絶対に守らなければならないからである。広告では、どんなに手早く、段取りよく仕事をしようとしても、クライアントの都合があるから、どうしたってキツイ締切は避けられない。広告デザイナーに徹夜が多いのは、こういうわけである。だいたいクライアントは、普通の企業だから、普通は昼間に会議をする。重役会議などは午前中にあることが多くて、そこで「今度の新商品キャンペーン案」にいくつか社長から注文がついたりなどすると、それを広告部長とか企画部に伝わって、昼から広告代理店の営業マンやディレクターが呼び出されて打ち合わせや会議をし、それを受けて、夕方から、コピーライターやデザイナーなどが打合せをする。(あるいは印刷会社が加わって、いつまで締切をのばせるかとか)となると、実際にデザイナーが修正をはじめるのは、やっぱり夜からになってしまうのである。

で、「商品の展示会の日も近いし、社長が明後日からアメリカ出張だから、どうしても明日までに修正案を出してくれ」なんてことを言われてしまったりすると、当然のように徹夜になるのである。幸い、コピーというのは、絶対にデザインよりは早く作業が終わるものなので、コピーライターはあまり徹夜はないけど、デザイナーはどうしても物理的な作業量が多い。昔は、パソコンではなく、写植文字を貼ったりしていたので、たまに締切前の修羅場では、私もカッターナイフで切って貼ったり、写真のトリミングを手伝ったりしたものだが、今は、全部パソコンなので、個人作業が増えて、あいにく他人が手伝えることは少ない。しかも今、デザイナーが使う「イラストレータ」などのMacソフトは、案外、個人的な操作のクセが出るものなので、たとえデザイナー同士でも他人が作ったファイルを修正するのは嫌がったりする。だから、やっぱりデザイナーは徹夜が避けられないのである。

そこまでしても、それでも守るのが「締切」である。思うのだが、もし目の前に、急にめちゃくちゃお腹がすいている若者がいたとして、あなたならどんな料理を作るだろうか。私なら、何もなくても、なんとか冷蔵庫にある残り野菜クズを集めて、手早くチャーハンか何か作るだろう。なければインスタントラーメンでもいい。腹が減っているのなら何でもいいだろうが、何か手早く、自分のできる限りのものを作ってやると思う。時間があれば、ゆっくり買い物もして、いい食材を選ぶこともできるが、腹が減っている相手のことを考えれば、ありあわせでも何だって仕方ない場合だってある。彼は私を頼ってうちに来たんだし、空腹よりはましなんだから。

もしかすると、プロ意識というのは、色んな条件がある中で、その中でできる限りの力を発揮して、誰にも負けないようにがんばることじゃないかなと思う。プロの料理人だって、単に料理がうまく作れるというだけではなれない。お客さんが一度に何人も来店してきても、できるだけ長く待たせず、手早くきれいに作ること。手に入る限りの食材で、何とか安くうまく調理し、日によっては、たとえバイトが一人突然休んでも、なんとかサービスを低下させないように努力しなければならないのである。そして「他の店じゃなくて、いつも私の店で食べて下さい。どんな悪条件があっても、なんとか努力します。決してがっかりすることはさせませんよ」と考えるのだ。
これは、たぶんプロの意識の問題であって、技術の問題ではない。いくら技術があったって、たぶん、このプロ意識がなければプロにはなれない。逆に言えば、プロ意識さえあれば「目の前のお客さんに何とか喜んでもらいたい」という気持ちがあるのだから、技術なんてものは後からいくらでもついてくるのではないか……なんて思うのである。

小説だって、プロ作家だってサービス業なんだから、もしプロになる気なら、多少のプロ意識は必要なはずなんじゃないだろうか。もちろん、アマチュアならアマチュアでも書けるんだから、みんながプロ志望じゃないといけないというのではないけど、もしプロ作家志望なら、ちょっとだけでいいからプロ意識について考えてみてもいいかもしれない。そりゃ、技術を磨くのももちろん大事だけど、ちょっと見方を変えてみる。自分の手元ばかりを見ないで、とにかくお客さんの方に顔をちょっと向けてみる。技術がなくても、たとえヘタでも、お客さんが自分の作品で喜んでくれている場面を頭の中でしっかりと想像していれば、どんな苦労でもきっと乗り越えていけるんじゃないかな、と私は信じている。お客さんはあなたを待っているのである。

そうさ、ヘタだろうが、何だろうが、あるものでいいから、何か早く食わせてくれ。
……ってことで、ゴールデンウイーク明けの作品締切を楽しみにしております。専攻科の皆様。

04/26/2005

列車事故が起きた日

4月25日(月)
日月は、小説講座の事務所はお休み。
午前中は、私用で外出。昼食後、地下鉄に乗ると前の人が新聞を持って熱心に読んでおり、何気なく見たら、列車事故のニュースが大きく載っている。「えっ?」と思って、ケータイ(オペラ搭載のPHS)で確認すると、尼崎で大きな列車事故が起きたらしい。考えた末、1時間半も早いが、夕方から非常勤講師をやる某専門学校へ。

講師控えのスペースの所に、いつもは置いていないテレビがつけられていた。見ると、いつも見慣れている車両がめちゃくちゃにつぶれている様子が映像に写っており、あらかじめ文字の情報で知っていても、ちょっとショックで頭がクラクラする。それを見てから、ふと一瞬、冷や汗。アレ、これって弟が通勤に使う路線? シフトが変わるので出勤時間は知らないが、方向は逆だし、とにかく彼は月曜日が休みのはずだったと思い直す。しかし、これだけ近い場所だと誰かに被害がある可能性がある。もしかすると東京の人はわからないかもしれないが、このあたりは、兵庫県と言っても、大阪まで電車でほんの5〜10分の所なのである。
事務の方も事故を知ってから、大あわてで、生徒名簿で通学路線などを必死で調べて、全員の確認をとったそうで、私が行った時にはすでに生徒の確認はとれていた。誰も影響はないらしいということ。ただ、講師の一人が5両目に乗っていたそうだ。怪我などの影響はなかったらしい。

しかし、阪神大震災の時もそうだったが、これだけ近い所にいても、現場にいない限り、何か起こったらしいと気がつくのは、テレビやラジオ、新聞(ネットもあるが)が報道してからである。どんな大惨事が起きていても、報道してくれなければしょうがない。ただ、報道された時に気づくのだから、おそらく東京にいても同じ程度の情報しか得られない。だが、逆に現場にいたとしても、たぶん何が起こったかというのはちゃんとはわからない。あまりに近くにいれば、全体も見えないし、ヘリコプターからの空撮をテレビで見て、のんびり解説者の見解などを聞いているヒマもない。確か、震災の朝も、もちろん地震だということはわかっていたが(揺れたから)、でも、何があちこちで起こっているか、さっぱりわからず、おびただしい数の救急車や消防車がサイレンを鳴らしながら、いつまでもひっきりなしに神戸の方へ向かっていくのを「一体、何が起こっているんだろう」と聞いてただけであった。大阪ではほとんどの路線で昼近くまで電車が止まっていたため(地下鉄と京阪は普通に動いていた)、学校も休みになるし、仕事にもならず、電話も通じず、大阪ではほとんどの人が家で、ただテレビを見るしかなかった。あの時、バイク便をしていた弟が救援物資を運ぶために、地震直後にバイクで走ったそうだが、「大阪から行くと、急に『別世界』になっていた」と言っていた。ほんの近くでも別世界である。

いずれにしても、この路線を利用している人は、おそらく全員が震災でも影響を受けている人ばかりだろうと思う。あまり近すぎて、本当は報道を見る気力さえないのだが、でも誰か知人が乗っているんじゃないかと心配で、ハラハラしながら見てしまう。見ている間に死者の数ばかりが増えていく。

気を取り直して、講義2コマを行って(今年度の初講義。全員出席)9時過ぎに帰宅。どんな大惨事がすぐ隣で起きても、こちら側ではいつも通りの日々である。亡くなった人と助かった人。ほんの少しの違いのはずなのに。
家に戻ると、さっき帰ったばかりという夫が、遅い夕食を食べながらやはり新聞を見ていた。今日は、子供たちは祖父母の家で夕食を食べたのだが、「ママ、マンガを見てても、テレビ(画面)の上の方にな、いっぱい電車でケガした人の名前が出るねんで」(どうも12chらしい)と、まだ起きていた。「ママ、ケガやったら治るかも知らへんけど、死んじゃったら治らへんやんなあ」とまだ幼い子供たちもさすがに不安そうな様子。夜、まだひょっとして、誰かから突然電話がかかって来やしないかと不安になりつつ、早めに就寝する。

04/25/2005

夏野菜、木苺、竹の子、ミステリー

4月24日(日)
日曜日は、小説講座の事務所もお休みです。
天気もよく、弁当を持って、鶴見緑地で昼食。帰りに、植木市をのぞく。花はもういっぱい植えたが、白とピンクのつるバラを衝動買い。あとは、夏野菜の苗を買う。ナス、きゅうり、トマト、パセリ。うちには、庭土がほとんどないので、全部プランターだから、どうせ1〜2本ずつだが、夏野菜の苗があると「初夏」という感じがする。冬の間は、ネギとニラしかないからなあ。
息子が、2mもあるひょろひょろした木イチゴの苗をえらく気に入って欲しがったので、800円という値段だったし、買ってみる。でかいので、自転車で持って帰るのにフラフラ苦労した。イチゴなら何度か植えたことがあるが、木イチゴは初めて。「鉢でも大丈夫ですよ」と言われたけど、ちゃんと食べられる実がなるんだろうか。

帰宅後、ポストに芦辺拓先生からの献本が届いているのを発見。『三百年の謎匣』(早川書房)。
夕食後、竹の子10個(子供たちに皮をむいてもらったら、すっかり小さくなってしまった)を煮ながら、一気に読了。海賊、秘境探検、西部劇……6個のお話がはさまった超豪華なサンドイッチミステリ。(そんなジャンルがあるのか?)。どうもごちそうさまでした。

04/24/2005

漫才作家と漫才ミステリの夕べ

4月23日(土)
午後から事務所。夕方から自転車で移動して、小説講座の講義。
天満橋のエル大阪に着くと、一階ホールにいつもの中華料理店のオッサンがいて、掲示板をながめていた。「アンタ、ジテンシャ。ゲンキネ、ウンドウイラナイネ」。この店長は、時々こうしてエル大阪まで来て、掲示板をチェックしてお客が来るか読んでいるのである。まったく油断ならない。

掲示板を見ると「演芸作家協会」の掲示があった。「あれ、演芸作家協会の月例会は、最近はずっと『大阪シナリオ学校』のワークルームを借りてやっているはずなのに」と思ったが、4月なのでたぶん年次総会で人数も多いのだろう。お笑いの関西を代表する漫才作家、新喜劇作家さんたちが一堂に集まるのである。折りしも、こちらの講義は、日本一の漫才ミステリ(そんなジャンルがあるのか?)で有名な『しゃべくり探偵』で知られるミステリ作家の黒崎緑先生である。

黒崎緑先生は、今回もかわいいベティちゃん柄のファッションに身を包み(私はいつもファッションチェックをするのが楽しみ)、ミステリだけでなく、プロット、キャラクター、描写などエンターテインメント系の小説の書き方をわかりやすく講義。毎年、「わかりやすい」「小説を書いてみたくなる」「やる気が出た」と生徒さんたちの人気も高い講義である。

講義終了後、いつものように先生と生徒さんとで中華料理屋へ。予想した通り、先に「演芸作家協会」の皆さん十数名が桟敷を占領。大阪シナリオ学校の関係者が多いから、ほとんど顔見知りである。こちらはテーブル席で十数名。黒崎先生に「あちらは、関西を代表する漫才作家の先生たちですよ」と耳打ちすると、面白そうにのぞいていた。ビール片手に、こちらは漫才ではなくて小説談義。

ところで、「漫才台本」は、あたりまえだが、漫才コンビが演じて初めて「笑い」となるように書かれている台本である。漫才コンビは、テンポとか、口調とかそれぞれ違う。また、漫才というのは、半分ファンタジーだが、半分は実話風である。つまり、既婚者だと知られている漫才師が、「独身で寂しいから合コンに行った」などというネタはまず演れない。でも、朝起きたら嫁ハンがゾウだった、なら演れるかもしれない。半分ウソだが、半分はホントで、そこを行ったり来たりする。だから、ベテランの漫才作家さんは、テーマ性や話題性などとともに、漫才コンビの個性、演技力なども計算して、きちんと構成して台本を書く。思いついたギャグだけを書いているわけではないのである。だから、演芸台本科では、生徒さんも漫才台本は「演者指定」で書くのが普通である。

しかし、面白い漫才をそのまま文章に書けば、面白い文章になるかというと、これは全然ムリである。もともと関西弁そのものが、文章に書くのはかなり難しいのである。うちの小説講座は大阪にあるから、生徒さんも小説の中で「大阪弁」を書いてみたいという人が多いのだが、これは一度やってみるとわかるのだが、けっこう難しい。テンポとか、イントネーションとか、書ききれないことも多いし、出版される小説は、大阪だけで読まれるわけではなく、全国の人が読むわけだから、その辺りもある程度、計算して表現しなくてはいけないのである。

漫才というのは、漫才師さんの演技、微妙なテンポやイントネーション、つまり「間合い」というヤツなどにものすごく影響されるものである。落語なんか聞くと、ほとんど同じ台本を使って演じているのに「落語家さんによって、全然違って聞こえる」なんて経験があるはずだが、そういう場合は、お客さんが笑うポイントも微妙にズレているのである。漫才も、同じコンビが、同じネタで、同じように演じていても、ウケる時とウケない時があるくらいである。

ところが、小説だと、これらを全部、文章だけでコントロールしなくてはいけない。だから、文章で笑わせるのは、かなり大変なのである。ドラマでも、一般的には泣かせるより、笑わせる方が難しい。以前、シナリオライターの小松江里子さんに、「書き慣れたシナリオライターなら、泣かせるのはけっこう簡単」だという話を聞いたことがある。どうも泣かせどころというのがあるらしい。だから、笑わせる方が難しいのである。しかし、世の中の評判というのは、「泣かせる」話の方が高尚で、「笑わせる」ような話は低俗だというイメージがある。まあ、小説なんかはその典型で、もしも「ゲラゲラ笑って、涙がちょちょ切れた」という作品があれば、かなり低俗な作品だと見なされる可能性がある。しかも、書くのはかなり難しい。こういう小説を書く人は、かなりソンである。労多くして、幸少なし。もしかすると、そんなものを書こうというヤツは、ただのアホかもしれない。
だが、長く続く不況、環境問題、終わらない民族紛争……。そう、人類は必ず生きていく上で、笑いを必要としている。人生には笑いが不可欠なのである。笑いは、世界を救う。もっと笑いを!

生徒の皆さんにも、世の中を明るくするために、たとえ周囲からバカにされようとも、アホな努力を続けてもらいたいものである。


04/23/2005

子育ては、小説を書くのに役に立つか?

4月22日(金)
午前中、事務所。
午後からちょっと失礼して、本日は、学校参観日である。
仕事を持っている親にとって、この小学生の参観というのは、けっこう大変である。
なにせ金曜、しかも1時50分開始。普通、企業に勤めていると、土日休みなら、たいてい金曜が一番忙しい。そう簡単に午後から早退できようはずがない。2学期は、日曜参観がある場合が多いが、今日のような金曜の参観の場合は、さすがに父親の参加は少ない。(あちこちのぞいたら、クラスに平均2人くらいが父親だった)。
しかし、何とか参加できたとしても、うちの場合、子供が3人いるので、40分の授業の間、3つの教室を走りまわるハメになる。今年の教室は、同じ校舎の二階と四階、隣の校舎の三階だが、渡り廊下があるのでまだましだった。去年は、コの字に並んだ校舎の端から端だったので(しかも上の階)、時間短縮のために運動場を横切ったりすると、雨の日などはエライ目にあったものである。びしょびしょになりながら、ハアハア階段を駆け上がるのだ。そうさ、母親業もけっこう大変なんだわさ。

とにかく子供がいるおかげで、毎朝6時前には起きなければいけないし、夜中におねしょで起こされたりする。毎日、山のように買い物をして、山のような食事を作り、山のような洗濯モノを干さねばならない。あまり多いので、私はたまに洗濯物を干してから数を数えてみることがある。(数を数えるのは、ただ達成感を味わうためである)。今朝は、73点。そのうち靴下が12点(12足)。毎日洗濯しているはずなのに、人間の足の数と合わないのは、子供たちが毎日どっかに隠しているからである。土日はさらに洗濯物が増えるので(学校から体操服やら、給食エプロンやら持って帰るから)、洗濯機がパンクしないように、私は、前もって金曜日の朝に「家宅捜索」をすることにしている。そうすると机の下や押し入れの隅から、汚れたハンカチやシャツ、靴下、ひどい時は濡れたパンツを発見することもある。恐るべき子供たちである。だから、金曜日は洗濯物が多い。土日は100点前後になることもある。だから週末、雨が降るとかなり悲惨である。もし日曜日に私に電話をかけて機嫌がとても悪いなら、たいてい雨だからである。これでも、下の双子の娘たちが赤ん坊だった頃、保育所に持っていく布オムツだけで40〜50枚ほど毎日干していたことを思うと、まだずっとラクなのではあるが。

このように子育てというものは、とても手間がかかるものである。よく「子育てはお金がかかるから大変」というが、お金なんぞは、なければなくても何とでもなる。私だって、最初から三児の母だったわけじゃなくて、「好奇心もあるから一人くらいは産んでみよう」くらいのノリで一人産んで、二回目は「ありゃ、また妊娠しちゃったよ」と思ったら、それが双子だったというだけである。その頃、亭主にはずっと定職がなく、ちょうどバイトも週二回しかないというほとんど失業状態だったので、さすがに双子の妊娠にはビビったが、私の友人には四児の母がいて、「大丈夫、あんたトコは、うちより一人少ないやろ」と言われたので、心配するのは止めることにした。案ずるより産むが易しである。この人は、19歳で結婚してずっと働きながら、亭主を大学に行かせ、彼が司法浪人だった間に上の3人の子供を産んだという肝っ玉母さんで(今じゃ、そのご亭主がやり手の弁護士としてバリバリ稼いでいるらしいが)、当時は「自慢じゃないが、保健所でミルクもらってた」らしいのである。(非課税所帯なら、保育所で粉ミルクがもらえるのだ)。とにかく金はなくても、子は育つらしい。赤ん坊は、自分の「食い扶持」を背負って産まれてくるもんだそうだ。

だが、金はともかく、手間だけは確かにかかる。さて、この手間のかかる子育てが、コピーライター稼業に役に立つかというと、もちろん何の役にも立たないのである。そりゃ、育児グッズなどの広告の仕事が来れば、ちょっとは役に立つかもしれないが、世間の男どもが知っている通り、育児というのは直接には仕事の役にはまったく立たないのである。とくに女性の場合、小さな子供がいるのはビジネス社会では完全に不利である。私などは、フリーランスのコピーライターなどやっているので、勤め人のように守ってくれる組合もない(一人目の時は勤め人だったが、やっぱり組合などなかった)。だから隠しているわけではないが、よほど聞かれない限り、仕事先では子供がいることは自分からはまず間違っても言わない。なにせ会社の重役などという人々は、たいてい年配の男性だし、保守的な考えの方が多いのである。口では女性の社会進出とか言いながらも、既婚女性というだけで警戒する。実際、ある程度しょうがない面もあるし、世の中のオジサンたちの考え方を全部変えてまわるわけにいかないので、これはどうしようもないのだが、幸い、こういうオジサンたちは、仕事上で、女性を「女の子」「キャリアウーマン」「パートのおばさん」の3種類にしか分類しないから、初対面の時に、うまく「キャリアウーマン」に分類されるように見せられれば、あとは大丈夫である。一度「キャリアウーマン」に分類されれば、あとで子持ちだとバレても、なぜか悪い方に大きく印象を変えられる心配はまずないのである。

いずれにしても、私の場合、子育て経験は仕事の役に立たないばかりか、百害あって一利なし……とは言わないものの、がんばっても、ま、一利かな。残り九十九里、まず邪魔にしかならないものである。だが、そもそも「仕事に役立つから子供を作る」というような人はいないのであって、それはそれでいいのである。子育ては、仕事に役に立つものではなくて、せいぜい「面倒だけど、いた方が面白いかな」「何だかちょっと人生が豊かに感じられるかなあ」という程度のものだ。そう考えるくらいが丁度いい気がする。確かに手間も金もかかるが、どんな趣味だって手間も金もかかるんだから、何か趣味を一つ持ったくらいだと思えばいいのである。子育ての意義とか責任とか、あまり真面目に考えすぎるよりは、その方がずっと気がラクである。

小説を書く場合だって、たぶん同じだろう。小説を書くのに、子育てはたぶん役には立たない。コピーライターのように不利になったりしないだろうし、少しくらいは役に立つかもしれないが、だいたい、あたりまえだが、「小説を書くのに役にたつから、子供を産む」という人はいない(いや、いるかもしれないが)。作品の種類によっては、まったく関係ないだろうし、実際、小説家という人種は、想像力も取材力もあるから、たとえ書くとしても、子育ての実体験くらいは、なくてもどうせ何とかなるのである。

ところが反対に、小説は、子育ての役にたつ。
これは、ホントである。もちろん「育児エッセイ」なども直接的に役に立つが、小説は、子育ての助けになるんである。私の場合、2度目の妊娠は双子だったせいで、7ヶ月過ぎるとすっかり「絶対安静」と言われてしまい、一人目の時は出産ギリギリまで働いていたくらいの「仕事人間」である私は、すっかり退屈してしまい、テレビゲームばかりしてたらすっかり視力をやられ、結局のんびり読書するしかなかった。出産後は、夜通し泣く二人の新生児(赤ん坊は生後しばらく3時間おきに泣く……といっても双子なので、少しずつズレて泣くからほぼ1時間半おきである。まったく眠れない)が、いいかげんうっとおしくなってきて「二階の窓からポイっと捨ててみようかな」なんて思ったとしても、小説を読んでいるおかげで想像力が鍛えられてるから、頭の中で「血まみれの赤ん坊」を想像するだけで済むのである。そして、複数の子供がいる母親というのは、なかなか一人きりになれない。私も、子供が一人きりの時は背中におぶって、どこにでも出かけたが、さすがに双子の赤ん坊が加わってしまうと、ベビーカーもかさばるし、上の子もいるしで、ホントどうしようもない。だから、ちょっとした時間で、母親が一人っきりで気軽に、ニューヨークの摩天楼に出かけたり、火星に行ってきたり、戦場をのぞいたりできる小説は、本当に、育児の役に立つのである。

まあ、子供なんてのも、いてもいなくても、どうってことない。でも、ま、人生がちょっと豊かになるかもしれない。その程度のものである。小説なんてのも、読まなくても書かなくても、どうってことない。でも、ま、ちょっとだけ人生が楽しくなるかもしれない。その程度のものだと思う。
でも、ま、それはちょっとだけ嬉しいことで、生きていくのにちょっとだけ大事なことかもしれない……なんて、本当は、思っていたりする。

こうして3時に帰宅すると、子供たちは早々と友達と遊びに行ってしまい、また夕方まで仕事に出かけた私であった。(けっこう働き者?)

04/22/2005

小説講座は役に立たない?

4月21日(木)
午前中、事務所。午後から某専門学校の講師業。

ところで、「小説教室」や「小説講座」で検索すると、東京圏ではかなりいっぱいあるらしく、ネット上にもたくさんの意見や体験談が書いてある。中には「小説講座なんか通ってもムダ」なんて書いてあることもある。世の中、どんなものでも人によっては、ムダになる。生理用品だって、女性には必要だが、男性には要らないだろ。んだから、そりゃ、あたりまえだろと思うけど、「けど、この人、もともと小説教室に何を求めていたのかなあ」と思うような意見も目につく。

「小説教室なんかに通っても必ずしも作家になれない」というのは、まあ、正解だと思う。実際、通うだけでは、作家デビューはできないし、小説そのものを書いてもらうわけにいかない。作品は自分で書かないとしょうがないのである。うちの小説講座に入学する人のニーズは色々あるみたいで、今のところ、一応ほとんどの人が満足しているみたいだけど(そうよね?)、入学さえすれば「作家デビュー確実」なんてことはないことは確か。
ちなみに、うちの生徒でも、ほとんど書かない人がたまにいる。私は、入学前に「あれ、大丈夫かな」と気がついたら、むしろ入学しないように注意するくらいなので、そういう勘違いした人はほとんどないのだが、「私は絶対にプロ作家になります!」と言って入学して、短編一本書いてみて、「やっぱり小説を書くなんて面倒くさい」とあきらめるという人もいる。確かに、小説を書くのは手間も時間もかかるし、うちは入学審査もなくて誰でも入れるので、そういう人もたまにいる。ホントは全員がプロ作家志望じゃなくてもいいと思っている。小説なんか趣味と考えても、すごくお金のかからない趣味だし。「ある作家の熱烈ファンで、その先生に会いたいから入学した」という人もいるし、書きたくてもホントに仕事や育児で忙しい人もけっこういる。(大学生や定年後の人もいるが、20代後半〜40代くらいが一番多いのである)

それでもうちの講座に限って言うと、短編の前期課題は、平均95%くらいの提出率があるわけだから、ほとんどの人が入学後、なんらかの小説は書いていることになる。とくに手取り足取り教えるわけでもないけど、初心者でもなぜか小説の形になるのである。ところが、中編の後期課題だと7割くらいと提出率が下がってくる。で、一年たって卒業して、専攻科に進学する人はだいたい半分くらいになる。専攻科は過半数がプロ志望だし、作品も中編から長編になるのだが、400枚以上の長編になると、提出できる人がその中の2〜3割いればいい方という感じになるから、結局、最初入学した時点から、長編が提出できる人は1〜2割くらいしかいないわけだ。質はともかく、書き上げるのがそのくらいの割合。つまり、これまでの7年間で百人以上が入学した中で、長編まで書ける人は十数人。

結局、長編小説を書くという作業は、手間も時間もかかるけっこう大変な作業なので、仕事を持ちながら続けられる人は、入学した中のせいぜい1〜2割。しかも、長編を書こうとすると半年から一年くらいかかってしまう。今の出版業界では、短編で作家デビューするのは難しいから(雑誌に一回載ったくらいではプロとは言いにくい)単行本になるくらいの長さの長編が書けなくてはしょうがないのだけど、才能がどうのとかいう以前に、まず、小説を書くというのは、物理的に時間も気力もかかる作業なのである。(でも反対に、それだけ続けられれば、勝手にライバルは減ってしまうということなんだけどね)

だから、小説教室に入学しただけで、作家に必ずなれると思い込んでいる人は、学費をムダにしてしまうかもしれない。結局、小説は自分で書くしかないからだ。ただ、小説教室に通うことはいくつかいいこともある。プロのノウハウが聞けるとか、仲間ができるとか、プロ作家に会えるとか。そして、自分の作品のレベルが、どの程度か自分自身でわかるようになることだ。

当校でも、小さな公募をやっているのだが、集まる原稿の中にはまれに「ちゃんと真面目に書いてる?」と言いたくなるような作品もある。コンテストだから、入選をめざしているはずなのに、どうしてこんなヘンな作品を出して来るんだろうと思うような作品がたまに混じっている。よく公募対策などで「一枚目が大事」とかアドバイスが書いてあるけど、実際、ヒドイ場合は一枚目からひどい。大事とか、力を入れるとか、そういうレベルではない。そういう場合は、がんばって最後まで読んでも最後までひどい。

生徒の作品だってかなり読みにくいけど、実際、生徒作品でそこまでヒドイのは一度も見たことがない(「生徒は恋人」だから、生徒ならどんな作品だって平気なんだけど)。でも、他人の作品はひどいと正直なるべく読みたくない。だいたい意味がわからないんだから、文章の問題ではないのである。私は作家ではないから、どっちみち小説のレベルもわからないし、指導もできないんだけど、でも誰が見てもヒドイという作品は確かにある。

でも、相当ヒドイ作品を書いていても、本当はちゃんと指導してもらえば、うまくなるのは案外早いものである。一年くらいやれば何とか形になる場合がほとんどだ。もし独学で、長編の作品をもう何本も書いていて、コンテストに何度応募しても何年も一次選考すら通らない……という人がいたら、それはやっぱり信頼できる誰かに一度見てもらった方がいい。でも、ちょっと見てもらうと言っても、他人の作品を指導するのはすごく大変だし、もし直そうとするとすごく時間がかかるから、どうしても適当なことしか言えない可能性がある。だから、そういう場合は、どっか小説教室に入るのもいいんじゃないかな……と思う。まあ、どっか編集者が見てくれればいいんだろうけど、編集者だって忙しいだろうし。

ちょっと面白いのは、ネットなんかで「小説講座なんか何の役にも立たないから、独学が一番ですよ」などと自信満々で書いている人は必ず、作家デビューしたいらしいのになぜかできないらしいこと。なぜそこまで自信満々なのか、ちょっと興味がある。でも、その人のサイトに作品が載っていたとしても、あまり読みたくはないんだけど。

04/21/2005

三流コピーライターの地味な日常

4月20日(水)
昨日のんびりしていたせいもあって、経理作業とか、仕事がたまり、なんだかんだで事務所にはたどりつけず。通勤時間が片道1時間かかるので、あまりにも忙しいと事務所に入るヒマがないことも。募集期ではないので、電話がかかってくる心配はあまりないけど、他の曜日にも、誰か事務の手伝いの人がいてくれたら助かるんだけどなあ。

まあ、でも一日、自宅で作業できたので、かなり作業がはかどった。小説講座の関係の事務が半分、あとは広告の仕事、専門学校の講義準備など。
ところで、コピーライターという職業は、今も志望する若者がけっこういっぱいいるらしいが、一流の広告代理店に入れる人は少数だし、実際には、すべての広告を大手代理店のコピーライターが作っているわけではない。
だから、華やかなイメージだけを持っていたら、なかなか就職が難しいかもしれないが、広告がやりたくて、絶対にコピーライターになりたいなら、なれなくはないのである。私自身は、大学を卒業してから一度、外食産業に勤め、交通事故で身体を壊してから、大学の時の教授の紹介でコピーライター事務所に入ったので、最初からどうしてもなりたくてなったというタイプではない。正直にいうと、その時も、「君、失業中なら、ここ、バイト募集してるらしいよ」と軽く言われ、何の会社か知らずに行ってみたら、コピーライター事務所だったのである。だから、広告業界への就職の苦労を知っている訳ではないのだが、広告業界といっても、大中小、いろんな規模があるのである。電通、博報堂というような巨大企業は別だが、新卒の募集をしないような小さな代理店などもいっぱいある。だから、バイトで入って、中途採用されるという方法もけっこう多い。転職も激しいし。実際、以前にも書いたが、某映画配給会社の人が言うように「なるべくしてなる」というか、流されて来たという人がけっこう多いのである。

たまに知り合いから「コピーライターになりたい」という若者を紹介されて、仕方なく会って話をするんだけど、私の場合は、コピーライター事務所のアシスタントから、広告代理店、企画会社を転々としてフリーになったので、あまり就職活動のアドバイスもできず、テレビCFもほとんどしないから、あまりカッコイイ話もできない。だから、日頃やっている仕事を説明するだけになってしまう。まあ、一流のコピーライターなら、有名人を起用したり、キャンペーンを展開したりという華々しい生活だろうが、私は、二流か三流といったコピーライター業なので、どちらかというと地味で、ムダに苦労の多い日常である。日頃何をやっているかというと、まず一番時間的に拘束されるのは「打ち合わせ」である。クライアントとの打ち合わせもあるし、デザイナーやカメラマンとの打ち合わせもある。次に多いのが資料調べ。広告する商品のスペックとか、マーケティングデータとか、あとは競合企業の広告分析とか、顧客の調査など。日頃、扱いなれた商品だとだいたいわかるのだが、私は、販促キャンペーンとか、会社案内とか、なんだかんだで単発の仕事が多いので、あまり同じ商品を扱うというのは少ない。極端にいうと、一昨日はコンピュータ製品のパンフで、昨日は食品の企画書、今日は薬品のリーフレット、明日は化粧品の販売促進キャンペーンのコピー、明後日は「設計会社の業務案内」を作るみたいな感じになる。(なんでもやるというと聞こえはいいけど、単に貧乏ヒマなしですね)今はほとんど小説講座の事務にかかりきりなので、実際にはあんまりやってないんだけど。

だから、新しい商品が多いので、どうしても資料を読んだり、分析したりに時間がかかる。一番、時間がかかるのがターゲットの把握というやつで、なにせ専門家向けの商品とか、高齢者向けの商品とか、自分自身では日頃は使わない商品も多いので、使う人が何を考えているのかを理解するのに時間がかかるのである。まあ、私が化粧をあまりしてなくても、エステや化粧品なら、ターゲットの女性心理はなんとなくわかるのだが、年齢も性別も違う相手に対しては、持てる限りの想像力を駆使して、できるだけその人に「なりきって考えてみる」しかないのである。(ちょうど役者になったような感じかな)。何しろ「欲しがってもらわないといけない」わけだから、相手が何を考えているか知らないと書けないのだ。実は、コピーというのは、単なる文章じゃなくて、商品の送り手の魂を宿し、相手の心に直接語りかける呪文のようなものだったりする(だから実は、私はうまくコピーが書けると、なんだかちょっと巫女さんになったような気がする)。また、広告は、修正とか、やり直しがすごく多い(というか、ないというのはありえない)ので、それにとられる時間もかなりある。

つまり、実際、私のようなコピーライターだと、文字を書く時間というのは、全部の仕事時間の中でたぶん10%もない。もしかすると5%以下かもしれない。まあ、コピーライターと言っても、いろいろあって、クライアントと打ち合わせするのは営業マンだけで、ずっと社内にいてコピーばかり書いている人もいるので、(扱っている商品だって、求人広告ばかり書いているライターもいるし)それぞれなんだけど、たいていは、クライアントと打ち合わせて企画書を書いたり、デザイナーとのブレストやったりしてる時間が多いはずだから、たぶんそんなもんである。

だから、どんなタイプがコピーライターに向いているかとなると、誰とでもある程度話を合わせられて、「自分のやりたいこと」というよりは(それもないといけないが)クライアントとかターゲットとか、むしろ誰かのためにその人が何をやりたいのかを考えてあげるとか、そういうことが好きな人の方が向いている気がする。同じ文章を書いて金をもらうといっても、小説家ならどちらかというと「ずっと人と会わなくても割と平気」とか「文章ばかりを書いていても、さほど苦じゃない」方が向いている気がするし、少なくとも「自分の書いた文章は、自分の名前をつけて出したい」という人は、あまりコピーライターには向いていない。
もしかすると、「なんだ。でもコピーライターから作家になった人がいっぱいいるじゃないか」と言われるかもしれないけど、それはその人が両方の能力を持っていただけである。ごくまれに、「本当は小説家をめざしているのだが、とりあえずコピーライターに」という人がいるが、これは少し勘違いじゃないかと思う。広告はやはり売れないと困る世界なので、けっこう実力社会で、やはり「競合プレゼン」で他社に負け続ければ食えないのである。とにかく忙しいからあまり「腰掛け」でやれる職業でもない。使う能力も全然、違うのである。もし、そんなことを考えて就職すると、たぶん「書こうとは思っている」「そのうち小説を書く」と言っている間に、あっと言う間に十年、二十年過ごしてしまい、もはや「作家志望」ではなく「元作家志望」というものになってしまう。コピーライターは四十才前後になると、精神的にもツライ時期があるものなので、そういう人は「ああ、オレは、本当はこんなことがしたいのではなかった!」などと思う時期がきっと来る。私の周囲にも、40才を過ぎて「インドに旅に出たらしい」とか「蕎麦屋になったらしい」とか、コピーライターを辞める人がけっこういる。もし、本当にあなたが小説家になりたいのなら、コピーライターになるのはちょっと考えておいた方がいいかもしれない。

ちなみに「コピーライターになりたい」という大学生にいつも勧めているのは、本をいっぱい読むこと(一応、文章のプロなので、人よりは文章はうまく書けないとマズイ)、新聞を毎日読むこと(できれば経済欄も)、それと海外旅行に行っておくこと。なぜなら、一流だろうが、二流だろうが、広告業界というのはどこでも忙しく、長期の休みなんぞ、なかなかとれないものだから。これだけは、たぶんどこでも確実に言えることじゃないかなあ。

04/20/2005

出版社に原稿をいきなり送りつけちゃダメな訳

4月19日(火)
本日も、お手伝いはKさん。先日(4/15)もらったお菓子は、あちこちのブースの人に「おすそわけ」してたら、ほとんど無くなってしまいました。本日は、先週の疲れもあり、ちょっとダラダラ。アニメやら何やら色々な話をして、真面目なKさんに怒られる。

本日は、不開講の返金処理が1件。
先週も、一件あったけど、とてもさわやかな感じの男性(新聞記者らしい)で、本当に会えなくなったのがもったいない感じだったが、本日の人は、なんだかちょっと変わっていてよくわからない感じ。
早くから入金があった人なのだが、ずっと申込書も送って来ないし、留守電に吹き込まれてた住所も、資料が何度か返送されてきて、なぜか電話の連絡先も教えてくれない(いつも非通知)。なんだか変な感じ。送金のため銀行口座に振込もうとすると、指定された口座がなぜか使用できず、またも手紙で連絡すると電話がかかってきて(もちろん非通知)「それじゃ、やっぱり無理かもしれない」と言われ(どういう意味かな)、「他の口座があれば教えて欲しい」と言うと「それは絶対無理!」と言って怒り出した。やむなくKさんに現金書留で送金をしてもらったが、ちょっと心配。

Kさんにも相談してみたが、ひょっとして、こちらをなぜか振込詐欺などと勘違いしていて、わざとウソの口座を教えたのかもしれない。しかし、口座番号を教えないくらい警戒するという人なら、いきなり入金して来ないだろうし、(申込書さえあれば、入金しなくても仮申込はできるのだし、過半数の人が見学や公開講座に参加してから入学する)どっちにしても、いきなり怒り出したというのがちょっとわからない。まあ、何かの事情で銀行口座が閉鎖になっている人かもしれない。それか、ただのヘンな人?
うちは、まだNPO法人申請は終わってないが、学費の経理書類は厳格なので、証明書がないままの出金があるとかなり困るんだけど、ちゃんと受領書が返って来るのを祈るしかないな。書留の送り状はあるけど、これは金額の証明にはならないし。Kさんが、「郵便為替で送ったらよかったんじゃない?」と言ったけど、でも、そんなことをしたら、また怒り出すかもしれないしねえ。

とにかく、どんな人か知らないが、なんだか一瞬「今回、不開講で助かったなあ」という気分になってしまった。ちゃんとした人だったのかもしれないけど、会ったことないだけに気味が悪い。うちは、入学審査が全くないので、どんな人でも入学して来たら、やっぱり面倒を見なくてはいけないんだけど、ものすごく意思疎通が難しい人だとさすがに困るんである。まあ、小説なんぞ書こうというような人は、それだけで変人と言えば変人なんだけど(あ、失礼)、まれにホントに変な人というのがいるのである。実際、そういう人は、電話で問い合わせて来ても、長々としゃべって、たいていは入学しないものなので、生徒ではいないけど、電話なら「ヘンな人だな」と思うような人はけっこうかかってくる。私は、生徒ならかなり変わってても大丈夫だし、どんな人でも楽しいのだけど、ほんまもんの「すごくヘンな人」ならダメである。

すごくヘンな人というのは、大阪シナリオ学校にいた頃には、何度か出会ったことがある。事務局を手伝いはじめて(当時の大阪シナリオ学校の事務局は、梅田のはずれ、万才町にあった)最初に出会ったのは、ちょうど「電波文」みたいなヘンな手紙だった。封筒の表にも裏にもびっしりと文字が書いているのだが、その意味がわからず、何が書いてあるのか、さっぱりわからないのである。正直、私はかなり気味が悪かったが、他の事務員たちは、「ああ、いつものヤツね。そのままゴミ箱にでも捨てといて。中を見てもどうせわかんないから」とまるで平気だった。たまにF君だけが、時々、封筒を開けてみたりしていたが、中の便せんにも確かにちょっと意味のわからない文章が並んでいた。小さな字や大きな字が、いろんな色のボールペンでびっしり書き込まれており、ほとんど意味がわからない。時々、チラシの裏とか切り抜きがむちゃくちゃに貼り付けてある。一年か二年以上、かなり長い間、週2〜3通は届いていたようだったが、みんなが「そのうち無くなるよ」と言ってた通り、そのうち無くなった。もちろん生徒でもなく、まったく知らない人らしい。

もちろん実際に会ってないので、どこまでヘンなのか、もしかすると、ただのいやがらせなのか、ふざけているのかどうかはわからない。ただ、顔が見えない相手だと、向こうがふざけているだけかもしれなくても、やられる方は笑えない。この「顔が見えない」というのは、けっこう不安なものであるが、生徒でもないのに、ごくごくまれに「かなりヘンな作品」を郵送で送りつけて来る人もいるのである。

さすがに、きちんとお金を出して入学してくる人は、多少ヘンと言っても、たいてい「おもろいやっちゃ」なのだが、こういう人は顔が見えないだけに、こちらも不安である。直接、本人を知っていれば、「ああ、あの人はああいう人だから、こんなことをするのだな」とわかると思うんだけど、本人を知らないとホントに気味が悪い。モノを書く人の中には、文章のうまいヘタ以前に、「ホントに自分だけしかわからない文章を書くわからんちん」な人もたまにいるのだ。

こんな小さな学校でも、たまにこういうことがあるので、ある程度の規模以上の出版社なら、当然そういう経験が一度や二度はあるだろうということは容易に想像がつく。もしかすると『ミザリー』みたいなファンが怖い手紙を送りつけて来るのかもしれないし、「この原稿を出版しないと、皆ただじゃ済ませませんよ」という脅迫状とともに、自分の原稿を送りつけて来る人がいないとも限らない。
だから、もしあなたが自分の原稿を出版社に送りつけて、なかなか読んでもらえなくても、決して怒ってはいけないのだ。なぜなら、その出版社には、何度も脅迫状つきの分厚い原稿が届いており、編集者たちは怖くて、知らない人の原稿には、なかなか触れたがらないのかもしれないからである。だから、もしあなたが自分の原稿を出版社に持ち込みたければ、できるだけコンテストに応募するか、さもなければ、電話などで「どこ(の部署)に送ったらいいですか」と丁寧にお伺いをたてるか、あるいは、そういう持ち込み用の窓口を用意している出版社に送るべきである。もし、そうじゃなくて、いきなり原稿を送りつけるなら、まず返事は期待しないで待つことだ。あなたが書いた小説がいくら素晴らしくても、それが相手にとって必要なものかどうかは、あなたにはわからないのだから。もし小説を書いて、人に読んでもらおうとするなら、自分の書きたいことを書くだけでなく、少しは相手の人間の立場を想像することも大切なのである。

ま、しかし、うちの小説講座は、人のことに気を使いすぎて、なかなか作品が出せない生徒さんがいっぱいいるみたいなんだけどね。とくに専攻科の生徒さんは、遠慮しないで、ドンドン作品は出していいんですよ。ホント。

04/19/2005

ゆかいな話で、世の中、明るく

4月17日(月)
小説講座の事務局は、日月お休みです。
朝、かんべむさし先生のラジオ番組にいつものファックス投稿。一週間くらいは何かしら投稿しようかと思っていたけど、まだ続いているのだ。なにせ我が家では、成績も悪くて運動もからきしダメという「のび太タイプ」のアホ息子が、毎日おバカな暮らしをしているので、アホなエピソードにはことかかないのである。我が家では、これらを「お兄ちゃんの伝説」と呼んで、話のネタとして大変好まれている。

ちなみに、私は、せめて暗い世の中を少し明るくしようと、彼の愉快な失敗談をあちこちで言いふらしているのだが、ある時、真面目な義弟が心配して、
「お義姉さん、子供というのは、親の言葉に心の中ではけっこう傷ついているもんなんだよ。あんまりみんなに言わない方がいいよ」
と注意して来たので、なるほどと思って、本人に聞いてみたら、
「うーん。まあ、たまには恥ずかしいこともあるけど……。でも、ほら、ボクが大人になってノーベル賞とか取ったら、たぶんテレビとかでボクの子供の頃の話とかするやろ? ボク、子供の頃のこと、たぶん大人になるまで覚えてられへんと思うから、みんなに覚えてもらってた方がええけどなあ。ほら、ボクって『エジソンタイプ』やろ」
というのだった。なるほど、見解の相違というやつですね。

とにかく、本人の了承のもとに発表させていただいております。

04/18/2005

小説講座の休日は、花見など

4月17日(日)
本日は、事務所はお休み。
鶴見緑地へ、残り桜の花見。帰りに本屋に寄って、色々買い込む。天気もよく、玄関先には、パンジーやらハーブの寄せ植えやら。
夕食は、子供らに手伝わせて、餃子2種類。ニラ、白菜、合挽ミンチのは、ニンニクたっぷりのタレ。レタス、ベーコン、チーズは、ショウガ入りのポン酢です。

夜、『失踪日記』(吾妻ひでお)を再読。(先日の公開講座の時に、山本先生が持ってたので欲しくなり、小森先生と待ち合わせた本屋で平積みになっていたので、つい買ってしまったのだ)
うーむ。面白いなコレは。ともかくも絵がキレイなのがうれしい。私は『やけくそ天使』しか持ってないけど、あの頃は確かに絵がアラくて残念だったし。でも、これだけ可愛い子ちゃんが出て来ない吾妻マンガって珍しい?

04/17/2005

香港映画な店とオレンジの夜

4月16日(土)
午後から事務所。夕方から自転車で、天満橋へ移動。
造幣局の桜の通り抜けで、いつもより何だか人が多い。
6時半から、この春に入学する第8期生の(「入学式」ではなく)「入校説明会」。
一応、不開講なのだが、色々な話をして、結局、4名のみが来週から入校することになった。4人ともかなり意欲的。一人は、以前は小説書いていたが最近は戯曲を書いていたと言う人。もう一人は、同人誌の経験者。あとの二人は初心者だけど、相当なSF好きで、9日の公開講座が気に入ったみたいだった。ああ、山本弘先生、芦辺拓先生、ありがとうございます。あの公開講座では、2人も入学キャンセルが出たけど(どうも話についていけなかったらしい)、こうして入学を決める人もいるのだった。そりゃ、たくさん入学できるようにした方が儲かるかもしれませんが、私は、こういう意欲のある人たちが入学してくれればいいです。あんまり儲からなくても、面白い方がいい。

説明会の終了後、一人が帰り、残りのメンバーでいつもの中華料理店へ。ここの中華屋は、見かけはちょっと「場末の」という感じだが、料理はまあまあ。餃子はけっこううまい。とにかくビールを飲んで腹いっぱい食って、一人1500円という安さである。いつも「ハイ、ヨウコソ、イラッシャイ」と言う店長は、年齢不詳で、中国語なまりの日本語。厨房には大きな声の中国語でどなってる(でも、この人、日本名なんだよね)。いつも黒っぽい作業ズボンに長靴、なぜか青いシャツを着ており(冬場でもけっこう半袖)、やたらたくましくて、腕の筋肉もすごい。何だか、まるで香港映画に出て来るような店である。いつも講義が終わるとこの店で飲み会をしているのだが、私は、そのうちジャッキー・チェンが入って来て、悪人たちと暴れまわるんじゃないかと思っている。ま、うちの生徒や講師の作家さんたちも見かけからして、けっこうユニークで個性的だから、かなりいいシーンが撮影できること間違いなし。

4人で、眉村卓先生の作品やら「ミナミの帝王」やらの話をして、10時半頃まで。帰り際に金を払いながら、「この春は不開講になっちゃった」と店長に言ったら、店の外に出てから「チョット、マッテテ」と呼び止められて、赤い大きなオレンジを投げて来た。ほとんど毎週飲んでるが、たまにこんなオマケをくれるのである。「アゲルヨ、イッコダケネ」
やっぱ、何かこれからいいこともあるんじゃないかと思いつつ、自転車で帰った暖かい春の夜だった。

04/16/2005

アホな話で、世の中、明るく

4月15日(金)
いつものかんべむさし先生のラジオを聞きながら、バタバタと朝の支度。今日も、番組中に読まれたアホなネタは私の投稿。(よく考えたら、毎朝こんなアホな話を送っているのは私だけか? しかし、毎度アホなエピソードしか思い出せん……)

ところで、うちの事務所がある「大阪NPOプラザ」には、30くらいの団体が入居しており、このインキュベータースペースにも、難病患者支援とか、病院ボランティアだとか、園芸療法(演芸にあらず)とか、そういう立派そうな社会貢献をしている団体がたくさん入居している。

ここの入居には、ちゃんと審査(書類と面談)があるのだが、こんな他の団体の名前を聞いただけで、あまりにも立派そうなので、面談の時、思わず、(なにせこっちは「娯楽小説」だから)
「えっと、いや、ほんまSFとか、ミステリとか、ホラーとか、ファンタジーとか、吸血鬼がどうのこうのとか、宇宙人がどうのとか、そういうアホな、バカバカしいお話で、世の中を明るくしようという……そういうアホな人のための団体なんで……すんません」
と、あせってたら、面接をされている人が微笑みながら
「大阪だから、そういう団体があっても面白いと思いますよ」
と言われて、入居が決まったのだった。
(ああ、アホなことに理解ある町でよかった。ありがとうございます)

そういうわけで、私たちのブースの後ろには、関西心理相談員会(ここの人もお菓子くれた)、向かいには、何か地図の情報処理システムらしい(詳しい内容を聞いたような気もするが忘れた)をやっている団体が入居している。
先日、その向かいのブースにいた人が「小説の教室をやってるんだったら、これ、みてくれる?」という短いものを持って来たので、それを見て、ほんの少しだけ簡単なアドバイスをしたら、今日その人が「あの時のお礼!」と言って、山のようなお菓子を持って来てくれた。(スーパー袋にいっぱい)
おおお。ちょっと作品を読んだだけなのに、なんて、いい人なんだろう。これからもドンドン持って来て下さい。私でよければいくらでも見ます。

ま、こんな感じで、いろんな団体とけっこう楽しくやっています。

というわけで、業務連絡。
Kさん、来週は、お菓子を食べながら仕事できます。他の生徒さんも、事務ボランティアのお手伝いに来れば、来週ならお菓子がたんまりありますぜ。(でも週末にはないと思うけど)

04/15/2005

おいしい小説、まずい小説

4月14日(木)
終日、事務作業。
生徒募集も終わり、そろそろ色々な書類作成などに取りかからないといけないんだけど、(ここ大阪NPOプラザには、入居時に審査があるのだが、4月にまた契約更新をしないといけないのだ)今週末には入校説明会があるので、忙しくて手がつけられない。
今回、不開講と言っても1名足りないだけで、そのまま入学して補講をうけながら秋の開講を待つ人も何名かいる。その人たちの特別カリキュラムを用意しなくてはいけないが、生徒さんのレベルにもよるし、まだちょっと決めにくい。細かい事は、意見や希望なども聞いてから調整した方がいいかなあ。

第7期も、もうすぐ修了作品を書き始めてもらわなくてはいけないので、そのアンケートの作成も少し。小説講座を担当して7年目になるが、私自身は、生徒指導をすることはない。(私はプロの作家じゃないので、直接、指導はしないのである)。だから、作品指導は、すべてプロ作家にお願いしてやってもらうのだが、修了作品は、「提出された作品に合わせて、十数人の講師の中からその作品にあった講師を選ぶ」という贅沢な方法をとっているので、大量の作品を読んで、作品指導プランを決める作業が待っているのである。

ところで、まだ小説を書くのに慣れていない人の作品指導は、ちょっと面倒である。小説志望の人(シロウト)の作品というのは、プロの作家が書くものにくらべると、すごく読むのに時間がかかるものだ。まあ、普通はシロウトの人の文章を大量に読むことはまずないだろうが、ヘタなホームページなんかを見ればよくわかると思う。

「専攻科」の方のクラスも、作品指導の講義ばかりだが、専攻科の方なら生徒も講師も慣れているので、どの講師にお願いするかを決めるのは大変ではない。なにせ、この小説講座はかなり少人数だし(定員は30名だが、実際にはどのクラスも20人前後)、専攻科は2年目以上のクラスだから、どの生徒さんがどんな作品を書いて、どれくらいのレベルか、好みも性格もわかっているし、生徒自身も作品を指導されるのに慣れているからである。ただ、400枚を越える長編とか、作品枚数が多いので作品集を作るのが面倒だが、専攻科の作品は、長くてもレベルが高いので、とりあえず読みやすいのである。

つまり入学して一年もたてばすごく読みやすくなるのだが、それに比べると、本クラス(今は第7期)は、やはり読むのにすごく手間がかかる。プロの料理人が作った料理はおいしくて食べやすいが、ヘタなシロウトが作った料理はすごく食べにくいのと同じである。とくにエンターテインメント系の小説は、プロの作品なら面白くて、ぐいぐいとラクに読めてしまうことが多く、アッという間に一気に読んでしまった……なんてことが多いのだが、シロウトの作品はそういうわけにいかないのである。
だいたい世の中で売られている「小説」は、たとえ「ちょっと面白くないなあ」なんて思ったとしても、普通はある程度以上のレベルがあるものだ。今、インターネットを使えばいろんな文章が読めるが、さすがに金を払っても読みたいという文章はそれほどない。ところが、市販の本は、安いものでも数百円払うのである。

ただ、小説講座の担当をしている私の場合、こうした作品を「なんでこういうことになったのか」と分析しながら読まないといけないので、少しだけ面倒なんである。どんなマズイ料理でも、使った食材、調味料、調理手順をなるべく逆算して想像して、「たぶんこのあたりが失敗した原因じゃないかな」なんて思いながら、その人の性格とか志望ジャンルとかを考え、「じゃあ、あの先生ならこの作品をうまく指導してくれるに違いない」というようなことを決めている。本人の希望も聞くけど、たいていはこちらで決めることにしている。

まあ、プロ作家と言っても、それぞれ得意分野があるし、せっかく十数人も講師がいるのだから、できるだけその作品にあった人に指導を受けた方がいいのである。他のジャンルはそうでもないが、例えば、本格ミステリだったら、やはりトリックを見てもらわないといけないので、ミステリ作家じゃないとなかなか指導は難しい。ハードSF、時代小説なんかも、科学考証とか、時代考証ということもあるし。もちろん書いた人がすごく初心者で、作品レベルがあまり高くなければ、どの講師でも指導できるのだけど、作品のレベルが高くなるとどうしても指導のレベルも高くなってしまうのである。
(実際には、講師のスケジュールもあるし、生徒さんからの希望とか、講師の希望とか、指導の方法とか……細かい所まで指導してくれる人とか、大きく発想や展開などを指導する人とか……講師との相性もあって、実は、作品のジャンルだけでは指導講師は決めてないんだけど)

当講座で、作品合評を滅多にしないのはそういうせいもある。まず、全体的に作品レベルが高い人が多いし、ミステリ志望だけじゃなくて、SF、ファンタジー、ホラー、時代小説、ジュニアノベル、恋愛小説とか色んなタイプの人がいるので、小説家志望と言っても、本格ミステリやSFをさほど読んだ事がない人もけっこういる。料理と同じで、どんな素晴らしい料理だって、好みもあるから、人によって「お口に合わない」というものはあるのである。だから、ミステリをあまり好まない人がミステリを読んでも、どうしても簡単な意見や感想しか言えないし、中にはどう考えても検討ハズレじゃないかな、と思うような意見だって出る。(本来、批評というのは、とても難しいものなのだ)。ところが小説を書いている人は、とくに初めのうちは、他人の批評を必要以上に気にしてしまうものなので、だから、ヘンな意見に時間をとられるよりは、プロの作家や編集者に、具体的にどうすればいいか意見を聞いた方がよほどいいと私は考えている。学校によっては、合評が中心という所もあるらしいけど、「エンターテインメントノベル講座」で合評をあまりしないのはそのせいなのだ。(それぞれのやり方で長所、短所もあるだろうから、自分にあった学校を選んで下さいね)

まあ、小説講座に通える人ばかりではないと思うんだけど、やっぱり誰か信頼できる人も読んでもらって、ちゃんと自分の作品に有効なアドバイスをもらうことって大事だと思います。けっこう周囲の意見を気にして、せっかくの作品をつまらなくしてしまう人もいるみたいで、ホント、もったいないですぜ。

04/14/2005

明るい瞳の天才作家に、梅田でアニメを教わる

4月13日(水)
終日、事務作業。不開講が決まった翌日なので、ちょっぴり気分は暗めだが、ここ大阪NPOプラザのインキュベータースペースは、昼間は明るく、けっこう人も多いので落ち込む気配なし。

夕方、ミステリ作家の小森健太朗先生と、梅田で待ち合わせて「デート」。小さい学校なので、講師も生徒も私にとっては全部が恋人。まして講師は皆、少ない講師料でボランティアみたいに来ているので、全員が(男女に関わらず)私の愛しい恋人なのである。
(ただし、芦辺先生との打合せだけは「ブレスト」。あくまでも本人がそう言い張るからである)

小森先生は、大学で講義をされた帰りで、本日はすっきりブレザー姿。この先生は、私とは同じ歳のはずなのだが、ずっと若く見えるので、服装によっては、今でも先生ではなく学生に間違えられるほどである。紀伊国屋書店の近くの喫茶店に移動して、色々と話をうかがう。
わざわざ忙しい小森先生を帰宅途中につかまえて、何を聞いていたかというと、これがアニメの話。実は、私は小説講座とは全く別に、某専門学校でアニメを解説する講師をやっているのである。いや、本来、私はコピーライターだから、本当は「発想法」に関する講義のはずなのだが、映画専門の先生とダブルキャストなので、「授業は映像を上映して、作品を題材に解説を行う形でやってくれ」と言われ、映画にくらべれるとあまりにコマーシャルは短すぎるし、おそるおそる「アニメを使っていいですか」と言ったら、「そりゃ大歓迎ですよ」と言われたので、調子にのって、今はほとんどの教材をアニメでやっているのである。むろん発想法もやってるが、見ようによっては、ほぼアニメ史、名作選である。(理解のある素晴らしい学校である。もちろん生徒には好評)

小森先生と言えば、おそれおおくも東京大学の大学院博士課程修了、しかも哲学科で専門はニーチェという、普通なら私なんかはこの経歴を聞いただけでビビリまくり、三歩下がって師の影を踏まず、いや10mか20m、とても近寄れるような人ではないのだが、実は、初めて会った7年前、紹介されたのは、ラフなシャツ姿で濡れたビニール傘を持った可愛らしい学生さん(に見えた)だったので、気楽にしゃべっていたら、相当なアニメ好きだったし、「わずか十六歳で書いた長編が、乱歩賞の最終候補作になった天才ミステリ作家」と言われても、なにせ最初に読んだのが『コミケ殺人事件』だったものだから、以来、私の中では、こんな雲の上に住む人であっても「同じ歳のアニメおたく」として認知されているのである。

もっともこの先生の場合、ガンダムでもニーチェでもミステリでも、同じレベルでおたくなのが怖いのだが、そういう偉大な部分はなるべく見ないようにして、できるだけそっちの方面には話を振らないように気をつけながら話をお聞きすれば、私のような者でも楽しく教えてもらえるのである。

ちなみに、私は大学に通っていた頃、哲学書はたいてい「詩人か?」というような難しい文章で書かれているし、いくら必死で読んでも結局「私は私だ」とか「あるものはある」とか書いてあるし、たしかグルジェフだか何だかの英文を読まされて感想を求められ、「なんだかあたりまえの事ばかり書いているので、何が面白いのかさっぱりわかりません」と言ったら、教授がはははと笑って「それは、キミが生活者だからだよ。キミが理解すべきところは書物の中にはないのだよ」と言われ、(確かにどっぷり苦学生だったが)、残念ながら私はどこまで言っても在家の人らしいので、それ以来あきらめて、さっぱり哲学というものは読んでいないのである。

ところで、小森先生にはクセがあって、話の途中で「うーん、そうね…」と言って、ほんの一瞬、たまに小さな間があるのである。これは、おそらく先生の頭の中に、他人とはまったく較べものにならないくらい膨大な知識量を誇るデータベースがあり、私たちにはまったく理解できないような複雑な情報解析をされているので、その情報処理に一瞬だけ負荷がかかるのではないかと、私はにらんでいる。もしかすると翻訳の仕事もされているので、英語で思いついた単語や文章を、頭の中で瞬時に日本語に変換している可能性もある。まして、この先生は英語だけじゃなく、ドイツ語やラテン語、詳しくはわからないがサンスクリットまで理解するらしいので、頭の中でどんな翻訳がされているかわかったものではないのである。(ま、子供には言葉を選ぶもんだしな)。
やさしい童顔に笑みをうかべながら、そのきれいな額の向こうでは、ちょうど表面からは何も見えないコンピュータサーバーが中では高速回転しているように、すごい情報処理が行われているはずである。私などは、ひょっとしてその少し明るい瞳から、何かのぞいて見えないかと期待して(なんか点滅とか)、時々つい奥を見つめてしまうのある。

こうして参考になる話をいくつか教えてもらっていたら、途中、芦辺先生(この人は雲の上でなく、異星に住む)から電話があって、「僕もついさっきまでその辺りで打合せしてて、田中啓文先生たちと出会ったよ」という。やはり梅田の紀伊国屋書店の周辺は、作家の出没頻度が高い地帯なのであった。

04/13/2005

この春は、やっぱり不開講です。

4月12日(火)
本日のお手伝いスタッフは、いつものKさん。先週の公開講座のアンケート整理。また、この春開講する予定だった第8期が正式な開講人数に達せず、限りなく開講に近いような「不開講」になったので、その関連書類の発送など。不開講の処理だから、さすがに一人きりなら暗い気分になったかもしれないが、Kさんがいたのでけっこう楽しく作業。

実は、今回の生徒募集は、もともと一ヶ月しか募集期間がなかったので、不開講になる可能性がかなりあった。というか、たぶん開講できないだろうなと思いながら、色んな作業をしていたので、予想通りと言えばその通りなのだが、やっぱり「ひょっとしたら開講できないかな、できればいいな」とも思っていたので、ちょっと残念である。申し込んで、開講を楽しみにされていた人にも大変申し訳ない。不開講になると、もちろん学費は全額返金になるのだが、この秋の開講はすでに決定しているので返金を受けずに「そのまま秋の開講まで待つ」という人には、特別カリキュラムを受講しながら待機してもらうことになっている。だから、不開講といっても、けっこう入学者はいるのである。重ね重ね、申し訳ない。

まあ、秋の講座は、最低開講人数の設定がないので、絶対に開講になるのだが、この春の講座は、最初の広告発表からたった一ヶ月しか募集期間がないし、半分以上の広告が間に合わなかったので、もともと開講は危ぶまれていた。だから、早めに申し込まれた人には、すでに開講しないかもしれないという話は伝えてあった。他の学校とどちらに行くか迷っていた人には、「開講しない可能性があるので、秋まで待てないならそちらに行った方がいい」と言ったりしていたのである。

実は、「小説講座」というものは、広告がすぐ効かないものである。
スナック菓子なら、テレビでコマーシャルを見れば店頭でつい手が伸びるかもしれないが、小説講座というのは、そんなふうに気軽に手が伸びるものではない。だから、広告を打っても、即効力はあまり期待できないのである。また、ここはレベルがやや少し高いので、他のカルチャーセンターなどのように、「春だから、ちょっと気軽に何かやってみよう」という人には、どうしても少し敷居が高くなってしまう。もちろん初心者も多いし、けっこう気軽に入ってくる人もいて、そういう人でもけっこう楽しんでいるのだが、どちらかと言えば、やっぱり何ヶ月も考えてから入学を決める人が多い。中には、数年前から毎年、資料を請求し続けて、やっと入学するという人もいるのである。

小説講座に入学する人にも、いろんなタイプの人がいる。
社会人向けの講座だから、現役の大学生もいるし、主婦、会社員、パン屋さん、デザイナー、プログラマー、保育士、看護婦、フリーライター、獣医、会社社長、技術者、塾の経営者、定年退職をした元教師だとか、あるいは引きこもりだった若者……ま、色んな人が入ってくるのである。その中には、絶対に何が何でもプロ作家になるぞ、という人もいれば、ちょっと小説が好きなだけという人もいるし、ある作品の熱烈なファンでその作家が講師だから入学した、という人もいる。十代から六十代と年齢幅も大きいが、二十代から四十代までの人がけっこう多く、そのあたりは仕事や家庭もあったりして忙しい人も多いから、いくら小説を書きたくても、けっこう大変なのである。

また「小説を書きたい」といっても、例えば「まだ一度も書いたことがない人」「書いたことがあるが、途中までしか書けないという人」「かなり書いていて、コンテストにも何度も応募しているが、なかなか受賞できない人」というタイプがいて、レベルもバラバラである。中には「すでに一度、賞をとって、本も出版しているが、次の本がなかなか出せない人」というレベルの高い人までいるので、一概に言えないのだが、実は、小説を書こうなどと考える人は、一見いいかげんそうに見えても、どこか真面目で、けっこう色々と周囲を気にかけるタイプが多いのである。

だから、「まだ一度も書いたことがない人」なら、「私なんかに、はたして小説が書けるのだろうか」などと思ってしまうし(これは前に言ったように、たいてい心配しなくても書けてしまうものなのだが)、書いたことはあるが、途中までという人は、小説を書いていることを周囲に内緒にしていたりして、小説講座に通うのは恥ずかしいと思っていたり(資料請求の時、「学校名が家族にわからないように、無地の封筒で送ってくれ」という人が結構いるのである)、あるいは、コンテストに何度も応募していて、二次選考、三次選考まで残ったことがあるというような人は、「自分の力でやれるだけやって、次のコンテストの発表がダメだったら……」などと考えており、結局のところ、入学したいなと思っていても、半年後とか、一年後とか、そういう人が多い。

また、大阪には他にも「大阪文学学校」という古い学校があり、そちらは創立50年以上(たぶん52年目だと思う)という老舗で、在校生もたぶん500人くらい在籍している。もちろん新聞や雑誌広告も多く、おそらくこの春もたくさん入学されているはずである。実は、ご存知でない人が多いと思うが、うちの小説講座は、「大阪シナリオ学校」の中にあったものが昨年の秋に独立したもので、(だから講座は7年目で、運営団体としては1年目という状態なのだが)、その「大阪シナリオ学校」自体は、この「大阪文学学校」から50年前に分離独立したものなのである。(なにせ50年前のことなので、私自身が直接知っていることではないのだが、古い卒業生の中には当時を知っている人もおられるのである)。

もちろん今は、経営的には「大阪文学学校」は社団法人、「大阪シナリオ学校」は有限会社と法人形態も違うし、まったく関係はないのだが、それでも「大阪文学学校」から「大阪シナリオ学校」へは、『樹林』という冊子も毎号送っていただいている。だから7年前、「大阪シナリオ学校」内に小説講座を作ることに対して、学内から少なからず反対があったというのはこういう事情もあるのである。つまり、たとえ数十年前であっても、一時は同じ事務局に机を置かせてもらったのだから、そこに競合するようなコースを作るのはよくない、というのである。

結局、事務局長だった山崎氏の判断で、この講座を開講することになったのだが、その際に話し合ったのが、「こちらは、エンターテインメントノベルであり、『娯楽小説』だし『商業小説』だから、これは『文学』ではない。だから、たぶん問題がないだろう」という話だったのだ。これは、おそらく「大阪文学学校」の経営陣に直接、相談したわけではないはずだから、ほとんどの人が知らない事実だろうが、とにかく、そういう話になったのである。

これを読んで、「『文学』と『小説』はどこが違うのだ。一緒じゃないか!」などと思う人がいるかもしれないが、こういうこともあって、少なくとも私にとっては、一応、ちょっと違うものなのである。ここで詳しい違いについて書くともっと長くなるので、またの機会にするけど……ちゃんと聞きたい人はメールか電話を(笑)……とにかく、私にとっては違うジャンルのものなのである。(だからこの講座では、あまり合評はしないし、色んな現役のプロ作家に講師に来てもらう……どんなに忙しくてもたとえ年一度でも……ことにこだわっているのである)

とにかく私にとっては、「エンターテインメントノベル講座」は、あくまでも(娯楽)小説創作講座であり、文芸講座でもあるのだが、文学講座ではないのである。

だから、生徒募集の問い合せで、電話やメールで色々と相談に乗ったりして、「どうもこの人がやりたいのは『小説』ではなく、『文学』なのではないか」と思ったりすると、迷わず、『大阪文学学校』について説明し、丁寧に連絡先を教えてしまうのである。7年前からそうだし、今でもそうである。こういうことをしているから、会社社長をやっている生徒さんなどには、いつも「オマエは、商売がヘタ」と言われてしまうのだが(だからこそここは「NPO法人」なのだからして、しょうがないのである)、せっかく大阪には色んな学校があるんだから、生徒さんは自分に合った学校に行けばいいし、だから、あちらの学校が合わなくて、こっちに通ってくる人もいたりしてもいいのである。(実は、うちの生徒の中には、大阪文学学校の出身者もけっこう多いのである)

というわけで、もしこれを見て、資料請求をいただいている方も、資料は喜んで送付しますが、春は不開講です。だから、早期入学をして特別カリキュラムを受講しながら秋を待つか、別の学校へ申し込むようにしてくださいね。(大阪には、あと「心斎橋大学」や「大阪編集教室」というのもあります)いずれにしても、それぞれの学校の資料をよく読んで、見学をしたりして、自分にあった学校へ通うようにしてください。それでも入学したい人、興味のある人は、ぜひ。

04/12/2005

お子様の耳は、パンの耳

4月11日(月)
日月は、事務所はお休み。
昨夜、小学生の息子が「何か読むモノない?」と言うので、「その本棚の文庫だったら、何でも好きなの貸してあげるけど」といってやったら、『かめくん』(北野勇作著)の表紙が気に入ったらしく、自分の部屋に持っていった。
今朝、息子がキッチンでごそごそしていたので見てみると、朝食でトーストにしようと思っていた「食パン」の耳がすっかり全部なくなっていた。たまたま今朝は、子供たちの学校へ持っていくぞうきんを忘れていて、あわてて3枚も縫っていたので、被害が拡大したのだった。うーん、さすがSF大賞受賞作『かめくん』。この単純な息子の性格を考えれば、昨夜のうちに、食パンは食器棚にでも避難させておくべきであった。
「ほんま、かめくんの言う通り、パンの耳っておいしいなあ」
そう確かに、耳がないトーストというのは何だか食べた気がしない。
しかし、まだ、最初しか読んでないらしいが、あとは、どんなことに気をつければいいんだったっけ…。

04/11/2005

小説家とマーケティング

4月10日(日)
天気がよいので、鶴見緑地で花見。
夕方、昨日手に入れた『別冊シャレード 芦辺拓特集』の「森江春策ファイル」を読んで、いい意味であきれる。いろんな作品に登場する事件などを年代順にならべたり、登場人物の履歴を調べたりするのは、「やってみたら面白いだろうな」というのはわかるが、実際やるのはかなり面倒である。やっぱり全部の作品をチェックしないといけないだろうし。うーん。一体、何時間かかったんだろうな。スゴイなこれは。

ところで、7年前、小説講座がはじまった頃、講師たちの著書をかたっぱしから読んでいた私は、この「森江春策シリーズ」を読みはじめて、ちょっと戸惑ってしまった。というのは、この「シリーズ」は、発行される出版社もバラバラだし、作風がかなり違うのである。
そもそも作品がいくら面白くても、こんだけ違う出版社から出ていると、手に入れるのが少し面倒である。最初は、私が広告屋で、小説の専門家ではないからヘンだと思うのだろうか、出版業界ではそういうこともよくあるのかなと思ったのだけど、やはりこれはちょっとヘンな状態なのだった。

「広告」というのは、企業活動の一環だから、マーケティング戦略がとても重要である。だから、私はつい何でもマーケティング的なモノの見方をしてしまうのだが、それから考えるとやはり「シリーズ」があちこちの出版社から出ているのはヘンである。
マーケティングでは、「限られた経営資本なら、決まったセグメントに投入する」という考え方がある。競争社会では、よほど大きな資本が背景にない限り、通常は「局地戦」に持ち込んだ方が有利だからである。もちろんより広い市場で、より多くの顧客を獲得した方が有利なのだが、少ない資本でいきなり大きな市場に打って出ても、大手に負けるだけなので、普通はどこか自分の得意な分野で「局地戦」をして、まずは少しずつ勝利をしていくのが普通である。差別化というやつである。

また、作家名というのは、読者という顧客の立場から考えると、一種の「ブランド」として機能すると思うのだが、ブランド戦略として考えてみても、通常そのブランドには、ある程度「一貫した個性」を持たせなければ定着しにくいのである。また、購入機会としても、多くの顧客は(よほどの愛好者でない限り)買い回りということはしたがらないものである。だから、同じ文庫なら同じ文庫として、同じ出版社から出版されている方が購入機会が増えるので、マーケティング的には有利である。もし読者がその作者の作品が気に入れば、同じ店の同じ棚に行って買えば済むからである。反対に、もし顧客が買いたいと思った時に購入機会が得られなければ、顧客は代わりに他の商品を買ってしまう。数多くの商品があり、類似の商品が多く出回っている場合、無理にそのブランドを買わなくても、他の商品を買えば済むからである。
そう考えてみると、これだけバラバラな作風で、あっちで一冊、こっちで二冊とあちこちの出版社から出しているのは、マーケティング的に見れば、はっきり言ってかなり不利な状態である。

しかし、これは商品にもよるし、小説はかなり特殊な「商品」のようだから、こういうやり方もあるのかもしれないな、などと思っていたが、やっぱり、同じ「新本格」として分類されている別のミステリ(つまり競合商品)を見ても、たとえば「館シリーズ」だとか「国名シリーズ」だとか、あるいは、ちょうどその頃、一番売れていた京極夏彦さんの作品だとか、あきらかに同じ出版社で同じ文庫やノベルズ版として出されており、商品パッケージ(つまり表紙)などのデザインも似た感じで、あきらかに統一されたブランドイメージで打ち出している。
こういう状態だと、仮に同じくらいの商品価値があったとしても、普通なら顧客競争に破れてしまう。潤沢な経営資本など、よほど強い経営体力がない限り、戦力を分散させるのは、競争の激しい市場では普通は不利なのである。極端に言えば、こういう戦略をとっていると、その企業はいつかつぶれてしまう。(ちなみに、最近リストラといえば、「解雇」と同意語のように用いられているけれど、もともとはリストラクチャリング(再構築)であり、経営資本を集中させるために不採算部門を整理するという意味である。とにかく不況下では、中途半端な多角化戦略は命取りなのである)。

だが、やっぱり個々の商品や市場にもよるし、それぞれの事情もあるから、有利な戦略をとりたくてもとれなかったのかもしれない。どうもあの先生は意外と頼まれたらイヤとは言えない性格だから、無理やり頼まれてイヤと言えず、結果的にこうなってしまったのかもしれない……。
……なんてことを考えて、本人に聞いてみたら、その答は、
「だって、その方が面白いかと思って」…だった。

しかし、もし読者が色んなタイプの作品を読んだ方が面白いと思ったとしても、昔のように作家が少ない時代ならともかく、これだけ市場に本があふれ、作家が数百、数千といる状態では、無理に同じ作者の違うタイプの作品を読む必要はないわけで、別の作者の作品を読めば済むことである。むしろテレビもビデオもゲームもあって、読書に使う時間がかなり限られている現代では、普通に考えれば、顧客は色々な商品を試すよりは、ハズレのないブランドを選ぶ傾向になりがちである。最近では、年間に読む小説がわずか数冊、あるいは一冊も読まないという人だって、たくさんいる。もちろんそれほど多くの人が買わなくても、限られた顧客が確実に買ってくれれば済むことだが、それでもたくさん売れるにこしたことはないはずである。だいたい「製造効率」から考えても、主要なアイデアは使いまわしが効かないにせよ、同じような作風で書いた方が技術的にもコスト的にもラクだし、開発への投資を回収することから考えても、その方が手っ取り早く、よほど効率がいいはずである。

……なんていう話をしたのが、もう7年前。(私としては、小説講座の宣伝にもなるから、講師が売れてくれる方が本当はいいのだけど)、今になってみると、あの時の「その方が面白いから」は、ひょっとすると読者ではなく、作者の方だったのかも、とも思うのである。

しかし、その割に一向につぶれることもなく、あいかわらず色んなタイプの作品をバリバリと書き、元気よく東京と大阪を行ったり来たりしながら、探偵講談を書いたり、乱歩についての連載を書いたりしている。今では、出版社ごとに本も数冊ずつ並ぶようになり、「ブランドイメージ」も少しずつ定着しているようである。ということは、考えようによっては、この作家はおそろしく「体力」が大きいのかもしれない。だから、少しぐらい不利な戦況でも、絶対に負けたりせず、はね返してしまうのかもしれない……。
(けど、やっぱり『紅楼夢の殺人』を読んで感動した読者が、次に書店で取り寄せたのが『名探偵Z』だったらどうするんだろう。世の中モノわかりのいい読者ばかりではあるまいと、ついつい心配になるのだが)

ま、そんなことを考えながら読んだ「別冊シャレード 芦辺拓特集」だった。

04/10/2005

公開講座は、SF、ミステリの作家対談でした

4月9日(土)
本日は、公開講座・作家対談『小説の奇想、おもしろ発想 〜トンデモ SFvsミステリ〜』(山本弘氏+芦辺拓氏)。
エンターテインメントノベル講座の主催で、「創作サポートセンター」の設立記念行事。
参加者は、生徒や一般あわせて約70名ほど。また、作家の五代ゆう先生、小森健太朗先生、青心社社長の青木治道先生、「探偵講談」で活躍されている旭堂南湖さんなども参加。

作家名を見て、わかる人にはわかると思うが、かなり異色の作家対談である。
対談内容はとりあえず、ここでは紹介しないけど、予想された通り、なかなかスゴイ内容だった。
ただ「すごく面白かった」「お二人の博学に触れて、刺激的でした」などという感想の中に「ぜんぜんわかりませんでした」「ほとんど理解できませんでした」というアンケートも一割ほど。どうやら何割かは、置いてきぼりを食らったようである。でも、これは予想されていたことなので仕方ない。お二人には、「一般の人も来られるが、話のレベルはそれほど落とさなくてもいい」と言ってあったのである。ま、半分以上には受けてたし、残りも「知らない作品名が多かったけど、おもしろかった」という意見だったし、すごくいい講演だったと思う。

実際、ほとんど古典SFの話だったので、フレドリック・ブラウンとか、筒井康隆とか、多少の紹介はあるものの「それくらいすでに知ってるでしょ」という前提でお二人はしゃべっており、まったく基礎知識がない人は何を言っているか、半分くらいわからなかった可能性がある。エンターテインメントノベル講座では、もちろん「日本沈没」(小松左京)くらいは「常識」なのだが、専攻科の生徒でさえ知らない人もいる。(年齢の違いもあるし、好きなジャンルが違うせいもある)。まして今回は、一般の参加も受付けているので「無料だから気軽に聞きに来た」という人には、ちとツライかもしれない。ただし、一般と言っても、ほとんどが「すでに小説を書いている」という人だったので、8割以上は大丈夫だったみたいだけど。

今回の組み合わせが決まったのは、「公開講座はいつものように、講師のうち誰か一人とゲストとの対談でやりたい、できれば今回はSFとミステリ作家というのがやりたい」と言ったら、堀晃先生と青木治道先生が「じゃ、ミステリは芦辺さんでいいんじゃない」と言い、芦辺先生は「じゃあ、山本弘さんとやりたい!」と言って決まったのだった。それを聞いた途端に「すごい組み合わせだな」と私は思ったが、こうして30年ぶりに会った作家たちは、タイトル通りの「奇想」な話を繰り広げ、わかる人には大受けし、わからない人には全然わからないという対談になったのである。いや、大成功。

こういうことを書くと、芦辺先生などには「そんなはずはない。一般の人にも、面白くわかるように話したつもり」と言われそうだし、本人たちは相当やさしく話したつもりだろうけど、実際、「ほとんどわからなかったが面白かった」という人も多かったし、それはそういうものなのである。半分くらいわからなくても、別にいいのである。
(ちなみに、その後の飲み会では、芦辺先生と山本先生に、五代先生と小森先生が加わって、特撮などのもっと濃い話をしていて、専攻科の生徒でさえ、誰も話の内容について行けなかったらしい)

実は、もともとこの小説講座は、ちょっと一般にはレベルが高すぎるのである。実際、プロ作家養成というコンセプトなので仕方ないのだが、ある程度の基礎教養がないと話についていけないのである。私自身は、今回の内容はSF世代だからほとんどわかるのだが、7年前、「エンターテインメントノベル講座」の第一期が開講した時、実は「ミステリの講義」がほとんどわからず、話についていけなかった覚えがある。この時に、私は「いくら本を多少読んでいても、ただ読んでいるのと書くのとでは、必要な知識量が全然違う」というのが身にしみてわかったのだ。

考えてみれば、いくらラーメンが好物で、毎日ラーメンばかり食べていても、一度も作ったことがない人には、実際に作る場合の細かいことがわかるはずがない。映画だろうが、絵画だろうが、見ると作るとでは大違い。いくら自動車が大好きで、運転には自信があったとしても、じゃあ自動車を作れと言われると、これはまず作れないわけで、少なくとも自分で分解ができるとか、それくらいじゃないと作れないのである。

7年前に開講した当初、一番困ったのは、ミステリの授業が、私には半分しかわからなかったことである。SF、ファンタジーは割と読んでいたのでまだいいが、ミステリは、小学生の頃、ホームズとルパン、二十面相を読んで、あとはクイーン、アガサ・クリスティなどの翻訳を少し読んだくらいだったから、そもそも「新本格」とか言われても、なんのことだかわからないのだ。まして、講義中「フーダニット」とか「叙述トリック」がどーのこーの、と言われても、そもそもそれが何かわからないのである。授業中に出てくる「名作」もほとんど全部読んだことがないのだから、話についていけるはずがないのである。実際、生徒も半分以上はミステリに興味がないので、それに合わせて、多少はやさしい話をしていたはずなのだが、やっぱり講義担当の私がちゃんとわからないのも困るので、後日、芦辺先生に頼み込んで、まず4時間の個人レクチャーをしてもらったら、これが全然わからないのである。ちょっと話をしただけで、「メタミス」「倒叙モノ」……ましてや「赤いニシン」……なんでニシンがこんな所に?……「はあ?」何それという感じである。

仕方ないので、その年にあわててミステリを200冊ばかり読んだ。(開講した年は、講師の本やら何やらでたぶん500冊くらい読んでいる)そのうち100冊は古典ミステリで、100冊は今書いている作家の作品である。どうやら、よほどチョイスさえ間違わなければ、200冊も読めばだいたいの知識はつく。あとはプロの作家さんが何人かいるので、色々話をうかがった。芦辺先生には相当なレクチャーを受けた。100件くらいの本屋さんを回って「開講のお知らせ」を配るついでに、今どんなミステリが売れているかを聞いたりした。これだけやれば、さすがにだいたいの話はわかる。私自身がミステリを書くわけじゃないので、だいたいの雰囲気がわかれば充分である。

しかし、そういう苦労を知っているだけに、生徒さんたちの気持ちも少しはわかる。でも、いいのである。
「まだまだ知らないことがいっぱいある!」「ぜんぜんわかんないけど、何だか面白そう!」ということこそが、けっこう大事ということも世の中にはあるのだから。


04/09/2005

一人で書く小説、共同作業で作る広告

4月8日(金)
午後から事務所で、明日の公開講座の準備など。
細々とした雑用で、また半日がつぶれる。
少々体調が悪く、明日がちょっと心配。

朝、かんべ先生のラジオ番組を聞く。今日で5日目。
毎朝、月曜から金曜日まで、最初の一週間がやっと終わったわけで、さぞかしお疲れのことでしょう。2時間の早朝のラジオ番組、緊張の連続だろうし。そのうち慣れるでしょうけど、どんなことでも慣れない最初は大変ですからね。
本日は、ちょっと家事の順番を変えたので、投稿も早めに書き終わり、ファックスする時間も早めにする。(あ、私の描いた絵が放送中、話題になってましたが、気に入ったらいくらでも使ってやってくださいまし)

しかし、私は、十数年もコピーライターをしているくせに、いくら気楽な投稿とはいえ、文章だけを書くより絵を描いている方が楽しいのはなぜかしら……などと思ったけど、よく考えたら、コピーライターだからこそ、文章も絵もないと不安なのかもしれないなあ。
だいたい印刷媒体の広告というのは、コピーにはかならずデザインが一緒にあるもので、そもそも文章だけということはありえない。ほとんど文章だけで構成されているように見える広告があったとしても、デザイナーが文字の大きさを決めたり、文字種を選んだり、配置をしたり、実は、デザインがまったく存在しないということはありえないのである。(ちなみに、その逆はありうる。コピーなんか要らない、これは写真だけドーンとあれば十分だ、なんてことはありうるのである)。

コピーライターを長年やっていれば、たいてい文字だけでなく、デザインも一緒に思いつく。まあ、コピーを考えた時点で、なんとなく「これは明朝体だな。で、横書きで、こんな感じのレイアウトだな」なんて思っていたりするのである。もっともそういうものは、ラフに描いたり、デザイナーに言ったりしても、デザイナーはデザイナーでまた違うアイデアを持っているので、結局、違うものになるのがほとんどである。でも、これはこれで面白い作業なのである。クリエイティブディレクターとか、ある程度のキャリアがあるデザイナーは、たいていコピーくらい書こうと思えば書けるもんである。少なくとも、こんなコピーになるな、というイメージぐらいは持っているのが普通である。でも、こっちはそこんとこは負けられないわけで、つまり共同作業だから、お互いがそういうふうに、からみあわないとうまくいかないのである。

まあ、こういう感覚は、たぶんシナリオライターなんかもそうで、シナリオを書く時に「こんな映像だな」と頭の中ではすでに演出までやっているんだけど、実際に、現場で作るディレクターによって、まったく思ってもみないようなものができたりする。共同作業は、お互いの才能というか、自分の持ち場でそれぞれの力が発揮できれば、足し算じゃなくて、かけ算になる。思ってもみないような、ずいぶん面白い結果になるのである。意外で、思わぬ楽しさがあるのだ。

しかし、日頃そういう作業がけっこう楽しいと思っているが、たまには、全部を自分でやってしまいたいと思うことがある。共同作業というのは、うまくいけば、意外なほど面白い結果になる場合もあるけど、「それ違うねん!」と叫びたくなるほど、うまくいかないことも多いのである。

それに比べると、小説とか、漫画を書くという作業は、全部を一人で作り上げてしまう作業である。そもそも広告だと、作りたい、発信したいという動機そのものは、本質的にはクライアント側にしかなくて、本当は作る側にはないものなのである。本来、広告を作りたいのはクライアントで、広告屋は代わりに作ってあげて、お金をもらっているのである。
そう考えてみると、一人で全部やれる小説とか、漫画などが書ける人は幸福だ。書きたいものを書きたいように書けるのだから。そして、そんなふうに書きたいものを書いて、それをなかなか人に買ってもらえないというのは、コピーライターから見ればかなり贅沢な悩みでもある。

ところで、昨年暮れから制作をしていたパンフレット(数十ページある編集モノ)がようやく校了したというメールが、今日デザイナーから届いた。実は、この仕事、取材などの原稿は書いたけど、肝心のメインコピーはデザイナーがラフで書いたものがそのまま採用されてしまったのだった。ははは。確かに彼はすごくベテランのデザイナーだけど、ま、こういうことも結構あるのである。

04/08/2005

滅多にないことは、けっこうよくある

4月7日(木)
まず、公開講座のお知らせ。
4月9日(土)18:30〜 山本弘先生+芦辺拓先生
「小説の奇想、おもしろ発想」〜トンデモSF vs ミステリ〜
場所:エル大阪(大阪府立労働センター)
   京阪・地下鉄谷町線「天満橋」より西へ300M
(★まだ定員に達しておりませんので、受け付けます。
 無料ご招待いたします。よろしければ、ぜひメールで申し込んでくださいませ。
 招待券なく、直接、来られる場合は、受付で氏名と住所、「サイトを見た」とおっしゃってください)

今日は、午前中、バタバタと自転車にて外回り。午後から事務所。
(ちなみに、事務所は不在がちなので、ご連絡はメールか、留守電に入れていただくのが確実。とくにメールなら、1時間以内にチェックします)

公開講座の申込み、数件。
雑用を片付けて、自転車を走らせて帰宅。
野田から、中央卸売市場の前を通り、そのまま土佐堀通りを淀屋橋、北浜、天満橋、京橋へと抜けていく。春うらら。花見をする人たちもちらほら。夕方、かんべむさし先生から、お礼メールなど。

帰宅後、弟から電話。「うちのマンションの隣に住んでいる人って、どうもお義兄さん(私の夫)の同僚らしいんだけど」。先日たまたま話を聞くと、どうも同じ学校に勤めているらしいので驚いたんだそうだ。「いや、世の中せまいねえ」
その話を帰宅した本人に伝えると「またかいな」。「またか」というのは、つい先日、SF作家で評論などもしている喜多哲士さんが、彼の同僚だとわかった「事件」があったばかりだったからである。全く世の中はせまいのである。

ドラマなんか見てると「たまたま出会った人物が、実は知り合いで…」みたいな設定を見ることがある。小説でも「ある登場人物の友人が、実はある人の親戚で」なんてことがよく書いてある。読んでいる時は気がつかなくても、あとで読み返してみると「待てよ。こんなこと滅多にないよな」なんて思うことがある。もちろんお話だから、最後まで面白く読ませたら読ませたもん勝ちなので、面白ければどんなムチャな設定だってアリなんだけど、若い頃は、私も「考えてみれば、現実にはこんな偶然はないよね」と思っていた。

ところが、歳をとってくると「友だちの結婚式に出席したら、新郎の友人は大学時代の先輩だった」なんてことはよくあることで、「母がパートに行った会社の係長は、私の同級生だった」とか「カルチャーセンターに教えに行ったら、生徒は妹の友人だった」とか、まあ、自分の住んでいる世界がせまいのか、顔が広くなったのか、友人や知人はつながってくるし、それくらいは実はよくあることなのかな……と思うようになる。

それでも、さすがに驚いたのは、一年くらい一緒に仕事をしていた年配のデザイナーが、ある朝、駅で一緒になったので聞いてみると、実は、私の実家のお向かいに住んでいる人だったこと。これにはさすがにびっくりした。なにせ実家なんで、私は小学生の頃から十数年、お向かい同士に住んでいたわけである。
こうなると一年間も一緒に仕事をしていて、気がつかなかった方がおかしいのだが、私だけじゃなく相手だって気がつかなかったんだからしょうがない。なにせ、お向かいに住むオジサンと言えば、私が子供だった頃から朝早く仕事に出かけ、夜遅く帰って来て、ほとんどまともに顔を見た記憶がない。休日も朝早くからいつも釣りにでかけていて、私は彼の出勤する後ろ姿しかほとんど記憶になかったのである。古川という名字もそれほど珍しい名前じゃないし、誰だって、おばさんは記憶にあっても、おじさんはさっぱり顔がわからんという家は近所にけっこうあるんじゃないだろうか。

しかし、こうなると偶然というより、私がただニブイだけの話かもしれないが、先日も夫の父親が亡くなり、葬式の名簿を整理していたら「喜多哲士」をいう名前を発見してしまった。私の方の知り合いには一切知らせてないし、なぜこんな所に喜多さんの名前が……と思って聞いてみたら、それは夫の同僚なのだった。喜多さんは、私は数年前にお会いしたきりだが、ここ4〜5年は毎年、年賀状を出しており、喜多さんの「ぼやき日記」というサイトを私はけっこうよく見ていたのである。
喜多さんはけっこう日記をマメに書かれている人なので、たとえばSF大会に、うちの講師の堀晃先生とか、北野勇作先生とか、あるいは卒業生の井上剛さん(第2期生)とかが出席してたりとか、そりゃ毎日チェックはしてないけど、まとめておそらく8割くらいは読んでいたので、どうやら大阪の高校で教師をしているらしいことも日記を読んで知っていたのだが、まさか同じ学校だとは夢にも考えず、入試の苦労話や長い職員会議など、「大阪の高校ってみんな似たようなことをしてるねんな」と思っていたのである。だって、大阪には何十校もあるでしょう高校は。

昨年の秋も、その「ぼやき日記」を見たら、ソウルに修学旅行に行った、なんてことが書いてあって、その韓国料理の写真など見ながら、ちょうど夫もソウルに修学旅行に行ったあとだったので、「ふーん。大阪の高校って、今はどこでもソウルに修学旅行へ行くねんなあ」と思っていたんである。
(あとで聞いてみると、むろん写ってないが、その「韓国料理」の横には夫が座っていたらしいのである。どえええ。全然、気がつきませなんだ)。
ま、この時点で気がつかない方がおかしいのだが、だいたい夫は忙しい人間でほとんど家にいないし、学校の話もあまりしないのでしょうがないのである。
しかし、台風で芸術鑑賞会が二度も中止になりかけた話や、創立記念行事で中央公会堂に行った話なんかは聞いていたので、もし日記のその部分を読んでいれば、学校を特定することができたはずなのだが、なぜか不思議とそこだけはとばして、たまたま読んでいなかったのである。

だいたい夫は、SFと言えば「スターウォーズ」しか知らず、むろんガンダムもヤマトも知らず、(アニメで覚えているのは「フランダースの犬」だけ)お笑いも全く見ないし、野球中継も見ないし(というか、テレビそのものをまず見ない)、読む小説といえば、ほとんど純文学系(あるいは小川洋子とか、村上春樹とか)、音楽はクラシックか前衛音楽だけで、あとは現代美術を作ったり、前衛ダンスを踊ったりしているような人間だし、教員(美術教師)という自覚もあまりないので、こう言っちゃなんだが、喜多さんとの共通項がまったく見つからない。住んでいる世界が似ていれば、なんとなく接点があることに気がついたかもしれないが、これだけ共通項がない組み合わせだと、とにかく想像がつきにくいのである。(あ、でも二人ともMacユーザーだな)

日記によれば、喜多さんの家は趣味が似たご夫婦のようだが、うちは共通項がほとんどない。おかげで、お互いの年賀状などは関心がないので、だから私あてに毎年、誰から来てようが全く知ったことではないのである。喜多さんの方は、私からの年賀状をみて、おや、ひょっとして……と気がついたらしいが(1月4日の「ぼやき日記」参照)、まあ、うちではこういう状態なので、本人が気がつかないのは仕方ない。こう考えてみたら、何年も日記を読んでいて、ぜんぜん気がつかなかった私が、やはりニブイだけかもしれない。でも、気ィつけへんかってんもん、しゃーないやろ。いや、ほんまに知りませなんだ。
しかし、このように、世間はまるで気がつかないほどせまく、滅多にないことはけっこうあるものなのである。


04/07/2005

小説講座だけなのに、番組チェック

4月6日(水)
本日は、専攻科のMさんが来て、ホームページ制作の話など色々。小説講座そのものは7年目なので、運営などの不安は全くないんだけど、事務所が独立してまだ2ヶ月ちょっと。住所変更や封筒やら印鑑やら準備できてないものが多くて、やはりけっこうバタバタ。4月になり、ホームページなどもようやく形ができて、ようやくこれからという感じだ。でも、法人申請もまだ済んでないし、パソコンのシステムも移行できてないし。この忙しいのに、電話の子機が壊れるなどの些細なトラブルが多くて、半日つぶれることもしばしば。

今朝も、かんべ先生のラジオ番組。ようやく3日目。なんだかこちらも耳に慣れて、少しずつ「朝の風景」になってきた感じ。しかし、私自身はやっぱり8時まではバタバタと忙しく、ゆっくり聞くヒマがない。いつも仕事ばかりしてて、あまり主婦らしくないと見られる私だけど、毎朝6〜8時だけは特別で、朝食、洗濯etc…。一日分の家事をまとめて片付ける時間なので仕方ない。まして今は給食のない春休みで、働く主婦としては、子供たちの昼食(弁当)の準備までしなくてはいけないし。
番組も、交通情報とか、色々コーナーがあったりして、実際に先生の声を聞くタイミングがまだわからない。そのうち慣れるだろうけど。

でも、せめて今週は応援がてら、とにかく毎日ファックスを送ると決めていたので、なつかしの新人時代というテーマで書いて、8時過ぎになんとか送ったら、番組中にまた読んでくださったようだった。うーむ。考えてみたら今回は確かにちょっと読まれそうなネタだったのだが、まさか連続で読まれると思わなかったので、またしょうもない絵など書いてて、のんびり送ってしまった。ああ、放送中に読むにはギリギリの投稿ですみません。(でも、たぶん毎朝、8時を過ぎてからやっとという感じなので、今後も番組にはあまり役に立たないかも……)

忙しいのに、なんでヘタな絵なんか描いて送ってたかというと、以前、放送作家の人に「どんなファックスがうれしいか」と聞いたら「ちょっと絵なんかが描いてあるような」と言われたことがあるからです。その時は「絵なんかラジオには関係ないのに」と思ったのですが、やっている側は放送中、全身を言葉に集中しているので、ちょっとした絵なんか描いてあるファックスが来ると、意外とホッとするらしいんですね。(誰だったかなあ、たぶん演芸科の卒業生のブルータス松本さんじゃなかったと思うけど)まあ、誰だって新番組はピリピリ神経を使うもんだろうし、スタッフへの応援イラストです。

あまり一般の人は意識しないと思うけど、ラジオの番組、とくに朝の番組というのは、聞いている人の数はけっこう多いんですが、車を運転しながら、とか、だいたいは仕事をしながら聞いている人が多いので、リスナーの数の割に、投稿はそう多くはないのが普通。(かんべ先生の番組だから、いきなり投稿も増えたかもしれませんが……。でも、番組への投稿はけっこうプレゼントに左右されるところもあるしね)
だから、毎朝ファックスしてもそれほど邪魔にはならないだろうし、だいたいラジオというのは、テレビと違って1分ごとの視聴率調査なんてのもありませんから、普通は、どんな投稿でも反応が数あるに越したことがないもんなんですよね。

ということですから、ファンの人や生徒の皆さんも、たぶん投稿は遠慮しなくていいと思いますよ。「今日も聞いてますよ」というメッセージのついでに送ってみてもいいんじゃないですかね。毎日テーマがあるので、とくに作家志望の皆さんは、少しは発想力の訓練や文章の練習になるかもしんないし……。

そうそう、先生のサイトにあったスタジオ写真を見て思い出したんですが、ラジオ大阪と言えば、以前、九雀さんの番組に(大阪シナリオ学校の)山崎さんが出演するというので、たしか一緒に行ったことがあり、上ノ薗ディレクターに頼まれて、私も、別の番組で10分ほど電話で出演したような気も……。そういや、文章講座の生徒もアルバイトでお世話になったり、演芸科の卒業生も構成作家として何名か活躍してるはずでしたね。
(でも広告の方の仕事では、私はなぜか他局でしかコピーを書いたことがないなあ。まあ、ラジオコピーは滅多にやらんけど)

しかし、演芸科を担当している時には、どの講師も番組をもってるし、卒業生がラジオやテレビ番組のブレーンの仕事をするので、よくネタ集めやら何やら頼まれて、毎週あちこちの番組をチェックする機会が多かったんですが、小説講座だけになっても、こうしてラジオ番組を毎日チェックするようになるとは……。なんだか面白い気がしますね。

04/06/2005

関西の作家は、やっぱり演芸の血が流れている

4月5日(火)
本日は、お手伝いのKさん。DM発送は落ち着いたけど、たまった書類を整理してもらう。

朝は、かんべ先生のラジオ番組。昨日は、バタバタとした朝の慌ただしさにまぎれて、ほとんど聞き取れなかったが、キッチンにあるラジオのボリュームを上げて、子供たちの声をかき分ければ、なんとか聞こえる。かんべ先生の声も、昨日よりはちょっと落ち着いた雰囲気。私も、昨日はとてもファックスなど送る余裕がなかったが、本日は、テーマも「花見」なので、ちょっと思いついたものを急いで書いてファックスする。後半で放送中に読んでもらったけど、もう少し早く送ればよかったかも。でも、3人の小学生がいる我が家では、8時まではとても騒がしすぎて無理だと思うけど。

しかし、かんべ先生の声は、小説講座でお会いする時はあまり意識したことがなかったんだけど、ラジオで聞くとしっくりと、どことなく落語家さんみたいな雰囲気があり、なんだか「師匠」と呼んでしまいそうな気がする。まあ、わざとラジオ用にそういう感じに話されているのかもしれないし、落研出身なのだから、そういう話し方でも不思議はないけど。
(あ、放送が聞こえない地域もあるんだったっけ。全国のかんべ先生のファンの方、うらやましいでしょう)

でも、どういうわけか、関西の作家さんは落語と縁が深い人が多い。とくにSF作家さんには「演芸系」の人が多くて、そもそも小松左京さんもそうだし、うちの講師でいうと、堀晃先生も落語には非常に詳しいし、北野勇作先生も落研出身だし、田中哲弥先生も演芸作家だったことがあるし……と、なぜか演芸に詳しい人がやたら多い。そう言えば、田中啓文先生も落語好きだし、牧野修先生と顔を合わせると、漫才コンビ真っ青のお笑いトークの連発で、私などはつい笑い転げてしまう(皆「ボケツッコミ」系なので、どういう組み合わせでもコンビ成立、漫才トークになる)。
考えてみれば、落語も、SFも似たような奇想天外な話なんだけど、とくに関西出身の人は、身近に演芸があふれている環境で育つせいで英才教育されてるのかもしれないなあ。私もあまり演芸には詳しくない子供時代だと思っていたが、地方出身の人たちと話すようになるとやっぱ違うなと思うことがある。どんな子でも、お笑いはたぶん見慣れている風景だし、ラジオで落語、テレビで吉本新喜劇。なにしろ「おまえ、アホやろ」が「ほとんど褒め言葉」という土壌だしなあ。

そういや、知り合いの40代の映像ディレクターは、焼きそばが好物で、一日三度の食事のうち一食は食べないと気が済まないという人だが、「なぜそんなに焼きそばが好きか」というと「焼きそばは、子供の頃から『幸福の食べ物』だから」。子供の頃、土曜日の半ドン(今は死語)の授業が終わって、学校から急いで帰って来て、おかんの作った「焼きそば」を食べながら吉本新喜劇を見る。重いランドセルを下ろし、日曜日を前に解放されて、のんびりと焼きそばを食べるこのひとときが、彼の至福の時だったそうで、それ以来彼にとっては「焼きそば=幸福」(条件反射?)となったらしいのである。
え、わからへん? でも、関西人なら何となくわかる気がしませんか。
まあ、うちはたいてい焼き飯だったから、焼きそばはピンと来ないけど。(そもそも毎日必ず食べるってのはわからへんけど)

小説家ではなく、放送作家さんになると、もう関西では「お笑い」が必須です。というのは、関西の番組は、たいていの番組は「お笑い芸人」さんが出演することになっているからで、(なぜお笑い芸人かというと、どんな低予算でも面白いトークでなんとか番組をもたせられるから。在阪制作の番組は、全国ネットの番組に比べるとびっくりするくらい低予算)だから、放送作家も漫才くらい書けることが必要条件なんですよね。
大阪シナリオ学校の「演芸台本科」の卒業生が、放送作家としてほとんどの在阪制作の番組に入り込んでいるのは、たぶん漫才台本が書けるからだと思う。演芸台本科の卒業生で、今はプロの放送作家の先生を見てみれば、たとえば『生活笑百科』の大池晶先生や片山良文先生が漫才を書かれるのは当然ですけど、高見孔二先生は、漫才台本も書くし、『アタック25』の構成もする。
(クイズ番組の構成と漫才台本を、同じ人が書いているというのは意外なんですが、高見先生に言わせるとクイズ番組も漫才も「構成の仕方とか、盛りあげ方とかは、まったく同じ」だとか)
他にも、本多正識先生とか、まあ、演芸台本科の卒業生と言っても、『探偵ナイトスクープ』の桑原尚志先生は、例外的に、たぶん漫才台本を書かれないと思いますが、コントなら書かれているし、関西の放送作家さんにとっては、どうも「お笑い」は欠かせない要素らしいんですよね。

なにせ番組を見ている関西人は、お笑いに関する反射神経は、すでに身体の芯まで染み込んでいるわけですから、しょうがないんですけども。

余談ですが、関西では、「演芸作家協会」(これも演芸台本科の卒業生作家ばかりですけど)のおかげで、漫才番組では、漫才の「題名」と「作家名」をテロップで知ることができます。だから、関西人は、漫才作家という職業があることを知っていますが、全国的には、漫才に漫才台本があって、「漫才作家」という職業があることを知っている人はあまりいないそうです。

04/05/2005

かんべ先生のラジオ番組開始

4月4日(月)
日曜、月曜はお休み……と言いながら、ずっと毎週月曜日にも事務所にいたのだが、本日はめずらしくお休み。自宅で、色々と仕事や片付けなど。
もともと自宅で仕事をすることが多いので、事務所より資料も揃っており、家のMac(G4)も、デザイン用、ビデオ編集用として、ソフトもメモリも搭載しているので(ハードディスクも2台)、本当は自宅にいた方が仕事はやりやすいのだが、今は隣家が建て替え中なので音がうるさいし、それよりも何よりも、春休みは子供たちが家を走り回っているのが問題である。

本日から、かんべむさし先生のラジオ番組「朝はミラクル!」(ラジオ大阪)が放送開始なのだが、この朝の6時50分からというのは、うちでは、毎朝、寝起き時の布団プロレスだの、トイレ競争だの、朝ごはんの争奪戦だの、まるで嵐が吹き荒れており、家の中が騒がしくてどうしようもない。ま、明後日からは、入学式の準備などで子供たちはいないので、8時過ぎならもう少しゆっくり聞けるかも。でも、隣の工事は毎朝8時から開始するし、なにかと騒音が続くなあ。
私は、毎朝5時半頃から起きているし、6時50分と言えば、ちょうど(息子の)ラジオ英語が終わってからなので、しばらく毎朝、投稿でもしようかなと思ったのだが、本日は気がついたら放送が終わっていた。うーむ。こりゃ、全然、ゆっくり聞けないぞ。ま、どうせ初日はファックスとかいっぱいあるだろうし、明日から参加しよ。

夕方、コピーライターの方の仕事で、デザイナーと打ち合わせ、商品の試食。オーガニック使用の食品広告について、とりあえず企画書を作ることになる。売れるかどうかはわからないが、流行によってはヒットするかも。ついでに、タイ出張のおもしろそうな話など聞く。そういや、かんべむさし先生って、コピーライターだったんだっけ。私は、印刷媒体が多くて、ラジオCMは数えるほどしか作ったことがないが、ラジオ広告のコピーというのは独特の面白さがあるんだよね。

花見には早すぎる

4月3日(日)
はっきりしない天気だが、大学時代の友人たちと鶴見緑地へ。英国から一週間の里帰り中の友人は、ニ人の子連れなので、うちの三人の子供達も参加。ドイツ国籍の子供らは日本語を話さないけど(日用語はドイツ語と英語)走り回る子供たちには会話は要らないようだった。
花見には早かったが、雨には降られず、夕方に解散。

04/03/2005

土曜日は、講義があります。

4月2日(土)
午後、事務所で雑用。
夕方からは、天満橋へ移動し、専攻科の講義。
本日の講義は、作品指導3編。講師は、青心社の社長で、編集者の青木治道先生。
作品は、ファンタジー(妖魔モノ?)長編、ミステリっぽい短編、ちょっとホラーっぽい短編、
講義後、いつものように飲み会。20代から60代まで、幅広い年齢層の生徒さんたちと小説談義など。年齢も幅広いが、志望する小説のジャンルも幅広い。趣味も色々。結局、11時まで飲んで解散。
帰宅後、少しビデオ(グリーナウェイ)など見る。

04/02/2005

どんどん書きたくなるうまくなるコツ

4月1日(金)
あいかわらず、事務所で作業。Mさんが来て、公開講座の招待券発送などを手伝ってもらいつつ、世間話、雑談など。春は、いろいろ新しいことがはじまる季節だな。大阪NPOプラザにあるこのブースにも、新しい団体が入って来て、ファックスをつないだりしていた。
夕方、生徒さんから作品指導の件で、問い合わせの電話。

ところで、やはり書いた作品を人に読んでもらうのは大事だと思う。「エンターテインメントノベル講座」はプロ作家養成のコースだから当然だけど、(「商業小説」なんで、誰かが商品として買ってくれないと困る)、「商品化」する気がなくても、できれば書いた作品は、誰か信頼できる人に読んでもらった方がいいと思う。もちろんプロをめざさず、趣味で書くというのもいいと思うが、それでも、やっぱり人に読んでもらう方がいいと思う。

もし読んでもらえる人が周囲にいないなら、同人誌に参加したり、ネットで公開してみる、という手もある。ただ、同人誌やネットも、「とにかくホメる」か、「やたら細かい批評をしてあげ足をとる」ってこともあるし、身内なら身内でアテにならないこともあるし、顔が見えない相手なら相手で、無責任な意見だったりするし、カラオケと同じで、「自分の作品は読んでほしいが、人のは読みたくない」という人も多いから、その分は割り切って参加する必要はあるけど、どういうやり方でもいいから、ある程度、読書量があって、(できれば読書傾向が同じか、センスやアイデアをわかってくれそうな)ちゃんと判断してくれる信頼できる人に読んでもらうことは大事だと思う。プロの作家や編集者じゃなくてもいいから、とにかく誰か読んでくれる人。うちの生徒なら講師も仲間もいるんでそういう苦労はないけど、一人で書いている人は、周囲にそういう人がいるかどうかはけっこう大事なポイントじゃないかなと思う。

たいていの人は、きっと誰かが読んでくれると思っているから書き続けているわけで、絶対に誰も読んでくれないような小説をずっと一人で書き続けるのはなかなか難しい。「まあ、今は見せられないけど、いつかは誰かが読んでくれる」と思えば、とにかく最後まで書くようになるし、もっといいのを書こうと思うし、次を書こうという気にもなる。最初はヘタクソな料理でも、食べてくれる相手がいれば、あれこれ買い物をしたり、調理法を工夫したり、新しいメニューに挑戦するのも、けっこう楽しいものである。努力が苦じゃないし、そのうちなんとか形になる。これ、ホントだから、ぜひ。

04/01/2005

関西の作家にはお笑いの血が流れている

3月31日(木)
あいかわらずバタバタと忙しい3月末。本日は、公開講座の締切日。(結局、100名の定員には達してないので、定員に達するまで、まだしばらくメールで受付けます! 無料ご招待です)応募ハガキ整理。
あと、かんべむさし先生のラジオ番組の初放送日が近づいているので、専攻科の生徒さん向けに「お知らせ」を作成。(ここでも再告知)。
 4月4日スタート!
 『むさし・ふみ子の 朝はミラクル!』
 ラジオ大阪(1314)AM6時50分〜8時52分。
 番組への投稿は、
 郵送:〒552−8501 ラジオ大阪「朝はミラクル!」
 FAX:06(6577)0301
 メール:634235@obc1314.co.jp
 http://www.ne.jp/asahi/kanbe/musashi/

3月末で退学される生徒さんに確認メール。小説講座を退学する人は、滅多にいないのだが、転勤やら転居、仕事の都合などで、ニ年に一人ぐらいは退学手続きをする人がいる。途中退学は多少返金があるので、きちんと手続きをする必要があるが、退学届を出さずにずっと欠席が続く人もたまにいる。もちろん欠席されると毎週資料を郵送するので、なんだか通信教育みたいになるが、滋賀県、兵庫県、あるいは淡路島とか、ちょっと遠方から通う人もいて、今まで一番遠かったのは岐阜県からの通学者である。毎週、新幹線通学だった。

「エンターテインメントノベル講座」も、東京から通って来てもおかしくないような内容だと思うのだが、大阪シナリオ学校の演芸コースは、遠方からの生徒も珍しくない。東京や九州からの通学生もしょっちゅういて、まあ、クラスに一人は新幹線通学っていう感じだった。(やっぱり、お笑いのメッカは大阪)。
私がスタッフだった7年間で、一番、遠かったのは新潟県からの通学生で、週1回の夜の講義のために、毎週、仕事の休日を利用して、昼まで仕事をし、電車に飛び乗って大阪へ。授業が済むと深夜の高速バスで帰るという生活をしていた。
ちなみに、その彼が一番大変だったのは通学ではなく、語学力……言葉の問題だったそうだ。演芸台本科では「漫才台本」を書く時、大阪のコンビで想定台本を書くから、ふつうは大阪弁で漫才を書く。「なんちゅうことゆうねん」「しょもないことすな」「ごたごたゆうな、ぼけ」などという言葉を原稿用紙に書いていくわけで、大阪ネイティブの私にはわからないが、地方から来た人は「語学学習」で苦労するらしいんである。そら大変やろな。しかし、確かに関西の作家さんは、小説家ですら、落語好きだったり、集まって話しているのを聞いてみても、なんか皆、お笑いの血が流れているような気はするもの。

夜、お手伝いのTさんが最終日だったので、いっしょに食事に行く。ごちそうすることにしたら、京橋で串カツ食べ過ぎてしまった。ああ、体重が。ま、今月はまともな昼食を食べる時間がなかったので、その分食べたということで。

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